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2013年12月

2013年12月30日 (月)

バカが勝手に造った壁を打ち壊せ

今月20日に日本政府観光局(JNTO)から、訪日外国人旅行者数が初めて1,000万人を突破したと発表された。これは、昨年を170万人余りも上回るもので、円安や東南アジア諸国でのビザ発給要件の緩和などが主な要因と言われている。

この1,000万人という数字は、平成15年に政府がビジットジャパン事業を打ち出した時に設定した大目標であり、事業に着手してから10周年目での大台達成となった。

 

今年79月四半期の訪日客に関する統計(JNTO)では、国別の延べ宿泊者数で台湾・中国・韓国・香港・アメリカの順となっており、上位5カ国で全体の67.6%を占める。対前年同期比の伸び率で見ると、台湾+76.7%、中国+5.7%、韓国+28%、香港+64.1%、アメリカ+20.6%と、尖閣問題でつまらぬ言いがかりを付けている中国以外は高い伸び率を維持している。相変わらず大人げない反日運動を繰り返す韓国でさえ3割近く増えているのだから、口ではワーワー騒ぐものの、韓国民の反日の本気度も如何ほどのものかと呆れるばかりだ。

 

また、訪日客の一人当たり消費支出状況を見ると、全体の平均は11.7万円ほどで、国別ではフランスが26.1万円と最も高く、ロシア20.1万円、カナダ19.7万円、オーストラリア19万円と続き、宿泊数の多い欧州勢は多くなる傾向にある。

一方で、滞在期間が比較的短いアジア勢の支出額は相対的に低く、台湾7.9万円、韓国6.6万円、香港10.2万円、タイ10.6万円といった程度で、電気店や免税店で高級品を買い漁るイメージの強い中国でも17.2万円といった具合だ。

 

ちなみに、世界で最も外国人旅行者受入数が多いのはフランスで年間7,950万人、2位のアメリカは6,233万人、3位の中国は5,758万人に達する。(平成23年データ)

また、国際観光収入のトップはアメリカで1,162億ドル、2位はスペインで598億ドル、3位はフランスで538億ドルとなっている。(平成23年データ)

日本も、ようやく訪日旅行者数を1,000万人台に乗せたが、それでも人数ベースでは世界で39位、アジアで10位、収入ベースでは世界で28位、アジアで10位に過ぎず欧米やアジア諸国とはまだ大きな開きがある。

 

観光庁では、こうした現状を捉えて今年6月に公表された観光白書でも、我が国はようやく“観光後進国”から“観光新興国”になったに過ぎない、と分析し、更なる国際観光振興策の強化が必要と訴えている。

そこでは、現状の課題は「訪日ブランド構築戦略の欠如」にあると指摘され、魅力的な旅行先としての「日本」のイメージ(訪日ブランド)の確立、日本を旅行することで得られる価値の共有や発信、観光地域の中核的な組織や人材育成等の対策が必要だと謳われている。

平たく言えば、経済産業省の「伸びゆく海外市場の獲得」や農林水産省の「攻めの農業」と同じく、縮小する国内市場ではなく拡大する海外市場の開拓に全力投球しようという発想だ。

 

こういった訪日外国人旅行者拡大戦略は、先のビジットジャパン・キャンペーン以降一貫して行われてきたもので、円高や大震災などの阻害要因がありながらも、訪日外国人旅行者数を平成15年当時の477万人から倍以上の1,000万人へと大きく伸長させたことはひとつの成果と言える。

しかし、国内の旅行産業はというと、旅行業者の総取扱高(国内旅行+海外旅行)で平成8年の9.9兆円から平成23年は6.2兆円へと、宿泊業の市場規模はピークの平成3年の4.9兆円から平成23年には2.7兆円にまで落ち込んでいる。

また、宿泊施設の稼働率も定員ベースで見ると、東京・大阪が60%を上回るほかは40%台を維持しているのは7府県のみで、残りは2030%台に止まるなど依然として厳しい経営が続いており、とても外国人観光客が増えたと手放しで喜べる状況にはない。

 

平成24年のデータでは国内の延べ宿泊者数は42,521万人であり、そのうち外国人によるものは2,445万人と全体の5.7%に過ぎない。都道府県別の宿泊者数の構成比を見ても、最も外国人の割合の多い東京で15%、次いで大阪12%、京都11%と続くが、その他は軒並み15%程度で誤差の範囲内と言ってよい。

日本国内における一人当たりの旅行消費額を見ると、外国人旅行客の平均は11.1万円と日本人旅行客の平均値4.7万円(宿泊客)の倍以上になる。だが、何といっても両者の数が違いすぎるため、旅行消費額ベースでは外国人旅行客の占める割合は全体の4.4%にしかならない。

 

東京オリンピック招致の成功もあり、観光庁のみならず政府一体となり懸命に海外からの旅行客取り込みの旗を振るが、本気で国内の観光業界の立て直しを図るつもりなら、たったの45%足らずでしかないマーケットを懸命に掘り起こして何の意味があるというのか。

