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2016年7月

2016年7月29日 (金)

日銀は完全に弾切れ、いまこそ財政政策へのステージチェンジを!

『日銀、追加緩和=上場投信購入6兆円に倍増―政府と連携・マイナス金利維持』
(時事通信 7月29日(金))

「日銀は29日、金融政策決定会合を開き、追加金融緩和を賛成多数で決めた。緩和は1月のマイナス金利政策の導入決定以来、6カ月ぶり。株価指数連動型の上場投資信託(ETF)の買い入れを現在の年3.3兆園から6兆円に増額する。企業や金融機関の外貨調達の支援強化も決めた。金融機関が預ける日銀当座預金の一部に適用するマイナス金利は現行水準のマイナス0.1%に据え置いた。(中略) 通貨供給量を増やすため実施している現在の年間80兆円の国債購入は増額を見送った。(後略)」

注目を集めていた日銀の金融政策決定会合は、予想以上の肩すかしに終わった。
もはや日銀には、これ以上の打つ手は残っていないようだ。

ETFの買入増額なんて、誰も期待していない。
こんな愚策で具体的な経済効果を狙っているのだとしたら、日銀首脳部は、全員即刻辞表を出すべきだ。

黒田総裁は、会合後の会見で「必要な場合は追加的な金融緩和措置を講じる」と、お馴染みの空手形を乱発していたが、噂のあった“ヘリコプターマネー”どころか、国債買入額の増額やマイナス金利の拡大(この辺の効果も怪しいものだが…)にすら踏み込めず、市場関係者は大いに落胆したことだろう。

日銀の異次元金融緩和政策に対する悲観的あるいは否定的な意見は根強いものがあるが、そうした意見にも、「金融緩和政策なんてやっても意味がない」という金融政策嫌悪派と、「これ以上やって日銀の国債直受けにまで発展してしまうと、大規模な財政支出につながり日本経済が回復してしまう」という成長否定派の二通りがあり、最近は後者の意見が多く聞かれるようになった。

『日本の金融緩和依存に懸念=「財政ファイナンスはリスク」-IMF』(7月28日時事通信)
「国際通貨基金(IMF)のマレー副報道官は28日、記者会見で日本の経済政策について(中略)金融・財政政策と構造改革を適切に組み合わせ、包括的に実行するよう促した。また、日銀が政府から国債を直接引き受ける「財政ファイナンス」が導入されたら、国債市場に懸念が生じて金利が高騰するリスクが生じ得ると指摘。「世界各国にも打撃が及ぶ恐れがある」と警告した」

『中銀の財政支援は「異常」=FRB議長、日欧のヘリマネ論に懸念』(6月16日時事通信)
「米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は15日の会見で、中央銀行が金融政策で政府の財政を支えるような事態は「極めて異常で極端だ」と語った。日本や欧州の金融政策が財政を補完するようになるとの見方も一部で浮上しているが、議長は「学術的議論でも異常な状況だ」と懸念を示した。イエレン氏は「通常は中央銀行の金融政策と政府の財政政策を区別することが重要だ」と指摘。中銀が国債の直接買い入れなどで、紙幣の増刷効果を生み出す「ヘリコプターマネー」によって、「ハイパーインフレに陥った国はあまりにも多い」と語り、「物価の安定は中央銀行の独立性によって支えられている」と訴えた。(後略)」

一見、IMFのマレー氏やFRBのイエレン氏の意見は、日銀が政府の軍門に下り、ヘリマネの下働きをさせられることが、将来的に深刻なハイパーインフレを招くことを懸念しているように聞こえる。

しかし、彼らの本音はそこではない。
彼らが真に憂慮しているのは、
①日欧の金融政策の効果が疑問視され、国民やマーケットの連中から、次なる一手を求める声が高まる
②残された手段として、ヘリマネのような大規模な財政政策がクローズアップされる
③財政政策に対する期待感が、これまでの負のイメージを凌駕し、各国で実行され始める
④財政政策により家計や企業のフローが改善されるとともに、長期的な所得上昇期待が高まり、消費や投資の活発化により需要不足が解消され世界的な経済成長が実現する
⑤経済の活性化が社会的な最優先課題として定着し、彼らにとって最重要事項である“社会構造の改革と野放図な規制緩和”のプライオリティーが低下してしまう
という点なのだ。

要するに、金利高騰やハイパーインフレ云々という脅し文句を都合よく使っているだけで、「財政政策みたいに効き目の強い政策を打たれると景気が回復してしまい、俺たちが大好きな改革や規制緩和ができなくなるじゃないか!!」というのが、彼らの本音なのだから、まともに取り合う必要はない。

イエレン氏は、「ヘリコプターマネーによってハイパーインフレに陥った国はあまりにも多い」なんていい加減なことを言っているが、近年になってからヘリマネ的な財出でハイパーインフレに陥ったのは、せいぜい、ジンバブエくらいのもので、“あまりにも多い”なんてのは明らかに誇大表現だろう。
しかも、当のジンバブエ国民が悲惨な末路を辿っているかと言えばそうでもない。
一時的な経済の混乱こそあったが、いまでは他のアフリカ諸国を上回るほどの生活水準を確保しているようだ。(参考URL;http://gigazine.net/news/20120310-zimbabwe-us-dollar/)

日銀の金融政策に“非伝統性”を求めることを否定するような連中は、成長や分配よりも、改革や規制緩和という強者の自己満足を優先させたがるものだ。

日銀首脳部も、くだらぬ外野の意見には耳を貸さずに、ETF購入やマイナス金利のような効き目のない方策には早々に見切りをつけて、大規模な財政政策のサポートに舵を切るべきだろう。

2016年7月25日 (月)

成長の余地なら、くさるほどある

機能的財政論と唱える論者と金融政策版労論に固執するリフレ派との間には、長らく、『デフレの要因は「需要不足」か「貨幣現象」か』という論争があることは、当ブログの読者の皆様もご存知だろう。

実体経済の荒波に揉まれている社会人や生活者なら、所得が税や社会保険料負担の増加にまったく追いつけない苦しい経済環境を鑑みて、所得の伸び悩みや減退こそが消費(=需要)を冷え込ませ、デフレを長引かせていることを直感的に理解できるはずだ。

ましてや、リフレ派の総本山たる日銀が繰り出す異次元緩和政策やマイナス金利という“切り札”がまったく効かず、2%の物価上昇という「公約」の達成時期を既に四回も先送りしており、「デフレの原因は貨幣現象だ」と強がったところで失笑を買うだけだ。。
(もっとも、“デフレ脱却=2%の物価上昇”という目標設定自体が、端から見当違いなのだが…)


