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2014年12月

2014年12月27日 (土)

「インフレ期待、失業よりマシ、タイムラグ」という三大逃げ口上

1225日の日経新聞「経済教室」に、日銀の異次元金融緩和政策に関する岩田日銀副総裁の論文が掲載された。

岩田副総裁といえば、日本におけるリフレ派の大家として著名な学者だが、今回の論文は純度100%のリフレ派エキスに新自由主義者の濃縮エキスを添加したような内容に仕上がっている。

 

岩田氏の主張をまとめると次のようになる。

・異次元金融緩和(量的・質的緩和)政策の効果には賛否両論あるが、基本的には想定された効果を発揮している。

・「デフレもインフレも貨幣現象である」という政策レジームを採用することにより、家計・企業・金融機関等のデフレマインドを払拭し、その行動を根本的に変えることが金融緩和政策の核心だ。

・政策効果の波及メカニズムの出発点は、人々のデフレ予想を緩やかなインフレ予想にかえること。

2%の物価目標達成の過程で起きる円安は、資産効果や輸出産業、輸入競争産業の賃金増加による消費増加をもたらす。

・非正規雇用が増えただけとの批判もあるが、多くの不就労者が職に就き賃金収入を得られることは評価すべき。

・金融緩和政策がもたらした需要拡大による物価上昇と消費税率引き上げによる物価上昇とは区別して評価すべき。

・金融政策が実体経済に影響を与えるまでには時間がかかる。

・実質賃金の持続的な上昇のためには、生産性の高い企業や産業への資源配分を妨げている規制改革や生産性向上に向けた取り組みが不可欠だ。

 

筆者は、現在の金融緩和政策を是とする立場だが、その効果は、低金利誘導による金融システムの安定化と実質的国債残高の減少(日銀の保有割合の増加)に限定されると思う。

(日銀が保有する国債の額は230兆円近くに達し、その分実質的な国債残高はレスされ、国債暴落論を唱えるバカを大人しくさせる圧力になり得る)

だが、リフレ派が夢想するように金融緩和政策が経済を力強く牽引し、ディマンドプル型の物価上昇を演出しているなどとは到底認められない。

 

いつものことだが、彼らの口癖の「デフレもインフレも貨幣現象」というフレーズにある「貨幣」が、何を指すのかいまひとつ判然としない。それは、貨幣の定義に返済を要するもの(借入金)が含まれるのか否かが明確ではないからだ。

景気が過熱してディマンドプル型のインフレが発生し、融資に回す資金さえ不足するような経済環境下ならば、貨幣の定義を広めに取ってもよいだろう。

そういったケースなら、確かに、金融市場のマネーの多寡や動きが実体経済に大きな影響を与え得る。

 

だが、現在のように融資に対する資金需要が弱い状態では、金融市場が実体経済に与えるプラスの影響は極めて軽微だ。

いわゆる“紐では引けても押せない”状態が発生し、いくら融資のための資金を積み上げても、それを借りようとする者(貸出先として適切な者)が大していなければ意味がない。

 

現在のように需要不足型の不況下において最も必要なのは消費と投資である。

ことに名目GDPにおいて大きな地位を占める「消費」を喚起するには、その源泉となる「所得」を増やすことが欠かせないが、それを生み出せるのは返済義務を要しない貨幣(所得や収入としての貨幣)のみである。

呑気なアメリカ人ならともかく、我が国には借りた金で消費し続ける者などそうそういるものではない。

消費は所得のコントロール下にあり、むしろ、「デフレはサイフの中の貨幣現象」と言う方が適切だろう。

 

金融政策の政策効果や緩やかなインフレ予想云々についても、大した根拠はない。

参考のために日銀が行った「生活意識に関するアンケート調査(59)20149月調査~」の結果を確認すると、

・現在の暮らし向きについて「ゆとりがなくなってきた」との回答が48.5%(3/38.1%6/43.7%)

・現在の収入を1年前と比べると「減った」との回答が42.4%(3/38.4%6/39.2%)

1年後を見た勤め先での雇用・処遇についての不安を「感じる」との回答が34.7%(3/30.6%6/31.5%)

・現在の物価に対する実感を1年前と比べて「上がった(かなり+少し)」との回答が80.4%(3/69.3%6/71.3%)

・物価上昇に対する感想について「どちらかと言えば困ったことだ」との回答が78.8%(3/78.6%6/78.1%)

といった具合に、改善されたものが一つも見当たらず、春先から数値が徐々に悪化していることが判る。

異次元金融緩和は、緩やかなインフレ予想に基づく積極的な投資や消費の活発化にはつながらず、収入減と物価高に挟み撃ちされて怯える人々を増やしただけに終わったというのが実情だろう。

 

ついでに、「現在の物価に対する実感の根拠」に関する回答(複数回答)で最も多かったのは、「頻繁に購入する食料品などの価格動向」で67.8%、次いで「ガソリン価格の動向」が68.1%で、人々のインフレ予想に大きな影響を及ぼすはずの「日本銀行の金融政策から」という回答は、最下位の3.8%に過ぎなかったのには、失笑を禁じ得なかった。

要するに、ほとんどの国民は日銀の金融政策なんか眼中にない、ということなのだ。

 

また、金融緩和政策による円安が輸出産業等の賃金増加につながるとの主張は、光の当たる一部分のみを切り取った詭弁に過ぎない。

輸出型産業の代表格である自動車や家電産業のGDPに占める割など、ほんの数%に過ぎないし、これに旅行サービス業などの輸入競争産業を加えても、マクロ全体でみれば誤差の範囲内だろう。

