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2016年10月13日 (木)

ミクロという狭い檻

我が国が不況期に突入してから、(どんなに短く見積もっても)20年が経過しようとしている。

この間、官民を問わず不況の原因や解決策を巡る論争が続いてきた。
論争の中心には、緊縮財政や構造改革・規制緩和を推進する勢力がドンと居座り、金融緩和万能主義のリフレ派がその周囲を固め、積極的な財政金融政策を支持する者は部屋の隅っこで塵芥並みの扱いを受けてきたと言ってよい。

だが、一見華やかで熱い論争に首を突っ込んでいるのは一部の人間に過ぎず、そもそも経済や経済政策に関心のない大多数の無関心層は、不況の解決や経済成長自体を諦めているのではないか。

この手の輩は、端から経済を難しいもの、自分には関係のないもの、と敬遠しがちで、 “日本はもう成長できない、このまま減少社会を粛々と受け容れるしかない”と、早くも白旗を挙げ、“公共事業なんてやってもムダ”、“財政政策を打っても、どうせ、その果実は自分のところには廻って来ない”と意固地になって拗ねてしまう。

彼らは、「自分の財布から出て行ったお金はノーリターン、他人が何処かで使ったお金もNot Come In」としか考えないし、この不況下で所得も増えないから、消費に対してネガティブで、節約にばかり関心が向いてしまう。

“九州ふっこう割りや北陸・北海道新幹線の開業による熊本や金沢・函館などの賑わいも所詮は他人事”、“九州や北陸でいくらカネが使われても自分のところには廻ってこない”と拗ねる連中は、ミクロという小さな箱に安住してばかりで、乗数効果すら理解できないようだが、一個人という経済主体のレベルは、たいがいこんなものだろう。

この手の連中は、自分が使ったお金は永遠に手元に帰ってこないと頑なに信じる割に、自分が毎月貰う給料の出処に思いを馳せることはない。

使ったカネの帰還率が低過ぎるのが不満なら、分配制度の網の目を細かくするよう訴えればよいのが、そうした努力もしようとしない。

また、何処かの誰かが払ったお金が、複雑に絡み合う実体経済中の毛細血管を巡った末に、自分の給与口座に振り込まれたこと、そして、その誰かが払ったお金の正体は、数日前に自分が居酒屋で支払った飲み代かもしれない、という事実を認めようともしない。

確かに、実際に、個人であれ、企業であれ、モノやサービスを購入する際に、自分が支払ったカネが、いつか収益を背負って手元に帰ってくるかも、なんていちいち考える変わり者はいない。

彼らがお金を支払う理由は、将来のリターンへの期待感ではなく、一義的には目の前にあるモノやサービスという対価を得るためでしかない。
つまり、個人や企業といったミクロの経済主体レベルでは、あくまで、消費という行為は消費するためのものに過ぎず、投資という観点から行っているものではない、ということだ。

このように、一個人や一企業の消費行動は極めてミクロ的な目的でなされるものであり、それを止める手立てなどない。
しかし、「誰かの支出は、他の誰かの所得になる」という大原則を解せぬ連中が、個々の合理的判断に基づいて勝手気ままに行動すると、所得減少が節約・倹約を促し、それが誰かの所得を奪って失業や不況をスパイラル化させ、マクロレベルでは膨大な利害対立が生じてしまう。

こうした相互の利害を調整し、マクロの経済環境をスムーズ化させることこそが国家の経済政策が果たすべき役割であろう。

Aという個人が何気なく使ったお金を所得として受け取ったBが、すぐに、Cからモノを買いたくなるような所得状況や経済環境を創造することが重要なのだ。

ABCという消費循環の回転数を上げるとともに、A・B・C・D・E・F…といった具合に、循環経路に係る人数を増やすことにより、乗数効果にブーストを掛けて経済成長させる必要がある。
そうした経済基盤は整えば、Aが何も考えずに支払ったカネが巡り巡って、Aの所得をいつの間にか増やし、誰もがそれを当たり前に感じるようになるはずだ。

ミクロが引き起こす誤謬をマクロで解決する、という地道な作業の繰り返しこそが経済活動の実態なのだ。
それを解せず拗ねてばかりの小心者は、何も喰わずに家の中でじっとしておればよい。

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コメント

「金は天下の回りもの」とはよく言ったものです。少なくとも現代よりは江戸時代の庶民の方が経済の本質を理解してたのでないでしょうか。

私自身もそうでしたが多くの国民が経済をミクロの視点でしか捉えていないことが致命的です。

逆にマクロ経済への正しい認識が浸透したならば、不況時に増税を唱えたり、緊縮政策を進める輩は即刻退場でしょう!

≫かきすけさん

昔の人って、本質をつく事を言ってますよね。

すべての国民はマクロ視点を持て、とまでは言いませんが、国民生活向上のための財金政策に文句をつけるのは止めろ、とは、強く言っておきたいと思います。

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