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2013年10月

2013年10月25日 (金)

経済成長を実現できる政策に専念せよ

昨年の今頃は、民主党の野田政権(当時)が特例公債法や議員定数削減問題などで進退窮まって土俵際に追い詰められ、破れかぶれ気味の衆院解散に打って出る直前であった。

折りしも、それに先立ち行われた自民党総裁選挙において、戦前の予想では劣勢だった安倍氏が財政金融政策による本格派のデフレ脱却策を前面に押し出し勝利したことを受けて、年末の衆院選での勝利も確実視され、2013年はいよいよデフレ脱却元年になるかと大いに期待が高まっていた。

 

しかし、衆院選での政権交代実現(=民主党というゴミ政党の敗北)という喜びもつかの間、今年3月に安倍首相がTPP交渉参加を表明して以降、来春からの消費税増税決定、法人税減税や労働規制緩和など過度な法人優遇策の検討、TPP参加交渉の加速、特区を利用した規制緩和の動き、靖国神社秋の例大祭参拝見送りなど自民党の選挙公約や国民の期待を完全に無視した愚策が強引に進められようとしている。

 

昨年の総裁選挙以来、主に保守論壇の識者たちは、安倍政権に戦後レジームからの脱却に向けた政策実行を期待し、首相を強く支援してきた。

しかし、経済財政諮問会議や産業競争力会議の人選に始まる構造改革偏重気味の姿勢や春夏秋と3回連続して靖国神社の参拝問題から逃げ回っている最近の首相の体たらくを見て、多くの識者や良識ある国民はひどく落胆させられている。

 

いまや、首相は、構造改革派や新自由主義者としての本性を露わにし、先日の国会での所信表明演説でも、“成長戦略の実行”、“事業再編を進め新陳代謝を促し、新たなベンチャーの起業を応援”、“電力システム改革を断行”、“日本は「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指す”、“TPP交渉では、日本は中核的な役割を担っている”、“中長期の財政健全化目標の実現を目指す” 定数削減を含む選挙制度改革”といった妄言を連発していた。

そこには、「デフレ脱却」も「戦後レジームからの脱却」もなく、産業競争力会議の提言を棒読みしているとしか思えない内容であった。

 

今国会でも、 共産党の小池晃参院議員による「同じ復興特別税でも所得税は25年間、住民税は10年間、増税が進むのに、なぜ黒字企業しか支払わない法人税だけ増税を打ち切るのか」という質問に対して、安倍首相は「企業がやはり世界の競争のなかで勝ち残っていかなければならないという厳然たる事実がある」というピントのずれた答弁をしている。

まともな神経の持ち主なら、280兆円もの巨額の内部留保を溜め込む国内企業に、復興法人税廃止による約9千億円の追加減税措置を採ることに疑問を持つはずだ。

厳しい競争や生活環境を強いられているのは国民や中小企業であり、いくらでも下請や従業員にしわ寄せの利く大手企業ではない。

大手企業が偉そうに自慢する「グローバル競争」など、14年もの間給与所得が下がり続けているサラリーマンから見ればママゴトのようなものだ。

 

アベノミクス(第二の矢である補正予算13兆円の一部)の効果もあり、筆者の住む地域でもようやく公共工事の逼迫感が増してきたところだ。土木業者に訊くと、作業員が不足しているとか中古ダンプが値上がりした、新品ダンプのオーダーが1年待ちだ、新築マンションの需要が増加しているなどといった景気のよい話も聞こえてくるし、その流れを受けて運送業界も好調だそうだ。

しかし、現状では、受注量の増加以上に原油価格や電力料金の上昇、人手不足によるコスト増加の出足の方が早く、発注単価も頭打ちで、受注量は増えているものの全体として十分な収益を上げるには至っていない。

また、長引く不況の影響で老朽化・陳腐化した設備の更新が大幅に遅れており、受注確保の障害にもなっている。

地域の中小企業の多くは、いまの公共工事の活況を補正予算による一時的なものと見切っており、長期的な人材・設備投資に踏み切れない。彼らに、今後の優先課題を尋ねると、設備更新よりも生産等にかかるコスト削減により興味や関心を持っており、将来の見通しはいまだにネガティブなままだ。

 

かように憶病かつ弱気になっている中小企業に成長期待を植え付けるには、政府が、国土強靭化を長期的なビジョンとして打ち出し、それに則りロングタームの財政政策実行に関して強力にコミットメントすることが必要だ。

