無料ブログはココログ

リンク集

2017年1月17日 (火)

リフレの妄想拡大中!

時計ドロに加えて、昨年末には盗作騒ぎまで起こした高橋洋一氏が、落城寸前のリフレ軍勢を勢いづかせようと大いに吠えている。

『失業率低下のトンデモ議論 経済指標の読み方分からず金融緩和の効果も理解せず』
(ZAKZAK 1/13)http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20170113/

「失業率が下がっていることについて、「生産年齢人口の低下によるものだ」と主張する人がいる。だが、この議論は、「デフレの原因は人口減少だ」というのと同じくらい、間違った考え方である。(中略)
財政出動は公的部門の有効需要を直接創出するので分かりやすい。
一方、金融緩和については、実質金利の低下、為替安などによる民間部門の有効需要への効果は、短期的には少ないが、長期的な累積額でみると大きく作用する。
民間部門の有効需要創出なので、効果ラグ(時間のずれ)があって民間雇用に効いてくる。
 こうしたマクロ経済学の理解があれば、金融緩和が失業を減らすということも分かるはずだ。(後略)」

高橋氏は、「雇用改善はリフレ政策(=金融緩和政策)の成果だ」、「財政政策の効果は短期的、中長期的には金融政策の方が効く」という従来からのリフレ派の主張を繰り返している。
しかも、失敗時の保険として、お得意の“タイムラグ”を挿入するのを忘れない。

以前のエントリーで何度も指摘したが、リフレ派の連中は、「金融緩和→?→雇用改善」に至る行程で起きるはずの経済的作用について、決して具体的に語ろうとしない。

フィリップス曲線や失業率のグラフを持ち出して抗弁するが、それらはいずれも“結果”を示すだけのデータに過ぎず、金融緩和政策が雇用改善を生み出した“理由や要因”を証明できるものではない。

金融緩和政策の発動と失業率改善の動きが、たまたま一致しただけに過ぎないから、彼らも証拠を出しようがないのだろうが、肝心の説明や証明を中抜きして放置する態度は、あまりに杜撰としか言えない。
(そのうち、“訪日客の増加や地球温暖化もリフレ政策の結果だ”と言いかねない…)

高橋氏は、「実質金利の低下、為替安などによる民間部門の有効需要への効果」こそ、リフレ政策の真骨頂だと言いたいようだが、消費者物価水準や家計消費支出の低迷ぶり、落ち込む一方の企業物価の動きなどを見ても、そんな効果は何処にも出ていない。

リフレ派は、「物価水準は目的ではなく、手段だ」と見苦しい言い訳を連発しているが、大元の物価水準すら、まったく達成できていないのに、雇用改善という副次効果だけが、都合よく先行して発生するはずがない。

「金融緩和→?→雇用改善」の「?」に入るのは、間違いなく『妄想or大嘘』のどちらかだろう。

先日も、浜田内閣官房参与が、リフレ政策の失敗を一旦認めたかと思いきや、子分に諫められたのか、即座に反省発言を撤回する一幕があったばかりだ。

リフレ派の連中は詭弁ばかりで、まったく現状を分析できていないし、失敗を反省する素振りも見せない。

彼らは、さりげなく、「財政政策の効果は短期的、中長期的には金融政策の方が効く」というセリフを口にするが、これも幼稚な間違いだ。

リフレ派は、黒田総裁以前の金融緩和政策は”日銀の不胎化介入により実質的に無効化された”と文句を垂れるが、黒田バズーカによる緩和後の非不胎化を経てもなお、実体経済に大した効果をもたらすことができず、社会実験は失敗に終わり、借りなければならない貨幣量がいくら増えても、実体経済に大した影響を与えられないことが証明された。

要するに、不胎化云々は単なる言い訳に過ぎなかったわけで、白川前総裁時代から、十分すぎるほど低金利水準が継続されてきたのに、お得意の“実質金利低下による民需の刺激”はほとんど確認されなかった。

一般的に、金融政策が最も効くのは、景気の過熱時や爛熟時に、それを抑制する手段として、あるいは、過熱が一服し、下降する気配を見せ始めた時のカンフル剤としての役割を与えられた時だろう。

リフレ派は、変動相場の下では財政政策より金融政策が効くなどと寝言を言うが、変動相場制が一般化して以降、景気が過熱したのは、常に、財政政策が積極的に行われた時期と符合する。

筆者は、「短期」をおおよそ1年、1年超3年程度を「中期」、それを超える時系列を「長期」と定義するが、金融政策は中長期で効果を発揮するという割に、黒田バズーカが発射されて4年近く経つのに、一向に効果が見えないのはどういう訳か?

「金融政策の効果は短期的かつ限定的、短期~中長期の何れも財政政策の効き目は顕著だが、その効果を適正なレベルに保つための調整弁として金融政策が欠かせない」というのが正解なのだ。

リフレ派の連中も、安倍政権誕生までは、リフレーションの実現や経済成長に言及していたものだが、経済政策のメインストリームの地位に連綿とするあまり、いまや、緊縮・構造改革派の腰巾着と化し、政権が繰り出す構造改悪政策を悉く賛美するありさまだ。

元々、彼らは、良く言えば「学究肌の勉強家」、ストレートに言えば「現実が見えない合理主義的な空想家」っぽいところがある。
また、どこか人間嫌いな冷めた顔を持ち、自助を重んじて何かと自己責任を強要し、世の中を良くしようとする情熱や社会的弱者や低中間層への思いやり、配慮といった心もちが決定的に欠けている。

リフレ派の連中が、取って付けたように消費税増税に反対(ただし、廃止にまでは言及しない)し始めたのは、決して庶民の生活を慮ってのことではなく、物価目標の足枷になる、つまり、信奉するインタゲ理論の正当性を証明する機会を阻害されるから、という自分勝手な理由に他ならない。

性根がいい加減な者の言説は、コロコロ変わり、自分を正当化するためには、見苦しい詭弁を弄することも厭わないものだ。

2017年1月16日 (月)

お金を使わない景気拡大なんてあり得ない

『日銀総裁、景気「緩やかな回復基調」 支店長会議で』
(日経新聞 1/16)http://www.nikkei.com/article/
「日銀の黒田東彦総裁は16日午前、都内の本店で開いた支店長会議の冒頭あいさつで、国内景気は「緩やかな回復基調を続けている」との認識を表明した。
先行きについても「緩やかな拡大に転じていく」との見方を示し、2016年10月の前回会議でのあいさつから表現を上方修正した。新興国経済の減速や輸出・生産面の鈍さには言及しなかった。
 物価の先行きについては「マクロ的な需給バランスが改善し、中長期的な予想物価上昇率も高まるにつれて、2%に向けて上昇率を高めていく」と強調した。(後略)」

