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2016年12月 9日 (金)

低賃金競争へようこそ!!

『大卒内定率過去最高!!』なんて景気の良い言葉が新聞や雑誌に浮かんでいるが、就活生を取り巻く実態はそれほど甘くない

『2017年版【就活あるあるを言いたい】就活生の闇100連発!!!』
https://www.shukatsu-note.com/category/column/post-43463/
上記サイトには、
「1. 一次面接が通らない
 2. その前にエントリーシートが通らない
 3. もちろん二次面接も通らない
 ……」等々、就活生が直面する悲喜交々がユーモアを交えて紹介されている。

世の中には、若者が直面する悩みなど所詮は他人事だと言わんばかりに、“アベノミクスで民主党政権時よりも就職率がアップした”、“大卒内定率は○年連続上昇したぞ”と間抜けなことを自慢するバカ者もいる。

だが、表面づらの数値だけを見て結論を急ぐシロウト論者に騙されてはいけない。

まず、内定率が絶好調とは言っても、大卒者の就職率は平成25年時点で70%に届くかどうかというレベルで、就職氷河期よりも高くはなっているものの、80%を超えていたバブル期には遠く及ばない。
(参照先http://ameblo.jp/orange54321/entry-11752645099.html)

四大入学数は、Fラン私大の乱立による大学進学率の向上もあって、バブル期の40万人代後半から、60万人以上へと拡大している。
しかし、短大卒者と合わせると、昭和62年/69万人(バブル最盛期に卒業)から平成23年/68万人へと、ほとんど変化はない。

一方、就職先の法人数(※企業数、事業所数ではない)は、平成3年/241万→平成26年/261万と20万社増えている。(国税庁資料)
個人事業者などを合わせた数値や事業所数などは一貫して減っているから、一概には言えないが、仮にアベノミクスが大成功を収めているのなら、就活生数と雇用の受け皿数とのバランスを考慮すれば、バブル並みの就職率になってしかるべきだが、現実はそうなっていない。

大卒求人倍率を見ても、平成28年は1.73倍と、3.0倍近くに達していたバブル期はおろか、2.0倍を超えていた平成20~21年にも及ばない。

何より問題なのは、就職率の中身(=雇用の質)である。

給料を貰えれば何でも良し、という訳にも行くまい。
特に、学生を社会へ送り出す立場の(まともな神経の)教官や先生なら、学生たちの就職後の待遇まで思いを馳せてしかるべきだろう。

労働者に占める非正規雇用の割合は年々増えており、平成27年には37.5%にも達している。
就活生が該当する「15~24歳」層の非正規雇用労働者数も、平成2年/137万人→平成27年/231万人と70%近くも増えている。

大卒者の内定率UPのカラクリは、非正規雇用という壊れたボロ椅子に座るしかない哀れな学生の犠牲の上に成り立っている。

厚労省の「賃金構造基本統計調査」によると、一般労働者の平均賃金は時給換算1.958円程度と、正社員でも決して高いとは言えないが、契約社員など非正規雇用者(短時間労働を除く)の時給は1,258円と更に低いうえに賞与もない。

何より問題なのは、定型労働に従事するしかなく、昇進もないため、就業スキルを磨く機会を得られず、“一生非正規雇用のまま”→“年金受給額もダウン”という負の連鎖から逃れられぬことだ。

こうした実態をつぶさに検証すれば、“過去最高の内定率”とやらが、いかに中身の薄いものであるか一目瞭然だろう。
雇用の改善はアベノミクスのおかげだと大騒ぎするバカは、手間の掛かる検証作業を放り出して、現実から目を逸らし、都合のよい妄想の世界で遊んでいるだけだ。

ほとんんどの日本国民が暗い顔をしているのに、雇用や就職状況が改善したなんて本当か??

何のことはない、就職口が増えたというデータの正体は、低賃金の奴隷労働への門戸が拡がっただけではないか。

箱の包装に満足し、きちんと中身を確認しないドシロウトの妄言には、いつも失笑を禁じ得ない。

2016年12月 7日 (水)

融資のことさえ知らぬ財務相

『麻生金融相「中小企業の事業内容よくみて積極融資を」 意見交換会 』
(12/6 日経新聞)

「麻生太郎財務・金融相は6日昼、金融庁で開いた中小企業などの金融円滑化に関する意見交換会で「経営者や事業の内容をみたうえで中小企業を育てていってもらいたい」と述べ、担保は少なくても事業は有望な中小企業への貸し出しを積極的に増やすよう金融機関側に求めた。
 麻生氏はさらに「融資課長など融資の最前線にいる人に目利きを育ててもらい、中小企業が大きくなるためにはある程度リスクをとるような指導をしてもらわないといけない」と述べ、金融機関側に事業の成長力などを適切に評価できる行員の育成を求めた。「年末や年度末は資金繰りが苦しい。こういったときに親身になって融資などの相談にのってほしい」とも要請した。(後略)」

同じニュースを報じた毎日新聞社の記事でも、麻生氏は、「担保を取ってカネを貸しているだけでは意味がない。中小、零細企業は資金繰りが極めて厳しい」と強調し、“担保主義脱却&事業評価重視型”の融資を増やすよう要請したそうだ。


確かに、中小企業の資金繰りは楽ではない。

経産省の「中小企業景況調査(2016年7-9月期)」では、中小企業の資金繰りDIは、「全産業の資金繰りDIは、(前期▲13.9→)▲13.7(前期差0.2ポイント増)とマイナス幅がやや縮小した。産業別に見ると、製造業で(前期▲13.0→)▲12.4(前期差0.6ポイント増)、非製造業で(前期▲14.3→)▲14.2(前期差0.1ポイント増)といずれもマイナス幅が縮小した」とし、若干の改善傾向が見受けられるものの、DIがプラス化するにはほど遠い水準だ。

また、商工中金の「中小企業月次景況観測(2016年11月調査)」でも、「資金繰りは▲2.2と「悪化」超幅が拡大」しており、中小企業の資金繰りの厳しさが覗える。

では、中小企業の資金繰りの厳しさは、担保主義の金融機関による悪質なイジメによるものかと言えば、決してそうではない。

日銀の無謀なマイナス金利政策の影響により、「5大銀行中間決算 大手3行が減益マイナス金利影響(毎日新聞)」、「地方銀行中間決算 マイナス金利が影響 利益14%減(NHKニュース)」、「低金利影響、8信金減収 静岡県内16年3月期決算(静岡新聞)」といった具合に、いずこの金融機関も内情は厳しい。

貸出実績こそ僅かに伸ばしている(国内銀行貸出実績:H28/9時点で対前年同月比+2.2%)が、預金の伸び(同+6.0%)にまったく追いつけず、貸出の平均金利も1.02%前後と低下する一方であり減収が避けられないため、どこも融資拡大を至上命題とし、熾烈な融資先の分捕り合戦が行われている。

融資拡大戦争の現場では、小売や卸売、製造などの業種に対する融資が思った以上に伸びない(卸売や製造に至ってはマイナス)ため、不動産投資物件や個人向け住宅ローンに注力して糊口を凌いているのが実情だ。

現に、日銀の金融機関貸出態度DI(2016年9月)は、全企業で3ケ月前より2.0Pt上昇しプラス25.0%Pt、大企業はプラス28.0%Pt(7年半以上連続上昇)、中堅企業はプラス28.0%Pt(6年半以上連続上昇)、中小企業はプラス21.0%Pt(5年以上連続上昇)という結果であり、金融機関サイドは、すでに数年前から積極的な貸出姿勢を露わにしている。

