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2010年1月

2010年1月26日 (火)

ホンネに目を向けろ

 近頃、「建前」がやたらと大手を振って歩く姿が目に障る。何が「建前」かといえば、無駄の排除や規制緩和、改革・変化、情報公開・透明化等々…、いわゆるマスコミが好きそうなキーワードのことである。

 単純な勧善懲悪を好み、無駄が無くなり何でも透明化すれば素晴らしい世の中になると洗脳されている多くの国民の支持を得たのか、今では「ホンネ」を語ることは異教徒が異端視されるがごとき扱いを受ける。CO2削減や飲酒運転撲滅運動、嫌煙ファッショなどもその一例だろう。

 無駄だといっても地方経済のためには公共事業は必要だなどと言おうものなら、国家にたかる努力不足の蛆虫扱いされかねない風潮である。だが、「コンクリートから人へ」的な建前を振りかざして公共事業の手を抜き続ければ、近い将来大きなしっぺ返しを蒙るのは必定だ。昭和40−50年代に建設された道路や橋、トンネル、ダム、高層住宅ほか膨大な建設物の補修が必要であり、まさに待ったなしの状態なのだ。

 今でこそ、限られた財源内で成長分野への配分をせよだの、従来型の公共事業には経済効果がないだのとのん気な意見(=建前)がまかり通っているが、アメリカみたいに老朽化した橋が崩落したり、道路が陥没したりする事態が頻発する前に、きちんとインフラ整備をしておく必要がある。

 今年の冬は、欧米を中心に大規模な寒波の影響か(→温暖化なんて多分インチキ)、大雪による交通障害が頻発し、昨年暮れにはアメリカ東部で非常事態宣言が発令された。軍事クーデターならともかく、日本の豪雪地域の人から見ればたかが大雪くらいで非常事態宣言とは子供じみているとしか思えない。なんだ、アメリカには戦車はたくさんあるのに、除雪機もないのか…と思った人も多いのではないか。公共事業やインフラ整備をほったらかしにしておくと、まさにアメリカのような状態になってしまうだろう。まあ、アメリカの場合、発電所が老朽化で止まったり、大型の台風が来たくらいで住民が全員市外へ脱出せねばならないような、ある意味で非常に幼稚な国なのだが…。

 高度成長期を経てバブル経済の頃までは、ホンネが建前を押さえ込んできた。自民党によるいわゆる政官業の癒着が、マスコミや世間から疎んじられながらも実効力を持ち、政府支出の漸増→公共事業の維持拡大→長期成長期待による安定的な設備投資→民間需要上昇→労働者給与の漸増→消費の拡大といった具合に経済サイクルが上手く循環・拡大していた。これらに対して、マスコミを中心に政治や官僚の“濁”の部分を批判する声も激しかったが、体制を揺るがすまでには至らず、“清”を好む国民は、せいぜい時代劇(水戸黄門など)やドラマなどで溜飲を下ろすのがせいぜいだった。

 今にして思えば、それで良かったのだ。それまでは経済自体は順調だったので、国内問題の中心も公害問題や憲法解釈問題(自衛隊や1票の格差など)など国民の生活に直接影響を与えるものは少なかった。平たく言えば、経済の順調さにかまけて大所高所から理想論をぶつことができた幸せな時代だったのだろう。

 ひるがえって、政・官・業の力が落ち、マスコミや識者層などが呪文のごとく唱える建前がホンネを駆逐してしまった現代の状況はどうだろうか。以前に比べて、はるかに規制は緩和され、公共事業は30年前の水準まで減らされ、官僚への監視が強化され、情報公開や手続きの透明化も進んでいる。なのに、国民の暮らしは悪化する一方で、GDPの成長も止まっている。このため、民間投資や需要が落ち込み、本来乗数効果を生み出すはずの貯蓄→融資→投資という経路が根詰りを起こし、国全体がカネ余り(貯蓄余剰)なのに経済は長期低迷したままという状態がダラダラ続いている。

 誰も頼んでいないのに政府や行政を監視すると言い張り高給をむさぼるマスコミと違い、多くの国民は“霞を喰って”生きているわけではない。現実に仕事がなく、給与が上がらない(もらえない)ような状態から脱することが喫緊の課題である。

 コンクリートから人へなどという寝言に付き合うのではなく、コンクリートにも、人にも十分資金投下する必要がある。それには、大規模かつ長期的な財政支出と十分な金融緩和が必要であり、また、中小企業や労働者に収入や所得が行き渡るよう海外への工場移転の制限や関税の強化など、国内産業の十分な保護などの政策が欠かせない。こんなのは時代遅れ、国際競争に取り残されるなどという幼稚な戯言を聞く必要はない。欧米諸国や新興諸国など大概の国は自分が困れば当たり前のように保護主義に走っているし、国民の財産を守る観点から当然のことだろう。国際競争云々を言うなら、中国やインドに会社ごと移ればよいものを、そんな経営者に限って決して国内から出て行こうとはしないものだ。

