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2018年4月18日 (水)

緊縮思想を断て!

『「消費税19%に」 OECD事務総長、麻生氏に提言』(4/13 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASL4F5JR8L4FULFA02B.html
「経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長は13日、麻生太郎財務相と会談し、日本の消費税率は将来的に、OECDの加盟国平均の19%程度まで段階的に引き上げる必要がある、と提言した。財務省によると、OECDが文書で19%という具体的な水準を示したのは初めてという。
 2019年10月に予定される消費税率の10%への引き上げについて、グリア氏は「適当だ」と話し、麻生氏は「予定通り引き上げられるように努力したい」と応じたという。」

どうせ財務省からOECDに派遣された連中が言わせたんだろうが、OECDみたいな国際機関の権威には一際弱い日本人のことだから、「消費増税は国際公約です(`・ω・´)」という緊縮派発の大嘘にコロリと騙されるに決まっている。

グリア氏は数年前から財務省による増税プロパガンダに加担しており、2016年にも当時の石原経済再生相に消費税を15%まで引き上げろと提案している。

当時、経済のことを一ミリも理解できない石原のお坊ちゃんは、グリア氏の妄想を天の声であるかの如く承ったが、今回の麻生財務相も、我が意を得たとばかりにグリアの暴言に首を垂れるありさまだから、政権や自民党首脳部のバカさ加減には呆れるよりほかない。

我が国の経済は消費税率が5%→8%に上がっただけも経済停滞でアップアップし、物価目標の半分にも届かないのに、税率を20%近くに引き上げればいったいどうなるか、小学生でも容易に想像できるだろう。

緊縮派のバカなら、「税率の大幅引上げにより、日本の財政に対する信頼度や、社会保障制度の持続性に対する安心感も増すから、国民も積極的に消費できる」というアフリカ人も驚愕のアクロバティックな詭弁を弄するだろうが、税負担や社会保障制度を改悪されて歓ぶ変わり者は日本広しといえどもネジの緩い緊縮派くらいのものだ。

先日、財務省が「社会保障に関する財政制度分科会」に厚生年金の支給開始年齢を68歳へ引き上げるべきだと提案したところ、国民から強い反発と怨嗟の声が上がったのを忘れたのか?

ただでさえ、財務省による公文書改竄や首相周辺に対する不当な利益供与が問題視され、そればかりか、変態次官のセクハラ問題が勃発している最中に、国民の猛反発を買いかねない増税や年金制度改悪を強行しようとする図々しさに強い憤りを覚える。

経済や社会機構を破壊してもなお、緊縮財政を強要したがる財務省に存在価値は一ミリもない。

政界では、一連の公文書改竄問題で財務省解体論が囁かれているが、以前のノーパンしゃぶしゃぶ問題による金融庁分離程度の小手先の改革では、まったく物足りない。

財務省は完全に解体し、予算編成権は立法府に移譲、国有財産管理は国交省に移譲、国税機能は年金機構と合併して歳入庁へ、税関機能は内閣府と経産省へ移譲すべきだ。
ついでに、造幣局や印刷局、JT、種類総合研究所等への財務省関連人材の天下りも一切禁じる必要がある。

特に、国家の経済政策を左右する予算編成権は財務官僚の手から取り上げねばならない。
税収の分配や国債・貨幣の発行、社保制度の充実は、国民の生命や生活に直結する超重要事項であり、財務官僚の恣意的な裁量に委ねるのは、悪魔に家の鍵を託すが如き愚行だろう。

この20年余りの政治家は、与野党を問わず財務省バリの緊縮信者ばかりで、予算編成権を政治家に渡しても、緊縮の潮流は直ぐには変わらないかもしれぬ。

経済財政諮問会議の場で、政権幹部の連中がPB黒字化や社会保障の縮減を得意顔で語り、与野党からそれを批判する声が一切出ない現状を鑑みれば、せっかく政界に予算編成権を与えても何の効果も出ない可能性が極めて強い。

だが、少なくとも政治家に対しては、(過大な期待はできないまでも)世論や選挙という圧力ツールが存在し、世論動向によっては緊縮政治の方向転換を迫れる可能性も僅かに残っている。

筆者は、世に蔓延する緊縮思想の源流を財務省単体の責任に帰すつもりはない。

その源流は一つではなく、政・官・財・報・学の多岐にわたっており、もはや主犯を特定するのは不可能だ。

むしろ、政・官・財・報・学に「民」を加えた全員が緊縮思想に染まりきっている、つまり、国民の大半が“主犯”だと考えざるを得ない。

よって、国民の意思で選出された政治家連中が、急に積極財政派に転向することなど期待していないが、予算編成を政治家が直接行うようになれば、現状のように、財務省という国民自身が直截に手を下せぬ高級官僚への遠慮や畏怖といった類いの防壁は取り払われるのではないか?

国民から見れば、強固な官僚組織のトップに君臨する財務省は、いわば深窓の頭脳集団であり、彼らに対する目に見えない劣等感や畏怖の念から、緊縮財政への批判を避けざるを得ないプレッシャーを感じていたのではないか。
それが、財務省の連中にとっては地球を守る大気のような防御層の役割を果たし、無遠慮かつ好き放題に緊縮思想を強要するのが見過ごされてきたのだ。

財務省に厳しい批判の目が注がれている今こそ、財務省にとって虎の子である予算編成権を剥奪するチャンスなのだ。

2018年4月16日 (月)

賃金が上がらないのは売上不足のせい

『なぜ日本の賃金は上がらないのか? 海外メディアの見る問題点』
https://newsphere.jp/economy/20180322-1
「今年の春闘では、好調な企業業績を反映し、ベースアップ(ベア)の上げ幅が前年を越える企業が相次いだが、安倍首相が求めていた賃上げ率3%を達成できた企業は少なかった。海外メディアは、日本の賃金が思うように上がらないのは、日本独特の理由があると指摘している。(略)」

外資にも外視(海外からの視線)にも弱いのが日本人の悪い癖だが、上記記事でもブルームバーグやフィナンシャルタイムズ、エコノミスト等の意見を採り上げ、日本の労働慣行に対する批判を展開している。

ブルームバーグ等の海外メディアは、日本が低賃金・低インフレに喘ぐ理由を次のように説明する。
①賃金水準が低い女性や高齢者の労働市場への流入増加によるもの
②低賃金・低福利厚生の非正規雇用の増加によるもの
③終身雇用・年功賃金制に伴う労働者サイドの賃上げ要求抑制効果によるもの
④その他、企業の内部留保が大きいこと、労組の交渉力が弱いこと、日本企業の生産性が低いことによるもの
⑤年金制度の持続性に対する若者世代の不安が消費を抑制している(年金制度が保つかどうか不安で消費に積極的になれない)

たしかに、①②が平均賃金引き下げのアンカーになっているのは事実だろう。

本来なら、(独身女性やシングルマザーは別として)旦那の給料が十分高ければ、主婦層は何も無理して働く必要はないし、高齢者とて余生を楽しめるだけの水準の年金がきちんと支給されれば再雇用で働くこともない。(どうしても働きたいという者は別だが…)

特に、非正規雇用は、企業サイドが雇用の調整弁代わりに便利に使っている実態上、被雇用者の賃金条件などが極めて不利になりがちで、雇用者サイドが一方的にメリットを享受し、被雇用者はデメリットばかりを押し付けられ、あまりにも不公正過ぎる。

