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2011年9月

2011年9月22日 (木)

国家を企業や家計になぞらえる愚行

  政権が代わり、またもや復興増税が現実味を帯びている。

  野田総理は、以前から財務省の傀儡として知られており、復興増税を唱えること自体に違和感はない。こういった動きに対して、財政再建に強いシンパシーを持つマスコミやエコノミスト等からは、“将来世代にツケ送りをするな”とか“政権党としての責任を果たせ”とか“世界的に財政規律への要求が高まっている”とかいった誤ったエールが盛んに送られるなど、増税やむなしとの世論形成が進んでいる。

  復興増税約11兆円(たった11兆円で間に合うのか?)の財源として、批判の強い消費税増税を避けて、法人税や所得税の増税で逃げを打とうとしているようだが、復興財源に増税を充てても、それは単なる企業・家計から政府への所得移転に過ぎず、経済成長には何ら積極的な役割を果たせないのは常識だ。こんな見当違いの手法では、デフレ脱却や復興に必要な名目GDPを成長させることなどできるはずがない。

  個人的な考えでは、法人税の増税には積極的に反対する気はないが、このタイミングでの実施が適切かと問われると、やはり『否』と回答すべきだろう。なぜなら、今後数年にもわたり増税を続けるとなれば、ただでさえ東日本大震災後から現在までダラダラと続く消費手控えムードの影響で停滞している企業や家計の消費・投資マインドを一層冷やすことになるからだ。

  小泉(アホ)政権以降10年間にわたり続けられた金融政策頼みの経済運営が、実体経済の押し上げ(=名目GDPの成長)に大した効果をもたらさなかったのは、金融政策の実施規模自体が小さ過ぎたこともあるが、何よりも緊縮的な財政運営、つまり積極的な財政政策がなされていなかったことに尽きる。

  金融政策により借りるカネ(融資)や運用すべきカネは世に溢れたが、それを積極的に活用しようとする借り手の数が少なすぎたため、投資や消費を活発化させることはできなかった。長引く不況の影響で、企業(一部を除く)や家計の消費や投資マインドは冷え切っており、ビジネス環境は非常に苛酷な状態にある。こんな状態でいくらカネを貸そうとしても借り手は現れない。ビジネスの成功確率が限りなくゼロに近い状況下で、企業経営者が、返せる当てのない借金を抱えたくないと考えるのは当然のこと。

  金融政策を実のあるものにしようとする、つまり、民間の投資マインドを喚起しようとするならば、カネの借り手を必死に探すよりも、その借り手が行うビジネスに対価を支払う消費主体(企業や家計)の財布の中身を増やしてやるのが先決だろう。日本のGDPの主たる構成要素は殆どが個人消費や設備投資、政府支出などの国内需要で占められているのだから、その財布の中身に入るべき通貨は当然『円』であろう。だとすれば、企業や家計の財布を豊かにするような適切な財政政策を成しうるのは、通貨発行権を持ち、財政・金融政策の実施主体となりうる政府以外に考えられない。

  そもそも政府が果たすべき重要な役割は、実体経済において企業や家計等の経済主体間で行われる生産物やサービス、財の取引量とその媒介に必要な通貨の流通量を調整することであり、企業や家計と一緒になって節約に励んだり、バブルを煽ったりすることではないはずだ。

  何かと批判される多額の国債残高も、こういった通貨流通量の調整の結果なのであり、管理通貨制度の本質や通貨発行権の存在に思いを巡らせば、国債残高の量を捉えてヒステリックに一喜一憂するなどバカバカしいことだ。

  国全体の生産量やサービスの供給量を把握し、その成長に合わせた通貨量を実体経済に供給することにより、需要家(企業や家計)の消費マインドを刺激し、それによって供給サイド(主に企業)の投資意欲を高水準に保つことを通じて名目GDPを成長させるような経済運営を行うのが基本である。

  デフレ時には需要不足を補うよう積極的に財政・金融政策を行い、インフレが高水位になれば緊縮的な財政・金融政策を採るという世間(企業や家計)の動きとは逆張りの経済運営を行うのが原則だ。

  売上が減っているから、家計が苦しいから財政を引き締めようなんていうそこらの経営者や主婦感覚レベルの幼稚な経済運営をやられては、永遠にデフレから脱却することはない。

  冒頭の復興増税に関しても同じことが言える。日本は財政事情が厳しいからと、世間の流れに同調して増税するような愚かな選択をすれば、早晩、一層のデフレ圧力となって日本経済の足を引っ張ることは自明のことだ。

  いい加減に、政府の役割を企業や家計レベルに矮小化して論じることの愚かさに気付かないと、大震災よりも大きな経済的厄災に悩まされることになろう。

2011年9月10日 (土)

