無料ブログはココログ

リンク集

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月

2017年1月31日 (火)

報道を創作と履き違えるな!

(※)いつも拙ブログをご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。
一月は毎日ブログを更新してきましたが、業務多忙により、二月からは、これまでどおり、週1~2本のペースに戻ります。予めご了承ください。


トランプ大統領は、CIA本部を訪問した際の演説で、「彼らは地上の人類の中で最も不正直だ。大きな代償を支払うことになるだろう」とメディアを攻撃した。

彼の台詞通り、メディアの連中は人類の中で最も不正直で尊大な人種だ。
彼らは、民衆の代弁者のふりをしながら、自分たちの意に染まぬ思想が拡がらぬよう国民を睥睨し続けている。

『米政権と報道 事実軽視の危うい政治』(朝日新聞社説 1/29)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

「自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである。トランプ米大統領には、その理解がないようだ。
 政権は発足直後から報道機関との対立を深めている。
 トランプ氏は「私はメディアと戦争状態にある」としつつ、報道機関を「地球上で最も不正直」と非難した。
 大統領の側近は米紙に対し「メディアは屈辱を与えられるべきだ。黙ってしばらく聞いていろ」と語り、批判的な報道を威嚇するような発言をした。
 ゆゆしい事態である。
 権力者の言動をメディアが点検するのは当然のことだ。報道に誤りがあれば、根拠を示して訂正を求めればよい。政権が一方的に攻撃し、報復まで示唆するのは独裁者の振るまいだ。(後略)」

この朝日新聞の社説には、マスコミの思い上がりと勘違いが凝縮されている。

“自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである”のくだりは、要は、「何人たりとも、俺たちの監視の目から逃れられると思うなよ。俺たちは、好きな時に好きなように取材するし、自分の都合の良いように報道するからな。(# ゚Д゚)」と、政・官・財のみならず、すべての国民に対して、脅しをかけているだけのことだ。

自分たちが最大の権力を持ち、それを振るっていることを隠して、権力の監視役を自任するなど、まことにおこがましい限りだ。
国民は、マスコミに権力の監視役を負託した覚えなど無いし、それは本来、国民一人ひとりが果たすべき義務であり、誰のチェックも受けることのないマスコミが担うべき役割ではない。

マスコミに権力の監視役とか、社会の木鐸といった役目を負わせるのは荷が重すぎる。
彼らは、総じて、実社会の仕組みをよく理解できるほどの経験も正義感も持ち合わせていないし、プライドが高い割に、他人の意見を咀嚼し、マクロ的に世の中を俯瞰するスキルが著しく欠落しているからだ。

マスコミの連中は、権力の監視云々と肩ひじ張らずに、黙々と事実を報じているだけでよい。
彼らの薄っぺらい論評や意見なんて聞く価値もない。

件の社説では、
「一方、ツイッターでの発信をトランプ氏は今も続けている。政治姿勢を広い手段で明らかにすることはいいが、自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない」
と、Twitterを多用して、ダイレクトに意見や政策を公表するトランプ氏の手法を批判する。

これも、自分たちがトランプ氏に中抜きされて、これまでのように、事実を都合よく脚色したり、発言を切り貼りしたりする機会を失うことを恐れているだけのことだ。
マスコミの本音は、「Twitterなんかで情報発信されたら、俺たちが情報操作できなくなるだろっ‼」程度のもので、なにも高尚な思いがあるわけじゃない。

社説にある“自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない”との記述には、「お前は、鏡に向かって文句を垂れているつもりか?」呆れるよりほかない。
まさに、マスコミが偉そうに批判しているのは、自分たちの姿そのものだからだ。

朝日新聞の社説は“権力と国民のコミュニケーションが多様化する時代だからこそ、事実を見極め、政治に透明性を求めるメディアの責任は、ますます重みを増している”と結んで悦に入っている。

自分たちこそ権力の結節点だと自負(妄想)する彼らにひと言忠告しておく。

『メディアの責任どころか、その役割はますます縮小の一途を辿る。なぜなら、自分基準の情報の捏造と選別しかせず、気に喰わぬ思想を抑圧するしか能がない監視機関なんて、世の中には不要だからだ』

2017年1月30日 (月)

緊縮バカの時計の針は逆回り

日経新聞の経済観の針は、刻々と反時計回りに進んでいる。

『25年度より後の財政・社会保障の姿示せ』(日経新聞社説 1/27)
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO12191420X20C17A1EA1000/

「日本の財政は先進国で最悪の状態にある。政府は2020年度に、国と地方をあわせた基礎的財政収支を黒字にする財政健全化目標を掲げているが、日本経済が実力よりかなり高い成長率を実現しても達成は難しい。政府は厳しい現実を直視し、真剣に対応策を考えねばならない。(後略)」

日経の紙面に財政政策の文字が躍ることはないと思うが、同社は、デフレ不況からの脱却に悉く失敗を重ねてきた“緊縮&改革路線”を変更する気などさらさらないらしい。

社説では、「内閣府が中長期の財政試算をまとめた。それによると、仮に中長期の経済成長率が物価変動の影響を除いた実質で2%以上、名目で3%以上で推移しても、20年度の基礎的財政収支は8.3兆円の赤字になるという。赤字額は昨年7月時点の前回試算より2.8兆円増えた。」と、PB赤字額をしきりと気にしている。

筆者は、政府の財政赤字やPBなんて、まったく気にする必要はないと思うし、こと、需要不足発の不況期においては、冷え込む民需を刺激するために積極的に赤字を膨らませるべきだ。

PBバランスの美しさよりも、家計や企業のフローとストックを正常化させる方が、遥かに優先度が高い。

日経も、それほどPBバランスを気にするのなら、過去の推移を検証すればよい。
(参考資料:世界経済のネタ帳 http://ecodb.net/country/JP/imf_ggxcnl.html)

上記URLから拾ったグラフを見れば判るとおり、PB黒字化の達成時期と、バブル期を中心とする積極財政政策期とは軌を一にしており、くだらぬ緊縮思想や構造改革に手を染め始めた辺りから赤字額が大きく膨らんでいる。

それほど税収を増やしたいのなら、その源泉となる民間経済を活性化させることが必須条件であり、企業や家計の消費・投資心理が冷え込む状態でそれを成すためには、政府による大規模な財政支出という「先行投資」が不可欠、という簡単な理屈だ。

しかし、日経の連中の考え方は180度異なる。
「経済の成長力を高めて税収を増やそうという発想は正しいが、円相場しだいで企業収益やそれに伴う税収は増えたり減ったりする。しかも高い成長率が実現するとは限らない。やはり税収増に過度に頼った財政健全化策は危うい。」
と主張し、税収増ではなく、支出削減で乗り切るつもりのようだ。

その具体策として、
「まず社会保障費を軸とする歳出の削減・抑制が急務だ。18年度は診療報酬と介護報酬の同時改定を控える。政府は直ちに社会保障の抜本改革の議論に入るべきだ。
 同時に、19年10月に消費税率を10%に上げられる環境をつくる努力も必要だ。社会保障と税の一体改革を含め、財政健全化計画をゼロからつくり直してはどうか。
(中略)
日本人の間で財政や社会保障への将来不安は高まり、足元の個人消費が伸び悩む一因にもなっている。超長期の財政や社会保障の姿を試算することを、不安解消策を考える一歩とすべきだ。」
といった具合に、社会保障の削減と消費税率引き上げの“緊縮二刀流”の断行を強く主張する。

日経新聞は、これまで失敗に失敗を重ねてきたダメ戦略に固執し、日露戦争時の二〇三高地攻略戦で指揮を執った乃木将軍の如く、犠牲を増やすだけの無謀な突撃命令を繰り返すしか能がない。

日経社説のように、緊縮能に侵された者は、「日本人の間で財政や社会保障への将来不安は高まり、足元の個人消費が伸び悩む一因にもなっている」と言いたがるが、観点があまりにもズレ過ぎだ。

国民は、
・年金支給年齢引上げ
・年金支給額減額
・年金保険料引き上げ
・医療費負担率上昇
・診療報酬や薬価改定による大幅な引上げ
・消費税や諸税の税率引上げ
などといった、社会保障の劣化や増税という生活コストの増加に対して不安を感じ、憤りを覚えているのだ。

しかし、そうした国民の想いを日経は見事に逆撫でしている。

日経は、「日本の財政は厳しいから、皆さんの年金は●万円減らします。また、医療費負担は●割まで引き上げます。それから、消費税率は10%じゃ足りないから30%くらいまで覚悟しておくこと。解りましたね。国民の皆さんは、贅沢言わずに我慢しなさい」と冷厳に言い放つことが国民の不安を和らげると主張する。

彼らは世情を読めない単なるバカだ。

(公財)生命保険文化センター「平成25年度 生活保障に関する調査」という資料によると、
医療や介護保険などの保障に関して、「不安感あり」と感じる人の割合は9割台に達し、その具体的な内容をみると、老後生活に対する不安では「公的年金だけでは不十分」 (81.4%)、死亡時の遺族の生活に対する不安では「遺族年金等の公的保障だけでは不十分」(43.7%) 、等々、いずれの保障領域でも、公的保障に対する不安を含めた経済的不安が上位に挙げられている。
(参照先:http://www.jili.or.jp/research/report/pdf/h25hosho_press.pdf)

そうした不安解消への対応策を尋ねた結果、「生活を切りつめても私的準備必要」(67.4%)が約7割を占め、自助努力意識が高い割合となっており、「社会保障の劣化→支出の切りつめ」に直結することが素人目にもよく判る。

緊縮教を妄信する日経の連中が、どんな幻覚を見ているのかは解らぬが、「社会保障費削減&消費税増税=民間消費削減=税収減少=PB赤字拡大」という図式くらい、普通の常識を兼ね備えた人間なら、誰でも想像がつくだろう。

筆者は、民間経済の活性化こそ善であり、政府の財政健全化なんてどうでもよいと考えているが、敢えて財政健全化の答えを探るとすれば、どうすればよいだろうか?

答えは極めてシンプルだ。

『日経社説のように“負けるための戦略立案に長けたバカ”の真反対の政策を実行すればよい』

2017年1月29日 (日)

ファシズムを呼び込むバカ者

トランプ大統領の登場以来、各国のマスコミは、毎日のように彼の言動や政策を槍玉に挙げて、一挙手一投足を悪しざまに報じ続けている。

いまや、トランプ氏は、世界中のマスコミや世論を敵に回しているといっても過言ではない。
氏の政策の内容や意図の深層を探ろうともせず、「トランプの口から出てくるのは、全部汚いものに違いない」と決めつけ、反トランプ的言論こそが正義だと妄信している。

だが、そうした反トランプ派の発言や行動は、どれも品格や礼節を欠くモノばかりで、意に染まぬ結果を受け容れられない憂さ晴らしに、無関係な第三者に暴力を振るうバカ者もおり、ただの行儀の悪い暴徒と化している。
(元々、卑しい連中だっただけかもしれないが…)

『男がビデオでトランプを暗殺すると脅迫しました!』
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52001272.html

『反トランプデモ、一部が暴徒化 ワシントンで店舗など破壊』(日経新聞 1/21)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGN20H4I_Q7A120C1000000/

『メキシコ大統領、トランプ氏との首脳会談を中止 壁建設計画で対立』(AFP 1/27)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170127-00000000-jij_afp-int

『米俳優ラブーフ容疑者逮捕=「反トランプ」イベントで乱闘』(時事通信 1/27)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170127-00000023-jij-n_ame&pos=3

『米アカデミー授賞式出席せず=トランプ氏に抗議―イラン女優』(時事通信 1/27)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170127-00000034-jij-n_ame

反トランプを叫ぶ連中は、人種差別やマイノリティーへの差別に反対し、民主主義を守れだの、社会を分断するなだのと口清いことを言うが、実際の行動は見てのとおりで、『暴力・脅迫・ドタキャン』の三本立てを基本とする粗野な振る舞いばかりだ。

彼らの発想はテロリストや過激派の連中と同じで、気に喰わぬ社会を変えるためなら手段の善し悪しや、その過程で生じる民衆の被害をまったく気にしない。

自分たちの思想を絶対正義だと妄信し、それに反する主義主張を一切認めようとはせず、暴力や脅迫を以って弾圧することも躊躇しない。

マスコミやフェミニスト、環境活動家、セレブ連中が総掛かりで、連日、トランプ氏やその支持者たちに総攻撃(=総口撃)を仕掛けているのも、言論を隠れ蓑にした暴力や脅迫の類であり、まさに“ファシズムに基づく言論・思想統制”の様相を呈している。

新聞の投書欄にも、メキシコ国境に壁を造るというトランプ氏の公約に対して、「弱者(不法移民)を分断するとんでもない政策だ」という批判を見かけた。

こうした意見は、物事を一面からしか見ない狭小な発想で、メキシコから溢れ出す不法移民(※米国全体の不法移民約1,100万人の6割程度を占めるとされる)が米国社会にもたらす害悪(低所得の固定化、雇用の略奪、治安悪化、麻薬密売、移民養育コスト負担等々)には目を向けようとせず、ひたすら「不法移民=可哀そうな弱者」と決めつけている。

不法移民の存在によって生活の質を落とされる米国民こそ憐れむべき弱者のはずだが、そちらへの配慮はまったくない。

不法移民に身を落とさざるを得ない一部のメキシコ人には同情を禁じ得ないが、メキシコの問題は、あくまでメキシコ国民自身の努力で解決すべきであり、不幸の捌け口を隣国に押し付けるのはあまりに不公正だ。

メキシコの自動車産業が、単なる海外資本への場所貸しで巨大化した(自国資本のサプライヤーが全然育成されていない)のと同じ構図で、自国の努力を放棄して、他人資本に甘え続けるような国には、未来も発展もない。

多文化共生社会とか、グローバリズムといった耳当りの良い言葉を絶対善だと鵜呑みにせず、その善し悪しをしっかり自分の頭で考える癖をつける必要がある。

そうした努力を放棄した先に「反差別の衣を着たファシズム」が舌なめずりしながら、我々を待っているのを忘れてはならない。

2017年1月28日 (土)

「終末時計」で遊ぶヒマ人

『「終末時計」残り2分半に トランプ氏の勝利など受け』
(朝日新聞デジタル 1/27)
http://www.asahi.com/articles/ASK1W1RZ8K1WUHBI001.html

「米国の科学者らが毎年公表している地球滅亡までの残り時間を示す「終末時計」が2年ぶりに30秒進められ、残り2分半になった。核兵器増強を主張するトランプ米大統領の就任や北朝鮮の核実験、地球温暖化などを重く見た。米国と旧ソ連が対立した冷戦時代以来の深刻さという。(後略)」

この「終末時計」とやらのインチキぶりは、財部誠一の「借金時計」と肩を並べるほどで、いつも“終末まで●分だ、危機はすぐそこまで迫っている‼”と騒ぎ立てるが、時計の針は一向に進まず、本当に終末が来るのは何時になることやらと、欠伸が出そうだ。

終末時計のオオカミ少年ぶりを示すために、上記URLから過去のアジテート履歴を列挙する。
【終末時計の残り時間と評価した主な出来事】
1947年 7分前  終末時計が登場
53年 2分前  米国が前年に水爆実験
63年 12分前 米英ソが部分的核実験禁止条約調印
  84年 3分前  米ソの軍拡競争が激化
  90年 10分前 冷戦が終わる
  91年 17分前 米ロが軍縮条約に調印
  98年 9分前  インド・パキスタンが核実験
2002年 7分前  テロリストによる核使用危機
  07年 5分前  北朝鮮・イランの核開発問題
  10年 6分前  オバマ大統領による核軍縮
  12年 5分前  核軍縮の停滞、福島原発事故の影響
  15年 3分前  ウクライナ危機、地球温暖化の懸念
  17年 2分半前 トランプ政権誕生、北朝鮮の核実験

内容を見れば判るとおり、ほとんどが核兵器絡みのエポックばかりで、それに福島第一原発の事故や地球温暖化などがちょこちょこ登場する程度だ。

時計の針の進度を判断するのは米国の科学者だが、科学者ゆえの世情の読みの甘さが目立つ。

彼らは、核実験の禁止条約や軍縮の動きがあると大幅に時計の針を戻しているが、そんなものは政治上のパフォーマンスに過ぎず何の実行力も持たぬことが、どうも理解できぬらしい。

また、東日本大震災以降、根拠のない風評被害に苦しめられる福島や東北の方々の傷に塩を塗るかのように、福島第一原発の事故を誇大に吹聴し、「福島=放射能塗れ」というまったくのデマを拡散するサポート役を買って出る始末だ。

そうしたあり得ないデマが、どれだけ福島や東北の復興の妨げになっているのか…
バカ科学者どもは猛省し、風評被害を拡散させた責任者として、バカマスコミとともに、きちんと賠償すべきだ。

さらに、彼らは、地球温暖化という、地球規模の妄想発散をアシストし、進めなくともよい針を進めて人々の恐怖を煽っている。

地球温暖化が創られた大嘘であることは例のクライメートゲート事件が暴かれて以降、各方面からその矛盾が指摘されているにもかかわらず、温暖化利権に乗っかる連中や科学者、マスコミの硬いガードもあり、妄想の霧が晴れる気配はない。

日本各地を猛烈な寒波が襲い、類を見ないほど大規模な雪害を目の前に突きつけられても、温暖化妄信者たちは「寒波が発生したのは温暖化で北極の気候が変わったせいだ」、「エルニーニョのせいだ」と幼稚な言い訳を並べるばかりで、まったく反省していない。

「寒くなったのは、暑くなったせい」なんて馬鹿げた言い訳に納得するオメデタイ奴が何処にいると思っているのか?
(※「金融緩和で雇用が増える」、「国債を減らせばデフレ脱却できる」、「輸入を増やせば輸出も増える」という妄言と同レベル)

正直に言って、終末時計を動かして賢人ヅラするヒマな科学者には吐き気を覚える。
彼らが重きを置く「危機感のベクトル」の方向音痴ぶりに目眩がする。

今回、彼らが時計の針を進めた理由は次のようなものだ、
・北朝鮮が2度の核実験を実施
・核戦力の大幅な増強や日本や韓国の核武装容認を示唆したトランプ氏の勝利
・シリアやウクライナ問題をめぐる国際情勢の不安定化
・地球温暖化の影響

北朝鮮のヤルヤル詐欺は年中行事のようなもので、核兵器どころか、どうせ拳銃一発すら打てっこない。
戦時下にあるはずの韓国が、朴槿恵問題で大揺れになっていたのに、その間、静観しかできぬ腰抜け指導者に、核兵器のボタンを押す勇気などあるはずがない。

日本や韓国の核保有云々についても、現状世界の核保有国は5大国以外にも、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルなど9か国に及び、いまさら2か国増えたところで大勢に影響はない。(ただし、運用のいい加減な韓国が、核兵器の事故でも起こさぬかという心配もあるが…)

シリアやウクライナ問題については、それらが世界大戦の火種になるとは思わないが、トランプ大統領は前任のオバマと違って、対立の一端を握るロシアとの距離を縮める姿勢を表明しているのだから、むしろリスクは縮小すると評価すべきで、時計の針を戻す必要があるのではないか?

