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2015年5月

2015年5月21日 (木)

実感なくして成長なし

読者の皆様は、『勘定合って銭足らず』という諺をご存じだろうか。
故事ことわざ辞典によれば、「帳簿上では収支の計算が合って儲かっているはずなのに、手元の現金を数えてみると足りないことから、理論と実際とはなかなか一致しないということ」を指すそうだ。

さて、5月20日に内閣府から、平成27年1~3月期のGDP速報(1次速報)が公表され、実質GDPの伸び率は0.6%(年換算+2.4%)と予想外に高い数値であったためか、株価も大きく伸長した。

筆者も数値を聞いた当初は、まさかと目を疑った。

平成27年3月時点の勤労者世帯の実収入は18カ月連続の実質減、可処分所得は20カ月連続の実質減、消費支出は12カ月連続の実質減と、いずれも惨憺たる状況であったし、個人・法人を問わず、今冬の消費支出や設備投資の状況は、どう見ても昨春の消費税増税前の異様ともいえる駆け込み需要を上回るものだったとは思えなかったからだ。

だが、よくよく記事を読むと、なんのことはない、伸び率の基点はあくまで「前期比」であって、「前年同期比」ではなかった。

日経新聞やリフレ派の連中は、今回の発表を受けて、消費が浮上し景気を押し上げたとか、アベノミクスの大成果だと大喜びしているが、平成27年1~3月期の実質GDPを前年同期比で見ると、▲1.4%と案の定減少している。
しかも、民間最終消費支出▲4.1%、民間住宅投資▲15.3%、民間企業投資▲4.8%と消費や投資に関する指標は、浮上するどころか、より深く沈降してしまった。

また、今回の前期比+0.6%の大半は、「民間在庫品増加(+0.5%)」により嵩増しされており、不良在庫化した鉄鋼やマンションを積み上げてGDP数値を誤魔化す“中国モデル”そのものではないか。
さすがの日経新聞も、“在庫という名のシークレットブーツ”を履いて誤魔化された経済指標を手放しで褒めるのは躊躇われるのか、在庫の増加は攪乱要因であり、今後の2次速報や確報で下方修正される可能性があるとコメントしている。

今後の景気動向に対しては、輸出動向に多少の不安を抱えてはいるものの、4月以降も賃金や雇用の好転、株高、外国人観光客の増加により、緩やかな回復が続くという見方が大半を占めている。

しかし、筆者は、こうした楽観論を否定する。
なぜなら、今年度の政策のメインテーマは、経済成長や地方創生、ましてや国土強靭化などではなく、明らかに「財政健全化」であるからだ。

5月に入り、与党、政府、財務省が揃って財政健全化に向けた計画や基本方針をまとめている。

自民党の財政再建に関する特命委員会では、社会保障の効率化を柱とする歳出改革の中間整理が大筋で合意され、政府官邸の経済財政諮問会議では、PB赤字解消のため9.4兆円の歳出削減に取り組む基本方針が固められた。
また、財務省も、社会保障(75歳以上の窓口負担割合を2割へ引き上げなど)に始まり、教育(小中学校教員の4.2万人削減等)、地方財政(地方行政への予算特別措置廃止など)、社会資本整備(有料道路の無償化延期、民間資金導入)に至る聖域なき歳出削減案を取りまとめており、経済成長どころか、政官一体となり強力な財政健全化運動を展開している。

ネジの緩いマスコミは、こうした動きを「経済成長優先の官邸」VS「歳出削減の財務省」という図式で捉え、リフレ派は、素人報道を鵜呑みにして「安倍首相は、消費増税を企む財務省と闘っている」と勘違いしている。まことにオメデタイ連中だ。

政府官邸が経済成長優先派に分類されるのは、財政健全化をめぐる基本方針の中で、9.4兆円の歳出削減に加えて、実質2%の経済成長を前提とした7兆円の税収増加を見込んでいるから、というだけに過ぎない。
しかも、マスコミは、実質2%という控えめ過ぎる数値目標ですら、極めて高めの意欲的な目標だと評している。
「経済成長優先派」VS「歳出削減派」の争いというのはまやかしで、「歳出削減派」VS「重度の歳出削減派」の不毛な馴れ合いというのが適当だろう。

