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2013年6月

2013年6月23日 (日)

国民経済の成長に貢献しない企業を甘やかすな

先ごろ、自民党から7月の参議院選挙に向けた公約が発表された。

その内容を読むと、肝心の財政金融政策に関する項目が全体の1割程度に抑え込まれる一方で、残りの9割には「国際、貿易立国、TPP、法人税引き下げ、イノベーション、女性の活用、英語教育、自助・自立、行政改革」といった構造改革色の極めて強い内容が盛り込まれており、昨年末の衆議院選挙で掲げたスローガンとはすっかり別物になってしまった。

まさに小泉バカ政権時代あるいは先の民主党政権時代への先祖がえりであり、暗澹とする気持ちを拭いきれない。(評価できるのは国土強靭化と原発再稼働、中小法人の交際費課税

特例の拡充、防衛力強化くらいなもの)

 

さて、今回の公約の中に、<さあ、地域の活力を取り戻そう。>の項に、「中小企業・小規模事業者を応援」という項目があり、 そこに、

「●わが国経済の基盤である中小企業・小規模事業者を成長戦略の中核に位置づけ、技術開発、販路開拓、事業承継、商店街の多機能化等を強力に支援します。

●地域に眠る技術資源の発掘から黒字化までのプログラム制定への支援、新市場創造や海外市場獲得につながる分野の裾野産業への支援、最も資金繰りが苦しい創業当初の時期への支援を図ります。」と謳われている。

これらは、中小企業や小規模事業者の開発や事業化、販路開拓等を支援する補助制度を拡充するという意思表示だろう。

こういった施策は、経済産業省関係機関、あるいは各都道府県の予算として事業化されることになる。そして、この手の補助金を使う際のお約束事として「補助金支出対象の現地主義」がある。例えば、山形県の補助金であれば、その補助対象は山形県に所在する(もしくは山形県に進出する)企業に限られるということだ。つまり、山形県民から集めた税金を原資とする(実際は地方交付金も大きな比重を占めるのだが…)以上、そこに所在する企業のために遣うべきと発想だ。

補助金の実施に当たっては、優れた技術やビジネスプランを持つ企業を選定し、開発や販路開拓に要した経費の一部を補助金として支援するのが一般的だが、本来企業の自助努力として行うべき開発や販路開拓を行政が補助金という枠組みを用意して支援するのは、それらの取組みが事業として実を結び、地域の経済成長や雇用増加に貢献することを期待しているからだろう。つまり、補助金の見返りとして当該地域や県に経済的な波及効果を求めていると考えるのが常識だ。

 

しかし、こういった補助金の常識とは全く別次元で、国民経済に大した貢献もしていないくせにダラダラと優遇措置を受け続けている輩がいる。それが、経団連や経済同友会をはじめとする怠け者のたかり屋の連中だ。

今回の自民党の公約にも堂々と「法人税の大胆な引き下げの実行」が謳われている。そもそも、企業の約4分の3が赤字という状態で法人税率を引き下げても波及効果は殆どない。経団連の連中が法人税引き下げを要求するのは、共産党や社会党が年がら年中原発に反対するのと同じことで、季節の便りのようなものだ。そんなものは放っておけばよいのである。

 

下図に示すとおり、97年のデフレ突入期以降、時の政権は、家計に増税(+減税措置の縮小)を強いる傍らで、企業に対しては数多くの優遇施策が実施されてきたが、効果がないどころか、国民経済に何も還元されていない。

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政府や家計から様々な施しを受けておきながら、大企業を中心とするたかり屋たちは、デフレ下で雇用面で強い立場にあることをいいことに、政策の期待を裏切り続けた挙句、「まだまだ優遇措置が足りないぞ、韓国やシンガポールを見習って法人税を引き下げろ。ただでさえ高いカネを払ってわざわざ日本人を雇ってやってるんだ。文句があるなら海外に工場を移すぞ。安いカネで働いてくれる外人ならいくらでもいるぞ。財源が足りないだと?消費税でも上げて国民から絞りあげろっ!!」と政府や国民を恫喝する始末だ。

 

政府の施策や補助金を行う意味は、サポートにより業績を伸ばした支援先が、地域や国に経済的な、あるいは雇用面の波及効果をもたらすことにある。つまり、一種の乗数効果的な経済効果の創出を期待しているのだ。