 

マスコミや大企業みたいな呑気な連中と違って、常に厳しい競争に晒されている中小企業に成長期待を抱かせるには、売上や収益という目に見える実弾を与えるが欠かせない。そして、それを金融政策や成長戦略だけで創り出すことは不可能だ。

現実的な視点から経済を捉える中小企業にとって、成長を実感できる糧になるのは、何をさておき売上や受注の確保であろう。

 

彼らにとっては、構造改革者の好む「グローバル化、自由競争、規制緩和、量的緩和、インフレターゲット」なんていう呪文は、腹を満たすのに役立たない言葉遊びに過ぎない。

先ずは、長期かつ大規模な財政政策を打ち、中小企業や家計に売上や雇用・所得という実弾を補給するのが先決だ。そういった成果を目の当たりにし、これが明日も来年も続くだろうと信じられてこそ成長期待が現実のものとなる。

 

一方、公共工事を始めとする財政政策に対して、建設業者の供給能力制約からその効果を疑問視する向きもある。

建設業者就業者数は平成23年度推計値で約497万人とピークの平成4年度比で20%減とされ(国土交通省資料)、その指摘は尤もなのだが、失業から日が浅く建設技術に関して有用なスキルを持つ人材もまだ多く残っているはずだ。

ここで政府が、国土強靭化を軸に長期的な公共事業実行ビジョンを示せば、全国の建設業者や関連事業者も積極的に人材や設備投資を行うことができる。それが新たな事業者の参入や野に埋もれた有用な人材の活用にもつながり、早晩、建設業界の人材不足問題も片が付くだろう。

また、公共工事の入札不調を問題視する指摘も多いが、これまでの馬鹿げた発注単価を早急に見直し工事の利益率を上げてやればよい。さらに、くだらぬ価格競争を防止すべく談合を認めて地域の中小建設業者の経営体力を回復させることも必要だ。

 

財政施策を忌み嫌うバカマスコミの連中は、飽きもせずに、高額のおせちが売れている、第三の矢(成長戦略)のおかげで株が上がった、株高による資産効果でデフレ脱却間近かも!とウソを撒き散らしているが、こんなものは、単に代替消費が発生しているだけか、資産効果がごく一部で露出した事象に過ぎない。

しょせん株高と言っても、今年5月以降の日経平均株価は15,000円の壁に阻まれてほとんど上昇していないし、そもそも個人金融資産の1割ほどに過ぎない株式や投信の値が少々上がったところでそれが及ぼす経済効果などたかが知れたものだ。それこそ国債でも暴落して預金金利が上がった方がはるかに高い資産効果が得られるだろう。

 

おめでたい金融緩和論者が説くように、ブタ積みされた日銀当座預金やブレークイーブンインフレ率を見てインフレ予想や成長期待を抱き投資や消費を増やす者など実際にはこの世にいない。

 

アベノミクスが唱える三本の矢は、元々、金融政策、財政政策、構造改革の三要素を無理矢理束ねたものだが、その本質は小泉構造改革(改悪)の第二幕を断行しようとしているに過ぎず、構造改革>金融政策>財政政策という序列は明確だ。

だが、競争とか規制緩和、成長戦略等といったきれいごとをいくら並べ立てても、国民や中小企業の空腹を満たすことはできない。

 

小泉バカ政権以降の構造改革ごっこにより、日本経済、とりわけ地方経済はボロボロに破壊されてしまった。

これらを治癒して次世代に負の遺産を残さぬためにも、地方交付税の増額、公共工事や公共事業の増強、公務員の増員、社会保障事業の拡充、社会保険料の国庫負担割合増加、所得税定率減税の実施、防衛予算の増額、消費増税の見送り(そんな度胸はないと思うが…)などやるべき対策は山のようにある。

 

くだらない成長戦略など1000年後にでもゆっくり検討すればよい。

本気でデフレを脱却したいのなら、金融政策がもたらす資産効果やそれを通じた景気の刺激というまだるっこしいうえに効果が極めて限定される愚策ではなく、実体経済を直接刺激し雇用や所得を迅速に生み出せる財政政策を強力に断行すべきで、金融政策は財政政策の忠実なパートナーとしてそれを支えるべきだ。

金融市場だけの見せかけの景気回復から脱皮して、本物の実体経済の成長を実現するためには、財政政策と金融政策の両輪をフル回転させることが欠かせない。

従来のインフレターゲット論者のように物価水準や失業率だけにコミットするではなく、名目GDPや勤労者の平均所得水準にまで踏み込んで、多くの国民が成長を実感できる数値目標を定めてそれらすべてにコミットすべきだろう。

2013年10月11日 (金)

聖衣を纏え!