これを是正すべく、本来なら非正規雇用を特殊な一部の業種のみに規制すべきだし、それが無理なら、非正規雇用の被雇用者の賃金を現状の倍近くまで引き上げ、不安定雇用のデメリット緩和措置を取るべきだ。

また、③の終身雇用制が賃上げ意欲を低下させているとの指摘は誤りだ。

終身雇用と年功序列が華やかなりし高度成長期や1970年代のわが国の平均給与増加率は、10%を軽く超え25%にも達したという厳然たる事実がある以上、終身雇用制が労働サイドの賃金要求を抑制気味にするという指摘はまったく事実無根と異なる。




(日本経済復活の会HPより)

④の指摘について、大手企業の内部留保が多過ぎることや、労組が怠け者だという部分には賛同するが、日本企業の生産性が低いとの指摘は間違っている。

企業が内部流を増やすのは、我が国の経済や需要力の伸びを悲観していることの裏返しだが、それならば、政府や官僚に対して大型の財政出動や消費税の減税や廃止といった景気刺激策を要求すべきだ。(現実には、政府は財政健全化への取り組みが足りないなどと真逆の愚痴をこぼすバカさ加減なのだが…)

日本企業の生産性が低いとの指摘は、日本人の労働コストの高さを暗に批判する意図から出たものだと思うが、そんなバカなことを言っているうちは、日本人の賃金が上がるはずがない。

日本企業の賃金が上がらないのは、経営層の脳内が守銭奴思想に汚染されていることもあるが、何といっても、賃上げの源泉になる「売上高」の低迷に真因を求めるべきだ。

下のグラフは、中小企業庁の資料から拾ったもので少々年代が古いが、国内企業の平均売上高(実質値ベース)は1980年(40年近くも昔‼)を100とした指数で見ると、全産業ベースで大きく下落しているのに驚かされる。




小規模・中規模・大企業ともに1980年代の指数を大幅に下回っているが、特に、小規模企業は1980年代/103.7→2010年以降/55.1、中規模企業は1980年代/104.7→2010年以降/51.6とほぼ半減しており、もはや壊滅状態といってよい。
むしろ、これだけ売り上げを落としてよく生き残っているものだと感心させられる。

一社当たりの平均売上高を伸ばしているのは大企業の製造業だけで、大企業といえども非製造業は1980年代→2010年以降で25%も下落しており、バブル崩壊以降、我が国の経済無策がいかに惨憺たる惨状をもたらしたのかが一目瞭然だ。

企業が力強く売上を伸ばすには、主戦場となる国内需要の旺盛さが欠かせず、需要力の増強には家計の所得増加が絶対条件になる。
そして、それを唯一可能にするのは、政府による聖域なき持続的な財政金融政策のみである。(むろん、企業側の労働分配率引き上げ努力も必要だが…)

最後に、⑤の「社会保障制度の持続性への懸念=消費抑制説」に基づく社会保障切り下げ論の詭弁を指摘しておく。

記事の中で紹介されたエコノミスト誌は、
「若者世代は将来の経済的不安から消費に消極的」→「若者を安心させるために年金などの社会保障制度を変える(切り下げる)べき」
という腐ったエセ論法を用いているが、年金支給額の減額や支給開始年齢の引き上げで若者世代が安心できるわけがない。間違いなく彼らの不安を煽るだけだ。

「年金支給が65歳から80歳に代わるのか… これで年金制度も安心だな。よしっ‼我慢していたパソコンでも買い替えるか」なんて張り切るバカが、いったい何処にいるというのか??

若者が消費を抑えざるを得ないは、年金不安ばかりではなく、現に自分の所得水準が低過ぎ、この先上がる見込みも無いからというだけに過ぎない。
そんなことは、そこら辺にいる若者に訊いてみればすぐに判ることだ。

どさくさに紛れ悪質な詭弁を用いて社会保障制度の切り下げを主張するバカには、経済記事を書く資格などない。
もう一度一から勉強し直して来い、と厳しく言っておきたい。

2018年4月12日 (木)

猫とライオン

アベノミクスに対して甘い採点をする論者は多い。

悪夢の民主党政権時代に比べれば、“雇用もGDPも格段に改善しているぞ”というのが安倍信者の言い分だが、筆者はそう思わない。

麻生政権→民主党政権→安倍政権という流れの中で、雇用や所得に改善が見受けられるのは確かだが、雇用指標の改善は、団塊世代の引退と若年層の人口層の薄さによる人口動態の変化による“自然現象”によるものだし、所得については、その増加幅があまりにも小さすぎて物足りない。

所得の持続的下落という“最悪の事態”だけは何とか回避したが、これまでの逸失分を取り戻すような改善や増進への積極的かつ力強い胎動はまったく感じられない。
つまり、失点を防いだだけで、見方を勝利に導くための得点を奪おうとする気概が伝わってこない消極的な貧打線でしかないと評価すべきなのだ。

地方や田舎から見れば、莫大なインフラ投資が行われ、眩しいばかりの発展を続ける東京都ですら、その平均年収を見ると2016年で605万円しかなく、2015年比で18万円も減り、政権交代のあった2012年の582万円との比較でも、年平均の伸び率はたったの1.1%程度でしかない。

正直言って、アベノミクスの恩恵なんてこんな微々たるものなのかと嘆息せざるを得ない。

この原稿を書いている3/26時点では、森友事件の余波が安倍政権の行方にどんな影響を及ぼすのか想像できないが、このまま安倍政権が続こうが、ポスト安倍の緊縮カルテット(岸田・石破・野田・河野)に交替しようが、『政・官・財・学・報・民』のいずれもが緊縮・改革志向に染まり財政支出を毛嫌いしている以上、大きな政策転換は期待しようがない。

だが、世の中には、安倍政権が終われば経済的混乱が避けられないと本気で心配する論者もいる。

『アベノミクスはこのまま終わってしまうのか~昭和恐慌を救った高橋是清が残した「教訓」』(3/26 東洋経済ONLINE村上尚己/マーケット・ストラテジスト)
http://toyokeizai.net/articles/-/213833

「3月19日に日本銀行を退任した岩田規久男前副総裁が編集者となっている『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)は、戦前の昭和恐慌の教訓を基に2013年から黒田東彦総裁が率いる日銀執行部が実施しているリフレーション政策を論じた名著だ。(略)
1929年に米国株市場の暴落で世界恐慌が始まると、当時の井上準之助大蔵大臣は清算主義に基づき旧平価での金本位制復帰を目指したことから、緊縮政策が実現した。このため日本経済は大収縮に陥り、10%を超える物価下落が生じるなど、1930年にはいわゆる昭和恐慌となった。
経済が大混乱となり政治情勢が緊迫する中で、1931年12月に誕生した犬養毅内閣で大蔵大臣に就任した高橋是清は、就任直後に金輸出再禁止によって金本位制度から離脱することで金融政策を機能させた。その後、1932年11月には、日銀による国債引き受けにより金融緩和政策を強化させたことで、貨幣供給量は5.6%に増えた。(略)
『昭和恐慌の研究』では、高橋財政による①金本位制からの離脱(通貨高政策の放棄)、②日銀の大規模な国債引き受けという、金融政策を中心とした経済政策のレジーム転換によって、デフレ克服と経済正常化を実現したと結論づけている。(略)」