地球温暖化は、前述のとおり、まったくのデマで、世界はむしろ寒冷化に対する対策やディフェンスを真剣に議論すべきだ。
食糧確保やエネルギーの観点から、より大きな負担や課題に成り得るのは温暖化よりも寒冷化の方で、世界規模で人口が増え続ける現状では、非常に差し迫った課題だと言える。

寒冷化は食糧、とりわけ穀物の作付けに多大な影響を及ぼし、米作や小麦、トウモロコシ、大豆など基幹作物の収量激減のリスクが付きまとう。
江戸時代に我が国を襲った大規模飢饉が、寒冷化に起因するものであったことを思い出せばよい。

食糧やエネルギーの需給逼迫は、デフレ不況下で資金力不足に悩む我が国にとって、他国との相対的な買い負け発生につながり、輸入物価高騰や一部穀物の輸入断絶といった甚大なリスクの発生が懸念される。

件の科学者たちは、「トランプ=悪人」とレッテル貼りし、その政策や発言内容を精査せず、トランプの存在自体が終末時計の針を進めるはずだと決めつけているだけだ。

彼らが危機感を抱くポイントは、あたかも雲上人や空想主義者のようであり、真に危機感を抱くべきは、暴力的なグローバリズムの横行や緊縮政策による低中所得層の破壊と、それがもたらす資本主義や民主主義体制の終焉の方であろう。

2017年1月27日 (金)

「お金がない」という高い壁

日本チェーンストア協会が公表した「チェーンストア販売統計(月報)<平成28年12月度速報>」によると、会員企業数57社/店舗数9,489店の昨年12月の販売実績は、総販売額 1兆2,721億円に止まり、全店ベースで対前年同月比98.3% 、既存店ベースで同98.0%と、いずれも前年割れしている。

同協会では、この結果について、「食料品では相場高の影響もあり農産品が好調だったが、衣料品・住関品は天候要因もあり苦戦し、総販売額の前年同月比は、マイナスとなった」とコメントしており、毎度おなじみの“お天道様のせい”にしたいらしい。

12月の売上ダウンの戦犯は、衣料品と住関品で、特に、紳士衣料と家電製品の落ち込みがひどい。
衣料品はH27/12比▲10.4%(紳士衣料▲12.6%)、住関品は同▲5.5%(家電製品▲10.0%)と惨敗を喫している。
だが、深刻なのは、比較対象となるH27/12の数値自体、その前年(H26/12)と比べて、衣料品▲5.3%、住関品▲2.7%というありさまだから、昨年12月の実績が、相当酷い数字であったことは確かだ。

食料品の相場高=値上がりによって、泣く泣く高いモノを買わざるを得ない消費者が、腹いせに、衣料品や住宅関連品(日用雑貨品、化粧品、家電製品、インテリアなど)を買い控えたという消費行動が如実に表れている。

こうした消費者の厳しい購買選別行動を目の当りにすると、「個別価格と一般物価は別物」、「金融政策が一定で消費性向が変化しなければ、ある個別価格の低下は、他の製品の需要を押し上げるはず」というリフレ派の妄言が、実戦ではまったく通用しないことがよく解る。

「一般物価は金融政策による全体のおカネの量で決まり、個別価格は需給で決まる」、「給与が30万円で貯蓄が10万円なら消費に回せるおカネは20万円。金融政策が同じなら、個別の価格に関係なく使うおカネは20万円だから、Aを買わずに余ったおカネはBの消費に使われるはず」という理論は、金融政策よりも財布の中身を優先させる冷厳な消費者の前では、まさに蟷螂之斧の如くで、何の力も発揮できない。

そうした厳しい現実の壁にぶち当たったリフレ派の連中は、妄想スパイラルの挙句に、愚にもつかない堂々巡りを繰り返すことになる。

・世の中に出回っている全体のおカネの量が一般物価を決める

・おカネの量を調整するのは金融政策の専権事項だ
 ↓
・一般物価は金融政策によって決まる(ハズ)
 ↓
・一般物価が変化しないのは消費税増税のせいだ
 ↓
・財政政策なんて余計な事をやると、財務省に更なる増税の口実を与えてしまう
 ↓
・とにかく金融政策に専念しろっ‼
 ↓
・一般消費者「金融政策って何?、俺の財布におカネ入ってないんだけど??」
 ↓
・景気低迷 (´;ω;`)
我が国は、こんなバカなことをここ数年繰り返してきたのだ。

小難しい金融政策理論をいくら捏ね繰り回しても、実績につながらなければ何の意味もない。

金融政策が効力を発揮できる経済環境を創出するには、先ず、財布の紐をきつく固める消費者が、食料品も衣料品も躊躇なく買い、ボーナスで最新家電をドンと買うように、そのマインドを根底から変えてやる必要がある。

20年もの長きにわたり不況のどん底に喘いできた消費者のフローとストックは痛み切っており、将来の見通しも極めてネガティブだ。

しかし、その“ネガティブ・マインド”をもたらす原因は明確で、「所得(おカネ)不足」以外に考えられない。

巷間囁かれる“日本の財政問題、社会保障改革や歳出改革の立ち遅れ、若者の○○離れ”なんてのは、どれも大嘘か妄想に過ぎない。
筆者は、日本の借金が気になってお金を使う気になれない、なんて“救いようのないバカ”をこの目で見たことがない。

国民が直面する「所得(おカネ)不足」を最も迅速かつ効果的に解決できる経済政策は何か?
これこそが、ポスト・デフレ時代を引寄せる鍵となるだろう。

2017年1月26日 (木)

外注依存は周回遅れ

1月21日(土)の日経新聞「大機小機」に、「米大統領の貿易観は間違いだ」というコラムが掲載されていた。(執筆者:隅田川)

コラムの要旨は次のとおりだ。

○米国のトランプ新大統領は、中国、日本などとの貿易収支が不均衡(米国が赤字)であることを大きな問題と認識しているが、この考えには大きな誤りだ。

○そもそも、一国の貿易収支の赤字を是正すべきだとする経済理論自体が存在しない。貿易収支の均衡を政策目標に掲げている先進国もない。「貿易収支が赤字だから、経済パフォーマンスが悪化する」という関係は全く見られない。

○ましてや、米中・日米貿易収支のような2国間の不均衡を是正すべきだという経済理論などあるはずがない。一国の輸出先国と輸入先国の構造は異なるのだから、2国間の収支が均衡しないのは当たり前だ。

○(トランプ大統領は)貿易交渉の目的は輸出を増やすことなのだから、貿易赤字は悪い交渉をしてきた結果だと考えているのではないか。

○あたかも企業を経営するような目で貿易を見ており、中国や日本に支払う金額が受け取る金額より大きいから「損をしている」と考え、これらの国との「ディール」をやり直して損失を減らそうとしているように見える。

○貿易の世界では輸入はマイナスではない。日本は大量の石油を輸入しているが、これが途絶えたら経済は大混乱する。欲しいと思うから輸入しているのであり、いやいや輸入しているわけではない。

隅田川氏は、各国の貿易は世界単位では収支が均衡するものの、2国間で不均衡が生じるのは当然で、必要に応じて行われる輸入や貿易赤字に文句を言うべきではない、と主張している。
たしかに、「貿易赤字=悪」とは限らない、という氏の主張には一理ある。

だが、グローバリズム礼賛的な発言の目立つ隅田川氏の真意は、もっと別のところにあるのではないか。

要は、彼がシンパシーを抱く日本や中国の輸出型グローバル企業が不利益を蒙らぬよう、
・最大の消費国たるアメリカで、関税強化や内製化促進の機運が醸成されるのを防ぎたい
・自由な資本移動に対する制限が掛かり、雇用コストが高騰するのを防ぎたい
・TPPのように、強者がより強者になれる都合のよい貿易協定を死守したい
と云わんがために、貿易収支不均衡容認論を説いているだけに過ぎない。

氏は、“貿易(交渉)の目的は輸出を増やすこと”と指摘するが、それだけではない。
産業育成と技術革新や流通革新により、不必要な輸入を減らし、それを国内産業化(=内製化)していくことも大きな目的の一つである。

隅田川氏は、日本が石油を輸入するのは当然だと言っているが、こうした思い込みが産業発展の芽を摘んでしまう。
今後、化学製品原料としての石油の地位に揺るぎはないかもしれぬが、鉱物資源として永遠に依存すべきものであるとは限らない。

近年、注目を集めるシェールオイルやオイルサンドなどに代表される非在来型資源のように、石油の一部代替を図るべく、日本近海に分布するメタンハイドレートの開発に資金や資源をぶち込むなど、輸入代替品の開発を通じて国内産業の育成と技術開発に国を挙げて取り組めばよい。

氏のようなグローバリストは、サプライチェーンや製造拠点の海外分散化を無批判に礼賛し、「わざわざ高いコストをかけて国内で造らずとも、海外から安く調達すればよい」と判断しがちだが、そうした安易な低コスト依存体質が、先進諸国の雇用や所得を蝕み、技術力の低下を招いてきたことを猛省すべきだ。

“欲しいと思うから輸入するのだ”と甘い顔をしていると、近い将来、先進国からまともな雇用が消失し、中間層の壊滅による総貧困化という課題に直面することになるだろう。
先進国が購買力を失っては貿易どころではない。
中国やメキシコをはじめ、海外資本頼みの輸出依存国は、いったいどこの誰にモノを売るつもりなのか。

欲するだけ外国からモノを買い続けるのは、不健康な食欲異常者に食べたいだけ甘いものを与えるのと同じ類の愚行であり、情勢に応じて外部から摂取する食事を制限すべきだ。

輸入代替品の開発や内製化は、産業の育成・発展の基礎であり、“欲しいと思うモノを外国ではなく、国内から買う”という国内循環を高めることで、対内投資が増え、実体経済を循環する資金量や速度も高まり、国内経済の付加価値向上に大きく寄与するだろう。

「安く造れる国に頼めばいいや」ではなく、「アレは日本で造れないか、コレも日本で造れないか」と内製化する気迫と努力こそが、国内産業の高付加価値化と雇用の創出、所得の向上につながる。

グローバリズムに甘えて製造拠点を海外に放り出し、外注任せのオンデマンド型経済に依存する時代は終わったのだ。

2017年1月25日 (水)

パシリ根性を叩き直すチャンス!

『日本市場に貿易障壁=自動車販売で名指し批判―トランプ大統領』(時事通信 1/24)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170124-00000003-jij-n_ame

「トランプ米大統領は23日、「米国(の自動車メーカー)は日本国内で販売が増えていないのに、日本は米国に何十万台も輸出している」と主張、対日貿易で障壁があると日本を名指しで批判した。
ホワイトハウスでの経済界首脳との会合で述べた。
 トランプ大統領は「この問題は協議しなければならない」と強調。日本に対し、「公正」な貿易を求める考えを明らかにした。中国市場についても「米国製品を売ることがほとんど不可能だ。自由貿易とはいえない」と非難した。」

アメリカのリーダーによる恒例の日本市場叩きが幕を開けそうだ。

日本国内における外国車の販売割合(2016年上半期)は、ベンツ・BMW・VW・Audiの4強が57%を占めており、アメ車は、Jeep4.9%、Ford0.8%と寂しい結果に終わっている。

理由は一目瞭然で、アメリカ車には、
①デザインが格好悪い
②ブランド力がない
③燃費も悪い
④デカすぎる
⑤その割に高い
⑥そもそも売っていない(販売網がない)
等々、売れる理由が一つも見当たらない。
要は、JAPANマーケット開拓に対する熱意や努力、投資が足りないだけのことだろう。

そうした自国企業の努力不足を棚に上げて、我が国に対して根拠の無い批判をするリーダーに対しては、当方も、アメリカの対日貿易における不公正をすべて曝け出し、猛反撃すべきだ。

トランプ氏のように、ぶっちゃけトーク全開の要求をしてくる相手の出現は、日本人に染み付いた従米根性を叩き直す良い機会となるだろう。

我が国の対米貿易に係わる不公正さは至る所に残っており、トランプ氏の妄言に対して、こちら側も様々な要求を厚かましい顔をして突き付ければよい。

アメリカの対日貿易に係る不当な措置の例としていくつか挙げてみる。

①アメリカへの自動車輸出に課せられる2.5%(トラックは25%)の一方的な関税
②FDA輸入アラート99-33に基づく農林水産品の輸入禁止措置
(http://www.maff.go.jp/j/export/e_shoumei/pdf/usa_gaiyou_161229.pdf)
③サンセット・レビュー(AD(アンチ・ダンピング)措置の継続に係る期末審査)手続の不公正な運用及び不当に長期にわたる対日AD措置
④「ゼロイング」という不当な計算方法に基づく、外国企業に対するダンピング輸出認定及びアンチ・ダンピング税の課税

①は、既によく知られた話で、日本における輸入車関税はゼロであるのに対して、自動車発祥の国であるはずのアメリカが、なぜか、後発国たる日本車に関税を課すという逆ハンディキャップ状態になっている。

②は、東北地方をはじめとする東日本地域の産品に対して、放射能汚染を疑って食品輸入規制を掛けるという、まことに以って不届きな『根拠なき妄想』に基づく不当な禁輸措置であり、思い上がるのもいい加減にしろっ‼、と声を大にして言いたい。
日本には健康を害するような放射能汚染など無い。

「糖質や脂肪まみれのレトルト食品しか食えぬような三等国が、何を生意気なことをぬかすのか。それなら、アメリカ産のピーナツバターやコーク類、牛肉類に糖質税や脂肪税を課すぞ」と叱りつけたい気分だ。

③については、「不公正貿易報告書を受けた経済産業省の取組方針(2015年5月27日公表)」に次のような指摘がある。

「AD課税は原則5年間で失効(サンセット)するが、米国の運用実態は国内企業からのレビュー申請がある限り原則継続の判断となっている。
現在、米国は日本製品に対して14件のAD措置を課しているが、最長の措置は35年以上継続しており、4つの措置については20年以上継続している。
これにより、日本企業の輸出意欲が減退しているばかりか、米国の輸入者及びユーザーに負担を強いる結果となっている。
例えば、日本製の鉄鋼製品の一部は品質・信頼性が高く、米国のユーザーから支持を得ているが、AD措置のために他国製品を購入せざるを得ないとの指摘もある。」

また、④についても、「2014年版不公正貿易報告書及び 経済産業省の取組方針について (平成26年5月14日公表)」という資料でアメリカの自分勝手な不公正ぶりが指摘されている。

「日本のベアリング業界は、1989年よりゼロイングに基づく不当なAD税が課せられていた。年間対米輸出約116億円について、AD税を年間10億円過剰支払い。
2013年5月、日本のベアリング業界が米国国内裁判で逆転敗訴し、ボール・ベアリングに対するAD課税の継続が決定。今後、同課税に関する手続において、ゼロイングが確実に廃止されたか、注視していく。
米国は、実際上、ターゲット・ダンピングといわれる手法でゼロイングに代替している懸念がある。既に韓国・中国がWTO紛争解決手続において米国のターゲット・ダンピング認定のWTO協定整合性を争っている。」

何でも自分基準で勝手に法律を定め、運用による貿易協定破りというムービング・ゴールポスト行為を繰り返してきたアメリカの横暴ぶりが覗える。

外国に対して無茶な要求を暴発させそうなトランプ氏の登場は、これまで、アメリカの我儘に唯々諾々と従わざるを得なかった国民の反発心を呼び起こす格好の呼び水になるかもしれない。

日本のバカマスコミの連中も、トランプ氏に対する揚げ足取りやくだらぬ人格攻撃をいますぐに止め、堂々と具体的な対抗策や反論をし、アメリカ側をウンザリさせるような対米要求を繰り出すべきだ。

2017年1月24日 (火)

タイムラガーは未来を言い訳にする

『堂が歪んで経が読めぬ』という諺がある。

その意味は、
「自分の落ち度や怠慢を、屁理屈をこねて言い逃れること。また、理屈ばかり並べるが、一向に実行に移さないこと。経が読めないのは仏堂が傾いて座りにくいからだと言い訳をすることから言う。」だそうだ。

屁理屈をこねて逃げ廻る、しかも、理屈ばかりで実行力ゼロと聞くと、緊縮原理主義者のアノ人や金融万能主義者のこの人と、いろんな論者の顔が思い浮かぶ。

だが、この諺を誰よりも体現する人物と言えば、やはり、例のエセ教科書学派を外すわけには行くまい。

エセ教科書学派の教義によると、いまの経済学の本質は「動学的」である、つまり、「現実(今現在)」と「未来(予想)」で動くため、「未来(予想)」を重要視するのが、現代経済学の本質であり、不安定な未来をできるだけ確定させるのが、現代経済学の合意事項や必須事項になるそうで、彼ら(彼)は、「投資・景気・経済は未来に依存する」と強調する。

よって、アベノミクスが成功しているかどうかは、「未来に働きかける」ことに成功しているかどうかが基準になる、と主張し、大企業の設備投資計画が伸びていること(H28/8公表の政投銀データで対前年比+10.9% ※ただし、2016年の計画値であることに注意)や大卒や高卒の求人倍率がやや上向いたことを挙げて、「アベノミクスは大成功‼」、「安倍ちゃんの政策は未来に働きかけているヽ(^o^)丿」と気勢を上げている。

だが、詭弁や嘘はすぐにバレるものだ。

財務省が昨年12月に公表した「法人企業統計」で、2016年7-9月期の企業設備投資の伸び率は前年同期比で▲1.3%と14四半期ぶりに減少し、製造業、非製造業ともに減少という結果に終わった。

さらに、今月16日には、“企業の設備投資の先行きを示す”機械受注統計(内閣府より公表)では、去年11月に主な機械メーカーが国内の企業から受注した額は、変動が大きい船舶と電力を除いて8337億円と、前月から5.1%も減少してしまった。

つまり、企業は設備投資の未来予想図をポジティブからネガティブへと書き換え、投資計画を実行段階で縮小させたことになる。
アベノミクスが企業投資の未来に働きかけたというエセ教科書学派氏の主張は、見事に裏切られてしまった。

また、大卒の求人倍率も、H29/3の全体値1.74は、バブル期はおろか、リーマンショック前後の実績(H19/1.89~H21/2.14)すら大幅に下回っているではないか。

ちょっとでもグラフの右肩が上がるとアベノミクスの手柄を誇大に宣伝したがる彼の詭弁を目にすると、まるで、気温が0.1℃上がっただけで、暑い暑いとコートを脱ぎ始めるような変わり者を見ている気分になる。

そもそも、「最新の経済学の本質は現実と未来に働きかけるもの」だという知ったかぶりも怪しいもので、現実と未来に働きかけようとしない経済学なんて聞いたことがない。
そんなことは経済学にとって、創設以来、当然すぎる事項であり、最新も現代もクソもない。

彼の云わんとする「未来への働きかけ」とは、とどのつまり、『時間稼ぎのための言い訳の積み重ね』でしかない。

適切な経済政策を打たず景気回復の実績を出せぬ言い訳をするための「タイムラグ」という逃げ口上を上手く言い繕うために、「未来」という便利な言葉を悪用しているに過ぎないのだ。

未来は現在や現実の延長線上にあり、実体経済下での一般的な未来予想は、現実に行われる政策や自己のフロー・ストック状況を基に演繹される。

普通の人間や企業は、厳しい経済環境に晒されながら、10年後に突然煌びやかな未来が開かれるなんて、絶対に予想しないから、未来に対して明確に働きかけるためには、先ず、現実の経済環境を確実に良化させる必要がある。

家計の懐が目に見えて温まり、企業の収益が誰の目にも改善されて初めて、家計や企業は未来に対して信頼を置けるようになるのだ。

エセ教科書学派と取り巻きの連中は、未来を言い訳にし、教科書や最新の経済学云々に逃げ込まず、現実に目の前で起きている家計や企業の窮状を救うためにアベノミクスは何をすべきか、について、具体的な提言をすべきだろう。

“シロウトには本物の経済学は理解できない”とプロを気取って嘯くだけでは、周囲から、“口先だけで社会経験や実戦力ゼロのドシロウト”と罵られるだけだ。

一方で、件のエセ教科書学派は、「未来のことは分からない。経済学は「今」を説明するもので、未来を予測する「水晶玉」は持ってない」と、経済学の限界を勝手に吐露している。

彼の負け犬根性や言い訳根性は、経済学を「未来も予測できず、人々に未来への期待を抱かせることもできない」エセ学問に貶めようとするものだ。

たとえ未来を予測できずとも、適切な経済政策の実践により、人々に明日や未来への希望や期待を抱かせることはできる。
それこそが、経済学のポテンシャルを社会に活かす行為であり、学問たるもののあるべき真の姿だろう。

2017年1月23日 (月)

金融緩和政策の最大の功績は、”リフレ派を黙らせたこと”

 

今回は金融緩和政策の成果を主張するブル二郎さんの論説を取り上げ、私見を述べてみたい。(http://ameblo.jp/7733aaa/entry-12238511815.html

 

ブルさんの主張は次のとおりだ。

 

1)貸出増加・・・量的な問題だけであれば、日銀国債保有400兆なんてのは不要です。まあ30とか50兆で十分でしょう。

ちなみに経済学者や評論家がいう「流動性の罠」は単なるデマですが、資金需要及び貸出増加に限界があるのも事実・・・ここはすでに過去に書いたけど、その内気が向いたら書きます。

 

2)イールド形成(金利水準形成)

これは効果抜群。長期金利はほぼ0

日本全体で10兆程度の金利負担軽減効果があります。

 

3PB改善

現在長期国債の新発金利はほぼ0。異次元緩和のお蔭で政府の国債利払い費用

は仮に新発債年50兆金利1.5%低下で毎年7500億軽減されています・・・暇な人

特に異次元緩和に効果なし、とかいってる知的障害あると思われる人はしらべなさいね。

 

4)為替

日銀当座に大量の残高、潜在的な円売り圧力にはなります。

為替の決定要因は複雑ですが、少なくとも円高になる方向の効果はありません。

金融政策の効果は絶大、ではなぜさほど景気が過熱しないのか?

答えは景気過熱まで金融政策単独では難しいから」

 

 

先ず、貸出増加と流動性の罠の有無について述べてみる。

 

日銀資料を見ると、国内銀行の貸出は確かに伸びている。

H28/10時点の総貸出額(都銀・地銀・信金・信組)464兆円と、前年同月比2.4%増えている。ここ3年間でもH27(+3.2%)H26(+3.2%)H25(+2.8%)と増えてはいる。

 

だが、預金の伸びに比べると見劣りする。

直近3か年の国内銀行の預貯金の伸びはH27(+2.7%)H26(+3.1%)H25(+4.5%)と、貸出の伸び率と大きな差はないが、昨年4月以降は両者の乖離幅が拡がっている。

 

H28/4以降の貸出平均伸び率が2.4%なのに対して、預貯金は5.9%と倍以上の開きが生じている。

 

直近の貸出平均金利が1.106%と歴史的な低レートで、さらに、日銀の国債保有額が400兆円を超えるようなメガトン級の量的緩和が断行されている割に、貸出の伸び率はたいしたことはない。

財政政策が旺盛で景気が爛熟していた80年代(※金融政策は景気を引き締めるだけの脇役)なら、貸出の対前年伸び率は810%くらいをキープしていたのと比べると、今の2%前後という数字はいかにも寂しい。

https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/mkr/data/kmr01j10.pdf

 

また、流動性の罠の有無については論じるまでもない。

 

日本だけではなく、「金融緩和+緊縮財政」という誤った選択をした国は、雁首揃えて罠にどっぷり嵌まりこんでいる。

 

金融機関が貸出原資となる実弾(=預貯金)をたっぷりと抱え込み、それが、民間企業や家計による投融資という経路で十分には発射されず、さらに在庫が積み上がるという状態が長年続き、終息の気配はない。

 

その証拠に、預貯金と貸出との差額(=預貸差)は、本格的な量的緩和政策スタート時の205兆円から、直近では253兆円まで48兆円も増えている。

 

 

次に、長期金利低下による金利負担軽減効果について、参議院予算員会で使われた『低金利かもたらした家計から企業への所得移転(参院予算委調査室 福嶋博之氏)』という資料では、次のように指摘している。(※少々データが古いが、低金利トレンドが継続されており、現在でもほぼ通用する内容と思われる)

http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h19pdf/20074001.pdf

 

 

①長期化する低金利による家計の受取利子は、H3/38.9兆円→H17/3.5兆円まで35.4兆円も減少(1/10以下‼)したが、ローンなどの支払利子は22.9兆円→13.7兆円と9.2兆円しか減っておらず(たったの3/5程度)、純利子所得は大幅な支払い超過となった。

 

H3H17まで14年間の家計の逸失利子は累計で249兆円にも上り、その分だけ投資や消費に回せるカネが喪失したことになる。

 

③一方、同期間における企業の支払利子負担軽減額は264兆円にもなり、家計と企業間で所得移転が起こったと言える。

 

本来なら、家計の逸失利益を拾った企業側が、積極的な投資や労働分配率の引上げに着手しておれば、再度、家計への所得移転が起こったのだろうが、企業側の態度は冷淡で、せっせと内部留保を溜め込み、肝心のサラリーマンの平均給与は低下したままというのでは、せっかくの金利負担軽減効果がまったく発揮されていないではないか。

 

要するに、家計のロスと企業のプロフィットが相殺され、マクロ的な経済効果は中立に近いとしか言えない。

 