確かに、日本の観光資源や国内の交通・宿泊インフラなどが持つポテンシャルを考慮すれば、外国人観光客数を更に増やすことも十分可能だろう。ウクライナやタイですら2,000万人近い外国人観光客数を獲得しているのだから、日本がいまの倍程度の実績を残すことも決して不可能とは思わない。

 

だが、観光産業の立て直しを図るためには、なによりシェアの9割以上を占める日本人旅行客の増加やそれに向けたテコ入れ策の方が、はるかに早道で効果も高い。

少なくとも平成8年以降、多少の振幅がありながらも、外国人旅行客が一貫して増加してきたにもかかわらず、旅行取扱額や宿泊業の市場規模が減少や縮小を続けてきたのは、ひとえに国内の景気悪化による日本人旅行客の宿泊数や支出額の減少考えるのが自然である。

こういった事態に対して採るべき対策は、日本人旅行客というメジャーマーケットの活性化であり、全体の45%でしかないニッチマーケットにかまけている余裕などないはずだ。

 

緊縮的な財政運営や構造改革的な思考(日経新聞やその取り巻きのバカどもが振り撒く新興宗教)に凝り固まっている近年の日本人は、同じモノやサービスを売るなら、日本人ではなく外国人に売る方が優秀だという幻想に囚われている。

衰退の一途を辿る古ぼけた国土の四方を取り囲む大海の向こうに成長著しいグローバルマーケットが広がっており、これを開拓しようとしない者は時代遅れの鎖国主義者だと蔑まれる。

 

だが、そんなはかない夢物語は現実により脆くも打ち砕かれる。

筆者が仕方なく購読している新聞記事に、コメ輸出の国内先進地である秋田県の事例が紹介されていた。

コメは、政府が旗を振る農林水産物の輸出拡大戦略で重点品目に位置づけられ、コメどころとして有名な秋田県のおばこ農協では、「あきたこまち」を中心にアジアや欧州諸国に18カ国に米の輸出実績があるという。

平成8年に輸出を始め平成11年のピーク時には、当初の10倍にもなる700トンもの輸出実績を挙げたが。その後は減少傾向にあり今年の実績は420トンにまで減少しているそうだ。輸出量が減少した要因は、国内販売向けの主食用米と比較して輸出用米の価格が低く農家が積極的に作付けする意欲が低いことや海外市場での多国産米との価格競争にあるとのこと。

香港での1キロ当たりの価格は、新潟産コシヒカリの950円に対してアメリカ産コシヒカリは半分以下の490円と大きな差があり、前述の秋田県産あきたこまちの需要も、海外の日本人駐在員向けなどに限られているそうだ。

こういった現状に対して、農林中金総合研究所のコメントが載っていたが、それによると「市場が大きい中国でも日本産米を日常的に買う富裕層は今後も少しずつしか増えない、流通を簡素化して日本米の現地での小売価格を下げる工夫が必要だ」そうだ。

日経や東洋経済などのインチキ雑誌に、“これからは中国やシンガポールをはじめとする新興市場だ”、“成長するアジアの市場を取り込んで高付加価値商品を売り込むチャンスだ”とさんざん煽られた挙句に、“中国に違いのわかる富裕層はそれほどいませんでした”、“外国人はカネを持ってないんで、もっと安くしないと勝負にならないよ”とちゃぶ台返しをされていることに、もうそろそろ気づくべきだろう。所詮は海外マーケットなんて当てにならないのだ。

 

そろそろ、日本人は“衰退する国内市場を棄て成長する海外市場を取り込む”というバカげた壁を乗り越える必要がある。

国内市場は、適切な財政金融政策を打ち続ければ問題なく成長する。現に、今年1月の13兆円補正予算(額として十分ではないが…)と春先の大規模な金融緩和によりいくつかの経済指標が上向いてきているのも事実である。

いまからでも遅くないが来年4月の消費増税を取り止め、更に2030兆円程度の補正予算を投入したうえで長期的な財政金融政策実行へとコミットすれば、リフレ派の大好きな期待インフレ率も大きく増進することだろう。

こういった内需拡大策を着々と進めることで国民の所得が増えて購買力も増加し、安定的な国内マーケットが形成される。そして、それらが国内の観光産業を潤す源泉となり、秋田の農家が作ったコメの買い手にもなる。

だが、どうしても財政政策だけはやらせたくない構造改革派のバカどもは、「国債が1,000兆円を超えた」、「円の信認が棄損してハイパーインフレになる」と騒ぎ立て、財政政策=禁断の悪手というイメージを幼稚な国民に埋め込もうと必死だ。

そして、財政政策から目を逸らすために、「人口減少により国内市場は縮小する」、「グローバル化は避けて通れない」、「勃興する新興国に日本の高付加価値製品を売り込め」、「成長する海外市場を取り込め」と海外への出稼ぎを奨励するが、現実は見てのとおり、いい加減な海外製品との価格競争に持ち込まれて不毛な消耗戦を強いられるのがオチだ。

