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2015年11月

2015年11月23日 (月)

『カネを借りることができないこと=経営課題』という勘違い

先日、出張先で読んだ新聞記事に、当地の中小企業家同友会の代表理事が寄稿したコラムを目にする機会があった。

中小企業家同友会という組織は、以前にも別のエントリーで紹介したことがあったが、商工会議所や商工会といった経済団体とは一線を画した、言わば経済団体の野党的な存在(民商や同和団体みたいな単なるゴロツキとは違う)で、行政とは一定の距離感を保ち、人材育成や商品開発に熱心な自称”意識高い系”の中小企業経営者の集まりである。(意識の割に、企業としての収益性は相当低いけど…)
コラムの内容は、地域の信金の合併に触れたもので、数年後の合併を発表した複数の信金が、元々の本店所在地域にも地元向けの融資審査部門を残す方針であることを歓迎する、という趣旨で始まり、それに関連して、次のような主張を展開していた。
①地域に必要な資金が回っていない。地域金融機関は、地域の資金を地域で回し、地域の活力強化に寄与すべき。
(当地域の信金の総預金量約7兆円に対して、貸出金は約3兆円にとどまり、預貸率は42%に過ぎない)
②地域の金融機関や金融行政担当者に、経営者の声をじかに聞き、経営指導に注力すべき。(都内にあるとある信金は、職員の目利き力の育成に熱心で、外部専門家との連携もあり、預貸率は70%を超え不良債権比率も低い)


この手合いの中小企業経営者の空理空論について、過去にも何度か取り上げてきたが、もう一度、筆者の考えを述べておきたい。
こうした金融機関に経営コンサル的な役割を求める動きは、認定経営革新等支援機関(中小企業経営力強化支援法なるどうでもよい法律に基づき、金融機関や支援機関等に企業支援分野でタダ働きさせようとするもの)という制度を通じて、金融庁や経産省が熱心に推進しているものだ。

端的に言えば、”金融機関を担保依存型の融資姿勢から脱却させ、中小企業の事業性を評価し、企業サイドに寄り添った融資を行う”よう、意識改革を図りたい、という、いかにも世間知らずの素人が考えつきそうな制度である。

これに、企業経営の実態をよく解りもしないマスコミや”庶民”らが乗っかり、汗水垂らして努力している哀れな中小企業を、金融機関が融資もせずにイジメているかのような幻想を振りまくせいで、中小企業経営者も調子に乗り、事業計画も碌に説明せずに、返せもしないカネを引き出そうと躍起になっているのが実情だろう。

世間には、金融機関の審査体制を指して、「金融機関=担保主義」といったステレオタイプの批判しかできないバカが跋扈している。
これだけ、国内の不動産価格が下落している以上、金融機関として、担保主義に走りたくとも、走りようがなく、企業の事業性を最大限考慮したい(と言うより、事業性に頼りたい)と考えているものだ。

しかし、融資担当者の立場から言えば、たいがいの企業は、財務内容が悪すぎるうえに、金融機関側が事業に対する”目利き”を発揮したくとも、そもそも、経営者自らが事業の収益性や将来性を数値で説明できないし、素人目に見ても、彼らの事業が成功しそうな予感が全くしないケースが大半を占めている。
(特に、環境分野の技術開発系の案件や地域特産品の東南アジア方面への輸出案件などで、そういった傾向が顕著である)

中小企業の味方を気取る世間知らずの連中には、社会勉強のため、融資相談の現場に、ぜひ同席してみてほしいと思っている。
彼らが、自信満々に語る事業の構想が、どれほど無鉄砲で無計画なものであるか、そんな商品やサービスに金を払うバカがどこにいるのかと口をあんぐりさせられる経験を一度味わってもらいたい。

「外見じゃなくて、オレの中身を見て評価してくれ」と粋がる幼稚な中学生に、「キミは外見だけじゃなく中身も大したことがない」と本音を吐きたくなることと思う。


向こう5年ほどで5千万円くらいの売上しか見込めない事業に1億円の融資を申し込みに来るネジの外れたドリーマーに、あなたの大切な預金を貸出してもよいのかと尋ねてみたい。

そもそも、個別の企業の事業に関して、金融機関の人間は素人同然と言ってもよい。
ラーメンを作ったこともなければ、海外から機械を輸入したこともない人間に、自社の経営指導を依頼する、という発想自体がどうかしてるのではないか?