村上氏は、大胆な財政金融政策を発動させ、世界恐慌からいち早く日本経済を脱出させた高橋是清と安倍首相を重ね合わせているようだが、「世界史上初のケインズ主義的財政政策」と評され、ケインズすら凌駕した高橋蔵相の偉業と、アベノミクスのように、まともな財政政策すら打てない “おママごと”を同列に論じるのは、高橋是清に対してあまりにも失礼だろう。

だいたい、リフレ派の連中は、金本位制からの離脱(円安誘導)や日銀による国債の直受けといった是清の政策を丸ごと「金融政策」の枠に嵌めたがるが、それは事実とは違う。

“高橋財政”と呼ばれる是清の経済政策の肝は、「金輸出再禁止,対米為替相場放置により為替は低落し,金本位制度時代の1ドル=2円弱から 1932年末には約3円強の水準で安定,金利も公定歩合引下げにより 31年末の 6.57%から 33年7月には 3.65%に低下し,企業利益の回復,輸出の増大,株価の騰貴をもたらした。また財政は,32,33年度予算において 15億円弱から 20億円台に急激に膨張したのち,36年まで 22億円台が続いた。この財源が増税によらず日本銀行引受けの公債発行に求められたところに特徴がある。財政支出増加は経済全体を刺激し,輸出・国内資本形成において大幅な生産誘発効果をもった(ブリタニカ国際大百科事典より)」とあるように、積極的な財政支出を断行したことにある。

いくら、日銀が国債直受けで財源を創っても、それが実体経済に売上や所得という形(インフラ投資や給付金など)で投じられなければ、大恐慌により収縮した消費を回復させることなどできない。

高橋財政が後世に名を残す業績を治めたのは、まさに「財政政策」により実体経済を直接的かつ積極的に刺激したからに他ならない。

よって、高橋是清の政策を金融政策のみの視点から語ろうとするのは悪質な偽証であり、その最大の功績は、財政・金融の両輪を大規模かつスピーディーにフル回転させたことによるものだと正確に論じるべきだ。

アベノミクスと高橋財政とを同列に論じるのは、同じネコ科というだけで、野良猫とライオンの力量を同一視するような愚行でしかなかろう。

2018年4月 9日 (月)

貨幣はゴールドを必要としない

『なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明できますか?』(3/15 現代ジャーナル 佐藤優/作家)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54721

「資本主義社会では、誰もが無意識に信じている拝金教という宗教がある。資本主義社会では、生活に必要な財やサービスを商品として購入しなくてはならないからだ。(略)
冷静に考えてみよう。1万円札を刷るのにかかる費用は、年によって若干異なるが、22~24円であるという。原価が22~24円しかかかっていない1枚の札で、1万円分の商品やサービスを購入することができる背景には、貨幣に対する信用があるからだ。これを貨幣教と言い換えることもできると思う。(略)
世界貨幣は、必ず金に収斂するというのが、経験的事実だ。(略)ちなみに19世紀後半に、貨幣は金に収斂した。その後、金と紙幣の交換が停止され、管理通貨制度が導入されたが、それでも各国の中央銀行は、貨幣発行の根拠となる金を備蓄している。究極的に貨幣は金によって裏付けられるという構造は変化していない。仮想通貨は、この基本構造を崩そうとするものだ。(略)」

コラムの中で佐藤氏は、

①貨幣は支払い手段として流通機能が必要だが、仮想通貨は現実世界でその機能を失い、流通が担保されず、もはや貨幣としての機能はない。よって、価値が上がり、富が増えるという仮想通貨に対する共同主観性が揺らいだ途端に暴落し、最終的には無価値化するリスクを抱えている。

②貴金属的価値を持たず人為的に作り出された貨幣の存在は脆弱。金(ゴールド)のように論理では説明しきれない歴史的に形成された絶大なるパワーを持つモノによって担保されないと貨幣は成り立たない。

という趣旨のことを述べている。

①の仮想通貨が無価値化するリスクを抱えているとの指摘には同意する。

「(仮想通貨は)通貨史上の大きな革命であるばかりでなく、まったく新しい形の社会を形成する可能性を示した」(野口悠紀雄/早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)といった具合に、過大な期待を掛け、空前絶後の新技術であるかのように騙る論者も多いが、こんなものは、17世紀のチューリップバブルや明治時代の日本で起きたウサギバブルのような投機や博打の類に過ぎない。

仮想通貨の一種であるビットコインの保有者は40~60%が日本人だと言われており、こんなものは貨幣でも何でもなく、ババ抜きに使うトランプでしかない。

そんなことは、仮想通貨を保有し取引に熱中する本人に聞いてみればたちどころに解る。

「あなたは何のために仮想通貨を持っているの?」、「ビットコインは世の中を劇的に変えますか?」と聞いてみればよい。
「仮想通貨を買ったのは、一儲けしたいからだよ。そんなの当然だろ?」、「ビットコインが変えるのは、俺の生活だよ」というゲスな答えが返ってくるはずだから…

仮想通貨に対する佐藤氏の見方には頷けるが、もう一方の金本位制への憧憬はいただけない。

佐藤氏のように観念論を好む人種は、どうしても金(ゴールド)みたいに有限性のある貴金属を信奉したがり、一国の生産力という限度こそあるものの、国家がほとんど無限に創造できる貨幣(管理通貨)への疑念をどうしても捨て切れない。(金なんて、光っているだけの金属に過ぎないのだが…)

貨幣が、現実世界のあらゆるモノ・サービスの価値基準となる絶対唯一の存在である以上、それは極めて神聖なものでなければならないと思い込んでいるようだ。

佐藤氏は、世界中の中央銀行が貨幣発行の根拠とするため金を備蓄していると主張する。

だが、世界の通貨供給量は2016年時点でおよそ1京円とこの10年間で7割増だそうだが、金の保有量は33,673t(2018年1月)とこの1年間でほとんど増えておらず、1960年代の37,000tより減ってしまっているではないか?

爆発的に増殖する貨幣(通貨)の価値を担保するはずの金の保有量が減っているという現実を見れば、佐藤氏の主張はまったく成り立たず、もはや貨幣価値と金と担保関連性は無いと認めるべきだ。

世界の金保有ランキングを確認しても、1位アメリカ 2位ドイツ 3位IMF 4位イタリア 5位フランスといった具合で、GDPランキングともずれており、経済規模や貨幣発行量が大きく貨幣価値の維持に努めるべき国のランキングとも噛み合わない。(ちなみに日本の金保有量は9位765tとアメリカの9.4%ほど)

だいたい、アメリカの金保有量を時価換算すると約40兆円と一見巨額に見えるが、アメリカの通貨供給量は昨年9月時点で約1,550兆円にもなるから、金の保有量は通貨供給量の2.5%しかなく、こんなもので担保云々を語ること自体がおこがましい。

要は、金に支えられずとも貨幣は立派に流通するのだ。
管理通貨制度が確立して50年近くが経過し、もはや貨幣そのもの存在が実物的な担保を必要とせぬ特別な存在であると、世界中の人々から認められるフェーズに入ったのだ。

佐藤氏とて、講演料や著作料を金(ゴールド)で払うと言われれば困るだろう。
受け取った金が本物かどうか、いちいち鑑定する手間がかかるし、そのままコンビニに持ち込んでもアイス一つ買えないのだから。

“なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明できますか?”との問いには、「類いまれな生産力と法規順守性の高さを誇り、世界トップレベルの信用力を有する日本という国が発行する国定貨幣だから」と答えるよりほかないが、佐藤氏みたいに金本位制への未練を断ち切れない人種には、もうひとつ、「あなたが気にする「原価24円」という価値を体現するのも貨幣そのものですよ」と付け加えておきたい。

2018年4月 5日 (木)

緊縮ノミクスから卒業を

『「目先ノミクス」から卒業を』(3/13 日経新聞 大機小機:与次郎)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO28005890S8A310C1EN2000/

「黒田東彦総裁再任、2人の副総裁人事の政府案が提出され、4月からは「異次元の金融緩和」も2期目に入る。日銀が「2%物価目標」の旗を降ろすことはない。とはいえ、何のための金融緩和か、改めて考えるよい機会である。
 金融政策の目的は何か。日銀法は日本銀行に「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」よう求めている。(略)
2%の物価上昇は喫緊の課題ではない。物価は安定し、日本経済は超完全雇用の状態である。こうした中、異常な金融緩和の副作用がはっきりしてきた。マイナス金利で金融機関の経営が悪化というのでは本末転倒だ。財政規律の緩みも確実に進行している。(略)
大胆な金融緩和、第二幕では「目先ノミクス」を卒業し、中央銀行の独立を回復してもらいたい。」

「物価は安定」、「日本は超完全雇用状態」、「財政規律の緩み」…
いやはや、目先が曇るどころか、脳内があらぬ妄想と作り話で汚染されているのは、コラムを書いた与次郎氏の方だ。

緊縮主義者と構造改革主義者揃いの大機小機には、いつも失笑させられるが、今回の内容も酷い。

まず、金融緩和政策の2%の物価目標の意義を誤解している。

これは、当の日銀首脳陣やリフレ派の連中も同じだが、「量的緩和やマイナス金利政策が実質金利の引下げと円安効果を生み、市場にインフレ期待が醸成され、投資や消費が刺激され物価上昇につながる」といった具合に政策の意味を取り違えているようだ。

実質金利の低下と消費・投資の活性化とがイコールの関係になるためには、それらの源泉になる企業・家計の収益・所得が十二分に潤沢でなければならない。

企業にしろ、家計にしろ、いま現在、そして、将来にわたり収益や所得が増え続けるという明確な希望や確信を持てぬ限り、インフレ期待や成長期待を抱くことはない。

低賃金下の物価上昇は、「期待」ではなく「不安と恐怖」しかもたらさない。

2%の物価目標というゴールは、企業や家計の懐が完全に温まる(=収益や所得が潤沢に増える)という前提条件なしには成り立たないが、リフレ派の連中も、金融政策を嫌う緊縮派のバカどもも、物価目標という数値ばかりに拘り、政策の真意を完全に見失っている。(あるいは意図的に無視している)

与次郎氏は、物価が安定していると思い込んでいるようだが、日銀の「生活意識に関するアンケート調査-2017年12月-」(第72回)によると、現在の物価に対する実感(1年前対比)を尋ねたところ、「かなり上がった(7.6%)」・「少し上がった(59.5%)」と67%以上が物価上昇を実感しており、体感的な上昇率は平均で+4.5%、さらに1年後の物価上昇予想は+4.3%と答えており、安定どころか、多くの国民は食料品やガソリンなど日用品の値上がりに苦しんでいる。

また、彼曰く、“日本は超完全雇用”だそうだが、労働力調査による完全失業者数159万人に加えて、潜在失業者数はいまだに400万人以上と推計されており、いったいどこが超完全雇用なのかまったく理解できない。
【参照先】https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/research/pdf/9627.pdf

だいたい、“超”が付くほどの完全雇用なら、とうの昔にロスジェネ世代が失業や非正規雇用から脱しているはずだし、最賃の時給が1,500円、大卒初任給も30万円くらいに上がっていてしかるべきだが、まったくそんな様子は見受けられない。

筆者は学生時代に本当の超完全雇用を経験したが、アパートで寝ていても企業や学生OBから面接の電話がひっきりなしに掛かってきたし、就活で上京する際の交通費や宿泊費もすべて企業持ち、人事部やOBとの面談は高級レストランでおごりなんてのが当たり前だった。

知り合いの中には、企業からの電話に出ただけで内定を宣告された者や、計13社もの内定を獲った豪傑もいた。

そんな呑気な時代に比べれば、いくら売り手市場とはいえ、昨今の就活なんて、学生は面接対策やエントリーシート、TOEICなどに振り回され、かなり大変で気苦労が多く、就活に伴う費用負担もバカにならない。
こんなもので超完全雇用を名乗るなど、おこがましいにもほどがある。

最後にお決まりの「財政規律の緩み」だが、ここ5年余りの我が国の一般会計予算(国債費を除く当初ベース)の推移を見れば、緩みどころか守銭奴ぶりが際立っており、ほとんど増えていないではないか。(いまだに総額で100兆円を超えていない…)

財政規律がちゃんと緩んでいたならば、いまごろ歳出規模は130兆円くらいになっていてもおかしくはない。

与次郎氏は、とにかく緊縮せねばという目先の小事に囚われ、現実社会の苦境がまったく見えていない。

彼は、コラムの締めで中央銀行の独立を回復すべきと強調するが、時勢を読み間違えた妄言でしかない。
我が国の経済は、絶対的な需要レベルの低下を原因とする不況に苦しめられており、日銀に求められるのは、独立を気取って通貨の番犬に成り下がるのではなく、政府の尻を叩いて積極的な財政政策を促し、実体経済に所得に直結する通貨を供給することなのだ。

2018年4月 2日 (月)

普通の国民が幸せになれる国に

『「今は持ち家よりも賃貸が賢明」~空き家激増、住宅相場上がり目なし』(3/19 PRESIDENT ONLINE 大前研一/ビジネス・ブレークスルー大学学長)
http://president.jp/articles/-/24668

「(略)40歳前後から下の若い世代ともなると、「家を持ちたい」という欲望のほうが少ない。(略)そもそも家を買って借金を抱えることは大きなリスクだと思っている。我々世代にはまったくなかった発想で、「負けから入りたくない」と彼らは言うのだ。
我々にとって結婚して「狭いながらも楽しいわが家」を持つことは目標だったし、女性を口説くうえで車は必需品だった。5%の金利なんて給料が上がればいずれ返せると思っていた。だが、今どきの若い人は「いつ足元が崩れるかもしれないのに、そんな借金をするなんて人生負けから入るようなものだ」と思っている。極端な話、結婚して家庭を持つことだって「負け」の部類だ。(略)
そもそも住宅政策は景気対策でやるべきものではない。もっと安く家を供給できるようにするのが本当の住宅政策だろう。日本の住宅の建築コストは欧米に比べて高い。(略)
私が一番の障壁だと思うのは住宅に使われる部品や部材の供給元が限定されていることだ。ガラスもアルミサッシも石膏ボードもトイレもタイルもほとんどが独占、もしくは寡占状態になっている。(略)世界中の材料が使えるようになれば、建築費は半分になる。(略)」

少子高齢化による空き家の増加に加え、農地の2022年問題(生産緑地の営農義務が22年に解除され宅地転用が可能になる)や都心の容積率緩和など、持ち家住宅の需給バランスが大きく崩れ住宅相場に上がり目はなく、持ち家より賃貸を選択して損はない、というのが大前氏の結論だ。