先月末のことだが、筆者が(仕方なく)購読している地方紙に、同紙編集委員が執筆した「異聞風聞~国土強靭化より国民強靭化~」というコラムが掲載されていた。

 

コラムは、9月半ばに日本列島を縦断して各地に大きな被害をもたらした台風18号を引合いに自然災害への備えの重要性を説いているが、書き出し二段目に入るや否や「国土強靭化で列島にコンクリートの防壁を築けば安心か」と疑問を呈し始める。

この一言を目にしただけで、後段の主張は推して知るべしといったところだが、案の定、「防災に名を借りた国土強靭化という公共事業拡大では本末転倒」だと結んでいる。

要は、東日本大震災をダシに公共事業を拡大させるなどもってのほかだ、自然災害くらいで公共事業縮小の流れを変えられるなんて考えるなよ、と脅したいだけなのだろう。

オチを一言でいうと「自然災害への備えは防災教育等のソフト支援で対応すべきで、公共事業拡大につながるハード事業は絶対にダメだ」ということに尽きる。

 

コラムの概略は次のとおりだ。

・岩手県宮古市田老地区にあった万里の長城と呼ばれた巨大防潮堤をもってしても大震災の大津波を防げなかった。想定外の災害は起こるものだ。

・「釜石の奇跡(http://www.city.osaka.lg.jp/shobo_tsurumi/page/0000188706.html)」で著名な防災・危機管理アドバイザーも、国土強靭化より国民強靭化が大切だと主張している。

・当該アドバイザーは「避難の3原則」が重要と説く。すなわち、「①想定に捉われるな ②いかなる状況でも最善を尽くせ ③率先避難者たれ」というもの。釜石の奇跡は子供たちがこの3原則を実践した成果だ。(アドバイザー氏は、5名の児童・生徒が犠牲になった以上、積極的に釜石の奇跡という言葉は使いたくないと述べている)

・学校だけでなく、地域や家庭で、地域の実情に沿った防災教育を実践すべきだ。

・有名な「津波てんでんこ(津波の時には親兄弟にもかまわず、てんでんバラバラに逃げる)」は、肉親を救おうとして一家滅亡の悲劇から出た言葉だ。一人一人が自分の命に責任を持ち、家族同士が「絶対に逃げているはず」と深く信頼し合ってこそ実行できる。

・防災で大切なのは、行政への過剰依存を排し、ハザードマップを過信せず、自らサバイバルに努めよという点にある。

・災害に対し主体的に判断し行動できる個人たれ、そのために国土強靭化の前に国民強靭化が必要だ。コンクリートで100%守られるわけではないことは大震災ではっきりした。

 

コラムの書き出しと結論部分を除けば、震災発生前から東北地域で防災活動に奮闘したアドバイザー氏の努力に頭が下がる想いがするし、氏が唱える避難の3原則も的確なものだと感心する。特に、“率先避難者たれ”という言葉は、三陸地域沿岸に伝わる津波てんでんこの教えに通じるもので、命を守る大原則と言ってよい。先の震災では被災者の方々が、家族の身を案じながら、目前に迫った災害と対峙せざるをえなかったと聞くが、その不安な心境はいかばかりであったかと胸が塞がれる想いがする。

また、釜石の奇跡の功労者と称えられながらも、犠牲者のことを案じて真摯な態度を崩そうとしないアドバイザー氏の姿勢に感銘を受けている。

先の大震災では、残念ながら多くの尊い人命が失われたが、こういった市井の人々の多大且つ懸命な努力のおかげでそれを大きく上回る人命が救われたことも事実だ。

 

だが、せっかくの美談も、それを活かせないコラム執筆者の歪な思想や主張のせいで結論が捻じ曲げられた三文コラムに成り下がっている。

 

防災教育(ソフト支援)を軸とする国民強靭化と防災設備投資(ハード事業)を軸とする国土強靭化(正確にはハード事業100%という訳ではないが…)をトレードオフの関係に置いて論じること自体が間違いだ。

