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2016年12月30日 (金)

三バカ経済理論

医学、化学、生物学、生理学、文学、歴史学等々、世の中には様々な学問が存在する。
およそ「学問」の名を冠する以上、人間生活や社会生活にプラスの効果をもたらすものでなければ、まったく無意味であり、却って有害ですらある。

しかし、特定の経済学者のように、単純化した仮定モデルを弄りまわして世情を傍観するだけのナマケモノもいる。

彼らは、役にも立たぬ定理や数式を以って経済を分析し始めるが、大概の場合、上手く説明できず周囲から失笑を買うだけで終わってしまう。
だが、実力に比してプライドばかりが異常に高いためか、「現実>理論」という結果を良しとせず、現実を否定し、言葉の定義を捻じ曲げようとする。

妄想肥大気味のエセ経済学者が好む経済理論でも、醜悪なのが、「リカードの比較優位説」・「マンデル・フレミングの法則」・「セイの法則」だろう。


先ず、リカードの比較優位説については、Wikipediaの解説を参照願いたい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%BC%83%E5%84%AA%E4%BD%8D

その内容は、例の、
・報酬の高い弁護士は弁護士業務に、タイプを打つしか能がない秘書は秘書業務に専念すべき
・イギリスは毛織物産業に、ポルトガルはブトウ酒生産に特化すべき
という世迷い言で、
①機会費用の低減
②生産性向上
の観点から、自由貿易の重要さを説くものだ。

しかし、時代はモノ余りのトレンドに変わり、「資源は有限だから、ある財の生産を行う場合には他の財の生産を諦める」という機会費用の前提が成り立たなくなった。

極度の需要不足から、人材やモノ・サービスの余剰が生じ、“資源は有限”という前提が怪しくなり、また、Aという財が売れ残っているため、他のBという財の生産を諦める云々以前に、生産する必要すらなくなっている。

Wikipediaの解説にある弁護士とて、国税庁の調査(2012年)によると、所得が1,000万円以上の弁護士は5年前から15%減少し、逆に200~600万円の人が20%ほど増加しており、いまや、年収100~300万円台の低所得層がゴロゴロいるありさまだ。
これなら、司法試験突破に多額の資金と多大な時間を投じるよりも、秘書として稼ぎ、小金を持った女性でも捉まえる方が遥かに機会費用も少なかろう。

また、イギリス・ポルトガルの毛織物・ワイン生産の話も、「比較優位に立つ側は相手側よりも少ない機会費用で生産できる」という観点からしか論じておらず、あまりにも粗雑で乱暴な議論だ。

およそ、製品や商品として世に出る以上、品質やブランド力、労働者の質、流通・保管ネットワーク、アフターサービス力など総合的な観点からの評価が求められるべきで、実際の商流の現場では、“機会費用が少ないから、ワインはポルトガルで造りました”では、まったく通用しない。

そもそも、「貿易」という行為自体が、産地の近隣では消費しきれないモノを遠隔地や海外に売って資金を得ようとするもの、あるいは、隣県や外国に強いニーズが存在することを察知して積極的にモノを輸出するもので、機会費用とか、比較優位云々に関係なく、太古の昔から自然発生的に行われたものに過ぎない。


続いて、マンデル・フレミングの法則(MF理論)だが、その内容は次のとおりだ。

「財政赤字が拡大すると実質長期金利が上昇し、設備投資や住宅投資が減少する(クラウディング・アウト効果)。また、実質長期金利が上昇すると国内への資本流入圧力が生じて自国通貨が増価し、輸出が減少して輸入が増加するためGDPが減少する。よって、変動相場制のもとで景気回復や雇用を増やすには、財政政策よりも金融政策が効果的だという理論(Yahoo辞書)」

いまだにMF理論を誇らしげに語る田舎者も多いが、そもそも、機能的財政論を唱える論者の中に、財政政策一本足打法に固執する者などいない。

積極的な財政政策を訴える際には、金利の急激な上昇を忌避するため、さらに、財政政策の財源を確保するために、量的金融緩和政策を前提としているのが当然だ。

にもかかわらず、“金融政策がないと大変なことになるぞっ‼”と大騒ぎするバカ者には、今頃そんなレベルの低い心配をしているのか、と冷笑を送るしかない。

また、「輸出が減少して輸入が増加するためGDPが減少する」のくだりにも、
・財政赤字の拡大と実質金利との間にどんな関係があるのか?
・実質金利が今より高かったバブル期に設備投資や住宅投資が盛んだった理由は?
・為替レートは実質金利だけで決まるものなのか?
・日本のGDPに占める純輸出の割合をご存知か?
・財政政策より効果的なはずの金融政策が一向に効かないのは何故か?
と冷ややかに尋ねれば十分だろう。


最後に、セイの法則だが、金融大学の解説によると、次のようになる。

「生産物はすべて売れる、という理論のことで販路法則ともいいます。価格メカニズムが働く市場では生産物をすべて売ることができるので、生産物がどれだけ売れるかは供給の大きさで決まります。」

これも突っ込みどころが多すぎて困るのだが、一般の市場では、倒産企業のバッタ売りでもない限り、価格メカニズムなんてそうそう働くものではない。

燃費不正問題を起こした三菱自動車の新車が売れ残ったからといって、一台5万円で売るわけにはいかないし、売上がピーク比で1/4にまで落ち込んだ任天堂が、ゲームソフトを1本100円で叩き売りできるわけがなかろう。

しかも、生産物には鮮度も流行も仕様もあるから、売れ残りが生じるのが当たり前で、すべて売り切ることができるモノなんて、数十万アイテムのうちの一つくらいに過ぎない。
第一、造ったモノがすべて売れるのなら、これほど倉庫・流通業者が大規模化する必要もないだろう。

「生産物がどれだけ売れるかは供給の大きさで決まります」の部分には、苦笑するしかない。

粗鋼生産力で世界一を誇る中国の生産力は、ここ15年で6倍以上に膨張し年間12億トンに達するが、実際の生産高は8億トンに過ぎず、4億トンもの膨大な売れ残り(世界中の余剰の6割近く)を抱えている。

セイの法則に実戦力があれば、これもたちどころに解決できるはずだが、中国の鉄鋼余剰問題は10年以上も続き、在庫量は拡大する一方だ。


今回指摘した「リカードの比較優位説」・「マンデル・フレミングの法則」・「セイの法則」は、いずれも、モノ不足に悩まされ続けていた太古の昔には通用したかもしれないが、逆に、需要不足に苦しむ現代では、「そういう考え方もあるかもしれないね…(棒)」という程度の扱いで十分だろう。

モノの生産量だけを気にすれば済んだ牧歌的な時代は、とうの昔に終わっている。
カビの生えた経済理論に固執し、安住するナマケモノは、もはや必要ない。
今すぐ経済論議から身を引き、厭世気分に浸って畑でも耕していればよかろう。

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