反原発を隠れ蓑にした現実逃避

 東日本大震災の発生直後に日本中を覆った東北復興への熱い気持ちはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。
  “がんばろう東北”とか“負けるな東北”なんて声高に連呼していたかと思えば、一方で、福島県の災害廃棄物(がれき)処理や陸前高田市の薪の大文字焼き問題では、川崎市民や京都市民、成田市民の一部の者から、およそ感情のある人間のものとは思えないようなキチガイじみた反対意見が湧き起こり、せっかくの善意を無駄にする結果になった。
 そして、ここのところ、またもや同じような不快な出来事が立て続けに起こっている。
  昨日のニュースによると、東北の野菜や牛肉を放射能まみれ呼ばわりして全て廃棄しろと暴言を吐いた幼稚な大学教授に対して一関市長が抗議したが、それをかばうどころか非難する意見が多数上がったようだし、福島県の応援ショップ出店計画に対して一部の福岡市民から福島県から来るトラックの放射能汚染が心配だという幼稚園児並みのアホな反対意見により出店が見合わされるという情けない話もあった。
今日は今日とて、福島第一原発周辺を視察した経済産業大臣が周辺町村を死の町呼ばわりしたり、防災服を報道陣になすりつけて放射能をつけたぞとふざけたりしたとの報道があり、この程度のバカに大臣の椅子を与える現政権のレベルの低さに心底呆れるとともに強い憤りを感じている。
 本当に今の日本人の頭の中は大丈夫だろうか。福島から来るトラックが放射能に汚染され、他の地域に放射能が蔓延するなんていう幼稚な発想はどこから来るのだろうか。週刊現代やTV各局に洗脳されたのか、やたらと放射能にビビって、福島ばかりか東北一帯が放射能まみれになっているかのような幻覚に囚われているバカが多い。ちなみに、東北自動車道の1日の通行台数は約37万台(H23/7、NEXCO東日本のデータ)にもなる。高速道路というほんの一部を切り取っただけでも、これだけ大量の車が行き来しているのが現実で、それらの車は当然県外にも大量に流出しているはずだ。福島第一原発から陸路で250㎞も離れた陸前高田の薪が放射能汚染されているなんて騒ぐような地図の読めない連中が存在するくらいだから、原発から60㎞くらいしか離れていない東北自動車道を通る車に対しても当然放射能汚染を疑ってしかるべきなのだが、不思議と東北自動車道の出入り口で放射能チェックの検問をしろなどという声は聞かれない。
 百歩(というより千万歩)譲って福島を通ったトラックなどが放射能汚染されていたとしても、すでに莫大な量の物流や物資の移動が現実に行われてしまっており、いまさら放射能云々を騒ぎ立てたところで完全に手遅れである。そんな単純なことも理解できないようなら、もう一度小学生に戻って勉強をし直した方がよい。日本の輸出企業、特に多くの中小企業が、製品を輸出したくとも輸出先から謂れのない風評被害を受けて困っている。自国の低レベルな衛生管理状態を棚に挙げて、日本製品にイチャモンを付けるなんてもってのほかなのだが、肝心の日本人が自国内の風評被害を煽っているようでは元も子もない。

 原発の問題に関して言えば、度を超した放射能恐怖症のバカバカしさもさることながら、九電や北電のやらせメール問題もまことにくだらない。電力会社が、原発に関する報道番組やシンポジウムに自社や関連企業の社員を動員して意見誘導を図ったと暇なマスコミが喜び勇んで叩いているが、一方で原発に反対する勢力のやらせには目をつぶるような偏った報道姿勢は公平さに欠けている。
 そもそも原発のシンポジウムなんて面白くもないイベントに興味を持つのは、電力会社の社員か、もしくは暇を持て余している反対派の活動家しかいない。シンポジウムに参加していたのは、やらせのための電力会社の社員ばかりではなく、原発に強く反対する団体やプロの活動家も大量に参加していたようだし、当然彼らの間では参加を呼び掛け合うこともあったろう。また、反原発論を補強し合うための意見調整も行っていたことだろう。(そうでなければ参加する意味がない) なのに、なぜ一方だけがやらせをしたと極悪人のように非難されなければならないのか。反原発派や活動家のやらせは許せても、電力会社のやらせは許せないというのは、原発への偏見に基づく誤った意見だ。
  所詮、シンポジウムなんて地元への説明会やアリバイ作りのためのイベントに過ぎないことは、参加者全員が理解しているはず。そんなところで原発推進の賛否が決まるはずもなく、双方にとって単なるガス抜きの場でしかない。つまり、やらせなんてやってもやらなくても結果は同じことなのだ。

 マスコミも政治家も国民も、いつまでも原発問題などにかまけていないで、真剣に東北の復興事業や日本全体のデフレ脱却に関心を向けるべきだ。内閣府が発表した2011年4-6月期の名目GDP成長率は前期比で▲1.5%と大きく落ち込み、これは年率換算で▲6.0%という強烈な落ち込みである。加えて、経済成長に向けたプラス材料がないばかりか、復興増税問題や円高、TPPなど経済の足を引っ張るような課題が山積している。
  将来世代に疲弊した経済状態をバトンタッチするようなツケ回しをさせないためにも、デフレからの脱却と東北の復興が一日も早く実現させ、社会基盤の整備や経済の安定的な成長につなげていくべきだ。そのために必要なのは、現政権やそれをヨイショするマスコミの連中が望むような復興増税や無駄の削減などといった逆噴射政策ではないことは自明のこと。国家的な惨事を目の前にして、構造改革だとか、財政の均衡とかいった的外れな議論をしている段階ではない。内需を長期にわたって喚起する政策を早急に実施しない限り現状は変えられない。

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