いまの日本経済の実態を見て、いったいどこが“緩やかに拡大”しているのか、と不思議で仕方がないが、筆者とは別の世界を見ているのは、日銀首脳陣だけではない。

内閣府の景気ウォッチャー調査(平成28年12月調査)でも、
「12月の現状判断DI(季節調整値)は、前月比横ばいの51.4となった。
家計動向関連DIは、小売関連等が低下したことから低下した。企業動向関連DIは、非製造業等が上昇したことから上昇した。雇用関連DIについては、上昇した。
12月の先行き判断DI(季節調整値)は、前月比0.4ポイント低下の50.9となった。
家計動向関連DI及び企業動向関連DIは低下した一方で、雇用関連DIは上昇した」
との分析から、
「着実に持ち直している。先行きについては、引き続き設備投資や求人増加の継続等への期待がある一方、燃油価格などコストの上昇等への懸念がみられる」
と景気が回復傾向にあるとの見方をしている。

日銀や内閣府の連中は、毎月のように「景気=拡大」との大本営発表を繰り返しているが、彼らが自信をもって景気拡大or回復説を強調する根拠は、まったく不明なままだ。

景気拡大とは、GDP、すなわち、経済活動の活発化を意味し、家計や企業の支出や所得がいかに増えたか、ありていに言えば、“どれだけお金が使われたのか(=売上・所得の増加)”に帰結する。

実体経済のお金の動きをチェックすれば、日銀や内閣府のアナウンスが、まったくの妄想であることがすぐに判る。

例えば、「家計調査(二人以上の世帯)平成28年(2016年)11月分速報」によると、消費支出は、1世帯当たり270,848円と、前年同月比で実質1.5%減少、名目0.9%減少に終わり、昨年2月のうるう年効果を除外すると、少なくともここ1年間は対前年同月比でずっとマイナスのままだった。

しかも、比較対象となる平成27年は、平成26年比でマイナスであったから、平成28年はそれより更に落ち込んだことになる。

2年も続けて家計消費支出額が落ち込み続けているのに、景気が回復したと言い切れる根拠は、いったい、どこにあるのか?

また、企業物価の動きも冴えない。

日銀が公表した「企業物価指数(2016年12月速報)」によると、国内企業物価は、前月比こそ+0.6%と若干上昇しているが、前年比では▲1.2%と大きく落ち込んでいる。

こちらも、少なくともここ1年ほどは、毎月のように対前年比で2.2~4.4%(おおよそ3~4%くらい)のマイナスが続いている。
上昇しているのは、石油製品や業務用機器、農林水産物、スクラップなどわずかで、残りは軒並み下落している。

ただでさえ、輸入原料が高騰しており、仮に景気が拡大しているのなら、コストプッシュ型だけでなく、ディマンドプル型の価格上昇が起きてしかるべきだが、現実は見てのとおりだ。

家計が使うお金の量が減り、企業間ビジネスの価格も下落するのは、すなわち、景気が悪化・縮小していることに他ならない。

筆者の経営相談先に、「成功のコツは、成功するまでやり続けることだ」と得意げに語っていた企業経営者がいた。

彼は、特殊な技術で化粧品原料となる物質抽出の低コスト化に成功し、一躍時の人となったが、結局は杜撰な製造運営が祟り、事故を起こして破産してしまった。

自身の思い込みや妄想を担保にした経営が上手く行くはずがない。

日銀や内閣府の連中も、思い込みや妄想ではなく、事実にきちんと向き合い、無益な大本営発表をすぐに改めるべきだ。
妄想が現実を超えることはなく、思い込みは妙案の出現を阻害するだけだ。

彼らも、毎月ウソをつき続けるのは気が引けるだろうから、緊縮政策やリフレ政策が失敗したことを素直に認めて、大規模かつ長期にわたる財政金融政策に方向転換すべきだ。

2017年1月15日 (日)

妄想と事実誤認

「平成28年の倒産件数、8年連続減少、26年ぶりの低水準 負債総額も2年ぶり減」
(産経新聞 1/13)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00000556-san-bus_all

「東京商工リサーチが13日発表した平成28年の全国企業倒産集計(負債額1千万円以上)は、件数が前年比4.15%減の8446件と8年連続で減少、2年(6468件)以来の低水準だった。
景気が緩やかな回復を続けていることや、金融機関が中小企業の返済計画見直し要請に柔軟に応じていることが寄与した。
 (中略)
 業種別では、食品業や広告関連業などは減少、人手不足による人件費増に悩む老人福祉・介護事業や飲食業は増加した。
 松永伸也情報部部長は「トランプ次期米政権や欧州の政治リスクなど先行き不透明感もあり、中小・零細企業の業績回復には時間が必要だ」と分析した」


上記の記事には、突っ込みどころが3点ある。

まず1点目は、企業倒産件数減少要因の一つとして「景気が緩やかな回復を続けていること」を挙げている点だ。

中小企業庁の資料「平成27年度(2015年度)の中小企業の動向」(http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b1_2_1_2.html)によると、企業倒産件数は2009年辺りから減少しているが、休廃業件数は2008年から増加しており、「倒産+休廃業」を合わせた件数は、2015年で3.5万件と、2006年の3.3万件から2千件も増えている。

休廃業が大幅に増えているのは、業績不振による後継者不足のためであり、「景気が緩やかな回復を続けている」のが本当なら、こんな事態になるはずがなかろう。

巷間噂されているとおり、倒産件数が減ったのは、長過ぎる不況のせいで体力の弱い企業があらかた淘汰され尽くしたのと、手形取引の縮小による不渡り件数の減少、それに、金融円滑化法の残滓による金融機関のリスケ対応の拡大によるものだ。


次に2点目は、老人福祉・介護事業者や飲食業者の倒産増加を人件費高騰のせいにしている点だ。

福祉介護事業や飲食事業の従業員の給料は、いったい、いつ“高騰”したというのか??

両業界とも、給料の低さと労働条件の悪さでは群を抜き、離職率が高いことはよく知られている。

厚労省の資料によると、介護職員の就業形態について、介護職員の非正規比率は41.4%、訪問介護員は78.4%にも上り、他の業種と比べて著しく高い。
また、常勤労働者の初任給は16万円、平均月収も23万円と他より大きく見劣りする。

しかも、土日も昼夜もないきついシフトを強いられるから離職率も高く、介護職員の常勤労働者の離職率は16.8%と、産業平均値(12.4%)を大きく上回っている。

飲食業界も、福祉・介護事業と同様に、「低賃金・長時間労働・パワハラの横行・クレーム対応の多さ」という悪条件を高いレベルで兼ね備えており、過労死や暴力が横行する、いわゆる3K職場として敬遠される業種だ。
しかも、特に首都圏辺りでは、外国人労働者の流入も多く、賃金上昇を抑制するアンカーになってしまっている。

現代の奴隷労働に近い無理な働きを強いてもなお、「人件費高騰のせいで倒産」する企業があるとしたら、それは、人件費のせいではなく(現に、たいして高くなっていない)、経営者自身の能力不足と、業界特有の過当競争のせいだろう。

実際に、帝国データバンクの資料(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000062879.pdf)を見ても、ここ数年は売上高や利用客数の増減率を店舗数の増加率が上回っており、折からの価格競争も相まって競合が激化しており、倒産や淘汰の引き金になっている。