三番目のPB改善効果だが、筆者にとって、そもそも、PB改善(→税収増=投融資や消費の縮小)など何の意味もない指標であり、その改善云々にほとんど興味はない。

それどころか、需要不足に起因するデフレ不況を克服するために、積極的な財政支出による、さらなるPB赤字の拡大が必要だと考えている。

 

念のためデータを確認してみると、PBの数値は、量的緩和政策が始まったH25/37兆円→H28/26兆円(見込み)と徐々に回復しているが、それでも26兆円ものアンバランスに止まる。

 

量的緩和という言葉すらなく、単純に財政政策だけを行っていた時期(S63H3)PB値は+8兆円~+12兆円と、今とは比べ物にならぬくらい良好な数値を誇っていた。

それらと比較すると、金融政策による改善幅など大した額ではない。

 

その証拠に、H28/▲26兆円という数値は、バブル崩壊後(7兆円)~橋本行革期(18兆円)や今ほど金融緩和に熱心でなかった時期(H19/10兆円)辺りと比べても見劣りする。

 

要は、PB改善といっても、歳入サイドや他の支出項目マターの要因も大きく、改善=経済成長とはならない(実際に成長できていない)から、これを金融緩和政策の手柄呼ばわりするのは無理があり過ぎるし、せっかくPBが改善しても、それを原資とする新たな積極財政が打たれぬ限り、実体経済にプラスの効果は生まれない。

 

最後の為替効果について、それが円安効果のことを言うのならほとんど無意味だ。

 

日本人は直ぐに円安=国益と勘違いしがちだが、デフレで国力が弱っている時期の“円安”は、輸入コスト増加、エネルギー資源の高騰、食糧水産物や鉱物資源などの買い負けを惹き起こし、特に家計や中小企業に大きなコスト負担を課すことになるから、功罪相半ばする(=マクロ的効果は中立に近い)としか言えない。

 

S55H25まで35年もの長期間における為替レートと輸出額の推移を比較すると、円ドルレートは226円→121円と、円の価値は1.8倍以上に高騰したが、その間の輸出額は29兆円→75兆円にまで2.5倍以上に増えている。

より短い期間、例えばH10H25で見ても、130円→121円の円高傾向にも拘らず、輸出額は50兆円→75兆円に増えている。

 

さらに、旺盛な対米対中輸出に支えられ“実感なき経済成長”と揶揄された小泉バカ政権下の為替レートは、$120円を超えるかなりの円安だったが、輸出額自体は5055兆円ほどと今よりかなり少ない。

 

他の年度の数値を確認しても、為替相場と輸出の関係は必ずしも一本線では結ばれていない。

円安=絶対善というのは単なる幻想にすぎない。

 

以上、ブルさんとは結論を異にする論ばかりになってしまったが、金融緩和政策の成果に関するご意見は貴重なものだと思う。

 

たまたま軌を一にする雇用効果(※実際は質を伴わぬAir効果だけど…)だけに固執するリフレ派の連中は、多角的な視点から成果を検証するブルさんの姿勢を見習うべきだ。

 

結局のところ、量的緩和政策の効果は、雇用・低金利・円安という3点セットよりも、

 

①政府債務の実質的無効化

②日銀券ルールの廃止による国債買取限度額の無限化

③国債の無制限買取が高インフレを引き起こさないという事実の社会的実証

④金融政策一本足打法が実戦力を持たぬことの証明

 

といった点の成果の方が遥かに顕著であり、リフレ派の連中も、ありもしない“雇用効果詐欺”をバラ撒くのではなく、こうした観点から金融政策の効果を喧伝すべきだ。

2017年1月22日 (日)

分断主義者の負け惜しみ

昨日から、報道各局は、トランプ新大統領の就任のニュースを大いに批判的な視点から報じている。

筆者も、マスコミの負け惜しみの連呼を酒の肴に一杯やっていたが、今朝の新聞にトランプ大統領の就任演説の和訳が掲載されているのを目にした。

『トランプ大統領就任演説(日本語訳と全文)』
(河北新報online 1/22)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170121_71022.html


正直に言って、彼がこれほど心を打つ演説ができるとは思わなかった。

この名文に綴られた内容を、この先、彼がどれくらい実践できるかは不明だ。
就任早々に心変わりし、あるいは、対抗勢力の抵抗に遭ってビッグプロジェクトが頓挫させられるかもしれぬ。

だが、一言だけ言えるのは、「この演説を贈られた米国民は幸せな国民である」ということだ。

演説の前半から中段にかけて、彼は次のように述べた。

『今日の式典には特別な意味がある。今日われわれは単に権力を新旧政府の間で、あるいは政党の間で移行するだけではないからだ。権力を首都ワシントンからあなた方国民に返還するからだ。
(中略)
2017年1月20日は、国民が再び国の支配者となった日として記憶されるだろう。忘れられてきた人々も、これからは忘れられることはない。皆さんの声に誰もが耳を傾けている。大勢の皆さんが歴史的なうねりの当事者となるためやって来た。
(中略)
米国人は子どもたちのために素晴らしい学校を望んでいる。家族のため安全な環境を欲し、いい仕事を求めている。善良な市民のごく当たり前の要求だ。しかし、あまりに多くの市民にとって、現実は異なっている。
(中略)
われわれは同じ国民だ。彼らの苦悩はわれわれの苦悩だ。彼らの夢はわれわれの夢だ。彼らの成功はわれわれの成功となる。』

これは、
・アメリカ=アメリカ国民一人ひとりを指すという“国民主権宣言”
・国民のささやかなニーズに応えるのが政治家たるものの義務だ
・社会的弱者を見捨てないという福祉思想
に触れた内容だ。

中段辺りでは、次のように述べ、
・暴力的なグローバル化の弊害
・中間層の没落が世界的な課題だとの指摘
・適切な産業保護政策こそが国富の増大につながること
・自国の製品・サービスや自国の雇用を守ることの重要性
を訴えている。

『われわれの富や強さ、自信が地平線のかなたへと消え去っていく間に、他国を豊かにしてきた。工場は次々と閉鎖され、残された何百万人もの米国人労働者を顧みることなく、国外へ移転していった。中間層の富が奪われ、世界中にばらまかれた。
(中略)
今日ここに集まったわれわれは、全ての町、全ての外国政府、全ての権力機関に向かって、新たな決意を宣言する。今日から、新たな考え方でわが国を治める。今日からはひたすら「米国第一」だ。米国が第一だ。
(中略)
貿易、税金、移民、外交など全ての決定は、米国の労働者と家族の利益となるようになされる。物作り、企業、雇用を奪う外国から、われわれは国境を守らなければならない。(貿易や雇用の)保護は、大いなる繁栄と強さをもたらす。
(中略)
われわれは二つの簡潔な規則を守っていく。米国製品を買おう。米国人を雇おう。』

そして、最後に、

『われわれは世界の国々との友好、親善関係を求めていく。ただし、国益を最優先する権利が全ての国にあるという考えに基づき、実行していく。われわれの流儀を(他国に)押しつけたりはしない。むしろ模範として追随されるように、われわれを輝かせよう。
(中略)
大きく考え、より大きな夢を見よう。米国では、努力してこそ国は生き延びるということをみんな知っている。口ばかりで行動しない政治家、不平ばかり言って自分では何もしない政治家はもう認めない。無意味なおしゃべりの時間は終わりだ。これからは行動するときだ。
(中略)
肌が黒くても、白くても、褐色でも、愛国者が流すのは同じ赤い血だ。
(中略)
子どもたちはデトロイトの都市部で生まれようとも、ネブラスカの風吹きすさぶ平野で生まれようとも、同じ夜空を見上げ、同じ夢で心を満たし、同じ全能の創造主により命の息吹を吹き込まれる。
(中略)
全ての米国民の皆さん。住んでいる町が近くても遠くても、小さくても大きくても、山々や海に囲まれていようとも、次の言葉を聞いてほしい。あなたたちが無視されることは金輪際ない。あなたたちの声、希望、夢が米国の運命を決めるのだ。』

と訴え、自信を失った米国民の心を鼓舞している。

彼は、勘違いした民主主義を価値あるものとして他国に押し付ける、これまでの強欲・強引なアメリカの外交戦略の転換と、他国の模範や憧れとなるだけの自己研鑽を国民に訴えた。

そして、「(暴力的な)グローバリズム世界の潮流で、もはや後戻りできない」、「(破壊的な)自由貿易こそ絶対善だ」という妄言が蔓延する社会に対して、国民がそれを駆除するために、人種を超えて全員が自らの努力を以って挑戦しようと行動を呼びかけている。

特に、米国民は、生まれた場所や住んでいる地域、国民一人ひとりの境遇に関わりなく、アメリカンドリームを共有できるはずだ、と訴えたくだりには、自由の美名の下に自助を強いるというこれまでの米国流の冷酷さではなく、良好な経済環境や所得を生み出すための雇用、セーフティネットとしての社会制度、安全な生活を守るための治安の回復など、アメリカンドリームに挑戦する人々に必要な舞台を政治の責任できちんと整えるという温かな意志を感じることができた。

総じて、過去の演説のように、国民の生活から隔絶した空虚な美文とは違い、ささやかな幸せを求める国民の気持ちに寄り添う内容であったと思う。


だが、マスコミの連中は、この演説に対して批判的なトーンの大合唱で共闘し、識者や有名人をスピーカーにして文句を垂れている。

『パックンがトランプ就任演説バッサリ 「けんか腰」「居酒屋で愚痴るような文言」』
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/01/22/0009850633.shtml

「(前略)米国出身でハーバード大卒のお笑い芸人パトリック・ハーラン(46)は、トランプ氏の演説について「分裂した国民を団結させるべきなのに、選挙中に傷つけた人々のかさぶたをはがすような内容だった」と指摘した。
「米国は強いぞ、交渉には自分を優先するから覚悟をしておけと挑発」し、「けんか腰」に映るという。「飲み友達が居酒屋で熱くなって愚痴るような文言だ。だがそれに共感を覚える白人労働者階級も多い」と話した。」

パックンのように、芸人として庶民寄りの顔をしながら所得や思考がすっかりセレブ化した連中には、グローバリズムに苦しめられる庶民の苦境は理解できないだろう。

トランプの演説に謳われているのは『団結と協力』であり、分断や挑発ではない。
パックンは、日本語も英語も読めないのか?

「選挙中に傷つけた人々のかさぶたをはがすような内容だった」との言い掛りには、暴力的なグローバリズムをバラ撒き世界中の低所得層を傷つけたのは、どこの誰か?と問うておく。
グローバリズムの手先や犯罪幇助者のかさぶたがいくら剥がされても、こちらは何の痛痒も感じない。

思い通りにならぬ結果に逆切れして、くだらぬ居酒屋談義で醜い愚痴をこぼしているのは、まさにお前たちの方だ、と言っておく。

2017年1月21日 (土)

グローバリズム利権に巣食う「分断主義者」

トランプ氏がアメリカの新大統領に正式に就任した。





TVや新聞は、トランプ新大統領への批判報道一色に染まり、社会が分断されるだの、世界が内向きになるだのと大騒ぎしている。





何のことはない。



彼がTwitterで直接メッセージを発信するものだから、マスコミ連中は、“自分たちに都合よく事実を捏造できなくなる”、“自分たちが中抜きされ、エポックメーカーとしての権益を失ってしまう”と危惧し、敵意をむき出しにしているだけなのだ。





TVが映す反トランプ派のデモ隊は、路上のリムジンを破壊し、スターバックスコーヒーの店のガラスを叩き割るなど、醜い暴力行為を繰り返していたが、それを悪しざまに報道するマスコミは1社もない。



日頃は正義面して暴力に非を唱えるくせに、目の前で起きている無教養な暴徒の悪行は知らぬふりというのでは、まったく理屈に合わない。





反グローバルを主張するトランプ大統領に抗議の声を上げる者が、グローバル企業の権化たるスタバの店舗を襲撃して気勢を上げる様は矛盾の極みだ。



自分たちが何と闘うべきか、自分たちが何を守るべきかを理解せず、唯々マスコミ報道に流されてヒステリーを起こすだけの無教養人の底の浅さが覗える映像だった。





トランプ氏は、大統領就任演説でTPPからの正式な離脱とNAFTAの再交渉を表明し、野放図なグローバル化を修正する意思を示した。



また、「アメリカのモノを買う。アメリカ人を雇用する」ことが重要だと明言し、改めてアメリカ・ファーストの実践を約束した。





この先、彼が国民との約束を果たせるか否かは不明であり、過大な期待をかけるべきではないが、せめて、「国内への雇用回帰と適正な所得分配」、「ポリティカルコレクトネスの排除」、「不法移民の排除」、「中国の海外覇権抑制」の4点でしっかり実績を上げてほしいと願う。





トランプ氏は、自国への関心が薄く、寝惚けたグローバル化ごっこに熱中する先進諸国の首脳に対して、強烈な皮肉を送ったつもりだと理解している。





“可能な限り自国のモノを買い、自国民の雇用を増やす”という彼のメッセージは、非常にシンプルだが、これは、一国のリーダーが、先ず、捲るべき教科書の1ページ目に掲載されている「政治家たるものの存在意義」そのものだろう。





この原理原則に対して、“内向き、保護主義、鎖国主義”などという軽薄な批判は、何の痛痒も与えない。





反グローバリズムや過度なグローバリズムの修正を主張する論者の中に、外国から何一つ買うなと極端なことを言うバカは一人もいない。



自国の内製率を高めることで雇用や所得の安定化を図り、同時に、自国民の努力によって技術革新や付加価値向上を実現させようという至極真っ当な主張である。





トランプ氏は、演説の中で、盛んに「アメリカ・ファースト」を叫んでいたが、バカなマスコミ連中やデモ隊の中に、彼の言う『アメリカ』の意味を理解している者がどれだけいるだろうか?





『アメリカ』とは、国家とかホワイトハウスのようなぼんやりしたものを指すものではないし、ましてや、グローバル企業やマスコミ、セレブリティみたいに強欲な連中のことでもない。





それは、「アメリカ国民一人ひとり」のことに他ならない。



「アメリカとは、国民そのもの」であり、「アメリカ国民こそ、アメリカそのもの」なのだ。





そうした気概を持てばこそ自主自立の精神が育まれ、それを包含し支える公助共助の精神や制度が、より強固なものになる。





だが、こうした基本すら理解できぬ安倍氏のようなシロウト政治家の手に掛かると、「日本を取り戻す」と言いながら、日本を憑り殺す政策ばかりに熱中するようになる。



安倍ちゃんの頭の中では「日本=日本国民」になっていないから、ODAを悪用して海外へ優先的にカネをバラ撒き、卑しい中国移民を増やすような法改正に手を染めるのだ。





「グローバル化=絶対善」という妄想が先進諸国にもたらしたのは、“産業空洞化”、“雇用喪失”、“所得縮小”、“技術流出”、“知財権の侵害”、“治安の不安定化”、“日本人固有の権利権益の侵害”などのデメリットばかりで、野放図を通り越して、もはや暴力的なグローバル化と呼ぶべきだ。





マスコミの連中による“反グローバリズムは社会を分断する”というフレーズは、まったくの大嘘で、「持てる者と持たざる者」、「雇用を失った国と奪った国」とを分断した主犯こそグローバリズムそのものではないか。





欧米を中心に沸き起こりつつある反グローバリズムの潮流は、国内や国境を越えてズタズタに分断された社会を修復するための動きであり、これに異を唱える愚か者こそ「卑劣な分断主義者」だと断罪されるべきだ。

2017年1月20日 (金)

リフレ未満の緊縮バカ

今回は、緊縮・構造改革派とリフレ派とのバトルをご紹介したい。

『日銀の国債購入に全くリスクはないのか? 高橋洋一教授にいま一度問う』
(ダイヤモンドオンライン 1/13 田中秀明/明治大学公共政策大学院教授)
http://diamond.jp/articles/-/114027

このコラムは、田中教授とリフレ派の論客たる嘉悦大学高橋洋一教授との間で繰り広げられている日本の債務問題や日銀当座預金の債務性に関するバトルの最新稿である。

高橋氏の「政府と日銀のバランスシートを統合すれば、問題は解決する、財政再建の必要などない」という反論には、筆者も賛意を表したい。
ゆえに、今回はちょっとだけ高橋氏の肩を持ちつつ、田中氏の妄言に批判を加えてみよう。。

各論に入る前に、田中氏から高橋氏に宛てた9つの質問には、有名なバーナンキの背理法(中央銀行の国債大量買入により、無税国家が生まれる前にインフレを引き起こせる)の是非を問うものが含まれているが、これについては、次のとおり回答する。

【回答】
日銀の国債保有額はすでに400兆円を超えているが、インフレどころか、いまだにデフレ脱却すら果たせていない。
政府が積極財政に舵を切り、長期間に亘る大量の新発債発行を宣言し、それをすべて日銀が引き受けると明確なアコードを宣言するなら別だが、現実には、量的緩和政策の効果を打ち消すように緊縮政策が取られている。
つまり、日銀の国債保有額増加ペースと比べて、政府の新発債発行ペースが鈍すぎ、両者間に大きなアンバランスが生じている。
いわば、緊縮政策の継続による金融政策の不胎化が行われているようなもの。
多分このままのペースなら、日銀が発行国債をすべて買い切っても、実質的には国債とMBとの両替に過ぎないから、実体経済が迷惑を被るような高水位のインフレは起きない。


さて、以下、田中氏の妄言を上げ(※一部、筆者が要点を編集)、それに対する反論を上げていく。

(田中氏)
中央銀行が国債を買えば問題ないといううまい話であれば、世界中ですでに行われているはずであるが、先進国で行っている国はない。それはなぜか。

A.先進国広しといえども、莫大な需要に対応できるだけの供給力を完備している国は数か国に限られ、幸いにも、我が国はその一角を占めている。
各国が中央銀行の国債直受けや政府紙幣の発行に及び腰なのは、近代化以前のインフレ幻想に囚われているほか、供給体制に自信がないことの現れだろう。

(田中氏)
高橋教授は政府には徴税権があるから、それを含めれば債務超過ではなく、心配いらないと言っているが、それを主張するためには将来の歳出面も考慮する必要がある。

A.徴税権は財政再建を担保する材料足り得ない。しかも、不況期においては尚更だ。財政再建を大義名分に徴税を強化すれば、家計や企業は即座に支出を減らす防衛策を講じ、消費も投資も大幅なシュリンクを避けられず、実体経済が低迷する。
結果として、経済活動から得られる所得が減り、所得を源泉とする税収も減る。つまり、財政再建は永遠に成し遂げられない。

(田中氏)
バランスシートは、財務状況を分析し、リスクをコントロールするために有益なツールと考えるが、日本財政についてもリスクを分析し、国民に説明するべきではないか。

A.バランスシートなんて企業と家計の分だけ作成すればよい。バランスシートとは、企業価値=資産価値を表すものであり、それは「円」という通貨で評価される。
「円=通貨=国家」なのだから、政府や日銀という通貨そのものの(=通貨を体現する主体)を、バランスシートに落とし込むこと自体が無意味だ。

(田中氏)
通貨発行益(シニョリッジ)の定義にはいろいろあるが、わかりやすく言えば、中央銀行による銀行券発行の対価として買い入れた手形や国債などから得られる利息のことだ。

A.通貨発行益の定義は、紙幣や貨幣の製造コストと額面金額との差異から生じる収益のことを指し、日銀保有の国債金利のことを指すものではなく、田中氏の説明は定義の誤用に過ぎない。

(田中氏)
インフレ目標を宣言するだけでインフレ率をコントロールできるとは考えにくい。もしそれを主張するのであれば、その根拠は何か、宣言すれば自動的にインフレ率は2%付近で止まるのか。

A.インフレ目標を宣言するだけで済むなんて誰も言っていない。金融引き締め期こそ、インフレターゲット政策が真の効果を発揮できる。量的緩和の縮小や政策金利の引上げ、金融庁による金融ガイドラインの指導強化など取り得る手段はいくつもあり、過去にも十分な実績を上げている。
デフレ脱却には大して役に立たない金融政策だが、インフレ退治には心強い存在になる。

(田中氏)
仮に、物価上昇率が2%になれば、通常、期待インフレ率が高まり、長期金利が上昇する。仮に2%でも、日銀の保有国債の損失は巨額なものになる。

A.満期保有目的の国債には損失は生じない。そもそも、通貨の発行元である政府や日銀が、保有する内国債の価値に一喜一憂する必要なんてない。

(田中氏)
誤解のないように言うが、自分は日銀の異次元金融緩和という政策を全く否定しているわけではない。

A.リフレ派の十八番である「我々は、財政政策を否定しているわけではない」というセリフを同じ詭弁だ。氏の論には、金融政策の効果に触れた個所がまったく無く、随所に、金融政策も財政政策もやるべきではないというニュアンスが滲みまくっている。
 否定しないと言うなら、金融政策に期待する役割や効果を具体的に列記すべきだ。

(田中氏)
日本経済の低迷は、ほぼゼロ近辺にある潜在成長率、硬直的な労働市場、将来に対する国民の不安などにある。金融緩和では、そうした問題は解決できない。
政府は、政策について、国民に対してわかりやすく説明するとともに、副作用やリスクについても明らかにしなければならない。「タダのランチ」などない。

A.国民の勤労や企業の努力にタダ乗りしているのは、国民や企業を生み出す『国富』に支払われるべき対価(=通貨)の供給を渋る政府の方だ。
金融政策や財政政策の副作用やリスクを強調するのは間違いで、適切な政策が実行されないがゆえに国民や企業に莫大な逸失所得や逸失利益が生じることこそが副作用であり、それが伝播して、供給力が弱体化することが最大のリスクである。

(田中氏)
政府部門は、家計や企業と異なり、歳入と歳出を一致させるメカニズムが働きにくい。

A.政府が歳入と歳出を一致させてしまうと、あらゆる経済主体が「消費=損」というベクトルに舵を切るため、経済活動はクラッシュする。
歳入と歳出を一致させない(=常に歳出が歳入を上回る)のが正常な経済メカニズムだ。
歳出>歳入でなければ経済成長に必要な原資が実体経済に供給されない。

(田中氏)
高橋教授は、「日銀は法的に政府の子会社統合政府で考えるべき」と述べ、「統合政府」を強調する。そうした「べき論」は否定しないが、それはいわば頭の体操である。現実は、政府と日銀は別の主体である。

A.政府と日銀は間違いなく統合政府であり、そうでなければ意味がない。統合政府なればこそ通貨発行主体と成り得るのであり、相互に発行する貨幣と紙幣とを等価で一体的に流通させることができるのだ。
また、日銀の債務超過云々という与太話は聞くに値しない。そもそも、日銀が返済に窮するような債務って何のことだ?