そんなくだらぬ戦いに経営資源を投じるよりも、政府をつついて国内マーケットを刺激する経済対策を打たせ、そこから生まれる果実をビジネスに取り込む方がよほどスピードも確度も高いはずだが、長らく“グローバルマーケット礼賛教”に洗脳され続けた企業や国民が目を覚ますまでには、少々時間を要するだろう。

政府が本当に「お・も・て・な・し」すべき対象は外国人や海外市場ではなく、我々日本人や国内市場であることに気づくことができれば、来年は少しマシな年になるかもしれない。

2013年12月15日 (日)

脆弱な土台の上に強固な家を建てることはできない

129日に、みんなの党の江田前幹事長ら衆参合わせて14名が離党届を提出した。

これにより、同党の議員数は35名から21名へと4割も減ることになり、党運営にとって大きな打撃となるだろう。

みんなの党は、「脱官僚」、「既得権益に切り込んだ大胆な規制改革」、「物価安定目標による財政再建」、「脱原発と電力改革」、「公共事業などのムダを削減」、「人口に比例した選挙制度の導入」などの政策(彼らが言うところの“アジェンダ”というやつ)を訴え、従来の保守層や革新層に飽き足らない青臭い連中の支持を得て国政で一定の議席を占めていた。

ここ20年来、保守や革新と言われてきた層は、時代の変化に妥協して、左右両軸の端点から徐々に中心軸へと軸足を移しつつあり、その過程で、双方が持っていた良さや持ち味を失ってきた。

みんなの党の主張は、この中心軸へとシフトするスピードにもの足らなさを感じるバカ者どもの集合体と言える。だからこそ、その政策は、財政再建派や構造改革派だけでなくリフレ派から共産党っぽいものまで、あらゆる主張がごちゃ混ぜになっているのだ。

これらの各層を支持する者は、長年にわたる経済停滞を顧みようとせず、すぐに“改革や削減”というマスコミ受けの良い言葉に逃げ込もうとする。その行きつく先が、「脱○○」運動であり、“○○”に、いわゆる既得権益とされる公務員や公共事業、医療、農業、原発、教育などのキーワードをぶち込んで魔女裁判のターゲットとして徹底的にイジメ抜くのが常套手段だ。

極端な需要不足を要因とするデフレ不況下において必要な政策は、実体経済に需要の源泉となる資金を供給する大規模な財政政策とそれを支える機動的な金融政策であるべきなのは子供でも判る。

「改革」とか「ムダの削減」、ましてや脱官僚や脱原発など、目前に迫るビッグイシューへの対応策として何の役にも立たないのだが、いつまで経ってもそのことに気付こうとしない。

彼らの主張や態度からは、日本が直面する危急の事態を何とかしようという気持ちは微塵も伝わってこない。沈没の危機に晒された豪華客船の中でふんぞり返りながら、自分が気に食わない船員や甲板員を捕まえて罵倒し悦に入っているだけだ。彼らの危機感は、船内が浸水することよりも、船員の態度がピリッとしないことに向けられている。

みんなの党のホームページのトップ画面の書き出しには、「政治を諦めないで下さい。政治を諦めてしまったら、何も変わりません。」という台詞が踊っているが、大上段に構える割に、そこから出てくる政策はクソの役にも立ちそうにないものばかりで、政治への無関心層を増加させるだけだろう。

今回離党を表明した江田氏は維新の会や民主党の一部勢力との結集を主張しており、みんなの党の自主独立を主張する党首の渡辺氏との確執があったことは、以前から報じられていた。

筆者から見れば、バカ者同士のコップの中の争いに過ぎず、両者の思想や主張に大きな違いがあるとも思えない。同属嫌悪とか近親憎悪の典型例と言えよう。

まあ、維新の会の中学生市長と元慰安婦を騙るタカリ屋のばあさんとの喧嘩と同じように、両者とも共倒れになるのを期待している。

渦中の江田氏(元官僚のくせに、脱官僚しか能がない幼稚な政治家)は、一連の騒動を報じる記者会見の席上で、「最近では(みんなの党は)自民党にすり寄り、あわよくば与党化していく動きも。“歌を忘れたカナリア”、もはやこの党に将来はない。」、「我々が離党する理由はただ一点。結党の原点に戻る。(野党の使命は)自民党に代わりうる政権交代可能な一大勢力を作り上げていくこと。」と述べていた。

衆参合わせて七百数十名余りの国会議員に課せられた使命は、国民が安全かつ幸福に暮らせる社会や生活環境を創り出すことにあり、そのための法案や政策作りに邁進するのが国会議員たる者の務めだろう。(そのために国会議員には、もっと多額の歳費を手当てすべきだし、国費で1人当たり20名くらいの秘書や政策スタッフを用意し、国政に専念できる環境を整えるべきだ)

与党だの、野党だのと互いの立場に固執して大局を見失ってはならない。

国政をそっちのけにして、野党勢力の結集に熱中したり、くだらぬ政局ごっこにオダを上げて、いっぱしの政治家気取りになっている連中など、いまの日本には不要なゴミでしかない。

まさに、彼らの主張する「ムダの削減」の対象そのものである。

高邁な理想の先にあるのが“確かな野党”レベルの話なら、国会議員たる資格などない。

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