厚労省が発表した11月の従業員1人当たり平均の現金給与総額は前年同月比1.5%減と9カ月ぶりにマイナスに転じ、実質賃金も前年同月比4.3%減と17カ月連続で減少しており、ごく一部の産業従事者の賃金が上がったところで、マクロ全体に及ぼす影響などたかが知れていることが判る。

 

岩田氏は、「非正規が増えても構わない、失業するよりマシだろう」と言い放つが、いかにも人間味に欠けた血の通わないリフレ派らしい見解だ。

ライフスタイルの都合で敢えて非正規を選択する者は別として、非正規雇用の罠に一旦嵌ってしまえば、正規雇用へステップアップできる者はほんの僅かだろう。

本来なら、非正規雇用のような短期雇用の場合、雇用条件の不安定さと引き換えに高収入が保証されてしかるべきだが、現実はバイトやパート扱いとほぼ同様で、低賃金で都合よく使われるだけだ。

失業よりマシどころか、雇用の質の悪化を後押しし、それを既成事実化するようなもので、到底受け容れられない。

 

リフレ派の連中は、アベノミクスや金融緩和政策のお蔭で非正規雇用のイスが増えたように喧伝するが、非正規雇用などリーマンショック後の一時期を除けば、2005年以降、常に1.3~2.4くらいの有効求人倍率を維持してきた。つまり、アベノミクスが始まる以前から、望めば何時でも就ける程度の職であったということだ。

失業者が非正規雇用になるチャンスは、最近になって急に増えたわけではなく、ずっと前から門戸が開かれていたのだから、非正規雇用の増加をアベノミクスや金融緩和政策の手柄のように語るのは、まさに失笑ものの行為である。

 

また、金融緩和による物価上昇と増税による物価上昇を分けて考えろ、消費税増税の影響を除けば実質賃金や実質雇用者所得は伸びているぞ、などという詭弁を弄しているが、そんなものは国民生活に一切関係ないことだ。

スーパーで値上がりした商品の値札を見て、金融政策分が〇〇円、増税分が〇〇円なんて勘定する暇な人間はいない。

リフレ派が礼賛するアベノミクスのメインストリームは、増税と歳出削減を柱とする財政再建路線にあるのだから、“増税分を除けば”といったような仮定自体が成立しえないのが、まだ判らないのか。

敗戦の事実を受け容れられずに、「6回表に打たれた満塁ホームランを除けば自軍が勝利していた」と満足するようなものである。

 

お得意の「タイムラグ論」も見苦しい限りだ。

黒田バズーカ第一弾をぶっ放して一年半以上が経とうというのに、景気が上向かないどころか、GDPのマイナス成長が予想されるなど、金融緩和政策による実体経済への好影響が全く感じられない。

金融緩和により大量の食器は用意されたが、肝心の食べ物や飲み物は一向にやって来ず、国民の空腹が収まる気配はない。

第二の矢を忘れ、使われもしないベースマネーを供給し続けても消費が盛り上がることはない。

このままでは、「タイムラグ」はリフレ派が唱える永遠の合言葉と化すだけだろう。

 

岩田氏の主張の最後の部分、規制緩和や生産性向上が重要云々については、不況の原因を供給側に求める初歩的な過ちに基づくものであり、論評に値しない。

モノを作ったことも売った経験もない素人の典型的な勘違いで、魅力ある商品や良いサービスを提供すれば、いくらでも買い手がいると思い込んでいる。

戦後間もないモノのない時代じゃあるまいし、そんなものは世の中にいくらでも溢れ返っている。

便利な商品なんてたくさんあるが、それに買い手が付かないから企業も四苦八苦しているのだ。良い商品を出せばいくらでも売れるなんて、昭和の価値観に染まった時代遅れの思考でしかない。

 

岩田氏だけでなくリフレ派の連中は、信奉する金融緩和政策の成果を傷つけまいと、あらゆる詭弁を弄して擁護を続けている。

しかし、事実を糊塗するうちに、経済成長を実現させることよりも自身のプライドを守ることが優先され、まさに主客転倒した状態に陥っており、現実を冷静に判断できていない。

 

異次元金融政策(美しい食器)が真価を発揮するには、そこに盛り付けられる豪華な料理(積極的な財政政策)が必要だろう。

だが、狂信化したリフレ派の歪んだ信念が、金融緩和政策を財政政策から遠ざけ孤立化させている。

金融緩和政策は、真の実力を発揮できないもどかしさをこらえ切れず、財政政策に援軍を求めて悲鳴を上げているが、取り巻きの連中はそれを許そうとしない。

史上空前の異次元金融緩和政策が空砲に終わるようなことがあってはなるまい。

リフレ派の連中は、いまこそレジームチェンジを求められている。




 

()

今年も1年間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
読者の皆様も、どうぞよいお年をお迎えください。

本ブログの他に、「進撃の庶民」というブログで隔週日曜日にコラムを掲載しています。次回の掲載予定は1228()です。

様々な執筆者の方から、非常に示唆に富んだ記事が投稿されていますので、ぜひご覧ください。http://ameblo.jp/shingekinosyomin/

 

2014年12月23日 (火)

欠けているのは、国民を豊かにするという視点

安倍のワガママ解散から、もはや10日経とうとしている。

 

選挙期間中だんまりを決め込んだバカマスコミは、自民党の圧勝だと報じていたが、公示前に324議席あった自公の議席が2つ増えただけで、自民党単体だと2議席減らしている。

