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2010年6月

2010年6月 5日 (土)

自称グローバル企業のワガママが国を弱体化させる

 前回に続いて、経済産業省「産業構造ビジョン2010」に関連したコメントを書こうと思う。なぜなら、この提言の中に脈々と流れる思想こそ、いかがわしい新自由主義そのものだからだ。

 当ビジョンの大まかな骨子次のとおり。

①日本の産業構造に重大な欠陥があり、経済や産業は深刻なレベルに落ち込んでいる。

②所得の伸びは期待できない。国内市場も停滞気味。少子高齢化が進み人材レベルが低迷。開業率も伸びない。

③先進国市場が伸び悩む一方で、新興国市場の拡大に期待。

⑤国内メーカーは国内市場での競争激化により収益力が低い。韓国企業を見習い企業再編を行え。ついでに、海外市場に打って出ろ。日本のGDPの海外依存度は低く、まだ開拓の余地はある。

⑥競争力のある国内メーカーの海外移転が進んでいる。法人税を引き下げてグローバル企業を呼び込め。港湾整備やオープンスカイを進めて物流インフラを強化すべし。

⑦国内メーカーは垂直統合モデルに固執し技術のブラックボックス化が遅れている。インテルのように世界標準を獲得できるビジネスモデルを見習うべし。

⑧自動車や電機頼みの産業構造を転換すべし。①インフラ関連②環境・エネルギー③医療・健康・介護・子育て④文化産業⑤先端分野を強化し140兆円以上の市場創出、257万人の雇用創出を目指す というもの

 正直、特に目新しい提言ではなく、日経新聞(+日経ビジネス)やダイヤモンド、エコノミスト、プレジデントなどなど“上から目線系”の新聞や雑誌で散々使われてきたキーワードを焼き直したものにすぎない。

 自動車・電機以外の産業を戦略的に伸ばしていこうとする部分に異論はない。問題なのは、①そこに公的な資金を投入(財政支出)しようとする提言がないこと②成長産業のみに国内経済の牽引を期待するトリクルダウン的(雁行型)な発想であること③国内市場の成長を諦めた海外市場頼みの焼き畑農業的な発想であること④よいもの・売れる仕組みさえあれば大丈夫という需要サイドを無視した中小企業の技術屋社長みたいな幼稚な発想であること という点にある。

 港湾などの物流インフラ強化(当然財政支出を伴うものだろう)を掲げるのはよいとして、残りは、お得意の規制緩和や政官民(産学官)連携、公的機関の投融資などいわゆるソフト支援に逃げている。日本のここがダメだ、あそこを糺せと大所高所から言いたいことを言うだけで、支援の枠組みだけは作ったから、あとは民間でよろしくねというホンネが見え隠れしている。モノを作ったこともない省庁やマスコミの連中に指摘されるまでもなく、現状の課題認識などメーカーサイドではとっくに承知している。判っていても技術革新と需要の伸びとのスピードの間に差異があるために苦しんでいるだけなのだ。

 海外市場の開拓、特に新興国相手の市場開拓には大きなリスクが付きまとう。市場時代は成長していても個々の購買力が低いから、収益性の低い製品を投入せざるを得ないし、法制度やその運用のあいまいさに加えて政情の不安定さもあり需要の予測が難しい。そもそも需要家となる海外諸国の所得の増減を日本サイドでコントロールできない以上、常に不安定さが付きまとう。

 海外諸国への資本投資は諸外国に任せ、日本はその成長の果実を得る戦略が大切だ。つまり、新興国にエサや肥料を与える役目(当該諸国の所得増加)は欧米や中国に任せ、日本は成長した果実を賞味する(付加価値の高いものを売りつける)ことに徹しろということ。いまの国内メーカーが中国やベトナムなどにせっせと資本投下しているのをのほほんと見逃してはならない。

