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2017年2月23日 (木)

「需要」と「自国民」を蔑ろにするのはジャンクの証し

『偉大な国』(北海道新聞 卓上四季 2/17)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/season/2-0109271-s.html
「日本の人口は、1億2千万人台のまま減少傾向にある。1億人を超えたのは50年前、1967年だった。「いざなぎ景気」で好況となり、カラーテレビが普及し始めたころだ
▼同じ時期、米国の人口は2億人だった。現在は3億2千万人余り。つまりこの半世紀で、米国は日本の国一つ分に当たる人口を新たに加えたわけだ。増加の傾向は今日も続いている
▼働き手が多くなれば国の力が強まる。米国が超大国であり続けられる理由の一つはここにあるだろう。長い間、年に数十万人という単位で、他国からの人々を受け入れた。新天地を夢見る男や女、その子孫らが汗を流し、社会を豊かにした
▼第2次大戦以前は欧州からの人々が大半だった。戦後は、中南米やアジア、中東諸国が中心だ。いま自動車産業は斜陽で、白人労働者がトランプ大統領の支持基盤となったが、最盛期には増産を目指して大勢の移民を雇った
▼現に、米国最大級のアラブ人街は、車メーカーが集まるミシガン州にある。街はアラビア語ばかりだ。巨大なモスクもある。イスラム圏から来た人々が、米国人として「アメ車」を造ってきたのだ
▼トランプ氏は「偉大な米国を取り戻す」と言う。だがその米国は、多様な文化を社会に組み込むことにより発展した。いまIT業界などが懸念を示す通り、移民への寛容がなくては、経済面でも無理が出てくるように見えるのだが。」

トランプ氏にこの北海道新聞のコラムを見せたら、さぞや憤慨するだろう。
筆者には、社会のことが何も解らぬ高校生の書いた学級新聞レベルとしか思えないが、これを読んだ北海道民の多くが、記事の内容を無批判に受け容れていることは想像に難くない。

コラム執筆者の勘違いは、文中の二つの言い回しによく表れている。
①「働き手が多くなれば国の力が強まる」
②「移民への寛容がなくては、経済面でも無理が出てくるように見えるのだが」

まず、労働者の数が経済成長にとっての必要十分条件であるとの強い思い込みが随所に見受けられる。

20年以上もの長期不況を経てもなお、“働くものが多ければ、国が豊かになるはず”という幻想に縋る単細胞さに驚きを禁じ得ない。

多くの人が、労働と成長を直結させたがる発想、つまり、「頑張った分だけご褒美を貰える」という思い込みに陥りがちなのは、受験勉強の名残なのかもしれない。

無論、誰もが受験勉強をしてきた訳ではないが、受験に苦しめられた挙句に成功した者は、自らの努力が高得点となって報われたことを自負し、そうでない者は、得点力不足を努力不足のせいだと反省させられる。
受験とは無関係であった層も、社会に出てから「学歴というパスポートの威力」を目にするたびに、「勉強→努力→成果」という発想を受け容れざるを得なくなる。

だが、経済が持つ循環や成長の仕組みは、自分だけの努力で得点を伸ばせる受験勉強とはまったく異なる。
経済の世界は、個々の頑張りだけで切り抜けられるほど甘くはない。

筆者も職業柄、様々な新商品や新サービスの開発や事業化に勤しむ企業家と接することがある。

彼らは、それこそ寝食を忘れて商品開発や販路開拓に没頭し、中には、数千万円もの私財を投じるほど自社商品に惚れ込む者もいるが、そのほとんどは陽の目を見ずに沈没する。

原因はとてもシンプルで、商品としての魅力に欠けるのと、マーケットにそれらを受け容れる購買力が備わっていないこと、端的に言えば、需要力が極端に疲弊し買い手がつかないことに尽きる。

働く者の数が多ければ経済成長できるかのような考え方は、甘い幻想でしかなく、供給サイドが創り出す膨大な量の商品やサービスに対価を払えるだけの巨大な需要力の存在がない限り、経済は決して成長できないし、成長から所得を得る人々の生活が豊かになることもない。

“働けば働いた分だけ豊かになれる”なんてあり得ない。
労働の対価を支払える別の経済主体の存在がない限り経済成長は不可能なのだ。

高校生相手に教科書を曲解したエセ知識をひけらかすインチキ教師は別として、実社会でビジネスの現場に携わった経験のある者なら、この程度の理屈は肌感覚で理解できると思う。

また、北海道新聞のコラムは、「アメリカ経済は、移民が汗をかいて働いたから成長できた」→「移民に寛容な社会じゃないと成長できない」かのような書きぶりだが、こんなものは、低賃金の固定化による奴隷労働と、途上国が行うべき自国民の人材育成に対する努力放棄を容認するトンデモない暴論である。

ヒスパニック系や中南米系、アジア系移民の連中がアメリカに渡る目的は、単なる出稼ぎでしかなく、そこに崇高な思想や理念を無理矢理当て嵌めようとすべきではない。

移民の連中は、アメリカでは汗をかけるのに、自国で汗をかこうとしないのは何故か?
彼らは、貧しさから抜け出せない母国を建て直すためにこそ汗をかくべきではないのか?

不法移民の連中は、カネを稼ぎたいという自分勝手な理由で母国を簡単に棄て、本来彼らを養うべき母国も、都合のよい人減らしになると、移民の輸出を是認する。
要するに、国を挙げて先進国に社会保障コストや労働コストを押し付けているだけではないか。

さらに、こうした途上国の棄民政策に移民受入国の企業が便乗し、国内の労働コストカットに利用するという「負の共依存関係」が成立している。

こうした『寄生のトライアングル』は、すべて先進国の労働者にツケ回しされ、低賃金競争や雇用不安低下、治安悪化という形で社会を蝕んでいる。

移民で国を活性化させるなんて、頭のネジが緩んだ大バカ論でしかない。
労働者が足りないなら、国内に数百万人もいる失業者やニート層の活用こそ訴えるべきだ。
何といっても、彼らには「日本語が通じ、日本の社会ルールを理解している」という何物にも代えがたいメリットが備わっているのだから…

卓上四季のような旧態依然とした発想で嘘を撒き散らすマスコミ連中の態度は、本当に救いがたい愚か者だ。

先週、トランプ大統領が、ホワイトハウスでの会見で「偽ニュースだ。そうでなければ、ひどい偽ニュースだ」とマスコミを扱き下ろしたそうだが、筆者も同感である。

マスコミの連中は、現実離れしたフェイク論を撒き散らす有害無益のゴミでしかない。

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コメント

アメリカの自称左翼とリベラルは、大企業と大富豪の手先でしかなく、日本の自称左翼やリベラルも、その真似をしているというわけです。

欧米が、移民、特にイスラム教徒に合わせ過ぎれば、欧米が欧米で無くなります。アメリカより、フランスやスウェーデンの方が酷いことなっています。

リベラルの質も落ちたもんですね。
彼らは、結局、私利の為にしか闘わなかったということですね。

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