(田中氏)
アメリカは、双子の赤字を抱えていても、危機にはなっていない。ただし、アメリカはドルの基軸国であり、日本とは前提が異なる。

A.軸通貨と経常収支赤字の話はまったく関係がない。基軸通貨の地位に法的効力はないし、アメリカがドルを無制限に刷ってバラ蒔けるわけでもなく、円やユーロと同じくハードカレンシーの一種でしかない。
基軸通貨だから何でも許されるのなら、そもそも、アメリカには財政問題も、貿易摩擦問題も生じないことになる。

(田中氏)
たとえば、日本が人口増で高い潜在成長力を持ち、将来の経済成長のために海外から借金するのでれば、それは問題とは言えない。

A.国内銀行の預貸差は250兆円を超え、我が国には巨額の余剰資金が眠っている。わざわざ高い金利を払って海外から資金調達する必要やメリットがどこにあるのか、田中氏は明確に説明すべきだ。

(田中氏)
経済成長の源泉は民間の経済活動にあると考えるが、政府が国民の貯蓄をほぼ吸い上げ、非効率な支出を行うのは健全ではない。
外国人からしばしば「日本財政はなぜ破綻しないのか」と聞かれるが、筆者は「日本財政は糖尿病などのように症状がすぐには出ない病気だ」と答えている。
金融緩和で全て解決できる、高い経済成長率で財政再建は達成できるといった、楽観論や幻想論を振りまくのではなく、痛みは伴うが、社会保障制度の改革、労働市場の改革、生産性を高めるための施策などを地道に進めていくことが必要だ。

A.「経済成長の源泉は民間の経済活動にある」という記述と、「高い経済成長率で財政再建は達成できるといった、楽観論や幻想論を振りまくのではなく」の部分は明らかに矛盾している。高い経済成長がなければ、民間の経済活動は活性化できるはずがない。

具体的に何を指すのか全く不明だが、“生産性を高めるための施策”を地道に進めていったところで、需要も無いマーケットで生産性だけを上げることなんて不可能だ。

痛みを伴う「社会保障制度改革(=年金カットと医療費負担UP)や労働市場改革(=雇用の不安定化と賃金カット)」なんて悪手を繰り出した日には、間違いなく財政再建は遠のき、蜃気楼と化す。

外国人から「日本財政はなぜ破綻しないのか」と聞かれたら、「自国通貨建ての内国債で、ほとんどを日本人や国内の機関が所有しているのだから、破たんするはずがないだろ。貴国は、そんなことも知らないのか?」と答えてやればよい。

2017年1月19日 (木)

ダボス"嫌人"会議

盗人猛々しいとは、このことか。

『中国主席、国際化や自由貿易の重要性強調 トランプ氏暗にけん制』
(ロイター 1/17)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170117-00000078-reut-bus_all

「中国の習近平国家主席は17日、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)で講演を行い、グローバル化や自由貿易の重要性を強調した。
保護主義は自ら暗い部屋に閉じこもるとともに、部屋から光や空気を奪うようなものだと指摘。他国を犠牲にして自国の利益を追求すべきではないと述べ、トランプ次期米大統領を名指しこそしなかったものの、同氏の言動を暗にけん制した。(後略)」

法の秩序、政官財の不正、人権問題、少数民族への弾圧、外交政策、環境問題、知財管理、商慣習等々、あらゆる面で「不法と不公正の権化」とも呼ぶべき腐った大国の指導者が、何を生意気な口をきいているのか、と強い憤りを覚える。

元々、ダボス会議自体は新自由主義者やグローバリストの巣窟で、竹中平蔵風情を呼びつけて箔付けさせているあたりで、その内容もお察し、というものだが、国内の人権弾圧問題や南シナ海での領海侵犯問題などを惹き起こしている“問題国家”の指導者を招聘するなんて言語道断で、「賢人会議」の名を即刻返上すべきだ。

今回は、トランプ発言が習近平を苛立たせたわけだが、我が国の保守派を気取る者には、中韓をイラつかせさえすれば、=愛国者・策士だと持ち上げる連中も多い。
そういう意味では、トランプ氏の言動は大歓迎のはずで、中国と同じくグローバル利権に涎を垂らす安倍ちゃんにも、トランプ氏以上の強硬な態度を強く求めるべきだろう。

中国は13億人もの巨大な内需を要しながら、貿易依存度は33%にもなり、いまだ日米欧への輸出なしでは立ち行かぬ国だから、行き過ぎた自由貿易の是正を唱えるトランプ氏の発言を警戒しているのだろう。

習近平は、「他国を犠牲にして自国の利益を追求すべきではない」とスピーチしたそうだが、「それは、お前の国のことを言ってるのか??」と皮肉るべきだ。

中国が、自国の安い人件費と先進国の政財界への接待攻勢を武器に、日米欧の先進諸国から製造拠点を奪い、貿易や資本移動に関する規制撤廃を飲ませ続けてきた。

彼らは主体的な努力を怠り、無節操に発行した通貨(元)を原資に、先進国から雇用や所得、技術を収奪しており、「先進国の労働者を犠牲にして、自国の利益を追求してきた」と逆に非難されるべきだ。

そうした中国の不公正かつ悪質な態度を、グローバル化の美名の下に放任し続けた先進国の新自由主義者(グローバリスト)の連中もまた同罪である。
グローバリストたちは、自分たちが、中国のような不正が横行する質の悪い独裁国家と同じ権益に寄生している事実を認める必要があろう。

習近平は、「通商戦争を仕掛けても誰も勝者とはならない」、「経済のグローバル化は多くの国々にとって「パンドラの箱」ではあるものの、世界的な諸問題の根源になっているわけではない」と恍けたことをぬかしたようだが、先進諸国の国民や企業にとっては、雇用を不安定化させ、所得を劣化させる野放図なグローバル化こそ、まさに“通商戦争”であり、開けてはならぬパンドラの箱であった。

国民は、“モノが安くなるのは消費者の利益”というグローバリスト発の軽薄なフレーズに騙されて、モノ以上に給料が安くなる事態を招いてしまったことを、大反省する必要がある。

自国の社会資本にタダ乗りしながら雇用を生まない“自称グローバル企業”は、単なる寄生虫に過ぎないから日本には不要である。
中国なり、メキシコなりに本社ごと出て行ってもらいたい。
中国でモノを売りたいなら、中国の企業として生きる道を選択すべきだ。

80~90年代初頭までの『自国の産業育成に配慮した秩序ある自由貿易体制』こそ守られるべきであり、先進諸国の企業から商機を奪い、低中所得層の雇用と所得を破壊するだけのパンドラの箱は、いま、閉じられようとしている。

イギリスのEU離脱やトランプ氏の当選、欧州での移民反対運動というエポックは、既得権益に安住し続けてきたグローバリストたちにとって青天の霹靂だっただろうが、これらこそ、強い不安に苛まれる民衆の意志がポストグローバルを探り、時代を突き動かしたのだ。

2017年1月18日 (水)

緊縮病に治療薬なし

『安倍政権を賑わす「物価水準の財政理論」とは~他の理論との整合性欠き、誤用のリスクも』(東洋経済オンライン 1/9 土居丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授)
http://toyokeizai.net/articles/

(旧石器時代並みに周回遅れ気味の)緊縮原理主義派の御大とも言える土居教授のコラムだから、その内容もお察しと言えるが、案の定、強引な理論を展開して、「緊縮=善」、「国債発行=悪」と叫んでいる。

コラムの内容をごく一部抜粋すると、次のようなものだ。
「日本はデフレ脱却の道筋が見通せないまま、2017年が開けた。2016年末以来、財政金融政策に関して、金利がほぼゼロの状態で量的緩和政策をいくら講じてもデフレは止められず、むしろ財政を拡大する方がデフレ脱却につながるのではないか、との見方が安倍政権周辺から出ている。そのアイディアは、2016年8月にアメリカ・ワイオミング州のジャクソンホール会議での、プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の講演に端を発しているという。
(中略)
物価は、通貨価値とコインの表裏の関係にある。だから、通貨価値が下がることと物価が上がることは同じことである。デフレに悩まされ、そこから脱却したければ、人々が去年より通貨価値が下がったと思うような政策、つまり通貨を増発する政策を採ればよい。これが、経済学の教科書、さらには高校の政治経済や中学の公民の教科書に書いてあることである。現に、これまでの日銀の量的質的緩和政策は、こうした理解に根ざして通貨供給を増やしてきた。
でも、デフレはなかなか止まらない。そこで、ふと疑問が沸く。一般物価水準は、金融政策では操作できないのではないか。では、何が物価を決めているのか。そこで出てきたのが、「物価水準の財政理論」である。
(中略)
シムズ教授の講演にヒントを得て、財政拡大を唱えていながら、財政健全化に不熱心で国債の返済先送りをしているようでは、物価は上がらない。これが、「物価水準の財政理論」からの示唆である。
逆説的にいえば、今年返済が必要な国債を、借り換えせず熱心に返済を進めれば、デフレから脱却する、という帰結となる。(後略)」

コラムの導入部では、緊縮原理主義者が忌み嫌う財政政策支持の拡大を警戒し、中間部では、量的金融緩和の効果に疑問を呈し(→リフレ派発狂必至)、最後に、財政健全化こそデフレ脱却の特効薬だと結んでいる。

先ず、「財政を拡大する方がデフレ脱却につながるのではないか」という(我々にとっては大歓迎かつ当然すぎる)議論が安倍政管周辺で沸き起こっている、なんていうのは単なる思い込みだろ?、と土居氏に突っ込みを入れておきたい。

例のシムズ論文に感激して言説をコロコロ変え、大恥をかいているのは浜田内閣参与くらいのもので、官邸周辺や内閣府、経済財政諮問会議、日銀辺りから、財政拡大を積極的に唱える声など、一言も聞こえてこないが、「財政政策」と聞くだけで虫唾が走る土居氏のことだから、浜田参与の動揺という蟻の一穴すら看過できないのだろう。

土居氏のコラムの内容詳細は、上記URLを参照いただきたいが、どうも気にかかるのは、彼が、デフレ脱却を図る手段として物価水準動向からアプローチしようとしている点だ。

氏は、「何が物価を決めるのか、金融政策なのか?、財政理論(財政支出による基礎的財政収支の悪化)なのか?」と論じた挙句、
・一般物価水準は金融政策では操作できない
・国債の返済を先送りし、新発国債を増やすと、今年返済が必要な国債を減らすことになり、物価はむしろ下がる
・今年返済が必要な国債を借り換えせず熱心に返済を進めればデフレから脱却できる
と結論付けている。

正直言って、土居氏のコラムは、基礎的財政収支(PB)を持ち出して物価との関係を論じ始めた辺りから、何を言いたいのかまったく理解できない。
リフレ派の詭弁にもたいがい閉口させられるが、土居氏の救いようのない妄言に比べれば可愛いもんだ。

彼は、
【今年返済が必要な国債残高=今年の物価×実質基礎的財政収支】

【今年の物価=今年返済が必要な国債残高÷実質基礎的財政収支】
なる奇妙な物価方程式を持ち出して、PBバランスの改善こそ物価上昇の特効薬だと言い張るが、そもそも、上記数式の正当性がまったく担保されておらず、論として成り立たない。

PBバランスとインフレ率に関する過去のデータを検証しても、一部相関が感じられる年もあるが、概して連動しているとは言い難い。
特に、80~90年代のPB改善期には物価は長期低下傾向にあり、真逆の動きをしている。
(参考URL)
http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=GGXONLB&c1=JP
http://ecodb.net/country/JP/imf_inflation.html

国債返済増額=物価上昇なる論が紛い物であることくらい、一般常識としてすぐに理解できる。

財政支出を絞り込み、国債返済を優先させれば、公的投資や消費は激減し、それにぶら下がる民間事業者のビジネスは間違いなく消滅する。
そして、事業縮小に怯える民間事業者による給料削減、従業員解雇、仕入れの買い叩き、発注削減という動きに出ることは確実で、そうした負の連鎖が実体経済をシュリンクさせる。

この程度のことは、小学生にも十分見通せる動きであり、国債返済を喜んで買い物に勤しむ変わり者は、財政嫌悪主義者の権化である土居氏くらいのものだろう。

また、土居氏は金融緩和政策を小馬鹿にしているが、デフレ脱却論を語るに際して、物価水準面からのアプローチに固執するあたりは、リフレ派と同じ間違いを犯している。

緊縮原理主義者も金融政策万能論者も、馬鹿正直に「デフレ脱却=物価上昇・インフレ」と思い込んでいるから、“いかにインフレにするか=通貨価値を下落させるか”という小手先論を弄び、とにかく円安にしさえすればよい、と誤解してしまう。

円安は、輸出産業や関連産業にある程度の恩恵をもたらすが、永遠に円安を維持できるわけじゃないから、あくまで一時的なカンフル剤に過ぎないし、輸入物価の高騰や他国との原料買い負けによるコストアップというデメリットも大きく、景気に与える影響は中立に近い。

彼らは、デフレ脱却の真の目的を理解していない。
持論の正当性を立証するために、ただ、物価上昇という形式的な結果を欲しているだけだ。

過度な円安や増税、輸入物価高騰などの好ましからざる要因によるコストプッシュ型インフレで、物価だけが上がっても、国民は何の受益もないばかりか、フローやストックを棄損するだけに終わる。

なぜデフレを脱却すべきなのか。

それは、デフレが家計や企業のフローとストックを破壊し、消費や投資に対する意欲が削がれ、経済がシュリンクすることにより国富である供給力に余剰が生じ、それが棄損されるからに他ならない。

国富を失って、日本人は、この先、どうやって生きていけるというのか。

デフレを退治するには、何よりも先ず、家計や企業のフローとストックを立て直し、消費や投資意欲を高め、供給力をフル活用できる経済環境を創り上げる必要がある。

PBを改善しても、財務省のバカ者たちが喜ぶだけで何の役にも立たない。
カネを使わぬ景気回復なんてあり得ないのだから…

家計や企業が自信を持って消費や投資に勤しめるようになるには、彼らの財布に『所得』という実弾を込めてやる必要がある。

一億歩譲って、敢えて「土居流国債返済万能論」に乗っかるとすれば、政府紙幣を大量に発行して特別会計で国債整理基金を立上げ、税収ではなく、この基金を原資に国債の早期償還を進めてはどうか。
彼の理論が正しいのなら、これで一気に物価が上がり、デフレから脱却できるはずだが?

2017年1月17日 (火)

リフレの妄想拡大中!

時計ドロに加えて、昨年末には盗作騒ぎまで起こした高橋洋一氏が、落城寸前のリフレ軍勢を勢いづかせようと大いに吠えている。

『失業率低下のトンデモ議論 経済指標の読み方分からず金融緩和の効果も理解せず』
(ZAKZAK 1/13)http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20170113/

「失業率が下がっていることについて、「生産年齢人口の低下によるものだ」と主張する人がいる。だが、この議論は、「デフレの原因は人口減少だ」というのと同じくらい、間違った考え方である。(中略)
財政出動は公的部門の有効需要を直接創出するので分かりやすい。
一方、金融緩和については、実質金利の低下、為替安などによる民間部門の有効需要への効果は、短期的には少ないが、長期的な累積額でみると大きく作用する。
民間部門の有効需要創出なので、効果ラグ(時間のずれ)があって民間雇用に効いてくる。
 こうしたマクロ経済学の理解があれば、金融緩和が失業を減らすということも分かるはずだ。(後略)」

高橋氏は、「雇用改善はリフレ政策(=金融緩和政策)の成果だ」、「財政政策の効果は短期的、中長期的には金融政策の方が効く」という従来からのリフレ派の主張を繰り返している。
しかも、失敗時の保険として、お得意の“タイムラグ”を挿入するのを忘れない。

以前のエントリーで何度も指摘したが、リフレ派の連中は、「金融緩和→?→雇用改善」に至る行程で起きるはずの経済的作用について、決して具体的に語ろうとしない。

フィリップス曲線や失業率のグラフを持ち出して抗弁するが、それらはいずれも“結果”を示すだけのデータに過ぎず、金融緩和政策が雇用改善を生み出した“理由や要因”を証明できるものではない。

金融緩和政策の発動と失業率改善の動きが、たまたま一致しただけに過ぎないから、彼らも証拠を出しようがないのだろうが、肝心の説明や証明を中抜きして放置する態度は、あまりに杜撰としか言えない。
(そのうち、“訪日客の増加や地球温暖化もリフレ政策の結果だ”と言いかねない…)

高橋氏は、「実質金利の低下、為替安などによる民間部門の有効需要への効果」こそ、リフレ政策の真骨頂だと言いたいようだが、消費者物価水準や家計消費支出の低迷ぶり、落ち込む一方の企業物価の動きなどを見ても、そんな効果は何処にも出ていない。

リフレ派は、「物価水準は目的ではなく、手段だ」と見苦しい言い訳を連発しているが、大元の物価水準すら、まったく達成できていないのに、雇用改善という副次効果だけが、都合よく先行して発生するはずがない。

「金融緩和→?→雇用改善」の「?」に入るのは、間違いなく『妄想or大嘘』のどちらかだろう。

先日も、浜田内閣官房参与が、リフレ政策の失敗を一旦認めたかと思いきや、子分に諫められたのか、即座に反省発言を撤回する一幕があったばかりだ。

リフレ派の連中は詭弁ばかりで、まったく現状を分析できていないし、失敗を反省する素振りも見せない。

彼らは、さりげなく、「財政政策の効果は短期的、中長期的には金融政策の方が効く」というセリフを口にするが、これも幼稚な間違いだ。

リフレ派は、黒田総裁以前の金融緩和政策は”日銀の不胎化介入により実質的に無効化された”と文句を垂れるが、黒田バズーカによる緩和後の非不胎化を経てもなお、実体経済に大した効果をもたらすことができず、社会実験は失敗に終わり、借りなければならない貨幣量がいくら増えても、実体経済に大した影響を与えられないことが証明された。

要するに、不胎化云々は単なる言い訳に過ぎなかったわけで、白川前総裁時代から、十分すぎるほど低金利水準が継続されてきたのに、お得意の“実質金利低下による民需の刺激”はほとんど確認されなかった。

一般的に、金融政策が最も効くのは、景気の過熱時や爛熟時に、それを抑制する手段として、あるいは、過熱が一服し、下降する気配を見せ始めた時のカンフル剤としての役割を与えられた時だろう。

リフレ派は、変動相場の下では財政政策より金融政策が効くなどと寝言を言うが、変動相場制が一般化して以降、景気が過熱したのは、常に、財政政策が積極的に行われた時期と符合する。

筆者は、「短期」をおおよそ1年、1年超3年程度を「中期」、それを超える時系列を「長期」と定義するが、金融政策は中長期で効果を発揮するという割に、黒田バズーカが発射されて4年近く経つのに、一向に効果が見えないのはどういう訳か?

「金融政策の効果は短期的かつ限定的、短期~中長期の何れも財政政策の効き目は顕著だが、その効果を適正なレベルに保つための調整弁として金融政策が欠かせない」というのが正解なのだ。

リフレ派の連中も、安倍政権誕生までは、リフレーションの実現や経済成長に言及していたものだが、経済政策のメインストリームの地位に連綿とするあまり、いまや、緊縮・構造改革派の腰巾着と化し、政権が繰り出す構造改悪政策を悉く賛美するありさまだ。

元々、彼らは、良く言えば「学究肌の勉強家」、ストレートに言えば「現実が見えない合理主義的な空想家」っぽいところがある。
また、どこか人間嫌いな冷めた顔を持ち、自助を重んじて何かと自己責任を強要し、世の中を良くしようとする情熱や社会的弱者や低中間層への思いやり、配慮といった心もちが決定的に欠けている。

リフレ派の連中が、取って付けたように消費税増税に反対(ただし、廃止にまでは言及しない)し始めたのは、決して庶民の生活を慮ってのことではなく、物価目標の足枷になる、つまり、信奉するインタゲ理論の正当性を証明する機会を阻害されるから、という自分勝手な理由に他ならない。

性根がいい加減な者の言説は、コロコロ変わり、自分を正当化するためには、見苦しい詭弁を弄することも厭わないものだ。

2017年1月16日 (月)

お金を使わない景気拡大なんてあり得ない

『日銀総裁、景気「緩やかな回復基調」 支店長会議で』
(日経新聞 1/16)http://www.nikkei.com/article/
「日銀の黒田東彦総裁は16日午前、都内の本店で開いた支店長会議の冒頭あいさつで、国内景気は「緩やかな回復基調を続けている」との認識を表明した。
先行きについても「緩やかな拡大に転じていく」との見方を示し、2016年10月の前回会議でのあいさつから表現を上方修正した。新興国経済の減速や輸出・生産面の鈍さには言及しなかった。
 物価の先行きについては「マクロ的な需給バランスが改善し、中長期的な予想物価上昇率も高まるにつれて、2%に向けて上昇率を高めていく」と強調した。(後略)」

いまの日本経済の実態を見て、いったいどこが“緩やかに拡大”しているのか、と不思議で仕方がないが、筆者とは別の世界を見ているのは、日銀首脳陣だけではない。

内閣府の景気ウォッチャー調査(平成28年12月調査)でも、
「12月の現状判断DI(季節調整値)は、前月比横ばいの51.4となった。
家計動向関連DIは、小売関連等が低下したことから低下した。企業動向関連DIは、非製造業等が上昇したことから上昇した。雇用関連DIについては、上昇した。
12月の先行き判断DI(季節調整値)は、前月比0.4ポイント低下の50.9となった。
家計動向関連DI及び企業動向関連DIは低下した一方で、雇用関連DIは上昇した」
との分析から、
「着実に持ち直している。先行きについては、引き続き設備投資や求人増加の継続等への期待がある一方、燃油価格などコストの上昇等への懸念がみられる」
と景気が回復傾向にあるとの見方をしている。

日銀や内閣府の連中は、毎月のように「景気=拡大」との大本営発表を繰り返しているが、彼らが自信をもって景気拡大or回復説を強調する根拠は、まったく不明なままだ。

景気拡大とは、GDP、すなわち、経済活動の活発化を意味し、家計や企業の支出や所得がいかに増えたか、ありていに言えば、“どれだけお金が使われたのか(=売上・所得の増加)”に帰結する。

実体経済のお金の動きをチェックすれば、日銀や内閣府のアナウンスが、まったくの妄想であることがすぐに判る。

例えば、「家計調査(二人以上の世帯)平成28年(2016年)11月分速報」によると、消費支出は、1世帯当たり270,848円と、前年同月比で実質1.5%減少、名目0.9%減少に終わり、昨年2月のうるう年効果を除外すると、少なくともここ1年間は対前年同月比でずっとマイナスのままだった。

しかも、比較対象となる平成27年は、平成26年比でマイナスであったから、平成28年はそれより更に落ち込んだことになる。

2年も続けて家計消費支出額が落ち込み続けているのに、景気が回復したと言い切れる根拠は、いったい、どこにあるのか?