しかし、こと法人税率の引き下げや雇用条件緩和といった小泉バカ改革騒ぎ以降の企業支援施策はことごとく失敗に終わったといっても過言ではない。

技術立国日本を支える成長エンジンだとおだてて、甘やかし放題に美味しいエサを与え続けたせいで、経団連や経済同友会の連中はますますツケあがり、ワガママなモンスターに変貌してしまった。あの薄汚い連中には、長期的な視野に立って従業員の雇用を維持し、技術や人材の育成に励もうとする思想が全くない。

 

日本という国のため、あるいは、日本や地域経済の成長に寄与しようとしない恩知らずにこれ以上エサを与えるべきではない。

これまでの所業を鑑みて、経団連のバカどもの言いなりになって法人税を下げるなど言語道断である。むしろ、業績と雇用条件との間に正の関係を維持しようとしない企業や国内の生産拠点を海外に移した企業には、国内から雇用の場を奪ったペナルティとして数年間に亘り特別加算税を課すべきだ。

国民の税金で創り上げたインフラや人材にタダ乗りしようとする企業を優遇するなどとんでもないことだ。

「そんなことをして、日本から優良企業が海外に逃げ出したらどうするんだ」という批判もあるだろうが、気にすることはない。

国内では偉そうにふんぞり返っていられるが、彼らには会社を丸ごと海外に移転させる度胸なんてない。言葉の通じない外人相手に得意の自慢話をしてもバカにされるのがオチだ。

百歩譲ってトヨタが海外に出て行ったとしても、残った日産やホンダが喜ぶだけの話である。

2013年6月12日 (水)

念仏やおとぎ話で経済が復活することはない

最近の株価の乱高下に絡めて、アベノミクスの第三の矢(民間投資を喚起する成長戦略)の内容やその成否が大きな話題を呼んでいる

第三の矢といっても、その中身は規制緩和や特区、投資減税といった構造改革史観に捉われた愚策ばかりなのだが、そもそもこの手の成長戦略に有識者や国民が熱中するのは、「日本には莫大な潜在需要が眠っており、これを掘り起こせば経済成長につながる」というおとぎ話が頑なに信じ込まれているからだろう。

 

この「潜在需要」という言葉にも様々な定義がある。

例を挙げると、“消費者の欲求が存在しており所得の裏付けもある需要のこと。潜在需要は顕在需要対する言葉で、なんらかの理由によってまだ現実の需要にならず眠っている需要。(流通用語辞典)”、“購買力の不足や商品情報の欠如などの理由により市場に現れてこない需要。(コトバンク)”といったものがある。

いずれも、需要に対する消費者の欲求がある点や実体経済に需要が顕在化していない点は共通しているものの、消費者の所得の裏付けの有無に関しては見解が分かれている。

前者は、所得の裏付けがあることを前提とした、あるいは、潜在需要の範囲を所得の裏付けのある消費者に限定するような考え方を取っている。一方で後者は、情報のすれ違いとともに所得の裏付けが足りないこと(=購買力の不足)を理由として定義している。

恐らく、この点こそが「潜在需要」の真の姿を理解するうえで重要なポイントになるだろう。

 

規制緩和や構造改革が日本を救うという妄言を信仰する者は、民間(企業や家計)は十分な購買力を有しているが、様々な規制や非効率な制度が邪魔をして消費者が満足するような魅力的な商品・サービスが排出されない、という前提で考えている。“日本には個人金融資産が1400兆円もある。このうち3%でも動けば40兆円の消費につながる云々…”という(大前研一が得意な)ホラ話が典型的な例だろう。

「いくら景気が悪いからと言って、財政政策なんてとんでもない。そんなものは時代遅れだ。国民を甘やかすな。どうせたんまり資産を溜め込んでいるんだから、それを使わせろっ!」というのが、彼らの本音だろう。

 

だが、個人金融資産の65.6%は50歳代以上の世代が保有(金融広報中央委員会データより)しており、既に不動産購入などの大型消費を終えた世代に活発な消費を期待することは難しい。また、三菱総研が平成22年に行った高齢者意識調査によると、自宅を改修する予定について団塊世代~80歳代のいずれの世代も「当面なし」との回答が8割以上を占め(改修予算の平均値は291万円)、貯蓄を支出に回す予定に関しては「万一の場合以外は使うべきではない」、「臨時の出費がある場合のみ使う」という回答が67割を占めており、いかにも日本人的な節約ぶりは健在である。