以前に騒がれたような「貸し渋り」はすっかり影を潜め、DI値だけならバブル期に近い値を示しており、“企業の資金繰りの厳しさが金融機関の融資態度にある”とする麻生氏の指摘や懸念はまったく的外れだ。

麻生氏は、いまだに担保主義云々と古くさいことを言っているが、金融機関サイドから見ると、担保、とりわけ、不動産担保ほど頼りない担保はない。
彼は金融情勢に関する情報のアップデートが必要だろう。

国交省のH28地価公示のデータを確認すると、東京・大阪・名古屋の三大都市圏では、住宅地・商業地ともに上昇しているが、地方中核都市を除く地方圏では住宅地▲0.7%、商業地▲0.5%と下げ止まる気配すらない。

全国平均でも、住宅地▲0.2%、商業地+0.9%、全用途+0.1%と、下げ止まりや上昇傾向が覗えるものの、上昇幅があまりにも小さ過ぎるため、担保力拡大にはほとんど寄与しない。

地価上昇と言っても、バブル崩壊以降下げるにまかせてきた地価が、ほんのちょっと下げ止まった、あるいは、持ち直したくらいの話であり、金融機関が担保主義に頼れるほどの水準には全然達していない。


金融機関は、かなり以前から担保主義に見切りをつけざるを得ず、独自に融資先の事業性評価に取り組んでいるが、正直言って、まるで機能していない。

その原因は、
・実業に携わった経験のない金融機関職員の知識不足
・融資先たる企業側の事業性(市場環境、自社の強み、ポジショニング分析など)に関する説明能力不足
など、互いに一半の責任があるが、事の真因は別に求めるべきだろう。

金融機関から企業への融資の流れを簡略化すると次のようになる。
①企業から金融機関へ融資の申し込み
②金融機関は、審査を経て、企業の預金口座に融資相当額を振り込み(貸出利息などを除いた額)
③企業は、融資(=借入金)を基に事業活動を展開し、売上や収益を確保
④企業は、③で得た収益(+償却財源)により、借入金の元金と利息を金融機関へ返済

では、融資拡大に積極的な金融機関と、資金繰りに苦しむ中小企業が混在する原因はどこにあるのか?

最大の問題は、上記③の工程が根詰まりしていることだ。

再び「中小企業景況調査(2016年7-9月期))」の結果を見ると、
・「業況判断DI」~全産業▲18.2、製造業▲15.6、非製造業▲19.0
・「売上額DI」~全産業▲17.9、製造業▲16.2、非製造業▲18.2
・「経常利益DI」~全産業▲24.0、製造業▲22.0、非製造業▲24.6
と、改善と悪化が混在する状況だが、一つ確かなことは、リーマンショック期よりマシにはなったが、長期間に亘りDIがマイナス値に沈んだままで、業績回復の糸口すら掴めていないということだろう。

我が国の経済構造が、国内の消費や投資を主体とする「内需大国」である以上、事業活動のメインスタジアムたる実体経済がこんなありさまでは、麻生氏が金融機関に向かって、企業の事業性を評価しろと息巻いても、肝心の企業が事業性を発揮しようがないではないか。

麻生氏のような世間知らずは、融資(=企業から見て借入金)を売上か何かと勘違いしていないか?

当然のことだが、融資を受けた企業は、融資元金に利息を加算した金額の返済義務を負っており、事業活動を通じて「元金+利息+収益」を確保せねばならない。

問題なのは、実体経済の市場環境が、「元金+利息+収益」を稼ぎ出せるだけのポテンシャルを有しているか、ということだ。

そのポテンシャルを拡大させる役目を担うのが、政府や官公庁、日銀といった公的セクターであり、適正な経済政策による実体経済の漸増的な拡大と活性化こそ、公的セクターたる者の最大の務めだろう。

当然だが、融資は補助金ではない。
企業の事業活動で得た収益を原資とする債務である。

事業性を評価云々と言ったところで、事業性を担保する実体経済がヨレヨレでは、元も子もないではないか?

世の中には、「日本の潜在成長率は1%未満だから、これ以上の成長はムリ」、「大卒・高卒ともに内定率が上がっているから何の問題もない」、「雇用指数は改善しているぞ」などと、日本経済の真のポテンシャルや人口動態・雇用慣習の変化を無視したシロウト論(=自称「本物の知識(冷笑)」)が横行しているが、麻生氏の見当違いな指摘も、巷に蔓延るシロウト論の域を出ていない。

彼も、金融機関にグダグダ文句を垂れる暇があるのなら、自らの旧バージョンの発想を早急に改め、財政・経済担当の重要閣僚として、我が国の実体経済活性化に向けた具体的なアクションを起こすべきだ。

2016年12月 6日 (火)

呪術経済論者に危機感なし

読者の皆様が、とある高校のクラス担任だとしよう。

このクラスには、かつて、学校で一・二を争うほどトップクラスの成績を収めた生徒がいる。仮にJ君とする。

J君は、元々勤勉な性質で、決して裕福な家庭ではなかったが、猛勉強の甲斐もあって急激に成績を伸ばし続けていた。

しかし、夏休み明けのテストでのちょっとしたミスを境に成績が低迷し、以降、「自己改革」だと称して、他校の生徒との交流に熱を上げたり、参考書を熱心に買い集めたりと格好はつけるものの、肝心の勉強はそっちのけ、という状態が続いていた。

そんな中、J君の冬休み前のテストが1000点満点中504点と散々な出来だったので、呼び出して注意すると、J君は反省するどころか、「ここ3回の成績は上がっています。成績が上がってさえいれば何の問題もないでしょ?うちは勉強時間に制約があるから、1~2点ずつしか伸ばせません(# ゚Д゚)」と気色張って反論してきた。

ちなみに、J君の成績の推移は、479点→486点→499点→504点と僅かながら上がってはいるが、J君の実力なら900点以上取っても何の不思議もない。

彼は、勉強時間に制約があると言い訳しているが、実は、他校の生徒とカラオケに行ったり、スマホゲームに熱中して遊んだりしているだけなのだ。
しかも、見栄っ張りのJ君は、小遣いが足りないと親に文句を言うくせに、他校の生徒に気前よく奢っているらしい。

高いポテンシャル無駄にしてまで遊びを優先させ、現実逃避を続けるJ君の将来や如何に?

同僚のS先生(インチキ教科書理論を開陳して、生徒から冷笑を買っている人物)は、“実際、成績が上がってるんだから、問題ないんじゃないの?”なんて甘いことを言っているが、J君は難関国立大学を志望しており、こんな成績では、到底、合格は覚束ない。

読者の皆様なら、J君をどう評価するだろうか?


