無料ブログはココログ

リンク集

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

2010年11月18日 (木)

永山基準に逃げ込むな

 先日、東京・歌舞伎町のマージャン店経営者ら2人を殺害したなどして殺人や強盗殺人などの罪に問われたケースで、裁判員制度として初の死刑判決が下された。本来なら、これが2例目になったはずだ。
 既に報道されたとおり、東京で耳かき店店員ら2人が、ストーカー行為をしていた被告に殺害された事件に対して、無期懲役という理不尽な判決が下されただけでなく、何故か検察も控訴を断念してしまった。被害者の親族のお気持ちや無念さ、被告への憤りを考えると、はらわたが煮えくり返る思いだ。
 この事件では、一方的にストーカー行為をして被害者の女性に付きまとった挙句に、何の罪もない家族まで殺害するという残虐な事件だったにもかかわらず、被告が反省している、(刃物を持っていたのに)計画性がないなどといった点に加えて、裁判員制度初の死刑判決か…とバカなマスコミが騒いだせいもあり、裁判員に余計なプレッシャーがかかってしまったようだ。それに、あってはならぬことだが、風俗店に近い接客店に勤務していた被害者を蔑視するような見方もあったのではないか。被害者に目立った落ち度はなく、2人も殺害されたことから、当然死刑判決が出ると予想されたが、裁判所やマスコミがお決まりの“永山基準”を持ち出して死刑判決を回避させるような雰囲気を作ってしまい、裁判員も急に人を裁く重さなどといった耳触りのよいフレーズを口にするようになってしまった。
 人を裁く重さ、命の重さなどといった美しいフレーズは、被害者とその家族にこそ向けられるべきで、理不尽に人を殺害した被告とは無縁の言葉であろう。命の重さとは、通常の社会の構成員(普通に暮らしてる人々)にのみ許されるもので、犯罪者のそれは、当然数段低く見るべきだ。反省をしている、計画性がなかった、心神耗弱状態であったなどといたチンケな理由で減刑してはならない。人を殺して反省するのは当然のことで、計画性の有無や心神耗弱などは殺人という重大な結果を招いたことを何ら軽減するものではないからだ。
 被害者とて漫然と生きながらえてきた訳ではなく、幼い頃から親や周囲の人々が愛情をかけ、期待を込めて育ててきたのだ。その積み重なった大切な重みを、踏み躙る行為は到底許されるものではない。ましてや、被害者側に重大な落ち度でもない限り、被告の心の闇とか、親の愛情が不足していたなどといった言い訳は考慮する必要がない。刑法第199条の条文に沿って、粛々と死刑から順に検討すべきである。
 そもそも裁判員制度は、判決の量刑が検察の求刑の7~8掛けになる司法相場や被告の反省・計画性・心理状態・成長過程など被告側の事情ばかりを考慮する裁判のあり方など、いわゆる司法業界の馴れ合いを廃して、司法の場に一般市民の良識を持ち込もうという考えで始めたのではないか。ならば、永山基準などといった死刑判決を回避するための言い訳に過ぎない内部規定を過度に神聖視するのはおかしいのではないか。永山基準は、あくまで永山事件という個別の事案にのみ適用されるべきもので、それを金科玉条の如く崇拝してはならない。これでは刑法の上に、永山基準という屋上屋を架してしまうことになる。
 身近な人が殺害されれば、遺族が憤るのは当然のことである。その応報感情を司法はしっかりと受け止めるべきだ。裁判官も裁判員も、いたずらに被告の立場を重んじるマスコミの騒ぎに耳を貸す必要はない。自らの良識に則り常識的な判断をすれば、社会が納得する真っ当な結論に至るはずだ。
 

2010年11月 9日 (火)

たかり屋の逆ギレ

 海外企業との競争力強化をお題目に経済界(経団連)と経済産業省から、法人実効税率を5%引下げるよう政府に対して強い要望が上がっている。

 これに対して財務省サイドが、政府税制調査会を通じて代替財源としてナフサ免税の縮小や研究開発減税の廃止を強く求め、これに反発した経団連の米倉会長が、「課税ベースを拡大するのなら法人税減税はもう結構ですと言わざるを得ない」と逆ギレしたことが今朝のニュースで報じられた。