金融機関の目利き力向上みたいな口清い言葉の裏に、無料で使える便利なコンサルタント役を期待しているのなら、本末転倒ではないか。
企業が本気で経営指導を受けたいのなら、きちんと身銭を払い有料で専門のコンサルタントを招聘すべきだろう。
自社の課題すら、金融機関の職員に指摘されないと気付けないようなら、既に会社の命脈も尽きているのではないか。


また、地域経済が疲弊しているのは、地域に融資が回ってないせいだ、という論調は、原因と結果を取り違えた全くの誤りである。

いまや、大手都銀だろうが地銀だろうが、はたまた、信金や信組であろうが、融資先を探そうとしない金融機関など一行たりとも存在しない。

特に、信用力の高い企業が少ない信金・信組みたいな地域の金融機関なら、最大の経営課題は融資額の減少であり、減り続ける一方の法人融資先をカバーすべく、県庁所在地や他の中核都市で個人向けのアパートローンや住宅ローンの開拓を巡り、他行との間で壮絶なバトルを展開せざるを得ない。

本来なら、最も得意な法人向け融資事業を柱に経営拡大を図りたいところだが、長らく放置されたデフレ不況のせいで、個々の企業の財務が痛み過ぎており、前向きな(=返済可能性が担保された)融資をできるような状態ではない。

当の新聞のコラムでは、地域に資金需要がないわけではないとの記述があったが、「資金需要」とやらの実態は、赤字補てんのための自転車操業資金や滞貨資金みたいな危険なものか、実現性の欠片もない無謀な事業に注ぎ込まれる資金でしかない。
そういった返済の充てのない性格の資金のことを「資金需要」などとは、到底呼ぶべきではない。

このように、B/S(貸借対照表)の借入金を増やせば事業が上手く行くと思っている愚か者が後を絶たない。
手持ちの資金さえ確保できれば、それが借金であろうと構わない、という破綻懸念者に融資するなどトンデモナイ話である。

経営の基本は、P/L(損益計算書)の改善、しかも、その頂点にある売上の増強に尽きる。
売上こそが、企業経営にとって最大かつ最強の栄養源であり、資金繰りの出発点でもあり、ここが改善されれば、中小企業の経営課題の大半は解決される。

この点を見落として、後で利息を付けて返済せねばならない借入(融資)に汲々としている時点で、7~8割がた経営は終焉に近づいていると言ってよい。


紹介したコラムを書いた同友会代表理事には、金融機関に企業の目利き力UPを要請するような効果に乏しい遠回りな政策ではなく、もっと直接的に企業財務の改良につながる大規模かつ長期の財政政策の発動をこそ、行政サイドに強く要望すべきだと言っておきたい。


(※)新自由主義や緊縮財政主義に反対する言論サイト『進撃の庶民』(http://ameblo.jp/shingekinosyomin/)も併せてご愛読ください。

2015年11月11日 (水)

アベノミクス第二ステージの行く末は第二の敗戦に終わる(生産性革命という後進国根性)

先日、ぼんやりと経済財政諮問会議の議事資料を眺めていると「アベノミクス第二ステージに向けて」という表現が目に入ってきた。

何のことかと資料を読み進めると、アベノミクス第二ステージとは、GDP600兆円にぶら下がった例のぼやっとした3つの的とか、一億総活躍社会なんかのことを指すらしい。

足下の景気は、一向に回復の兆しがなく低迷したままなのに、いつの間にステージチェンジしたのかと訝しんで、首相官邸のHPを見てみると、「アベノミクスは、デフレ脱却を目指して専ら需要不足の解消に重きを置いてきた「第一ステージ」から、人口減少下における供給制約を乗り越えるための対策を講ずる新たな「第二ステージ」に入りました」と記されていた。

個人的に、アベノミクス第一ステージとやらは、消費税増税と財政再建計画に固執した緊縮気味の財政運営により大失敗に終わった(2014年度名目GDPは対前年度比+1.4%、実質GDPは同▲1.0%)と断定しているが、官邸サイドは、デフレ脱却に向けた需要不足の解消という所期の目的を達成したと強弁するつもりらしい。

二人以上世帯の消費支出は、ここ12ヵ月間に前年同月比でプラス化したのは、たったの2ヵ月だけで、勤労者世帯の実収入ベースでも、同じくプラス化したのは5ヵ月間だけという厳しい状況が続いている。
個人消費はGDPの6割を占めると言われるが、その源泉たる実収入が増えない以上、消費が増えるはずがない。
そして、個人消費が増えない以上、需要不足が解消されるはずもない。
よって、官邸サイドによる「需要不足の解消を目的とするアベノミクス第一ステージからの卒業宣言」は全くのウソやデタラメということになろう。