最後の3点目は、「トランプ次期米政権や欧州の政治リスクなど先行き不透明感もあり、中小・零細企業の業績回復には時間が必要だ」という東京商工リサーチ 松本氏のいい加減な分析だ。

この手の経済レポートものを見ると、執筆者が格好をつけて、結論部分に国際経済の動きとリンクさせて文を〆ようとするパターンが多いが、正直言って、国内の中小零細企業の業績と欧米経済やその政治リスク云々はほとんど関係ない。

リーマンショックの折にも、筆者の取引先企業の決算概要には、冒頭部分に「当社の業績はリーマンショックの煽りを受けて…」云々と、減収減益を誤魔化そうとする言い訳がましいセリフがこぞって並んでいる様をよく目にしたが、「おたくの販売先は、100%県内向けの内需だろっ?」と突っ込みを入れたものだ。

日本にある中小零細企業の98%近くは、トランプがどんな暴言を吐こうが、欧米各国のEU離脱問題が勃発しようが、自社の業績に何の影響も受けない、吹けば飛ぶような企業ばかりだ。

トヨタやホンダがトランプに恫喝されて右往左往しても、まったく業績への影響もなく、近所のオバちゃんに納豆を売ったり、隣の町工場にネジを売ったりしている企業が大半を占めており、欧米の政治リスクなど考慮する必要はない。

むしろ、彼らが最大限に憂慮すべきは、内需の停滞であり、その動向如何で自社の命運が大きく翻弄される。
欧米の政治リスクなんて、所詮は外国で起こった事故みたいなものに過ぎないが、国内の経済失政は、ダイレクトかつ即座に自分たちに悪影響をもたらすから恐ろしい。

東京商工リサーチは、結論部分を、「緊縮気味の財政運営に固執し続ける安倍政権の政治・経済リスクなど、日本経済の先行きは不透明感に溢れており、中小・零細企業の業績回復は望めない」と分析すべきだろう。

2017年1月14日 (土)

「(安くこき使える)人手が足りない‼」は、自分勝手な言い訳

『「人手不足」関連倒産 2016年は304件』

(東京商工リサーチ 1/13

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00010006-biz_shoko-bus_all

 

「企業倒産の低水準な推移が続くなか、中小企業を中心に人手不足は解消されていない。

財務省が20161025日に発表した「人手不足に関する聞き取り調査」では、人手不足感の強い職種からは「恒常的な人手不足で、収益増加や事業拡大の機会を逸している」、「労働環境の整備が進んでいる業界に人が流れてしまう」などの現場サイドの声が聞かれた。

東京商工リサーチでは、これまでも「人手不足」関連倒産を集計してきたが、主に代表者死亡や入院などによる「後継者難」型が中心だった。だが、人手不足感が解消されないなかで「求人難」型、「人件費高騰」関連などの推移が注目されている。(後略)」

 

筆者も実際に、相談先の中小企業経営者から、人が集まらないとの声を聴く。

 

だが、以前のエントリーにも書いたように、企業側が人手不足に悩んでいるという割に雇用条件が目に見えて改善される気配はない。

人が足りぬと愚痴をこぼす経営者に時給や勤務条件を尋ねても、無理な勤務シフトの割に時給は900円にも満たぬものばかりで、それじゃ無理だと呆れることが多い。

 

特に、労働人口の減少に見舞われる町村部には高齢者しかおらず、低賃金で立ち仕事や腰に負担の大きい仕事をさせようとしても相手にされない。

 

また、近所のスーパーにある求人票を見ても、時給750850円、土日含む週5日以上勤務なんてものばかりだ。

 

anreportによると、業種全体の求人平均時給は 1,007円と前年同月比 21カ月連続で時給上昇、求人数は前年同月比+32.8%と好調のようだ。

しかし、エリア別にはバラつきがあり、平均時給は「関東エリア」が1,065円で最も高く、次いで「関西エリア」1,007円、「東海エリア」978円、「九州エリア」916円、「北海道エリア」871円、と、生活に掛かるコストに大差はないのに、地域により200円近い差がある。

 

東京商工リサーチは「人件費高騰」なんて大袈裟に書き立てているが、リクルートジョブズのデータによると、三大都市圏のパート・アルバイト募集時平均時給(201611月時点)1,002円で、7年前の水準(924)と比べて78円しか上がっていない。

 

年平均の上昇率はわずか0.8%程度と、ほぼ横ばいと言ってよい。

 

他地域より恵まれた首都圏・阪神圏・中京圏をして、たったのこれだけしか上がっていないのに、人件費が「高騰」したなんて大袈裟に騒がれるのは心外だ。

 

普通の人なら、黙っていても年1~2%くらいは労働生産性が上がると言われているのに、肝心の時給UP率が0.8%(※これも都会だけの話…)しかないのは、明らかにおかしい。

 

なにせ、時給1,000円とはいえ、年収ベースなら200万にも満たないのに、さも高給取りであるかのように言われても反発されるだけだ。

 

こんないい加減な雇用状況を放置しておいて、人が集まらぬと嘆くのは、どう見ても雇用者側の努力不足にある。

 

確かに、企業側、特に中小零細企業の経営環境が厳しいのは十分理解できる。

 

経産省辺りのデータでは、全業種平均の売上高総利益率は18%前後、売上高営業利益率は3.4%くらいしかなく、昨今の原料高や円安気味の為替動向から、収益低下を余儀なくされており、人件費拡大の原資に乏しい事情は承知している。

 

働き方改革や賃上げなど労働サイドの上げ潮ムードに配慮する必要はあれども、無い袖も振れぬと嘆く経営者も多いことだろう。

 

だが、それなら、なぜ、産業界や財界は、政府や官公庁に対して、自社の売上や収益UPに直結するような政策提言や要求を強く求めないのか?

 

経団連や経済同友会のような新自由主義に凝り固まったバカ者はともかく、日商や商工連のような中小零細企業団体は、もっとストレートに財政政策を軸とする大規模な経済政策や補正予算の執行を求めるべきだ。

 

経済三団体の連中は、口を開けば、「景気回復の特効薬は見当たらない。政府は地道に規制改革などの成長戦略を推し進め、外国移民にも門戸を開き、グローバル化に対応する必要がある」という寝言しか言わない。

 

アメリカの次期大統領が大型のインフラ投資や減税を口にすると、財界もすぐさま反応してヨダレを垂らすくせに、自国に同じ政策を求めようとせぬのは、明らかに整合性に欠けるし、合理的な態度とも思えない。

 

企業は「成長戦略」みたいなフワフワした霞を喰って生きて行けるわけじゃない。

 

労働分配率をさらに上げ、内需循環型の力強い成長を実現させるには、自社の売上や収益に直結する具体的な政策を打つよう、政府に対して声高に叫ぶべきだ。

 

21世紀になって20年近く経つのに、パートの時給がたったの1,000円なんて惨めすぎる。

これを1,500円→2,000円へとグイグイ上げられるような経済環境を創るのが、政治を司る者に与えられた役目であり、財界の連中も、妄想から目を醒まし、それをアシストすべきだ。