日本経済の潜在成長率は、20年近くも低成長あるいは無成長に甘んじてきたことを鑑みれば、経済縮小論者が喧伝するように0~1%に止まるはずがない。
バブル崩壊以降の不調期を基準にしてものを考えるから、根拠のない縮小均衡論や成長放棄論に陥ってしまうのだ。
日本経済のポテンシャルを考慮すると、2%成長など当然であり、継続的な需要刺激策さえ担保できればそれを見込んで旺盛な設備投資や雇用の促進が進み、消費が大いに刺激され、6~7%近い成長率を実現できるだろう。

政府官邸が示した程度の低レベルの提案が経済成長派に分類されるなら、立派な翅を持つカブトムシを鳥類に分類してもよさそうだ。

与党、政府、財務省の三バカは、それぞれの基本方針の中で、揃って、社会保障費・公共事業費・地方財政の削減に対する強い意気込みを示しており、世論に阿るよりもPB黒字化目標の達成を優先する決意を固めたようだ。

だが、歳出削減の最大のターゲットと目される社会保障費、つまり、医療や介護分野は、農業と並び政府が掲げる重要な成長分野に位置づけられていたはずだ。
にもかかわらず、医療や介護分野に対する支出を削減してしまうと、成長を期待して参入を試みる民間事業者の貴重なビジネスの芽を摘んでしまうことになる。

ことあるごとに成長分野と持て囃しておきながら、農業はTPPに狙い撃ちされ、医療や介護は社会保障費の削減で梯子を外されるようでは、政策の整合性が全く取れていない。
こんな無様な有様では、民間事業者も安心して長期的視野に立った雇用や投資に二の足を踏まざるを得ず、それがGDPに対する強烈な圧迫要因となる。

年度が改まって早々に、政官が一体となり、経済成長の足を引っ張る愚策を強行しようとしている。
幼稚なリフレ派のように、借りるための資金が増えれば投資も増えると妄信する空論派は別として、実体経済に投じられ実需を刺激するはずの資金量が絞り込まれるのが目に見えているのだから、今後の景気動向を楽観視できるはずがない。

この先、いくら実体を伴わない経済指標が公表されたところで、しばらくは、『数値在って実感足らず』の状態がダラダラ続くだろう。

2015年5月19日 (火)

卑しい新自由主義者たちの小さな躓き

大阪都構想の賛否を問う住民投票は、周知のとおり、反対派が1万票余りの僅差で勝利した。
この結果を受けて、都構想を推進した大阪の中学生市長は、(今すぐに辞めればよいのに)現在の任期満了を待って政治家を引退すると大見得を切った。

今回のバカ騒ぎは、あくまで大阪市という一自治体に係るものだったためか、投票日が迫るまでは、全国紙や他の地方紙での扱いは大きなものではなかったように思う。(TPP交渉や集団的自衛権の問題に掻き消されていたようだ)
だが、事前の予想を上回る僅差での決着となったこともあり、投票日後はマスコミ各社から大きく採り上げられている。(昨日の真央ちゃんの現役復帰のニュースに、再度冷や水を掛けられたようだが)

マスコミ各社は、都構想が否決されたことを残念に思っているのだろう。
「賛否がほぼ同数であったことを踏まえて、しっかりと民意を汲み取るべきだ」、「民主主義の在り方に一石を投じた」、「二重行政の問題を浮き彫りにした」などと取るに足らない愚痴を並べている。
本来、浮き彫りにすべきことは、二重行政云々ではなく、自己顕示欲を満たすために多額の税金をドブに捨てた大阪維新の会や中学生市長の壮大なムダ遣いの方ではないか。