 産業構造ビジョン2010では国内市場は成長しないものと決め付けて、やたらと海外市場の開拓を煽るが、輸出依存度が高まるほど、経常黒字の増加による円高圧力に悩まされることは自明であり、国内市場の成長(内需拡大)とのバランス調整が欠かせない。輸出を拡大するなとは言わない。それはそれで日本の成長の源泉のひとつであることは疑いない。ただし、重要なことは、内需あっての輸出であることを忘れてはならないということだ。内需が成長しないことには、多くの企業が売上を減らし、多くの国民が所得低下や就業機会の喪失に見舞われる。これは人心の荒廃をもたらし国力の低下に直結する。マスコミが成長モデルとして持ち上げる“韓国”がいい例だ。今回の提言でも、韓国は財閥企業の過剰な多角化を是正して産業を大集約し収益力の高い企業を生み出したと手放しで褒めちぎっているが、これは大企業による市場独占を認めろということと同意義で、韓国企業の収益力が高いのは、単に財閥企業の市場支配が進んでいる(企業形態としては後退している)のと、従業員への人件費を過度に抑え込んでいるだけだろう。日頃は、独占禁止法を振りかざす公正取引委員会を持ち上げるくせに、こんな提言をするとは、どういう風の吹き回しか。

 日本国内企業の収益が低いのは無駄な競争を強いられているだけだから、カルテルを一定程度認めてあげればよい。また、国内需要回復や就業機会増加のため、国内企業の自分勝手な海外進出を規制すべきだ。

 一部の輸出企業に富が集中するといういびつな状態の韓国では、当然国内の需要は停滞し雇用状況も厳しい。公式ベースで3%台の失業率も実態は12-13%と言われ、特に若者の就職事情は日本以上に過酷なものと聞く。大ヒットした韓国映画の「漢江の怪物」でも漢江に現れた怪物との死闘を描く一方で、主人公の親兄姉達が直面する厳しい韓国の就職事情が皮肉交じりに描かれている。

 国内市場が伸びず就職事情も厳しい(おまけに兵役まである)ために、韓国の若者、特にスポーツ選手の海外流出が増える。プロゴルフやアイススケート、サッカー、野球など各分野で活躍する韓国選手は数多い。日本では羨望を含めて彼らを褒め称える一方で、日本の若者はだらしないと自らを省みずに批判する。だが、それは本当に正しいことだろうか。彼らは国内に活躍の場がない(=カネを出してくれる市場がない)から、海外に行かざるを得ないだけで、グローバルに活躍するといえば聞こえはよいが、単純に言えば母国が貧乏だからという事実の裏返しなのだ。

 せっかく、国内で優秀な人材を育てても、彼らに与える報酬を出す力がなければ、海外に流出してしまい何の利益にもならない。学力試験でトップクラスの秋田県のこども達が、県内に有力な大学も就職口もないために東京に出て行かざるを得ないのと同じことだ。日本では、それを世界に羽ばたく的な評価をするが、単に成長させた果実を横取りされたということだろう。

 この産業構造ビジョン2010は、サプライサイド成長の幻想に囚われ、企業のワガママを看過するもので、いかにも“口だけ省庁”の経済産業省が考えそうな寝言といえる。

2010年6月 2日 (水)

派手な割には中身がない

 鳩山総理辞任のニュースには特に関心もないので、別の話題をひとつ。

 今朝の朝刊に、経済産業省が発表した「産業構造ビジョン2010」の記事が掲載された。これは、自動車・機械・電気など既往の主力産業から①インフラ関連②環境・エネルギー③医療・健康・介護・子育て④文化産業⑤先端分野の5分野へ産業構造の転換を図ろうとするもので、2020年までに5分野で140兆円以上の市場を創出し、257万人の雇用増を目指そうというもの。内容を見ると、内需拡大には日本全体のパイの拡大が必要、日本の輸出依存度は低い等といった分析や港湾への集中投資等の提言は評価できるが、外国人材の受け入れ不足、アジア経済との一体化、法人税の引下げ、海外や国内資金をリスクマネーに誘導せよなど、日経新聞まがいの青臭い提言が目立つ。