一方、もはやライバルと呼べるレベルではないが、民主と共産は合わせて24議席増やしている。

特に、殆んど死に体と言ってもいいくらい弱り切っていた民主党が11議席も増やしたのには驚いたし、お荷物になっていた海江田代表を落選させ党首交代のきっかけを与える結果につながったともいえる。

 

大山鳴動して鼠一匹とはまさにこのことで、自公与党は多額の選挙資金を使ってやる必要のない選挙をし、ようやく現有議席を維持できたに過ぎない。

わざわざ費用をかけて同じフロアの同じ広さの部屋に引っ越すようなもので、一体何をしたかったのかさっぱり理解できない。

おまけに、沖縄の選挙区では、頭のおかしな左翼活動家に全敗して恥を晒すなど、来春の地方統一選挙が危ぶまれる始末だ。

まあ、バカなマスコミ連中による与党大勝というアナウンス効果程度はあったかもしれないが…。

 

さて、選挙は終了したが経済は相変わらず低迷したままだ。

内閣府が発表した11月の消費動向調査では、消費者態度指数(一般家庭)37.7と前月から1.2ポイント低下し、4か月連続で悪化した。

項目別では、「暮らし向き」が前月比1.5ポイント低下して34.9、「収入の増え方」が0.4ポイントの低下で37.6、「雇用環境」が1.9ポイントの低下で42.8、「耐久消費財の買い時判断」が1.1ポイントの低下で35.4と全ての項目で悪化している。

全ての調査項目が悪化したのは3か月連続で、ハムやソーセージ、バター、アイスクリーム、冷凍食品、カレールー、かまぼこやインスタントラーメンなど生活必需品の値上げや給与が大して増えない、あるいは、減り続ける中で身近な物品の物価上昇により、家計への負担が増している。

 

こういった諸物価の高騰は、過度な金融緩和政策(国債の日銀保有率上昇につながる面は評価すべき)による円安の影響だと指摘されている。

日銀の発表によると、現在の実質実効為替レートは12月前半の平均で69.51(2010年=100)と、19731月の68.88以来の低水準で、変動相場制移行後、初めて70を下回ったそうだ。(1ドル=300円程度だった42年前と同程度の水準)

この結果は、円の実力が実際の円相場より低下していることを示唆しており、円安による国民の負担感はかなり重くなっている。

 

このような状況で気前よく金を使える者は限られるようで、日本チェーンストア協会が発表した11月の全国スーパー売上高は、衣料品の不振もあって、既存店ベースで前年同月比▲0.7%8か月連続で前年実績を下回っている。

また、日本フランチャイズチェーン協会が発表した主要コンビニエンスストア10社の11月の既存店ベースの売上高も前年同月比で▲1.7%と、こちらも8か月連続で減少している。

 

アベノミクスは大成功、賃金が上がらないのはタイムラグのせいだ、と浮かれている一部のバカ(=リフレ派)は別として、大多数の家計は現状に強い不安感を抱き、財布の紐をきつく締めあげている。

景況感や消費活動が冷え切っているのは、円安や消費税増税の影響による物価の値上がりもさることながら、収入が一向に増えない、あるは、増え方が全然足りないことに、多くの国民が不安と不満を抱いているからだろう。

7080年代のように、GDPが拡大し国民の所得が巡航速度で増加しておれば、少々の物価高など気にならない。むしろ、リフレ派が大好きなインフレ期待が発生し、値上がりする前に早く買ってしまえとばかりに消費活動が活発化するはずだ。

 

だが、人々の財布に肝心のお金が入っていなければ、インフレ期待は不安に変わり、消費活動は一気に停滞してしまう。

物価高やインフレを盾に国民を追い立ててその不安を煽り、資産(ストック)を吐き出させようとする「北風政策」は、国民の反発を買うだけで、節約や生活防衛が横行し消費は減少していくだろう。

そういった消費からの逃避行動がGDPを縮小させ、再びデフレを招来することになる。それは、中小企業や内需型企業の経営を直撃し、中低所得層や中小零細企業が最も大きな割を喰うことになるだろう。

 

政府・与党は、経済対策として今年度の補正予算案を作成しているが、その総額は3.5兆円程度と言われている。

まず、補正予算の総額を見て、いかに政府危機感を抱いていないかが見て取れる。

GDPギャップ(実態よりかなり少なめに推計される計量方法によるもの)でさえ14兆円あると推計され、GDPのマイナス成長が現実味を帯びる状況下で、経済成長のアクセル役であるはずの補正予算額が、たったの3~4兆円とは驚かされる。

しかも、地方にとって自由度の高い交付金をと聞こえの良いことを言う傍らで、政府は、「やる気のある地域に対して集中的に政策資源を投入」するなどとふざけたことを言っている。

 

そればかりか、22日の経済財政諮問会議に政府が示した来年度予算編成の基本方針案では、新規国債の発行額を本年度より着実に減少させるとか、医療や介護などの社会保障関係費も聖域なく見直すと明記し、経済成長よりも財政再建を重視する方針を明確化している。

安倍首相も「歳出の徹底的な重点化、効率化に取り組んでいくことが重要だ」とバカ丸出しの発言をしている。

 

政府や与党、官僚の連中は、日本経済に緊急事態が出来していることを全く理解できていない。いや、判っていても理解したくない、あるいは、見えてはいても見たくはない、とでも言うべきか。