今回の都構想騒ぎを通じて筆者が最も憤りを覚えるのは、大阪維新の会や中学生市長を野放しにして、その暴走を許す大阪府市民のいい加減さに対してである。

大阪維新の会が発足してまだ数年しか経っていないのに、所属議員や中学生市長の肝煎りでスタートした民間公募制度で登用された人材(区長、校長、教育長)が引き起こした不祥事の数は群を抜く。
記憶に新しいところでは、衆院本会議をズル休みして私的旅行に行っていた浪速のエリカ様(衆院議員)やLINEで知り合った女子中学生を恫喝した大阪府議、飲酒運転でひき逃げ事故を起こした堺市議、府教育委員に対するパワハラで問題を起こした府教育長、保護者にセクハラ行為を行い更迭された小学校校長、女性職員に対するセクハラ行為で更迭された東成区長ほか、不祥事を数え上げれば枚挙に暇がない。

「類は友を呼ぶ」、「同類相求む」とはよく言ったもので、志の卑しいリーダーの下にゴキブリやゴミ虫の類が群がろうとするのは自然の摂理だろう。

こうした維新の連中の不祥事は、散々報道されてきたにもかかわらず、大阪の有権者はそれを黙って見過ごし、昨年の衆院選や今春の地方選で維新の会に多数の議席を与えるような極めて愚かな判断を下してきた。
このだらしなさ、見識の低さは何なのだろうか。

大阪都構想の賛成派の中には、汚職塗れの大阪市役所の連中を一掃すべきだと息巻くバカ者もいるが、不祥事塗れの維新の会の連中や彼らに公募で選ばれた(本当に公募したのかも怪しいが…)レベルの低いセクハラ区長らの行状を鑑みれば、市役所職員に文句を言える立場ではなかろう。
強盗がコソ泥を非難するようなものである。

今回の住民投票では、半数近い市民が強盗たちの悪だくみに賛意を示したようだが、そもそも、維新の会のような卑しい連中が提案する構想に、良識ある市民が前のめりになること自体が信じ難い。
既に、各方面から指摘されているように、大阪都構想の内容は単なる大阪市の解体構想であり、大阪市民に何のメリットもないことくらい、常識を弁えているものなら直ぐに解かるはずだ。

本来なら、こんなくだらない構想など、大阪市民は、事前の世論調査の段階で圧倒的多数の反対意見を以って反意を示し、住民投票などというムダ遣いを阻止しておかねばならなかったのではないか。
結果として反対多数となったが、予想外の賛成票があったことにより、中学生市長に花を持たせる機会を与えてしまったのが残念でならない。
特に、支持者の40%以上が都構想に賛成票を投じたと思われる自民党の支持者には、くだらぬ改革ごっこの片棒を担ぐような卑しい真似をするなと猛省を促したい。(民主党支持者22%、公明党支持者12%と比べて突出して高い)

都構想に対する賛成意見として多かったのは、「行政のムダ減らし(41%)」と「大阪の経済成長(31%)」だそうだが、都構想とやらの内容を読めば、ムダ減らしにも経済成長にもつながらないことくらい直ぐに解かるし、ムダ遣いを減らしてしまえば、その分だけ支出が減り経済成長の原資が失われてしまうことくらいいい加減に理解すべきだろう。
中学生市長は、大阪市の職員数が、人口で上回る横浜市よりも多いと騒いでいるようだが、単に横浜市の職員数が少なすぎるだけではないか。
また、大阪府と大阪市の双方が高層ビルを建て合っているのがムダだと批判するバカには、過去の失政の揚げ足取りに興じるのではなく。大阪ほどの大都市なら、それらを有効活用する方策を具体的に検討しろと言っておく。

都構想の最大の争点にもなった「二重行政の解消」とやらも、どうでもよい議論だ。
現在、全国に政令指定都市は20市あり、各市で二重行政の弊害が問題視されてもよさそうなものだが、二重行政をことさら問題視して騒ぎ立てているのは大阪くらいのものだ。
筆者の職場も、とある政令市にあるが、二重行政なんて何の問題にもなっていないし、それをことさら騒ぎ立てるバカを見かけることもない。

都道府県と政令市との間の二重行政が問題ならば、全国各地に政令市が誕生するたびに反対の議論が起こってしかるべきだが、そんなものは聞いたことがない。
平成以降、仙台市を皮切りに、新たに10市の政令市が誕生したが、熊本市にしても、相模原市にしても、政令市誕生を祝う祝賀行事こそあれ、反対運動なんて起こっていない。
これまで30年近くも無批判に政令市を誕生させておきながら、今になって二重行政を非難するような整合性の取れない議論を認めるべきではない。