初めに指摘しておくが、住宅部品や部材メーカーの独占体制云々を批判する大前氏の主張は間違っている。

例えば、住宅部品メーカーのLIXILはトステム・INAX・新日軽・サンウエーブ・TOEXといった大手メーカーの大合併の末に生まれた企業だが、これとて、新設住宅着工戸数がH9の1,341千戸(持ち家+借家)からH28には974千戸にまで長期的な右肩下がりを余儀なくされ市場自体が大幅に縮小したため、止むを得ず統合を選択せざるを得なかったに過ぎない。

また、日本の住宅建設コストが欧米より高すぎるとの指摘だが、面積当たりの建設費の平均値を比べると、イギリス(42.9万円/㎡)やアメリカ(40.5万円/㎡)、デンマーク(35.4万円/㎡)などといった具合に、実際は日本(34.5万円/㎡)より高くなっており、大前氏は自らの思い込みを捨て、きちんと情報をアップデートすべきではないか。
〈参照先〉https://archi-book.com/news/detail/94

さて、現代の若者世代が住宅ローンに二の足を踏んでいるとの指摘については、筆者自身も、社会人生活の途中で平成デフレ不況の波の直撃を喰らって所得の大幅ダウンを余儀なくされた経験から、住宅ローン(負債)を恐れ、持ち家を諦めた(そもそも住宅に興味がなかったこともあるが…)こともあり、若い世代の人たちが「借金を抱えるのは負け」、「人生、負けから入りたくない」と思う気持ちは痛いほど解る。

平成不況のせいで、ベース・アップという言葉が死後と化し、課長・係長といったポストは減り、残業=サービス残業が常態化、支給手当の類は消滅、深夜残業のタクシー代も自腹、接待やゴルフも自腹…ときた日には、数千万円もの借金を抱える気になれるはずがない。

おまけに、いまの30~40代は、平均収入の大停滞時代の波をもろに被っているうえに、夫婦揃って学生時代の奨学金ローンを抱えている者も多く、いくら低金利とはいえ、住宅ローンを抱えることに強い恐怖感を抱くのも無理からぬことだ。

実際の持ち家率は、S63/61.1%→H10/60.0%→H20/60.9% →H25/61.6%と、ほぼ横ばいなのだが、若者世代が住宅ローンに恐怖感や忌避感を覚えている以上、この先漸減傾向になるのは避けられそうにない。

筆者が新人の頃には、住宅ローン金利が7~8%でも飛ぶように捌けたものだが、いまにして思えば、当時の人は、よくもあんな高金利で借金する気になったものだと空恐ろしくなる。

それだけ景気が良かったのもあるが、何といっても一般の人々(家計=消費者)のインフレ期待や所得上昇期待が、いまでは想像できぬほど強靭であったことが、旺盛な投資意欲を支えていたのだろう。

筆者が若い頃は「借金も財産のうち」なんて言われてたが、“借金して投資してもそれ以上のリターン(収益)があるから、カネを借りてでも時間を買え(=誰よりも早く投資しろ)”というくらい投資や消費意欲が強烈で、まさに、「良いインフレ」が現実化していたと言える。

現在の住宅市況を見ると、特に首都圏の新築マンション価格上昇率の高さが目立つものの、その他の主要都市はわずかに下落している地域もあり、全体的には、きちんとした所得上昇の確度や期待値が高まりさえすれば、普通のサラリーマンでも十分に手が届く範疇だ。

そもそも、「普通の国民が普通に働けば、衣食住という生活基盤をちゃんと手に入れられる経済環境」を用意するのが、政府に課された最も重要な任務であり、財政金融政策(需要力UP)と産業開発力の維持向上(供給力UP)という両輪を回す意識さえあれば、何も問題なく達成できる目標でもある。

平成末期を生きる若者世代が住宅ローンを怖がり、借金を負けだと言い切ってしまうのは、平成時代の歴代政権が(一部を除き)まともな経済政策を打てなかったことの証左であろう。

普通に働く者が欲しいものを躊躇なく買える世の中、事業に失敗し失業しても次のチャンスがすぐに巡ってくる世の中…これこそ経世済民の目指す社会だ。
「負債の名を騙る負債」、「負債性の無い負債」である『貨幣』をフル活用して、こうした経済環境の実現を図っていきたい。

2018年3月30日 (金)

負担付きのBIはニセモノ

『"全国民に月7万円"は日本を救う最善手だ~「AI失業」の危機に備えるために』(3/23 PRESIDENT Online 井上智洋/駒大経済学部准教授)
http://president.jp/articles/-/24700

コラムの中で、井上准教授はベーシックインカム(BI)導入に賛成していることを明言したうえで、その目的について、「将来的には人間と同じような知的振る舞いをする汎用人工知能が完成し、あらゆる労働が人工知能とロボットに代替される可能性があります。 (略) そのような未来が訪れたとき、ほとんどの労働者は仕事がなくなります。AIによる技術的失業、いわゆる「AI失業」です。(略) 労働者は賃金を得られないため困窮します。それを放っておくわけにはいかないので、新しい社会保障制度としてベーシックインカムを導入するしかなくなるのです」と述べている。

つまり、彼は、人間の労働が人口知能やロボットなどに取って代わられることで起きるAI失業という将来的なリスクに備えるために、BIを導入すべきと訴えているのだ。

井上氏のBI構想は、国民1人月7万円の給付で年間100兆円ほどの財源が必要になるとしたうえで、基礎年金の政府負担、児童手当、雇用保険、生活保護、所得控除などの撤廃や25%の所得税増税、相続税増税、資源税導入という国民や企業負担増加により財源を賄うものだ。

さらに、月7万円のBIを、税金を財源とした社会保障制度としてのベーシックインカム(固定BI)と、貨幣発行益を財源とした景気によって給付額が変動するベーシックインカム(変動BI)の2階建てにしようと提案している。

井上氏の貨幣発行益を財源とする消費刺激策としての「変動BI」の考え方は、筆者の主張と軌を一にするものであり積極的に賛同したい。

彼は、「いまのようなゼロ金利(マイナス金利)経済においては貨幣を発行し続けてもインフレは起きにくいと言えます。政策金利をゼロやマイナスにしても企業が銀行からお金を借りなくて、市中にお金が出ていかないからです」と述べ、緊縮主義者が好む「貨幣発行=ハイパーインフレ論」がまったくのデマであることを喝破している。

また、「長期的には貨幣成長率を技術進歩率(生産性の上昇率)と同程度にすれば、インフレ率はおよそゼロになります。技術進歩の分だけわたしたちは、インフレを起こさず、お金を増やし、配ることができるのです。つまり、貨幣発行益の持続的な源泉は技術進歩であるということができます。(略) 消費する人がいなければ、経済は成長できません。そこで供給の拡大分に応じた需要をつくるために変動BIでお金を配るのです。」とし、貨幣発行益が技術進歩を促すきっかけとなり、技術力向上による生産力や供給力の拡大が、高インフレを防ぎ、貨幣発行(貨幣価値)を担保するという消費と生産の好循環を作ることの大切さをきちんと理解している。

さらに、「「もう経済は成熟していて、消費は飽和している。お金を配ったところで、商品の購入は増えない」と言う人もいます。しかし、本当にそうでしょうか。その理屈は一部の富裕層にしか当てはまらないでしょう。中間層以下の消費はいまなお飽和していません。わたしの教え子の学生たちは、数万円をポンと渡されたら、洋服を買ったり、友人とごはんを食べに行ったりする回数を増やすでしょう。数万円なんて、という人でも数十万円だったらどうでしょう。すべて貯金にまわすという人はむしろ少ないのではないでしょうか。お金をじゅうぶんに持っていないために買いたいものが買えない消費者が存在する限り、市中に出回るお金を増やす政策は効果を失いません」と主張しており、“日本のような成熟社会で消費は増えない”、“給付金は貯蓄に回るからムダ”という愚論を否定している。

