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2016年9月 2日 (金)

価格は企業が決めるもの、消費者にできるのは拒否権発動だけ

回転寿司、牛丼、ハンバーガーなどの外食チェーン業界が、再び、熾烈な低価格競争に足を突っ込んでいる。

先日のテレビ東京「モーニングチャージ!」でも、かっぱ寿司の平日1皿90円、吉野家が牛丼より安い豚丼やベジ丼を50円値下げ、海鮮三崎港が110円メニューを拡充、バーガーキングが490円の新セットメニューを展開といった事例が紹介されていた。
また、今日もマクドナルドが400円台のセットメニューを投入すると発表したし、以前、ユニクロが中高価格路線への転換に失敗し店頭商品の値下げに追い込まれたのも記憶に新しい。

7月の消費支出は1世帯当たり278,067円と前年同月比で実質0.5%の減少、名目0.9%の減少と5カ月連続で減少し、消費者物価指数(総合)も前年同月比マイナス0.4%、生鮮食品を除く値でマイナス0.5%と4カ月連続で下落しており、各業界が価格競争を強いられるのも無理はない。

こうした動きを目の当りにすると、地表を覆いつくす曇天のようなデフレ不況を前にした企業の力は、あまりにもか弱いものに見える。
“市場の価格は消費者が決める”、“価格形成を司るのはあくまでも消費者である”という考えに至るのも止むを得ない。

しかし、そうした見方は、“政治は主権者たる国民の意思を反映して行われる”という、現実にはあり得ない妄想や願望に似たものだと言える。

では、「価格を決めるのは、企業か、消費者か」という命題に対してどう答えるべきか?

筆者は、デフレ不況の主因は“緊縮・改革・規制緩和”の3本柱による不適切な経済政策であり、それが家計のフローやストックを棄損させ、需要力の弱体化を招き、実体経済下のマネー(=直接的に所得になるお金)が減少したせいで、企業の収益機会が奪われ、出口の見えないデフレスパイラルの様相を呈するに至った、と考えている。

こうした発想に立てば、あたかも、“消費者サイドが価格決定の主導権を握り、企業がそれに従っている”という図式が成り立ちそうなものだが、実態はそうではない。

価格形成における消費者主権論を主張する者は、
①企業(供給サイド)は、綿密なマーケティングリサーチに基づき、商品やサービスの価格を決定している(はずだ)
②企業は市場における販売動向を常にチェックし、消費者の購買意欲を見極めたうえで、価格を柔軟に変動させ在庫や廃棄リスクを回避している(はずだ)
と思い込んでいるようだが、それが真実なら、国内企業の67%が赤字に陥るはずがない。

まず、①のマーケティングや市場調査だが、こんなものを綿密にやっている企業は、ごく一部の大手企業に限られ、中小零細企業はほとんどやっていない。

自社商品の価格形成には、
A 自社もしくは専門調査機関のマーケティング調査データを基にした値付け
B 業界内の慣習や先発商品、競合商品の価格を参考にした値付け
C 社長の長年の経験や勘に基づく値付け
D 製造原価を積み上げ収益をオンした値付け
E 納入先の要求に合わせた値付け
など様々なレベルがあるが、中小零細企業に至っては、良くてBレベルで、実務上はC~Eレベルで済ませているケースが殆どだろう。

筆者が相談に乗った食品製造業のケース(プリン製造業者)でも、オーガニックだ、無添加だと妙な拘りゆえに、製造コストばかり膨らむ一方で賞味期限が極端に短くなり、造るほど赤字が増えてしまう収益性ゼロの案件があった。

中小企業の商品開発なんて、掛けられるコストに限度があるから、マーケティング調査などどだい無理な話で、ややもすると、上記の案件のように、100円の原価が掛かる商品を、気付かずに90円で売ってしまうようなケースも決して珍しいことではない。

確かに多くの企業は、商品を市場に投入する際に、消費者が購買できそうな価格帯を気にはしているし、そうあってもらいたいものだが、実際には、人材や資金力不足に加えて、様々なコスト上の制約もあり、常に需要サイドの期待に応えられるわけではない。

本来なら、消費者の需要力やニーズを見極めたうえで適正な価格を提示すべきなのだが、ヒト・モノ・カネといった経営資源の不足やコスト面の制約から、そうした原則論は蔑ろにされ、自社の都合や経営者の感に頼った価格決定が横行しているのが実態なのだ。

次に、②の市場動向に応じた価格変動についても、消費者の希望が反映されるケースは極めて稀であり、基本的には供給側の都合でなされているケースが殆どだろう。

市場には、
①価格変動の大きい生鮮食料品などの商品
②モデルチェンジのタイミングで値下がりする家電などの商品
③販売数量に関わらず殆ど価格変動がない乾物や缶詰などの商品
④ブランド価値を守るため端から価格変動を考慮していない高級時計などの商品
など、様々な価格形態が存在している。

価格形成消費者主権論者は、上記①~④のうち、値下がりして販売数量を伸ばしたほんの一部の事例を採り上げて、「ほら見ろっ、価格を決めるのは消費者様なんだ!!」と勘違いしているだけのことだ。

仮に、消費者が価格を決めているとしてみよう。

この場合、国内には1億人以上の消費者が存在しているのだから、ひとつの商品・サービスに対する消費者の価格評価は、まさに千差万別であるはずで、ラーメン一杯を取っても、“せいぜい300円くらいだな”、“いや、650円くらいは出せる”、“何言ってるんだ? 高級飛魚出汁を使ってるんだから1,200円くらいするだろっ”などなど、消費者ごとの希望価格が存在してもおかしくはない。

消費者が価格形成の主導権を握っているのなら、商品・サービスごとに、個々の希望価格に応じて異なる価格が付けられる「一物百価制度」が一般化しているはずだが、残念ながら、そんな面倒くさいものはこの世に存在しない。

もっと平たく言えば、消費者の求めに応じて柔軟に価格を変動させる、つまり、値引き販売が横行することが許されるのなら、企業は大量の在庫や廃棄に苦労せずに済むのだが、実際には、国内の食料品の廃棄コストは年間2兆円にも達すると言われている。

今回のコラムの内容をまとめると次のようになる。
①本来、消費者ニーズに応じた価格形成が成されるべきだが、実態の供給現場では、そこまで精緻な計算はなされておらず、供給サイド(企業側)の都合で価格が呈示されている
②一旦決定された価格が値下げされることはあるが、それは消費者主導で行われたものではなく、あくまで企業側の判断で行われるものだ
③消費者ごとに価格ニーズは異なるはずだが、実際には、個々のニーズに合わせた複数の値付けをすることはできず、企業側から提示された単一の価格に従うしかない
④消費者は、企業側に対して希望価格をねじ込むことは不可能で、企業が呈示した価格に納得するか、拒否するかの二者択一しか意思表示はできない

つまり、価格形成に対して消費者が有する権限は、選挙制度と同様に非常に大雑把なもので、企業が呈示した価格を受入れるか、拒否するかの選択しかない。
選挙においては、気に喰わない候補者に×印をつけることもできないし、特定の候補者に対して個々の政策のごとに〇×を訴えることもできないが、それと同じことだ。

ことの良し悪しは別として、市場の価格を決めるのは、あくまで供給サイド(企業)であり、消費者が細かくコントロールすることはできない。

消費者にできることは、購買という行為を通じて、価格水準に対し一定の意思表示をすることくらいのものだろう。

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