さて、同じような問題は、我が国にも起こっている。

橋本行革以降、日本の名目GDPはダウントレンドに陥り、小泉改悪によって更なる打撃を被った。
その後、対米輸出増加を柱とする輸出偏重型経済で糊口を凌いできたが、民主党政権や安倍政権が緊縮型の経済運営を継続させてきたため、名目GDPは470兆円台から500兆円前後をウロつくばかりで、力強く漸増する気配はまったく感じられない。

2016年の名目GDPは前年比1.1%増の504兆円を見込むが、これとて、20年以上も前(1995年/501兆円)の水準と大して変わっておらず、“情けない”の一言に尽きる。

日本の名目GDPは、1995年/501兆円(ドルベースで5,335 billion$)→2014年/486兆円(同4,595billion$)と減少しているが、この間の世界全体の名目GDPは、1995年/30,859billion$→2014年/78,045billion$と2.5倍以上に拡大している。

このため、世界のGDPに占める日本の割合も17.2%→5.9%へと大幅に縮小しており、あたかも、「世界に冠たる経済大国」から「one of them」に降格処分を受けたようなものだ。
しかも、IMFの見通しでは、日本のシェアは2016年に5.5%に低下すると予想されており、プレゼンスの低下に歯止めが掛からぬ状況だ。

世界各国が猛烈な勢いで所得を増やす中で、我が国だけが立ち遅れている。
それが、相対的な日本の購買力低下をもたらし、牛肉や豚肉、大豆、小麦、サケやタラなどの水産物等々、様々な産品で外国との競合に敗れ、買い負けを起こしている。

GDPの成長により着実に購買力を増している外国と、成長から取り残されて購買力が縮小する一方の我が国の財務力の差は拡がるばかりで、多くの一次産品を輸入に頼る我が国にとって非常に由々しき問題である。

東南アジアや中南米諸国のように、貧弱なサプライパワーしか持たぬ国なら仕方ないが、我が国には、掃いて捨てるほど十二分な供給力が備わっており、ことサプライサイドに限れば、経済成長を実現させるだけの糧に不安はない。

最大の問題は、ヤル気十分のサプライサイドを活かし切るだけのディマンドパワーが決定的に欠けていることに尽きる。

要は、根拠薄弱な緊縮思考や改革礼賛主義に騙されて、ディマンドサイドの刺激を怠ってきただけなのだ。

こうした惨状を目の当たりにしても、アベノミクス万能論に酔いしれる茹で蛙たちは、「GDPは3年連続増。総生産増=総所得増、GDP増=総所得増だから、何も問題ない、アベノミクス万歳‼」と賛美するだけで、危機感の「危」の字も感じていない。

「GDPは3年連続増」と言っても、3年も掛かって479兆円から504兆円へ、僅か25兆円しか増えておらず、増加率は年率でたったの1.7%でしかない。
これまで高度成長を続けてきた国なら、2%以下の成長率でも許されるかもしれないが、20年以上も成長できていない国が、そんな低レベルの成績で許されるはずがない。

成長から逃げ回る「ナマケモノ論者」の中には、“日本の潜在成長率は1%にも満たない”と嘯くバカ者もいる。

だが、高度成長期終了後の1980年辺りから橋本行革がとん挫する直前の1997年まで、我が国の名目GDPの平均成長率は4.6%であり、1998年以降も、せめてこの半分程度の水準で成長を続けていたら、今年の名目GDPは805兆円と推計され、現実の予想値(504兆円)を300兆円も上回ることになる。

この300兆円の差だけでも巨額だが、この間に逸失した名目GDPの累計額は、実に3,140兆円にも及ぶ。
緊縮と改革を柱とする呪術経済学に騙された挙句に、目眩がするほど莫大な富を失い、世界の経済成長レースから取り残されるという大失態を演じてしまったのだ。


冒頭にご紹介した事例のように、100点満点のテストに換算して50点くらいしか取れぬ落ちこぼれが、「前回より1点“も”上がったぞ。問題ないだろ?」と強弁するのを許してはなるまい。
49点でも、50点でも、こちらが求めるレベルに全然足りていないことに変わりはない。
こんなありさまでは、受験どころか落第してしまう。

今すぐに、言い訳ばかりのバカ生徒に鞭を入れて、80~90点を目指し、更なる勉強と追試を課さねばならない。
なにせ、受験の時期(=需要不足の継続により、国富たる供給力が瓦解してしまうデッドライン)は迫っており、暢気に構えていられる余裕なんて1秒もないからだ。

2016年12月 3日 (土)

成長を拒否するクズに経済を語る資格なし!!

ここ数年というもの、大手企業を中心とした収益力の向上やボーナス支給額アップといった“大本営発表”が続き、アベノミクス成功を担保する材料として喧伝されてきたが、どうやら、それも息切れし始めたようだ。

『<税収前年割れ>アベノミクス失速鮮明…法人税が減少』
(毎日新聞 12/2(金) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161202-00000008-mai-bus_all)

「2016年度の国の一般会計税収が、法人税収の減少を主因に、7年ぶりに前年度実績(56兆2854億円)を下回る見通しとなった。安倍晋三政権は、税収増を追い風に経済政策「アベノミクス」を推進してきたが、税収減はその転換点となりそうだ。(後略)」

税収は、経済政策の効果を測る指標の一つではあるが、筆者としてはさほど重要視していない。
よって、「税収減少=政策失敗」と短絡的に結論付けるのは、いささか幼稚な気もするが、個人消費・所得・雇用の質・物価の何れを取っても、“悪化、もしくは、伸び悩み”の様相を呈している以上、間違ってもアベノミクスが成功しているとは言えまい。

国民の懐が膨らまぬ以上、時の政権の経済政策を成功と評価することはできない。

今回の税収減少見通しも、そんなアベノミクスの失敗を証明するエビデンスの一つになるだろう。

アベノミクスの失敗を最も如実に表現しているのは、何といっても「個人消費・所得・雇用の質」に係わる指標の停滞であり、謂わば、長期不況の病根と呼んで差し支えなく、物価低迷や税収減少などの症状を惹き起こしている。

日本経済の足を引っ張り続ける病根を断つには、さんざんに痛めつけられた家計と企業のフロー・ストック両方を早急かつ大胆に回復させる必要がある。

毎月勤労統計調査による所定内給与の長期推移を見てみると、従業員5人以上の事業所の賃金指数は、1996~2015年までの20年間で7%も下落している。

つまり、1996年頃の所定内給与(残業代などを除いた月給)を100とすると、2015年には93まで下がってしまっている。

これを単に7%の下落(それでも大きすぎる下落幅だが…)と取り、日本人の生産性が低いから仕方ない云々と放置するバカ者もいる。

しかし、平常ベースの国家運営ができる国なら、経済成長する(=家計所得も増加させる)のが当たり前であり、イーブンペースなんて実質マイナス評価とすべきで、ましてや、マイナス基調なんて、懲戒免職ものの失態だろう。

1996~2015年までの20年間に、所定内給与が対前年比1% (たったの1%!!)ずつでも増えていたとしたら、その間、給与水準は100から120にまで増えていた計算になる。

つまり、積極的な財政金融政策を怠り、デフレ容認・不況放置を続けた結果、家計が受け取る給与が120から93まで、23%近くも減少してしまったことになる。
それだけ多額の利益を得るチャンスを失い(=逸失利益)、家計のストックやフローは痛み切っている。

こんなありさまでは、インフレ予想(期待)も抱けないし、先を争って消費や投資に精を出すこともできるはずがない。

だが、世の中には、こうした現実を認めたがらず、日本の経済成長を忌避する痴者も生息している。

成長否定論に浸る痴れ者の主張を要約すると、次のようになる。
『日本の潜在成長率は「1%程度」しかない。GDPギャップは限りなくゼロ。財政出動や、金融緩和の余地なんて、もうほとんどない。5兆円程度の財政出動をすれば、インフレにはなる。日本だけ財政出動しても、マンデル=フレミング効果により薄まってしまうから、無駄になる。』

この手の痴者は、潜在成長率を供給サイドからしか見ていない。
すなわち、①労働力 ②資本力 ③生産性といったサプライサイドの要素が成長のポテンシャルを決定づけると信じ込んでいる。

彼らは需要サイドを軽視するくせに、なぜか日本のサプライサイドに対する評価が極めて低く、実質GDPの伸びが2016年+0.5%、2017年▲0.1%というIMFによるいい加減な推計を盾に、日本の潜在成長率の限界は1%くらいだと諦めきっている。