 財務省のHPから抜粋した資料によると、各国の大企業の法人所得課税実効税率(国税+地方税)は、日本40.69%、アメリカ40.75%、フランス33.3%に対して、ドイツ29.41%、イギリス28%、中国25%、韓国24.2%となっており(各国の税法に細かな違いがあり一概に比較はできないが)、成長著しい中国や韓国企業はおろか欧州諸国と比較しても税率が高すぎ、国内企業にとって国際的な競争力の足枷になっていると主張する経済界の論拠となっている。

 よく知られているとおり、国内の法人事業所の7割は赤字企業(欠損法人)とされており、実際、国税庁のHPにある統計データでも平成20年度時点で約260万社の申告法人のうち71.5%もの企業が欠損法人とされている。つまり、法人税を納税しているのは全体の3割にも満たない(28.5%)ということだ。データによると、平成9年の欠損法人割合が64.8%であるから、6.7ポイントも悪化していることになる。

 また、黒字企業(利益計上法人)76万社のうち、いわゆる大企業は1.6万社と2.1%に過ぎないが、その所得金額の合計は約9兆円と法人全体の所得額33兆円の27%にもなる。

 裏を返すと、法人税を5%減税しても、恩恵が及ぶのは一部の企業に限られ、たとえ減税してもそれが一次的に国内経済に与える影響は極めて限定的と言える。なぜなら、最近の企業、特に大企業は、国際競争やグローバル化だの、筋肉質の経営体質だのと屁理屈を並べて、収益を上げても社会や下請はおろか、従業員にすらそれを還流しようとしないからだ。ひところ喧伝されたトリクルダウン説なるものは企業のワガママを是認するだけの幻想に過ぎなかった。

 国税庁のデータ(給与所得者の給与階級別分布)によると、給与が400万円以下の層の全体に占める割合(男女合計)が、平成8年度には50.4%であったのに平成21年度には60.1%と10ポイント近くも上昇している。当然、400万円以上の層は49.6%から39.9%と大きく減っている。また、平均給与も平成11年の461万円から平成21年には406万円と12%も減らされている。

 一方で、当の法人税は平成10年の引下げ前の実効税率は49.98%もあったのが、前述のとおり40%近くにまで引き下げられている。加えて、この間に、金融緩和による低金利、平成15-16年の35兆円にも及ぶ為替介入による円安誘導と米国債購入による海外需要創出、労働規制緩和による人材流動化や賃金コストの圧縮、自由貿易協定などによる関税率の低下、安易な海外進出やコストカットを賛美するマスコミの世論醸成など数々の恩恵を受けながら、企業サイドは、その果実を一切社会へ還元してこなかった。それどころか、新卒採用の削減、リストラの横行、給与・手当てなどの削減、交際費の削減、無謀なノルマの強要、長時間労働の強要などもはや反社会的としか言いようがない行動を取ってきた。

 こんな恩知らずのワガママ息子に減税という小遣いを与える必要があるのか。このたかり屋は、せびりとった小遣いを友達との遊び(海外投資)には喜んで使うだろうが、決して家族のためには使おうとしないだろう。

 この時期に法人税減税を言い出すのなら、雇用の確保や給与所得の向上、生産拠点の国内回帰などに関して、経済界から念書や誓約書くらい取るべきだろう。

 そもそも、法人税の課税対象になる税引き前利益は、全産業の平均値でも売上高の1-3%程度に過ぎない。これに掛かる税率を5%くらい下げたところで大した効果はない。その程度のことに血道を上げるより、企業活動の源泉ともいえる売上を増加させることにこそ注力すべきだろう。それには内需の拡大が最も早道であり、長期かつ大規模な財政・金融政策が欠かせないが、構造改革教の熱心な信者である経済界の連中は、この簡単な理屈を受け入れようとしない。

 苦労を克服した末の成功物語(苦労を押し付けられるのはたいてい従業員や下請なのだが…)が大好きな連中は、財政支出や金融緩和による好況期創出を嫌う。努力もしないでゾンビ企業が生き残るのはけしからんという理屈だろうが、長引くデフレ不況の克服という結果こそが重要なのであって、財政支出するくらいなら落ちぶれたほうがマシなどと手段の善し悪しに拘泥して結果を失うのは本末転倒だろう。ゾンビ企業だって、売上さえ確保されれば、立派に消費主体としての役割を果たせる。

 景気回復の手段として、財政負担を伴う内需拡大を忌避し、ひたすら外需の開拓を求める最近の論調も同じ過ちを犯していると言える。その外需とて当該国家の財政負担を源泉としていることに気付かないのだろうか。為替切り下げなど通貨安競走が盛んになると、あちこちから近隣窮乏策だと批判の声が上がるが、近隣窮乏という意味なら外需頼みの経済運営とて同じことではないか。

2010年11月 4日 (木)

テレビみてる?

