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2012年5月

2012年5月28日 (月)

引き算しかできない算盤で経済を語るな

 中国の自動車市場で日本メーカーが苦戦している。
 BMWやベンツ、フォルクスワーゲン、アウディなどのドイツ車メーカーとの競合が激化し、高級車のみならず、カムリ(トヨタ)、アコード(ホンダ)、ティアナ(日産)などのアッパーミドルクラス層でも今年4月の販売台数が前月対比で2,800台~8,900台も減少したことを受けて、1台当り20~40万円近い値引きを余儀なくされているとのことだ。
 日系自動車メーカーは、つい3か月ほど前には中国市場を高級車やアッパーミドルクラス車の有力な市場として持ち上げ、トヨタがレクサスの今年の販売目標を前年比56%増に設定するなど中国市場での大躍進を自信満々に語っていたはずだが、早くも躓いたようだ。
 また、最近では楽天やYAHOOが中国での通販事業からの撤退を発表したが、それ以前にもグーグルや大林組、NEC、東芝など国内外の名立たる企業が撤退や失敗をしている。
 中国での商慣習の違いやマーケティングの失敗、法規制や従業員教育の失敗など様々な事情や理由はあるだろう。
 ただひとつ言えることは、これこそが、新自由主義者や構造改革主義者が愛して止まない“アジアの内需”の実像だということだ。
 成長するアジアを取り込め、と意気込んでみても、その成長の源泉はアジアの新興諸国が自ら創造したものではなく、日本や欧米諸国といった先進国の中小企業や中間層に落ちるべき所得を強制的に移転させたものに過ぎない。アジアの新興諸国では、安い労働力やいい加減な労働規制を武器に先進諸国から雇用や生産拠点を吸い上げてきたが、戦後の日本のように、そこで生じた所得を国内で循環させる仕組みを今になっても創り上げることができていないし、この先も創れないままであろう。
 韓国の大統領が、自分の在籍期間中にできるだけ取るものを取っておこうと一族郎党が寄ってたかって不正蓄財をやらかす(決まって退任後に問題が発覚する)ように、アジア新興諸国の政治指導者層には、数十年先を見据えて国全体の基礎や基盤を強化して行こうとする発想が足りない。国民にもこうした短視的な思考が蔓延し、自分が生きている間にいかに他人を蹴落として儲けるかに汲々としており、富を国内に広く分配して長期的な視点から国富を蓄えて行こうとする発想がない。
 このため、彼らは永遠に外需依存の体質から抜け切れず、内需創造型の経済体制に移行することは不可能であろう。
 アジアの新興諸国は、この先もその成長の源泉を先進諸国への輸出(外需)に求め続けることになるが、一方で、財政赤字やデフレに苦しむ先進諸国では、頭のおかしな緊縮財政派の声に押されて財政政策による内需拡大への道が閉ざされ、止むを得ず成長するアジアへの輸出(外需)に活路を見出そうとしている。
 このように、互いの懐を狙い合うような、いわば押売り同士のチキンレースが続くようなら双方の市場内でますます競合が激化し、先進諸国のデフレが新興諸国に感染することになろう。それは第二次世界恐慌を招来し、後世の歴史の教科書を賑わすことになるだろう。