安倍政権が、済ませてもいない宿題をさも終えたように装うのは、苦手な科目(需要不足を解消するための財政金融政策)から逃げ回り、好きな科目(供給サイドの強化と改革ごっこ)に専念したいからであり、そのためには、勝手にステージチェンジを宣言することも辞さないということだ。

11月4日に行われた第17回経済財政諮問会議の議事要旨を読むと、これまでGDP600兆円という目標設定に懐疑的だった経済界も、急に政権にすり寄り、「600兆円は実現できるという感覚を共有できる躍動感が、なお一層必要なのではないか」という具合に、気持ち悪いほどのおべんちゃらを並べ立て始めたことが判る。

会議では、GDP600兆円は必達目標というくらいの意識共有がなされた(麻生財務大臣以外にノリが悪い者はいなかった様子)ようで、珍しく、“異次元な施策”を打つべしとの発言もあった。

しかし、残念ながら、目標達成のための手段として挙げられたのは、賃上げ要請や最低賃金の引上げ、パートの配偶者控除額の200万円への引上げ程度のショボイものばかりで、それどころか、どさくさに紛れて法人税の20%台への引下げのような全く無意味な施策も潜り込まそうとするありさまだ。

提案された賃上げ率は、年3%を最低5年間続けるべしというものだが、こんなものは、会議に諮る以前に、財界サイドが先陣を切って取り組んでおくべきものだろう。
国家のお墨付きを得ずとも、賃上げくらい自分たちの意志でやればよいし、賃上げだけでなく、下請け企業への適正価格での発注(=下請けイジメの厳禁)にも、率先して取り組むべきだ。

さらに言えば、年3%程度の賃上げなどと甘っちょろい目標に安住せず、8~10%くらいの高水位な目標が必要だろう。

20年以上にもわたる長期不況のせいで、消費者の手元資金(フロー)はすっかり枯渇し、将来に対するマインドも冷え切っている。
これを融解させて、前向きな消費や投資行動に移らせるには、生活物資の値上がりや増税による負担感を軽く凌駕するようなインパクトが欠かせない。(無論、消費税を全廃するのが望ましいのだが…)
誰しもが収入増加を実感でき、この先も雇用の安定と収入増加を確信できるような経済環境の実現を目標にすべきだ。

だが、安倍首相は、真逆の方向に向かって全速力で突っ走ろうとしているようで、先月に行われた第24回産業競争力会議でも、
『農業や医療やエネルギーといった岩盤規制の改革を中心に、抜本的な改革を実現しつつある。
成長戦略は新たなステージに入る。その鍵は生産性革命である。人材やITへの積極的な投資を喚起してまいる。同時に、働き方改革や大学改革によって未来を切り開く人材を生み出してまいる。
生産性革命は全国に波及させてまいる。農業や観光、医療、健康管理など、地域の産業改革をしていく。併せて、地方が国内外からの投資を呼び込む取り組みを支援する。』
と熱弁をふるっていた。

あいかわらず、100年経っても変わらぬ改革病に憑りつかれているようで、「規制緩和・改革・生産性・外需」といった空虚な言葉を連呼し、自己陶酔している様子が窺える。

最も苦笑を禁じ得ないのは「生産性革命」とやらが、技術革新や設備投資、製造コストダウン、生産工程改善のようなサプライサイド強化の文脈で語られていることだろう。

「生産性」をはじき出す公式には、何らかの形で“生産量や生産額”という因子が含まれていることと思うが、それらの多寡を決めるのは、あくまで、生産の要因あるいは目的としての「需要」であり、生産性といえども、需要の束縛から逃れることはできない。
つまり、中国みたいな需要を度外視した過剰生産をも厭わない狂国は別として、“需要を無視して生産性を語ることなど出来ない”、表現を変えると、“生産性向上が新たな需要を創造するという発想は、前近代的な時代遅れの思考である”と言うべきだろう。

経済財政諮問会議や産業競争力会議は、元々、新自由主義者の巣窟であり、そこでGDP600兆円の目標が掲げられたり、賃上げが提案されたりしているからと言って、彼らのベクトルが変わったと勘違いしてはならない。