と、ここまでは良い。

だが、もう一方の増税や社会保障負担増を財源とする「固定BI」は、まったくの下策で、BIを既存の社会保障制度の切り下げとトレードオフの関係に置くことは、BIに対する国民の警戒心や反発を招くだけの誤った考え方でしかない。

彼自身がコラム中で、「ベーシックインカムは個人に対して給付されるため、子どもの多い世帯ほど給付額が多くなります。所得が多く、子どもが少ない(もしくはいない)世帯は純負担が発生します」と述べているとおり、子供の有無や所得の多寡でBIの恩恵や増税による負担感にバラツキが生じると、当然、世帯間や世代間・階層間の感情的な対立が煽られるから、BIに対する反発を買うだけで制度導入の大きな障害になるだろう。

井上氏の提案のうち、固定BIは全削除し、後段の変動BIのみ実行するだけでよい。

彼は、BI導入の目的をAI失業への備えとしているようだが、それは違う。

BI導入の肝は、
①誰の腹も傷めぬこと(既存の社会保障制度は温存したまま)
②家計の実質所得水準引き上げによる消費力強化(=需要拡大)を目的とすること
③現状の家計所得水準の低さは歴代政権の経済失政による人災であり、早急なる改善を要するという認識を国民が共有すること
の三点にあることを再認識すべきだ。

2018年3月27日 (火)

規制緩和好きほど経済を知らない

世に知識人を称する者は多いが、知識や見識を自慢気に騙る人間に限って「経済の理」には無知か無関心なものだ。

『財政施策よりも金融政策よりも、遥かに効果的な経済政策とは!』(アゴラ 弁護士 荘司 雅彦)
http://agora-web.jp/archives/2030599.html
「(略) 日銀がいくら金融緩和をしても、市中銀行が融資をせず、また企業側も積極的に融資を求めないので、市中に出回るマネーは増えません。トリクルダウンが生じないのは当たり前です。財政政策や金融政策といった伝統的な景気刺激策が功を奏しない今、最も効果的な政策は「規制緩和」だと私は考えています。(略)
海外では、ライドシェアや民泊、自動運転、その他さまざまな分野で新しい技術や産業が実用化されつつあります。
国内の多くの無用な規制は、新しい産業や企業の成長を阻害しています。解雇規制もその一つです。厳格な解雇規制があるからこそ、雇う側は慎重になるのです。「試しに雇ってみるか」という環境になれば、人材流動化が進んで成長産業に有為な人材が集まるでしょう。受け皿がたくさんあるので、失敗しても大きな不安はありません。(略)」

このコラムを書いた荘司氏は弁護士だそうだが、その経済無知ぶりには呆れ返る。

彼は、財政政策も金融政策も無駄、建築物の容積率緩和さえしておけばバブル発生や崩壊はなかったと主張し、規制緩和こそ最高の経済政策だと断言する。

だが、コラムには、金融緩和に期待された効果が融資資金への需要不足により根詰まりを起こしている点を指摘してはいるものの、財政政策が効かないことを立証できる具体的な記述は一切見当たらない。

本来なら、金融緩和効果を相殺する病原である需資の減退を是正すべく、企業投資を誘発させるために積極的な財政支出を支持すべきなのに、そうした王道的解決経路から逃げ出し、大した効果もない規制緩和を声高に叫ぶありさまだ。

荘司氏は、海外発のライドシェア・民泊・自動運転を引き合いに出して規制緩和を美化しようとするが、実に幼稚な発想としか思えない。

我が国では、既にカーシェアリングやタクシー事業、シェアサイクルなどの類似事業が、あまりの需要不足により瀕死の状態にあり、民泊や自動運転なんて法整備や住民感情の問題など課題が多すぎ、短期的には全国規模の事業化はとても見込めない。

彼のような感情優先型の規制緩和論者は、常に供給サイド(事業者側)の視点や都合ばかりでモノを騙りたがる。

しかし、国内でも一部事業化しているライドシェアや民泊がいまひとつパッとしない原因は規制云々のせいではなく、単にサービス自体の魅力度が低過ぎたのと、期待した需要家(潜在的消費者)の財布の中身が窮乏していただけに過ぎない。

国民の懐具合が豊かなら、もっとタクシーを使うだろが、現実に収入が大して上がっていないから、中途半端な相乗りにカネを払う気も起きず、無理して歩かせざるをえないのだ。

荘司氏の論で最も唾棄すべきなのは、あまりにも無遠慮に解雇規制緩和を主張している点だろう。

“厳格な解雇規制があると雇う側は慎重になる。もっと気軽に解雇できれば雇用しやすくなり、人材流動化も進み成長産業に有為な人材が集まりやすくなる”といった類の醜悪なフレーズは聞き飽きた。

しかし、人材流動化の極致とも言える外食業界では、特に厳格な解雇規制を設けていないが、経営サイドが解雇する前にパートやバイトが勝手に流動化し、有為な人材が集まるどころか、いつも人手不足でヒィーヒィーぼやいているではないか?

また、彼は「(解雇され会社を放り出されても)受け皿がたくさんあるので、失敗しても大きな不安はありません」なんてほざいているが、そこにある“受け皿”なるものは、フルタイムで時給900円(交通費込み)貧乏バイトくらいが関の山だ。

当然、ボーナス制度も無くなるだろうから、年収の大幅減少→個人ローン制度の崩壊→不動産・自動車など高額商品の販売量激減→大手企業の凋落→失業者大量発生→低賃金労働の蔓延→後進国化という負のスパイラルに陥ってしまう。。

人材流動化の実態は、社会経験の未熟な荘司氏が夢想するほど甘いものじゃない。
・技術・営業・企画・開発・購買・管理・物流・総務・法務等々、経営や事業に係るあらゆるノウハウの継承の途絶
・自己利益優先の足の引っ張り合いや手柄の横取り合戦の横行
・脆弱な雇用条件と引き換えに、社員の無責任体質や責任回避思考の蔓延
・営業データや秘匿技術の持ち逃げ
など、会社を食い物にする連中を増やすだけに終わるだろう。

規制緩和程度で景気が回復するなら、とうの昔に日本は力強く成長し、国民所得も増えているはずだが、現実は見てのとおりだ。

荘司氏のような人種は、「経済とは、国民生活向上のために、モノやサービスの生産と貨幣による消費との交換行為を永続的に拡大させ続けること」という基本を知らぬから、貨幣の活用・循環・分配を嫌い、カネを使わずに経済を騙ろうとするから、何千年経っても答えを出せないのだ。

彼の所属する弁護士業界が、法曹養成制度改革という名の規制緩和の影響で弁護士過剰問題に直面し、年収300万円にも満たぬ貧乏弁護士を激増させたことを忘れたのか?