一方、2040歳代では、いずれも負債額が金融資産を上回っており([年代;資産/負債、平均値20歳代;248万円/383万円、30歳代;458万円/819万円、40歳代;771万円/1006万円)、借入金を抱える世帯割合も20歳代36.2%、30歳代55.9%、40歳代66.5%に上る。くどくど説明するまでもなく、収入が低位なうえに子育てや教育費、車や不動産の購入が重なる2040歳代に活発な消費を期待するのは物理的に不可能だ。

マスコミの連中は「若者の消費離れ」といった無責任な決めつけ報道を垂れ流しているが、給料は少なく(雇用も不安定)重たいローンを抱えた状態では、消費したくでもできるはずがない。若者が消費に興味を失っているのではなく、単に収入が少ないだけなのだ。

 

規制改革に熱心な連中は、日本人が持つ1400兆円の金融資産を潜在需要の裏付けだと漠然と捉えている。

だが、カネはあっても遣おうとしないケチな高齢層と遣いたくてもカネがない若年層や中年層との間で、資産や負債が極端に偏在しており、役にも立たたない規制緩和や構造改革をやったくらいで簡単に経済成長できるほど現実は甘くない。

 

所得の裏付けの有無は別として頑なに財布のひもを緩めようとしない国民が、薬のネット販売や混合医療をやったくらいで、いきなり消費を増やすはずがない。いまやド田舎でもちょっと車を飛ばせばドラックストアくらいはある(北海道の利尻島にだってドラックストアがある)のに、パソコンや携帯電話すら満足に障れない田舎の年寄りが、わざわざパソコンを買い苦労してECサイトを探してネットで薬を買うなんてあり得ない。まして都会に住む者なら、注文してから数日かかるネット販売なんて利用しない。近所にあるドラックストアやスーパーに足を運べばよいだけだ。

「薬がネットで買えるようになったのか、なんて便利なんだ、これを機にアリナミンAからEXにランクアップしよう、ついでにサロンパスでも買っとくか」という変わり者でもいない限り既存の商流との代替消費が生じるのみで何のプラス効果もない。パソコンなんて、薬よりはるか昔からネット販売しているが、その販売台数は減少の一途を辿っている。

薬をネット販売したところで、一部の不心得者に違法ドラック的な使われ方をするのがオチだろう。

楽天のバカ社長のわがままに付き合って、産業競争力会議の場でこれほどレベルの低い議論をしているのかと思うとタチの悪い頭痛がする。(一人でスピードラーニングでもやってろっ!)

 

需要とは消費であり、消費には所得の裏付けが要る。所得をもたらすには経済成長が欠かせないが、成長には実体経済に投じられる資金量を増やす必要があり、それを継続的になしえる唯一の存在は国家=政府のみだ。

長引くデフレ下で凍りついた民間活力を爆発させるには、財政政策による政府の積極的な資金供給を起爆剤とするしかない。“民間活力の爆発”なんて、口ではいくらでも言えるが、率先して消費を増やそうとする者は企業にも家計にも見当たらない。成長戦略を唱える構造改革教の信者たちも、他の誰かが消費するのを待つばかりで、自らが先鞭をつけて範を垂れる気などさらさらない。

 

そもそも、彼らが民間活力=生産・供給(≠消費・需要)だと勘違いしたままで政策論議をしているのが間違いなのだ。

日本には莫大な潜在需要があるが、魅力的な商品がないから誰も物を買おうとしない、革新的な商品を世に生み出すには競争と規制緩和しかない、という勘違いの無限ループから脱しない限り日本経済の復活はあり得ない。彼らが大好きなアップル社が魅力的な商品を発売したところで、デフレ下で所得や購買力のパイが増えない以上、代替消費が生じて他の商品が割を食うだけだ。


答えの出ない(出しようのない)問題を前に悶々と悩んでいても何も解決しない。

第二の矢である財政政策を大規模かつ長期間にわたり積極的に実行することでしか潜在需要を顕在化させることはできない。

2013年6月 5日 (水)

暗黒の時代への先祖がえり

「羊は、広い草原で放し飼いされるよりも柵に囲われて飼育される方が、ずっとストレスが少ない」という知られた例え話がある。

柵に囲われた羊は外界から遮断され一見不自由そうに見えるが、囲いや柵があるおかげで外敵から身を守ることができ、ストレスがぐっと減るそうだ。一方、草原での放し飼いは自由気ままに暮らせるように見えるが、そこに解き放たれた羊たちにとっては、常に外敵に襲われるかもしれないというストレスに晒されることになり、次第に身体が弱っていくという内容だ。

