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2012年8月

2012年8月23日 (木)

デフレ脱却は何も難しくはない

 読者の皆様も今夏の暑さにうんざりしていることと思うが、それ以上に一向に回復の兆しの見えないデフレ不況に対して、更にうんざりしておられることだろう。

 TVや新聞、雑誌などですっかりおなじみになった「デフレ不況」という語句だが、「デフレ」と「不況」という語句がセット化されて広く普及したのはごく最近のことだ。
 一般的に国民がイメージする不況とは「インフレ」のことを指し、野菜やガソリンの値段が高くなって生活が苦しい、大学の授業料が値上がりして困るなどといった自分の財布の中身に直結することで、世の中の景況感を判断している。
 「デフレ」とは、国全体の物価が継続的(2年以上)に下落する現象と定義されるが、呑気な国民は、デフレの恐怖が伝播する初期段階にモノの値段が安くなったことを喜び、全体的にデフレを歓迎するようなムードさえあった。
 だが、デフレにより企業業績が蝕まれポストや給与の削減、倒産による失業といった実害が自分の身に降りかかるリスクが顕在化するにつれて、ようやくデフレという言葉が不況と結びつけて語られるようになったと言える。(いまだにデフレの意味、経済への悪影響、デフレの恐怖を理解できていない人が多数を占めているが…)

 先に示した定義のとおり、デフレとは「国全体の物価」が「継続的に下落」することであり、サンマや白菜の値段が上がったり下がったりすることを指すものではない。
 製品を作ったり、サービスを提供して収益を上げようとするのは“営利企業”の役割かつ存在意義そのものであり、できるだけ高い価格で自社の製品やサービスを提供し自らの生産性を高めたいと考えるのが一般的だ。(良質で安価な製品を届けたい、なんていうのは他社のシェアを奪い取るための一時的な方便に過ぎないはずが、いつの間にやらデフレ不況にどっぷりとはまり込み、“安価”の部分だけが独り歩きしている状態になっている。)
 だからこそ、世の中に数多ある製品や商品、サービス全体の価格が継続的に下落するということは、極めて異常な事態であり、需要の急激な収縮による需給バランスの崩壊圧力がいかに強烈なものかがよく判る。

 デフレにより相対的な物価が継続的に下落するのは、供給が需要を上回る、あるいは、需要が供給を下回るからこそ起きる現象で、簡単に言えば「購買力の不足」により引き起こされるものである。
 購買力が不足しているということは、家計や企業、団体などを問わず消費や投資主体の収入が減っている、あるいは、将来にわたり減少するという予想がなされているために消費や投資に資金を廻せない、ということだ。端的に言えば、収入が減り財布の中身が乏しくなっているということだろう。

 以前のエントリーでも示したように、デフレ放置論者の最右翼の一人でもある白川日銀総裁でさえ、需要不足がデフレの要因だと認めざるを得なくなっている。
 であれば、問題の解決は容易い。デフレを脱却するには、経済学の常識に則り、財政政策(+金融政策)を長期間にわたって実施し、国内の家計や企業の購買力を上げてやればよい。

 しかし、かようにシンプルかつ明快な解決策を頭から否定する愚か者が後を絶たない。
 この手の愚か者が吐く暴論は、マスコミを通じて世の中に吐き出され、残念ながら、広く国民の支持を受けている。まるでインチキ宗教の狂信者と同じで、信仰する構造改革教を普及させることを何より優先し、そのためには、いとも簡単に現実や既存の社会システムを否定して自分の理想に近づけようと躍起になる。彼らにとって国民経済がどうなろうと知ったことではない。
 彼らは、デフレ不況の要因が需要不足にあるとは決して考えず、あくまで供給側の問題、あるいは、構造的な問題にすり替えようとする。
 例えば、
“国内の目の肥えた消費者を満足させられるような魅力のある商品がない。”
“ガラパゴス化した国内市場に固執するあまりグローバル競争の波に対応できていない。”
“不公正な市場や不透明な商慣行のせいで適切な競争が阻害されている。”
“硬直化した雇用システムに問題がある。”
 などといった具合に、いい加減かつ的外れな理由を並べ立てる。(日経やWBSなど)
 そして、そこから導き出される解決策も、
“金融システムの見直し”、“官から民へ”、“構造改革”、“”規制緩和“、“市場開放(TPP)”、“雇用の流動化”など、まさに硬直化したものばかりで、現実を無視した下策と言える。
 最近では、彼らの主張する論点が、現実のあらゆる経済問題を上手く説明できず、その論理にことごとく矛盾が生じ、それを取り繕えなくなったために、需要不足がデフレ不況の要因であることをしぶしぶ認め始めている。