いまは、「やる気」とか「集中的」とか悠長なことを言える時期ではない。ABかと選択するのではなく、AにもBにも十分な資金を投じるべき時期なのだ。

ましてや、国債発行額を減らしたり、予算削減に血眼になるなど愚の骨頂で、まさに自殺行為だろう。

 

危機に直面しながら、それを回避する対策を打たずに、破滅に向かって突き進もうとする様は気が狂っているとしか言いようがない。

橋本・バカ小泉以降の政権担当者は、一部を除き、構造改革や緊縮財政といった経済逆噴射政策にご執心だったが、バカげた改革ごっこの成績は惨憺たるものだった。

そして、選挙で信任を得た気になっている第三次安倍政権は、第二の矢をへし折って、再び改革ごっこや緊縮ごっこに興じようとしている。

彼らがやろうとする経済対策なるものは、日本経済の再興を目指すものではなく、消費税再増税に向けた環境整備を目的としたものに過ぎない。

補正予算なんてやりたくないのが本音で、嫌々やっているからこそ、その規模も内容も大局観に欠けたしょぼいものになる。

筆者は、政治家たるものの信条は国民を豊かにすることを全てに優先すべしと考えているが、いまの政治家の連中にとっては、国民の生活よりも財政再建みたいな念仏の方がはるかに重要なようだ。

 

 

 

()本ブログの他に、「進撃の庶民」というブログで隔週日曜日にコラムを掲載しています。次回の掲載予定は1228()です。

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2014年12月14日 (日)

経済政策はカネを使ってこそ意味がある

今日は衆議院選挙の投票日だが、事前の予想で与党の大勝が見込まれているためか、気持ちが盛り上がらない。

今回の選挙の争点は、アベノミクスの評価という触れ込みだった。
共同通信社の世論調査では、アベノミクスの恩恵を実感していないとの回答が84.2%、アベノミクスを評価しないとの回答も51.8%に達したそうで、これが真実なら、いまごろ与党は慌てふためいて選挙区を走り回っていなければならないはずだ。
だが、マスコミ各社は与党の勝利は揺るがないと予想し、自公両党とも余裕の表情で選挙を進めてきた。(そして、この手の国民にとって都合の悪い予想はたいがい当たる…)

選挙結果はさておき、こうしたアベノミクスに対する世論の評価に抗するかのごとく、安倍政権の経済運営を絶賛する変わり者も存在する。
とある経済系のブログを眺めていると、アベノミクスに対する熱い思いが語られるとともに、それがいかに正しい政策であるかを謳っていた。

彼は、アベノミクスの第一の矢の経済効果について、次のように記している。
(以下、要約)
「リフレ政策の流れについてカンタンにおさらいすると、
適切な財政金融政策
→期待インフレ率の上昇
→実質賃金の一時的な低下(①)
→失業の改善(②)
→生産のパイの拡大(③)
→実質賃金の上昇 という感じです。
①は名目賃金の硬直性と「実質賃金=名目賃金÷物価」であることから、
②は物価変動と失業率が逆相関の関係を表わすフィリップス曲線から、
③は失業率の変動と実質GDP成長率の変動が逆相関の関係を示すというオークンの法則から、 それぞれ説明されます。
(中略)
まぁ、確かに実質賃金が減り続けてきたことは事実でしょう。
しかしながら、フィリップス曲線にインフレ率と失業率の逆相関が表れている以上は、①→②の流れは事実であり、実質賃金の低下が雇用を生み出しているのが現実なのです」

ファンタジーの世界に生きる人の目に映る現実とは、こういうものかと驚かされる。

まず、「適切な財政金融策」とあるが、財政政策などとうの昔に終わっている。現在の財政政策は、社会保障費の増額分を他の経費削減で捻出し、いかに全体の支出額の伸びにキャップを嵌めるかという発想に基づく消極的なものに過ぎない。

また、現実に起こっているのは、期待インフレ率の上昇ではなく、コストプッシュインフレに追い立てられた家計や企業の「インフレに対する恐怖と失望」である。
こうした無慈悲なインフレによる実質賃金の低下がもたらすのは、失業率の改善や生産のパイの拡大ではないことくらい、一般的な常識を持つ者なら容易に理解できるだろう。
失業率の改善と言えば聞こえは良いが、かのブログの①~②に間で起こっているのは、単なる正規雇用から非正規雇用への置き換え(=雇用の質の劣化)に過ぎない。

失業より非正規の方がましとの意見も聞くが、非正規雇用は身分が固定化しやすく、勤労世代の生涯所得の低下につながる愚策であり、到底受け入れられない。
やがて勤労者の大半が非正規雇用になってしまえば、国内の需要はシュリンクし、生産のパイも縮小せざるを得なくなるだろう。
実質賃金と失業率を無理矢理トレード・オフの関係において対峙させようとするから、こんなおかしな発想になるのだ。

また、フィリップス曲線やオークン法則云々についても、それらはあくまで結果であり、必ずしも、物価上昇が失業率の改善を約束するものではないことを理解すべきだ。
特定の国のフィリップス曲線のデータを切り取り、物価が上がると必ず失業率が低下すると思い込むのは早計だろう。

物価が上がったから失業率が改善したのではない。
適切な財政金融政策が打たれ、家計の所得(名目賃金)が増えて物価上昇を許容できる環境が整う、という前提条件を無視すれば、いかに物価が上がっても真の失業率改善にはつながらない。

得てして、金融政策万能派や構造改革派、財政再建派の連中は、は名目賃金を軽く見ている。
そもそも、彼らは名目賃金の上昇を快く思っていない。
つい最近までの猛烈なデフレにより名目賃金の落ち込み以上のスピードで物価が低下するのを見て、実質賃金が上昇したと誇らしげに語っていたのは記憶に新しい。

