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2017年2月 8日 (水)

公共インフラは国民全員の宝である

出張先で読んだ北海道新聞に、『【月曜討論】第二青函トンネルは必要か』という特集が掲載され、「必要」との立場で内閣官房参与 藤井聡氏、「不要」との立場で米アラバマ大名誉教授 橋山禮治郎氏から、それぞれコメントが寄せられていた。

藤井氏は、
・北海道~青森間の陸路は青函トンネル1本しかなく、人の移動や物流のボトルネックになっている
・九州や四国がトンネルや橋3~4本で本州と連結されているのと比べて、北海道の利便性は著しく劣る
・交通の使いやすさは地域産業の発展を決める最も重要な要因。北海道の商業・工業成長率が他地域よりかなり低いのは、交通インフラの未熟さにも原因がある
・第二青函トンネルは可及的速やかに開通させるべきだ
と主張する。

一方、橋山氏は、
・東京湾横断道路「アクアライン」が巨額の赤字に苦しんでいることを教訓にすべき
・公共工事は精緻な需要予測の裏付けが必要だ
・国交省やJR北海道が構想する貨物新幹線があれば、第二青函トンネルは不要だろう
・第二青函トンネル建設を望むのは建設業者ばかりで、大手ゼネコンに回る利益のツケを国民が背負うことになるのではないか
・インフラは需要があるから整備すべきもので、整備したものが需要を生むものではないと、少子高齢化を迎える日本では、大型の公共インフラ整備は慎重に検討すべきと主張する。

筆者は、藤井氏の意見に同意する。

青函トンネルは全長54㎞にもおよび、関門トンネルや本四連絡橋とは比べものにならぬほど多額の費用と技術的な困難さが付きまとうが、日本列島を縦貫させる交通網の大動脈をより完璧なものとするために、鉄道トンネルと道路トンネルの2本開通を望みたい。

現在の青函トンネルは、新幹線と貨物との共用のため、非常に窮屈なダイヤ編成を強いられ、新幹線のメリットが発揮されておらず、事故発生など緊急時のバックアップ機能もない。

また、九州や四国のように、自動車専用のトンネルがないと、本当の意味で物流の要とは成り得ないし、道本間の人やモノの移動に伴う経済波及効果も限定されてしまう。

筆者も、たびたび北海道に出張するが、移動はたいがい飛行機を使うことになり、着陸地の新千歳空港は、北海道の中央部付近に位置するため、九州や四国のように、島の先端部分から移動できる状況とは大いに異なり、道南地域など場所によっては、着陸後に長距離を戻って移動することを強いられ大いに不便を感じる。

しかも、北海道の面積は、九州・四国を合わせた面積の1.4倍以上もあり、物流の効率化は生産性向上に欠かせない最重要課題である。

北海道内の移動のみならず、道内で生産した農水産物や加工品などを大消費地へ輸送する際にも、各地から集約したコンテナを本州方面へ輸送するのに、新幹線と共用の貨物路線や空路、航路のみでは機動性やコスト面で他地域に太刀打ちできまい。

橋山氏がインフラ整備の悪事例として槍玉に挙げる「アクアライン」だが、開通当初こそ、交通量が日量10,000~15,000台でしかなく、目標の35,000台を大きく下回り、無駄な公共工事の象徴だと揶揄されていたが、ネックであった通行料金を大幅に値下げした結果、年々交通量が増加し、昨年は45,000台と目標を大きく上回る実績を上げている。

これに対して、料金を下げたんだから交通量が増えるのは当たり前じゃないか、との批判もあるだろうが、肝心なのは、交通量という「需要」が確実に増え、それを利用する国民の利便性が確実に向上したという事実である。

そもそも、高速道路やトンネル、橋といった基本的な公共インフラを有料化し、整備費用を回収しようという発想自体に大いに疑問を感じている。

特定地域の渋滞防止のため敢えて有料化するならともかく、本来、公共投資は有料化すべきではなく、高速道路と雖も、一般道路やトンネルなどと同じく、日常的な国民の足として国や自治体が責任を持って整備し、無償で提供すべきだ。