また、企業物価の動きも冴えない。

日銀が公表した「企業物価指数(2016年12月速報)」によると、国内企業物価は、前月比こそ+0.6%と若干上昇しているが、前年比では▲1.2%と大きく落ち込んでいる。

こちらも、少なくともここ1年ほどは、毎月のように対前年比で2.2~4.4%(おおよそ3~4%くらい)のマイナスが続いている。
上昇しているのは、石油製品や業務用機器、農林水産物、スクラップなどわずかで、残りは軒並み下落している。

ただでさえ、輸入原料が高騰しており、仮に景気が拡大しているのなら、コストプッシュ型だけでなく、ディマンドプル型の価格上昇が起きてしかるべきだが、現実は見てのとおりだ。

家計が使うお金の量が減り、企業間ビジネスの価格も下落するのは、すなわち、景気が悪化・縮小していることに他ならない。

筆者の経営相談先に、「成功のコツは、成功するまでやり続けることだ」と得意げに語っていた企業経営者がいた。

彼は、特殊な技術で化粧品原料となる物質抽出の低コスト化に成功し、一躍時の人となったが、結局は杜撰な製造運営が祟り、事故を起こして破産してしまった。

自身の思い込みや妄想を担保にした経営が上手く行くはずがない。

日銀や内閣府の連中も、思い込みや妄想ではなく、事実にきちんと向き合い、無益な大本営発表をすぐに改めるべきだ。
妄想が現実を超えることはなく、思い込みは妙案の出現を阻害するだけだ。

彼らも、毎月ウソをつき続けるのは気が引けるだろうから、緊縮政策やリフレ政策が失敗したことを素直に認めて、大規模かつ長期にわたる財政金融政策に方向転換すべきだ。

2017年1月15日 (日)

妄想と事実誤認

「平成28年の倒産件数、8年連続減少、26年ぶりの低水準 負債総額も2年ぶり減」
(産経新聞 1/13)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00000556-san-bus_all

「東京商工リサーチが13日発表した平成28年の全国企業倒産集計(負債額1千万円以上)は、件数が前年比4.15%減の8446件と8年連続で減少、2年(6468件)以来の低水準だった。
景気が緩やかな回復を続けていることや、金融機関が中小企業の返済計画見直し要請に柔軟に応じていることが寄与した。
 (中略)
 業種別では、食品業や広告関連業などは減少、人手不足による人件費増に悩む老人福祉・介護事業や飲食業は増加した。
 松永伸也情報部部長は「トランプ次期米政権や欧州の政治リスクなど先行き不透明感もあり、中小・零細企業の業績回復には時間が必要だ」と分析した」


上記の記事には、突っ込みどころが3点ある。

まず1点目は、企業倒産件数減少要因の一つとして「景気が緩やかな回復を続けていること」を挙げている点だ。

中小企業庁の資料「平成27年度(2015年度)の中小企業の動向」(http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b1_2_1_2.html)によると、企業倒産件数は2009年辺りから減少しているが、休廃業件数は2008年から増加しており、「倒産+休廃業」を合わせた件数は、2015年で3.5万件と、2006年の3.3万件から2千件も増えている。

休廃業が大幅に増えているのは、業績不振による後継者不足のためであり、「景気が緩やかな回復を続けている」のが本当なら、こんな事態になるはずがなかろう。

巷間噂されているとおり、倒産件数が減ったのは、長過ぎる不況のせいで体力の弱い企業があらかた淘汰され尽くしたのと、手形取引の縮小による不渡り件数の減少、それに、金融円滑化法の残滓による金融機関のリスケ対応の拡大によるものだ。


次に2点目は、老人福祉・介護事業者や飲食業者の倒産増加を人件費高騰のせいにしている点だ。

福祉介護事業や飲食事業の従業員の給料は、いったい、いつ“高騰”したというのか??

両業界とも、給料の低さと労働条件の悪さでは群を抜き、離職率が高いことはよく知られている。

厚労省の資料によると、介護職員の就業形態について、介護職員の非正規比率は41.4%、訪問介護員は78.4%にも上り、他の業種と比べて著しく高い。
また、常勤労働者の初任給は16万円、平均月収も23万円と他より大きく見劣りする。

しかも、土日も昼夜もないきついシフトを強いられるから離職率も高く、介護職員の常勤労働者の離職率は16.8%と、産業平均値(12.4%)を大きく上回っている。

飲食業界も、福祉・介護事業と同様に、「低賃金・長時間労働・パワハラの横行・クレーム対応の多さ」という悪条件を高いレベルで兼ね備えており、過労死や暴力が横行する、いわゆる3K職場として敬遠される業種だ。
しかも、特に首都圏辺りでは、外国人労働者の流入も多く、賃金上昇を抑制するアンカーになってしまっている。

現代の奴隷労働に近い無理な働きを強いてもなお、「人件費高騰のせいで倒産」する企業があるとしたら、それは、人件費のせいではなく(現に、たいして高くなっていない)、経営者自身の能力不足と、業界特有の過当競争のせいだろう。

実際に、帝国データバンクの資料(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000062879.pdf)を見ても、ここ数年は売上高や利用客数の増減率を店舗数の増加率が上回っており、折からの価格競争も相まって競合が激化しており、倒産や淘汰の引き金になっている。


最後の3点目は、「トランプ次期米政権や欧州の政治リスクなど先行き不透明感もあり、中小・零細企業の業績回復には時間が必要だ」という東京商工リサーチ 松本氏のいい加減な分析だ。

この手の経済レポートものを見ると、執筆者が格好をつけて、結論部分に国際経済の動きとリンクさせて文を〆ようとするパターンが多いが、正直言って、国内の中小零細企業の業績と欧米経済やその政治リスク云々はほとんど関係ない。

リーマンショックの折にも、筆者の取引先企業の決算概要には、冒頭部分に「当社の業績はリーマンショックの煽りを受けて…」云々と、減収減益を誤魔化そうとする言い訳がましいセリフがこぞって並んでいる様をよく目にしたが、「おたくの販売先は、100%県内向けの内需だろっ?」と突っ込みを入れたものだ。

日本にある中小零細企業の98%近くは、トランプがどんな暴言を吐こうが、欧米各国のEU離脱問題が勃発しようが、自社の業績に何の影響も受けない、吹けば飛ぶような企業ばかりだ。

トヨタやホンダがトランプに恫喝されて右往左往しても、まったく業績への影響もなく、近所のオバちゃんに納豆を売ったり、隣の町工場にネジを売ったりしている企業が大半を占めており、欧米の政治リスクなど考慮する必要はない。

むしろ、彼らが最大限に憂慮すべきは、内需の停滞であり、その動向如何で自社の命運が大きく翻弄される。
欧米の政治リスクなんて、所詮は外国で起こった事故みたいなものに過ぎないが、国内の経済失政は、ダイレクトかつ即座に自分たちに悪影響をもたらすから恐ろしい。

東京商工リサーチは、結論部分を、「緊縮気味の財政運営に固執し続ける安倍政権の政治・経済リスクなど、日本経済の先行きは不透明感に溢れており、中小・零細企業の業績回復は望めない」と分析すべきだろう。

2017年1月14日 (土)

「(安くこき使える)人手が足りない‼」は、自分勝手な言い訳

『「人手不足」関連倒産 2016年は304件』

(東京商工リサーチ 1/13

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00010006-biz_shoko-bus_all

 

「企業倒産の低水準な推移が続くなか、中小企業を中心に人手不足は解消されていない。

財務省が20161025日に発表した「人手不足に関する聞き取り調査」では、人手不足感の強い職種からは「恒常的な人手不足で、収益増加や事業拡大の機会を逸している」、「労働環境の整備が進んでいる業界に人が流れてしまう」などの現場サイドの声が聞かれた。

東京商工リサーチでは、これまでも「人手不足」関連倒産を集計してきたが、主に代表者死亡や入院などによる「後継者難」型が中心だった。だが、人手不足感が解消されないなかで「求人難」型、「人件費高騰」関連などの推移が注目されている。(後略)」

 

筆者も実際に、相談先の中小企業経営者から、人が集まらないとの声を聴く。

 

だが、以前のエントリーにも書いたように、企業側が人手不足に悩んでいるという割に雇用条件が目に見えて改善される気配はない。

人が足りぬと愚痴をこぼす経営者に時給や勤務条件を尋ねても、無理な勤務シフトの割に時給は900円にも満たぬものばかりで、それじゃ無理だと呆れることが多い。

 

特に、労働人口の減少に見舞われる町村部には高齢者しかおらず、低賃金で立ち仕事や腰に負担の大きい仕事をさせようとしても相手にされない。

 

また、近所のスーパーにある求人票を見ても、時給750850円、土日含む週5日以上勤務なんてものばかりだ。

 

anreportによると、業種全体の求人平均時給は 1,007円と前年同月比 21カ月連続で時給上昇、求人数は前年同月比+32.8%と好調のようだ。

しかし、エリア別にはバラつきがあり、平均時給は「関東エリア」が1,065円で最も高く、次いで「関西エリア」1,007円、「東海エリア」978円、「九州エリア」916円、「北海道エリア」871円、と、生活に掛かるコストに大差はないのに、地域により200円近い差がある。

 

東京商工リサーチは「人件費高騰」なんて大袈裟に書き立てているが、リクルートジョブズのデータによると、三大都市圏のパート・アルバイト募集時平均時給(201611月時点)1,002円で、7年前の水準(924)と比べて78円しか上がっていない。

 

年平均の上昇率はわずか0.8%程度と、ほぼ横ばいと言ってよい。

 

他地域より恵まれた首都圏・阪神圏・中京圏をして、たったのこれだけしか上がっていないのに、人件費が「高騰」したなんて大袈裟に騒がれるのは心外だ。

 

普通の人なら、黙っていても年1~2%くらいは労働生産性が上がると言われているのに、肝心の時給UP率が0.8%(※これも都会だけの話…)しかないのは、明らかにおかしい。

 

なにせ、時給1,000円とはいえ、年収ベースなら200万にも満たないのに、さも高給取りであるかのように言われても反発されるだけだ。

 

こんないい加減な雇用状況を放置しておいて、人が集まらぬと嘆くのは、どう見ても雇用者側の努力不足にある。

 

確かに、企業側、特に中小零細企業の経営環境が厳しいのは十分理解できる。

 

経産省辺りのデータでは、全業種平均の売上高総利益率は18%前後、売上高営業利益率は3.4%くらいしかなく、昨今の原料高や円安気味の為替動向から、収益低下を余儀なくされており、人件費拡大の原資に乏しい事情は承知している。

 

働き方改革や賃上げなど労働サイドの上げ潮ムードに配慮する必要はあれども、無い袖も振れぬと嘆く経営者も多いことだろう。

 

だが、それなら、なぜ、産業界や財界は、政府や官公庁に対して、自社の売上や収益UPに直結するような政策提言や要求を強く求めないのか?

 

経団連や経済同友会のような新自由主義に凝り固まったバカ者はともかく、日商や商工連のような中小零細企業団体は、もっとストレートに財政政策を軸とする大規模な経済政策や補正予算の執行を求めるべきだ。

 

経済三団体の連中は、口を開けば、「景気回復の特効薬は見当たらない。政府は地道に規制改革などの成長戦略を推し進め、外国移民にも門戸を開き、グローバル化に対応する必要がある」という寝言しか言わない。

 

アメリカの次期大統領が大型のインフラ投資や減税を口にすると、財界もすぐさま反応してヨダレを垂らすくせに、自国に同じ政策を求めようとせぬのは、明らかに整合性に欠けるし、合理的な態度とも思えない。

 

企業は「成長戦略」みたいなフワフワした霞を喰って生きて行けるわけじゃない。

 

労働分配率をさらに上げ、内需循環型の力強い成長を実現させるには、自社の売上や収益に直結する具体的な政策を打つよう、政府に対して声高に叫ぶべきだ。

 

21世紀になって20年近く経つのに、パートの時給がたったの1,000円なんて惨めすぎる。

これを1,500円→2,000円へとグイグイ上げられるような経済環境を創るのが、政治を司る者に与えられた役目であり、財界の連中も、妄想から目を醒まし、それをアシストすべきだ。

2017年1月13日 (金)

外需は気まぐれ

政府や自治体は、相変わらず「おもてなしだ、インバウンドだ、爆買いだ」と訪日観光客頼みの観光戦略に縋りついているが、風向きはすでに変わりつつある。

筆者も、インバウンド狙いのLaoxやドラッグストアが閑古鳥状態になっているのを実際に見ており、爆買いは、すでに過去のものと認識している。

『爆買い失速、免税店計画を凍結 ビックカメラに今春予定』(朝日新聞デジタル  1/12)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170112-00000064-asahi-bus_all
「大阪・ミナミで今春、開業予定だった「空港型免税店」について、関西空港と大阪(伊丹)空港を運営する関西エアポートなどが計画を凍結していることがわかった。
訪日客は増えているが、使うお金の額は減って一時の「爆買い」は失速しており、十分な収益が見込めないと判断した。
(中略)
計画は、昨年3月まで関空の運営をしていた新関西国際空港会社や大手家電量販店のビックカメラなどが、昨年2月に発表した。」

ガヤガヤ煩い訪日外国人(特に、気に障るのは声のデカい中国人)は、数こそ堅調に増えているものの、個々の旅行支出額は明らかに減っている。

観光庁「訪日外国人消費動向調査」(平成28年7-9月期の調査結果(速報))によると、訪日外国人旅行者数は626万人(通期で約1,800万人)と前年同期(535万人)比で17.1%増加したものの、
○訪日外国人旅行消費額は9,717億円で前年同期(1兆0,009億円)比▲2.9%となり、平成23年10-12月期以来19四半期ぶりの対前年同期比マイナス
○訪日外国人1人当たりの旅行支出は155,133円で前年同期(187,166円)比▲17.1%と大幅に減少
という結果に終わっており、上記記事の内容を裏付けている。

特に、訪日外国人1人当たりの旅行支出は4期連続で減少しており歯止めが掛かる様子はない。

前述の観光庁資料によると、訪日客の主要20か国のうち、一人当たりの旅行支出が対前年比で増えているのは、フィリピン、ドイツ、ロシア、カナダの4か国だけで、残りの16か国はすべてマイナスという惨憺たるありさまだ。

特に、訪日客数でボリュームの大きな中国(▲18.9%)、台湾(▲15.6%)、韓国(▲11.8%)の3か国や、それに続く香港(▲23.6%)、アメリカ(▲2.3%)、タイ(▲25.1%)など、上位の国々の実績が、いずれも大きく落ち込んでいる。

こうした冷厳な現実を見せつけられてもなお、中国政府による規制や円高の影響だと言い訳を並べるのは勝手だが、訪日客の代名詞と言える中国人を筆頭に、外国人旅行客の爆買いに急ブレーキが掛かった事実は否定しようがない。

先の読めないインバウンドの消費動向を目の当たりにすると、外需頼み経済の恐ろしさや不安定さを改めて実感させられる。
観光立国だ、おもてなしだと浮かれていると、気まぐれな外需に足元を掬われかねない。

訪日外国人誘客に熱を上げること自体を否定するつもりはないが、それは、あくまで“オプション”、あるいは、“プラスアルファ”として位置づけ、最大のボリュームゾーンである「日本人国内旅行者」の需要掘り起こしにこそ努力すべきだ。

観光庁のデータによると、(2015年度データ)
○日本人国内旅行消費額は20兆4,090億円(前年比10.8%増)
○日本人国内延べ旅行者数は6億0,472万人(前年比1.6%増)
だそうで、旅行消費額ひとつを取っても、(当然だが…)インバウンドの20倍以上に上る。

観光業界並びに関連産業の安定的な需要拡大を目指すなら、この大票田を刺激すべきで、規制や為替動向に左右される外需に縋るのは、明らかに戦略ミスだ。

日本人国内旅行客が相手なら、為替も関係なく、通訳や外国語表記など無駄なコストも不要で、ハラルみたいに面倒くさい配慮も要らない。

国内旅行市場で消費される金額の95%以上を生み出しているのは日本人であり、一見派手に見える訪日旅行客が使うカネなんて、たかが5%にも満たない。

インバウンド信者の連中は、こうした現実を冷静に見つめ、「もてなされるのは外国人、もてなすのは日本人」という“召使い根性”から脱却し、おもてなしを”する側”から“される側”へ回るべきだろう。

それこそが国内の経済循環を高め、関連産業の雇用の質を引き上げることにもつながるし、働き方改革に一石を投じることになるのではないか。

留意すべきは、
・日本経済は成長できないという思い込みを棄てること
・日本は財政危機だという妄想から醒めること
・大規模かつ長期の財政金融政策を打ち、国民所得を増やし続けること
であり、生産者志向に凝り固まった日本人に、消費者としての自覚と原資を持たせることにつながるだろう。

2017年1月12日 (木)

いま、必要なのは「モノを買う人」

昨年暮れに、内閣府から高齢者の定義を70歳以上に引き上げる提言があった。

どうみても、年金支給開始年齢の引き上げを狙ったものにしか見えないが、年寄扱いを嫌う高齢者層のプライドを擽ったのか、意外なほど反発は少ない。

団塊世代みたいに呑気な連中は、「まだまだお若いですね」という煽ての代償として、年金がお召し上げになることに半ば気付きながらも、ニヤニヤ笑ってそれを見過ごそうとしている。

当の高齢者の甘ちゃんぶりが世間に伝播するのか、それに便乗する妄言も目立つ。


『「高齢者は働かないほうがトク」という制度は見直すべきだ』
(ダイヤモンドオンライン 野口悠紀雄/早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)
http://diamond.jp/articles/-/113884

「高齢者の定義を75歳以上とする提言が公表された。
 高齢者が元気になっていることを踏まえれば、適切な考えだ。
 必要なのは、高齢者が働く社会を実現することだ。しかし、現在の日本の制度では、高齢者は働かないほうがトクになる。
これを見直し、働くことが正当に報われる社会をつくることがまず第一歩だ(後略)」

野口氏みたいな単純な新自由主義者の眼には、サプライサイドしか映らぬようだ。

彼らは、「日本は労働人口減少に見舞われる」→「誰でもいいから働かせろ」→「老人、女性、外国人(≒中国人)をもっと働かせろ」という論理を押し付け、最後には同一賃金同一労働を盾に、正社員のイスを減らし、雇用条件の引き下げという結論に収束させようとする。

筆者は、「働くのは、長くても、せいぜい65歳まで。残りの人生は、孫に小遣いでもあげ、趣味に興じながら、消費者の立場で経済循環に貢献すればよいのでは?」と考えているが、世の中には、どうしても働きたがる奇特な人間もいるから、それはそれで構わない。

まあ、働きたいと思うのは勝手だが、野口氏みたいに、この厳しいご時世に“働きたい=速攻でまともな職が見つかる”と信じ込んでいるのが不思議でならない。


野口氏は、「高齢者は働かないほうがトク」になる論拠として、在職老齢年金制度と高齢者医療制度を挙げている。

「在職老齢年金制度」は、60歳以降給料と年金の合計額が一定額を超えると年金が全部または一部カットされる制度で、例えば、60歳~64歳で月収の基準額が28万円とすると、給料30万円、年金月額15万円の場合、(30万+10万-28万)×1/2=6万円分が年金額からカットされることになる。

また、「高齢者医療制度」は、自己負担割合が原則1割(現役並み所得者は3割)で、高額療養費および高額介護合算療養費の自己負担限度額についても軽減されるものだ。

野口氏の論法は、配偶者控除103万円の壁の件と同じで、制度改正の議論を端から避け、働き方や生き方の方を制度に合わせて、その損得を語る愚を繰り返しているだけだ。

在職老齢年金制度の、労働収入に応じた年金カットに不備があるのなら、働いた分だけ収入が増えるよう現行制度自体を改めればよいだけのことだ。
それをせずに、「働かぬ方がトク」と決めつけるのは、相当に質の悪い議論としか言えない。

現在の平均年金支給額は、平成26年度で国民年金が5万4414円、厚生年金が14万4886円でしかなく、到底、働かぬ方が有利だなんて言えるレベルではなかろう。


気持ちだけ若者気取りの高齢者が、まだまだ働けると意気込むのは勝手だが、高齢者や女性、外国人が労働市場にドカドカ入り込めば、それだけ雇用のイスは減り、質の悪化も避けられない。

第一、口だけ達者で手足の動かぬロートルが、いつまでも職場にのさばっていては、ポストが減る一方で、中堅若手社員の社内調整負担が増し、却って業務の不効率化を招くのではないか。

ここ20年というもの、日本国民が苦しめられているのは、極度の需要不足によるデフレ不況であり、社会が求めているのは、サプライサイドの膨張ではなく、ディマンドサイドの強化であるはずだ。

一部に労働力不足を懸念する声もあるが、実態は、低賃金&長時間労働に耐えられる人材の不足であり、雇用側の努力不足でしかない。

喉から手が出るほど欲しいのは、「需要=消費者=モノやサービスを買ってくれる人」の存在であり、現に、日本に来て爆買いする卑しい中国人相手にペコペコしているではないか?