彼らは、国民の平均給与(平成9年前後をピークに低下の一途を辿っていた)がほんのちょっとでも上がると、“アベノミクス(金融緩和+構造改革)の効果だ、消費税増税分を除くと賃金が上がった”と鼻息が荒くなる。

だが、現実は厳しいものだ。

家計調査報告(総務省)では、平成26年10月の家計消費支出(二人以上の世帯)は前年同月比で名目▲0.7%、実質▲4.0%と7カ月連続の実質減少となった。
勤労者世帯の収入(二人以上)を見ても平成26年10月の実収入(実質ベース)は前年同月比で▲2.1%とこちらは13カ月連続で減少している。

家計調査の推移を見てみると、消費支出や実収入が前年同月比で増加したのは、平成24年末から平成25年3月頃にかけての極めて短い期間のみ、つまり、アベノミクスの好影響が家計に波及したのは、政権発足当初の四半期のみと言ってよい。
それ以外の期間は、民主党政権時代をも下回る低迷ぶりだ。

結局、3本の矢のうち本当に効き目があったのは、10兆円規模の緊急経済対策のみ(第二の矢)と言える。
2発の黒田バズーカの効果も経済対策の軸になる財政支出を欠いたせいで、円安と一時の株高を演出はしたものの、そのポテンシャルを活かしきれていない。

過去の消費税導入時あるいは増税時との比較でみても、今回の増税の場合、導入・増税直前月と比べた消費支出(季節調整済実質指数)の落ち込み幅が大きく(今回▲13.3%、平成9年▲7.1%、平成元年▲5.7%)、その後の回復の動きも極めて弱い。
(http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_rf1.pdf#search='%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%81%AE%E6%B6%88%E8%B2%BB%E7%A8%8E%E5%B0%8E%E5%85%A5%E6%99%82%E7%AD%89%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%BC%83++%E7%B7%8F%E5%8B%99%E7%9C%81')

この結果は、増税後の効果的な経済対策が打たれていないことに加えて、増税前の実体経済の体力がかなり弱っていたことに起因する。
重たい荷物を背負わせるにしても、健常者と病人とでは、その後の弱り加減に格段の差が生じるのは当然だろう。
重篤患者に点滴を打ち、少々熱が下がったところで薬の投与を止めて肉体労働を課せば、患者がぶっ倒れるのも仕方がない、と普通の感覚の持ち主なら想像できる。

だが、安倍政権や与党をはじめ、経団連やエコノミストみたいな世間知らずの連中は、激務を課されて倒れた患者を見て本気で驚いているのだ。
彼らの感覚は、「あんなに高価な点滴を打ったのに、なぜ元気になれないんだ? 甘えているんじゃないか? やっぱり、筋肉質の経営体質にしなきゃグローバル化に対応できないな、よしっ、構造改革と規制緩和だ!」くらいのものだろう。

増税後しばらくの間、何の経済対策を打たずに放置したのは、橋本政権と同じだ。
橋本政権時は、実体経済の悪化に加えて金融危機が発生し、その年の12月には大きく経済が落込み、翌年に大型の経済対策(真水で4.6兆円、事業規模で16兆円)実施を余儀なくされた。

だが、今回は、15年以上ものデフレ不況に曝され実体経済の体力が極限まで弱り切っているという前提条件があるにもかかわらず、出てくる経済対策の話はほんの2~3兆円程度でしかない。
その中味も、商品券とか灯油代の助成みたいな小ぶりなものばかり。
こんなものは、本来なら商工会議所や商工会あたりがやるべき仕事だろう。
餓死寸前の旅人に飴玉を投げ与えるようなものでゼロが一つ足りないのではないか。

今春の増税さえなければアベノミクスは成功していたはず、という言い訳は無用である。

政権側にしてみれば、財政再建や構造改革、規制緩和といった経済の足を引っ張る愚策こそ政策の本流であり、金融緩和や財政政策はそのための撒き餌に過ぎない。
“増税さえなければ”という愚痴は、安倍政権側にしてみれば、撒き餌だけバラ撒いて釣糸を垂らさずに釣り場から去れと言われているようなものだろう。

国民に成長期待を持たせるには大胆な経済政策の転換が必要だ。
国民の収入が増えない、財布の中身が増えない状況でインフレ期待など起きえない。(インフレ恐慌は起きえるが)

インフレを許容するには、長期継続的な増収期待が不可欠だ。
給付金、減税、公共投資…考え付くものは何でもやればよい。
ただし、定額給付金みたいな一過性の給付よりも社会保険料の国庫負担割合引き上げのような継続的な施策の方が消費を刺激しやすく政策効果は高い。
他にも、公的セクターでの雇用拡大、大学など研究機関への投資拡大、自衛隊・警察・消防庁のレスキュー機能を統合した新たな総合レスキュー機関の設置など、必要な施策は山積している。 

国土保全、エネルギー供給、食料確保、教育、医療、福祉、科学技術、文化等々各分野が抱える問題は様々あると思うが、それらのボトルネックになっているのは、たいがいが資金不足によるものだ。
日本のような世界最大の資産保有国が、資金不足を理由に社会構造を老朽化させるなど愚の骨頂だろう。

カネを使うか、使わないかで揉めている段階などとっくの昔に終わっている。 カネを使うのは当然のこと、それも、Aを削ってBに注ぎ込む、という周回遅れのトレード・オフ論ではなく、AにもBにも必要なだけ使うべきだ。
何にいくら使うのかという細かい点は、それぞれの分野で議論すればよい。