実社会で、製造やサービスの現場を経験したことのないドシロウトには、我が国のサプライサイドが秘めるポテンシャルの高さを理解できぬようだ。

今年9月の国内製造工業稼働率指数は96.7(前年同月比▲1.0%)に止まっている。
この指数は、2010年を100としたもので、6年前と比較して3.3Ptも落ち込んでいる。
その間にアベノミクスが隆盛を極めたはずなら、当然100を大きく超えていなければならないが、現実はそうなっていない。

しかも、比較の尺度をもう少し長く取り、2005年頃と比較(2005年=100)すると、今年9月の稼働率水準は85程度に止まり、極めて低位でしかない。

先の痴れ者のように、GDPギャップはゼロどころか、国内にはそこいら中に遊休設備が転がっている状態で、2005~2016年までの設備投資や更新による製造能力のUPを考慮すると、未稼働率はかなり増えている(=製造余力の拡大)と予測される。

つまり、国内には、製造業・サービス業の区別なく供給余力は十分にあり、サプライサイドの能力不足を理由に成長余力を過少に見積もるのは、完全なる誤りであろう。

「5兆円程度の財政出動をすれば、インフレにはなる」なんて戯言を吐くバカ者には、28兆円(真水はごく一部だが…)もの補正予算を組んだ安倍氏に文句をつけるべきだろう。
しかし、実際には、多額の補正予算がアナウンスされても、物価はピクリとも反応せず、インフレどころか、デフレ化懸念が増すばかりだ。
(教科書に噛り付くだけの痴れ者の大嘘は、すぐにバレる)

現実を知らぬシロウト論者は、「日本の“労働力・資本力・生産性”をフルに発揮されるGDP水準を潜在GDPという」などと嘯くが、肝心の「生産性」は、供給力ではなく、需要力の強弱に大きく左右される。

現状のように、製造設備やサービス提供の稼働水準が低位で、且つ、早急な回復が見込めない場合であっても、製造品目の単価やサービス価格の向上により付加価値を上げることは、何も難しいことではない。

大規模かつ長期間の財政金融政策により内需を刺激し、298円の弁当製造ラインで700円の弁当を製造できる経済環境を整えればよいだけのことであり、ありもしない供給制約とか、潜在成長率限界論のような安っぽい理由を盾に成長を拒もうとするナマケモノには、“社会に出て現実を見ろ!”と言っておきたい。

そもそも、成長を諦めるようなクズは、不況からの脱却が至上命題でるはずの我が国には不要だから、早々に北朝鮮にでもお引き取り頂く方が、ゴミ掃除の手間も省けるというものだ。

2016年11月30日 (水)

詭弁に始まり、誤魔化しで終わる

日銀は、前回の金融政策決定会合で、またもやインフレ目標達成を先送りし、インフレターゲット政策の成功を信じる者は、もはや(周回遅れのリフレ信者を除いて)誰もいない。

『日銀は金融政策の現状維持を決定。マイナス金利幅を-0.1%に維持。物価上昇率が2%程度に達する時期を2018年度頃として、達成時期を先送りした。』(ロイター 11月1日)

リフレ派が推進してきた金融緩和政策一本足打法は一敗地にまみれた。
黒田総裁、岩田副総裁ともに白旗を上げ投降寸前のありさまだが、この期に及んで、まだ、詭弁を吐き屁理屈をこねる論者も散見される。

最新のリフレ流詭弁術は、
①金融政策のおかげで給与やボーナスは上がっている
②インフレ目標は手段に過ぎない
③真の目的は「雇用改善」にある
にアップデートされたようだ。

先ず、①について、厚生労働省の9月の毎月勤労統計調査で、今夏の1人あたりのボーナスが前年比2.3%増え、実質賃金も前年同月比0.9%増えたこと、2016年の大卒初任給も203,400円で前年比0.7%増と3年連続増加したことを、何とか金融政策の効果に結び付けようと必死になっている。

だが、夏のボーナスの変動推移を長期で俯瞰すると、2001~2015年までの15年間のうち、対前年比でプラス化したのは、たったの5回だけで、残りの10年間はマイナスに終わっている。
しかも、プラス値の最大値は+2.7%でしかないのに、マイナス値の方は▲7.1%(2002年)、▲9.8%(2009年)にも達しており、単純計算すると、2000年に100あったボーナスが、2015年には81にまで激減した計算になる。

こんな惨状だから、今夏のボーナスがほんの少し上がったくらいで、人々の財布の紐が緩むはずがなく、10月の家計(二人以上)消費支出は1世帯当たり 281,961円と、前年同月比で実質0.4%減少 、名目0.2%減少(7か月連続減少)に終わっている。

大卒の初任給にしても、たったの20万円とは、1995~2000年頃の水準とほとんど同じで、0.7%増なら1,400円くらいでしかなく、ラーメン2杯食ったらなくなる程度でしかない。

何より問題なのは、ほんの僅かとはいえ、これらの収入増加を金融政策の手柄だと偽っていることだ。

帝国データバンクの「2016年度賃金動向に関する企業の意識調査」のよると、「賃金改善の意向がある」のと回答は46.3%と半数を切り、その理由も、「労働力確保」73.8%、「業績拡大」46.2%、「同業他社の動向」21.1%など、金融政策とは直接関係性の薄い項目が上位を占めている。

金融政策の成否と賃上げとの間に大した関係なんてないことくらい、企業経営者に直接尋ねてみれば、即座に判ることだ。

次に、②の「インフレ目標は手段に過ぎない」について、さすがに、インフレ目標の先送りが5回も続けば、物価上昇率2%という数値を目標化することに後ろめたさがあるのだろう。

しかし、目標未達が常態化しているにもかかわらず、彼らが、『インフレ目標は、「手段」であり、実際にインフレ目標を掲げている国で、その数値を達成できている国はない。目的ではないからだ。「目的を実現するための手段」なのだ』なんて幼稚なセリフを吐く様は、見るに堪えぬほど浅ましい。

リフレ派の連中は、最近でこそ、雇用増加など唯一良好な指標(量はともかく「質」は悪化しているのだが…)に寄生して、インタゲ政策の目的は「雇用」だ、と吠えている。

しかし、インタゲ政策を掲げた初期段階では、「マネタリーベース拡大→実質金利引下げ→予想インフレ率向上→インフレ期待醸成→投資・消費の活性化→デフレ脱却」という構図を盛んに喧伝し、雇用改善はその過程で具現化する(かもしれない)指標の一つでしかなかったはずだ。

彼らは、インフレ目標未達が続きリフレ派に対する批判が強まることに怯えて、雇用という良波に乗っかろうとしているだけだ。
仮に、雇用もパッとせず、ガソリン価格が下がっていたとしたら、「ガソリン価格の低下はインタゲ政策のおかげ」、「ガソリン価格の安定こそ真の目的だ」とほざいていたことだろう。

最後に、③の「真の目的は「雇用改善」にある」については、他の識者やブロガーも指摘しているが、昨今の雇用状況の改善(質ではなく量だけ、しかも、地域により差異が激しいが…)は、たまたま生産年齢人口の減少期と重なったこと、給料が増えず消費税や社会保険料負担の増加による家計の圧迫に苦しむ家計のパート労働が増えたこと、年金支給年齢引き上げにより再雇用を選択せざるを得ない高齢者が増えたことなどのネガティブ要因によるものであり、百歩譲ったとしても金融政策の効果など微塵の影響もない。

詭弁に始まり誤魔化しに終わるリフレ派の言い訳には、常に失笑を禁じ得ないが、何より愕然とさせられたのは、「貯蓄=投資。貯蓄された分は企業、政府、外国が消費するから何の問題もない」という寝言だ。

これは、「供給が需要を創る」という寝言以上にレベルの低い、まさに爆笑ものの戯言だろう。

「貯蓄=投資」なら、貯蓄(預金)はすべて融資や投資に回ることになり誰も苦労しない。
仮に、そのとおりなら、全国の銀行員や不動産屋は万々歳で、空前のバブル景気が再来しているはずだが、実態はご存じのとおりだ。

国内銀行の預貸差(預金-貸出)は直近9月で248兆円にもなり、黒田バズーカ最盛期の205兆円と比べて43兆円も拡大し、余剰貯蓄のブタ積みは増える一方だ。
本来なら、政府が国債発行量を増やして、預貸バランスの調整を図るべきだが、緊縮脳に憑りつかれた安倍政権は、歳出改革と称して積極的な財政政策から逃げ回っている。

貯蓄がすべて投資に回るなら、とっくの昔に金利が上昇していたはずだが、トランプ新大統領誕生のニュースに反応するまで、市場金利が低下しっぱなしだったことを、どう説明するつもりか?