総じて今回の都構想騒ぎは、大阪市という公共団体や公務員に対する嫉みや怨嗟を助長するための新自由主義者の連中による政治活動だと捉えている。
投票数の半数近い賛意を得たことで、薄汚い連中は一定の手応えを得たと考えているだろうが、筆者の見方は違う。
周囲が考える以上に賛成票が少なかったと思っている。

これまでのマスコミ報道を通じて、ムダの削減や公務員叩きに免罪符が与えられ、都構想賛成派は、あたかも大義を得た官軍のように振る舞い、反対派は既得権益に縋る寄生虫のような扱いを受け続けてきた。
ましてや、当の中学生市長は、歯に衣着せぬ物言いを武器に高い支持率を維持して周囲の批判を金繰り倒し、勤務中にフィットネスに興じたり一日中twitterで遊んだりしても誰も非難できないような特殊な環境を創り上げていた。

それにも拘らず、わずかな差とはいえ、自信満々だった彼らが反対票の前に屈したことは大きな意味があるだろう。
野次馬根性のマスコミを味方に付け、公務員に卑しい嫉妬心を抱く大衆を味方に付け、重度の改革病を患う政府首脳や自民党支持者を味方に付け、圧倒的に優位な戦闘条件を得た挙句に、大阪の中学生市長をはじめとする「改革便乗主義者」の連中が敗北を喫した意義は、決して小さくはないと考えている。

2015年5月 8日 (金)

若者の姿は明日の日本の姿そのもの

韓国の若者世代は、我が国以上の苦境に直面しているという話をよく聞くが、それを裏付けるようなニュースが報じられた。

『韓国で新たに生まれる「7放世代」とは?=韓国ネット「愛国心を追加して『8放』に」「あきらめずに戦おう」』
“2015年5月5日、韓国・朝鮮Bizはこのほど、韓国で若年失業が深刻化していると伝えた。若者の間では恋愛、結婚、出産をあきらめた「3放世代」を超え、マイホーム、人間関係をあきらめた「5放世代」、さらには夢、希望まであきらめた「7放世代」という言葉まで出てきている。
就職ポータルサイト・ジョブコリアの調査結果によると、20~30代の498人を対象に「7放世代」に関するアンケート調査を行った結果、回答者の85.9%が「7つのいずれかをあきらめる」と答えた。「あきらめない」と答えた回答者は14.1%だった。
20~30代があきらめることを考えたことがある項目(複数回答)としては、結婚が38.6%で1位。以下、出産(33.2%)、マイホーム(28.7%)、夢(26.2%)、希望のキャリア(21.5%)、恋愛(16.1%)、人間関係(15.4%)、趣味(14.7%)、旅行( 14.0%)の順となった。
男性の場合は、結婚(46.3%)が圧倒的に多く、夢(28.0%)、マイホーム(25.6%)、出産(21.9%)、恋愛(18.9%)の順。女性は出産が40%となり、結婚(33.7%)、マイホーム(30.68%)、夢(25.0%)、希望の職業(23.8%)が続いた“(Record China 5月7日(木)5時38分配信http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150507-00000007-rcdc-cn)

この報道を受けて、韓国のネットユーザーから、「子どもをつくりたければ、移民するしかないな」、「8放にしないといけない。『愛国心』を追加してね」という自嘲気味のコメントもあったそうで、自分たちの親世代が当然のように享受してきたささやかな夢やイベントすら諦めざるを得ない空しさが伝わってくる。

韓国は、日本を遥かに凌ぐ学歴社会(大学進学率は90%にもなる)でありながら、実質的な若者の失業率は20%を超えると云われるほど深刻な就職難(失業者の三分の一は若者世代)に苛まれ、挙句の果てに面倒な徴兵制まで課されるとあっては、このニュースのように、若者があらゆるものを諦めてしまう気持ちになるのも無理からぬことか。

まともな収入を得ることができるパイ自体が極めて少ないため、いくら努力したくても、その機会さえ容易には掴めず、運よく就職できたとしても、努力の成果がストレートに報われるような社会構造になっていない。(不正やコネ社会の横行、行き過ぎた成果主事による不毛な足の引っ張り合い)