識者や論者の中には、“デフレの原因は需要不足にある”という文字を枕詞代わりに使う者もいるが、その後の論理展開が、筆者とは全く別方向にずれてしまう例もある。

例えば、今月20日に開催された経済財政諮問会議の政策コメンテーター委員会総会に意見を提出した日本大学経済学部 川出教授は、「デフレは少子高齢化などによる需要不足が原因であろう。ただ、円安や財政支出で需要不足を補っても、それが切れると再び需要不足に戻ってしまう。この繰り返しを終えるべきで、 (中略) 高付加価値を生むことの多い潜在消費は人々が持つ無意識の需要を刺激する必要があり、無意識である以上、企業家が試行錯誤して見つけるほかない。 (中略) 消費マインドは、中低所得者に配慮した社会保障強化で将来所得不安を払拭し、働き方を問わず、長時間労働で消費する暇がない状況を改善すべきではないか。単純に非正規労働女性を増やしても、低賃金労働のさらなる低賃金化や世帯あたりの総労働時間の増加で、消費機会を奪っている可能性がある。結局はデフレも、潜在需要、女性の社会進出・少子化対策もその背後にある問題で繋がっているのではないかと思う」と述べ、財政政策はカンフル剤に過ぎず、潜在需要を喚起するには企業家のアニマルスピリッツ(=消費低迷は魅力的な商品・サービスの不在が原因)と女性の活用(=低賃金労働の蔓延容認)が不可欠だと論じている。

また、ニッセイ基礎研究所専務理事 櫨浩一氏は、東洋経済オンラインのコラム(「金融政策や財政政策は根本問題を解決しない~対症療法でむやみに薬を飲むべきではない~」)で、「財政支出の増加や減税による需要創出を行えば、需要不足という問題は緩和して経済活動は活発化する。経済の悪化が、何かのショックが引き起こした一時的な需要不足によるものであるならば、経済は元の経路に戻り大幅な財政赤字は短期間で終了させることができる。しかし、バブル崩壊後の日本経済は慢性的な需要不足になっており、財政赤字による景気刺激を縮小しようとすると景気が悪化してしまい、財政赤字を縮小することができないでいる。 (中略)  財政政策と金融政策を駆使して大規模な景気刺激を行えば、日本経済を安定成長経路に戻すことができるという保証はない。景気刺激のために政府債務を大幅に積み増すというのは、財政危機に陥る時期を早めてしまうリスクが大きい。 (中略) 
病気の本体を治療せずに対症療法だけを繰り返していても患者の体力が低下していくだけだ。 (中略) むやみに薬を飲まずに、病気の原因を見極めるべきだ」と論じ、財政政策の効果を認めながらも、それは需要不足が一時的な場合にのみ通用するもので長期的な対策には成り得ないと財政政策限界説を強調している。

このように、貨幣現象説が敗北し需要不足説が主導権を握ったと考えるのは早計というもので、需要不足がデフレの原因だという言葉は踊っても、それは、構造改革や働き方改革、生産性革命などの断行を訴えるための時候の挨拶程度のものに過ぎない。

「デフレの原因は確かに需要不足だが、一時的な需要刺激策に意味はないし、却って麻薬のように日本経済の体質改善を阻害する。中長期的に必要なのは構造改革とそれによる生産性向上であり、痛みから目を反らすことなく改革を断行すべき」というのが彼らの本音だ。


確かに“一時的な需要刺激策は無効だ”という彼らの主張は正しい。
財政政策は“一時的”に打っても効き目は薄く(無論、打たぬより打つ方が100倍はマシなのだが…)、その効果を最大限に発揮するためには“永続的”に打たねばならない。

こういうことを言うと、カンフル剤を永久に打ち続けられるわけがないとレベルの低い批判が飛んでくるが、そもそも、財政政策=カンフル剤という認識が間違っている。

一国の経済活動の主役となるのは、個人消費を柱とする民間経済主体であることに異論はないが、彼らは意外と臆病で、莫大な資産ストックを有しているくせに、常に政府の支出態度を気にしながら消費や投資態度を決めている。
政府が積極的な財政支出を行えば、我先に資産を買い漁ったり、くだらぬ投資に手を染めるくせに、緊縮方針を打ち出した途端に、長期的な収益の画が描けないとか、将来不安だと言って財布の紐をきつく縛ってしまう。

ゆえに、経済活動の主役を元気づけるためには、政府は積極的な財政政策を永続的に打ち続けねばならない。
財政政策はカンフル剤なんて言い草は、財政政策の恩恵を軽視した恩知らずのバカ息子の吐くセリフであり、「財政政策は生存に欠かせぬ三度の飯だ」というのが真実なのだ。


だが、より大きな視点から見れば、“デフレは需要不足か貨幣現象か”という論争もコップの中の小さな諍いに過ぎないことに気付かされる。

デフレ不況の要因に関しては、需要不足説や貨幣現象説の他にも様々な意見がある。

例えば、経済構造の変化に対応できない構造改革不足説や世界的な為替変動説を唱える者もいるし、最近ではゾンビ企業が温存されたことによる生産性低下説もよく目にする。
しかし、最大の多数派は、需要不足派でも貨幣現象派でもなく、「デフレ宿命説に立脚した縮小社会受容論」だと思う。

これは、先進国を中心に世界経済が成熟を迎える中で、少子高齢化や生産年齢人口の縮小により需要力は衰え、生産力も制約を受けるため、かつてのような高度成長は望むべくもないという成長否定論や放棄論とも言える。

こうした成長否定派の論者は、エコノミストや評論家、マスコミ関係者、経営者層などの識者のみならず、市井の人々にも数多く存在している。

マスコミの連中から連日のように、“日本は少子高齢化で立ち行かなくなる”、“生産年齢人口が減り外国人労働者の受入れやロボット化が不可避だ”と脅しつけられて洗脳された庶民も多いだろうし、20年近くも不況が常態化する現代で、成長を信じ続けろと言う方が酷なのかもしれない。

だが、選挙の際の世論調査では、「景気を何とかしてほしい」、「社会保障制度を建て直してほしい」という回答が相変わらず上位を占めており、多くの国民が現状の改善を望んでいることは間違いない。

彼らがこんな矛盾した回答をする背景には、通貨の本質や景気・経済の意味、経済政策が景気に及ぼす役割りなど経済の根幹に係る事項への決定的な無理解ぶりがある。

「景気回復を望みながら、国の借金が増えるからと経済対策には反対する」、「国債や円が暴落すると慄きながら、円を手放そうとしない」、「日本の潜在成長率はたったの0.5%未満だから成長は無理だと言いながら、今期の売上目標は前年比プラス5%だと檄を飛ばす」
こんないい加減かつ矛盾だらけの思考回路で財政政策に反対する国民が圧倒的多数を占めていることに暗澹たる思いを禁じ得ない。

日本の潜在成長率を必要以上に低く見積もりたがる愚か者は、潜在成長率の算出に当たって「資本」「生産性」「労働力」という生産要素のみからアプローチしがちだが、それらを裏付けるのは、すべて『需要力』であり、需要に担保される限り、それらの生産要素の天井に限界はない。

少子高齢化を言い訳に労働力不足を主張する者もいるが、国内に数百万人もいる労働予備軍(失業者)の存在を無視して語るべきではないし、規模の大小を問わず、日本の企業内で罷り通っている社内政治や部門間調整作業等といった身内間の調整に掛かっている膨大な業務量の効率化を図ることができれば、相当な事務の効率化と生産性向上が実現されるだろう。
そうした努力を足蹴にして、一足飛びに移民受入論やロボット化を語るなどもってのほかだ。

我が国では20年近くも不況が続いてきたが、その間に間断ない技術革新や情報化投資が行われ、生産能力や物流能力は飛躍的に向上している。
よって、潜在成長率は頭打ちになるどころか、成長の余地(バッファー)は相当拡大しているはずで、それが実現されないのは、需要不足ゆえに設備や生産力の稼働状況が収益分岐レベルに達していないからに過ぎない。

日本が成長できないはずがない。
日本を成長させたくない連中が、成長と分配に効き目のある財政政策をさせたくないと願っているだけのことだ。

デフレ宿命説に立脚した縮小社会受容論を唱えるのは、単なるナマケモノか、日本の社会構造弱体化に興味を持つ売国奴だろう。

2016年7月23日 (土)

B/Sなんて気にせず、政府や日銀をもっと働かせろ!