旺盛な融資需要に押されて貯蓄が逼迫し、銀行員が須らく預金集めに奔走したのは、もう遠い昔のことだが、いまや、銀行にとって強制的な借入に相当する預金に対して、受入手数料の徴収が真剣に議論されるほど、銀行は預金の運用先に困り果てている。

貯蓄=投資なんて妄想は、古き良き昭和時代の発想であり、低金利競争に喘ぐ現代にはまったく通用しない。

時代錯誤も甚だしいリフレ派の連中は、脳幹を入れ替えて出直してはどうか。

2016年11月28日 (月)

TPPは中国包囲網(失笑)

TPPは中国包囲網だ」という妄言は、安倍信者の間に意外と根強く蔓延っている。

 

TPPは世界最先端の条約であり、今後の世界標準を先導する協定内容だ。特に知財管理が厳しいから、中国は逆立ちしても入れない”というのが中国包囲網論者の言い草だ。

 

そんな彼らの梯子を見事に外したのは、当の安倍ちゃん自身であり、下記の記事のとおり、中国のTPP加盟を大歓迎している。

 

『中国のTPP参加「歓迎」 答弁書で条件付き容認』(2016/11/4 日経新聞)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDE04H06_U6A101C1PP8000/

「政府は4日の持ち回り閣議で、環太平洋経済連携協定(TPP)を巡り、中国が協定の求める高い水準を満たす用意があることを示し、正式に参加表明すれば「歓迎したい」とする答弁書を決定した」

 

中国包囲網どころか、中国へ摺り寄る気満々だ。

 

そもそも、知財管理がいい加減なくらいでTPPに加盟できないと考えるのは、大甘のドシロウトでしかない。

 

TPP加盟国には、ベトナム、インドネシア、ペルー、メキシコといった“非法治国家”がゴロゴロあり、公務員の汚職や朝令暮改の法運用などといった問題が後を絶たない。

 

トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が1995年以来毎年公開している「腐敗認識指数」という、公務員と政治家がどの程度腐敗していると認識されるか、その度合を国際比較し、国別にランキングした調査がある。

 

この腐敗認識指数ランキングでは、ペルー88位、インドネシア88位、メキシコ95位、ベトナム112位(ちなみに日本は18位)であり、何と、知財管理がザルだらけの腐敗帝国「中国(83)」よりも、さらにランクが下という結果である。

 

オメデタイ中国包囲網論者の言い分が本当なら、ベトナムやメキシコのような如何わしい国はTPPに加盟できないはずだが?

 

東南アジア辺りの如何わしい国は、いかなる貿易協定で縛ろうとしても、現実には効力を発揮できそうにない。

なにせ、法律とか契約、協定のような約束事、信義則という概念すら存在しないから、律儀に法律や協定を守ろうとする日本企業が一方的にリスクを抱えることになるだろう。

 

『インドネシアの民事訴訟 その危険性と対応策』

(西村あさひ法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 宇野 伸太郎)

http://judiciary.asahi.com/outlook/2016031500001.html

「インドネシアの裁判所には汚職が多いと言われている。2013年にはインドネシアの裁判官のトップである憲法裁判所長官(日本でいう最高裁判所長官に当たる)が収賄罪で訴追され、終身刑の判決を受けるなど、裁判官が収賄で逮捕されるというニュースは珍しくない。どの程度汚職が蔓延しているのか統計的なデータがあるわけではないが、インドネシアの弁護士に聞けば、「賄賂には請求金額に応じた相場がある」「訴訟の途中で裁判官が身につけているものが急に豪華になった」といった話がたくさん出てくる。

また、裁判所に汚職が蔓延しているということは、贈賄する側の弁護士も存在するわけであり、アメリカのFCPAなど外国公務員贈賄規制との関係でも、インドネシアで訴訟弁護士を起用する場合は、贈賄を行うような弁護士かどうかを事前にチェックすることが肝要である。」

 

役人どころか、裁判官トップが汚職で逮捕されるような非法治国家との完全なる自由貿易なんてあり得ない。

おまけに、味方であるはずの弁護士ですら汚職塗れという実態だから、クライアントを裏切る利益相反行為など朝飯前だろう。

 

東南アジアの賄賂文化は社会のあちこちに太く根を張っている。

 

『東南アジアのわいろ文化』

http://pinoyintern.hatenablog.com/entry/2015/10/15/101606

「ベトナム人実習生事業でも同じだ。推薦された候補者を採用しようとするとなぜか出国前の健康診断で引っかかることがある。送り出し機関に通常候補者が支払うべきわいろをわたしていないからだ。」

 

TPPを推進派の田舎者が、「アジアの内需を取り込むはずが、現地の盗人公務員に資産を取り込まれて敗走する」という失笑ものの未来予想図が目に浮かぶ。

 

2016年11月22日 (火)

詭弁は不要。実効性のある政策を出せ!!

11月15日の日経新聞朝刊経済欄の「経済観測」という記事に、内閣官房参与の浜田宏一氏のインタビューが掲載された。

記事のタイトルに「減税含む財政拡大必要」と銘打たれているように、黒田日銀総裁や岩田副総裁らとともにリフレ派の理論的支柱として大きな存在感を示していた浜田氏が、ようやくステージチェンジを果たしたようだ。

浜田氏の発言を素直に読めば、
・金融政策一本足打法ではデフレ脱却は不可能である
・マイナス金利政策は金融機関の収益を棄損させる
・デフレ脱却には(条件付きながらも)財政政策に頼らざるを得ない
・巷にはびこる政府債務問題が大げさな妄想にすぎない
・リカードの中立命題は現実には通用しないこと
などを認めた形となり、遅まきながら、これまでの構造改革臭の強すぎるリフレ政策の失敗に気付いたようだ。

しかし、子分のリフレ派の連中は黙っていない。
さっそく、“日経は浜田氏の見解を恣意的に編集している”、“浜田氏は金融政策が誤りだなどと言っていない”と猛反論している。

『浜田宏一内閣官房参与に「金融政策の誤り」を認めさせたがる困った人たち』
(Newsweek日本版11月20日 田中秀臣/上武大学ビジネス情報学部教授)
http://www.newsweekjapan.jp/tanaka/2016/11/post-9.php

元々、経済学者というよりも、アイドル評論家の方が本業に近い田中氏(※ジョネトラダムスとの詭弁コンビ結成中)だが、Newsweekのコラムの中で、
「そもそもこのインタビューを最後まで読めば、浜田参与は、日銀が「買うものがなければ」という条件つきで外債購入をすすめている。これは金融緩和がデフレ脱却に効果が「ない」という人の発言ではない。効果が"ある"から外債購入も選択肢に入るのだ。
 ところが一部の論者やメディアの中では、先ほど指摘したように、浜田参与があたかも量的緩和などの金融政策がデフレ脱却に失敗し、その考えを改めるという趣旨としてこのインタビューを解釈している。」
と反論し、これを機に、他のリフレ派連中も、一斉にブログやツイッターなどを使って文句を垂れ始めた。

しかし、浜田氏のインタビュー記事が出て4~5日も経ってから反論するのは、あまりにも遅すぎる。彼らは新聞すら読んでいないのか?
新聞記事は何気なくスルーしたものの、他の論者から、浜田氏に対する批判記事が出たのを見て浜田理論の瓦解に気付き、慌てて反論し始めたのだろう。

事の真偽が気になるなら、浜田氏本人に直接真意を質すか、氏の発言を捏造した(はずの)日経の不買運動でも仕掛けたらいかがか?