 2010年のアメリカ中間選挙は、オバマ政権を支える民主党が敗北を喫し、上下両院で議席を減らし、下院では共和党に過半数を制される結果になった。選挙の結果云々に関しては、多くのメディアやブログで採り上げられているので、ここでは言及しない。(あいかわらず開票作業がトロくさいのには呆れるが…)

 ただ、マスコミ各社が言う“歴史的敗北”というのは、かなりオーバーな表現で、最近の例を挙げると、ブッシュ政権2期目の中間選挙でブッシュ政権の率いる共和党がイラク戦争の批判を受けて文字どおり大敗し、上下両院で過半数割れしたのは記憶に新しい。それでも、ムダに大統領の権限が強いアメリカでは民主党の政策が反映された様子はなく、小中学生並の知識レベルしかない世襲大統領が悠々と任期を全うしたことを考えると、今回上院で過半数を死守した民主党の政権運営がさほど揺らぐとは思えない。

 それよりも今回の選挙結果を受けて改めて実感したのは、前々回のブログでも言及したが、欧米もすっかり日本病に罹ってしまっているということだ。

 前政権の失敗に起因するリーマンショックから立ち直るべく大規模な財政金融政策を実行しようとするオバマ政権に対して、「ティーパーティー」なる市民連合(小さな政府を妄信する気持ち悪い狂信者)が掲げる財政支出削減や小さな政府論が多数の支持を受けたことが共和党の勝因と報じられている。これは、バブル崩壊後による不況対策として大規模な財政政策を行った小渕政権による経済運営を否定して(間の森政権は省略…)熱狂的な支持を集めて小泉政権による郵政選挙と同じ構図だ。

 資産バブルの崩壊により経済全体が落ち込み、それをカバーしようとして財政金融政策が発動されるが、一時的に膨れ上がる国債残高に神経質なマスコミや小さな政府・構造改革・規制緩和を狂信的に信奉する層(社会的地位の上辺・下辺に偏っているが)から強い批判を受け、いつの間にかそれが公務員改革やムダの排除など違う論理にすり替えられて、国の債務を自分の債務と勘違いしたり、公務員に嫉妬する多くの国民からいつの間にか熱狂的な支持を受けて、実力以上のパワーを発揮してしまう。

 国民も、政府の無駄遣いに歯止めを掛けたと、しばらくは自らの選択に陶酔できるが、やがて、それが自分の収入を減らすことや職そのものを失うことにつながることに嫌でも気付かされるだろう。

 大手新聞の解説記事によると、アメリカ国民は、大きな政府路線で膨れる債務や将来の増税を危惧してアメリカの未来を危ぶんだ結果、共和党を勝たせる選択をしたということだ。だが、筆者は、大局的な判断ができずに大きな選択ミスをした当のアメリカ国民の未来をこそ危ぶんでいる。アメリカ国民は、本当に“まずいタイミング”で“熱狂的な信念”を持って“大変愚かな選択”をしてしまったと思う。

 アメリカ(欧米諸国も)は、一体この20年にも及ぶ日本の苦境をどう分析してきたのだろうか。流動性の罠にはまって、いまだにデフレ不況からの脱却できずにいる日本の後を欧米諸国が見事なまでにトレースしている。日本が残してきた間違いだらけの答案を見て、彼らも同じ答えを書き込もうとしている様は滑稽だが、一面では、世界の超大国や欧州の先進諸国の国民のレベルも日本と対して変わらないことに妙な安堵感も覚える。偉そうにしているが、欧米諸国のレベルもしょせんこの程度かと。

 日頃、マスコミ嫌いを公言する筆者だが、日本という反面教師がありながら、あまりに同じような失敗をする欧米諸国の国民に聞いてみたい、「アメリカ人って、テレビのニュースを見てないの?(+新聞を読まないの?)」と…。

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31