 だが、彼らもしぶといもので、デフレ不況を脱却するために最も常識的な政策ツールであるはずの財政政策を頑として容認しようとはせず、2つのイメージ戦略による反財政政策キャンペーンを展開して国民を洗脳し続けている。
 一つ目は「国債破綻懸念論」だ。
 ここでは、歴史的な低金利、100%近くが円建てかつ内国債という世界最高水準の安全性を誇る日本国債に対して、根拠なき不安を煽り国民に財政破綻をイメージさせ、社会保障費の削減や増税を認めさせるために、“国の借金は1,000兆円に上り国民一人当たり900万円もの借金を背負わされている”とか“海外投資家が一斉に国債を売り浴びせれば日本国債は大暴落する”といった類の幼稚な脅し文句が横行する。
 二つ目は「公共事業性悪論」だ。
 財政支出の増加を公共工事の増加と結びつけたうえで、「公共工事=談合、政官業の癒着、賄賂の横行、ゾンビ企業の延命」など公共事業悪玉論を徹底的に摺り込もうとする。
 実際に、この反財政政策2本柱の効果は絶大で、ほとんどの国民が毒されているといっても過言ではない。
 経済合理性を頭から無視した愚論は、市井に蔓延る薄っぺらな倫理観をくすぐるのか、これだけ長い間(二世代くらいにはなる)デフレ不況に苦しんできたはずの国民の目をいまだに曇らせ続けている。
 我慢と節約好きの国民を騙すには、これに勝る手はないのかもしれない。

 空腹が原因で倒れた人を救うには、食糧(+飲料)を与えるのが常識的かつ適切な方法だろう。
 しかし、不況だ、不況だと言いつつも、これまで我が国は、倒れた人に栄養学の本を投げ渡したり、ダイエットや過度な運動を強要したり、胃薬を渡したりした挙句に、どれも効果が出ないと知ると、最後には「胃を小さくしろ」と言い放って放置してきたのだ。
 これは、大干ばつで枯れかかったトウモロコシを囲んで、土壌を改良すべきか、肥料を改良すべきか、はたまたトラクターの性能を改良すべきかと頭を悩ませているのと同じことだ。水を与えればよいだけなのに、それだけは絶対に避けようとし、遂にはトウモロコシを枯らしてしまう。
 空腹で困っている人を助けるのに、高尚な説教など何の役にも立たない。
 無尽蔵にある食糧と水を必要なだけ与えればよいのだ。ここに点滴を打つべきとか、あそこに塗り薬を塗らないとなどと余計な心配は無用で、欲するだけ食糧や水を与えさえすれば、自然と元気を取り戻して、あとは自力で動いたり働いたりできるようになるものだ。

 余計な“邪心”さえ取り払えるのなら、不況を脱するための答えは極めてシンプルである。

2012年8月17日 (金)

行儀の悪いイヌに厳しい躾を!

 常識知らずの韓国大統領が8月10日に起こした竹島上陸問題に続き、15日には香港(実態は中国)のシーシェパードまがいの自称“活動家”による尖閣諸島上陸問題が起こり、世間は騒々しくなっている。
 いずれも日本の領土や領海への明白な不法侵入事件であり、行儀の悪い中韓両国に対して、武力行使をも排除しない毅然とした対応を取るべき事案である。
 しかも、8月9日の長崎原爆の日から15日の終戦記念日という日本国民が厳粛な気持ちで迎えるべき時期に、自国の身勝手な論理に基づき土足で他人の家に上がりこむような下品な真似をしでかした中韓両国の罪は極めて重い。

 だが、残念ながら、日本政府の対応はいつものとおり弱腰外交を決め込んでしまっている。口では、“遺憾だ”とか“事態の推移を見守りたい”、“法令に則り厳正に対処したい”などと言っているが、韓国大統領による天皇侮辱発言が出るまでは、日韓スワップ協定の破棄を「検討する」ことすらできない有様だ。
 しかも、尖閣諸島に不法侵入した馬鹿14名を逮捕したものの、国内で裁判にかけることなく、早くも強制退去手続きにトーンダウンしており、厳正なる措置を求める多くの国民をがっかりさせている。
 防衛の最前線にあるはずの防衛省も、素人目線の大臣が“竹島上陸問題は韓国内の内政問題だ”と口を滑らせた(これが政権の本音)せいか、尖閣諸島への上陸問題では、対応を海上保安庁に一任し、まるで他人事のようだ。