また、田中氏は、浜田氏が金融緩和政策の一環として外債購入に言及したことに縋り、氏が金融緩和政策の効果を否定していない証拠だと強弁している。

しかし、インタビューの中で浜田氏が犯した論理矛盾(金融政策の限界を吐露しながら、外債購入に縋ろうとする姿勢)は、単に浜田氏が強がっているか、耄碌しただけではないか。
「詭弁・ステージチェンジ・手柄の横取り」が得意技のリフレ派らしい狼狽ぶりが露呈しただけのことだろう。


田中氏の詭弁は、まだ続く。
氏は、さきほどのコラムで、次のように述べている。
「特に財政政策が効果的になるには、金融政策の転換が必要条件となる。財政政策だけでは不十分なのだ。(中略)
浜田参与に「金融政策は効果がないこと」を「反省」させたい人たちには、安倍政権になってから現時点までの消費者物価指数、GDPデフレーターがマイナスのままだということを「金融政策に効果がなかったからデフレのまま」と主張しているようだ。
だが、これは浜田参与がインタビューで指摘しているように、金融政策が効果がないからではなく、消費増税などの影響である。」

先ず、財政政策と金融政策とのポリシーミックスの重要性は当然のことであり、機能的財政論を主張する者の中に、財政政策一本足打法でよいなどと主張する者などいない
“金融政策は財政政策のサポート役に徹してこそ、その本領を発揮する”という事実を認めたくないがゆえに、事実を捻じ曲げてはいけない

口先では「ポリシーミックス」などと言いながら、減税以外の財政政策に露骨な嫌悪感を表すリフレ派の方こそ、ポリシーミックスの発想を蔑ろにしている。
彼ら流のポリシーミックスとは、「金融緩和政策+緊縮・構造改革」を指しているとしか思えない。

彼らは、消費税増税こそが金融政策不調の主因だと言い立てる。
しかし、増税そのものを主導した安倍政権の応援団を辞めようとしないし、増税賛成派の黒田総裁を批判することもない。

リフレ派に言わせると、浜田氏は増税反対派だそうだが、氏はインタビューの中で「『コアコア』の消費者物価指数でインフレ率が安定的に1.5%に達したら、消費税率を1%ずつ引き上げてはどうか提案している。逆にそれまでは消費増税を凍結すべきだ」と述べている。

リフレ派認定済みの『増税反対派』にしては随分と大甘な発言で、日銀の物価目標にも満たないインフレ率に達した時点で消費税率の引き上げを主張する始末で、その支離滅裂ぶりには目も当てられない。

彼らの増税反対への覚悟のほどは、せいぜい、『10%への増税凍結』レベルにすぎず、税率の引き下げや消費税の廃止にまで踏み込むつもりはないらしい。
この程度で、消費増税反対派を自称しているのだから大したものだ。


インタビューの後半で田中氏は、次の様に主張している。
「また浜田参与は、日経新聞のインタビューの中で、「国民にとって一番大事なのは物価ではなく雇用や生産、消費だ」と強調している。雇用指標は20数年ぶりの改善を示す数字がならぶ。これは金融政策の効果だが、それを見ないのが、浜田参与に間違いを認めさせたい人たちの共通するマインドである。(中略)
経済低迷には、金融政策の転換を前提にした、財政政策と金融政策の合わせ技を全力でやりぬくべきなのだ。それ以外の選択肢はジャンクだ。」

相変わらず、“雇用の量的改善”を金融政策の手柄だと言い張っているが、そんなものは、生産年齢人口の動態変化と所得減少を危惧した家計の防衛行動(=嫌々パートの増加)によって質の悪い雇用が増えただけで、金融政策の影響などゼロに近い。

信じられぬなら、景気の良さそうな経営者に、「御社が雇用を増やしたのは、金融緩和政策のおかげですか?」と直にヒアリングしてみればよいだろう。

ちなみに。帝国データバンクが、今年の10月に全国2万4千社余りに調査した「金融緩和政策に対する企業の意識調査」によると、金融緩和政策の効果について、「実感がある」との回答は、たったの12.9%しかなかったが、「実感はない」59.7%、「分からない」27.5%を合わせると87.2%にも達している。
しかも、実感があるとの回答割合が多かった業種は、「金融24.8%」、「不動産22.0%」に偏っており、雇用の波及効果が高い「製造14.0%」、「サービス9.9%」、「小売9.3%」などの業種は軒並み低位に止まっている。

普通に考えると、9割近くの企業が効果を実感できないような政策が、雇用にプラスの影響を与え得るはずがないことくらい小学生でも理解できる。


財政政策の効果に嫉妬し、嫌悪しておきながら、口先では財政政策を否定しないと詭弁を弄して金融緩和政策による一本足打法に固執し、経済指標に何らかの改善があれば、すべて金融政策のおかげだと大嘘をバラ撒く。

リフレ派には、財政政策と金融政策の合わせ技を全力でやり抜く気迫など一mmもない。
そうした彼らの詭弁こそ、「ジャンク」だと呼ぶべきだろう。

2016年11月17日 (木)

敗北したのは、プロのふりした「ドシロウト」

米大統領選の結果が生んだ衝撃の余韻がなかなか収まらない。
投票からすでに1週間以上が経過したものの、米国社会には、いまだにトランプ氏の当選という結果を受け容れられず、ざわついた雰囲気が漂っている。

トランプ氏とはどんな人物か?
本音トークだらけの選挙公約を、どの程度本気で実行するつもりなのか?
と、喧々諤々の議論が沸き起こっている。
(いま予想合戦に熱を上げても意味がなく、彼が大統領に就任してから、その動向を観察したうえで、じっくり対応すればよいだけのことだ)

また、前代未聞の大逆転劇の原因について、多方面からあれやこれやと分析がなされており、
①グローバリゼーションによる産業空洞化で職を失った中産階級の怒り
②経済格差拡大の放置に対する怒り
③オバマケアをはじめとする欠陥だらけの社会保障制度に対する将来不安
④不法移民の横行による低賃金化と治安の悪化
⑤ポリティカル・コレクトネスの押し付けや言論弾圧への不満
⑥移民・マイノリティなど弱者への配慮過多に対する不満
が「サイレント・マジョリティー」を突き動かした。
すなわち、国民の不安や不満を綺麗ごとで押さえつけておきながら、自分たちだけは甘い汁を吸い続けた「セレブリティ」や「政治のプロ」に対する怒りが爆発したのだ、というのが、マスコミ連中や識者たちの一般的な分析結果だろう。

こうした論調を聞くにつけ、筆者には、ひとつ気にかかることがある。

それは、手痛い敗北を喫した民主党をはじめ、アメリカ経済を不調に陥れた既存の政治家たち(=新自由主義者&緊縮主義者)を、果たして「プロ」と呼んでいいのか、という点だ。

