無料ブログはココログ

リンク集

« 会社がなくなる! | トップページ | エセ痴識が不幸な未来を確定させる »

2017年2月10日 (金)

合理的不安形成説

今回は「合理的期待形成仮説」に触れてみる。

「合意的期待形成仮説」とは、70年代末にアメリカの経済学者ルーカス、サージェントらにより主張されたもので、
『政府が裁量的経済政策を行ったとしても、企業も個人も、その結果を正しく予想し行動するところから、その政策は無に帰すとした仮説』(知恵蔵2015)
あるいは、
『民間が政府の将来の政策を予測し、その予測に基いて行動をするという仮説』
(シノドス「リフレ政策とは何か? ―― 合理的期待革命と政策レジームの変化」 矢野浩一)
と解説されている。

両者の解説には、若干ニュアンスの違いがあるが、
・財政政策により景気浮揚を図っても、人々は将来の増税を予測して支出を抑制するから意味がない(=財政政策への批判)
・政府と中央銀行とが、将来のインフレ目標にコミットすれば、様々な経済主体の間に将来のインフレという合理的な期待が形成される(=金融政策への期待)
という点で一致している。

要は、「財政政策なんて効き目がないけど、金融政策の効き目は抜群だ」と言いたいわけだ。

矢野氏に至っては、この仮説を「現代マクロ経済学の一大革命である「合理的期待形成革命」」と持ち上げ、インフレ・ターゲット政策を軸とする「リフレ政策」は、合理的期待を基盤とした政策であると断じている。

家計消費支出が落ち込み続けている(H28/12:前年同月比▲0.3%/10カ月連続マイナス)のは、安倍政権が歳出改革と称して緊縮政策の継続を宣言していることも満更無縁とは言えず、そういう意味では矢野氏の解説にも頷ける部分はある。

だが、人々が消費抑制行動に走る(=走らざるを得ない)のは、政・官・財・学・報のいずれもが、ありもしない財政危機問題を誇大に喧伝し、盛んに緊縮財政を強要し続けたことにより、国民の間に、「財出はムダ&悪手」という大嘘がすっかり蔓延し、緊縮政策という“誤った政策選択”が経済を委縮させたことに起因している。

確かに、〈政府による緊縮政策続行宣言〉→〈人々が不況を予測〉→〈消費抑制〉という流れは解りやすい。

しかし、現実には、市井の人々は、学者が考えるほど政府の政策に興味や関心を持っておらず、政策内容の詳細を理解しているわけでもない。

また、人々の消費や投資行動の起点となるのは、現実の収入の多寡と、そこから敷衍される近い将来の収入見通しであり、政府の経済政策も大いに関係があるものの、人々が経済政策だけを見て予測を立てているかのような表現は、やや大袈裟で、〈政府による緊縮政策続行宣言〉→〈人々が不況を予測〉の間に、〈緊縮政策による雇用や所得の劣化〉という文言を挿入すべきだろう。

「予測」や「期待形成」が起きる前提条件として、「所得の増減という現実」があることを忘れてはならない。
単に、「政策」を打ち出せば「予測や期待」が形成される訳ではなく、「現実」という明確な担保があって初めて、それらが形成されるのだ。

矢野氏だけでなく、リフレ派の面々は、“リフレ政策が合理的期待と政策レジームの変化を基盤にしている”と意気込むが、残念ながら、デフレ不況下において合理的期待形成の効果が最も脆弱なのは、財政政策でも緊縮政策でもなく、金融緩和政策であろう。

財政政策や、その逆の緊縮政策は、家計や企業の所得や売上の増減に対して、良否の差はあれども、ダイレクトに影響を及ぼす(=“収入増減”という現実に担保される)から、人々の予測を動かしやすい。

一方、金融緩和政策が人々に合理的期待を形成させるパワーは、リフレ派が自負するよりも遥かにか弱いものだ。

金融政策の本分は、あくまで財政政策にとって欠かせざる従者(サポート役&マネージャー)であり、実体経済における注目度はかなり低い。

黒田バズーカ砲が発射されてから4年近くにもなるが、日銀の量的緩和政策やマイナス金利政策の意義や狙いを、ある程度正確に理解できている家計や企業なんて、どれだけ多目に見積もっても1割未満だろう。

だからこそ、日銀がマネタリーベースをどれだけ積み上げても、長期金利の利回りをゼロやマイナスに誘導しても、企業や家計はそれに反応を示さず、投資や消費は冷え込んだままなのだ。

空前の低金利ではしゃいでいるのは、誰にも買えない高級マンションや相続税対策用の賃貸物件を建てまくっている不動産業者だけではないか?

現に、国内銀行の貸出増減実績を見ても、H27/9→H28/9で約10兆円増えているが、その内訳は不動産業+5兆円、自治体+1兆円、個人+4兆円と偏りが大きく、小売業は横ばい、製造業や卸売業は微減と、量的緩和政策の効果が行き渡っているとは言い難い。

筆者も、企業経営者から、「低金利は有難いが、たいした仕事もなく、たとえゼロ金利で借りても返せる自信がない」、「仕入値は上がるが消費者に転嫁できず、利益が確保できない」との声をよく聞いている。

事の良し悪しは別として、経済政策の期待形成力には、種別や経済環境により大きな違いがある。
特に、不況下の金融政策は、期待形成力が最も弱い政策の一つであろう。

話題になっている米プリンストン大 シムズ教授は、インフレ目標2%を達成するまでは財出を優先し、消費税増税も凍結すべきと主張する。

だが、その程度の“条件付き財出”だけでは、デフレ不況で凍り付いた消費者心理を融解させるには不十分であり、“インフレ目標2%を達成するまで”という財出抑制のためのキャップを連想させるものを一切排除してかかるべきだ。

個人消費が減少し続けるのも、企業投資が活性化しないのも、突き詰めれば、現実の収入レベルが低すぎ、そこから敷衍される将来の収入予測もネガティブにならざるを得ないことによるものだ。

人々の心理の大半を占めるのは「期待」や「希望」ではなく、「不安」である。
経済政策に合理的期待形成を期待するつもりなら、その不安を現実に取り除けるものでなければ意味がない。

« 会社がなくなる! | トップページ | エセ痴識が不幸な未来を確定させる »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1436015/69525690

この記事へのトラックバック一覧です: 合理的不安形成説:

« 会社がなくなる! | トップページ | エセ痴識が不幸な未来を確定させる »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31