 140兆円もの市場を市場を創出するとなれば、基盤整備のための呼び水として少なくとも50兆円くらいの政府支出が欠かせないと思うが、肝心のこの部分には一切触れられていない。元々、経済産業省はこの手のよく言えば“提言”が好きな省庁なのだが、一見、マクロ的視点のように見せかけながら、その実ミクロ的な施策しか打ち出せていない。成長が見込める産業分野に資源を集中投資して、次代を担う基幹産業を育成するといった大目標を掲げながら、肝心の財政支出に触れないようでは、まさに絵に描いたもちに過ぎない。産業の成長は、技術革新のみで達成されるものではなく、需要(=所得や資金の供給)があって初めて実現されるのだ。どんなに良いものを作っても、それを購入する人がいなければ、単なるごみに過ぎない。需要(消費)は所得や売上の内数なのだから、需要を拡大させるには企業や家計に流入する資金の流れを安定化させ、拡大させていくことが必要なのは当たり前のこと。それを、日本の財政状況は限界だから、海外からリスクマネーを取り込めなどというのは全く寝ぼけた意見であって、積極的な財政支出により雇用や事業機会のパイを拡大させることができれば、元来潤沢だが凍結状態にある国内の莫大な金融資産や海外向け資産を氷解させ、国内市場へのマネー供給にも純分に対応できるだろう。

 日本全体のパイの拡大が必要と的を得た提言をする一方で、外国人労働者の受け入れや労働市場の流動化など国内労働者(=消費者)の所得や雇用の不安定化を招き内需拡大に反するような提言を平気で行っているようでは、経済官庁を自認する省として不勉強であろう。まあ、ホンネは、日頃から仲良しの経団連や日経新聞の代弁者として、法人税の引下げ、労働市場の流動化、海外への労働市場開放を盛り込めればよいということだろうから、殆ど期待はしていない。

 経済産業省という省庁は、コンテンツビジネス、スマートグリッドなど、いわゆる官庁カタカナ用語を創り出すのを得意にしている(鼻に掛けている)が、出てくる施策の質が軽い(流行りものにすぐ飛びつく)。その割には、助成金の要件が細かくて使い物ならないとも聞く。最近も、地域資源だ、農商工連携だなどとキーワードを次々と変えては、さも新しい施策のように装っているが、その中身はどれも同じ(研究費や展示会出展費、専門家派遣費など)で、事業用途の経費(操業に転用できる機械類など)は使えないなど利用者にとって極めて自由度が低いものだそうだ。つまり、店の“のれん”が「違うだけで、出てくる料理はいつも「B定食」という具合だ。

 省庁の名称に“経済”を冠する以上、マクロ的な視点からみた経済運営を提言するような意識改革が必要ではないか。

 

審議時間が短すぎる?

 先日、郵政関連法案が衆議院を通過したことを受けて、自民党やマスコミから大きな反発があった。小泉(アホ)政権時代の郵政改革(実際は改悪)の折には、100時間を越える審議を重ねたうえに選挙で国民に信を問うたのに、今回は審議時間6時間程度で採決するとは乱暴だというもの。

 相変わらず民営化の名を借りた郵政改悪への反省がない。そもそも、“民営化”そのものを頭から是と信じ込む者と民営化のメリットに大きな疑問を持つ者とが何時間論議をしても結論などでない。また、強行採決云々に関しては、自民党に他者を批判できるいわれはないはずだ。

 郵政民営化を否定されるのがイヤなら、民営化のメリットを具体的に検証すべきだが、実際にそんなものはない。せいぜい、何箇所かで行われたコンビニの併設(幼稚すぎる)や投信などのリスク商品の販売くらいが、民営化の“効果”なのだろう。事業ごとの分社化によるデメリットの方が大きいのは明らかで、職員のノルマが馬鹿げたレベルまできつくなっている。そもそも、国営時代の郵政事業を、国民は頼りにしこそすれ、大きな不満はなかったはずだから、民営化論議をすること自体が馬鹿げた話であった。小泉政権を媒体にしたマスコミの民営化路線推進という幼稚な議論に乗せられた多くの国民のアタマのレベルを疑いたくなる。

 ところで、審議時間の話となると、先日の事業仕分けでも同じような議論があった。仕分けされる側(省庁や独行など)が、議論の時間が1時間程度では短すぎると主張するのに対して、仕分け人やマスコミなどは、1時間で十分、それで事業の意義を説明できないようなら不要な事業だ…とえらそうに言っていた。これまで、ものによっては数十年にわたり営々と続けられてきた事業をたったの1時間で評価することなどできないのに、最初から予算削減と結論の決まった“査問会”に呼びつけられるのは気の毒なこと。おまけに、その査問会は法的根拠もない政治的なパフォーマンスなのに。

 自分にとって都合のよいことは論議や審議時間が短くてもよいと主張し、意に沿わない結果になった途端に議論が足りないと主張するのは、小学生並みのわがままさというべきだろう。

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