2017年1月13日 (金)

外需は気まぐれ

政府や自治体は、相変わらず「おもてなしだ、インバウンドだ、爆買いだ」と訪日観光客頼みの観光戦略に縋りついているが、風向きはすでに変わりつつある。

筆者も、インバウンド狙いのLaoxやドラッグストアが閑古鳥状態になっているのを実際に見ており、爆買いは、すでに過去のものと認識している。

『爆買い失速、免税店計画を凍結 ビックカメラに今春予定』(朝日新聞デジタル  1/12)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170112-00000064-asahi-bus_all
「大阪・ミナミで今春、開業予定だった「空港型免税店」について、関西空港と大阪(伊丹)空港を運営する関西エアポートなどが計画を凍結していることがわかった。
訪日客は増えているが、使うお金の額は減って一時の「爆買い」は失速しており、十分な収益が見込めないと判断した。
(中略)
計画は、昨年3月まで関空の運営をしていた新関西国際空港会社や大手家電量販店のビックカメラなどが、昨年2月に発表した。」

ガヤガヤ煩い訪日外国人(特に、気に障るのは声のデカい中国人)は、数こそ堅調に増えているものの、個々の旅行支出額は明らかに減っている。

観光庁「訪日外国人消費動向調査」(平成28年7-9月期の調査結果(速報))によると、訪日外国人旅行者数は626万人(通期で約1,800万人)と前年同期(535万人)比で17.1%増加したものの、
○訪日外国人旅行消費額は9,717億円で前年同期(1兆0,009億円)比▲2.9%となり、平成23年10-12月期以来19四半期ぶりの対前年同期比マイナス
○訪日外国人1人当たりの旅行支出は155,133円で前年同期(187,166円)比▲17.1%と大幅に減少
という結果に終わっており、上記記事の内容を裏付けている。

特に、訪日外国人1人当たりの旅行支出は4期連続で減少しており歯止めが掛かる様子はない。

前述の観光庁資料によると、訪日客の主要20か国のうち、一人当たりの旅行支出が対前年比で増えているのは、フィリピン、ドイツ、ロシア、カナダの4か国だけで、残りの16か国はすべてマイナスという惨憺たるありさまだ。

特に、訪日客数でボリュームの大きな中国(▲18.9%)、台湾(▲15.6%)、韓国(▲11.8%)の3か国や、それに続く香港(▲23.6%)、アメリカ(▲2.3%)、タイ(▲25.1%)など、上位の国々の実績が、いずれも大きく落ち込んでいる。

こうした冷厳な現実を見せつけられてもなお、中国政府による規制や円高の影響だと言い訳を並べるのは勝手だが、訪日客の代名詞と言える中国人を筆頭に、外国人旅行客の爆買いに急ブレーキが掛かった事実は否定しようがない。

先の読めないインバウンドの消費動向を目の当たりにすると、外需頼み経済の恐ろしさや不安定さを改めて実感させられる。
観光立国だ、おもてなしだと浮かれていると、気まぐれな外需に足元を掬われかねない。

訪日外国人誘客に熱を上げること自体を否定するつもりはないが、それは、あくまで“オプション”、あるいは、“プラスアルファ”として位置づけ、最大のボリュームゾーンである「日本人国内旅行者」の需要掘り起こしにこそ努力すべきだ。

観光庁のデータによると、(2015年度データ)
○日本人国内旅行消費額は20兆4,090億円(前年比10.8%増)
○日本人国内延べ旅行者数は6億0,472万人(前年比1.6%増)
だそうで、旅行消費額ひとつを取っても、(当然だが…)インバウンドの20倍以上に上る。

観光業界並びに関連産業の安定的な需要拡大を目指すなら、この大票田を刺激すべきで、規制や為替動向に左右される外需に縋るのは、明らかに戦略ミスだ。

日本人国内旅行客が相手なら、為替も関係なく、通訳や外国語表記など無駄なコストも不要で、ハラルみたいに面倒くさい配慮も要らない。

国内旅行市場で消費される金額の95%以上を生み出しているのは日本人であり、一見派手に見える訪日旅行客が使うカネなんて、たかが5%にも満たない。

インバウンド信者の連中は、こうした現実を冷静に見つめ、「もてなされるのは外国人、もてなすのは日本人」という“召使い根性”から脱却し、おもてなしを”する側”から“される側”へ回るべきだろう。

それこそが国内の経済循環を高め、関連産業の雇用の質を引き上げることにもつながるし、働き方改革に一石を投じることになるのではないか。

留意すべきは、
・日本経済は成長できないという思い込みを棄てること
・日本は財政危機だという妄想から醒めること
・大規模かつ長期の財政金融政策を打ち、国民所得を増やし続けること
であり、生産者志向に凝り固まった日本人に、消費者としての自覚と原資を持たせることにつながるだろう。

2017年1月12日 (木)

いま、必要なのは「モノを買う人」

昨年暮れに、内閣府から高齢者の定義を70歳以上に引き上げる提言があった。

どうみても、年金支給開始年齢の引き上げを狙ったものにしか見えないが、年寄扱いを嫌う高齢者層のプライドを擽ったのか、意外なほど反発は少ない。

団塊世代みたいに呑気な連中は、「まだまだお若いですね」という煽ての代償として、年金がお召し上げになることに半ば気付きながらも、ニヤニヤ笑ってそれを見過ごそうとしている。

当の高齢者の甘ちゃんぶりが世間に伝播するのか、それに便乗する妄言も目立つ。


『「高齢者は働かないほうがトク」という制度は見直すべきだ』
(ダイヤモンドオンライン 野口悠紀雄/早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)
http://diamond.jp/articles/-/113884

「高齢者の定義を75歳以上とする提言が公表された。
 高齢者が元気になっていることを踏まえれば、適切な考えだ。
 必要なのは、高齢者が働く社会を実現することだ。しかし、現在の日本の制度では、高齢者は働かないほうがトクになる。
これを見直し、働くことが正当に報われる社会をつくることがまず第一歩だ(後略)」

野口氏みたいな単純な新自由主義者の眼には、サプライサイドしか映らぬようだ。

彼らは、「日本は労働人口減少に見舞われる」→「誰でもいいから働かせろ」→「老人、女性、外国人(≒中国人)をもっと働かせろ」という論理を押し付け、最後には同一賃金同一労働を盾に、正社員のイスを減らし、雇用条件の引き下げという結論に収束させようとする。

筆者は、「働くのは、長くても、せいぜい65歳まで。残りの人生は、孫に小遣いでもあげ、趣味に興じながら、消費者の立場で経済循環に貢献すればよいのでは?」と考えているが、世の中には、どうしても働きたがる奇特な人間もいるから、それはそれで構わない。