野口氏はコラムを、「社会保障制度には、高齢者になって働くことに対して重い税を掛けているのと同じ結果をもたらしているものが多いのである。それが、高齢者の就業意欲を低下させている可能性が高い。こうした要因を取り除くことが必要だ」とまとめている。

だが、そう思うのなら、働いた分だけ収入が増えるよう具体的な制度改正を提言すべきであり、制度が悪いから高齢者が働けないという結論に持って行くのは、まったく的外れだ。

また、労働市場の需給バランスを歪め、低賃金労働の固定化を助長しかねない高齢者の就業促進を安易に進めるべきではない。
貯蓄ばかりに精を出す働き蜂をこれ以上増やしても仕方あるまい。

いまの日本に必要なのは「買い物する人」であり、高齢者を労働市場に追い立てるよりも、彼らが年金を国内で使いのうのうと暮らせるよう、社会保障費の国庫負担を増やし、年金や医療制度の充実を図る方が遥かに得策だ。

一旦、就業人生のゴールテープを切った者の心配をするよりも、そのトラックにすら入れない憐れな若者の心配こそすべきだろう。

2017年1月11日 (水)

お前は、どこの国の人間なんだ?

『<米国>ツイッター過熱…トランプ氏とストリープさんファン』(毎日新聞 1/10)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170110-00000091-mai-n_ame

「トランプ次期米大統領と女優のメリル・ストリープさんのファンらによるツイッター上の対決が過熱している。(中略)
ストリープさんは8日夜、映画賞のゴールデン・グローブ賞授賞式の演説で、選挙戦でトランプ氏が障害のある記者のしぐさをまねるなどしたことを「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」などと批判した。トランプ氏は翌9日朝、「私は障害のある記者の物まねなどしていない」と反論(後略)」

トランプ氏が実際に、記者に対して障害そのものを侮辱したのなら、それは非難されても仕方のない恥ずべき行為だが、本人が否定している以上、事の真偽は米国人の良識的判断に任せるよりほかない。

それより筆者が引っ掛かるのは、メリル・ストリープ氏の「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」という甘っちょろい空想主義的なセリフだ。

世界中で頻発する極悪なテロリズムや内戦、特定の国家による反日行為、節度に欠ける反差別運動、ポリティカルコレクトネスを錦の御旗とする言論弾圧…

こうした醜悪な行為の横行を鎮めようと行動する際に、最も厄介な足枷になるのが、「暴力は暴力しか生まない」とか「多文化共生社会」というあまりにセンシティブな発想であり、それが事態の解決を遅らせ、善悪の真相を曖昧にし、テロリストや犯罪者に理や猶予を与え、その根絶や解決を阻み、無辜の民に被害を与え続けることになる。

・過度な難民支援がテロリズムの横行や拡散をサポートする
・ヘイトスピーチの過度な抑制が在日特権や彼らの犯罪を助長する
・被差別部落への過保護政策がエセ部落の特権化を助長する
・行き過ぎた消費者保護がイカれたクレーマーの横暴を放置する

空想主義の最大の被害者は、それに騙され続ける民衆にほかならない。

セレブやマスコミみたいに、犯罪や雇用不安が渦巻く不条理な世界から隔絶され、金銭的に不自由のない生活をのほほんと送るバカ者は、「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」というセリフを気軽に吐くが、彼らには、現実がまったく見えていない。

実際に侮蔑や暴力を招いているのは、風紀や倫理を平気で踏みにじる輩への「寛容や忍耐という甘やかし」と、“あんな奴らと同じレベルに落ちたくはない”という「大人の態度」なのだ。

倫理観の欠片もないテロリストや犯罪紛いの行為に走るクズに対しては、こちらも強い態度に出て、時には鉄拳制裁も辞さぬ覚悟と実行力が必要になる。

しかし、空想主義者たちは、悪事や犯罪を本人の責としたがらず、社会そのものの在り方や差別に無頓着な社会の意識の低さのせいにし、“反省すべきは常にこちら側(=普通の人々)”という結論に誘導しとうとする。

また、彼らは、差別を毛嫌いするあまり、差別を想起させる一切の言動や表現を規制し、こちら側に対して社会的不寛容さを強要する。

自分たちの都合に応じて、「モノを言いづらい息苦しい世の中」だと声高に批判するくせに、反対側から少しでも気に食わぬ批判を受けると、「人種差別だ」、「戦争責任を忘れるな」、「ヘイトスピーチだ」と沈黙を強制しようとするのだ。

彼らの薄汚い口から出てくる「侮蔑や暴力を止めよ」というセリフは、それを平気で奮う横暴な犯罪者にとって最高の免罪符になっていることを自覚してもらわねばならない。

これに関して、バカバカしい社説を眼にしたので、ひとつ紹介しておく。

『あすへの指針 多文化が共生する社会に』(北海道新聞社説 1/11)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0105618.html

「(前略)外国人を単に労働力や成長の手段と捉えるのではなく、社会に迎え入れる発想が必要ではないか。永住や国籍取得を前提にした移民政策が検討されてもいい。
 ところが、安倍晋三首相は「移民政策は毛頭考えていない」ときっぱり否定する。政府は難民の受け入れにも消極的だ。
 欧米では移民や難民の受け入れが失業者を増加させたとの排外主義的主張が社会を分断している。
 日本の世論も現時点では慎重意見が少なくないかもしれない。
 だが、外国人に分け隔てなく門戸を開くことは社会全体に活力をもたらす。米国の歴史もそうだった。今後、日本が目を向けるべきは、こうしたプラスの可能性ではないか。
 異なる国籍、民族の人たちが違いを認め、肩を寄せ、刺激し合う社会でありたい。それが「多文化共生」だ。
 その理念の実現のためには、政治や社会に努力が求められる。
 移住した外国人を孤立させてはならず、語学や医療、教育などの生活支援を充実させ、地域に溶け込んでいくことを後押しする取り組みが欠かせない。
 近隣諸国との歴史問題を克服し、在日韓国・朝鮮人などに向けたヘイトスピーチのような差別と偏見を根絶しない限り、多文化共生は絵に描いた餅となる。
 永住外国人の地方参政権や、日本に移住しても生まれた国の国籍を失いたくないという人への二重国籍を認めてもいい。どちらも欧米では導入している国が主流だ。
 日本が経験したことのない少子高齢化による人口減少社会に入ったいま、この国を開いてゆくことが、すなわち「あす」を開いてゆくことになるのではないか。」

まず、「ところが、安倍晋三首相は「移民政策は毛頭考えていない」ときっぱり否定する。政府は難民の受け入れにも消極的だ」の部分は、まったくの事実誤認だ。
高度人材受け入れの制度改悪を進め、中国人移民の受け入れに熱心な安倍氏は、首相として、過去最悪の移民推進論者であり、北海道新聞は即刻訂正してもらいたい。

間違ったマクロ経済政策により落ちぶれたとはいえ、今の日本は外国移民に頼らずとも、勤勉で知的スキルや技術スキルの高い国内人材だけで、十二分に活力ある社会を運営していくだけのポテンシャルを備えている。
インディアンを殺戮し、杜撰な移民文化の上に歴史を築いてきたアメリカ辺りと一緒にしてほしくはない。

社説の「移住した外国人を孤立させてはならず、語学や医療、教育などの生活支援を充実させ、地域に溶け込んでいくことを後押しする取り組みが欠かせない」の部分については、外国に移住した以上、移住先の国民になる(=移住先の文化や生活習慣を尊重する)覚悟を持つのが当然で、孤独に震えるくらいなら自国に帰ればよいだけだ。

また、医療・教育などの生活支援の充実は、まず自国民を最優先すべきであり、医療費さえ払えず困窮する国民が大勢いる中で、外国人を優先するなどあり得ない。

「永住外国人の地方参政権や、日本に移住しても生まれた国の国籍を失いたくないという人への二重国籍を認めてもいい」の記述に至っては、日本の国益侵害を容認するトンデモナイ発言で開いた口が塞がらない。
二重国籍なんて、税金逃れや機密漏えい、犯罪者の国外逃亡といったリスクを助長するだけの危険な制度だ。

多文化共生に染まった壊国主義者のバカの頭の中は、いったいどうなっているのだろうか?

この手の幼稚なバカ者が、「互いの文化的違いを認め合う」とか、「差別や偏見を超える」云々と、寝言を語り合いたいのであれば、国境という垣根をきちんと設けたうえで、その国境越しにやってもらいたい。

こちらの文化や生活様式を認める気もないゴネ得外人の横暴を許すのが、「多文化共生」という空疎な発想なのだ。

2017年1月10日 (火)

リフレ派の吐く大嘘

『アベノミクスと雇用について』(2017年01月09日 BLOGOS abz2010氏)
http://blogos.com/article/205039/

「アベノミクスが期待外れな結果しか残せていないことについてはいまや多くの人々が同意する所となりつつあるが、その一方で今も「アベノミクスは成功したんだ!」と主張する人々が強調するのは雇用の改善である。(中略)
アベノミクス支持派の主張は、「失業率だけをみれば確かにアベノミクスの成果は見えないが、労働力人口や就業者数を見れば、アベノミクスが雇用を大きく改善したことは明らかであり、同じ失業率の改善でも民主党政権下とアベノミクス以降では中身が異なる」というものである。(後略)」

上記コラムに目を通すと、執筆者のabz2010氏は、アベノミクスは期待外れに終わったという立場から、リフレ派による「アベノミクスは大成功」、「インフレ・ターゲット政策の真の目的は雇用。物価目標は手段に過ぎない」という主張を批判している。

氏は、リフレ派の言い分として、山本博一氏(※ジョネトラダムスの子分)による次の説明を引用している。
・民主党政権下でも失業率が低下しているが、労働力人口が減っていた。
・アベノミクス以降は労働力人口が増加しつつ失業率が改善している。
・民主政権下とアベノミクス以降では、失業率が改善していることは同じだが、その中身はまったく異なる。
・特筆すべきは「労働力人口がアベノミクス以降で上昇に転じた」こと。
・民主党政権下での失業率の低下は、ただ単に就職を諦めて就職活動を諦めた人が、失業者にカウントされなくなっただけである。


このようなジョネトラダムス2号の妄想に対する詳細なデータを用いた反論は、abz2010氏のコラムをご参照いただくとして、質の悪い“アベノミクス詐欺(=雇用改善はアベノミクスの大成果)”をバラ撒くリフレ派には、その証拠を出してみろと強く言っておきたい。

雇用の改善とは言っても、それは、団塊の世代に続くボリューム層の引退期と出生数の少ない若者層の就職期がたまたま重なったことによる人口動態要因によるものや、デフレ不況の長期化により家計が苦しくなった主婦層や高齢層の“嫌々パート”が増えたことによるものに過ぎない。

雇用のイスが増えたとはいえ、非正規雇用やパートみたいなおんぼろイスか、外面は「正社員」でも安月給で死ぬまで扱き使われる“ブラック正社員”なら、何の意味もない。
雇用は人の一生を左右する重要なポジションであり、単に数さえ増えればOKと言えるものではなかろう。


先ず、ジョネトラダムス一派が勘違いしているのは、(小泉バカ政権と並ぶ)「史上稀にみるダメ政権」であった民進党と比べて悦に入っていることだ。

日銀による「生活意識に関するアンケート調査」(第67回/H28.9調査)の結果、雇用環境D.Iは▲12.6と、民進党政権期(▲20~▲30)より改善してはいるが、相変わらず絶対値は低位で、ここ3年ほどは多少の上下動はあれども、ほぼ横ばいで、力強く上昇する気配はない。
テストで30点しか取れない落ちこぼれが、40点取れたと大喜びするのを甘やかすようなもので、合格点にはほど遠い。


また、リフレ派の連中は、雇用改善云々を語る以前に、アベノミクスの成果とやらが本当に存在しているのか、それが実体経済に波及しているのか、という点に関する検証が疎かだ。

いろいろな論文やデータを探してみても、リフレ派や安倍信者以外で有意なものを見つけることはできないが、逆にその成果を否定するものは、次のとおり結構目につく。

◆金融緩和政策の効果について、「実感はない」企業が59.7%だった一方、「実感がある」は12.9%にとどまる。(帝国データバンク『金融緩和政策に対する企業の意識調査』)

◆実質金利の低下は企業が設備投資を決定する際の一要素にすぎない。企業の先行き判断と投資行動の関係を見ても、国内需要の成長見込みが低く、投資に対して十分な採算が取れないと企業が判断するのであれば、実質金利低下による投資需要刺激効果は相殺され設備投資は伸びないと考えられる。(三井住友信託銀行『経済の動き ~ マイナス金利政策の国内設備投資への影響』)

◆そもそも日本銀行がいくら銀行に資金を供給したとしても、銀行貸出が増えるわけではありません。「明るい景気展望」をもった借り手が現われることによってはじめて、またそうした資金需要者が円滑に借り入れできる環境が整うことで市中にお金が出回ることになります。そうした条件をつくるのは政府の仕事です。ところが実際には、インフレ期待を煽ることで経済を上向かせようという異次元金融緩和が、緩和後に急伸した円安下でコスト高といった副作用をもたらし、それが中小企業を圧迫する重石になっていることが問題です。(立教大学准教授 飯島寛之『異次元金融緩和の中小企業への影響「ほとんどなし」』)


何といっても、リフレ派による「インフレ・ターゲット政策の真の目的は雇用。物価目標は手段に過ぎない」という“ムービング・ゴールポストまがいの粉飾行為”は決して許されるものではない。

黒田総裁をはじめリフレ派の連中は、異次元緩和政策を断行するに当たり、物価目標達成を通じた実質金利の低下や為替効果による投融資の活発化・民需の活性化を狙うと公言していた。

しかも、日銀のHPには、
「日本銀行法では、日本銀行の金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としています。
物価の安定が大切なのは、それがあらゆる経済活動や国民経済の基盤となるからです。
市場経済においては、個人や企業はモノやサービスの価格を手がかりにして、消費や投資を行うかどうかを決めています。物価が大きく変動すると、個々の価格をシグナルとして個人や企業が判断を行うことが難しくなり、効率的な資源配分が行われなくなります。また、物価の変動は所得配分にゆがみをもたらします。
こうした点を踏まえ、日本銀行は、2013年1月に、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現するという約束をしています。」
と、金融政策目標の一丁目一番地は「物価目標の達成」であることが明記されているではないか。

雇用効果云々は、所詮、物価目標という大目標を達成した後に派生する効果の一つに過ぎないはずで、今になって、それを声高に目的化するのは「卑怯な後出しジャンケン」としか言えまい。

本来なら、インフレ・ターゲット政策の真の的(2%の物価上昇)を射止めた後に、雇用効果を語るべきだが、肝心要の物価の方は、金融政策決定会合にて5回連続で目標達成延期を宣言させられるなど、黒田総裁は大恥をかくハメになった。

第一の大的すら射止めていないのに、その先にある小さな的を射抜けるはずがあるまい。

リフレ派の連中には、
・雇用の質に関する偽装行為を止めること
・質の悪い雇用増加を金融政策の手柄顔で騙るのを止めること
を強く言っておきたい。

金融政策の評価を確かめたいのなら、その辺の企業経営者を尋ねて、直にヒアリングしてみることだ。

妄想の中で真実は掴めない。

2017年1月 9日 (月)

ポピュリズム批判という国民に対する背信行為

『社説 ポピュリズムの世界 民主主義は試練の時だ』
(中國新聞 2017年1月5日)
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=68111

「【憎悪呼ぶ危うさ】
 米国は米中枢同時テロ以降、膨大な戦費をつぎ込んで殺し殺される戦争を続け、そこから抜け出そうとするオバマ氏が支持された。トランプ氏も同盟国への軍事協力の見直しに言及している。もはや国の中で手いっぱいじゃないか、という民意は奔流となった。
 だが、トランプ氏についてはポピュリズム(大衆迎合主義)の危うい面を指摘すべきだろう。
 むろん、世界に広がるポピュリズムが全て民主主義の敵だと、一刀両断に語るつもりはない。
 しかしトランプ氏を支えたポピュリズムには偏見や憎悪をあおる危うさがある。雇用の拡大を叫ぶ一方で、反移民や反イスラム、多様な生き方を否定するスローガンを持ち出してはばからない。
 この「トランプ現象」と英国の欧州連合(EU)離脱決定は、欧州でオランダ、フランス、ドイツと続く、ことしの選挙に大きな影響を与えそうだ。各国でポピュリズム政党は伸長してきたが、日本もモデルにしてきた民主主義の先進地で何が起きているのか。」

トランプ氏の米大統領就任の日が近づくにつれ、バカマスコミの連中から、「トランプ政治=ポピュリズムの蔓延→保護主義→モノ言えぬ社会→民主主義の崩壊」という非難がましい声が沸き起こっている。

マスコミが口にするポピュリズム(大衆迎合主義)の意味するところは、
・反グローバリズム
・反自由貿易
・反緊縮政策
・反移民
・反ポリティカルコレクトネス
の動きを指すようだ。

『グローバリズム・自由貿易・緊縮政策・移民推進・ポリティカルコレクトネス』の庇護の下で羽を伸ばし、既得権益に安住してきたマスコミの連中にとって、イギリスのEU離脱やトランプの敗北は、自分たちの権益を侵そうとする挑戦的行為なのだろう。

欧米で巻き起こる民衆の怨嗟の声を“ポピュリズム”の一言で踏み躙ろうとする連中は、うっかり忘れているようだが、先の米大統領選でヒラリー氏が敗れたインパクトの大きさを解っていない。

ヒラリーVSトランプの闘いにおいて、トランプ氏は、
・欧米のマスコミ総掛かりの非難
・著名なセレブやアーティスト、スポーツ選手など社会的影響力の強い人物総出の反トランプ運動
・初の女性大統領誕生というエポックメーキング
・人種差別主義者というレッテル貼り
・味方であるはずの共和党員の離反
という五重苦のハンディキャップを抱えた極めて不利な状況をひっくり返した。

逆に言うと、ヒラリー氏は、鼻をほじって寝ていても勝てるような絶対有利の神輿に担がれながら予想外の敗北を喫するという大恥をかかされた。
総得票数で僅かに上回った云々という見苦しい言い訳は、自らの不徳に恥の上塗りをするようなものだ。

バカマスコミがバラ蒔いた、新自由主義を擁護するための胡散臭い理想主義は、化けの皮を剥がされ、彼らのついた大嘘が白日の下に晒されたと言ってよい。

マスコミ流の汚れたレンズには、
・安定した質の良い雇用
・豊かに暮らせる収入
・自国民を中心とする安寧なコミュニティ
・犯罪を赦さぬ社会
・思想表現の自由
という民衆が求めるごく自然な欲求すら、「身の丈を超えた贅沢」に映り、それを政府に求める行為は、「行き過ぎたポピュリズム」として断罪すべきものらしい。

彼らが忌み嫌うポピュリズムとは、国民の素直な欲求(=ニーズ)そのものであり、本来なら、これに応えるのが政治家たる者の最大の醍醐味だろう。

国民のニーズに正面から向き合うのが政治の役割であり、そこから逃げ、目を逸らそうとするのは、行政権や立法権を負託された国民に対する重大な背信行為だ。

コツコツ働き、きちんと納税の義務を果たす真面目な国民の、豊かになりたい、安全に暮らしたい、という慎ましい願いすらポピュリズムだ、甘えだと切り捨てるつもりなら、政治や報道なんて必要ない。

必死のポピュリズム批判は、財政規律の堅持、多文化共生社会、グローバル主義というエセ理想主義の上に胡座をかき続けたナマケモノたちの断末魔の叫びなのだろう。

マスコミや政治家みたいに既得権益に守られた連中は、自らの無智・無能を棚に上げて、国民に過度な自助を要求しがちだ。

「こんな厳しい世の中なんだから、政府や公的機関に甘えるなっ‼ 自分で何とかしろっ(# ゚Д゚)」と逆切れする“自助絶対主義者”は、自助の名の下に無為無策を放置できると甘えているだけだ。

自助では乗り越えられない厳しい世の中だからこそ、「公助」の出番であり、公助に対する国民の期待は大きくなる。

米国民を突き動かし、既得権益の実像たるヒラリー氏に強烈なNOを突きつけさせ、「アメリカ・ファースト」を叫ばせたのは、自分たちの生活や雇用を守ってほしいと願う、公助への猛烈な欲求に他ならない。

国家の主権者たる国民のニーズを、安易にポピュリズムと切り捨てる大バカ者は、今すぐ政治の舞台から身を引き、政治を語ることを辞めるべきだ。

2017年1月 8日 (日)

胃袋経済論のウソ

『キユーピー45年ぶり、山崎製パン26年ぶり。食品工場、国内新設のなぜ』
(ニュースイッチ 日刊工業新聞 1/6)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00010003-newswitch-ind&p

「キユーピーは2017年4月から、神戸市東灘区にあるマヨネーズの主力工場を全面稼働させる。山崎製パンも神戸市西区にパン工場を同年1月、着工する。日清食品(東京都新宿区)は滋賀県栗東市に、即席めん新工場の建設を決めた。テーブルマークやケンコーマヨネーズも、冷凍食品と総菜で新工場建設に動いている。
(中略)
ケンコーマヨネーズは「ホテルや旅館の調理人不足で、厚焼き卵の需要が伸びている」と話す。テーブルマークは冷凍うどんの最近5年間の平均伸び率が、1ケタ台後半だと明かす。日清食品は、高齢者や女性を狙った即席カップめんが、売り上げを伸ばした。
 冷凍食品業界では16年、チャーハンやギョーザなどが売り上げを伸ばした。味の素冷凍食品が15年に戦略新商品の「ザ☆チャーハン」を発売。ニチレイフーズも主力工場に、30億円強を投資した。(後略)」

記事では、肝心の“国内新設のなぜ”の核心部分が抜けており、大手食品工場が国内工場新設を急ぐ理由とメリットに関して、いまひとつ詳細な説明が不足しているが、「和食ブームや安全安心意識の高まりを背景とした国産志向、為替の円安による輸入品高といった追い風(記事より抜粋)」を大きな要因としている。

日刊工業新聞の記者は、国内製造拠点新設と、和食ブームや安全安心志向とを結び付けたいようだが、実際に食品メーカーが増産を図るのは、「調理パン、パックごはん、即席カップめん、カップサラダ、総菜、冷凍めん、冷凍チャーハン、冷凍ギョーザ、ドリンクヨーグルト」など、レトルトものばかりで、「和食」とか「安心安全」といった高尚なキーワードにリンクさせるのは、かなり無理がある。