国民強靭化や国土強靭化の双方に共通する目的は、「国民の命を守る」という点にあり、どちらかを立てるともう一方が成り立たないというものではない。

大震災を教訓に、これから起こる災害に備えて防災教育を徹底し、防災設備や施設を整備・強化すれば、国民の命や財産をガードできる確率が飛躍的に向上するであろうことは、小学生でも理解できるだろう。

 

このことは、近年目覚ましい技術進化を遂げる自動車の安全性能やそれを支える技術革新を考えれば容易に想像がつくはずだ。

エアバッグ、衝突安全ボディ、プリクラッシュ・ セーフティ・システム、駐車支援システム、クルーズコントロール、横滑り防止装置、アンチ・ブレーキ・システム、運転支援システムなど枚挙に暇がない。挙句の果てに、自動運転システムの実用化に向けて公道上で実証実験が行われるまでに至っている。

こういった技術革新を捉まえて、“車の安全性能が上がると、運転する者が慢心して運転技術の低下を招き、かえって事故が増える”と批判するバカがいるだろうか。

 

だが、話が公共事業になると、突然、常識が通じなくなるのがマスコミや国民の愚かなところだ。震災後のTV番組で、偉そうなコメンテーターの作家が、宮古市の万里の長城(防潮堤)が破壊されたことを批判して「下手にコンクリート建造物があると住民が慢心するから、そんなものは無い方がいい」と暴言を吐いていたことを思い出した。

 

だが、実際には、建築物や構造物のおかげで数多くの住民が被災を免れている。中でも、震災の折りに住民の避難場所や避難路、救援ルートとして多くの命を救った三陸縦貫自動車道(命の道)が有名だが、このほかにも地震や津波で道路を寸断された地域住民の避難場所になった女川原発など、バカマスコミが報じないだけで、被災地には多くの人命を救った公共構造物が存在していたはずだ。

 

“防災教育さえ徹底すればコンクリートは要らない、コンクリートがあるから防災教育が疎かになる”という妄言は現実には通用しない。

筆者が住む地域でも、人口集積が少ない沿岸部をドライブすれば、目の前の道路は高波を被り、背後は高い崖や山肌が迫っているような集落をいくつも目にする。こうした場所には決まって高齢者が取り残されており、いくら効果的な防災教育を施したところで大した効果は上がらないだろう。身体の弱った年寄りに、避難を急かしたところで俊敏には動けないし、そもそも避難する場所すらないのが実情だ。

また、小さな子供が集まる施設や大規模なイベントで大人数が一度に集まっているケースでは、パニック状態になる可能性も強く、日ごろの防災教育が上手く機能する保証はどこにもない。

こうした状況では精神論などまったく役に立たない。ソフト支援の限界がここにある。

 

このコラムが主張したいのは、実は防災教育の大切さなどではない。防災対策を突破口に公共事業が復活することを嫌い、それを何としても阻止したいというのが本音なのだ。

本気で国民の命と財産を守ろうと考えるなら、ソフト面とハード面の双方を充実させることが欠かせないという常識的な結論に至るはずだ。精神論だけで命を救うことなどできない。

 

だが、コラム執筆者は、防災教育の大切さを持ち上げる一方で、防災のための公共事業を悪と決めつけ、防災教育をないがしろにしかねない邪魔なものだと主張する。

彼らにとって、土建屋と悪徳政治家を儲けさせるだけの公共事業を失くせるならば、災害で国民の命がどうなろうと知ったことではないのだろう。

 

このコラムを書いたバカは、昔の少年ジャンプのマンガみたいに、“我が身を守る聖衣(クロス)を脱ぎ捨てた時に自らの小宇宙(コスモ)が爆発し最大限のパワーが発揮される”と本気で信じ込んでるんじゃないだろうか。

 

だとすれば、マンガの読み過ぎである。

2013年10月 8日 (火)

経済成長を疑わないことがデフレ脱却の第一歩

来春からの消費税増税は、大方の見方のとおり101日に安倍総理があっさりと引き上げ容認を宣言した。

これを受けて共同通信社が行った全国緊急電話世論調査は次のような結果となった・

●内閣支持;支持63.3% 不支持24.1%

●消費税率の8%への引き上げ;賛成53.3% 反対42.9%

5兆円規模の経済対策;評価する36.1% 評価しない48.5%

●復興特別法人税の廃止;賛成23.8% 反対65.3%

●消費税率の10%への引き上げ;賛成31.0% 反対61.6%

●軽減税率の導入;した方がよい79.0% しなくてもよい15.8%

 