 さて、国会における消費税増税論議では、軽減税率の話題が出るなど増税に向けた条件闘争の域に入ったようで、反増税派が徐々に外堀を埋められつつあるのを感じる。
 増税に反対の意を表明する小沢派の動きも鈍く、また、肝心の野党第一党の姿勢もあいまいなままであり、いかに現政権の支持率が地に落ちたとはいえ、こと消費税増税に関してはマスコミや財務省の強力なバックアップがある以上、このまま押し切られる公算が強いのではないかと危惧している。
 消費税増税に関するインタビュー映像等を見ても、「子供や孫に借金を残すべきではない」とか「使いみちがキチンと納得できるものなら仕方ない」、「少子高齢化だから仕方ない」などといった定番ものから、「まずは行政の無駄遣いをなくすべきだ」といった相変わらずの勘違いものまで様々だが、増税やデフレがもたらす弊害を甘く見ている意見がほとんどだ。
 彼らは、マスコミの洗脳により日本が財政破綻寸前だと信じ込み、デフレによって自らの収入が減っていることや息子や娘の就職口が無くなっていることに気付こうとしない。
 景気が悪いのは、日本が借金大国だからだとか官僚が無駄遣いするから、あるいは、公共事業のやり過ぎのせいだなどと本気で信じ込んでいる。
 彼らに景気対策の処方箋を尋ねると、行政の無駄を省けとか既得権益に切り込め、TPPに参加して国を開け、積極的に海外市場を開拓しろ、人件費の安い外国人を使え、労働規制を緩和しろなどといった支離滅裂なものから、大阪の中学生市長を総理大臣にしろといった類のものまで役に立たない提案ばかりが出てくる。
 こういった国民経済の成長にとって逆噴射的な意見が噴出する要因として、長引くデフレ不況により、国民が足し算の発想をする習慣を忘れてしまっていることが挙げられる。
 今日より明日の生活を良くしたいという当たり前の発想が贅沢だと否定され、なんとか生活レベルを現状維持しよう、あるいは、悪化する速度を少しでも緩めようとすることに汲々とさせられる状態では、投資よりも貯蓄が、支出よりも削減が、向上よりも我慢が、発展よりも維持・縮小が優先される。
 だが、財政問題とか少子高齢化とかいった逃げ口上を盾に、そういった引き算の発想に逃げ込んでいては、徐々に合わせるべき“身の丈“は小さくなり、やがて身につけることもできなくなるだろう。
 冒頭の自動車メーカーの事例を挙げるまでもなく、外需の開拓などは国民経済(GDP)の向上にとって本筋の議論ではない。そんなものはあくまでプラスアルファの範疇に過ぎない。
 国民経済を成長させ、国民一人一人の生活向上を実現しようとするのなら、堂々と内需の拡大を目指し、それに必要な財政金融政策を着実に実行すべきである。

2012年5月 1日 (火)

バラマキをバカにするなら、それ以上の成果を上げてみろ

 「既得権益を打破して社会の構造や在り方を変え、ムダを省いて成長分野に資金を配分してお金の流れを良くする必要がある」
 新自由主義や構造改革に浮かれた夢追い人にデフレ脱却の処方箋を尋ねると、いまだにこんな幼稚な答えが返ってくる。
 この手の世迷いごとは、TVや新聞、雑誌のインタビューや寄稿、識者とされる人のブログなどあらゆるところに溢れ返っており、経済のことを身の回りの半径3mの範囲でしか考えない読者や視聴者をあっという間に洗脳してしまう。

 彼らは、多額の借金を抱える日本では国内の資金(カネ)量をむやみに増やすことはできず、必要なら輸出を促進して海外から補充するしかないという不思議な発想を前提にしている。
 ニクソンショックに端を発する管理通貨制度が始まって40年以上経つのに、いまだに国家の財政政策を家計簿と同一視する“主婦感覚”から抜け切れないせいか、成長セクターへの投資資金の原資をなぜか無駄の削減に求めようとする。なにかといえば、バカの一つ覚えのように公共事業や外郭団体の削減とか公務員の給与削減を叫び、結果として消費や投資をシュリンクさせデフレを助長してしまうのだが、自らを旧悪を退治する改革者に模して悦に入っているから手に負えない。
 この手の愚か者は、公共事業がムダだとか、公務員が怠け者だと狭い料簡で決めつけるが、そこに投じる資金の行く先が全て民間事業者であることに思いを馳せることはない。公共事業にぶら下がる数多の民間事業者にしてみれば、川上から流れてくる仕事を堰き止められたようなものであり、たまったものではない。
 では、彼らの言を借りて成長セクターに資金を廻したとして、果たして経済成長を実現できるだろうか。例えば、新エネルギーの開発に莫大な資金を投じた場合に、先ずは官民を問わず出資が活発になり関連する研究開発が促進され設備投資も行われるだろう。
 だが、その結果、飛躍的に増大したエネルギー供給能力を一体誰が受けとめられるのだろうか。また、限定された産業分野に資金を集中的に投じれば、ビジネスチャンスを求めて多くの事業者の参入を誘発することになり勝者なき競合が生まれることになる。
 そこに残されるのは、膨大な供給力と縮小する需要とのアンバランスによるデフレ促進や競争合戦による死屍累々のみであり、最期は外国資本に安値が買い漁られるのが関の山だ。まさに、第二のエルピーダメモリーを生むだけの結果になろう。

 Aを削ってその分をBに廻そうとすれば、Aから不満が噴出するだけでなく、Bに群がる参入業者間の不毛な競争を煽るだけで資金が循環する範囲も限定されるため大した経済効果を生むことはない。改革者を気取って世の中を掻き回すような迷惑行為に手を染めなくても、財政政策や金融政策をフル稼働させAだけでなくBにもふんだんに資金を供給してやればよいだけだ。
 強者だけを富ませても経済成長することはできない。