記事でも触れているように、少子高齢化や働く女性の増加に伴う中食ブームに起因する、1人世帯の増加や簡単調理食品の需要が増したことによるものだろう。

要するに、「少量高単価(=高付加価値)商品」の需要が増えたことで、生産量を抑えつつ付加価値の高い商品を造る商機が生まれ、主な供給先であるコンビニチェーンへの短納期化が可能な国内工場でも十分に勝負できる環境になったという流れだ。

国内工場の新増設は、雇用増ばかりでなく、流通や機械メンテナンスなど地域に多大な経済波及効果を及ぼすため、大いに歓迎したい動きである。


我が国では、「少子高齢化=需要縮小」という幼稚な胃袋経済論が罷り通っているが、それは、需要を総量(=嵩)でしか理解できぬ片手落ちの議論だ。
およそビジネスや事業というものは、量ではなく額(=販売対価としてのお金)を稼ぐために行うものであり、当然、需要の強弱は、総量ではなく総額で判断すべきだろう。

こうした発想に基づき、筆者は、以前から、「胃袋経済論には意味がない。少子高齢化社会の下であっても、298円の弁当ではなく750円の高額弁当が売れるようになれば、需要の漸増が十分に期待できる」と主張してきた。

今回の食品メーカーの国内坑儒新設の動きは、高付加価値品を受け容れる経済的土壌があれば、人口に関係なく需要を伸ばせること(=胃袋経済論のいい加減さ)を裏付ける証左と言ってよい。


こうした工場の国内回帰の動きを見て、「ニーズはある。企業がそれを深堀できていなかっただけ」という意見もあろう。

だが、その「ニーズ」が、別のニーズを諦めた結果生まれたもの(=代替消費)であっては、まったく意味がない
総額が一定のパイをメーカーが喰い合うだけでは、経済は成長しないし、国民所得が増えることもない。

「企業の創意工夫次第で隠れた需要を掘り起こせる」というセイの法則に囚われた時代遅れの発想は、限定されたミクロ経済下で、一企業のちっぽけな武勇伝を残すことはできるかもしれぬが、マクロ経済を隆盛させることは到底叶わない。

お一人さま向けの高付加価値商品を買う代わりに、缶ジュースの購入を諦めねばならぬようではいけない。

「高温熱風を米飯にまとわせてパラパラ感を向上させた冷凍チャーハン」を買い、ついでにビールと雑誌も気兼ねなく買えるような経済環境。
750円の弁当を誰もが気軽に変えるような所得環境。

こうした“付加価値という果実”がたわわに実ったマクロ経済環境をきちんと整えてこそ、それを狙う各社の創意工夫も十二分に活かせるというものだ。

2017年1月 7日 (土)

大前流似非グローバル主義の先に悪性デフレが待っている

『トランプ流保護主義の先に悪性インフレが待っている』
(2016.12.1 大前研一 マネーポストWEB)http://www.moneypost.jp/100287

大前氏は、経済コンサルタント、または、経済評論家として国内随一の知名度を誇るが、同時に、時流を読み誤る天才でもある。

上記コラムの概要をかいつまんで説明すると次のようになる。

・トランプ大統領の誕生で世界はますます反グローバリズムの潮流が強まる、という指摘もあるが、グローバリズムを否定した先に待っているのは悪性インフレだ。

・もしトランプ氏が中国製品などに高い関税をかけ、いろいろなものをアメリカ国内で作るようにしたら、アメリカの物価はとどまるところを知らずに上がり続け、コストプッシュインフレになって生活費が跳ね上がる。

・アメリカ人が、低所得層でもそれなりに豊かな生活を送ることができているのは、グローバル化のお陰である。様々な商品が世界の最適地でより安く生産され、それを輸入することで物価が抑えられている。

・消費者が買う消費財だけでなく家畜の飼料や原材料などもグローバル化によって安くなり、その恩恵を世界中の人々が享受している。

・トランプ大統領が迷走する間、日本は反グローバリズムの波に流されずに従来通り、ひたすら競争力を磨き続ければよい。

要するに、
①グローバル化は消費者の利益
②日本は世界最後のグローバリズムの砦となるべし
と言いたいようだ。

大前氏の眼差しは、未来ではなく、日本が敗北を続けた過去に向けられたままだ。

先ず、ここ20年の間に世界中を席巻した野放図なグローバル化や規制の撤廃は、先進諸国の消費者に利益ではなく“多大な不利益”をもたらしている。

我が国においては、GDPにしろ、勤労者の平均所得にしろ、いまだに20年前の水準すら超えられないでいるし、大前氏の、「家畜の飼料や原材料もグローバル化により安くなった」というセリフも大嘘だ。

ここ数年というもの、国内の畜産業界の最大の悩みは輸入飼料価格の高騰であり、輸入トウモロコシ価格に大きく影響される配合飼料の価格は、多少の振幅こそあれ、底値だったH7/31,643円/㌧→H25/63,059円/㌧へ右肩上がりの傾向を示している。

さらに、昨年12月にはJA全農により、「平成29年1~3月期の配合飼料供給価格については、飼料情勢・外国為替情勢等を踏まえ、平成28年10~12月期に対し、全国全畜種総平均トンあたり約1,950円値上げする」との決定がなされ、価格上昇に歯止めが掛からない。

むろん、海上輸送コストや為替レートの影響もあるが、大前氏が妄想するように「グローバル化=コスト安」とは真逆の動きをしている。

また、少々データが古いが、『米世帯の年収推移をグラフ化してみる』http://www.garbagenews.net/archives/1971980.htmlに掲載された階層別の実質年収を見ると、1980-90年代以降に実質年収を大きく伸ばしているのは、「上位5%層」と「最高年収層」だけで、特に、「最低年収層」、「低年収層」、「中年収層」は、いずれも微増か横ばいに止まっている。

つまり、大前氏の「低所得層でもそれなりに豊かな生活を送ることができているのは、グローバル化のお陰である」というセリフも大嘘で、低所得層は豊かな生活など送れていないし、グローバル化の恩恵も受けていないのだ。

海外への製造拠点移転や労働コストの安い途上国との競合がもたらしたのは、雇用と所得の流失、つまり、「安物買いの銭失い」でしかなかった。

グローバル呆けの激しいのは、なにも大前氏だけに限ったことではなく、「百均でモノが安く買えるのは消費者の利益だ。グローバル化バンサイ‼」と信じて疑わぬバカ者も多い。

だが、安物買いの裏側で、雇用とそこから生まれる所得が途上国へプレゼントされ、その分だけ自国民の雇用と所得が失われていることに気付けない。
目の前に100円に踊らされるあまり、10万円の月収が対価として収奪されていることを想像できぬ痴れ者には、ホトホト呆れるよりほかない。

大前氏は、「日本は世界最後のグローバリズムの砦となり、競争力を磨け‼」とハッパをかけているが、グローバル化に足を突っ込むほど日本の国際競争力が低下してきた事実を知らぬのか?

国際競争力を測る指標には、
・国際経営開発研究所(IMD)によるIMDランキング(60か国)
・世界経済フォーラム(WEF)によるWEFランキング(138か国)
の2種類があり、WEFランキングはここ10年余り6~10位を行き来し、昨年は8位と前年の6位からダウンし、もう一つのIMDランキングは1991年の1位から、2014年には21位にまで大きく順位を落としている。
(※ちなみに、(幼稚な)グローバリズムとは一線画すスイスが、WEFで1位、IMDで2位にランクされているのが非常に興味深い)

とりわけ、WEFランキングの「マクロ経済の安定度」は昨年104位(いつも100~120位が定位置)と振るわず、いつも全体の足を引っ張っており、日本の競争力の低下の病巣が、グローバル化云々の議論とはまったく関係のないマクロ経済政策の失敗にあることが判る。

日本は、25年以上前から「不適切な経済政策」と「過度なグローバル化」により、世界に先駆けてデフレ不況に突入し、いま、大前氏のような周回遅れの狂信者の詐術にかかり、欧米で勃興しつつある反グローバル化や反緊縮政策の波に乗り遅れようとしている。

このままでは、世界中から「ジャンボジェット機の後輪型経済」と揶揄され、世界的な景気回復運動のメインストリームから取り残されてしまうだろう。

2017年1月 6日 (金)

雇用と収入の安定こそが消費者の利益

『トランプ氏、トヨタにメキシコ工場計画の撤回要求』
(AFP=時事 1/6(金))http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00000000-jij_afp-int

「(前略)トランプ氏はツイッターへの投稿で、「トヨタ自動車は米国向けカローラを製造する新工場をメキシコのバハに建設すると言っている。絶対にだめだ! 米国に工場を建設しなければ、重い国境税を課す」と宣言した。
トヨタのメキシコ新工場は、米国と国境を接するバハカリフォルニア州ではなく、中部グアナフアト州で建設が進めれらている。
昨年11月に起工式が行われ、投資額は10億ドル(約1160億円)とも伝えられている。
トランプ氏はこれまでにも米国外に投資する自動車メーカーへの批判を続けている。
今週には、トランプ氏からの批判を受けていた米フォード・モーターが、16億ドル(約1850億円)を投じてメキシコに工場を新設する計画を撤回した」

これに対して、ネットユーザーから、「最後に困るのは、コストの高い車を買わされるアメリカ人のユーザーだ」と強い非難が沸き起こっている。

こうした不満を漏らす「デフレは消費者の利益」論の信奉者たちは、安物買いにしか興味がなく、「生産者=消費者」という立場を完全に忘れている。
“モノやサービスを安く買える”と、お年玉を貰った子供みたいにはしゃぐのは勝手だが、消費の原資となる「所得」や、それを生み出す「雇用」に対する考察や関心のレベルが、あまりにも低過ぎないか?

トランプ氏がフォードやトヨタを恫喝する背景には、メーカー各社が、アメリカは高コスト、メキシコは低コストという発想に基づき、製造拠点を続々とメキシコに移し、アメリカ国内から雇用が流出し続けている事実がある。

無論、メーカーが製造拠点を海外に移す理由は、人件費の高さだけではなく、原材料調達や単純労働者の確保、各種規制の回避など様々ある。

しかし、アメリカ・メキシコ両国の生産コストの差は、THE BOSTON CONSULTING GROUPの料(http://www.bcg.co.jp/documents/file172753.pdf)によると、アメリカを100とした場合のメキシコの指数は91(ちなみに日本111、ドイツ121、中国96)で、輸送コストなどを加算すれば、コスト差は想像以上に小さい。

また、一般的に、製造原価に占める人件費の割合は大手企業で10%程度とされ、「法人企業統計年報」のデータでも、2014年度の売上高人件費比率は全産業・製造業ともに13%程度でしかない。

雇用の海外流出に鈍感な“デフレは消費者の利益論者”は、日本人の人件費が高いから製造拠点の海外流出も止むを得ないと逃げ回るが、製造コストに占める人件費割合の低さや、途上国の労務コスト上昇や理不尽な法改正、犯罪や労務管理、暴動・賄賂の横行などの目に見えぬコスト、為替相場の動向などを勘案すれば、国内の労働者を使おうと、海外の労働者を使おうと、製品価格に大きな差は出ないはずだ。

「海外=低コスト」という時代は終わり、経営者の意識変革が必要なのだが、彼らは、いまだに「海外進出=経営者としての勲章」という下らぬ自負心に縛られたままだ。

さらに、海外生産で安いモノが手に入るという戯言も説得力を失いつつある。

90年代には100万円以下で手に入った軽自動車が150~200万円近くし、150万円くらいで買えたカローラも、いまや180~200万円し、庶民の足であるはずの自動車が高嶺の花になりつつある。

自動車価格が高額化する背景には、原材料価格の高騰や安全装備の充実、日本以外の自動車使用国の経済成長等という理由があるが、日本人の収入が増えない中で上がり続ける自動車価格に、家計が追い付いていけない、つまり、「消費者の利益(そもそも、こんなものが存在するのかさえ不明だが…)」とやらを享受できていないのだ。

『若者が車を購入しない理由1位「買わなくても生活できる」――「買い物でローンや借金はしたくない」という傾向も』(http://blogos.com/article/171831/)というコラムによると、
「日本自動車工業会が4月に発表した「2015年度 乗用車市場動向調査」の中に、興味深い一節があった。
現在車を保有していない20代以下の社会人にアンケートをしたところ、そもそも車を購入する意向がないという回答が59%と、6割近い数字になったというのだ。
理由としては「買わなくても生活できる」(40%)といったもののほか、「駐車場代など今まで以上にお金がかかる」(28%)、「自分のお金はクルマ以外に使いたい」(23%)といった経済的なものが目立った」
とのことで、雇用不安や低収入に悩む若者層は、安く手に入れることができる(実際には安くなっていないが…)はずの車すら買えないほどの経済的苦境に苦しめられている。

その苦境をもたらしたのは、安物買い志向につられて製造拠点の海外流出を見過ごし、雇用と所得を海外にプレゼントしてきた「デフレは消費者の利益論者」の重大な責任である。

日本人はえてして勤勉で生真面目な人が多いから、フリーランチ論を忌み嫌い、果実や利益に対してアンバランスな対価を求めがちだ。
バカバカしいほど低収入なのに過酷な長時間労働に甘んじる労働慣行など、その最たるものだろう。

だが、一方で、「自分だけはモノを安く買いたい」、「自分の雇用や収入だけは安定させたい」などと考え、あわよくばフリーランチにタダ乗りしようとする。

モノやサービスが安く手に入るということは、それを提供する事業者の人件費が圧迫されているということであり、それが実体経済に連鎖し、巡り巡って自分の雇用や収入を不安定化させることになる。

マクロ経済は連関している以上、“メーカーの労働者が途上国との競合で雇用を失っても、自分には関係ない”、“他人の収入が減っても、自分だけが安物買いできれば良い”とはならない。

これほど子供じみたフリーランチ論が通用せぬことくらい、まともな大人であれば理解できるはずだ。

「デフレは消費者の利益論者」の連中は、そろそろ、自らの生活の安定が他人の幸福に立脚していることに気付かねばなるまい。

2017年1月 5日 (木)

外需にシッポを振る狗たち

『主要122社アンケート トランプ次期米政権「期待」51%』(産経新聞 1/4)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170104-00000024-san-bus_all
「今月20日に発足するトランプ次期米政権について、過半数の企業が「期待」していることが3日分かった。
産経新聞社が主要企業122社を対象に実施したアンケート(無回答を除く)では「期待する」が51%に達し、減税やインフラ投資など、米国景気を刺激する政策への期待が目立つ。(中略)
トランプ次期政権の経済政策で期待することを2つまで挙げてもらったところ、最も多かったのは「減税やインフラ投資」の57社で、「各種規制の緩和」が36社で続いた。(後略)」

米トランプ次期大統領 の就任に伴う米国経済への期待感から、昨年末には望外の円安株高となり、「好景気=株高」という貧相な発想の経営者や株屋が大騒ぎしている。

トランプ氏当選が報じられた際には、排外主義や保護主義的政策を掲げる氏への失望感から、政・官・財・報をはじめ、富裕層や識者を称する連中は、一様に“お通夜状態”だったくせに、いざ、円安株高になると、コロッと手の平を返して、アメリカに美味しい餌をおねだりしようとしている。

記事のとおり、トランプ氏に期待する政策として、「減税やインフラ投資」が最も多く、
「世界経済の中心である米国の景気が上向きになれば、波及効果により他国の景気にも良い影響をもたらす」(建設)、
「トランプ新政権下の米国景気が財政出動で上振れる」(銀行)、
と手放しの褒めようだ。

筆者が、間抜けな負け犬根性のヘタレどもに言いたいのは、「なぜ、自国のリーダーに、減税やインフラ投資を強く求めないのか?」ということに尽きる。

経団連は、2015年5月に発表した『財政健全化計画の策定に向けた提言― 経済再生・社会保障改革なくして財政健全化は達成せず―』で、政府に対して、社会保障費削減や地方交付税の厳格化などを柱とするプライマリーバランス是正や財政健全化(=歳出削減)を強く求めており、その方向性は現在でも維持されている。

一方で、産経新聞社のアンケートに回答した大手企業経営者たちは、減税やインフラ投資などの財政出動がアメリカの実体経済を上向かせることを認めている。

また、新政権に期待する政策は、減税やインフラ投資といった財政政策に関するものが堂々のトップだったのと比べて、経済政策のメインストリームであるはずの「金融緩和政策」の文字はどこにも見当たらない。(もう賞味期限切れか??)

こうした経営者層の不見識や自分勝手さには呆れるよりほかない。

インフラ投資や減税がアメリカ経済の活性化に効くことを認め、それに期待するくせに、自国のこととなると、真逆の態度を取り、頭ごなしに財政政策を否定するとは何事か。

日本はアメリカとよく似た内需主導型の経済構造であり、需要の国内循環に直結する財政政策の効き目は我が国でも相当強いことは自明の事だ。

“アメリカからの波及効果”なんてみみっちい話をするのではなく、自国に大規模かつ長期間の財政政策を求め、直接的な経済効果を享受すればよいではないか。

経団連も、先の『財政健全化計画の策定に向けた提言』の中で、
「内閣府の中長期試算によれば、潜在成長率にとどまるベースラインケースに比べ、経済成長率が高まる経済再生ケースの方が、プライマリーバランス赤字はより多く縮小する結果となっている。
このように、財政健全化を図るうえで、今後、デフレ脱却・経済再生を実現し、経済成長を高めることは極めて重要な取り組みである。」
と、経済成長や経済再生の重要性を認めている。

彼らが決定的に欠けているのは、成長や再生を実現させるための政策手段と政策の優先順位を選択する能力であろう。

まず、“将来へのツケ回しを放置してはならない”という醜悪な妄想を廃棄せねばならない。

なぜなら、緊縮財政がもたらす国民生活の質の低下とマクロ経済の停滞こそが、購買力や技術革新を喪失させ、それにより国力が低下し、将来世代への膨大な損失の累積につながり、返済不能なツケ回しをすることに他ならないからだ。

2017年1月 4日 (水)

若者が結婚できない理由なんて、小学生でも解る

夏になれば暑くなり、冬が来れば寒くなる。
収入が十分に増えればカネを使いたくなるし、減ったり増えなかったりすれば使えなくなる。

こんな当然すぎる事象に、いちいち疑問を差し挟む者はいないと思っていたが、そうでもないらしい。
意外にもネット上には、「人口減少や未婚率上昇は若者の価値観の変化のせいであり、デフレとは無関係」という珍説が蔓延っている。


『正視に耐えない残酷な現実「男性の年収と未婚率」』
(2016.12.28 武蔵野大学、杏林大学兼任講師 舞田敏彦)
http://president.jp/articles/-/20926

上記コラムでは、次のような指摘がある。
「年収が低い男性ほど、未婚率が高いというリニア(直線的)な傾向が認められます。
年収200万未満のワーキング・プア層では、未婚率は6割近くにもなります。
収入が上がるにつれそれは下がっていき、年収800万超のリッチでは1割前後です。
正視に耐えない(残酷な)現実ですが、男性の場合、一家を養う経済力が求められるためでしょう。」

「悲しいかな、希望と現実はかなり隔たっています。
女性の7割近くが年収400万超の男性を望んでいますが、候補の男性の中でその稼ぎがあるのは3割弱しかいません。
多いのは年収300万未満の男性ですが、それでよしとする女性はたった1割しかいない。」

「女性の社会進出が進むと、女性が結婚をためらうようになり、未婚化・少子化が進展するという論がありますが、それはあべこべでしょう。
ア)結婚すると女性のライフチャンスが制約される
イ)女性は結婚相手に高い年収を期待せざるを得ない
ウ)このご時世、そういう男性は滅多にいない
エ)故に未婚化が進む
というのが真相ではないでしょうか。」


バブル期なら、そこいらの女子大生やOLが、平気な顔で“理想の年収は1,000万円”なんて高望みしていたことを考えると、いまの女性が希望する年収のバー(400万円超)も随分デフレ化したものだ。

あまりの慎ましさに、“これが世界第3位の経済大国の実情か”と悲しくなってくるが、バブル経済から25年以上も経つのに、候補となる年齢層の男性の中で、稼ぎが400万円に達する層が3割弱しかいないと聞くと、暗澹たる気持ちになる。

内閣府の資料(http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/data/mikonritsu.html)を見ても、男女ともに、1975~1980年辺りからあらゆる年代層で未婚率が上昇し、バブル崩壊を機に上昇率が高まり、2005年辺りから横ばいか微減傾向にあることが判る。

これを見て、“未婚率上昇は、女性の社会進出を容認する若者の価値観の変化のせい”だと言い張るのは勝手だが、舞田氏が上記コラムで指摘しているとおり、“女性が求める年収レベルに達する層が減っている”と考えるのが自然だ。
しかも、希望する年収レベル自体も分相応な額であるにもかかわらず、それにすら到達できない男性層が大勢を占めている、という事実こそが問題の根幹であろう。

また、女性の社会進出云々についても、周囲の人間が女性の本音を曲解し、「女性の高学歴化=高キャリア志向の女性の増加」という誇大妄想を抱いているのではないか。

『さあ働こうか!専業主婦希望の婚活女性と独身男性のズレが酷い』
(http://iitokoronet.com/2016/07/01/post-11683/)というサイトによると、
「非正規雇用枠が増え、正社員になることが難しくなり、夫婦二馬力で働く事が求められる現代なのに、時勢に逆行するかのように若い世代の女性達には「専業主婦願望」が高まっていると聞きます。(中略)
いま働く女性の間では、「専業主婦願望」が高まっている。
ソニー生命の「女性の活躍に関する調査2015」によると、働く女性499人のうち「本当 は専業主婦になりたい」と答えた人は、「非常にそう思う」(15.6%)と「ややそう思う」(17.8%)を加えると33.4%。実に3人に1人にものぼるという。
さらに20代に限定すると「非常にそう思う」(21.8%)と「ややそう思う」(20.0%)で41.8%となり4割を超えている。」
だそうで、さらに、
「ジャーナリストの白河桃子氏は、専業主婦願望の高まりを「幸せだというより、ラクそうだと思っている。外が厳しいので、ウチにいたいという消極的選択」と分析」している。

別の調査では、一定期間働いた後に結婚して専業主婦になることを望む女性は44%にも達するとの報告もあり、キャリア上昇志向の強い女性は意外と少ないことが判る。

厚労省の資料でも、
「24年は全体的に妻の就業率が高くなっているものの,夫の年収が多くなるほど妻の就業率が低下するという関係は,この10年で変化しておらず,妻が就業するかしないかは夫の所得水準の影響を受けていることがうかがわれる」
との指摘があり、女性が積極的に社会進出を望むという側面は否定しないが、どちらかというと、収入不足等の金銭的な理由により社会進出せざるを得ないというのが実情だろう。