デフレ経済下での消費増税など非常識だ、家計の負担増加で庶民の生活が破壊されるなどと散々批判された割に、8%への引上げに過半数が賛意を示し、内閣支持率は半月前の調査よりわずかだが上昇(+1.5%ポイント)している。(内閣支持率と8%への引上げ以外の項目は、かなり世間の実感や実態を反映しているようだが…)

筆者の周囲では税率引上げに賛同する変わり者は12割ほどしかおらず、この結果にはかなり違和感を覚えている。まあ、積極的に賛成というより、“国の借金が大変だ、社会保障費が足りない、国債金利が上昇してしまう”といった財務省の脅し文句が奏功し、多くの国民が諦めムードになったのだろうと理解している。

 

調査結果をまとめると「民主党は全然ダメだったんで当面は現政権を支持する。国の借金も大変だし、社会保障費も増えるから8%までの増税は仕方ない。でも、これ以上の負担はゴメンだよ。」といったところか。

だが、そんな甘い態度で政府の暴走を見過ごし譲歩を続けていると、気付かないうちに取り返しのつかないデフレ地獄へ引きずり込まれてしまう。

 

今回の増税の大義名分のひとつに、毎年1兆円ずつ増加する社会保障費の問題が挙げられる。しかし、1兆円の財源が不足すると煽りまくっておきながら、復興特別法人税の前倒し廃止による9千億円の税収減をあっさり承認しており、社会保障費の負担増など大した問題ではなかったことがよく判る。

何としても増税を実現させたい財務省の省益第一主義に、構造改革派の政治家や経済界、エコノミスト、学者、マスコミ等の取り巻連中が悪乗りして便乗した結果、増税の影響や大義を検証することなく、いともあっさりと増税が実現してしまった。

これも昨年の三党合意以前から、与野党を問わず政界に跋扈する構造改革派の政治家と財務省が綿密に連携してきた成果と言えよう。

むろん、安倍総理もそうした愚かな政治家の一員である。

 

安倍政権や財務省は、なにも税収や財源不足を理由に消費増税を強行した訳ではない。当初から増税すること自体が目的だったのだ。

 

一方、肝心の経済対策の中味はと言えば、インフラの老朽化対策等の公共投資2兆円、震災復興事業1.3兆円、低所得者への現金給付0.3兆円、住宅ローン減税0.3兆円、復興特別法人税廃止0.9兆円、設備投資を促す法人減税0.7兆円、賃上げ促進税制の拡充0.2兆円の計56兆円に過ぎず、消費増税による約8兆円とも言われる負担増に遠く及ばないし、単発の補正予算を恒久的な消費増税の対策とすること自体に無理がある。

消費増税は、いわば息をするだけで負担が増す重税だが、上記の経済対策の多くは、大型の消費や投資を前提としており、それに見合う資金や資産を有する一部の企業や家計しか恩恵に与れない不公正な制度だ。

大雨を降らせておいて、限られた者にしか傘を配ろうとしない愚策と言える。

しかも、麻生財務大臣は、わずか56兆円の財源ですら、新規国債発行で手当てすることを渋っている始末だ。

 

また、インフラの老朽化対策等の公共投資や震災復興事業を消費増税の見返り対策に忍び込ませることにも強く異論を唱えたい。

これらは、チンケな増税の煙幕として使われるべき類の事業ではなく、デフレ脱却や東北の経済復興を実現させる梃子として優先順位の最上位に位置付けられるべきだ。こういった重要な事業を消費増税の隠れ蓑的にコソコソ使うなどもってのほかで、自民党の公約に書いてあるとおり、堂々と国土強靭化政策の重要な柱として執行すべきだろう。

 

消費増税と法人減税をセットにした安倍政権の決断は、さすがにマスコミからも強い非難を浴びている。

世界が注目するアベノミクスと持て囃されながらも、ほとんどの国民はいまだに景気回復や収入増加の実感がない中で、一方的に脱デフレ宣言がなされて消費増税が決まり、自分たちから散々搾取してきた企業だけが減税の恩恵に与るという構図は、どうあっても国民に理解されないだろう。

そして、今回の措置に対する国民の怨嗟のマグマはバカマスコミに上手く利用され、改革の名の下に大々的な緊縮キャンペーンが始まるだろう。

現に、上記の共同通信の世論調査でも、増税に当たり政府や国会の経費を減らす「身を切る改革」に91.4%が賛成しているし、国会議員の定数削減に60.9%、国会議員の給与削減に51.4%が賛成と回答している。

