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2009年6月

2009年6月22日 (月)

国民が求めるのは“何か良いこと”

 日本だけでなくOECDでも、今回の世界的な経済危機の底が見えつつあるとの理由から、拡大させた財政政策を見直す発言が相次いでいる。いわゆる出口戦略を探ろうというものだ。

 ところが、一般の庶民にとっては、底が見えるどころか二番底や三番底に怯える状態といった方が正確だろう。この夏のボーナスは、中小のみならず大手企業も2-3割減額されるところが多く、これまで不況を他人事のように報じていたマスコミでさえ、TBSで2割、朝日新聞社で4割の減額される有り様だ。

 ハイブリッド車の大幅な増産が話題になっているが、国内の自動車生産台数全体では、ほんの一部の盛り上がりに過ぎない。一時は、伊勢丹の高級紳士服の成功例を真似て高級路線への回帰を図っていた百貨店も、ここにきて紳士服などの下取りなど、一気に安売り路線への転換を余儀なくされている。自治体や商店街だけでなく大手スーパーのイオンでさえ、どこかの町でやっていたようなプレミアム商品券にすがりついている。

 TVや新聞、雑誌では、こんな時こそ発想の転換を・・・、常識を打ち破れ・・・、不況下で業績を伸ばしている企業に学べ・・・などと偉そうに騒ぎ立てている。しかし、収入が減り消費が縮小する中で売り上げを伸ばすことなど不可能だ。自動車業界がエコカー減税に電機業界がエコポイントにすがり、大手百貨店が小規模な自治体の真似をしてプレミアム商品券を発券したりといった具合に、結局やることは限られている。消費の落ち込みに直面した企業は、安売り・政府の補助制度・社員へのノルマ・経費削減のいずれかの選択肢しか思いつかないのが実情で、発想の転換程度で解決するなら苦労はしない。

 むしろエコカー減税やエコポイント、プレミアム商品券に人々が群がる点にヒントがある。つまり、長らく続く不況による収入や労働環境などの切り下げにうんざりした国民は、何か良いことを待っているということだ。話は単純で、収入が増える政策にこそ消費が敏感に反応するのであり、米百俵の精神や発想の転換など不況の克服には何の役にも立たないのである。長期かつ安定的な収入増加を実現できる政策、つまり人々が収入を得る機会(就業機会)のパイを拡大させることが必要で、民間企業にそれができないなら、国が率先して公務員を拡大させるべきだ。手始めに、介護・福祉業界や消費者センター、農業従事者あたりの公務員化から着手してどうか。

 それにしても、安売りスーパーに群がり、プレミアム商品券の発売に行列をなす国民をみていると、自民党や民主党の若手政治家がよく言う“行政改革をキチンとやるなら国民は消費税の増税を受け入れる覚悟がある”などとは到底思えない。

2009年6月 6日 (土)

危険な改革礼讃

 先週あたりはGMの破綻ネタがTVや新聞、雑誌で大きく採り上げられた。大概は、環境に良い小型車(低燃費車)の開発に遅れたこと、短期的な利益のみを指向してピックアップトラックなどの大型車に固執したこと、経営陣の巨額な報酬、労組や退職者の好待遇などを批判する論調だ。

 要するに、80年以上にわたり世界ナンバー1を誇ってきた輝かしい歴史にふんぞり返って必要な改革を怠り、時代の変化に対応できなかったということを言いたいようだ。特に、ハイブリッド車などの環境対応車の開発に後ろ向きであったことが厳しく批判されている。確かに、アメリカのメーカーは、GMに限らずフォードやクライスラーもデザインが古く、大型車に偏ったラインナップという印象がある。

 ただ、これらの批判で気になるのは、利益率の高い大型車への固執や従業員の好待遇=改革の遅れ と一括りにしてしまっている点である。むしろ、「改革(新自由主義的な意味での)」なるものに固執したからこそ悲劇的な幕切れを迎えてしまったのではないか。

 トヨタのカムリやホンダのアコードなどがアメリカで普及し始めたころ、アメリカの自動車メーカーはネオンという極めて低価格な小型車を投入(結局売れなかったが…)したり、GMがトヨタと共同でキャバリエを開発したこともあった。GMがスズキに資本参加を始めたのこの頃ではなかったか。つまり、この時点ではアメリカの自動車メーカーも中・小型車の開発に強い意欲を見せていた証拠である。

 なのに、いつの頃からか大型車やピックアップトラックばかりになってしまったが、その時期は、経営者は株主のために企業の最大利益を目指すべきという新自由主義的な経営観が蔓延した時期と重なる。

 新自由主義的な経営者は、大概が社内改革にはやたらと熱心だが、その割には創造性に欠けている。事業部制による独立採算、成果主義、経営と資本の分離、コンプライアンス対策など内部組織をいじくりたがり短期的な利益に異様な執念を燃やす。一方で、肝心の製品開発や販売体制の整備など企業にとって収入や収益の源泉となる仕組みや方針を具体的に示す能力が低いため安定的な収益を上げる構造を築くことができない。要するに経営論ばかりの内弁慶な評論家にすぎないため、経費の削減はできても売り上げを伸ばすことができないのだ。GMもこういった無能な経営陣に食い物にされたのだろう。

 GMが、普通の感覚を持った経営者の下で経営されていたなら、そこは長い歴史や技術を持つ一流メーカーのことだから、自然と時代の変化を読み取って、環境車の開発でもリードできる流れになっていたと思われる。しかし、現実的には、何時の頃からか短期の利益のみを追求し、長期的な研究投資を怠ったために、燃費の悪いガラクタばかりのラインナップになってしまい、1台買ったらもう1台サービスしますなんていう異常な販売手法をとったり、自動車製造の利益よりローンの金利収入のほうが多いなどといった本末転倒な状態になってしまった

 新自由主義者が大好きな「改革」が産んだ悲劇を真摯に反省すべきだ。

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