ここ20年あまりの憂鬱な不況から、何か得られた教訓があるかと言えば、それは「カネを使わない限り実体経済は決して回復できない」ということだろう。


(※)
コメントをいただいている皆様、読者の皆様、いつもご愛読ありがとうございます。
今日は衆院選の投票日ですね。気が重いですが、私もこれから投票に行ってきます。

2014年12月 9日 (火)

思考の固定化と現実逃避

先週は日本列島を寒波が襲い、中国地方から東北・北海道まで日本海側にかけて、かなりの積雪があった。

 

師走もスタートしたばかりのこの時期に大雪のニュースはまだ早かろうと思っていたが、125日には、大雪の影響もあり四国の徳島~愛媛間の国道192号でトラックなど約130台が立ち往生したというニュースが入ってきた。

今冬初の雪害のニュースが四国からという意外性に驚かされたが、その後も兵庫や北信越、東北なども大雪に見舞われ、四国や北陸では7名の方が亡くなるという痛ましい事故も起きた。

 

こうした季節外れの大雪や雪害が発生するたびに、バカマスコミ各社から“今回の異常な寒波や大雪も、実は温暖化の影響によるもの”という報道がなされる。

 

『雪害=温暖化説』に関連して、昨年1226日付の日刊ゲンダイにとある気象予報士のコメントが載っていたのを思い出す。

その予報士曰く、「ここ3年の寒波は、温暖化が原因なのです。温暖化で北極圏、特に欧州の北の氷が解けています。海面が露出しているところは、氷があるところより相対的に気温が高く、上昇気流を伴って発生する高気圧の脇に低気圧ができやすい。また、温暖化で日本の南側の海水温が平年より高く、偏西風の流れが北側に蛇行している。その2つが重なって、欧州の北の低気圧から吹き出した寒波が、スカンディナビア半島の東あたりから南下してくると、偏西風に乗り、ちょうど日本列島にぶつかるコースをたどるのです。温暖化がなければ、こんなに寒くなりません。」とのこと。

 

気象の詳しいメカニズムに文句をつけるつもりはないが、説明の最後にある“温暖化がなければ、こんなに寒くなりません”という台詞にひっくり返ってしまった。

地球を暖めたら冷たくなっちゃいました、と真顔で語るバカにつける薬はない。

『温暖化ですね。はいはい判りました。でも、結局、寒くなってるんでしょ?』というツッコミはさておき、異常な気象現象を何でも温暖化のせいにする業界のしきたりは、何とかならないものか。

 

彼らの思考や脳みそは、明らかに柔軟性を失っている。

「ゲリラ豪雨が増えてるぞ→温暖化のせいです、超大型の台風が襲来した→温暖化のせいです、何十年かぶりの寒波だ→温暖化のせいです…」などなど、何が起きても、言葉を覚えたての九官鳥のように温暖化を連呼するしか能がない。

 

あらゆる事象をたった一つの要因に帰す「single cause思考」が創り出した温暖化万能論には呆れるばかりだが、こういった暴論が罷り通るのは何も気象の世界に限ったことではない。

 

経済の世界においても、「財政再建万能論」や「成長戦略万能論」、「金融緩和万能論」のような暴論・愚論が大手を振って歩いている。

“膨大な国債残高や膨れ上がる一方の社会保障費に不安を抱く国民は、安心してお金を使えない”、“アベノミクスの成果を全国津々浦々に届けるには、成長戦略を着実に実行するべきだ”、“アベノミクスのおかげで株価が上がり、雇用や賃金も大幅に改善している。まさに異次元金融緩和の効果だ”といった類の妄言を新聞や雑誌で見かけない日はない。

 

彼らは、経済成長を是とするか否か、国債の信認を問題視するか否か等といった点で微妙に意見を異にするが、日本経済衰退の要因を過去の過剰な財政政策に押し付けようとする点は共通している。

 

温暖化叩きと同様に、何でも財政政策のせいにすれば済むと思っているようで、“1000兆円を超える国債は野放図な公共事業のせい”、“公共事業のせいでゾンビ企業が淘汰されず市場が歪められている”、“供給制約がある中で公共事業を増やしてもムダ”だと財政政策を目の敵にする。

 

端的に言えば、『国民がカネを使おうとしないのは財政政策のせい、景気が上向いたのは俺が信じる〇〇万能説のおかげ』といったところか。

 

本来、経済とは『経世済民(世を經(おさ)め、民を濟(すく))』の略語であるが、「人間の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動(デジタル大辞泉)」、「社会生活を営むための財やサービスを交換するしくみ(金融大学)」という説明の方が一般的かもしれない。

 

だが、「経済」という言葉は、国民生活を豊かにし安寧な世の中を創るという本来の意味から、財やサービスの生産・流通へと変化を遂げてはいるものの、経済活動を円滑化し拡大させるには通貨や貨幣という媒体が不可欠である、という事実に何ら変わりはない。

 

15年とも20年とも言われる長期不況に嵌まり込んだ日本経済は、成長を続ける世界経済から完全に取り残されてしまった。

だが、その間、日本の生産能力やサービスの供給力が衰えたわけではない。

日本経済が世界で唯一成長から見放された理由は極めてシンプルだ。

それは、改革が足りないからではない、あるいは、金融緩和が足りないからでもない。

ただ単に、実体経済で財(モノ)やサービスを流通させ交換するためのマネー(通貨や貨幣)が足りないからに過ぎない。

 