 また、先日のニュースで、竹島上陸問題が起こっている際中に、ある民主党議員が次期衆院選挙のため地元の盆踊りに参加し住民に愛想を振りまく様子が報じられていたし、肝心の野田首相もきっちり夏休みを満喫していたようだ。ずいぶん暢気なもので、彼らには「国会」議員としての自覚が無いようだ。
 まことに民主党政権は、国民を落胆させることにかけては天下一品の業師で右に出る者はいない。(自民党が政権に就いていたとしても、どうなったか分からないが…)
 中韓との領土問題はいまに始まったことではなく、政権党がどこになるかに係らず、こういった有事の際に対抗措置をいかに取るべきかといったオプションが常日頃から準備されているものと思っていたが、遅々として進まない制裁措置の様子を見るにつれ、どうやら、それは筆者の誇大妄想であったようだ。

 だが、一連の中韓騒動で逃げ腰外交を貫いているのは、民主党ばかりではない。
 いつもは威勢のいい維新の会もダンマリを決め込み、いそいそと自民党や民主党議員の取り込みにいそしんでいる。
 また、媚中派や媚韓派の巣窟であるマスコミの連中も、頭のおかしな活動家(ヤクザそのもの)の尖閣諸島への上陸に至る一連の行動を面白半分に放映したり、逮捕後に連行される際に吐かれた暴言をそのまま垂れ流すなど中韓の言い分ばかりを一方的に報じているし、相変わらず地上波やBS放送で学芸会レベルの韓流ドラマを朝から晩まで垂れ流し、韓国文化の普及啓発にいそしんでいる。
 そればかりか、尖閣諸島上陸問題でごたごたしている最中に、霊感商法や日本人信者の拉致問題などで悪名高い統一教会の創始者(犯罪者)が危篤だというレベルの低いニュースを敢えて流すなど、頭にカビが生えているとしか言いようがない。
 日本のバカマスコミのベクトルは、日本の国益ではなく、明らかに中韓を向いている。
 彼らは新華社通信や朝鮮日報の日本支局に成り下がったのだろうか。
 
 一方で、一連の騒動に関して韓国側の動きにも変化が見受けられる。
 以下、MSNニュースより抜粋。
 朴槿恵キャンプ本部長「李大統領の独島訪問はポピュリズム」   http://topics.jp.msn.com/world/korea/article.aspx?articleid=1295079
「セヌリ党大統領選挙候補朴槿恵(パク・クンヘ)キャンプの総括本部長である崔ギョン煥(チェ・ギョンファン)議員は16日、李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト、日本名竹島)訪問について「大統領府が一種のポピュリズムをしている」としながら「その代価は次期政府が負うのではないか」と述べた。
崔本部長は記者たちとの昼食懇談会で「あのように強く出て、解決をして交代すれば話が違うが、歴史問題が(一挙に)解決できるのか」と話し、このように批判的な立場を明らかにした。
そういいながら「国民感情解消には役に立つとしても日本では反韓感情が起き、私たちにも反日感情ができて、果たしてこの時代に国家経営や国益など国政運営に何か助けになるのか」と付け加えた。そして「朴候補も同じ立場か」という質問には「直接聞いてはいないが、常識的に考えてみればそうなのではないか」と答えた。」

 韓国内でも、大統領の愚行を単なる勇み足と冷静に受け止める層が存在するだろうし、今秋の大統領選挙を控えて政争の具にするために、あえて大統領の行動に反発する動きも出てくるだろう。
 こういった動きに乗じて韓国内の世論を上手く分断するために、日韓スワップ協定の破棄や経済制裁、ODAの停止、エネルギー制裁、工場や技術移転の制限、在日中韓人に対する在留資格制限など強気の制裁措置を矢継ぎ早に実行すべきで、これは中国に対しても同様だ。

 欧米諸国を巻き込んだ世界的なデフレ不況下において、中韓両国とも日本市場や日本の経済力を無視できないだろう。近いうちに、外交的に日本に頭を下げざるを得ない時期が必ず到来する。その時に両国から呈示される「お詫びの品」の値段の多寡は、この先日本がどれだけ毅然とした態度を取れるかによって決まることを素人政治家や外務省・防衛省の連中はしっかり自覚すべきだろう。