『ヘリコプターマネー、黒田日銀総裁が可能性排除=英BBC』
「日銀の黒田東彦総裁は英BBCが21日に放映したインタビューで「ヘリコプターマネー」の実施の可能性を排除した。
黒田総裁はインタビューで、日銀は必要に応じて一段の緩和を実施するためのメカニズムをすでに整えていると指摘。日本は財政政策と金融政策との間の明確な線引きをあいまいにしてはならないとの考えを示し、現時点ではヘリコプターマネー実施の必要性も、実施する可能性もないと述べた。(中略) 黒田総裁のインタビュー放映を受け、ロンドン市場では円が対ユーロで1%上昇した。」(7月22日ロイター)

黒田総裁がヘリマネ論者のバーナンキ元FRB議長と面談した(上記インタビュー後に、来日したバーナンキ氏と会合したらしい)くらいで、公の場で中央銀行総裁たる者がヘリマネ容認発言なんてするわけない。
報道後に為替が円高に振れたそうだが、為替市場のディーラーは、そんなことも予測できなかったのか?

ついでに指摘しておくと、現時点でのヘリマネ論は、国債の日銀直受けを財源とする大規模な財政政策を軸に語られており、“財政政策”の範疇であることは明らかだ。
よって、黒田総裁の「日本は財政政策と金融政策との間の明確な線引きをあいまいにしてはならない」との発言は誤りだし、仮にヘリマネが実行され、それが劇的な効果を発揮した際に、“あれは金融政策のおかげだ”と胸を張る権利を得ておきたいというリフレ派の卑しい根性が透けて見える。


さて、ヘリマネ論の是非は置いておくとして、ヘリマネや政府紙幣、ベーシックインカムなどの極めて積極的な財政政策論が語られると、どこからともなく、「政府や日銀のバランスシートが大きく棄損する」、「国債や通貨の信認が暴落し国家破綻する」といった批判の大合唱が沸き起こるから不思議なものだ。

筆者のように重度の積極財政金融論者は何の痛痒も感じないが、幼気な一般市民はそうもいくまい。
国の借金をこれ以上増やして大丈夫か?とたちまち自信を無くしてしまうのが関の山だ。

緊縮財政派、構造改革派、リフレ派の連中は、日ごろ日本という国家全体のバランスシートすら気に掛けないくせに、財政政策論議に火が点きそうになると、政府のバランスシートだの、日銀のバランスシートだのと騒ぎ出して火消しに必死になる。

知恵蔵2015によると、バランスシート(貸借対照表)は「決算時点など、ある一時点での企業の財務状態(資金の調達源泉と運用形態)を表すもの。損益計算書と並んで重要な財務諸表。」と解説されている。

要は、決算時点の企業価値を通貨換算で表現した指標と言ってよい。(ただし、実際の企業売買の現場では、バランスシートの評価額どおりに売却できるわけではない)

重要なのは、バランスシートの評価単位が「通貨たる“円”」に換算される点だろう。
企業の価値や評価は、とどのつまりは円という金額で評価するしかない、という当然だが意外と忘れられがちなポイントに気付かされる。

あらゆる経済活動が、通貨や貨幣を基点とする価値に立脚して営まれている以上、企業の価値はそれらが属する国家の通貨単位で評価されるのは当然であり、それ以外に適切な手段は存在しない。

では、企業価値の評価単位となる“円”とは、いったいどういう存在なのか。
我が国の法では、「通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする。」と定められて (通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条第1項)おり、「通貨・貨幣=円」というのが常識だ。

我々は日常生活で何のためらいもなく円というお金(硬貨や紙幣)を使って買い物しているが、それがどこから産み出されるのかについて深く考えることはない。

言うまでもなく、硬貨は政府の権限により発行され、紙幣は日銀が発行している。
政府や日銀は適切な経済環境を維持するための政策手段として、通貨の創造主たる役割を負っているのだ。

家計や企業が何の疑問も持たずにお金を使えるのは、政府や日銀、有り体に言えば、広義の意味において政府(日銀と雖も政府の一機関に過ぎないとの解釈)が発行しているからだろう。
つまり、貨幣国定説が当たり前のように機能し、「円=政府・日銀が発行する価値の保証された通貨」という考えが普遍的に受け容れられ、「円=政府・日銀≒国家そのもの」というレベルにまで深化しているのではないか。

日本国という堅牢な国家を後ろ盾にした政府や日銀の存在こそが“円”そのものである以上、政府や日銀のバランスシートが棄損する云々というバカげた議論は無論のこと、それらにバランスシートの考え方を適用すること自体が不適切だ。

バランスシートなんてものは、命脈や寿命に有限性のある経済主体に対して行えばよいのであって、通貨の創造主たる政府や日銀の資産査定なんて、あたかも、創造主を相手に健康診断を行うようなものだろう。
また、政府や日銀が他者に売却されることなんて永久にないのだから、両者の価値を数値化したり、資産査定したりすること自体が、不要かつ有り得ないことだ。

今回採り上げた政府や日銀のバランスシート懸念論は、財政政策論議が燃え広がるのを防ぐための消火剤として、他の財出出口戦略とセットで常備されている妄言であり、借金嫌悪症患者の多い日本では特に効き目が強い。

政府や日銀のバランスシートを気にし過ぎるバカ者には、くだらぬことに興味を持たず、おとなしく自分のお小遣い帳でもつけていろと言っておきたい。

2016年7月21日 (木)

改革信者が夢見る「勝者だけが存在する社会」

今朝の日経新聞に「ニュース複眼~アベノミクス何をふかすか~」という特集記事が掲載されていた。

記事の構成は、10~20兆円規模(真水の金額はかなり小さくなるようだが…)とも言われる安倍政権の経済対策に対して各界の識者から提言するという形を取っており、三越伊勢丹HD 大西社長、中前国際経済研究所 中前代表、イー・ウーマン 佐々木社長、テンプHD 水田社長の4名のインタビューが載っている。