公共投資と聞くと、すぐに、需要予測だ、B/Cだと騒ぐバカ者が多いが、公共投資や社会資本整備の目的は、国民の社会生活や経済活動の利便性向上・安全性の確保を図ることにあり、国や自治体が収益を稼ぐことではない。

費用対効果云々というレベルの低い発想に拘っていたら、人口集積地域でしか公共投資ができなくなるではないか。

それでは地域間の利便性格差が拡大するばかりで、人やモノの移動という“血流”が国土の隅々にまで行き渡らなくなり、周縁部から国土の崩壊を招きかねない。

特定の地域に人が住めなくなるということは、国土の一部の主権を放棄するに等しいことに気付かねばならない。

また、橋山氏の「インフラは需要があるから整備すべきもので、整備したものが需要を生むものではない」という主張は、公共投資をやりたくないがための質の悪い言い訳に過ぎない。

インフラ投資嫌悪症の連中は、すぐに「需要はあるのか?」、「費用対効果は?」とガードを固めたがり、端から需要を確認する気がない。

その手の重症患者は、第二東名や圏央道みたいに、誰が見ても強い需要があるのが明らかなインフラでさえ、税金の無駄遣いだ、人手不足を助長するだのと、総会屋みたいに文句を付けたがるものだ。

そんなに需要が気になるなら、地域の住民に直接聞いてみれば、強い需要があることがすぐに判る。

特に、移動が不便な山間部や離島、険しい山岳地帯に阻まれ相互移動が難しい地域、慢性的な渋滞に悩まされる都心部、古くからの街道沿いに街が発展し、生活道路が魚の小骨状に敷かれているため、相互移動が極めて不便な住宅地等々、インフラ整備が解決すべき問題は、そこいら中に転がっている。

インフラ投資を嫌うバカ者は、そうした国民の我慢の中に溜まっている膨大なニーズを掘り起こす努力をまったくしていないではないか。

“整備したインフラが需要を生むものではない”という橋本氏の主張は、公共インフラと通常の生産物との性格の違いを理解せぬ暴論だ。

例えば、完成後間もなくは無駄なインフラの象徴と散々批判されていた本四連絡橋だが、今では計10本の橋の日量の交通量は167,000台(H27)にも上り、東京外環道をも上回っており、本四間の経済交流に多大な貢献をしていると言ってよい。

また、関門橋に至っては、橋とトンネルを合わせた交通量は日量66,000台と、こちらも九州と本州を結ぶ大動脈としての役割をきちんと果たしている。

公共インフラに総じていえることだが、建設前は費用や予算、環境問題に絡めていろいろと文句が出るものだが、いざ開通させてしまえば、文句を垂れていた連中を含めて、多くの国民から利用されるものなのだ。

何だかんだ言っても、新しい道路や橋、トンネルが開通すれば、間違いなく地域の利便性は向上するのだから、交通量も当然増えることになる。

昨年北海道を襲った3つの台風により、道央と同等地域を結ぶ主要国道が寸断されたが、クマしか通らないと(バカ大臣から)揶揄された道東自動車道があったおかげで、十勝や釧路地域の物流が確保され、陸の孤島になる非常事態を免れたことは記憶に新しい。

また、東日本大震災発生時に地域住民の生命を守った仙台東部道路や三陸縦貫自動車道などの「命の道」が果たした役割は、需要とかB/Cといったチンケな次元を遥かに超えるもので、予算とか費用云々では語れない多大なる成果を上げている。

公共インフラ、社会インフラは、国民の生活や命をつなぎ、経済活動を滞りなく行うために欠かせざる存在であり、コストや費用という次元で、その要否を論じるような時代遅れの発想から、そろそろ脱却すべきだろう。

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