だが、女性を取り巻く現実は厳しい。

専業主婦願望を強める女性に対して、それを受け止める男性陣の反応は芳しくない。

『「専業主婦」をめぐる男女間ギャップ【統計編】』
(http://www.yomiuri.co.jp/life/hobby/love/20151118-OYT8T50076.html?page_no=1)によると、
「一方、男性に『結婚相手の女性は専業主婦になってほしいと思いますか』と尋ねたアンケートでは、『そう思う』が3.9%、『どちらかといえばそう思う』が15.4%、『どちらともいえない』が50.5%、『どちらかといえばそう思わない』が20.2%、『そう思わない』が10.0%でした。
専業主婦になってほしいと思っている男性は全体の19.3%、およそ5人に1人しかいません。」
だそうで、『低年収・雇用の不安定化・ポスト削減』の三重苦に悩む男性サイドのニーズと、主婦願望の強い女性の意識との間には埋めがたい大きな差異がある。

国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」によると、18-34歳の独身者のうち、「いずれ結婚するつもり」との回答は、1982年/男性95.9%・女性94.2%→2015年/男性85.7%・女性89.3%と減ってはいる。
一方、ほぼ同期間の未婚率の推移はというと、1980年/男性21.5%(30~34歳)・女性9.1%(30~34歳)→2015年/男性46.5%(30~34歳)・女性33.7%(30~34歳)と大幅に増加している。

つまり、
・結婚願望を持つ割合は減ってはいるものの、依然85~90%近くが結婚を望んでいる。
・にもかかわらず、結婚適齢期の未婚率は、男性で倍以上、女性で3倍以上にも増加している。
という事実が判り、これらを総合すると、
①現代の若者といえども、結婚を望むという基本的価値観に大きな変化はない。
②しかし、未婚率は急上昇し、結婚したくともできない層が増えている。
③結婚できない主な理由は、『低年収・雇用の不安定化・ポスト削減』という生計の不安定さに起因する男女間のミスマッチと考えるのが自然。
という結論になるだろう。

若者世代の未婚率上昇を「結婚に対する価値観の変化」や「女性の社会進出」というソフト面だけで説明するのは無理がありすぎる。

“結婚はコスパが悪い”と敬遠する若者も増えているようだが、これを価値観の変化の一言で片づけるのは分析不足であり、価値観の変化をもたらした真因をきちんと探るべきだ。

なぜ、若者が結婚できないのか?
結婚=コスパが悪いと感じる理由は?
なんのことはない。若者の雇用や収入を巡る経済環境が悪化しているからに過ぎない。

これほど当然すぎる事象に対して、アレコレと難癖をつけるつもりなら、当の若者に結婚できない理由を直接尋ねてみればよかろう。

若者の苦境を直視せずに、価値観云々と話を逸らそうとするバカ者は、単に、景気回復を望まぬ『不況容認論者』や『成長放棄論者』でしかない。

2017年1月 3日 (火)

レベルの低すぎる自民党新憲法改正案

『自民、新改憲案策定へ 合区解消や緊急事態合意優先、9条除外』
(北海道新聞 1/3)http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0354114.html

「自民党が近く、新たな憲法改正案の策定作業に入ることが分かった。
(中略)
新改憲案は各条文の改正点を網羅する形でまとめた05年と12年の草案とは異なり、他党が具体的な議論に入りやすい改憲項目のみを選んで載せる形式にする。
9条改正については、これまで安倍晋三首相が必要性に言及してきたが「国会に持ち出せば改憲論議が止まる」(自民党の衆院憲法審委員)として、新改憲案から外す方向で調整に入る。
新改憲案に盛り込む項目としては、参院選挙区の合区解消や緊急事態条項創設のほか、公明党が主張する環境権の創設、公教育以外への公金支出などを禁じた89条を改正し私学助成の合憲性を明記する案、財政規律条項の創設などが有力視されている。」


年が改まり、自民党が的外れな改憲論議を本格化させようとしている。

マスコミ受けの悪い「9条改正」を引っ込め、国民に改革色をアピールしやすい参院の合区解消や環境権、財政規律条項などを表看板にするようだ。
「環境」とか「財政規律」という言葉の弱いマスコミ連中や不勉強な国民相手なら、緊急事態条項以外に大きな抵抗を呼びそうなものはなく、このまま発議されると、すんなり改正される可能性が高い。

“保守の皮を被った左翼政治家”たる安倍首相は、端からマスコミと事を構える気など無く、政策の「一丁目一番地」であったはずの9条改正をかなぐり捨て、「憲法改正を実現させた初の政治家」という称号を手にすることに執着しているようだ。

安倍政権や与党の連中は、従軍慰安婦問題の日韓合意や外国(=中国)移民の受入れ緩和に向けた制度改正、真珠湾慰霊訪問、北方領土交渉の失敗など米露中韓に対する朝貢外交や、途上国へのバラマキ外交に明け暮れてきた。

そればかりか、今度は、自主防衛体制強化を否定(=9条改正棚上げ)した挙句に、財政規律条項でマクロ経済運営を縛り、環境権の強化で産業活動や家庭生活に重いコストを課そうとしている。

前の民進党政権も最低な政権であったが、こんな体たらくを見せつけられると、安倍政権や与党の連中は、民進党以上の売国奴との誹りを受けても仕方あるまい。

これでは、敵の本丸攻略を諦めるどころか、味方がいる後陣に向かって鉄砲や矢を射かけるようなものだが、恐らく、保守を自称する学者や論者から、彼の裏切りに対する非難の声が上がることはないだろう。

安倍信者やリフレ派の反応は、多分こうなる。

①「9条改正を後回しにしたのは、改正の実績づくりを優先させた安倍ちゃんの策略。ソフトなキーワードで世論やマスコミの抵抗を受け流す安倍ちゃんは策士だ。」

②「たとえ財政規律条項が盛り込まれても、“努力目標”や“宣言条項”におさめ、実態はこれまでと変わらぬ財政運営ができるよう抜け道をつくるはずだから、何の問題もない。さすが、安倍ちゃんは策士だ。」

③「初の憲法改正を成し遂げた首相という実績を基に長期政権に向けた基盤を盤石とし、その先に9条改正を見据えている。やっぱり、安倍ちゃんは策士だ。」

現実も将来も見えない妄想家の頭の中は、こんなものだろう。

いつまで経っても催眠の解けない周回遅れの安倍信者に言っておきたいことがある。
それは、『安倍首相は、火の粉を被ってまで9条改正に踏み切る気などさらさらない』ということだ。

政権の支持率、衆参に占める改憲勢力の議席数、対抗馬となる野党勢力の壊滅ぶり等々、9条改正に向けたハードルが、今後これ以上下がることはあるまい。

昨年末の対米、対露対応でのお粗末な狼狽ぶりが露わになっても、さらに、マスコミ受けの悪い普天間移設やオスプレイの事故の件があっても、支持率が大きく下がることもなく、忌々しい限りだが、政権の安定度は既に最高潮に達していると言ってよい。

にもかかわらず、このタイミングで9条改正に踏み切れないということは、すなわち、自身で9条改正を発議する勇気がないということに他ならない。

恐らく、彼は、憲法改正を成し遂げた初の政治家という称号に満足し、面倒な9条改正は次世代の政治家に押し付け、自らは、憲法改正の実績を有する大御所として院政を敷くつもりだと推測する。

今回の自民党の憲法改正案の最悪のポイントは、財政規律条項なるバカ条項を盛り込もうとしていることに尽きる。

国家予算と税収とのアンバランスを考慮すれば、財政規律遵守の重要さを謳う宣言文的なものに落ち着くと思われるが、財政規律が憲法の条文化されることにより、財政政策に更なる重い足枷が課せられることは想像に難くない。

マクロ経済運営のメインストリームたる財政政策に、家計簿の発想並みのバカげた縛りを入れることは、経済成長や国民所得につながる富の源流の水門を閉め、経済停滞の道を選択することに他ならない。

構造改革もダメ、緊縮財政もダメ、金融緩和一本足打法でもやっぱりダメ。
我が国は、この20年という貴重な時間を浪費して、愚かすぎる社会実験を強行し、その失敗を十二分に味わってきたではないか。
最後に残された『財政政策+金融緩和政策のポリシーミックス』という最善手を捨てて、どう戦うつもりなのか。

この程度のことが判らぬ自民党の連中は、民進党以上に救いようのないバカ者揃いだ。

どうせ憲法改正の発議をするなら、次の条項を改正しろ、と言っておく。(※9条改正以外)

・21条:表現の自由の強化
~ヘイトスピーチ禁止法案のような表現の自由を抑制する悪法の禁止。

・25条:生存権を担保する制度や予算の明記
~高齢者や障碍者、生活困窮者などへの一律の年金支給。失業手当支給要件の緩和。

・26条:教育権を担保する制度や予算の明記
~小中学校に掛かるすべての費用の無償化及び教員の増員。

・39条:一事不再理の廃止
~新たに有罪を想起させる証拠があった時の再審を妨げない。

・44条:国会議員資格の厳格化
~差別禁止項目から「人種」を除外。

・59条、60条:衆院の優越を廃止
~法律案、予算案の衆院優越規定を廃止。

・73条:内閣の外交権を制限
~外交・条約権に対する国会の事前承認を義務化。

・86条:予算編成権の強化
~財務省による予算編成を禁止。国会で予算編成し、内閣が執行する。

・90条:予算監査作業の簡便化
~会計検査院による監査を廃止(検査院も廃止)。国民の代表たる国会議員の責任の下で、内閣による執行状況を監査。

・第8章(地方自治):地方自治体運営予算の強化
~国による地方自治運営に必要な財政支援を明記。

・その他:国民所得増加を実現するための適切な経済運営義務を明記
~GDP及び勤労世帯の平均所得の成長率達成目標数値を明記し、未達に終わった場合に、内閣総辞職と国会解散を義務化。

2017年1月 2日 (月)

シロウトのシロウトたる所以

国民が政治に求める世論調査では、「景気・雇用・年金」の3トップが常に上位を占めている。
安倍政権は、各種世論調査で何故か安定した支持率を維持しているが、こういった国民のニーズを満たしている訳ではない。

まず、「景気」において、日本の2016年の名目GDPは、例の嵩上げ策発動前の推計値で504兆円と微増傾向にはあるものの、20年も前の実績値(1997年/523兆円)を遥かに下回る水準でしかない。

また、サラリーマンの平均年収も、2015年は420万円と、1996年の461万円を大きく下回ったままだ。

次に、「雇用」に関して、昨年11月に厚労省が発表した「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、パートや派遣などの「非正社員」が占める割合が、初めて全体の40%に達し、1990年辺りの20%という水準と比べて倍増しており、まともな職業に就ける確率は、確実に狭まりつつある。

しかも、ようやく一流企業に入れたかと思えば、新入社員に過酷な残業とパワハラを課し、自殺者を出す電通のような質の悪いブラック企業だらけときている。

さらに、「年金」に関して、安倍政権は昨年11月に衆院厚生労働委員会で、物価と賃金で下落幅がより大きいほうに合わせて年金も減額するという年金カット法案を強行採決したばかりだ。

また、“高齢者”の定義を70歳以上に引き上げ、定年延長や医療や介護サービスにおける高齢者の負担を増やそうとしている。

こうした下策や悪手を見せつけられて(おまけに、中韓だけでなく、米露にも朝貢外交を続ける弱腰ばかり…)、なお、昨年一年間の与党の支持率は35~40%(NHK世論調査)を維持している。

失政が見過ごされる主な理由は、前政権よりマシという消極的な理屈であることは判っているが、そもそも、日本が長期デフレ不況に突入した1997年(橋本行革)及びそれを確定的にした2001年(小泉構造改悪)以降、ほとんど自民党が政権を担ってきたのだから、民進党政権時だけと比較して、レベルの低い満足感に浸ること自体が間違っている。

この点については、安倍政権に甘い採点をし続ける国民に対して強く猛省を促したい。

安倍政権による数々の失政が大した糾弾も受けずに、「他よりマシ」という大甘な評価を受けるのは、あたかも景気が十分に回復したかのような大嘘を撒き散らす主流派経済学者やリフレ派と、その取り巻き連中によるサポートも大きい。

所得が伸び悩み雇用の不安定さが増すばかりの家計は、消費支出を減らし続け(うるう年効果を除くと、実質消費は対前年比15カ月連続で減少)、デフレに苦しむ企業は、帝国データバンクの『2017年の景気見通しに対する企業の意識調査』によると、2016年の景気動向について「回復」局面だったと判断する企業は、たったの5.7%に過ぎず、「踊り場」53.9%、「悪化」19.3%、「その他」21.1%を合わせて、実に94%余りが回復を実感できていない。

にもかかわらず、経済政策のメインストリームに胡坐をかく経済学者(を自称する連中)たちは、
「高度成長できる時代は終わった」、
「消費が伸び悩んでいるのは消費増税を決めた民進党のせいだ(→増税を強行したのはどこの党か??)」、
「日本の潜在成長率は1%未満だから十分合格点」、
「雇用環境は過去最高、非正規でも失業するよりマシ」、
「月80時間程度の残業なんて普通だろっ?」
だのと、「景気回復の定義」を勝手に偽り、必死になって失政を糊塗しようとする。

その態度には、経済学者たる矜持も意地も、微塵も感じられない。
ただ政権に阿るだけで、国民からの怨嗟の声を冷笑で封じようとする様は、卑しさと浅ましさに溢れている。

そんな彼らの一人(主流派経済学の末席を汚すシロウト教官(非常勤))に言わせると、“失政の言い訳マニュアル”と化してしまった経済学は「宝石」だそうだ。

シロウト教官曰く、
「教鞭をとる者は(経済学という)宝石をばら撒きますが、それを拾うも拾わぬも学生の自由だ」、

「どうして“宝石”が必要なのか。それは勝者の理屈と敗者の理屈の違いになるからだ。
世の中にはその2者しか存在しない。
社会に出たとき、他人の財を奪い取れと政府に命令するのが後者で、率先して宝石を与える立場へと歩を進めるのが前者だ」
だそうだ。

何とも無責任かつ無能な言い草だ。
この程度のレベルで教鞭をとれるなら、気の利いたベトナム人でも連れてきた方が、より実践的に経済の仕組みを教えられるのではないか?

まず、シロウト教官殿は、「なぜ、経済学が宝石たるのか」、また、「自身が心酔する経済学が宝石と呼べるレベルに達しているか」について、まったく説明できていない。

さらに、「社会を勝者と敗者に分断し、後はほったらかし」という学級崩壊した小学校レベルの放任主義を良しとするありさまで、学者を称しておきながら、マクロ経済運営を完全に放棄している。

実社会の経験の浅い者に限って、持説の過ちに対する批判から逃げ回るために、「学問」という殻を悪用しがちだ。
彼らは、「学問」という高尚な言葉を使いさえすれば、市井の人々の追及が緩むと勘違いしている。

およそ、学問やそれを修めた人物が周囲から尊敬を集めるのは、当の学問が、人々に大いなる社会的果実をもたらし、生活向上や利便性向上に実践的な効果を付与できるからに他ならない。

裏を返すと、国民生活向上に何の役にも立たぬばかりか、そのレベルを下げ続けるような社会的貢献度の低い学問は、もはや、「学問」と呼ぶに値せず、それを妄信するバカ者の「性癖」程度の扱いで十分だろう。

経済学を「宝石呼ばわり」したいのなら、それに相応しい働きをし、具体的な数値を以って実績を示さねばなるまい。
だが、20年前の実績さえ越えられぬような体たらくでは、宝石どころか、そこいらの石ころとしか呼べまい。

また、「率先して宝石(※多分「財」という意味)を与える立場へと歩を進めるのが勝者」だそうだ。
しかし、国民は長期デフレ不況の下で、財を与えられるどころか奪われてばかりなのだが、日本には、シロウト教官殿の定義する「勝者(=慈悲深い神)」は、存在していなかったのか?

彼のように、やたらと学問の敷居を高め、その権威に縋ろうとする連中は、「経済学への批判=学問そのものの否定」と曲解しがちだ。

だが、真の批判の矛先は、経済学ではなく、その真理を捻じ曲げて悪説を世にバラ撒き悦に入る「曲学阿世の徒」に向けられているのだ。

経済学という“虎”ではなく、“その威を借る卑怯な狐”が批判の矢の的になっていることに気付けないからこそ、「シロウト」なのであり、そうしたシロウトの吐く学問など、いかがわしいニセモノに過ぎず、到底、本物呼ばわりされるレベルには達していない。

このままでは、経済学そのものが、経済学徒を称するシロアリどもに喰い荒らされ張子の虎と化してしまう。

シロアリ(シロウト論者)には、自身への批判に対し、経済学という親の庇護に逃げ込まず、自らの頭を使い思考する努力をせよ、と言っておく。

2017年1月 1日 (日)

公共インフラは社会を支える揺りかご

『老朽化「通れない橋」続々、住民「何とかして」』
(読売新聞 12/31(土) 14:07配信)
「国や自治体などが2年前に始めた道路橋の一斉点検で、深刻な老朽化の実態が次々と明らかになっている。
 2016年3月までに点検を終えた20万4533基のうち、早急な補修などが必要と判定された橋は12%の2万4351基に上る。高度成長期に造られた多くの橋が、補修や架け替えの時期を迎えており、「通れない橋」が住民生活に影響を及ぼしている。
 京都府京丹後市丹後町の竹野川に架かる府道の大門橋(長さ81メートル、幅4・5メートル)。両端は閉鎖され、「通行止」の表示板がある。近所の女性(79)は「通院するのも不便。早く何とかしてほしい」とため息をついた。
 大門橋は昭和初期に造られ、1969年、鋼鉄製に架け替えられた。2011年、路面の段差が確認され、2トン超の大型車は通行禁止に。16年10月に仮橋の建設を始め、完成後に新設工事に入る計画だった。」


“公共工事”と聞くと、「=ムダ」と反射神経で答える大バカ者は、こうした報道を見て猛省してもらいたい。

「こんなところに道路を造って、いったい誰が使うのか?」なんて、見下したような言い草がいかに大嘘であるか、こうした記事を見ればよく判る。
なんのことはない、記事にあるとおり、京都の山奥の田舎町にある橋でさえ、ちゃんと利用している住民がいるではないか。

家内にあっては、電気・ガス・上下水道・郵便・通信、屋外にあっては、道路・橋・鉄道・トンネル・空港・港湾・ゴミ収集等々、我々の生活は、公共インフラなしに一日たりとも営めない。

公共事業を嫌悪する田舎者は、毎日のように公共インフラという揺り籠の上でのうのうと生活しているくせに、インフラがもたらす恩恵に敬意を払うどころか、青臭い中学生みたいに敵意をむき出しにする。

あたかも、親の庇護の下で何不自由なく暮らしている反抗期の中学生が、むやみに親に反抗するようなものだろう。
あまりの幼稚な態度に、端から見ていてむず痒くなる。

過去にも、石原伸晃のような世間知らずのバカ者が、北海道の道東自動車道(千歳市~足寄町、釧路市)を建設した際に「熊しか使わない道路」だと揶揄したことがあったが、昨年8月に北海道十勝地域を襲った台風10号の影響により、道央地域と十勝地域を結ぶ大動脈であった日勝峠(国道38号線~274号線)が壊滅する被害があり、道東道なかりせば、十勝や釧根地域が陸の孤島と化す恐れすらあった。
(※日勝峠の開通時期は早くとも2017年秋頃の見込み)

道東道の一件は、公共インフラを蔑視する幼稚な馬鹿者の戯言を鵜呑みにすると、取り返しがつかないことになることがよく判った好例とも言えよう。

ただでさえ自然災害の多い我が国において、インフラ整備の新設・更新作業を怠ると、トンデモナイ二次災害を惹き起こし、却って傷口を拡大させてしまうのだ。
石原伸晃みたいに、世間の道理も解らぬシロウトはすっこんでろっ‼と言いたい。

今回の読売新聞の報道によると、早急な補修などが必要と判定された橋2万4351基の約6割に当たる1万4千基余りは、市町村管理のものだそうで、ただでさえ予算不足に汲々とする自治体が多い中で、補修作業が後手に回り、通行止めが増え、地域の交通網が寸断される懸念がある。

また、国交省の資料によると、
「全国約73万橋の橋梁のうち、7割以上となる約52万橋が市町村道にあり、建設後50年を経過した橋梁の割合は、10年後には44%と増加。
緊急的に整備された箇所や水中部など立地環境の厳しい場所などの一部も構造物で老
朽化による変状が顕在化し、地方公共団体管理橋梁では近年通行規制等が増加」
しているそうで、国が責任を持って公共事業予算を負担し、早急に交通インフラや生活インフラの維持更新に取り掛かるべきだ。

世の中には、“Amazonさえあれば小売店なんて要らない”と嘯く田舎者もいるが、日本各地にある橋が使えなくなると、たとえAmazonで買い物できても、商品を物理的に届けられなくなることくらい想像できないのだろうか?

同じく、国交種の資料では、
「町の約3割、村の約6割で橋梁保全業務に携わっている土木技術者が存在しない。地方公共団体の橋梁点検要領では、遠望目視による点検も多く(約8割)、点検の質に課題あり」との指摘もあり、専門技術職の人員配置や育成が急務であることが判る。

こうした技術職の公務員を急募し、長期的に育成を図るとともに、定年後の人材を含めて、民間から広く技術者を雇用し、場合によっては準公務員として、民業と公務に重複勤務してもらう(無論、十分以上の報酬を支払う)手も考えねばならないだろう。

公共インフラの新設・更新に多額の予算や人材を投じるのは、まったく無駄な事業ではないばかりか、社会インフラの強靭化、インフラ整備技術の継承及び革新、流通網の高速化、雇用の維持、地域経済の循環、観光産業の発展等々、社会生活の維持向上にとって良い影響しか考えられない極めて重要な事業である。

読売の記事を見て、「どうせ京都の田舎町のことだろ? 俺には関係ないね」と油断するバカ者には、「お前の家の前の道路がいきなり陥没しても、そのままほっとくから…」と言っておきたい。

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30