世に溢れ返っている膨大な商品やサービスの買い手が付かないのは、個々の商品の魅力云々の問題ではなく、カネを払うべき買い手の財布が底を尽いているからだろう。

 

気象というとてつもなく大きな存在が相手なら、(温暖化犯人説の真偽はともかく)環境の変化に応じて生活スタイルを変えるしか手が無いかもしれない。

だが、不況に苦しむ我々が相手にすべきは、あくまで人間自身が創り出す経済環境そのものであり、考え方や行動ひとつで変えられるものだ。

いわば、自分自身が相手だと言ってもよい。

 

自分が設けた固定観念や思考の壁を打ち破らぬ限り、鬱陶しい不況は永遠に続く。

 

財政再建万能論・成長戦略万能論・金融緩和万能論のバカ論者の尻馬に乗って、いつまでも財政政策から逃げ回っていると、真の解決策を見失ってしまう。

 

実体経済に直接マネーを投下できる財政政策なくして経済問題の解決などありえない。

 

事前に適切な財政支出の規模を予測することは難しいが、デフレギャップの規模を参考に、少々多目に財政支出を行い、実体経済がそれに反応してインフレ率が上がるのを確認しつつ、それが適正な範囲を超えるようなら金融引き締めや支出規模の縮小などでブレーキを踏んで調整すればよい。

 

現実には、消費増税・緊縮財政・規制緩和・構造改革みたいに実体経済に冷や水を浴びせる愚策が目白押しで、少々の火力では、どんどんお湯(実体経済)の温度は下がるばかりだ。

ガス代を惜しんで、恐る恐るとろ火で温めても効果はない。最初から一気に強火で加熱し、景気が沸騰すれば適切な温度になるまで火力を調節(インフレ対策)するというやり方をすべきだ。

 

何はともあれ、着火しないことには何も始まらない。この期に及んでガス代の削減を自慢するようなレベルの低い政治家は、もはや不要だろう。

2014年12月 1日 (月)

疫病神に賽銭を渡す愚か者

“12月2日に公示される衆議院選挙を前に記者クラブやネットでの党首討論が開催され、早くも与野党党首による舌戦が展開されている”と書きたいところだったが、公示前にして、既に期待外れな展開になっている。

安倍首相自身が明言しているように、今回の選挙の争点は「アベノミクスの成否を問う」ものであるはずだが、議論の初手から見当違いの方向に進もうとしている。

ある討論会で、安倍首相は、「我々が政権を引き継ぐ前、民主党政権時代、3四半期連続のマイナス成長でありました。我々が政権を引き継いで、3四半期連続プラス成長になりました。有効求人倍率も、過去22年間で最高の水準にあります。そして賃金も、この4月の賃上げのチャンスを活かして、2%以上あがりました。15年間で最高であります。ボーナスは7%、これは24年間で最高の水準になっています。そして倒産件数、民主党政権時代よりも2割も倒産件数が減っているんです。そして正規社員、この7月8月9月、10万人増えました。民主党時代は、雇用全体が減っていたんです。私たちは100万人増やし、さらに正規の社員を増やしています。これからさらにアベノミクスを進め、全ての人々にこの景気の暖かい風をお届けしてまいります」と手柄顔で語っていた。

しかし、彼が自慢する数値データは、いずれもアベノミクスの初期段階に放った第二の矢の残滓と消費税増税前の駆け込み消費のおかげで稼いだもので、その他の経済パフォーマンスが惨憺たる結果に終わったことには口を拭っている。
その姿は、チームが逆転されていることを無視して、初回の得点シーンを滔々と語るネジの緩んだ監督のようだ。

彼は、「全ての人々にこの景気の暖かい風をお届け」するつもりらしいが、実際に届くのは、構造改革や規制緩和まみれの爆弾低気圧と再増税や緊縮財政による大寒波だろう。
(気持ちの悪い宗教政党の党首の話は省いておく)

一方、与党を追撃するはずの野党の主張も頭痛がするものばかりだ。

今回の解散は、増税後にGDPが2期連続でマイナス成長という異常な事態を受けてのものであり、本来なら、安倍政権の経済失政が声高に叫ばれ、アベノミクスが完全に失敗だったとレッテル貼りされても仕方がないくらいの状況だ。
リフレ派のバカは、あいかわらず「永遠のタイムラグ」という魔法を使って擁護しているが、名目賃金も実質賃金も低調な動きを示し、実体経済への目立った波及効果が無い以上、国民の目に映るアベノミクスはとても成功したとは言い難いだろう。

であれば、野党各党にとって、今回の選挙は非常に闘いやすいはずだが、最近の世論調査の結果(安倍政権不支持だが、投票先は自民党という回答割合が多い)を見るとそうはなっていないようだ。
これは、不意打ち解散により野党の選挙態勢が整っていない、という理由によるものではない。
国民の多くが、アベノミクスに対する不満の受け皿がないと感じているのは、民主党と維新の党という二大野党の掲げる政策のベクトルが、アベノミクスを炎上させた主犯格の悪手を擁護する方向を指し示しているからだろう。

例えば、民主党は選挙公約で、「厚く、豊かな中間層を復活させる」と記しながら、「財政健全化推進法を制定。国と地方のプライマリーバランスの20年度黒字化に向け「歳出改革」「成長戦略」「歳入改革」を推進」すると謳っている。

