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2010年5月

2010年5月24日 (月)

存在自体が無駄な仕分け作業と有事の円買い

 くだらない事業仕分けもようやく終わったのかと思ったら、今日もまだやっていた。(競輪事業が槍玉に挙げられていた) 相変わらず、行政に文句をつけるのが唯一の生きがいになっているような老人が大挙して観覧していた。 

 ちょっと前の話になるが、仕分けの対象が省庁の事業や独法だったときに、厚生労働省関係で“わたしのしごと館”が無駄遣いの象徴として槍玉に挙げられていた。平たく言えば、巨額を投じて建設したのに、利用率や稼働率が低すぎるというのが非難の理由であったと思う。他の多くの事業でも、この手の“お役所仕事にかまけて工夫をしない(やる気のない)”施設や事業が盛んに批判されていた。

 そこで思い出されるのが、一連の郵政民営化騒動である。経済のイロハも判らないアホ総理により強引に民営化された郵政事業だが、民営化へのお題目とされたのは、財政投融資改革(これはインチキ)や民間への資金供給(実際は資金需要なし)等と並んで“官”の威光の是正、つまり民間事業者との競争力格差の是正というものがあったはずだ。

 実際に民営化前の郵政事業は、郵貯、簡保、郵便の各事業とも非常に充実しており、利用者(国民)に大きな支持を得ていた。つまり、高い商品力(サービス力)を持っていたのである。それゆえに、一時は上位都銀を複数合わせても太刀打ちできないほどの預金量を誇っていたし、正確で細やかな郵便事業が世界的にもトップランクを維持していた。しかも、郵便、貯金、簡保の何れの事業においても、民間との棲み分けが上手くできており、各分野には民間の大企業がきちんと育っており、民業圧迫など全くの言い掛かりである。しかし、郵政事業は、その高い商品力ゆえに、官業による民業圧迫だと言い掛かりをつけられ、無理やり民営化させられてしまった。

 片ややる気のない官業が事業仕分けで非難され、もう一方ではやる気のありすぎる(商品競争力のある)官業が非難されて無理やり民営化させられる。いったい国民は“公”が行う事業に何を期待するのか。稼働率や利用率が低ければお役所仕事だと文句を言い、優れた商品を開発すれば民業圧迫だと非難されては堪らない。あたかも“公もしくは官であること”自体が非難されているようで、到底冷静な議論になっていない。

 経済状況の悪化による生活レベルの切下げ感から、公務員を妬んで事業仕分けにオダを上げているようでは情けない。みのもんたに踊らされて自ら選択した「民主党」を始めとする国会議員をこそ仕分けすべきと言いたい。何しろ、彼らは本来業務である立法の仕事を殆どやらず(できず)に行政府に丸投げしているのだから。

 

 今回は、先に起こったギリシャ危機に伴うユーロの混乱についても一言付け加える。ギリシャのデフォルト問題を契機に、ユーロ安やドル安基調となり円の独歩高の様相を呈している。ただし、同時に起こった世界的な株安も、近年のアイスランド危機やリーマンショックと同様に、ある程度の時間を置けば一定程度までの回復は十分に見込めるだろう。例えギリシャが本当にデフォルトしても、所詮は経済規模の小さな国であり、影響は限定されるからだ。ドイツや中国あたりがデフォルトするのとはわけが違う。

 ここで突っ込みを入れたいのは、新聞各社が雁首揃えて、今回の円高を称して“消去法”による円買いと表現していることだ。今回に限らず、最近は○○危機なる有事のたびに円が買われる傾向にあり、そのたびに日本の財政危機論を信仰するマスコミ各社は、円が信認されているという事実を認めたくないために、消去法による円買いという斜に構えた表現をする。では、円が選択される前に“消去”されたと思われるドルやユーロ、ポンド、豪ドルほかの通貨はどうなのか。財政危機のため○年後に破綻すると喧伝される日本の通貨である円に負けて、選択肢から消去されたドルやユーロを発行する国家の財政は大丈夫なのだろうか。

 日本の財政が危機などというインチキくさい謀略論を吹聴するのは、そろそろ止めたほうがよい。

2010年5月14日 (金)