規制緩和を絶対視していきり立つ連中は、内閣府の「国民生活に関する世論調査」結果をよく見ることだ。
【参照先】http://www.garbagenews.net/archives/2380918.html

昨年7月の調査結果から、政府に対する要望項目をチェックすると、「規制緩和・新規産業の育成」という回答はたったの9.2%(複数回答可)に止まり、全33項目のうち30位というまことに寂しい結果だった。

マスコミや識者の手前では規制緩和に頷く国民も多いかもしれないが、その本音を探ってみると、規制緩和への期待や要望なんてゴミ程度の扱いでしかないことが判る。

ちなみに、同調査の上位は、
①医療・年金等の社会保障の整備65.1%
②景気対策51.1%
②高齢社会対策51.1%
④雇用・労働問題への対応37.3%
という結果で、規制緩和万能主義者の思惑とは裏腹に、いずれも財政金融政策の手助けが必要なものばかりではないか??

まぁ、実際に訊いてみると、「医療・年金等の社会保障の整備=無駄な公共事業を削って予算を確保しろっ‼」といった類のトンチンカンなコメントが返ってくるかもしれないが…

2018年3月23日 (金)

カネを惜しんで、衰退を厭わず

『安倍政権「富の先食い」政策は、もう限界だ~労働市場改革は頓挫、金融・財政頼みの弊害』(東洋経済ONLINE 星 浩 : 政治ジャーナリスト)
http://toyokeizai.net/articles/-/211246
「私がキャスターを務めるTBSの報道番組「NEWS23」で、黒田東彦日本銀行総裁の再任にからむ経済問題を取り上げた。その中で、就職活動中の学生が給料の使い途を聞かれて、「老後の蓄え」と答えていたのは驚きだった。日銀は金融緩和路線を続け、安倍晋三政権は財政規律を軽んじて景気対策を重ねる。にもかかわらず、物価は上がらず、消費も拡大しない。将来不安を抱く人々は踊らされず、「老後」を見据えているのだ。(略)」

緊縮派&構造改革派の論客でもある星氏のコラムは、この後で、
「政府の財政出動で借金が膨らむ中、国民には「いずれは国債も償還しなくてはいけないし、借金も返済しなければならない」という将来不安が募っている。その不安心理が重くのしかかり、人々は貯蓄を続けて、消費は増えない。」
と続き、予想通り緊縮政策の堅持を訴える方向にズレて行く。

だが、いまの若者や働き手世代が消費よりも貯蓄や節約に強い関心を持っている、いや、持たざるを得ないのは紛れもない事実であり、これが消費にとって重い足枷になっている。

こうした現状を踏まえて、日本経済にとって最大の病根である『深刻過ぎる需要不足』を治療せねばならぬと、筆者は長期的かつ積極的な財政金融政策の発動を訴えてきた。

それは、『深刻過ぎる需要不足』を放置し病状を悪化させると、その先には『供給力の破壊』という取り返しのつかない最悪の厄災が待ち受けており、日本がこのレッドゾーンに足を踏み入れるのを真剣に心配しているからにほかならない。

需要と供給の問題は常に表裏一体であり、どちらかの不調は、必ずもう一方の劣化につながるから、双方を疎かにはできない。
買い手がいるから作り手は安心してモノを作れるのだし、作り手が便利なモノやサービスを提供してくれるからこそ買い手の生活はより豊かなものになるのだ。

筆者が需要不足解消に向けて唱える政策の主軸は、
①公共投資の促進による生活基盤や生産基盤の維持更新
②減税や社会保険料・医療費などの国民負担の軽減
③既存の社会保障制度と併存する形の給付金による実質所得底上げと需要力強化
の三点であり、緊縮主義者や構造改革主義者の連中の眼には、“身の毛のよだつたちの悪いバラまき”としか映るまい。

①に対しては、ムダ遣いだ、建設作業員の人手不足をさらに逼迫させる、インフラ投資をやっても庶民にカネは廻らないと文句を言われる。

②には、財政再建を放棄するのか、国の借金の深刻さを理解しているのかと揶揄される。

③にも、ベーシックインカム的な給付金は国民から働く意欲を奪い総生活保護化につながる、既存の社会保障制度が破壊されると批判を受ける。

だが、こうした批判や反論をする論者は、「需要不足という病」への認識や危機感が甘過ぎるし、正解が複数あるはずの政策の選択肢を狭め「Aか、Bか」の二者択一論でしかモノを考えないから、政策のバランスに偏りが生じ、庶民の生活再建への目配りが不足しがちになる。


特に、ベーシックインカムは、新自由主義者(リフレ派含む)が既存の社会保障制度の廃止とセットで騙ってきた経緯があるがゆえに、社会保障制度の簡略化的な意味合いに誤解されがちなのは非常に残念だ。
新自由主義者のいうベーシックインカムなど、社会保障コストを切り詰めたいだけのインチキ論に過ぎず、既存の社会保障とセットで行ってこそ本物と呼べる。

また、ベーシックインカムは行き過ぎた弱者救済制度であり、国民が十分な所得を得る機会を奪うとの批判もあるが、企業の労働分配率が上がらぬ原因は、マーケットの需要不足による受注収益率の低下と、経営者の資質や意識の問題であり、ベーシックインカムとは別次元で語るべき問題だろう。

ベーシックインカムが経営者を甘やかし労働分配率向上の足枷になるとの指摘は、想像の域を出ないし、これまでも児童手当や高校授業料の無償化、定額給付金、定率減税等といった給付制度はあれども、そのたびに労働分配率が大きく下がった事実はない。

今年の春闘で自動車大手は3%の賃上げ目標を立てているが、我が国の多くの家計は年収100~500万円台に集中しており、これが2~3%上がったところで、野菜やガソリン代の根上がりで殆ど吹っ飛ばされてしまう。
元々の所得水準が低過ぎるのだから、少々の賃上げなど焼け石に水で、最低でも月収を5~10万円増やすくらいのインパクトがないと、家計は積極的にカネを使う気にはなれない。


妙な倫理観に拘り、需要不足に即効性のある政策を毛嫌いするうちに、それを栄養分にする供給力が完全に劣化してしまえば、もはや取り返しがつかない。
その時日本は先進国たる地位やプライドを完全に失い、後進国化を免れなくなる。

現実には、
・人手不足や売り手市場のはずなのに、給料や初任給が全然上がらない
・原料高や燃料コスト高なのに、売価を上げられない
・大量のバックオーダーを抱えているのに、需要低下が怖くて見込み生産ができない
・科学技術の振興を謳いながら、大学の研究予算は減らされる一方 etc
といったバカげた問題が彼方此方で噴出している。

およそ世の中の社会問題の病根は「カネが無い」という一事に集約され、幸いにして現時点では、カネさえあれば相当程度まで解決可能なものばかりだ。

だが、適切な処置を施さず病状が悪化すると、供給力や生産力が極限まで劣化し、「モノを作り、サービスを提供できる人材や技術がまったく無い」という治癒不能な状態に陥ってしまう。
割りばしや石鹸すら作れない、機械の動かし方も分からず、成分や配合方法すら誰も知らない、という後進国化一歩手前の状態まで追い詰められてからでは遅い。

国内に生産ノウハウの種火が残っているうちに、燃料となる需要を投じて火勢を増してやらぬと、か弱い焔は緊縮主義という突風に煽られ、瞬く間に掻き消されてしまうだろう。

くだらない選別論に時間を割くのは本当に勿体ない。
アノ政策は国民の労働意欲を削ぐ、コノ政策は新自由主義的だ、と贅沢を言っている余裕など一秒も残っていないことを肝に銘じるべきだ。