彼らは、自国の将来性に対する期待値が極めて低く、韓国国民の7割以上が国外への移住を希望していると言われている。
韓国人の多くは、もはや努力することに賭け、それによって事態が打開されることに期待する気にすらなれないようで、努力することを放棄し、そこから逃避し始めようとしている。

だが、若者が置かれた不遇な状況は、我が国も変わりはない。
内閣府が行った「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(満13 歳から満29 歳までの男女/1000サンプル)」を参照すると、日本の若者は、韓国以上に現状に不安を抱いていることが読み取れる。
以下、いくつかの調査結果を挙げて比較してみよう。
【調査項目、「不安」、「どちらかといえば不安」の合計割合、日本(左)/韓国(右)】
・「そもそも就職できるのか・仕事を続けられるのか」日74.6%/韓63.1%
・「働く先での人間関係がうまくいくか」日74.8%/韓58.9%
・「働く先の将来はどうか」日68.3%/韓51.7%
・「十分な収入が得られるか」日78.0%/韓72.2%
・「リストラされないか」日64.6%/韓54.7%
・「老後の年金はどうなるか」日77.6%/韓62.3%
・「社会の景気動向はどうか」日73.5%/韓59.1%

このように、就職や就業、収入、経済環境などに関する質問に対して、日本の若者の回答は、韓国の若者と比べて総じて悲観的だ。
夢も希望もすべて放棄したかのような韓国の若者よりも、さらに一段上のレベルで現状に悲観せざるを得ない日本の若者の将来が危ぶまれる。

厚労省のデータ(労働力調査)によると、平成元年に817万人だった非正規雇用従事者数は、平成26年には1,962万人と2.4倍にまで膨れ上がり、労働者全体に占める割合も19.1%から37.4%に急増している。
そして、この間の雇用の質の悪化の煽りをもろに被ったのが若年層の人々で、15~34歳の非正規雇用者数は、平成元年の268万人から平成26年には634万人と大きく膨らんでいる。
この間、出生数は、ほぼ一貫して少子化のトレンドを辿っているのに、非正規雇用者数が2.3倍以上に膨らんだということは、その分だけまともな収入が得られる雇用の間口が狭められているということだ。

少子化によりライバルの数が減り、ムダめし喰らいの団塊世代の退職も重なるため、本来なら、若者の雇用状況は劇的に改善され、バブル時代をも凌ぐお気楽な就職状況であってしかるべきなのだが、現実はまったく逆なのだ。
近年、就職市場は売り手市場だとか、バブル時代以上の就職率だと騒ぐ連中もいるが、みずほ総研のデータによると、初職が非正規社員だった人の割合は、バブル期(S62~H4)の8%から平成24年には35%にまで増加しており、それが単なるホラ話であることが判る。

リフレ派みたいに、非正規であっても失業よりマシと、ひたすら現状追認するだけのバカな連中もいるが、このご時世に一旦非正規雇用に嵌ってしまえば、そこから抜け出すのがどれほど大変なことなのか解かっているのか。
運よく正規雇用に昇格できたとしても、非正規雇用期間中の経験は、たいていの場合、まともな就業スキルとしてはカウントされず、その分キャリアにロスが生じ、同世代の正規入社組とは、社内の評価や収入において埋めがたい差が生れてしまうのが現実だ。

だが、意外なことに、先に紹介した内閣府の若者の意識調査では、「自国のために役に立つようなことがしたい」という項目で、日本の若者が「YES」と回答した割合は54.5%と調査した7か国(日本、韓国、米、英、独、仏、スウェーデン)の中で最も高かった。
これだけ時代に裏切られ続け、社会にコケにされながらも、我が国の若者は自国や社会の役に立ちたいと強く願っている。

そもそも、多くの日本国民は、この健気な若者の善意に甘え過ぎなのだ。

社会的立場の弱い若者をつかまえて、今の若者は辛抱が足りない、職を選り好みし過ぎだ、せっかく就職してもすぐに辞めてしまうなどと、ダラダラした社会生活に浸かりきった自分のことを棚に上げて若者批判に余念がない。