 国民も、反原発デモやオスプレイ導入反対デモなどといった“おままごと”にうつつを抜かしている場合ではない。
 マスコミに煽てられて救世主にでもなった気でいる愚か者、特に意気揚々とデモに参加している団塊世代の役立たずや通販生活・週刊金曜日・週刊現代など三流誌の愛読者の連中は、一刻も早く惰眠から目を覚ました方が良い。
 国土が侵略されるかどうかという極めて現実的かつ危険な事態が眼前に迫っていることを自覚し、デモの対象を中韓大使館に変更すべきだ。

2012年8月13日 (月)

俺さえよければ、全てよし

 先週は消費税増税を巡る与野党の駆け引き(予想通りの三文芝居だったが…)や増税法案の参院採決、竹島・尖閣諸島問題の勃発など、まことに目まぐるしい一週間であった

 竹島・尖閣問題などの外交問題はあまり詳しくはないが、最低限の措置として、行儀の悪い中韓に対する経済制裁や在留中韓人への締め付けを即座に行うべきだろう。
 他のブログなどで喧伝されているとおり、韓国とのスワップ協定の停止や破棄、在留資格や生活保護費支給の制限等は当然行うべきだし、邦人渡航の制限、中韓へ工場などへの進出企業に対する特別関税や技術移転の制限、中韓メーカー最終製品の購入制限等の措置を採るべきだ。また、自衛隊の艦船などの竹島や尖閣諸島近辺での巡回頻度を上げるなどの示威行動も必要だし、中韓漁民の違法操業の取り締まりを強化して拿捕件数を上げることも効果的だろう。
 また、国内向けには、公共施設の中国語表記やハングル語表記を一時的に禁じて、既存の標記上にシールを貼る措置やアニメーション制作など韓国へ業務委託している業務の放映を制限するなどといった措置も目に見える対抗策として一定の効果が期待できる。

 さて、肝心の消費税増税は、すでに報道のとおり参議院で採決されてしまったが、その前段で起こった民主党と自民党の茶番劇に多くの国民ががっかりさせられたことだろう。
 その茶番劇の最中に出てきた“衆院解散は首相の専権事項であり開催時期は明示できない”という野田首相の説明に、なぜかマスコミや自民党は納得していたようだが、これが事実なら、数か月前まで盛んに喧伝されていた「話し合い解散」とは、なんだったのだろうか。解散時期を決めるのは、話し合い解散とて同様のはずだが、その際には解散は首相の専権事項云々など口の端にも上っていなかったではないか。

 今回の増税法案採決に当たっては、デフレ不況下で増税を強行する民主党のバカっぷりもさることながら、それに同調する自民党のだらしなさを再認識させられた。
 衆院解散カードを手にしたも同然の自民党が、そのカードを切ろうともせずに、野田首相に振り回されて右往左往させられた挙句に消費増税に賛成する姿を見て、インターネットを中心に自民党に対する怨嗟の声が高まっている。(あくまでネット上の意見であり、リアルな投票行動に結びつくかどうかは不明だが…)
 参院での採決では、当の民主党からでさえ6人の造反者が出たのに、肝心の自民党から一人の造反者も出ないようでは情けない。野田首相に対して、谷垣総裁や執行部の連中から早期解散を求める声明こそ出ているが、このような無様な対応を見せつけられては、国民から政権奪取の本気度を疑われても仕方がない。
 自民党は、2010年の参院選挙の際に消費税増税を公約に掲げていたのだという言いわけも見苦しい限りだ。2年前も今も不況下にあることに変わりはなく、そういったタイミングで、成長に向けた経済政策ではなく増税を公約に掲げること自体神経が疑われる。
 そもそも、先の衆院審議の際に3党合意がなされた時点で、自公両党の政策優先度が、消費税増税>衆院解散であったことは明白だったのだが、民主党の内部分裂騒ぎを経て、参院で自公が否決に方針転換してくれるのではと期待した国民も多かったのではないか。
 2大政党(+気持ち悪い宗教政党)が揃って経済政策の素人集団であるという事実は、日本にとって最大の不幸である。