前回の選挙で大敗北した要因をいまだに理解できないバカ者ぶりに呆れるばかりだ。
彼らは、国家の経済運営を家計簿と混同する幼稚な主婦レベルの発想から抜け出せていない。
財政健全化法みたいな最悪の法律を通してしまえば、実体経済に供給される資金は急激に細り、GDPは未曽有の急減に見舞われ、中間層など木っ端みじんに砕け散ってしまう。
彼らは、せいぜい、ガソリン値下げ隊辺りが適任だろう。

もうひとつの維新の党だが、こちらも期待通りの勘違いぶりで、11月28日のネット党首討論で、江田共同代表は「アベノミクスの第一の矢である金融緩和はカンフル剤でしかなく、第二の矢は公共事業のばらまきに終始し、第三の矢は肝心要の規制改革ができていない。本格的に景気を回復させるためには実体経済を動かすことが必要で、成長分野の規制改革を行って新規参入を促すことが必要だ」と述べた。

さすがに、世間知らずの中学生市長が率いる党だけあって、構造改革臭に塗れた世迷言を堂々と語っている。
彼らは、消費税再増税にこそ慎重な姿勢を示すものの、経済成長に関する認識が根本から間違っている。

民主党にしろ、維新の党にしろ、経済とは何か、経済成長とは何かを具体的に理解できないばかりか、経済を家計や経営と混同し、国家財政とお小遣い帳との区別もついていない。
だからこそ、実体経済を置き去りにして、改革だの財政健全化だのとくだらぬことに血道を上げるのだろう。

そもそも、与野党を問わず、最近の政治家の連中の思想や発言から、国民の生活を豊かにしようという、政治家として最も重要な気迫や意識が、まるで感じられないが、それこそが最大の問題である。

だが、一概に政治家ばかりを責めてもいられない。

政治家が国民生活をそっちのけにして、幼稚な改革ごっこに熱中するのも、国民の間に、経済成長を諦めて改革や規制緩和に逃げ込もうとする卑しい風潮が蔓延していることを敏感に感じ取っているからなのだ。

彼らが、身を切る改革とか平成の開国みたいな陳腐な言葉に酔いしれるのも、多くの国民が、そういった虚語に対して強いシンパシーを抱いていることを十分に理解したうえでのことだろう。

先日、とあるネット番組で、一般ユーザー同士が消費税再増税に関して討論しているのを聴く機会があった。
再増税に関しては賛否両論に分かれたものの、増税に反対する論者からも、これ以上の公共事業は厳に慎むべきとの強い意見が出され、他の者も賛意を示していた。

議論の中では、「公共事業は人手不足を煽っている」、「公共事業の乗数効果は1未満だ」、「公共工事をやってもその後のメンテナンスにカネがかかる」、「公共事業はカンフル剤で役に立たない」、「公共事業でカネをばらまくより給付金で国民に渡すべき」みたいな、頭がクラクラする愚見が飛び交っていた。

公共事業で人手不足が発生するなら、雇用者報酬の引上げにつながることでもあり、大変喜ばしいことだが、彼ら(たぶん全員が普通のサラリーマンか非正規雇用者)にはそれが納得できないらしい。

公共事業の乗数効果が1未満という頭のおかしな見解(事業費を支出した時点で乗数1がカウントされる)はさておき、同じ口から、公共工事のメンテナンスにカネがかかるという意見が出るとは片腹痛い。
メンテナンスにカネがかかるというが、そのメンテナンス費用の大半は、国内企業の所得に化けてGDPに加算されるのだから何の問題もない。
将来に亘って広義の乗数効果を発生させるのだから、むしろ望ましいことではないか。

公共事業はGDPの主要な構成メンバーであり、カンフル剤どころか常食と言ってよい。 海外のマーケット動向に大きく左右される純輸出こそ、カンフル剤と呼ぶべきだろう。(とい
うより、ほんのオマケといった方が適切か)

公共事業より給付金や減税をやるべきという意見も強いが、これらを無理矢理トレードオフの関係に置く必要はない。
筆者は、現時点での減税や給付金、社会保障費の国庫負担率の大幅な引き上げ等の政策は、国民への所得移転につながり、その購買力を高めるものと理解している。

公共事業か減税か、という視点ではなく、必要なら両方やるべきである。

ここ20年余りの経済不調は需要不足が主因であり、最も有効な処方箋は国民の所得を増やして購買力を高めること(=明確な成長期待を抱かせること)だろう。
そのために有効な政策なら、AかBかの議論ではなく、AもBも包含するような前向きな議論をすべきだ。

先のネット番組の討論では、論者の一人が、盛んに「日本はもう成長できない。身の丈に合った政策をすべきだ」と偉そうに捲し立てていた。
だが、経済と云うものは成長することが常態なのであり、「身の丈に合う=ゼロ成長orマイナス成長」を受け容れようとするのは、非常に危険でバカげた発想だ。
成長することが経済の栄養そのものなのに、自らそれを絶とうというのだから呆れて開いた口が塞がらない。

勤勉な国民や企業が生産性を高め、それに伴い自然と経済規模が拡大するのが当たり前なのに、毒薬や拘束具を使って成長を押し止めようとすれば、身体に異変が生じるだろうことは子供でも理解できる。
そして、そういった異変によって真っ先に割を喰うのは、間違いなく、そのネット討論に参加しているちっぽけな連中なのだ。

今回の選挙結果を予想するつもりもないが、国民が自分の頚を絞める悪手を進んで選択する愚かな発想を改めないことには、何度選挙をやっても、選挙後に同じような悪夢が繰り返されるだけだろう。

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