口先だけの評論家世代には早々にお引き取り願いたいところだが、シニア層の活用とか、シニアセカンドキャリアとか、行政サイドがシニア層を甘やかして余計な機会を与えるせいで、不良債権世代の一掃作業がなかなか進まない、

若者の姿は国の明日の姿そのものである。それは、日本も韓国も変わりはない。
彼らが息苦しいと感じる社会環境の中から、果たして、国全体を引っ張って行こうとする前向きな気概や発想が生れるだろうか。

この惨状から目を背け続けることは、国の衰退にコミットするのと同じことだ。

2015年5月 2日 (土)

収入が増えることこそが消費者の利益

『お酒の激安販売を規制へ 議員立法で今国会に関連法改正案 量販店やスーパーの特売〝標的〟』
“ディスカウントストアや量販店などで、酒類の過剰な廉売を規制する酒税法改正案が、今国会に議員立法で提出されることが13日、わかった。関連法に取引基準などを新たに定め、違反すれば業務改善命令や酒類販売の免許を取り消す処分ができるようにする。
 酒税法などの一部改正案は、自民党や民主党などの議員連盟の要望を受け、衆院財務金融委員長案として提出する。今通常国会で成立させ、1年以内の施行を目指す方針だ。
 大規模量販店やスーパーマーケットでは、特売の“目玉商品”として、通常の小売店の仕入れ値以下の価格でビールなどを販売するケースがある。度を越えた廉売により、値引きを強いられる卸売業者や、競合する一般の酒販店などの経営が圧迫されるケースも少なくない。
 酒類の不当廉売に対する申し立てや苦情は、「他の物品に比べて群を抜いて多い」(自民党議員)ことから、酒税の円滑な徴収が阻害される恐れがあるとして、法改正に乗り出す。“
(2015.4.14 産経ニュース記事より)

実際に、業態別酒類販売数量における一般酒販店の割合は、平成3年に83%もあったのが、平成25年には14.8%にまで激減している。
酒類全体の販売数量が漸減傾向にある中で、体力のない酒販店が、大手スーパーや量販店との競合に敗れていった結果だろう。(一般酒販店の赤字企業割合は約25%にも及び、他業態と比べて突出している)

今回の酒類不当廉売に対する規制の動きは、こうした現状を見かねてのことだろうが、あまりにも遅きに失している。
一般酒販店の事業者数は、平成13年の7万者から、平成25年には3万2千者ほどと半分以下に減っているが、この間、自民党議員の連中は、支持母体の苦境をほったらかしにして何をしていたのか。
もはや、新自由主義者の巣窟と化した自民党議員の連中は、改革だ、自由競争だと頭に乗って、必要な規制を怠り、大手企業が不当にマーケットを席巻するのを、指を咥えて眺めていただけではないか。

だが、こうした不当廉売に対する規制に対して文句を言う愚か者もいる。

さっそく、日経新聞が4月30日付の「春秋」で、今回の規制の動きに噛みついた。
コラムでは「なんだか統制経済という言葉を思い出すコワモテぶりだが、今国会で成立をめざすそうだ。消費者の利益は二の次の業界対策というほかない」と批判し、酒販店の保護などもってのほか、安いスーパーや量販店あるいはネット通販で酒を買うのが世の中の流れだ、とお得意の“なんでも現状肯定論”を展開している。

自分たちはマスコミ業界という最強の統制経済下でぬくぬくと保護されておきながら、他人には厳しい競争を課そうとするいい加減さは相変わらずだが、彼らが金科玉条の如く持ち出す「消費者の利益」とは、いったい何を指すのか。

何でも安くモノやサービスが買えることが消費者の利益だと考えているなら、世間知らずの小学生かオバちゃん並みの幼稚な発想としか言えない。
モノやサービスが安く手に入るということは、その対価を受け取る事業者の収入や利益が減るということの裏返しで、卵やビールを安く買えたと喜ぶ主婦がいれば、その裏で、会社の収入減少に悩むご主人が存在するということだ。