 

これを機に、改革とか削減という後ろ向きなキーワードが大好物のマスコミが、TVや新聞をボケーッと眺めるしか能がない国民を先導して、“国民に負担を押し付けるなら政府や国会議員、官僚も身を切れ”、“国民が我慢している時に公共事業を増やすなんてとんでもない、ムダ遣いを止めろ”と緊縮財政キャンペーンを張ることは目に見えている。“増税の前にやるべきことがある”といういつものアレだ。(もう、増税後なんだが…)

財政再建と経済再生の両立、国と地方の基礎的収支の黒字化、痛みを伴う社会保障改革などといった財政政策を邪魔するキーワードは枚挙に暇がない。

マスコミの連中を野放しにすれば、公共事業費の削減による国土強靭化計画の骨抜きや地方交付税削減による地域経済の衰退を招くことになる。

 

近年、国民や中小企業に痛みや負担を押し付ける政策を包み隠そうとせず、敢えて堂々と公言するような態度をよしとする自称改革派の政治家が跋扈している。

彼らは、国内に蔓延る諸問題を「改革」と「削減」で解決すべきと信じ込み、ひたすら「負担」と「縮小」を国民に強要する。国民に甘い顔を見せず、厳しい政策を課すことが本物の政治家だという幼稚なヒロイズムに浸っているから手に負えない。

 

この手の薄汚い政治家の思考は、ブログで東北の復興に文句を垂れて更迭された経産官僚と同根で、世間を洞察する視野が極端に狭い。まるで、世の中の仕組みをかじり始めた中学生並みの青臭さを感じる。(大阪のバカ市長やみんなの党の連中が代表例)

プライドが高く、極端な合理主義を好み、世間知らずで生活能力が乏しいくせに公助や共助を嫌ってやたらと自助・自立を強調したがる。自身の能力はさておき、世の中から不合理や非効率なものを排除すれば理想の社会が生まれると信じ込んでいる。

 

このような構造改革主義者や新自由主義的な政治家が主導権を握っている現状に、バカマスコミが呼応して財政削減の動きを加速すれば、もともと財政政策に無理解な国民がコロリと騙されることは火を見るより明らかだ。

 

安倍政権は、アベノミクスに対する過大評価に妙な自信を深めたのか、TPP参加、消費増税、労働流動化政策、法人優遇政策などの悪手を次々と実行に移そうとしている。

このうえ緊縮財政政策を採れば、未だデフレ不況下にある日本経済は壊滅的な打撃を喰らうだろう。

国内経済は完膚なきまでに疲弊し、海外市場を求めて企業の流出が加速して雇用悪化に歯止めが利かなくなり本格的なデフレスパイラル突入への引鉄が引かれることになる。

 

そもそも、デフレ下での大増税という愚策が国会で議論に上ったのは、1,000兆円にもなる莫大な国債残高への恐れとともに、日本経済の成長そのものを断念していることに起因するのではないか。

国債への懸念に関しては、自国通貨建てかつ9割以上を国内機関が所有しており、金利も世界最低水準を維持していることからその償還能力に何ら問題はない。日銀による買い取りや政府紙幣の発行など対応策はいくらでもある。

 

なにより問題なのは、国家全体が経済成長を諦めてしまうことにある。

経済成長に対する見方は、

①経済成長を確信する層

②経済成長への自信を失いかけている層

③端から経済成長を諦めてしまった層

に分別され、②や③の思考パターンは、深く考えることなく増税止むなしという結論に陥りがちだ。

日本経済の将来に期待を持てない、あるいは、持とうとしない者は、軽い気持ちで日本縮小論や日本衰退論に同調し、構造改革主義者や緊縮財政主義者のバカが唱える“身の丈に合った経済運営”という愚論を抵抗なく受け入れてしまう。

 

世界最大の債権国にして最高レベルの技術力を保有する先進国が成長を諦めてどうする。

いかな最貧国であっても、今日より明日は豊かになりたいと願い、それに向け努力を続けるのは当たり前のことだ。

成長を放棄するバカな国など世界中を探しても日本以外に見当たらない。

 

我々が、デフレに苦しみながらも何とか先進国の体を保っていられるのは、先人が成した努力や投資のおかげだ。

先人が築いた資産や社会基盤をさんざん喰い散らかしながら、未来の子孫に資産を引き継ぐ努力を放棄するような臆病者は、早々に政界からお引き取り願いたい。

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