今回は、このうち大西氏と中前氏の意見を元に、世に蔓延る妄言のバカバカしさを指摘しておきたい。


まず、大西氏の主張は次のとおりだ。
①消費を支える中間層の動きが鈍く消費動向は低調だが、もはや今の状態が普通だと思うべき。
②国の財政問題と社会保障制度の将来図を示さぬ限り、将来不安を抱える若者世代の消費は動かない。
③少子高齢化が進む中で、外国人労働者の受入れは不可避。既にコンビニは外国人労働者に支えられている。

彼の言いたいことは、「成長の諦観・社会保障制度のダウンサイジング・移民促進による国内労働単価の引下げ容認」の3点だが、それらは何れも家計所得の漸減に直結するものであり、一般消費者を相手に商売をする百貨店の経営者として完全に失格だろう。

日本百貨店協会が発表した6月の全国百貨店売上高は、前年同月比-3.5%の4,699億円に止まり、4ヶ月連続で対前年同月比マイナスという惨状にも拘わらず、当の経営者の危機意識は極めて希薄なようだ。

百貨店協会も、売上下落の要因を、株価低迷による富裕層の購買減少(アクセサリーなど-9.2%)とインバウンドの購買単価下落(-30.2%)に加えて天候不順の影響(百貨店協会のデータで過去に天候が良好だったためしはないが…)によるものだと分析しているが、これほどの落ち込みが続くのはボリュームゾーンである中間層の消費低迷によるものと考えねばなるまい。

その点を無視して、富裕層の資産効果だ(アクセサリーや宝飾品の売上は全体の6.1%程度)、訪日外国人だ(売上シェア2.8%程度)と見当違いな分析をするから、肝心の経営者自身も、メインターゲットたる中間層の財布の中身に思いが及ばないのだろう。

また、大西氏の言う「将来不安による若者の消費抑制論」も根拠のない妄想だ。

若者相手に将来不安の有無を尋ねれば、そりゃ、大概の者は“不安がある”と言うに決まっている。

現に、ソニー生命のアンケート調査によると、30歳代の未婚女性の7割近くが将来に不安があると回答している。
しかし、これが20歳代の未婚女性になると55.3%になり、40歳代では49.2%とさらに低下する。
ちなみに、未婚男性の場合、20歳代42.1%、30歳代46.3%、40歳代31.6%と意外なほど低い値になる。

また、電通総研が行った「若者まるわかり調査2015」によると、20歳代の男女に「現在不安だと思うこと」を尋ねたところ、何れの年齢・性別でも「お金」が「老後の生活」を上回るという結果であった。

つまり、若者世代がモノを買おうとする際に何より気にかかるのは、いまそこにある財布の中身であり、いちいち将来の年金とか介護のことなんか気にしていない、というごく当たり前の結果が出ただけのことだ。


もう一人の中前氏の主張は次のとおりだ。
①政府による経済対策(財政政策や金融政策)が産業の新陳代謝を阻害してきた。
②異次元緩和政策やマイナス金利政策のせいで市場から退出すべきゾンビ企業が生き残ってしまうのは全体の生産性低下を招く。
③人手不足はロボットへの置き換えによる合理化で対処すべき。
④市場原理を働かせて生産性を上げていけば2030年頃には明るい未来が来る。

中前氏は、経済対策がゾンビ企業の救済に役立っているというくらいだから、財金政策のマクロ経済に対する波及効果を(渋々)認めたことになる。
それを是とするか否かが、筆者と彼との方向性の違いなのだが、彼のように、筋肉質の優秀な企業だけが市場に残れば生産性が上がるはずだと単純化するのは、あまりにも素人っぽい発想だ。

マーケットで激烈な競争を繰り広げる企業の中で、十分な収益を獲得できる勝ち組企業が存在する以上、その収益の源泉を負担する消費者や負け組企業の存在が不可欠になる。
勝ち投手の裏側に負け投手が存在するのと同じ理屈で、市場からゾンビ企業を退出させよ、なんて威勢の良いことを吠えていると、すぐに手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。

国内の赤字企業は7割近く(H25で68%)にもなり、それらのゾンビ企業やお荷物企業が消えてしまえば、BtoBマーケットのビッグクランチ(大収縮)は免れず、生き残った優良企業の業績も大打撃を被ることになり、国内企業の生産性低下も避けられない。
昨日まで優良企業だった大企業が次々とゾンビ企業へ転化し、周囲から、生産性低下を招くゴキブリ呼ばわりされることになるだろう。

人手不足をロボット化で解消しようなんていうのも、アニメの見過ぎで夢と現実との区別がつかない中学生による労働コストを削減したいだけのケチくさい発想と言えよう。

人手不足云々と妄言を吐く前に、国内に数百万人もいる失業者の活用を考えるべきだし、現にロボットが代用できる職種や職業なんてほとんどない。(あるとしたら、政治家や経営の仕事くらいか?)
自販機への缶ジュースの充填作業ですら人手に頼っている世の中で、労働のロボット化なんて考える暇があるのなら、経済効果の見込める失業対策でも考えてみろと言いたくなる。

中前氏によれば、ゾンビ企業シバキ上げによる生産性改善運動により、2030年には日本経済に僥倖がもたらされるそうだが、あと14年もの間、このまま不況を放置するつもりなのか?
この点を見るだけでも、彼の主張のいい加減さが窺えようというものだ。


今回は、財政問題と社会保障制度の削減を人質に取る成長放棄論者とゾンビ企業シバキ上げによる生産性万能論者のバカげた論考を採り上げたが、こうした暴論や妄言が大手を振って大新聞誌上に掲載されるのも、供給や生産性の源泉となりそれらを支える栄養分やエンジンとなる“所得と需要”の存在や重要性に対する理解がまったく深まっていないことによるものだろう。

浮世離れした識者や経営者の連中はともかく、実社会で生産と消費のメインプレイヤーとして活動し、経済活動の指揮者ともいえる中低所得者層の国民は、こうした経済原理の根本をよく理解しておくべきだ。

2016年7月15日 (金)

"緊縮財政は不況の元"というのが歴史的教訓

今朝、出張先で北海道新聞の「ヘリマネ奥の手か劇薬か~デフレ脱却へ導入臆測~」という記事を読んだ。

記事では、現行の金融緩和政策(黒田バズーカ)に手詰まり感が漂う中で、永久国債を活用した大規模な需要刺激策(日銀の永久国債直接引受)が市場関係者の注目を集めている中で、“ヘリコプター・ベン”の異名を取る前FRB議長のベン・バーナンキ氏が、11日から12日にかけて日銀黒田総裁や安倍首相と相次いで会談したことを受け、バーナンキ氏がヘリマネ導入を提言しに来たのではないかとの憶測が広まったが、官邸サイドはこうした噂を否定した、という内容が紹介されている。


「永久国債(コンソル債)」とは、利払いのみで償還期限がない国債のことを指し、第1次世界大戦時に英国が戦時国債として活用した事例があるものの、一般的には、特殊な財政状況を乗り切るための「奇策」だと理解されている。