まあ、働きたいと思うのは勝手だが、野口氏みたいに、この厳しいご時世に“働きたい=速攻でまともな職が見つかる”と信じ込んでいるのが不思議でならない。


野口氏は、「高齢者は働かないほうがトク」になる論拠として、在職老齢年金制度と高齢者医療制度を挙げている。

「在職老齢年金制度」は、60歳以降給料と年金の合計額が一定額を超えると年金が全部または一部カットされる制度で、例えば、60歳~64歳で月収の基準額が28万円とすると、給料30万円、年金月額15万円の場合、(30万+10万-28万)×1/2=6万円分が年金額からカットされることになる。

また、「高齢者医療制度」は、自己負担割合が原則1割(現役並み所得者は3割)で、高額療養費および高額介護合算療養費の自己負担限度額についても軽減されるものだ。

野口氏の論法は、配偶者控除103万円の壁の件と同じで、制度改正の議論を端から避け、働き方や生き方の方を制度に合わせて、その損得を語る愚を繰り返しているだけだ。

在職老齢年金制度の、労働収入に応じた年金カットに不備があるのなら、働いた分だけ収入が増えるよう現行制度自体を改めればよいだけのことだ。
それをせずに、「働かぬ方がトク」と決めつけるのは、相当に質の悪い議論としか言えない。

現在の平均年金支給額は、平成26年度で国民年金が5万4414円、厚生年金が14万4886円でしかなく、到底、働かぬ方が有利だなんて言えるレベルではなかろう。


気持ちだけ若者気取りの高齢者が、まだまだ働けると意気込むのは勝手だが、高齢者や女性、外国人が労働市場にドカドカ入り込めば、それだけ雇用のイスは減り、質の悪化も避けられない。

第一、口だけ達者で手足の動かぬロートルが、いつまでも職場にのさばっていては、ポストが減る一方で、中堅若手社員の社内調整負担が増し、却って業務の不効率化を招くのではないか。

ここ20年というもの、日本国民が苦しめられているのは、極度の需要不足によるデフレ不況であり、社会が求めているのは、サプライサイドの膨張ではなく、ディマンドサイドの強化であるはずだ。

一部に労働力不足を懸念する声もあるが、実態は、低賃金&長時間労働に耐えられる人材の不足であり、雇用側の努力不足でしかない。

喉から手が出るほど欲しいのは、「需要=消費者=モノやサービスを買ってくれる人」の存在であり、現に、日本に来て爆買いする卑しい中国人相手にペコペコしているではないか?

野口氏はコラムを、「社会保障制度には、高齢者になって働くことに対して重い税を掛けているのと同じ結果をもたらしているものが多いのである。それが、高齢者の就業意欲を低下させている可能性が高い。こうした要因を取り除くことが必要だ」とまとめている。

だが、そう思うのなら、働いた分だけ収入が増えるよう具体的な制度改正を提言すべきであり、制度が悪いから高齢者が働けないという結論に持って行くのは、まったく的外れだ。

また、労働市場の需給バランスを歪め、低賃金労働の固定化を助長しかねない高齢者の就業促進を安易に進めるべきではない。
貯蓄ばかりに精を出す働き蜂をこれ以上増やしても仕方あるまい。

いまの日本に必要なのは「買い物する人」であり、高齢者を労働市場に追い立てるよりも、彼らが年金を国内で使いのうのうと暮らせるよう、社会保障費の国庫負担を増やし、年金や医療制度の充実を図る方が遥かに得策だ。

一旦、就業人生のゴールテープを切った者の心配をするよりも、そのトラックにすら入れない憐れな若者の心配こそすべきだろう。

2017年1月11日 (水)

お前は、どこの国の人間なんだ?

『<米国>ツイッター過熱…トランプ氏とストリープさんファン』(毎日新聞 1/10)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170110-00000091-mai-n_ame

「トランプ次期米大統領と女優のメリル・ストリープさんのファンらによるツイッター上の対決が過熱している。(中略)
ストリープさんは8日夜、映画賞のゴールデン・グローブ賞授賞式の演説で、選挙戦でトランプ氏が障害のある記者のしぐさをまねるなどしたことを「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」などと批判した。トランプ氏は翌9日朝、「私は障害のある記者の物まねなどしていない」と反論(後略)」

トランプ氏が実際に、記者に対して障害そのものを侮辱したのなら、それは非難されても仕方のない恥ずべき行為だが、本人が否定している以上、事の真偽は米国人の良識的判断に任せるよりほかない。

それより筆者が引っ掛かるのは、メリル・ストリープ氏の「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」という甘っちょろい空想主義的なセリフだ。

世界中で頻発する極悪なテロリズムや内戦、特定の国家による反日行為、節度に欠ける反差別運動、ポリティカルコレクトネスを錦の御旗とする言論弾圧…

こうした醜悪な行為の横行を鎮めようと行動する際に、最も厄介な足枷になるのが、「暴力や暴力しか生まない」とか「多文化共生社会」というあまりにセンシティブな発想であり、それが事態の解決を遅らせ、善悪の真相を曖昧にし、テロリストや犯罪者に理や猶予を与え、その根絶や解決を阻み、無辜の民に被害を与え続けることになる。

・過度な難民支援がテロリズムの横行や拡散をサポートする
・ヘイトスピーチの過度な抑制が在日特権や彼らの犯罪を助長する
・被差別部落への過保護政策がエセ部落の特権化を助長する
・行き過ぎた消費者保護がイカれたクレーマーの横暴を放置する

空想主義の最大の被害者は、それに騙され続ける民衆にほかならない。

セレブやマスコミみたいに、犯罪や雇用不安が渦巻く不条理な世界から隔絶され、金銭的に不自由のない生活をのほほんと送るバカ者は、「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」というセリフを気軽に吐くが、彼らには、現実がまったく見えていない。

実際に侮蔑や暴力を招いているのは、風紀や倫理を平気で踏みにじる輩への「寛容や忍耐という甘やかし」と、“あんな奴らと同じレベルに落ちたくはない”という「大人の態度」なのだ。

倫理観の欠片もないテロリストや犯罪紛いの行為に走るクズに対しては、こちらも強い態度に出て、時には鉄拳制裁も辞さぬ覚悟と実行力が必要になる。

しかし、空想主義者たちは、悪事や犯罪を本人の責としたがらず、社会そのものの在り方や差別に無頓着な社会の意識の低さのせいにし、“反省すべきは常にこちら側(=普通の人々)”という結論に誘導しとうとする。

また、彼らは、差別を毛嫌いするあまり、差別を想起させる一切の言動や表現を規制し、こちら側に対して社会的不寛容さを強要する。

自分たちの都合に応じて、「モノを言いづらい息苦しい世の中」だと声高に批判するくせに、反対側から少しでも気に食わぬ批判を受けると、「人種差別だ」、「戦争責任を忘れるな」、「兵ヘイトスピーチだ」と沈黙を強制しようとするのだ。

彼らの薄汚い口から出てくる「侮蔑や暴力を止めよ」というセリフは、それを平気で奮う横暴な犯罪者にとって最高の免罪符になっていることを自覚してもらわねばならない。

これに関して、バカバカしい社説を眼にしたので、ひとつ紹介しておく。

『あすへの指針 多文化が共生する社会に』(北海道新聞社説 1/11)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0105618.html