企業や家計を緊縮思考に縛りつけるのは「売上・収益・所得不足」であり、それを大逆流させるためには、消費や投資に使える資金を分け隔てなく、しかも、スピーディーにバラまくのが何より効果的なのだ。

インフラ投資を通じて生産・流通基盤を整え、雇用や技術育成の場を創るのも良い。
家計向け給付金で国民の消費意欲を高めるのも良い。
少しでも需要力向上に資するなら、倫理面の善悪など一切無視して躊躇せず実行すべきだ。

高度な供給力や生産力さえ保持できれば行き過ぎたインフレに怯える必要はないから、カネ不足で悩めるうちに製造コストゼロのカネ(貨幣)をもっと扱き使い、供給力の維持向上に努めなければならない。

需要力が供給力の成長を支え、高度化した供給力が過度なインフレを防ぎながら、需要力の源になる所得を増やし続けるという好循環を目指せばよい。

世には、日銀のB/S上で発行日銀券(紙幣や貨幣)が負債勘定に計上されていること、また、貨幣の過度な増発が高インフレをもたらすと想像されていることを捉えて、貨幣を負債だと説明する論が一般的だ。

しかし、日銀が負債に計上する紙幣や貨幣を担保するのは、国債や貸出金などの資産だと理解されている。

では、紙幣などの負債を精算するために、どうするのかといえば、最終的に国債を換金するしかない。
つまり、国債を売却して得た紙幣や貨幣を以って、負債である日銀券(紙幣・貨幣)を精算するというバカげた結論になる。

これでは、単なる紙幣同士の交換に過ぎないから、そもそも、紙幣や貨幣に負債性なんてなく、日銀がB/Sを作成すること自体がどうかしているのだ。

また、貨幣増発に伴う高インフレを捉えて貨幣の負債性を説明するのも無理がある。

身体に栄養をもたらす食糧や水だって過剰に摂取し過ぎれば毒になるかもしれないが、だからといって、普段から食糧や水を指して毒呼ばわりする変わり者などいない。
食糧や水の本質は、あくまで健康維持と成長に欠かせない栄養分であり、それが害をもたらすのは用法や容量を誤った特殊ケースのみだ。

貨幣の存在とて、それと同じことだろう。

負債でも何でもないカネ(貨幣)を惜しみケチる心根が、国民を苦しめ経済失政をもたらす躓きになることを忘れてはならない。

2018年3月20日 (火)

醜態を晒す自民党のクズ議員

『<森友文書改ざん>「安倍政権窮地へ意図的に変な答弁では」』(3/19 毎日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180319-00000057-mai-pol

「19日の参院予算委員会で、自民党の和田政宗氏が財務省の太田充理財局長を攻撃し、太田氏が気色ばんで反論する場面があった。(略)
 和田氏は19日の同委で「まさかとは思いますけど、太田理財局長は民主党政権時代に野田総理(佳彦前首相)の秘書官も務めていて『増税派』だから、アベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているんじゃないですか」と「質問」した。
 和田氏が話す間、太田氏は頭を激しく振り続け、答弁の際には顔が紅潮して怒りを隠せない様子。「私は公務員として、お仕えした方に一生懸命お仕えすることが仕事なので、それを言われるとさすがにいくらなんでも、そんなつもりは全くありません。それはいくらなんでも、それはいくらなんでも…ご容赦ください」と声を震わせた。(略)」

再炎上した森友問題を巡る安倍政権や自民党の連中の狼狽ぶりは、まことに無様で見苦しく、まるで民主党末期を彷彿とさせる。

和田氏の幼稚な質問は、誰が見ても一連の責任を財務省だけに擦り付けようとする気マンマンで、サプライズ質問を浴びせられた太田局長も、「国会の場で、これほど露骨でレベルの低い責任転嫁発言をするのか!?」と呆気にとられた様子だったし、重度の自民党信者もさすがに気色の悪い思いを抱いたのではないか。

筆者は、森友問題が安倍政権・自民党・財務省トリオによる共作である以上、「主犯は○○だ!」とどこか一つにターゲットを絞って攻撃するつもりはない。
安倍首相を退陣させれば済む話ではないし、財務省の責任をおっ被せて済む話でもない。

多数の議席に驕り政治を壟断する薄汚い自民党議員、与党と結託して緊縮増税路線を強行しようとする財務省のいずれも厳しく処断すべきだし、安倍政権&自民党VS財務省という対立構図の中で、緊縮派と構造改革派の総本山たる両者が、互いに噛み合い、傷つけ合うのは大歓迎だ。

火の粉を被りたくない政権と自民党が財務省に責任を擦り付け、それを契機に両者の内輪揉めがエスカレートするのは非常に愉快だが、あまりにも露骨な和田氏の責任転嫁発言に、百年の恋も冷めた安倍信者や自民党信者も多いだろう。


それにしても、和田氏による「太田局長は増税派だから、アベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているんじゃないか」との財務省陰謀説には失笑を禁じ得なかった。

和田氏には、「お前やお前が所属する党、安倍首相をはじめとする現政権の面々こそ、紛れもない『超増税派』だろ? 増税派の財務省が、超増税派の政権を潰す必要なんてどこにあるの?」と突っ込んでおきたい。

そもそも、政権が人事権を一手に握る官僚に潰されることを恐れるなんて、自らの無能ぶりを吐露するようなものだが、そんなことを堂々と公言して恥ずかしくないのか?

だいたい、民主党政権を圧倒した当時の安倍首相は、消費増税の三党合意など容易に破棄できる立場にあったのに、敢えて民主党政権の増税路線に乗っかり増税を強行しただけでなく、あまつさえ10%への再増税の道筋さえ付けてしまったではないか?
これのどこが反増税派なのか、具体的に説明してもらいたい。

和田氏は、自身のオフィシャルブログで、地盤である宮城県の震災復興への取り組みを盛んにアピールしているが、安倍首相や自党の不始末のケツ拭きを財務省に押し付けるような卑怯な真似をしておいて、被災地の選挙民に顔向けできるのか?

だが、醜態を晒した自民党議員は和田政宗だけではない。

参院予算委員会の公聴会で、公述人として過労死防止を訴えた過労死遺族に「お話を聞いていると、週休7日が人間にとって幸せなのかと聞こえる」と発言し、遺族の猛抗議を受けて謝罪に追い込まれた渡辺美樹。(ワタミ出身のクズ)

前川喜平・前文部科学事務次官が名古屋市立中学で講演したのに腹を立てて文科省に圧力をかけた池田佳隆と赤池誠章。

ここ一週間余りで、肝っ玉の小さい小役人みたいなサラリーマン議員が、次々と不祥事を惹き起こし、自民党議員のレベルの低さを露呈している。

いくら野党の連中が学級崩壊レベルの無能揃いとはいえ、頭のおかしいパワハラ議員や、金正恩の親衛隊紛いの思想監視員を当選させた選挙区民の責任も重い。


今回の森友問題の深層には、籠池サイドから安倍首相をはじめとする与党議員へ汚いカネが流れた疑いが拭い切れず、マスコミの連中は『政治家の圧力』、『政権に対する忖度』だけで満足せず、贈収賄の糸口を摑むまで頑張ってもらいたい。
忖度問題が政治とカネの問題に発展してこそ、安倍政権・自民党・財務省という「緊縮バカの枢軸」を破滅に追い込むチャンスにつながるのだから。

«経済学の名を貶めるクズ

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