青山学院大会田教授のコラム(11月16日北海道新聞『緊急連続評論 トランプの米国 下層中産階級の「革命」』)によると、リーマン・ショック後に回復した株価や失業率を横目に、アメリカの下層中産階級の平均家計所得は2014年までに6.5%も下がっているそうだ。

世論調査会社ギャラップの調査によると、、「自分は、安心して暮らすのに十分な所得を得ている」と答えた人の割合は、自分は中産階級に含まれると回答した人のうちで37%、下位中産階級とした人では15%に止まり、さらに、中産階級のほとんどが「この先も中産階級の地位にとどまっていられるかはわからない」と考えており、57%は、「今後数年のうちに、下位の階層に落ちてしまうかもしれない」と心配しているそうだ。

さらに、広瀬隆雄氏のコラム(BLOGOS 『格差社会アメリカの起源「中流の失われた10年」ピュー・リサーチセンターの最新の報告書から』)によると、「ミドルティア(Middle-Tier)の年間家計収入は2000年の約7.3万ドルから2010年には6.95万ドルへと減少しました。さらに純資産も2001年の約13万ドルから2010年には9.3万ドルへと減少しました。中流に属するアンケート調査回答者のうち、実に85%が今の生活水準を維持することがより困難になったと回答して(いる)」そうで、アメリカの下層中産階級の没落ぶりは誰の目にも明らかだ。

政治家としての実績や成果を評価するに当たり、何を以って良否を判断すべきか。

最も重要なのは、国富を如何に拡大させ、その果実を多くの国民に供与できたか、という点だろう。
つまり、低中所得層の絶対的な所得水準とその伸び率こそが、最適な評価指標だと思う。

政治家の連中が、いくら綺麗ごとや美辞麗句を並べても、国民の財布が軽くなり、腹を空かせ、明日への希望を失ったままでは、とてもじゃないが、プロとして及第点を与えることはできない。

ここ20~30年というもの、日米欧の政治家たちは、新自由主義や改革主義、緊縮主義にすっかり汚染され、マクロ的視点から国家や政治を俯瞰する能力を失ってしまった。
そして、「改革だ」、「ムダを減らせ」とさえ叫んでおれば、周囲から(過大な)評価を得られるというぬるま湯に浸り切ってきたのだ。

こうした悪弊が、「政府支出はムダ」、「既得権益は悪」という空気を醸成し、それらが家計や企業間にも影響したせいで、国家の経済政策や実体経済に、
・支出や消費は忌避すべき
・経済的困難は改革と成長戦略で克服すべき
・財政政策みたいな卑しい手段は発想から消し去るべき
といった足枷が嵌められ、所得減少や需要不足を招く主因となったのだ。

米大統領選でクリントン氏や彼女を応援する世界中のマスコミ・識者の連中が大敗北を喫した原因は、「政治のプロが国民の不満を汲み取れなかったから」ではない。
『そもそも、真の政治スキルを備えていないドシロウトが、調子に乗って失政を繰り返した』から負けたのだ。

2016年11月14日 (月)

世界でたったひとつの「グローバリスト棲息地・日本」

イギリスのEU離脱に続き、アメリカ大統領選でのトランプ氏の勝利という、悪夢かつ屈辱的な“逆転負け”が続いたせいか、新聞や雑誌には、新自由主義者どもの見苦しい恨み言が目白押しだ。

 

『「米保護主義」加速の危うさ』(篠原尚之・前IMF副専務理事 1112日 Sankei Biz

 

篠原氏は、大蔵省OBの元財務官で、IMF在籍中も財務省流の緊縮思想や改革絶対主義をバラ撒き続けた人物である。

その篠原氏は、今回のトランプ当選という結果を受けて、記事の中で次のように述べている。

 

「米国が内向きになることで、英国の欧州連合(EU)離脱や欧州での移民制限などの保護主義的な動きが強まることに懸念を抱く。世界経済が低成長にあえぐ中で、どこの国民も余裕がなくなってきている。

 数年前までは国内総生産(GDP)より大きく増加していた世界の貿易量が大きく落ち込んできているのも、各国の保護主義的な政策の影響があるからだ。」

 

彼の主張には大きな誤りが2点ある。

 

1つ目は、国内産業の保護育成に必要かつ適切な貿易政策に対して、「保護主義」あるいは「内向き」だと悪意に満ちたレッテル貼りをして貶めようとしていること。

 

2つ目は、世界的な低成長や2012年辺りから始まった世界規模の貿易量の伸びの鈍化は、保護主義のせいだと大嘘をついていることだ。

 

まず、昨今の反グローバル運動や過激な自由貿易や移民政策への反発に対して、内向きだとか、自国優先主義だとか、民族の分断を煽っているなどといった事実誤認も甚だしいレッテル貼りは止めてもらいたい。

 

国家の存在意義や政治の目的は、自国民の生命や財産を守って生活の安寧を図るとともに、その質を未来永劫向上させ続けることにある。

 

よって、各国の政治が、自国民ファーストや自国第一主義に則り行われるのは、至極当然のことで、関税や規制を活用して貿易量をコントロールしつつ、国内産業の保護や雇用の確保を図りつつ、その間に技術力や人材を育成し国力増加に努めるのが、極めてスタンダードなやり方だろう。

 

安倍政権や与党の連中みたいに、国民をシバキながら、海外(後進国)に浄財をバラ撒くバカ者の方がどうかしているのだ。

 

この手のバカ者は、年がら年中「日本は世界に門戸を開くべきだ。自由貿易バンザイ‼」、「自由貿易のおかげでIPhoneが買えるんだ」、「保護主義により世界から孤立して貿易ができなくなるぞ」と騒いでいるが、子供じみた妄想を振りまいて恥ずかしくないのだろうか?

 

我が国は、輸出入量が、それぞれ、ここ10年余り毎年5080兆円にも達する世界第4位の貿易大国であり、保護主義云々などまったく当て嵌まらない。

むしろ、国内産業の存立を脅かすような輸入規制の過度な緩和や撤廃を改めるとともに、雇用を確保するために野放図な資本移動や技術移転に対して、より厳しい規制を課すべき時期にある。

 

シリア難民がIPhoneで撮影しながら欧州の国境を喜んで越える姿を見れば、(無制限の)自由貿易なんてなくてもIPhoneくらい誰でも買えるし、保護主義=完全なる鎖国ではなく、“国内産業の維持・育成に必要な適切な規制の下での自由貿易”という意味だから、世界から孤立することなどありえない。

 

完全なる自由貿易や過度な規制撤廃を求める彼らの主張は、あまりにも荒唐無稽であり、到底認められない。

8090年代前半のように、資本や資金・技術の海外移転に適度な規制を設けつつ、高度加工に必要な原材料の輸出入はある程度自由化するような緩やかな自由貿易体制で十分なのだ。

 

 

次に、新自由主義者どもの、世界的な低成長や世界規模の貿易量の伸びの鈍化は保護主義のせいだというのは、失笑ものの大嘘であることを指摘しておく。

 

世界経済や貿易量の伸び率は(リーマンショック後を除くと)2012年頃から鈍化しているが、その頃は、過度な自由貿易論信仰論が世界を席巻した最盛期であり、保護主義など反グローバル主義の萌芽すら感じられぬ時期であったはずだ。

 

ヒト・モノ・カネ・技術の移動や移転が自由化され、規制が撤廃されたせいで、先進諸国から製造拠点やサービス拠点が後進国へプレゼントされて雇用の場が減ってしまった。

そして、低賃金労働しか能がない後進国との低価格競争の下で企業収益が低下し、家計所得の伸びも鈍化を余儀なくされた。

 