日本人的感覚では、永久国債なんて如何わしい債券を誰が買うのかと疑われそうなものだが、近年では永久債の発行が急増しており、国債や社債を合わせた2014年の発行額は前年比2.5倍、過去最高の2,278億ドルに達している。

だが、そんな世界の潮流を知ってか知らずか、上記記事を書いた記者は、ヘリマネを称して「禁じ手」とか「劇薬」とレッテル貼りし、ヘリマネに対する嫌悪感を隠そうともしない。

「ヘリマネは国の借金を日銀に肩代わりさせること」、「財政規律が緩む」、「国債や通貨の信認が損なわれるリスクが高い」などとひとしきり文句をつけ、“歴史上、ヘリマネにあたる政策を行って極端なインフレを招き財政破綻した国は少なくない”と要らぬ危機感を煽ったうえに、「日銀が政府から国債を直接買い入れるのを財政法が禁じているのも歴史の教訓」だと断じている。

実際、我が国では財政嫌悪症を患っている者が多く、公共事業やベーシックインカムですら拒否反応を起こすありさまだから、ヘリコプターマネーや(筆者おススメの)政府紙幣の発行なんて口にした途端に、不勉強な国民から放漫財政だの財政破綻だのといった猛反対の声が上がりそうだ。

では、実際にどれくらいの国が財政破綻を経験しているのかというと、1945年以降の世界のデフォルト(国家政府の債務不履行)経験国は、対外対内債務を合わせておよそ60事例ある。
しかし、これは国債償還日の繰り延べ(リスケ)や通貨の切り下げ(デノミ)を含んだものであり、完全なる破綻例は一部に限られる。

しかも、破綻にカウントされた例は、第二次世界大戦により供給能力が物理的に破壊された特殊事例や国家運営そのものがいい加減な中南米やアフリカなどの途上国が大半で、近代に入ってから先進諸国が破綻した例はほとんどない。(ギリシャやロシアを“先進国”としてカウントすることの是非について議論の余地もあるが…)

筆者としては、永久国債の日銀直受けだろうが、政府紙幣だろうが、はたまた、通常の国債発行だろうが、国民経済に需要の原資となる資金を大規模かつ長期的に投じることができるのなら、手段を問う必要はないと考えている。

ただし、「ヘリマネ」という概念が明確ではなく、“ヘリマネ=無節操なバラマキ=財政規律崩壊”というネガティブなイメージがついているのは良くない。(筆者個人は、“バラマキ”に大賛成の立場だが)
ヘリマネを指して、ある者はマネタリーベースを増やし続けることだと言い、また、別の者は給付金をバラまくことを指す、といった具合に、その定義が明確でないために、ヘリマネが有するメリットが正確に理解されていないのは実に勿体ないことだ。

また、“ヘリマネ=給付金≠公共投資”という余計な縛りを入れて、給付金か公共投資かという二項対立の図式に持っていこうとする愚か者も後を絶たない。
しかし、デフレ脱却や国民所得向上を実現したいのなら、公共投資と給付金とをトレード・オフの関係に置いてはならず、両者を双発エンジンとして活用し、経済成長と所得向上の相乗効果を狙うべきだ。


さて、先に紹介した記事では、財政法5条で日銀による国債直受けを禁じているのは、放漫財政が財政破綻につながった歴史的教訓によるものだ、と論じているが、それは、現代の飛躍的に高度化した技術力や供給力、ロジスティックネットワークなどを無視した周回遅れで教条的な主張だろう。
また、ILOの報告によると、世界中の失業者数は2億人を超えるとされ、急激なインフレに対する供給サイドのバッファーは十二分にある。

世界的な需要不足によるデフレ克服のためには、インフレに怯えて財政政策に二の足を踏むのではなく、むしろ、積極的な財政金融政策を発動して、不必要に余っている供給サイドのバッファーを消化する努力が求められている。

ここ20年あまり世界中で吹き荒れた“緊縮と改革の嵐”がもたらしたのは、低中所得層の没落と雇用の悪化、過度な自由貿易と規制緩和による国内産業の破壊と富の集中でしかなかった。
我が国においても、緊縮財政下(1996年~2015年)の名目GDPは、511兆円から499兆円へ12兆円も減少している。

むしろ、「緊縮的な財政運営が一国の経済成長を妨げる、という事実こそが歴史の教訓」であり、「デフレ不況下における緊縮政策は『禁じ手』、改革断行は『成果の出ない奇策』」だと言うべきだろう。

2016年7月14日 (木)

国民経済の立て直しには、「対策や施策」ではなく、腰を据えた『政策』を!

先週行われた参議院議員選挙は、報道のとおり、改選前より13議席の大幅減に終わった民進党の大負けと与党側の勝利(自公合わせて改選前比10議席増)という残念な結果に終わった。

与党側の現職大臣が2名落選し、全国に32区ある一人区で野党統一候補が11議席を獲得したという結果に配慮して、一部には、野党善戦との評価もあるようだが、参院全体の勢力図を見れば野党側の惨敗という結果は動かしがたい。

選挙期間中の世論調査でも与党有利との情報が流れていたが、この手の情報は、浮動層の投票意欲を削ぎ、投票率の低下につながることが懸念されるため、有権者に余計な予断を与えぬようマスコミによる公示後の議席予測報道は禁止すべきだと思う。


さて、今回の選挙結果を受けて、12日に、安倍首相から、脱デフレに向けた10兆円規模の経済対策を行うことが発表された。

経済対策の中身として、震災復興・子育て支援・年金受給資格期間の短縮・給付型奨学金の検討・リニア新幹線開業時期の最大8年前倒し・中小企業の資金繰り支援・クルーズ船向け港湾整備などが挙げられたほか、最低賃金3%引上げも盛り込まれるようだ。

対策として目新しい項目(リニア関連)や緊急性の高い項目(年金や奨学金、インフラ整備など)もあるようだが、全般的に、これまで経済財政諮問会議で論じられてきた対策の延長の域を出ていないし、10兆円という予算規模も小さ過ぎる。

10兆円と言ったところで、中小企業の資金繰り支援のようなニーズのない事業(※資金繰り対策用の融資制度なんて既に掃いて捨てるほどあり、いずれも利用実績は低調)で予算総額を嵩増しされるのがオチであり、デフレ脱却への本気度を見せ経済主体へのサプライズを与えるつもりなら、真水で40~50兆円くらいのインパクトが必要だろう。

また、財源論についても、建設国債発行や財政投融資活用が検討されているようだが、早速、頭の悪い財務省やマスコミの連中から、「財政健全化計画に赤信号が灯る」だの「効果の薄い公共事業は止めろ」だのとくだらぬ批判が沸き起こっている。

筆者は、「安倍首相個人、並びに、政権中枢に居座る政府首脳の経済政策に対する認識は、新自由主義に基づく改革・緩和臭が極めて強く、財政運営に対するベクトルも、明確に緊縮路線を志向している」と捉えており、今回の経済対策にも期待していない。