「(前略)外国人を単に労働力や成長の手段と捉えるのではなく、社会に迎え入れる発想が必要ではないか。永住や国籍取得を前提にした移民政策が検討されてもいい。
 ところが、安倍晋三首相は「移民政策は毛頭考えていない」ときっぱり否定する。政府は難民の受け入れにも消極的だ。
 欧米では移民や難民の受け入れが失業者を増加させたとの排外主義的主張が社会を分断している。
 日本の世論も現時点では慎重意見が少なくないかもしれない。
 だが、外国人に分け隔てなく門戸を開くことは社会全体に活力をもたらす。米国の歴史もそうだった。今後、日本が目を向けるべきは、こうしたプラスの可能性ではないか。
 異なる国籍、民族の人たちが違いを認め、肩を寄せ、刺激し合う社会でありたい。それが「多文化共生」だ。
 その理念の実現のためには、政治や社会に努力が求められる。
 移住した外国人を孤立させてはならず、語学や医療、教育などの生活支援を充実させ、地域に溶け込んでいくことを後押しする取り組みが欠かせない。
 近隣諸国との歴史問題を克服し、在日韓国・朝鮮人などに向けたヘイトスピーチのような差別と偏見を根絶しない限り、多文化共生は絵に描いた餅となる。
 永住外国人の地方参政権や、日本に移住しても生まれた国の国籍を失いたくないという人への二重国籍を認めてもいい。どちらも欧米では導入している国が主流だ。
 日本が経験したことのない少子高齢化による人口減少社会に入ったいま、この国を開いてゆくことが、すなわち「あす」を開いてゆくことになるのではないか。」

まず、「ところが、安倍晋三首相は「移民政策は毛頭考えていない」ときっぱり否定する。政府は難民の受け入れにも消極的だ」の部分は、まったくの事実誤認だ。
高度人材受け入れの制度改悪を進め、中国人移民の受け入れに熱心な安倍氏は、首相として、過去最悪の移民推進論者であり、北海道新聞は即刻訂正してもらいたい。

間違ったマクロ経済政策により落ちぶれたとはいえ、今の日本は外国移民に頼らずとも、勤勉で知的スキルや技術スキルの高い国内人材だけで、十二分に活力ある社会を運営していくだけのポテンシャルを備えている。
インディアンを殺戮し、杜撰な移民文化の上に歴史を築いてきたアメリカ辺りと一緒にしてほしくはない。

社説の「移住した外国人を孤立させてはならず、語学や医療、教育などの生活支援を充実させ、地域に溶け込んでいくことを後押しする取り組みが欠かせない」の部分については、外国に移住した以上、移住先の国民になる(=移住先の文化や生活習慣を尊重する)覚悟を持つのが当然で、孤独に震えるくらいなら自国に帰ればよいだけだ。

また、医療・教育などの生活支援の充実は、まず自国民を最優先すべきであり、医療費さえ払えず困窮する国民が大勢いる中で、外国人を優先するなどあり得ない。

「永住外国人の地方参政権や、日本に移住しても生まれた国の国籍を失いたくないという人への二重国籍を認めてもいい」の記述に至っては、日本の国益侵害を容認するトンデモナイ発言で開いた口が塞がらない。
二重国籍なんて、税金逃れや機密漏えい、犯罪者の国外逃亡といったリスクを助長するだけの危険な制度だ。

多文化共生に染まった壊国主義者のバカの頭の中は、いったいどうなっているのだろうか?

この手の幼稚なバカ者が、「互いの文化的違いを認め合う」とか、「差別や偏見を超える」云々と、寝言を語り合いたいのであれば、国境という垣根をきちんと設けたうえで、その国境越しにやってもらいたい。

こちらの文化や生活様式を認める気もないゴネ得外人の横暴を許すのが、「多文化共生」という空疎な発想なのだ。

2017年1月10日 (火)

リフレ派の吐く大嘘

『アベノミクスと雇用について』(2017年01月09日 BLOGOS abz2010氏)
http://blogos.com/article/205039/

「アベノミクスが期待外れな結果しか残せていないことについてはいまや多くの人々が同意する所となりつつあるが、その一方で今も「アベノミクスは成功したんだ!」と主張する人々が強調するのは雇用の改善である。(中略)
アベノミクス支持派の主張は、「失業率だけをみれば確かにアベノミクスの成果は見えないが、労働力人口や就業者数を見れば、アベノミクスが雇用を大きく改善したことは明らかであり、同じ失業率の改善でも民主党政権下とアベノミクス以降では中身が異なる」というものである。(後略)」

上記コラムに目を通すと、執筆者のabz2010氏は、アベノミクスは期待外れに終わったという立場から、リフレ派による「アベノミクスは大成功」、「インフレ・ターゲット政策の真の目的は雇用。物価目標は手段に過ぎない」という主張を批判している。

氏は、リフレ派の言い分として、山本博一氏(※ジョネトラダムスの子分)による次の説明を引用している。
・民主党政権下でも失業率が低下しているが、労働力人口が減っていた。
・アベノミクス以降は労働力人口が増加しつつ失業率が改善している。
・民主政権下とアベノミクス以降では、失業率が改善していることは同じだが、その中身はまったく異なる。
・特筆すべきは「労働力人口がアベノミクス以降で上昇に転じた」こと。
・民主党政権下での失業率の低下は、ただ単に就職を諦めて就職活動を諦めた人が、失業者にカウントされなくなっただけである。


このようなジョネトラダムス2号の妄想に対する詳細なデータを用いた反論は、abz2010氏のコラムをご参照いただくとして、質の悪い“アベノミクス詐欺(=雇用改善はアベノミクスの大成果)”をバラ撒くリフレ派には、その証拠を出してみろと強く言っておきたい。

雇用の改善とは言っても、それは、団塊の世代に続くボリューム層の引退期と出生数の少ない若者層の就職期がたまたま重なったことによる人口動態要因によるものや、デフレ不況の長期化により家計が苦しくなった主婦層や高齢層の“嫌々パート”が増えたことによるものに過ぎない。

雇用のイスが増えたとはいえ、非正規雇用やパートみたいなおんぼろイスか、外面は「正社員」でも安月給で死ぬまで扱き使われる“ブラック正社員”なら、何の意味もない。
雇用は人の一生を左右する重要なポジションであり、単に数さえ増えればOKと言えるものではなかろう。


先ず、ジョネトラダムス一派が勘違いしているのは、(小泉バカ政権と並ぶ)「史上稀にみるダメ政権」であった民進党と比べて悦に入っていることだ。

日銀による「生活意識に関するアンケート調査」(第67回/H28.9調査)の結果、雇用環境D.Iは▲12.6と、民進党政権期(▲20~▲30)より改善してはいるが、相変わらず絶対値は低位で、ここ3年ほどは多少の上下動はあれども、ほぼ横ばいで、力強く上昇する気配はない。
テストで30点しか取れない落ちこぼれが、40点取れたと大喜びするのを甘やかすようなもので、合格点にはほど遠い。