一部の者がやっているうちは良いが、これがマクロ経済全体に伝播し、廉売→事業者の収入減少→家計の所得減少→廉売という負のデフレサイクルに陥ると、深刻且つ長期の不況を免れない。
そして、それを実践したのが、小泉・竹中のバカコンビによる日本型デフレ不況であり、日本経済は、いまだにこの不況から脱し切れずにいる。

この『コスト削減=消費者の利益説』という邪教が恐ろしいのは、消費者だけでなく事業者の関心のすべてをコスト面に集中させてしまうことにある。
消費者(家計)は、とにかく安いものを探し回り、事業者(企業)は、削れるコストを炙り出そうと躍起になる。

その世界では、損益計算書の頂点に位置する「売上」や「収入」は完全に視野外に置かれ、売上原価以下のコストにのみ焦点が当てられ、削減対象となる生贄探しに誰もが熱中しはじめる。
大概の場合、最も図体のデカい仕入原価や人件費が真っ先にターゲットとして吊し上げられて、削減の大鉈が振るわれる。
その影響をもろに受ける下請け業者や家計では、経済活動の源泉となる収入を減らされた以上、支出を減らさざるを得ない。つまり、他者が本来得るべき収入や利益を削らざるを得ないのだ。

経済活動に対して、コストという一面からのみアプローチし続けると、収入減少→支出減少→収入減少という八つ当たりの連鎖はいつまでも止むことはない。
しかし、我が国では、政治家も国民も、こうした愚かな行為を20年近くも放置したままで、一向に改めようとする気配もない。
しかも、安倍首相が、先日の日米首脳会談で行った演説で、バカみたいに「改革」を連呼していたのを、大手マスコミがこぞって礼賛する有り様だ。

総務省が昨日発表した3月の家計調査では、2人以上の世帯の消費支出は1世帯当たり31万7579円で、物価変動の影響を除いた実質で前年同月に比べ10.6%減少し、比較可能な2平成13年1月以降で最大の落ち込みとなった(前年同月を下回るのは12カ月連続)そうだが、政府や官僚、マスコミをはじめ多くの国民も、こうした惨状に対する危機感が著しく欠如している。

家計が支出を増やせないのは、収入や所得が十分に増えていないためであることくらい小学生でも解るが、調査結果を受けて、明治安田生命の謝名憲一郎エコノミストは「消費者マインドは改善しており、今後、個人消費は回復基調で推移するだろう」とまったく的外れなコメントを出している。

収入がたいして増えてもいないのに、なぜ消費者のマインドが改善するのか、仮にマインドが改善したとして、なぜ支出が減っているのか、収入が増える見通しもないのに、なぜ個人消費の回復を予測できるのかという点について、このバカエコノミストは何ひとつ説明できていない。
現状の構造改革・緊縮財政・金融緩和の3本柱による経済政策の正当性を無理に主張しようとして、事実を糊塗してはいけない。

このまま、コスト面のみからアプローチする経済政策に固執していると、家計調査結果の悪化が今後も続くだろう。
一刻も早く、まず売上や収入を増やす、そのためにどういう経済政策が有効か、という基本的且つ当たり前の発想に転換すべきだ。

昭和40~50年代くらいの漫画に目を通すと、物価が高いとかインフレだというフレーズをよく目にするが、登場人物は、そんな経済環境に臆することなく、希望に満ちた表情で生き生きと描かれている。
それは、彼らの収入が物価以上のスピードで上昇し、年々、生活力がUPしていたからに他ならない。

そうした時代とは比較にならぬほど技術力や供給力が増した現代には、高度成長期以上の経済成長を享受できる資格も可能性も十二分に備わっている。
足りないのは、それを理解し、実行に移そうとしない国民のマインドのみだ。

消費者の利益とは、モノやサービスをできるだけ安く買えるというレベルのみみっちいものではない。

消費者が”消費”者たる所以は、安いものを求めて買い渋ることではなく、積極的な消費主体として国富の太宗を占める個人消費を動かすことにある。

年を追うごとに十分なスピードで収入や所得が増え、質や性能の良いモノやサービスを躊躇いなく手に入れることができること、そして、そうした消費者の要求を満たすモノやサービスがいつでも即座に供給される経済環境こそが、真の意味での消費者の利益だと言えるのではないか。

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