7月13日に開催された「平成28年第12回経済財政諮問会議」でも、高橋・伊藤・新浪・榊原ら民間メンバーから提出された資料(今後の経済財政運営と2016年後半の経済財政諮問会議の課題)には、「経済財政運営の基本的取組方針」として、①内需の下支えに向けた短期的な対策 ②成長力を強化する規制改革等の構造改革 ③世界一ビジネスしやすい環境整備に向け取組を加速が列挙され、旧来の“サプライサイド偏重型思考”にはまり込んだままだ。

さらに、「経済対策の考え方と重点事項」と銘打ち、“未来への投資、子育て・健康・働き方改革の一体的推進、成長に向けた21世紀型のインフラ投資、潜在成長力の強化”というフワフワした言葉を並べて、目の前にある経済危機への対策を怠ろうとしている。

肝心のインフラ投資も、インバウンド需要への対応強化としてクルーズ船向け港湾施設等の整備とあるが、本来なら、いつ来るかも判らぬクルーズ船対策ではなく、恒常的に発生する地域産品の域外輸送用として全国各地にある港湾設備の能力向上に努めると謳うべきだ。
クルーズ船の寄港地は、形式上全国に数十カ所あるが、収益ベースで実稼働しているのは、せいぜい20港程度だろう。

何より問題なのは、件の民間メンバーらによって別途提出された「平成29年度予算の全体像に向けて」という資料に、“2020年度PB黒字化の達成に向けた歳出改革の着実な推進”を行うと明記され、地方の歳出水準の見直しや社会保障の給付と負担の適正化、公的分野の産業化など、お得意の「ワイズスペンディング」を掲げて歳出抑制色を打ち出している。

安倍政権の経済対策は、これまでの施策の焼き直し的色彩が強いうえに、彼らが信奉する新自由主義的枠組み内で渋々行うストップ・アンド・ゴー政策に過ぎない。

補正予算のような単発あるいは単年度型の施策は、長期的な民間投資を誘発し、家計所得を持続的に拡大させるような効果に乏しい。
また、予算の出し手である行政サイドも時限的な問題もあり、どうしても形式上の辻褄合わせと予算消化だけを目的とするやっつけ仕事になりがちなため、やらぬよりもやる方がマシではあるが過度な期待は禁物だろう。

そもそも、デフレ脱却と国民経済の回復に本気で取り組むつもりなら、取ってつけたような補正予算でちょこちょこ対応するのではなく、初めから本予算を大幅に増額して恒常的な政策として対応すべきだ。

デフレ不況のような国を焼き尽くす勢いの大火を鎮火するには、補正予算のような“その場凌ぎの施策”では力不足であり、強靭な意思の下で継続的に実行される“政策”が不可欠であろう。

2016年7月 9日 (土)

新自由主義者の依怙贔屓

7月8日付の日経新聞「大機小機」に『成長戦略の中核は規制改革』というコラムが掲載されている。(コラム執筆者は吾妻橋氏)
タイトルを見ただけで、10億光年の彼方から新自由主義者臭が漂ってきそうな気がするが、中身を読んでみると、まさに“日経節の大炸裂”と言うべき内容である。

吾妻橋氏の主張は以下のとおり。

①ほぼ完全雇用なのに所得が増えないのは、経済成長の制約要因が、需要不足ではなく供給制約にあるためだ

②金融政策や財政政策の出番は既に終了しており、供給力拡大を目指す成長戦略が最優先となるべき

③過去の宅配便や携帯電話業界の規制改革が、巨大な新規需要を生み出した功績を忘れてはならない

④600兆円のGDPを目指すアベノミクスの真価は、参院選後の規制改革への取組み如何に掛かっている


いつものことだが、構造改革教や規制緩和教の信者が唱える呪文には、“誰がモノやサービスの買い手になり得るのか”という主語がすっぽりと抜け落ちている。
供給制約が排除された後に生産される膨大な量のモノやサービスを、いったい誰に売りつける気なのかは知らないが、需要力を蔑視し、無視する吾妻橋氏の妄言に反論しておきたい。

まず、①の「経済成長の制約要因=供給制約」という詭弁について、実際に供給制約が起こっているなら、供給<需要という因果関係からインフレ傾向になりやすく、モノ・サービスの単価や労働コスト(=家計所得)が上昇するはずだが、現実はまったくそうなっていない。

筆者が経営相談をしている中小企業の中にも、売上や収益が一向に改善されないのに、いつも人手不足を嘆いている先がいくつもある。

完全雇用なのに所得が増えないのは、正社員を減らして非正規雇用で補うという雇用の質の悪化がもたらす所得抑制効果、企業として売上や収益環境が好転しないことによる労働分配原資の不足によるものであり、元を辿れば、その原因は需要不足に他ならない。

筆者も様々な企業の経営者と会う機会があるが、引き合いはあるのに供給制約のせいで商売が上手く行かないなんて贅沢なことを言える先はごく一部だけで、大半は売上不振や発注元からの買い叩きに遭って苦労している。


次に②の成長戦略最優先との言説については、正確な実績評価を無視した単なる依怙贔屓だろう。

1997年の橋本行革、あるいは、2001年の小泉バカ政権による構造改革(=改悪)騒ぎ以来、少なくとも15~19年もの間、日本経済は改革や規制緩和の波に晒され、「成長戦略(改革+規制緩和)と財政再建」をメインとする有害な社会実験が断行されてきたわけだが、その間の実績と言えば、名目GDPは、1997年から2015年にかけて523兆円から499兆円まで減少(マイナス4.6%)し、世帯当たりの平均所得額(全世帯)も、ピーク時の1994年の664万円から2013年には528万円へと20.5%も減少するなど惨憺たる結果に終わっている。

経済成長も叶わず、所得も増やせないような経済政策を成功と呼べるわけがない。
実績や成果を残せず、失敗だらけに終わった成長戦略とやらを賛美する理由などどこにも見い出せない。

金融政策はともかく、財政政策の出番は終了どころか、まだスタートラインにすら立てていないではないか。
財政政策を嫌うあまり、出まかせを言うのは止めてもらいたい。


続いて③の規制緩和を賛美するつくり話について述べておきたい。

宅配業界や携帯業界が規制緩和措置によって大きく成長したという都合のよい狂言を耳にすることは多いが、両業界が急成長できたのは、規制緩和のおかげというよりも、大手2~3社による市場寡占状態が維持されたことによる要因の方が遥かに大きく、規制緩和よりも、護送船団方式による参入阻止策が奏功した好事例と呼ぶ方が適切だろう。

両業界とて、早くにマクロ経済の需要不足が解消されGDP成長の恩恵に浴していたなら、より多数の企業が市場に参入でき、いま以上に多様なサービスが供給されていたはずだし、適切な価格競争(硬直化した大手携帯電話各社の料金体系を見ればよい)が起きて利用者の利益にもつながっていたはずだ。