また、リフレ派の連中は、雇用改善云々を語る以前に、アベノミクスの成果とやらが本当に存在しているのか、それが実体経済に波及しているのか、という点に関する検証が疎かだ。

いろいろな論文やデータを探してみても、リフレ派や安倍信者以外で有意なものを見つけることはできないが、逆にその成果を否定するものは、次のとおり結構目につく。

◆金融緩和政策の効果について、「実感はない」企業が59.7%だった一方、「実感がある」は12.9%にとどまる。(帝国データバンク『金融緩和政策に対する企業の意識調査』)

◆実質金利の低下は企業が設備投資を決定する際の一要素にすぎない。企業の先行き判断と投資行動の関係を見ても、国内需要の成長見込みが低く、投資に対して十分な採算が取れないと企業が判断するのであれば、実質金利低下による投資需要刺激効果は相殺され設備投資は伸びないと考えられる。(三井住友信託銀行『経済の動き ~ マイナス金利政策の国内設備投資への影響』)

◆そもそも日本銀行がいくら銀行に資金を供給したとしても、銀行貸出が増えるわけではありません。「明るい景気展望」をもった借り手が現われることによってはじめて、またそうした資金需要者が円滑に借り入れできる環境が整うことで市中にお金が出回ることになります。そうした条件をつくるのは政府の仕事です。ところが実際には、インフレ期待を煽ることで経済を上向かせようという異次元金融緩和が、緩和後に急伸した円安下でコスト高といった副作用をもたらし、それが中小企業を圧迫する重石になっていることが問題です。(立教大学准教授 飯島寛之『異次元金融緩和の中小企業への影響「ほとんどなし」』)


何といっても、リフレ派による「インフレ・ターゲット政策の真の目的は雇用。物価目標は手段に過ぎない」という“ムービング・ゴールポストまがいの粉飾行為”は決して許されるものではない。

黒田総裁をはじめリフレ派の連中は、異次元緩和政策を断行するに当たり、物価目標達成を通じた実質金利の低下や為替効果による投融資の活発化・民需の活性化を狙うと公言していた。

しかも、日銀のHPには、
「日本銀行法では、日本銀行の金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としています。
物価の安定が大切なのは、それがあらゆる経済活動や国民経済の基盤となるからです。
市場経済においては、個人や企業はモノやサービスの価格を手がかりにして、消費や投資を行うかどうかを決めています。物価が大きく変動すると、個々の価格をシグナルとして個人や企業が判断を行うことが難しくなり、効率的な資源配分が行われなくなります。また、物価の変動は所得配分にゆがみをもたらします。
こうした点を踏まえ、日本銀行は、2013年1月に、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現するという約束をしています。」
と、金融政策目標の一丁目一番地は「物価目標の達成」であることが明記されているではないか。

雇用効果云々は、所詮、物価目標という大目標を達成した後に派生する効果の一つに過ぎないはずで、今になって、それを声高に目的化するのは「卑怯な後出しジャンケン」としか言えまい。

本来なら、インフレ・ターゲット政策の真の的(2%の物価上昇)を射止めた後に、雇用効果を語るべきだが、肝心要の物価の方は、金融政策決定会合にて5回連続で目標達成延期を宣言させられるなど、黒田総裁は大恥をかくハメになった。

第一の大的すら射止めていないのに、その先にある小さな的を射抜けるはずがあるまい。

リフレ派の連中には、
・雇用の質に関する偽装行為を止めること
・質の悪い雇用増加を金融政策の手柄顔で騙るのを止めること
を強く言っておきたい。

金融政策の評価を確かめたいのなら、その辺の企業経営者を尋ねて、直にヒアリングしてみることだ。

妄想の中で真実は掴めない。

2017年1月 9日 (月)

ポピュリズム批判という国民に対する背信行為

『社説 ポピュリズムの世界 民主主義は試練の時だ』
(中國新聞 2017年1月5日)
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=68111

「【憎悪呼ぶ危うさ】
 米国は米中枢同時テロ以降、膨大な戦費をつぎ込んで殺し殺される戦争を続け、そこから抜け出そうとするオバマ氏が支持された。トランプ氏も同盟国への軍事協力の見直しに言及している。もはや国の中で手いっぱいじゃないか、という民意は奔流となった。
 だが、トランプ氏についてはポピュリズム(大衆迎合主義)の危うい面を指摘すべきだろう。
 むろん、世界に広がるポピュリズムが全て民主主義の敵だと、一刀両断に語るつもりはない。
 しかしトランプ氏を支えたポピュリズムには偏見や憎悪をあおる危うさがある。雇用の拡大を叫ぶ一方で、反移民や反イスラム、多様な生き方を否定するスローガンを持ち出してはばからない。
 この「トランプ現象」と英国の欧州連合(EU)離脱決定は、欧州でオランダ、フランス、ドイツと続く、ことしの選挙に大きな影響を与えそうだ。各国でポピュリズム政党は伸長してきたが、日本もモデルにしてきた民主主義の先進地で何が起きているのか。」

トランプ氏の米大統領就任の日が近づくにつれ、バカマスコミの連中から、「トランプ政治=ポピュリズムの蔓延→保護主義→モノ言えぬ社会→民主主義の崩壊」という非難がましい声が沸き起こっている。

マスコミが口にするポピュリズム(大衆迎合主義)の意味するところは、
・反グローバリズム
・反自由貿易
・反緊縮政策
・反移民
・反ポリティカルコレクトネス
の動きを指すようだ。

『グローバリズム・自由貿易・緊縮政策・移民推進・ポリティカルコレクトネス』の庇護の下で羽を伸ばし、既得権益に安住してきたマスコミの連中にとって、イギリスのEU離脱やトランプの敗北は、自分たちの権益を侵そうとする挑戦的行為なのだろう。

欧米で巻き起こる民衆の怨嗟の声を“ポピュリズム”の一言で踏み躙ろうとする連中は、うっかり忘れているようだが、先の米大統領選でヒラリー氏が敗れたインパクトの大きさを解っていない。

ヒラリーVSトランプの闘いにおいて、トランプ氏は、
・欧米のマスコミ総掛かりの非難
・著名なセレブやアーティスト、スポーツ選手など社会的影響力の強い人物総出の反トランプ運動
・初の女性大統領誕生というエポックメーキング
・人種差別主義者というレッテル貼り
・味方であるはずの共和党員の離反
という五重苦のハンディキャップを抱えた極めて不利な状況をひっくり返した。

逆に言うと、ヒラリー氏は、鼻をほじって寝ていても勝てるような絶対有利の神輿に担がれながら予想外の敗北を喫するという大恥をかかされた。
総得票数で僅かに上回った云々という見苦しい言い訳は、自らの不徳に恥の上塗りをするようなものだ。

