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2016年12月28日 (水)

経済学は自己保身用のアクセサリー〜成長に背を向ける厭世家〜

世の中には、経済学を学んだことに自負心を持つ者が多くいる。
だが、その自負心が強ければ強いほど、信奉する学問の理論や数式と、現実との間に大いなる齟齬が生じた場合、見苦しい詭弁や幼稚な言い訳で自己保身に走ろうとしがちだ。

知識人を気取る詭弁師たちには、学問の修得以外に自身を鼓舞する核がない。
だからこそ、厳しく立ちはだかる現実を直視し、それをいかに変革すべきかについて、自ら思考することを放棄し、既存の経済学に救いの手を求めるしか能がない。

その結果、学問と現実とが対立した場合に現実を否定しにかかり、それすら叶わないと悟るや、今度は、希望や幸福の定義すら勝手に改竄しようとする。

「日本はもはやデフレではなく、着実に経済成長しつつある」

「雇用環境は過去最高」、「日本の経済格差なんて、欧米と比べると大したことはない」

「非正規やバイトでも、失業するよりマシ」、「アベノミクスの目的は雇用だ」

「経済発展の定義が変化したことに気付くべき」、「高度成長を夢見るな」、「政府に頼れば何とかなると思うな」、「貧困は個人の責任」

「お金=幸福ではない」、「不況や貧困なんて大げさ。餓死するわけじゃないだろ?」

こんな詭弁を弄しつつ、現実から逃げ回るのが、彼らの十八番だ。

彼らにとって経済学を自己流で学ぶのは邪道で、いわゆる主流派経済学を信奉する者のみが経済を語ることを許されるらしい。

市井の自己流経済学の知見を以って的確に説明できる現実や事実は、彼らにとって否定し難いが許すことのできぬ、謂わば「違法収集証拠」のようなものであり、それゆえに、学問や数式を持ち出して現実や事実を否定しにかかる。

例えば、「日本はG20内でも経済格差が非常に小さな国だ。虐めるべき金持ちがいないのに藁人形叩きをするのか」といった論点ズラしで誤魔化そうとするバカ者など、その好例と言える。

格差問題を語る際に重要なのは、富者と貧者とのストック・フローの上下差ではない。
両者の相対的な差異よりも、中下位層のボリュームと所得の絶対的水準の在り方こそ重点的に論じるべきだ。
また、欧米諸国の経済格差云々なんて何の関係もないし、第一、我が国の経済格差が欧米より小さくても腹の足しにもならない。

サラリーマンの平均年収は1997年の467万円から2014年には415万円と12%以上も減って(普通は増えるのが当たり前だろう…)おり、また、家計貯蓄率も1995年/9.61%から2014年/0.07%にまで激減し、勤労世帯の貯蓄額の中央値も2002年/817万円から2015年/761万円へと7%近くもダウンしている。

国民は年収1億円以上の富裕層が増えていることに恨み辛みを述べているのではない。
自分の年収が、いつまで経っても300~400万円のまま増えないことに強く憤っているのだ。

こうした民衆の切なる願いや機微に鈍感な連中に限って、薄っぺらな理想論を吐きたがるものだ。
自身が職やカネに苦労したことがないから、彼らの空論は常に浮ついた感が拭えない。

「個々が富むことはとても好ましいこと」、
「勤勉であることは他のなににも代えがたい徳である」、
「富んでも良いじゃないか,勤勉で倹約することの何が悪い」、
「我々は乞食や奴隷ではなく個人である」、
「今の日本が最低なのかといえばそんなことはない」

こんな生ぬるいポエムを並べるバカ者の神経が知れない。

幼稚なポエマーが夢見るように、勤勉が富に直結する正常な世の中なら、誰も苦労しない。

勤勉、過剰な労働、学歴、才覚…こうした個人の努力やポテンシャルが、やりがいのある職と安定した所得に直結しないのが、デフレ不況の罪深いところであり、いま、まさに多くの国民がそうした暗澹たる時代に苦しめられているのが解らぬのか?

知性の低いポエマーは、「公平や平等を叫び、全体で貧しくなろうとするのは、サヨク的理想社会だ」と揶揄するが、“デフレの放置、マクロ的成長の放棄、貧困の容認、分配の否定”を軸とする彼らの主張こそ、「国民総貧困化」を招く薄汚い思想であろう。

彼らは不況継続を容認し、カネで買えない幸せを強要したいようだが、それこそ、国民を乞食化・奴隷化しようとする危険な発想だ。

「お金=幸せとは限らない」なんていう黴の生えたセリフを聞く気はない。

十分な所得や資産を持てば、人生において多様な選択肢を手にすることができ、無用なリスクを遠ざける効果もある。

長い人生を送るに当たり、大小様々、かつ、急な出費を強いられることが多々あろう。
その都度、手持ち資金に窮するようでは、人生のステップを順序良く踏むことすら叶わない。
例えば、就職活動をするにしても、就活スーツすら揃えられぬとしたら、職を手にする機会すら失いかねず、人生の第一関門すら超えられない。

バカ者が調子に乗って、“お金で買えない幸せ云々”なんて綺麗ごとばかり並べていると、やがて、国民の勤労や努力に対するインセンティブが失われ、最大の国富たる供給力が崩壊することになるだろう。

なにせ、懸命に努力しても、それに見合う報酬が得られず、
「日本が成長できる時代は終わった。これからは、お金で買えない幸せを目指せ!!」、
「見方や尺度を変えれば、幸せの価値も変わるよ」
なんて詐欺に遭うだけだから、勤勉も努力も無意味なものになってしまう。

卑しくも経済学徒を称する者なら、その知見を経世済民に活かす義務があろう。
知識をひけらかすだけの厭世家を気取ることなど許されまい。

今の日本には、腹も満たせぬ空論を弄ぶ暇なんてない。
ただ真っ直ぐに、「普通に働けば、誰もが豊かに暮らせる社会」を目指せばよいだけのことだ。

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コメント

このような詭弁師のバックにいるのは、富裕層でしょうに。一部を除き、真に優れた経営能力よりも、コストカットより、富裕層が増加したのは疑う余地がありません。そのような、給料と能力が釣り合っていない富裕層が、詭弁師にお金を出して、自分達に都合の良いことをいわせているのです。ほとんどの経済学者は、腹話術師ならぬ、富裕層の操り人形に過ぎません。

欧米の左翼やリベラルも、富裕層に取り込まれて、反差別しかネタが無くなってしまった結果、無残に負けが続いています。

≫千手観音さん

ご指摘のとおり、詭弁師の後ろには、強力な富者が控えています。

さらに罪深いのは、最大の被害者であるはずの市井の一般人が、詭弁師の大嘘を熱心に支持していることです。

この負の連鎖を解かぬ限り、事態が好転することはないでしょう。

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