また、業界全体の売上や収益力も増して、特に宅配業界で大きな問題になっている劣悪な雇用環境(長時間労働+低賃金)も大幅に改善されていただろう。


最後に④のアベノミクスの真価云々について、いまだにGDPの目標が600兆円程度に止まっていることこそが、橋本行革以降連綿と続く“緊縮と改革&緩和が融合したハイブリッド型経済政策”が明らかに失政であったことの何よりの証だと言ってよい。

他の先進諸国並みの経済成長率を達成していれば、今頃我が国の目指すべきGDP目標値は、軽く1,000兆円を超えていたはずだ。
なのに、現実の目標値はそれより40%も低いうえに、そうした低レベルの目標値すら達成が疑問視されている。

これでは、何時までも赤字を垂れ流し続けて倒産寸前のゾンビ企業と同じであり、困窮を招いた要因を早急に排除し、新たな対策を打つべきである。

ここ20年近くの経済政策の実績を確認すれば、緊縮や改革・緩和路線を主軸とする橋本・小泉路線の誤った経済観こそが、日本経済の困窮を招いた主犯であり、真っ先に二軍行きを命ずべき対象であることくらい小学生でも解かるだろう。

しかし、吾妻橋氏は、何の実績も残せずチームに迷惑ばかり掛けている四番バッターを、この先も重用すべきだと主張している。
KPIとかPDCAみたいな定量的な実績主義のお好きな新自由主義者らしからぬ吾妻橋氏の依怙贔屓ぶりには、正直に言って失笑を禁じ得ない。


さて、今週末に投票日を迎える参院選は、残念ながら与党側の大勝が予測されている。
いくら失政を重ねても、選挙でしっぺ返しを喰らわぬ限り、与党の連中が反省することもないから、彼らは、この先も無謀な改革路線をひた走ろうとするだろう。

一方、野党の体たらくぶりをいくら批判しても、大した能力のない野党の連中の心に響くとも思えない。

何と言っても選挙結果を左右するのは国民一人一人の意思であり、日経やはじめとする新聞やテレビをボケーっと眺めるだけで、マスコミが垂れ流す論調を無批判に受け入れ流されるだけの不勉強かつ不真面目な国民に対して大いなる猛省を促したい。

2016年7月 8日 (金)

目の前の不安を取り除けば、将来不安も解消されるもの

(株式会社日本総合研究所理事長 高橋進)
「経済対策の内容については、一時的な需要刺激策よりも成長力を強化する取組、企業や消費者の将来不安を取り除く取組を重視すべき」

(サントリーホールディングス社長 新浪剛史)
「我が国においては、この影響(※世界的な消費や投資の縮小のことを指す)を乗り切っていくために、まず将来の不安を取り除く施策を早急に進めていくべきだと思う。その中で最重要なことは、子育て、年金、医療、介護のような社会保障のセーフティーネットをよりしっかりと、民間の知恵も入れて効果的に機能させ、国民に安心感を醸成すること。社会保障の充実に向けては、歳出改革によるワイズ・スペンディングを担保しつつ、また、所得の再分配も検討し、係るネガティブな不確実性を打破していくことが必要である」

上記2名の発言は、いずれも平成28年第11回経済財政諮問会議(6/28)の議事要旨より抜粋したものだ。

要点を掻い摘んで訳すと、彼らは「国内の消費や投資を冷え込ませている主病巣は、社会保障に対する将来的な不安にあり」と言いたいわけで、この後は、「国民を消費に前向きにさせるには、持続性のある社会保障制度の確立」が欠かせず、「社会保障財源をしっかり確保するためには消費税増税が不可欠」であり、「増税を避けていては将来世代に大きな負担を先送り」することになる、と論理展開されるのがいつものパターンである。

この“消費の落ち込みは社会保障制度に対する不安説”は、単に消費税増税のための露払い的な枕詞に過ぎないのだが、マスコミを通じて政府首脳や識者の連中があちこちで吹聴するせいか、政治や経済に関心の薄い国民の脳には案外スッと入ってくるものらしい。

特に、医療費や介護・年金問題に切実な想いを持つ高齢者世代には、“増税か、社会保障制度の瓦解か”というバカげた二者択一論に簡単にダマされる者が多い。

新聞の投稿欄やTVの街頭インタビューなどで、「社会保障がきちんとされるのであれば、税金が上がるのも仕方ない」とか「集めた税金の使い道を解かりやすく説明してほしい」、「社会保障の充実や財政再建のためには消費税増税は避けられない」といった具合に、増税を不可避なものと受け容れ、現政権をはじめ増税を目論む増税派の動きに対して、早々に白旗を上げ、軽減税率の導入や行革推進・財政支出削減等といった条件闘争にステージを移そうとする腰抜け発言が目立つ。

“使い道さえはっきりしていれば、税金を上げられても構わない”なんて間抜けな発言をする者には、呆れるよりほかない。
この先、消費税率が30%くらいになっても、その使い道さえ説明すれば、納得できるとでも言うつもりか?
こんな精神薄弱な発言をするから、いとも容易く増税派に付け込まれるのだ。

この程度の幼稚な論法が罷り通るのなら、時の政権が、適当に見かけ上の社会保障予算の内訳を取り繕っておいて、“これだけ足りませんから、税率を〇%に引き上げます”とさえ言えば、いくらでも増税することができてしまう。

高齢者世代は、社会保障の充実のためなら増税もやむなしと譲歩したがるが、2014年に税率を8%に引き上げた際に生じた5兆円の財源の「使途」のうち、「年金国庫負担分2分の1の恒久化」と「既存の社会保障の安定財源確保」が8割以上を占めており、これではすでに実施している分の財源を消費税に置き換えただけで、増税分はすべて社会保障費に使うという政府の説明は真っ赤なウソだ、という指摘もある。

そもそも、増税したお金を社会保障費に充てるだけでは、右のポケットから出したお金を左のポケットに移すようなもので、マクロ経済に何らプラスの影響を与えられないだろう。
税として徴収されたお金が社会保障費で戻ってきたところで、家計にとって何の意味もあるまい。
それなら最初から税として徴収されることなく、自由意思に沿って使い道を選択できる方が遥かにマシだろう。

しかも、消費税は、日常的かつあまねく広く課税されるため、速効性の強い消費抑制効果があるのに対して、社会保障費は、そのメリットを享受できる対象に偏りがあるうえに、その効果を実感するまでに時間がかかる。

経済に対する両者の弊害と効果の波及速度には大きな差異やタイムラグがあり、増税による弊害の方が先に実体経済を直撃するため景気落ち込みが先行し、人々の将来不安とやらを払拭できぬまま対策が後手に回りがちとなってしまい、景気悪化~社会保障への不安~増税~景気悪化…という負のループを辿ることになる。

冒頭の二人だけでなく、増税派の吐く“消費の落ち込みは社会保障制度に対する不安説”は不完全な主張であり、社会保障財源を人質に取って増税推進を企図する悪意に基づくものである。
彼らにとって重要なのは、均衡財政や財政再建という様式美を完成させることであり、社会保障制度の充実や実体経済の活性化など興味の対象外のことでしかない。