つまり、先進諸国の労働者層、とりわけ低中階層の所得鈍化が先進国の内需を冷え込ませ、世界的な買い手不在の状態(=需要不足&供給過剰)を創り出し、世界的な低成長や貿易量の鈍化を招いた、というのが事実なのだ。

 

保護主義ではなく、先進国から需要力を奪い去った新自由主義や過度な自由貿易主義こそが、世界的な低成長や貿易量の鈍化の真犯人だと言える。

 

新自由主義者どもは、国内から雇用の場を取り上げ、国民から富を奪い、それらを勝手に後進国に投げ渡しておきながら、国民に向かって「これからはグローバル競争の時代だ」と檄を飛ばして、「雇用と所得が欲しければ、後進国の連中と競争して奪い取ってこい」と命じているようなものだ。

 

彼らは、“雇用と富を海外に流失させ、低賃金労働とデフレを国内に流入させる”という大愚策を「グローバリズム=世界の潮流」と称して、国民を騙し続けてきた。

 

国民は、元々国内に在った雇用や富を奪われた挙句に遠くに放り投げられ、頭のおかしな新自由主義どもから、“生き残りたければ自己責任と自助努力で取り戻して来い”と理不尽な要求を突きつけられているという事実に、いいかげんに気付かねばならない。

 

グローバリズムの怪しさや如何わしさに疑問を抱き始めている欧米諸国の国民と比べて、我が国の意識や民度は周回遅れ気味であるのは否めない。

あと4~5年もすると、我が国は、「世界でたったひとつのグローバリストが棲息する国」として世界中から嘲りを受けかねない。

2016年11月10日 (木)

憎悪を生んだ真犯人

アメリカ大統領選挙の結果は、事前の予想を覆しトランプ氏の圧勝に終わった。
現時点の選挙人獲得数は、トランプ氏290・クリントン氏232と大差がついた。
単純な得票数では、クリントン氏の方が僅かに上回ったようだが、獲得選挙人数では惨敗と言える。

今回の結果を受けて筆者の感想や想いは次のとおりだ。
・欧米のバカマスコミは、冷静な分析よりも願望を優先させがちであり、彼らの選挙予想はまったく当てにならない。
・トランプ氏のひととなりがよく判らぬ現段階での過剰な期待は控えたい。
・氏が公約に掲げた「アメリカ・ファーストの原則」、「TPPからの脱退と関税率の引き上げ」、「行き過ぎたグローバリズムの是正」、「野放図な移民の制限」は、ぜひ実行に移してもらいたいが、「政府支出の無駄削減」や「法人税率引き下げ」はやるべきではない。
・日本は、トランプ氏の出方に右往左往するのではなく、「ジャパン・ファースト」の姿勢を貫き、粛々と自国と自国民の利益確保に努める行動を取ればよい。

一連の報道の中で、トランプ当選の報を受けた日本の政府高官が「誰に話せばいいのか分からない。トランプタワーに電話すればよいのか」と不安げに話していたそうだが、こんな低レベルのバカが政府の要職に就いていること自体に呆れるよりほかない。

トランプ氏は昨年から共和党候補レースを優位に進め、当選の可能性はゼロではないのだから、もっと早くからパイプ作りに手を付けておくべきだったろう。
この程度の寝技もできぬとは、日本政府の人材不足は後進国並みのお粗末さだ。

今回の大統領選の結果は、多くのマスコミが驚愕と落胆を以って報じているが、報道の中身は
①サイレントマジョリティーの躍動を軸とする勝因分析に始まり、
②人種差別発言を繰り返し、アメリカを孤立主義へと導く(とレッテル貼りして)トランプ氏の姿勢に対して強い懸念を示す
といったワンパターンな内容ばかりで呆れている。

代表的なのが、次の北海道新聞のコラムで、他紙もだいたい同じような記事を書いている。
『トランプ氏勝利 変革求める怒り顕在化』(11月10日 北海道新聞 ワシントン駐在・橋本克法)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/international/international/1-0336476.html
「オバマ大統領が8年前の選挙戦で掲げた、明るい未来に向けた「チェンジ」とは全く異質の「変革」を求める怒りが、今回の大統領選で全米を包んでいたのだろう。誰もが驚く結果が待ち受けていた。しかしその怒りは、全米各所に垣間見えていた。
 オバマ政権の以前から、米国も例外なく襲ったグローバル化の波は、生産拠点の海外移転を促し、国内産業は空洞化した。低賃金で働く移民たちも増えた。国内外の競争激化にさらされて、中間層だった白人労働者たちは今、失業と低賃金にあえいでいる。チェンジが実現しないまま旧来の政治が続くという恐怖。そうした気持ちを抱く人たちに対しトランプ氏は、ベテラン政治家のクリントン氏こそが何も変えられなかった元凶だと決めつけ「すっきり流してしまえ」と訴えて熱狂させた。
 一方の若者たち。格差社会を勝ち抜く学歴を得ようとしても、大学の授業料はこの10年で約1・6倍に。平均3万7千ドル(約380万円)の奨学ローンを背負って卒業しても、好待遇の職が保証されているわけではない。既存政治への不満と絶望する姿は、トランプ氏支持者と重なる。
 しかし人々の不満や怒りをメキシコや中国、既存政治家、不法移民、イスラム教徒などに向けたトランプ氏の手法は、米国民の分断と孤立主義を招いた。(後略)」

グローバリズムと財政緊縮主義に蝕まれた米国社会は、産業の空洞化と雇用・所得の不安定化が常態化し、中間層だけでなく移民を含む低所得者層も過酷な労働環境と未来を見通せない失望感に苛まれ続けてきた。

これは、アメリカだけの問題ではなく、欧州や我が国にも共通する深刻な病なのだが、既存の政治家や官僚、識者、マスコミの連中は、こうした病魔を退治するどころか、「旧弊を打破するために避けられぬ改革だ」、「変革のために我慢すべき試練だ」と大嘘をつき、国民を騙し続けてきた。(率先して騙されるのを好むバカな国民も多くいるのだが…)

北海道新聞のコラムは、“トランプ氏が米国民の分断と孤立主義を招いた”と、単に批判するばかりで、全米の政治地図を塗り替えるだけの強烈なパワーを秘めた米国民のやり場のない憤りとエスタブリッシュメントたちへの計り知れぬ憎悪を癒し、改善しようとする姿勢はまったく見受けられない。
貧困化していく国民に向かって、ただただ我慢と忍耐を強いるしか能がない連中ばかりではないか。

「米国民を一部の富者と多数の貧者に分断したのは誰なのか?」
「過度な開放主義(=幼稚なグローバリスム)は、孤立主義を上回る便益や富を国民にもたらすことができると、定量的に説明できるのか?」
底の浅い識者どもは、こうした疑問に対して、正確に回答すべきだ。

北海道新聞の別の記事には、米国初の女性大統領の誕生を夢見ていた女子大生の「トランプ氏の支持者は少数だと思っていたが、サイレント・マジョリティーだった。憎悪をあおる人物が大統領にえらばれる社会はどこかおかしい」とのコメントが掲載されていたが、いかにも底の浅い意見だと思う。

そもそも、社会全体に憎悪を生み出した人物は誰なのか?
クリントン氏をはじめとする既存のエスタブリッシュメントの連中は、その憎悪に気づけなかったのか?、そして、憎悪を癒す努力をしてきたのか?

こんなことに疑問すら持てぬ連中に、政治を語る資格なんてない。

«ナマケモノが招く後進国化

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