バカマスコミがバラ蒔いた、新自由主義を擁護するための胡散臭い理想主義は、化けの皮を剥がされ、彼らのついた大嘘が白日の下に晒されたと言ってよい。

マスコミ流の汚れたレンズには、
・安定した質の良い雇用
・豊かに暮らせる収入
・自国民を中心とする安寧なコミュニティ
・犯罪を赦さぬ社会
・思想表現の自由
という民衆が求めるごく自然な欲求すら、「身の丈を超えた贅沢」に映り、それを政府に求める行為は、「行き過ぎたポピュリズム」として断罪すべきものらしい。

彼らが忌み嫌うポピュリズムとは、国民の素直な欲求(=ニーズ)そのものであり、本来なら、これに応えるのが政治家たる者の最大の醍醐味だろう。

国民のニーズに正面から向き合うのが政治の役割であり、そこから逃げ、目を逸らそうとするのは、行政権や立法権を負託された国民に対する重大な背信行為だ。

コツコツ働き、きちんと納税の義務を果たす真面目な国民の、豊かになりたい、安全に暮らしたい、という慎ましい願いすらポピュリズムだ、甘えだと切り捨てるつもりなら、政治や報道なんて必要ない。

必死のポピュリズム批判は、財政規律の堅持、多文化共生社会、グローバル主義というエセ理想主義の上に胡座をかき続けたナマケモノたちの断末魔の叫びなのだろう。

マスコミや政治家みたいに既得権益に守られた連中は、自らの無智・無能を棚に上げて、国民に過度な自助を要求しがちだ。

「こんな厳しい世の中なんだから、政府や公的機関に甘えるなっ‼ 自分で何とかしろっ(# ゚Д゚)」と逆切れする“自助絶対主義者”は、自助の名の下に無為無策を放置できると甘えているだけだ。

自助では乗り越えられない厳しい世の中だからこそ、「公助」の出番であり、公助に対する国民の期待は大きくなる。

米国民を突き動かし、既得権益の実像たるヒラリー氏に強烈なNOを突きつけさせ、「アメリカ・ファースト」を叫ばせたのは、自分たちの生活や雇用を守ってほしいと願う、公助への猛烈な欲求に他ならない。

国家の主権者たる国民のニーズを、安易にポピュリズムと切り捨てる大バカ者は、今すぐ政治の舞台から身を引き、政治を語ることを辞めるべきだ。

2017年1月 8日 (日)

胃袋経済論のウソ

『キユーピー45年ぶり、山崎製パン26年ぶり。食品工場、国内新設のなぜ』
(ニュースイッチ 日刊工業新聞 1/6)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00010003-newswitch-ind&p

「キユーピーは2017年4月から、神戸市東灘区にあるマヨネーズの主力工場を全面稼働させる。山崎製パンも神戸市西区にパン工場を同年1月、着工する。日清食品(東京都新宿区)は滋賀県栗東市に、即席めん新工場の建設を決めた。テーブルマークやケンコーマヨネーズも、冷凍食品と総菜で新工場建設に動いている。
(中略)
ケンコーマヨネーズは「ホテルや旅館の調理人不足で、厚焼き卵の需要が伸びている」と話す。テーブルマークは冷凍うどんの最近5年間の平均伸び率が、1ケタ台後半だと明かす。日清食品は、高齢者や女性を狙った即席カップめんが、売り上げを伸ばした。
 冷凍食品業界では16年、チャーハンやギョーザなどが売り上げを伸ばした。味の素冷凍食品が15年に戦略新商品の「ザ☆チャーハン」を発売。ニチレイフーズも主力工場に、30億円強を投資した。(後略)」

記事では、肝心の“国内新設のなぜ”の核心部分が抜けており、大手食品工場が国内工場新設を急ぐ理由とメリットに関して、いまひとつ詳細な説明が不足しているが、「和食ブームや安全安心意識の高まりを背景とした国産志向、為替の円安による輸入品高といった追い風(記事より抜粋)」を大きな要因としている。

日刊工業新聞の記者は、国内製造拠点新設と、和食ブームや安全安心志向とを結び付けたいようだが、実際に食品メーカーが増産を図るのは、「調理パン、パックごはん、即席カップめん、カップサラダ、総菜、冷凍めん、冷凍チャーハン、冷凍ギョーザ、ドリンクヨーグルト」など、レトルトものばかりで、「和食」とか「安心安全」といった高尚なキーワードにリンクさせるのは、かなり無理がある。

記事でも触れているように、少子高齢化や働く女性の増加に伴う中食ブームに起因する、1人世帯の増加や簡単調理食品の需要が増したことによるものだろう。

要するに、「少量高単価(=高付加価値)商品」の需要が増えたことで、生産量を抑えつつ付加価値の高い商品を造る商機が生まれ、主な供給先であるコンビニチェーンへの短納期化が可能な国内工場でも十分に勝負できる環境になったという流れだ。

国内工場の新増設は、雇用増ばかりでなく、流通や機械メンテナンスなど地域に多大な経済波及効果を及ぼすため、大いに歓迎したい動きである。


我が国では、「少子高齢化=需要縮小」という幼稚な胃袋経済論が罷り通っているが、それは、需要を総量(=嵩)でしか理解できぬ片手落ちの議論だ。
およそビジネスや事業というものは、量ではなく額(=販売対価としてのお金)を稼ぐために行うものであり、当然、需要の強弱は、総量ではなく総額で判断すべきだろう。

こうした発想に基づき、筆者は、以前から、「胃袋経済論には意味がない。少子高齢化社会の下であっても、298円の弁当ではなく750円の高額弁当が売れるようになれば、需要の漸増が十分に期待できる」と主張してきた。

今回の食品メーカーの国内坑儒新設の動きは、高付加価値品を受け容れる経済的土壌があれば、人口に関係なく需要を伸ばせること(=胃袋経済論のいい加減さ)を裏付ける証左と言ってよい。


こうした工場の国内回帰の動きを見て、「ニーズはある。企業がそれを深堀できていなかっただけ」という意見もあろう。

だが、その「ニーズ」が、別のニーズを諦めた結果生まれたもの(=代替消費)であっては、まったく意味がない
総額が一定のパイをメーカーが喰い合うだけでは、経済は成長しないし、国民所得が増えることもない。

「企業の創意工夫次第で隠れた需要を掘り起こせる」というセイの法則に囚われた時代遅れの発想は、限定されたミクロ経済下で、一企業のちっぽけな武勇伝を残すことはできるかもしれぬが、マクロ経済を隆盛させることは到底叶わない。

お一人さま向けの高付加価値商品を買う代わりに、缶ジュースの購入を諦めねばならぬようではいけない。

「高温熱風を米飯にまとわせてパラパラ感を向上させた冷凍チャーハン」を買い、ついでにビールと雑誌も気兼ねなく買えるような経済環境。
750円の弁当を誰もが気軽に変えるような所得環境。

こうした“付加価値という果実”がたわわに実ったマクロ経済環境をきちんと整えてこそ、それを狙う各社の創意工夫も十二分に活かせるというものだ。

«大前流似非グローバル主義の先に悪性デフレが待っている

最近のトラックバック

2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31