 消費税増税法案の採決を受けて、報道各社から一斉に世論調査の結果が発表された。
 共同通信の調査によると反対56%、賛成42%という結果となり、他社の調査結果を見ても概ね反対が5割程度、賛成が4割程度という結果であった。
 報道各社とも本音は消費増税推進すべしとの立場のはずだが、年収500万円世帯で年間30万円もの負担増になると報じたり、“年金暮らしで生活が厳しい”とか“子育てにお金が掛かり増税は痛い”などといった街の声を拾い、庶民の味方を気取っている。
 これまでのマスコミ報道や有識者の意見によれば、「成熟社会の日本ではモノやサービスが満ち足りており、多くの国民は本当に欲しいものがないと感じている(=だから高付加価値の商品やサービスを創り出せ)」はずだが、毎日新聞の世論調査結果によると、消費増税により暮らしに(何らかの悪い)影響があるという回答が92%に上ったということだ。
 彼らの仰せのとおり本当に欲しいものがないのなら、そもそも消費する必要がないのだから消費税が上がろうが関係ないはずだが、現実は見てのとおりだ。
 国民の身になれば、いくらでも欲しいものがあるのに、収入が伸びない、あるいは、下がっていく中で消費を我慢せざるを得ない、こんな時期の増税は困るというのが本音だろう。現実を直視せずに机上でしかものを考えられないから、こんな初歩的な勘違いが生じるのだろう。

 それにしても、この期に及んで消費税の大幅な増税に4割もの国民が賛成していることに改めて驚かされる。彼らは車や家を欲しくはないのだろうか。まさに、負け試合に敢えて守備固めをするようなバカげた経済政策に、いい大人がコロリと騙される様は滑稽を通り越して害悪でしかない。日本は財政危機だというバカマスコミや有識者の宣伝効果恐るべしといったところか。
 過去の消費税導入時や5%への増税後に、明らかに経済指標が落ち込んだ事実を無視して、愚かな社会実験を再び繰り返そうとしている。
 経済学は実証試験ができないから難しい学問だと言われるが、過去の歴史や事実を冷静に分析すれば、個々の経済政策の評価はおのずと知れる。
 内需ばかりか欧米やアジアなどの外需も同時に冷え込む最悪の状況下で、財政政策や金融政策などの大規模かつ長期的な実施という適切な打開策とは真逆の愚策を強行すれば、GDPの更なる落ち込みは避けられないだろう。
 現行の不況の要因は需要不足によるものという認識は衆目一致するところであり、端的に言えばカネ(借りるカネではなく、消費や投資に廻せるカネ)が足りないというその一点に尽きる。
 カネ不足の問題を解決するのに、カネを供給せずにどうやって解決しようというのか。カネが足りないと嘆く家計や企業からカネを吸い上げては、問題が深刻化するだけだ。そんなことは小学生でも理解できるだろう。

 今回の消費税増税は、増え続ける社会保障費の財源としての役割を期待されているようだが、高齢者人口と労働人口とのアンバランスは、既に増税などのチマチマした政策では手当てしようのない水準に達しており、不足部分の財源は国債の日銀引き受けや政府紙幣の発行などを充てるべきで、そういった施策の実施によるインフレ(どうせ大した水準にはならないだろう)への対応こそ国民経済全体で対処すべき問題だろう。

 また、マスコミ各社は、消費税増税に絡めて、自民党から提案された国土強靭化法案を引合いに出し、盛んに増税分を財源に無駄な公共事業を行おうとしていると牽制しており、これに便乗する有識者も多い。
 中には、必要な既存インフラの更新は認めるが、新規のインフラ投資は一切不要だなどと頭のおかしな極論を吐く者もいる。
 彼らは、日本の借金は最悪だ、子孫にツケを残すな、などとヒステリックに騒ぎ立てるが、自分たちが子供の頃から何気なく使ってきた社会インフラが、どのようにして整備されてきたのか考えたことはないのだろうか。ある日突然、道路やトンネル、港湾などのインフラが目の前に現れ、当然の権利と思い込んでタダで使ってきたと思っているのだろう。
 壊れかけた橋の補修はしても新規の架橋は不可という絵空事に興じていると、いずれは橋を架ける技術やノウハウが失われてしまう。だが、いざ自然災害で橋が流失した場合にどうやって対応するというのか。川渡しの人足でも置くつもりなのか。

 何のことはない。彼らは、自分たちが元気なうちだけインフラが持てばよいと考え逃げ切りを図ろうとする卑怯者なのだ。どうせ新規のインフラに投資しても、自分たちは使えず借金ばかりが残るのはバカバカしい、と単純に考えているだけだ。
 彼らには、成長とか発展といった先進国なら当たり前の思考が決定的に欠けている。
 自分たちは過去の経済発展に支えられて生活してきたくせに、次世代にはそのバトンを渡そうとせずレースから離脱しようとする怠け者だ。
 このように、最低限のインフラだけ残して隠遁生活に逃げ込もうとする厄介者のせいで、社会基盤が毀損されていくのは、まことに情けない。

 各地にある小中学校の空き教室を活用して、勉強不足の逃げ切り希望世代の連中に経済のイロハを教育する必要があるだろう。

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