消費や投資が落ち込み景気が低迷しているのは、社会保障制度に対する不安という長期的なネガティブ要因だけではなく、眼前の雇用不安や所得低迷に対する現実的かつ強い不安といった短期的なネガティブ要因のせいでもあり、むしろ、後者による影響の方が遥かに強烈だというのが自然な考え方だろう。

増税により値上がりした商品を前にして、買い物を躊躇する人々の頭に浮かぶのは、医療費とか年金云々ではなく、目の前にある財布の中身なのだ。
財布の中身がぎっしり詰まっており、来月の給料も上がるという確信があれば、数十年先の年金のことやいつ罹るとも知れぬ医療費のことなど気にすることはない。

冒頭にご紹介した「経済対策の内容については、一時的な需要刺激策よりも成長力を強化する取組、企業や消費者の将来不安を取り除く取組を重視すべき」という高橋氏の発言も、原因と結果を(意図的に)取り違えた暴論であり、「経済対策の内容については、大規模かつ長期的な需要刺激策により消費や投資の原資と成り得るマネーを大量に供給し、民間経済の活性化を図りつつ成長力を強化する取組、企業や消費者の将来不安を取り除く取組を重視すべき」と訂正すべきだ。

2016年7月 5日 (火)

信仰や思い込みが招く経済的誤診

『日銀、物価予想下げ検討=賃上げ低迷と円高影響―7月会合(時事通信 7月4日)』

「日銀は28、29日に開く金融政策決定会合で、最新の経済予測である「経済・物価情勢の展望」をまとめ、公表する。春闘での賃上げが勢いを欠いたことや英国のEU離脱決定後の円高を受けて物価上昇の勢いは弱まっている。2016年度の消費者物価(除く生鮮食品)上昇率の見通しを前年度比0.5%から0%台前半に引き下げる方向で検討する」

“物価予想のオオカミ少年”と化した日銀が、またしても物価見通しの下方修正を迫られることになりそうだ。

時事通信のニュースでは、「次回会合では、17年度見通し(4月予想1.7%)に関しても下方修正が必要かどうかを議論。「17年度中」としている2%の物価上昇目標の実現時期について、先送りの是非を判断する」とあるが、間違いなく2017年度の見通しも下方修正されるだろう。

黒田日銀総裁は、年間80兆円にも達する異次元金融緩和を継続させる姿勢を崩さないが、消費者物価上昇率だけでなく、企業DIや設備投資見通し、家計消費支出、日銀短観など、あらゆる経済指標が、停滞もしくは悪化の様相を呈しており、もはや、黒田バズーカの奇跡を信じる者はリフレ派のようなおめでたい連中以外に誰もいない。

そもそも、史上類を見ない規模の異次元緩和と言っても、その中身は、既発債を巡る日銀と金融機関との間の両替行為に過ぎないから、実体経済に強いメッセージを送れるような代物ではない


こうした情勢を受けて、日銀の足を引っ張る者も出始めた。

『インタビュー:物価上昇時、国債減額・マイナス金利拡大セットで=白井・前日銀委員(ロイター 7月4日)』

「今年3月まで日銀審議委員を務めた白井さゆり・慶應義塾大特別招聘教授は4日、ロイターのインタビューに応じ、日銀が掲げる物価2%目標の実現には時間がかかるとし、まず1%の物価安定を実現したうえで、2%を目指す2段階方式にすべきと提言した。同時に金融政策の持続性確保のため、現行の国債買い入れを減額し、合わせてマイナス金利幅を拡大するパッケージが有効と語った。これらの見直しは、物価が再び上昇傾向に入る局面で実施すべきとし、7月28、29日の次回の金融政策決定会合での追加緩和は、必要ないとの見解を示した」

白井氏は、元々、緊縮・改革色が強く財政政策を毛嫌いする“内需シバキ上げ派”の論客であり、最近のマイナス金利導入や追加緩和には消極的な立場を取ってきたため、日銀の追加緩和を牽制する趣旨の発言をすることに違和感はない。

筆者も、これ以上の追加緩和なんて、やっても大した効果はないだろうと思うが、それを頭ごなしに否定する気もない。
ただ、毒にも薬にもならぬ追加緩和を以って、日銀幹部やその取り巻きの連中が、あたかも大きな仕事を成し遂げたかのように自慢顔することに強い不快感を覚えるだけだ。


白井氏は、ロイターのインタビューに対して、「内需が悪化していたわけではないことは日銀も認めている」、「人手不足は深刻な状況にあり、日本経済が悪くなっているとは思わない。実力より少し強めの成長が続いている中で、需給ギャップは解消されている方向にある」、「少なくとも需要不足によるデフレ的な状況ではなくなっている」、「本質的な問題は潜在成長率の低さ」などとピントのズレた発言を繰り返している。

このように、現状認識に誤りがあると、それに対する解決策も自ずと誤ったものになる。

白井氏は日銀の金融政策に関して、「まず1%の物価安定を実現したうえで、2%を目指す2段階方式にすべき」、「金融政策の持続性確保のため、現行の国債買い入れを減額し、合わせてマイナス金利幅を拡大するパッケージが有効」と提言している。

しかし、2段階目標の設定に何の意味があるのか甚だ疑問だし、国債買い入れ減額とマイナス金利幅の拡大のパッケージとやらは、量的緩和政策の限界点が見えた日銀に、マイナス金利政策の深堀りという逃げ道を与えるための口実にしか見えない。

金融政策の持続性を確保したいのなら、日銀が買いたがっている国債の量をもっと爆発的に増やしてやればよい。
弾が切れかかっている既発債頼みの方針を転換し、国債が在庫切れを起こさぬよう、積極的な財政政策を通じて新発債をドンドン市場へ投入しろと政府に強く求めればよかろう。

白井氏は、マイナス金利の可能性を信じているようだが、マイナス金利にはとかく批判が多く、その効果は限定的だ。
企業向けの貸出金利や住宅ローン金利の低下による貸出増や住宅着工件数アップというメリットが見込める一方、預金金利や国債などの債権金利の低下による家計や機関投資家、健保組合などの資金運用難という大きな弊害もあり、贔屓目に見ても功罪相半ばするとしか言えない。
しかも、貸出金利はマイナス水準には成り得ないから、その効果には自ずと限界があり、これ以上マイナス金利幅を拡大しても、機関投資家や基金運用を行う機関が深刻な資金運用難に見舞われるというデメリットばかりが目立つことになろう。

彼女のように、『日本経済の悪化・内需の悪化・需要不足』という病根をトリプルで見落とす(というより、敢えて見ないフリをする)という致命的なミスを犯してしまうと、その後の分析や提言に重大な齟齬や錯誤が生じてしまう。

需要と投資の間断なき連鎖こそが経済活動の根本を成す、という原理原則を押さえておれば、需要や内需の重要性を理解できるはずだが、サプライサイドを磨けばすべて上手く行くと盲信する前近代的発想の持ち主は、えてして消費のパワーを軽視あるいは蔑視しがちなため、永遠に抜け出すことのできない迷路の中を彷徨い続けることになるだろう。

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