 そもそも、やたらと改革を叫ぶ単細胞な人は、何でも自分基準で考えてしまうから上手くいかない。
 彼らの目に映る他人は、たいがいが変革を嫌う怠け者か時代遅れのお荷物の何れかであるようだが、その落ちこぼれ連中の中から自分基準のハードルをクリアできるものだけが生き残ればよいというのが彼らの思考の原点だ。だからこそ、大阪の中学生市長や現政権の素人財務大臣のように、自分のことはさておき、他人を見る目は異様なほど厳しく冷たいものになる。
 橋本政権における行政改革や小泉バカ政権における構造改革を通じて、こういったバカげた思考に基づく社会実験をわがもの顔で実行した結果、企業の業績や雇用の不安定化や自殺者の大幅な増加、技術者や生産拠点の海外流出、リストラ合戦による社会の不安定化、地域経済の疲弊など失政のオンパレードである。

 一国の政策を考えるときに、重要なのは目線を国民の最頻値(統計値におけるモード)に合わせることである。合わせるべき目線のレベルは平均値でも中央値(メジアン)でもなく、ましてや世間知らずの改革者気取りが他人に強いるようなやたらと高すぎるレベルでもない。
 自分の勝手な幻想に合わせて高望みしても、世間の人がついてこれないようなものでは何の意味もない。ちょっと外に出て辺りを見渡せば、マスコミや識者が言うような高邁な思想を理解し、それについてこれそうな人間なんて殆ど居そうにないことくらいすぐに判るはずだ。
 目線のレベルを最頻値に合わせ、その層を中心にできるだけ多くの国民がメリットを享受できるような施策や経済対策を打つことこそが基本になる。メリットを享受できる国民数が多ければ多いほど資金循環のサイクルが多方面かつ広範囲に広がり、それにより国内全体のインフレ期待が刺激され消費の活性化や経済成長につながるのだ。
 たった1人の成功者が10億円を独り占めするよりも、1千人の勤労世帯の給与が100万円UPするほうが景気の刺激力ははるかに高い。
 個々人が使える金額などたかが知れており、大富豪でも大邸宅や高級車(クルーザーも?)を揃えてしまえば、あとは大してカネを使うこともなくなってしまい、貯蓄や金融商品への投資など世の中的には役に立たない使いみちしか残らない。トリクルダウン理論など単なる妄想に過ぎない。

 ただでさえ、米国やユーロ諸国の経済低迷による世界的デフレ懸念、中国バブルの崩壊懸念、中国と東南アジア諸国との領土問題、朝鮮半島や中東情勢の悪化などげんなりするようなニュースばかりが世界を駆け巡っており、その都度日本経済は少なからぬ影響を被る。
 こうした外的要因によるショックをできるだけ緩和させる、あるいは、ショックへの耐性を強化するには、社会的な基盤を強化しておくことが何より重要である。
 すなわち、教育・科学技術・医療・福祉・防災・治安・消防・国防・食糧・エネルギー・物流ほか社会生活や経済を支える基礎構造を強固なものにしておくことが大切になる。
 例えば、食糧であればコメや小麦、大豆など基幹となる作物や家畜の飼料などの自給率や国内調達率を上げて行くこと、主要な作物の種子をしっかりと国内で確保するなどといった基礎固めをしておけば、外的要因によるショックへの耐性が高まるだけでなく、対応のバリエーションも増えるだろう。

 IPhoneやIPadのようなクリエイティブな製品さえあれば一国の経済が繁栄するという思い込みは、世間知らずの識者にありがちな単なる勘違いである。
 こういった一発逆転のサヨナラホームラン頼みの社会構造ではなく、人口構成の最頻値に目線を合わせ、社会基盤を形成する幅広い裾野に向けて広く厚く資金を投じることにより社会の隅々まで資金が循環することになる。
 世間では、これを“バラマキ”と呼ぶが、そんな的外れな批判を意に介する必要はない。
 広く厚くあらゆる層に資金を循環させることにより、国全体としての需要力が高まるだけでなく、需要力の発生範囲も広範囲になり様々なビジネスチャンスの素地が形成させることになるだろう。そして、そのことが新たな供給力を育成する源にもなる。

 「魅力的な商品だから売れる」のではなく、「需要家の懐が潤っているから売れる」のだ。
 商品が魅力的かどうかなんて、売れたという結果を装飾するために創られた後講釈に過ぎない。

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