彼らの目的は、あくまでも、「規制緩和・外需依存・緊縮財政」を柱とする改革ごっこに興じることであり、それらをスマートに実行できるよう、賃上げや最低賃金の引上げのような耳触りの良いセリフを撒き餌としてバラ撒いているだけのことだ。

本気で賃上げしたいのなら、財務官僚を捻り上げて、その原資となる大規模な財政支出を認めさせ、ケチな財界もそれを後押しすべきだ。
政官民が一体となり、緊縮財政の元凶である財務官僚を攻めたてて、彼らに、日本の実体経済復興プランを立案させるとともに、大規模かつ長期に亘る財政金融政策に対する踏み絵を国民の前で踏ませるくらいのことはすべきだろう。

そういった“異次元の施策”を断行して初めて、国民のマインドも変わろうというものだ。

2015年11月 9日 (月)

重要なのは「修理」ではなく「給油」

『夏のボーナス、前年比2.8%減 非正社員の増加受け』
“今夏のボーナスの1人あたり平均額は、前年より2.8%少ない35万6791円で、2年ぶりに減った。非正社員の割合は2014年に初めて4割に達しており、厚生労働省は減少の理由を「ボーナスの支給水準が低かったり支給されなかったりするパートや嘱託など、非正社員の割合が高まった」と説明している。
 厚労省が9日発表した。減少幅は、リーマン・ショック翌年の09年(9.8%減)以来の大きさとなる。従業員数が多い産業ごとにみると、卸売業・小売業が6.5%減の29万6120円、医療・福祉が4.7%減の25万7278円、製造業が3.3%減の49万4777円で、いずれも落ち込んだ。従業員5人以上のおよそ3万3千事業所を対象に調べた。“(朝日新聞デジタル 11月9日(月)10時49分配信)

このニュースを耳にした時に、筆者には何の違和感もなかった。
2008年度と比較して2015年度の企業の現預金保有額は100兆円近く増えている(大企業だけでなく、意外と中堅・中小企業も現預金を溜め込んでいる)のに、その間の労働分配率はほとんど増えていない。

また、仕事柄、様々な中小企業と接し、彼らの業績や悩みを聞いていると、新聞紙上を賑わすインバウンド効果や人手不足といった言葉も、何処か他人事のように聞こえている。
多くの中小企業は、未だ、不況のどん底にあり、売上低迷や資金繰りの窮乏に喘いでいる。

以前公表された、主に従業員500人以上の上場企業140社への経団連の調査では、今夏のボーナス妥結額は前年比2.81%増なんて調子のよいことを言っていたが、今回の調査結果を見ると、従業員500人以上の企業の一人当たりの平均賞与額は63万4781円で前年比▲2.6%という結果が出ており、経団連の発表がまったくのインチキであったことが判る。

特に落ち込み幅の大きかったのは、製造業3.3%減、卸売業・小売業6.5%減、医療・福祉4.7%減で、一般的に人手不足だと言われているはずの業種が目立つ。
人手が足りないほど儲かっているはずの業種のボーナスが、なぜ、下がるのか、アベノミクスを妄信する連中にぜひ訊いてきたいものだ。

そういった連中は、労働者平均給与の低迷や非正規雇用の増加による雇用条件悪化の実態を目の当たりにしても、“アベノミクスで給与が上がっているぞ、有効求人倍率も改善したはずだ”と、醜い強弁を繰り返すばかりで、そうした声に支えられ、政府も、先月の月例経済報告で、2014年5月以来の「景気は緩やかな回復基調が続いている」という従来からの表現を繰り返したが、それが何の根拠もない空論に過ぎなかったことを、そろそろ認めざるを得ないのではないか。

経営者が口にする「人手不足」という言葉は、業績UPに伴う前向きな意味合いのものではなく、定年退職したベテラン社員の不補充やきついノルマと低賃金に耐え切れず辞めていった中堅社員の穴埋めをしたいが、“安い給与でベテラン並みに働いてくれる都合のよい人材が見つからない”という自分勝手な要求を指すものであり、額面通りに受け取ってはいけない。

経済財政諮問会議に提出された資料には、労働意欲を持つ人材が国内には1000万人以上いるそうだから、経営者サイドが適正な雇用条件を提示すれば、いくらでも人材を確保できるはずだ。
人手不足という言い訳が、あちこちで飛び交っているということは、求職者に対して碌な雇用条件が示されていない証拠であろう。