 清濁併せ呑むという大事なことを忘れてマスコミに踊らされた国民は、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった。その結果、「建前」という魔物が溢れ出て自分たちの生活を破壊している。この建前という魔物は、薄っぺらい倫理観や正論を隠れ蓑にしているためタチが悪い。正論を振りかざされると大概の人は反論しずらくなり、何の特にもならない改革(義務だらけでメリットなしのもの)を受け入れてしまう。だが、新井白石、松平定信、徳川吉宗、水野忠邦、松方蔵相、浜口首相、小泉など当初は熱狂的に支持された改革(自称)の結果が、国民に塗炭の苦しみしかもたらさなかったことは歴然としている。倫理の遵守→清貧の思想→贅沢の忌避→支出減少→売上げ減少→給与・収入減少→生活の困窮というお決まりのパターンで経済が落ち込んでいく。

 多くの国民は、自分の生活が苦しくなり、ホンネでは国(行政)に何とかして欲しいと思っているが、最近の建前重視の風潮から、能無し扱い(国に頼るなど時代遅れなどと)されるのが怖くて弱音を吐きづらくなっているだけなのだ。

 いまこそ「建前」を箱に押し戻してパンドラの箱を閉じなければならない。そして、忌み嫌ってきた「ホンネ」の大切さに気付くべきだ。

2010年1月12日 (火)

オールドエコノミーの成長こそが肝心

 民主党の政権発足以来、常に成長戦略がないとの批判を受けてきたが、ようやく昨年末に経済成長戦略が発表された。

 相変わらず財源が不明朗で、環境や健康・アジア・観光など流行り物的な浮ついたキーワードが並べられているのがいかにも民主党らしいが、名目成長率の向上を掲げたことは評価したい。名目成長率の目標が年率3%で10年後に650兆円というのは、正直低すぎると思うが、名目成長率の向上を意図的に回避して実質成長率に逃げ続けてきた、ここ10年余りの流れを考えると、デフレ脱却への明確な決意表明ともいえる。

 20年の長きにわたり名目GDPは500兆円近辺を行ったり来たりで、いわば成長する努力を怠ってきた日本経済を再び成長軌道に乗せることは、厳しい雇用環境や地方の疲弊状況を見れば、まさに喫緊の課題である。

 国民の中には、少子高齢化構造にある日本の成長の可能性を端から諦めてしまい、衰退するにまかせるしかないと考えている者も多い。縮こまっていく洋服に身体のサイズを合わせるしかないという思考に染まってしまっているため、不幸な現実が目の前にあってもそれを何とかしようと考えず、台風が過ぎ去るのを家の中でじっとこらえるように、ひたすらその現実を受け入れようとする。

 だが、デフレに苛まれた経済は、天候や季節の変化と違ってじっとしていれば自然に過ぎ去ってくれるものではない。アメリカや新興諸国などの外需による一時的な回復はあるだろうが、GDPに占める外需の割合から国内経済への好影響は極めて限定的であろう。デフレを乗り越えるには、高度化した供給力に応えうるだけの果敢な需要の創出が欠かせない。つまり、大規模かつ長期にわたる財政支出やそれをカバーする(急激なインフレ対策としても)金融緩和が必要になる。日本国債(日本国“債務”ではなく“債券”であることに注意)の所有構成などを勘案すれば、財政規律云々など寝言の類にすぎず、経済成長のために思い切った財政支出を続けることこそがまっとうな方針だろう。

 最近では、新聞などの論説にもちらほらと財政支出を支持する(いやいやながらのものも多いが)意見も出てはいるが、判で押したように環境や介護・農業・エネルギーなどの“成長分野”に“集中的”に投資すべしという教科書的な意見になっている。成長分野のインフラ整備や介護従事者の給与水準UPのための支出であれば異論はないが、こういった分野の技術力向上を目指した投資という意味合いであれば疑問を感じる。太陽光発電や燃料電池など技術的なブレークスルーが必要な分野があることは認めるが、成長分野と呼ばれる分野でも、技術的には現状でもそこそこ高度な域に達している。つまり、技術的な不足があるために需要が生まれていないわけではなく、単に需要サイドにお金がないために売れていないだけという製品やサービスの方が多いのだ。

 中小企業の経営者によくある“良いものを作れば売れる”という幻想に囚われていると、こういった点を見落としてしまう。良いものだから売れるのではなく、需要サイドに資金的な余裕があるからたまたま売れているというのが現実なのだ。

 ニューエコノミーの隆盛が経済をけん引するという美しい絵を描くことばかり考えていると失敗する。ニューエコノミーの買い手(需要家)となるオールドエコノミーへ(建設・土木・食品など)の投資を行うことこそニューエコノミー勃興の近道になる。

 画家を美術学校に通わせる資金を提供するよりも、その画家が描いた絵を買い続けてやる方が、画家にとっても幸せだろう。

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