 

昨年末に政権交代を果たし、国民の大きな期待を背負って誕生した安倍内閣だが、発足当初こそ経済再生を唱えて、強力な財政・金融政策の発動を匂わせていたものの、いまやその可能性は風前の灯になりつつある。

「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略(これは余計な政策)」の三本の矢は、本来射抜くべき的を大きく外れて放たれようとしている。

第一の矢は漆塗りの立派な矢が用意され、黒田新総裁のお披露目の引き立て役として十分なアナウンス効果を得ることができ、若干足踏みはしているものの、一定レベルの株高・円安を演出した。

一方、第二の矢は、平成24年度補正予算(民主党政権時の政策の焼き直し程度のもの)を以て強制終了させられ、今後自公両党が提出する国土強靭化法案にきちんとした予算付けができるかどうかも微妙な情勢だ。

名目GDPの底上げに最も効果的な第二の矢は、党や政権内部に増殖する財務省発の構造改革主義者たちに蔑ろにされ、どうやら爪楊枝くらいの大きさに削られてしまったようだ。

その構造改革主義者や新自由主義者たちが丹精を込めて磨きを掛けているのが第三の矢である成長戦略で、矢の素材を漆塗りからプラチナや黄金製にランクアップさせるべく、忠犬(マスコミ)を使った広報活動に余念がない。

彼らが目指すのは、消費税増税・TPP・規制緩和・財政再建の4つの柱である。いずれもデフレに苦しむ国民に塗炭の苦しみを与える下策なのだが、“成長戦略”という見栄えの良い衣を纏わせ、その醜い姿を覆い隠そうとしている。

 

昨日、安倍政権の経済財政運営の基本方針である「骨太の方針(この名前が既にいかがわしいのだが…)」の骨子案がマスコミ各社から一斉に報じられた。

現段階で詳細は不明だが、骨子案の目次は次のようなものだ。

第1章 デフレ脱却と日本経済再生

・停滞の20年からの脱却と回復の10年に向けた「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「成長戦略」の三本の矢

・三本の矢を支える財政健全化の実現

・企業から家計へ、雇用と所得の増加

第2章 強い日本、強い経済、豊かな生活の実現

・グローバル化を取り込むなど成長戦略の設計

・攻めの農林水産業や中小企業の活性化などの地域再生

第3章 経済再生と財政健全化の両立

・財政健全化に向けた歳出の重点化、効率化を推進

目次を読む限り、デフレ脱却とか日本経済再生や雇用と所得の増加という文言が記されてはいるが、恐らく中身を伴うものではあるまい。むしろ、第2章や第3章に鎮座する「グローバル化、成長戦略、攻めの農林水産業、財政再建化」こそが重要なポイントとなろう。なぜなら、それらの政策は構造改革主義者たちが大好きな4つの柱そのものであり、何よりカネがかからない政策だからだ。彼らが忌み嫌う財政政策をやる必要もなく、上から目線で“内向き志向では世界から取り残されるぞ、日本人は甘えている、もっと努力しろ”と(大前研一ばりに)威張り散らしていればいいのだから、これほど楽なことはない。

 

攻めの農業とか六次産業化なんて格好をつけたところで、所詮は野菜をシンガポール人に売りつけたり、農家のオヤジが畑の横に農産物の直売所を出す程度のもので、孫に与える小遣い稼ぎレベルの取組みに過ぎない。安倍政権は、農業所得を10年で3兆円増加させると意気込んでいるが、農業市場の開放にしか興味のない政策では、その目標を達成するのは絶対に不可能だ。

 

それにしても、首相官邸、内閣府、経済財政諮問会議、日本経済再生本部、産業競争力会議の連中は、仰々しい会議に雁首揃えて出席し、いったい何をやっているのか。

骨太の方針という名前だけかと思いきや、中身も小泉バカ政権時のくだらない構造改革路線とうり二つだ。この程度の方針案など目次を見れば十分で、中身を精査する必要もなかろう。どうせ、プロローグからエピローグまで財政再建・規制緩和・構造改革(+世界に打って出ろ)のオンパレードで、〆は消費税増税とTPPできまりだろう。