口先介入

 町の商店主やタクシー運転手などに景気状況を聞く「景気ウォッチャー調査」の結果が発表され、なぜか前月比2.4ポイントUPの49.8ポイントに回復したようだ。

 当然のように、政府サイドから、景気持ち直しの動きが見られる、景気は自律回復に向かいつつあるなどといった寝ぼけたコメントが寄せられ、それをマスコミがヨイショするといういつものうんざりするパターンが繰り返された。マスコミは、政治とカネなど政治絡みの問題ではいつも政府を攻撃するくせに、なぜか景気回復への大本営発表には先頭を切って同調する。これは、小泉政権の頃から一貫している。

 一方で、警察庁からは12年連続で自殺者数が3万人を超えたとう、まさに現実を体現する結果が報告された。近代日本で起こった大惨事の代表ともいえる阪神淡路大震災での死者が6,400名余りであることを考えると、実にその5倍もの貴重な人名が毎年失われている。自殺の理由や背景はさまざまであり、全てが経済問題で解決できるものではないだろうが、せめて名目GDPが毎年2-3%ずつ成長するようなノーマルな経済状況が続いておれば、こんなにも多くの人命が損なわれることはなかったと思う。やむを得ず死を選択せざるをえなかった人の無念さや残された家族の苦悩は如何ばかりだろうか。それを思うと財政再建云々を理由に財政支出を拒む態度にはらわたが煮えくり返る。

 だが、現実には、そういった不幸な人々(やむを得ずフリーターになった人やニートの人も含む)を掴まえては、自己責任だの、やる気がないだの、自立心がないだのと低脳で冷たい精神論を振りかざして、何の手助けもしようとはしない。しかも、そういった卑しい意見を吐くのが、政治家(特に自称改革派の議員)やマスコミ、エコノミスト、一部の官僚だけでなく、いわゆる一般の人の中にも多く存在するのが恐ろしい。

 デフレ経済下では、いやでもパイやイスの数が減っているのだから、平時であれば十分なレベルの努力をしても、どうしてもあぶれる人が出てくる。下りエスカレーターに乗せられたようなものだから、懸命に駆け上がっても現状維持すら難しい。これは、個人の努力の問題では解決できるはずはなく、政治が解決すべき(政治にしか解決できない)問題なのだ。

 就職が無理なら起業すればよいなどと世間知らずな意見を聴く必要はない。起業は好況時でもハイリスクな行為なのに、ましてや需要がシュリンクしているデフレ経済下で成功する確率は極めて低く、他人にだから言える無責任な意見だ。(自分の名刺に社長とかCEOとか刷れる楽しみはあるが…)

 財政支出を嫌う政府、財務省、日銀、マスコミの連中は、景気の悪化を認めたがらず、景気が最悪の状態になって財政支出やむなしとの声が上がるのを未然に防ぐために、日銀の短観や景気ウォッチャー調査等を利用した“口先介入”が行われる。気の弱い日本のサラリーマンは、クオリティペーパーと称される(自称に過ぎない)日経新聞に、景気が底を打ち回復基調にある(だいたいが外需主導で内需への波及には時間を要するとの但し書きが沿えられている)などと自信たっぷりに書かれると、周囲のトレンドに取り残されまいと見栄を張り、自分の会社の業績が良くなくても記事の内容を受け入れようとして洗脳される。自分の頭で考えようとしないサラリーマンや主婦層、家でTVや新聞ばかり見ている高齢者層には、この口先介入の効果はてき面である。

 最近では、これとの合わせ業で、中国の経済成長振りをやたらと褒め称えて中国向けの外需を煽ろうとするやり方(国民の多くが恩恵を受ける内需拡大には反対=他人が幸せになるのは許せん)や経済指標では図れないブータンの国民幸福度が高い(経済的な成長はあきらめろ)などと紹介するやり方が横行しているから要注意である。

 お金を称して“命の次に大切なお金”という言い方があるが、まさに命>お金という真実を言い表している。自殺や失業の放置、非正規社員の増加などを解決することが、いくらでも創れる“お金”を崇めることに比べて、はるかに大切なことは言うまでもない。命を守るためには、手段に過ぎないお金の活用を惜しむべきではない。

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