11月4日の第17回経済財政諮問会議に提出された「アベノミクスの第二ステージに向けて」という資料には、企業利益・設備投資の動向に関して、「大企業の利益は過去最高水準にあるが、それに比べて、設備投資や研究開発費、人件費といったキャッシュアウトの動きは総じて低調であり、現預金等が積み増されている。業種別にみると、自動車、電気機器、商社といった業種において、保有する現預金等の増加幅が大きい。成長志向の法人税改革の早期完了や企業収益が確実に投資等へのキャッシュアウトに結び付く取組が重要」との指摘がある。(下請け企業への適正な支払い、という観点が欠落しているようだが…)

また、家計消費の動向に関しては、「若年層の多くの所得階層において、他の年齢階層よりも消費性向が低くなっている。特に、若年の低所得者については、物価上昇の中で、消費全体を抑制している動きがみられる。この背景として、子育ての備えなど予備的な貯蓄確保の観点から、貯蓄している姿が明らか。低所得者層をはじめとする消費の活性化に向けては、将来を見通せる安定的雇用の確保、継続的な賃金引上げ、正規化、子育て支援等社会保障の若年世代への重点配分の4つが重要」と、こちらもある程度まともな分析をしている。

だが、元来、新自由主義者や構造改革主義者の巣窟である経済財政諮問会議の連中から、まともな対策が出てくるはずがない。

実際に、彼らの提言を見ても、『成長志向の法人税改革、規制改革による民間企業の投資機会の拡大、女性・若者の正規化支援、多様な働き方の促進、高齢者雇用のさらなる促進、農業の企業経営化、観光産業の生産性向上』といった旧来型サプライサイド系の空理空論が羅列されているだけで、しかも、それらを“財政再建計画の範囲内”でやろうという程度のものに過ぎない。

企業が国内投資を絞り込む理由、若者が消費を躊躇う理由なんて、内需低迷による雇用環境の悪化や収入の減少に決まっており、供給サイドをいくら弄っても解決できる問題ではない。

近年、日本をはじめとする先進国で表面化している経済問題は、ほとんど実体経済の需要不足(=売上や所得の不足)で説明できるものばかりだが、財政再建教や構造改革教に染まり切った狂信者は、その事実を認めたがらず、財政再建やサプライサイドからのアプローチに固執して失敗を繰り返してきた。

ガソリン不足で走行不能な車を前にして、給油を拒絶したままエンジンや足回りの修理に執着するバカそのものである。
デフレ不況に突入して以降、サプライサイド革命の失敗事例には事欠かないのだから、中学生レベルの判断力が備わっていれば、持説の誤りに気付けると思うのだが…

安倍首相は、GDP600兆円の達成を目標に掲げているが、ディマンドサイドを刺激する施策抜きでの達成は絶対に不可能だと言ってよい。

まともな供給力を有する先進国が採るべき経済政策は、『需要力の拡大を基点とした供給力の維持拡大』であり、その逆ではない。

2015年11月 2日 (月)

物価目標の意義をきちんと理解できない者は、金融緩和政策の是非を語るべからず

既に報じられているとおり、10月30日に行われた日銀金融政策決定会合で、年2%の物価上昇目標の達成時期が、「2016年度前半」から「2016年度後半ころ」へ先送りされることが決まった。
当初の目標であった「2015年4月」から起算して約2年間の延長となり、目標達成(たぶん無理だろうが…)まで計画期間の倍近くの日数を要することになる。

リフレ派が絶対の自信を持って宣言した『日銀のコミットメント』とやらも、ずいぶん軽々しいものだと呆れている。

目標先送り決定の要因は、中国ほか新興諸国経済の失速や原油安、国内景気の低迷にあると報じられている。(これだから、外需頼みの経済運営は危険だと思うのだが…)
加えて、リフレ派から、先の消費税増税による消費の低迷により足を引っ張られた、と負け惜しみ気味の言い訳が聞こえてくる。

総務省が発表した9月の消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合指数が前年同月比で▲0.1%と2ヵ月連続で低迷しているが、当の日銀は、原油安の影響を除くと、同1.2%まで上昇しており、エネルギー価格の下落という特殊要因を考慮すれば、全体的な物価の基調は堅調だと強がっている。
まるで、“テストの総合点が下がったのは、化学が異様に難しかったせいで、自分のせいじゃない、”と浅ましい言い訳をするようなものだ。