そもそも、国家の成長戦略の策定作業を一部の官僚や民間議員に丸投げする政府の姿勢に疑問がある。政治主導云々と恰好の好いことばかり言っていないで、立法府、とりわけ与党議員をもっと働かせるべきだ。彼らの仕事は、国会での居眠りや街頭での演説ではあるまい。

 

冒頭の羊の例のとおり、一定の規制や障壁による適切な産業保護や競合緩和策がなければ、国内産業や家計の多くは厳しいストレスに晒され、徐々に体力を失っていくだろう。しかも、デフレは放置され、財政政策による需要創造も放棄された経済環境が続けば安値を武器とする海外企業や海外の労働者との競争に勝ち抜くことは不可能だ。

今回の骨太の方針の骨格案の内容は、羊を囲う柵を取り払うことばかりに熱心で、羊の健康を維持増進させようとする視点は皆無に近い。

 

現在、地方では、国家公務員の給与削減に引きずられて地方公務員の給与削減問題が大きな課題になっている。この件については、財務省サイドも地方交付税の削減を強行しようとしており、地方自治体も抵抗しようがない状況だ。だが、政令都市など一部を除いて、地方公務員の収入は地方経済に直結しており、地方公務員給与の削減は間違いなく地域経済の衰退をもたらすだろう。

一方で、対中国包囲網を形成すべく、安倍首相はミャンマーやアフリカ諸国を精力的に訪問し、数千億~数兆円単位の経済援助を約束した。環太平洋の北半分に、中韓鮮米露という無法者やクレーマーを抱える我が国にとって、それらの外周に友好国の輪を形成する努力が欠かせない事情は十分理解できる。その点、安倍首相の外交方針は的を得たものだと言えよう。

しかし、地方や家計に還流させる資金を削りデフレを放置したままで、グローバル化や構造改革ごっこに目を晦ましていては、多くの国民から、外交に注ぐ熱意や資力の原資は、国内経済や家計を犠牲にして得られたものだと批判されかねない。現に、千葉や名古屋、美濃加茂、小平等の市長選挙で自民党候補が相次いで敗北(候補者すら立てられないケースもある)しており、景気回復の芽すら見込めない地方の政権に対する気持ちは、期待や焦りを通り越して怨嗟に近いものがある。

構造改革を錦の御旗と勘違いして地方交付税のカットにうつつを抜かしていると、自民党は参議院選挙で手痛いしっぺ返しを喰らいかねない。

 

7月の参議院選挙では、ワタミの会長が自民党の比例代表の候補として出馬するそうだ。このバカ会長は、ブラック企業の雄として著名なワタミの創業者であるばかりか、平成23年の都知事選では民主党から推薦されていた札付きの人物だ。こんな節操のない輩を推薦するほど、いまの自民党にまともな人物はいないのだろうか。こんな体たらくだからこそ、現政権に小泉バカ政権への先祖帰りを許してしまうのだろう。

 

先の政権交代直後には、安倍内閣は、参議院選挙までは経済再生一本に絞って安全運転するという見方が強かったが、安全運転どころか、コースを外れたまま前に進もうともせず、アクセルを踏むことを忘れブレーキの練習に余念がない。また、河野談話見直しやTPPの件でも妥協を繰り返し、戦後レジームからの脱却という理想も輝きを失っている。

 

経済再生と構造改革臭のキツイ今回の骨太の方針とは、全く相容れない内容であり、両者を同じ箱に詰め込もうとすれば、必ずや経済再生の方に傷み生じるだろう。

経済再生は国民のホンネをくすぐって表面化させるのに多大な労力を伴うが、構造改革的な主張は世に溢れるタテマエを適当に吹聴していればバカマスコミが勝手に電波や誌面で拡散してくれるため一気に伝播しやすいものだ。

 

このまま、大企業が集中する首都圏や海外(+海外に進出する大手企業)ばかりに冨が流出し、地域や地方経済が置き去りにされてしまうような「逆ドーナツ現象」を放置していては、日本のデフレはますます深刻化するだろう。

世界各国の事例を検証しても、財政政策を疎かにした国に成長という果実はもたらされないことは明白だ。(下図を参照)

いまこそ、国民はデフレマインドに染まり切った周回遅れの構造改革的思考から脱却して、第二の矢の重要性を再認識すべきだろう。


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