だが、この先、原油価格が反転し、消費者物価指数が上昇したとしても、果たして、それは“望ましいインフレ”なのだろうか。

2013年に始まった異次元金融緩和(黒田バズーカ)は、国債の日銀保有率上昇による政府債務の実質無効化と為替水準の変動による行き過ぎた円高の是正に役立ったことは確かだろう。

しかし、その間に適切な財政政策がなされぬまま実体経済の低迷が続いたため、待望であったはずの円安がもたらしたのは、実際には、輸入原材料の上昇による生活必需品の値上がりという“円安災害”だけだった。

望んでいたディマンド・プル型のインフレではなく、迷惑でしかないコスト・プッシュ型のインフレが日配品や生活必需品を直撃したため、全体の消費者物価指数の動きとは別に、国民の脳裏には「悪いインフレ」が到来したという印象が鮮明に残り、きつく締まった財布の紐が、さらに強く締め付けられている

現に、総務省から発表された9月の勤労者世帯実収入は、1世帯当たり415,467円と前年同月比は▲1.5%(実質値▲1.6%)と低迷しており、消費支出も同▲0.9%と再びマイナスに落ち込んだ(いつもどおり、天候不順のせいにされる可能性大)が、国民からすると、収入が増えない中で、日配品や食料品が値上がりしているのだから、支出を減らして対抗しようとするのは当然だろう。

こうした国内の消費の落ち込みを見かねたのか、呑気なマスコミの連中からも、「企業の賃上げが、商品の値上げに追いついていない」、「所得が増えなければ消費が落込み、物価上昇は続かない」と指摘する声が上がり始めている。

本来なら、ここで強力な財政出動を訴えて、実体経済に実需に直結するマネーを注入し、消費の源泉となる所得を国民に行き亘らせるよう迅速に行動すべきなのだが、バカなマスコミや市場関係者から出てくるのは、「旧来型のバラマキに後戻りすべきではない」、「一刻も早い成長戦略の実行が待たれる」といった類の見当違いな意見ばかりで、うんざりさせられる。

破綻したコミットメントの責任すら取ろうとしない黒田総裁を批判するのはよいが、一方で、大真面目な顔をして、消えかかろうとしている焚火に冷や水を浴びせかけるような妄言を吐くから始末に負えない。
金融緩和政策一本槍のリフレ派も大概だが、金融政策はおろか、景気や経済成長の意味や意義をまるで理解できていない連中が、ペンという権力を奮っていることに改めて背筋が寒くなる思いがする。

今回の日銀の決定に対して様々な声が上がっているが、ほとんどが、2%の物価目標達成に関するテクニカルな批判や擁護ばかりで、“物価目標を設定する目的や意味”については、当の日銀首脳陣も含めて、まったく理解していないことに気付かされる。

黒田総裁の言い訳どおり、今後、原油か価格が上昇し、目論みどおり2%の物価目標が達成されても、所得が低迷し続ける中では、「悪いインフレ」の影響による経済的被災者が増えるだけで、それを歓迎できる者は誰一人いないだろう。

真の目的は、「2%の物価目標を達成すること」ではあるまい。
「実体経済を活性化させて2%程度の物価上昇を十二分に許容できるよう国民や中小企業のフローとストックを改善させること」こそ、インフレ・ターゲットを掲げる真の目的であることくらい、経世済民を目指すものならば、当然理解できるはずだ。

先ず、国民や中小企業の懐を豊かにして、ディマンド・プル型のマイルドなインフレ状態に自然移行する経済環境を創り上げることこそが、金融政策を始めとする経済政策のあるべき姿である。

使われもしないマネーを銀行口座にブタ積みしたり、内需の破壊につながる成長戦略みたいないかがわしい空理空論を吐いたりするだけでは、国民や中小企業のフローとストックを改善して前向きな消費・投資マインドを引き出すことは絶対に不可能だろう。
せっかく、日銀が勇気を奮って盛大に撃ち放ったバズーカ砲を墜落させないためにも、緊縮政策を求める雑音を排して、きちんと財政政策を打ち、実体経済に資金を投じて下支えしてやらねばなるまい。

経済活動は綺麗ごとでは動かない。
モノやサービスの供給能力が高度に発達した現代では、突き詰めると、使えるお金と実体経済に流通するお金の多寡が経済活動の成否を決めると言ってよい。

その「使えるお金」を産み出す政策は何か、どの政策を採用すれば、使えるお金が実体経済にスピーディーかつ広範囲に行き渡るのか、既に20年以上にも及ぶバカバカしいほど長期化した経済停滞を経て実証済みだろう。

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