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2017年3月13日 (月)

命より税金惜しむクズばかり

『<大震災6年>「1者応札」苦渋の容認 競争性に疑問も』(毎日新聞 3/12)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170312-00000002-mai-soci
「8割台だった岩手県発注の建設工事の平均落札率(予定価格に対する落札額の割合)が東日本大震災後、9割台に上昇している。
同県は従来、入札に1事業者しか参加しない「1者応札」を認めていなかったが、震災後に入札不調が続出したため1者応札を認めるようになったことが一因とみられる。
復興工事を急がなければならないという事情はあるが、専門家からは競争性を疑問視する声が上がる。
 岩手県は競争性確保のため2008年1月、1者応札の場合は入札を取りやめ、条件を見直して改めて実施する制度を導入した。だが震災後、人材不足や資材高騰などを背景に1者応札が急増。10年度に3%だった入札不調が、11年度には9%に跳ね上がり、「復興を進めたくても進められない状況」(県の担当者)に陥った。このため11年11月から1者応札を認めた。(後略)」

バカマスコミの連中みたいに、口先では被災地の復興を唱えながら、いざ工事が始まると、入札手続きの瑕疵を問題視し、復興の足を引っ張るクズがうようよしている。

“復興促進よりも、公共工事に無駄ガネを使わせたくない”というのがクズどもの本音だから、工事業者が足りぬ地元の実状なんてそっちのけで、公共事業叩きに邁進している。

記事では、法政大名誉教授の五十嵐氏の「1者応札の落札率が90%台後半というのはかなり高い。いまだに仮設住宅に住む被災者がいる住宅関係の工事は別としても、港湾や道路などで1者応札を認めるほどの緊急性、緊迫性があるのか。入札のやり直しは2、3カ月あればできる。そのくらいは受け入れ、競争性を確保しなければならない」というコメント引っ張り出して、復興事業の入札が“お手盛り化”していると批判している。

しかし、こんなものはヤクザ紛いの下劣な言い掛かりに過ぎない。

他の公共工事にも言えることだが、100%に近い工事落札率のどこが問題だというのか?
「発注側(=自治体)が公的積算根拠に基づき予算付けした予定価格=支払ってもよいと認めた価格=落札率100%」なのだから、まったく適法ではないか。

五十嵐氏は、90%台後半の落札率が高すぎるなんて文句を垂れているが、これでも当初予定価格より数%ディスカウントされた価格だから何の問題もなかろう。

この記事を書いた毎日新聞の記者は、復興事業の意味や意義を全く理解していない。

2万人近い死者・行方不明者と40万個以上の建築物損壊、停電800万個以上、断水180万個以上という未曽有の大惨事をもたらした東日本大震災により、東北地域の太平洋沿岸を中心に、何の罪科もない地域の住民の方々は、耐え難いほど深い傷を負わされてしまった。

復興事業は、こうした被災者の生活再建と今後二度と同じような惨事を避けるために行われているのであり、何よりも、工事進捗のスピードと構造物の頑強さが求められる。

スピーディーさと堅牢さというニーズを求める以上、価格競争を旨とする入札制度に掛けること自体が本末転倒な発想であり、ましてや、入札不調ゆえにやむを得ず採った「1者応札」を不適切な手法であるかのように貶める記事を書く記者の神経を疑う。

世間知らずの幼稚な記者には、「お前は、東北復興よりも、無駄カネ叩きを優先させるつもりか?」と問い詰めておきたい。

さて、復興事業関連の工事といえば、岩手・宮城・福島の沿岸で進められている防潮堤工事が挙げられる。

防潮堤工事は計600か所で総延長400㎞、最大高さ15.5m、総事業費1兆円かかると言われる壮大な工事で、「海が見えない工事でいいのか」、「自然に対して傲慢になっている」、「防潮堤の裏には山と畑しかないからムダ」、「海が見えないと、海のリスクに対する感度が鈍る」といった類の批判が殺到している。

筆者は、震災復興の問題を、反原発運動や反公共工事運動にすり替えたいだけの薄汚いゴミ虫が吐く戯言など聞く気はない。

過去に何度も大津波に遭い、そのたびの貴重な人命と莫大な財産が失われてきた東北地方太平洋沿岸地域の住民の方々を、二度を悲惨な災害のリスクに晒したくないというのが、復興事業の究極目標である。

海が見えない、自然破壊云々と寝ぼけたことを言うバカ者には、いい加減に目を醒ませと言っておきたい。

また、「海が見えないと海のリスクに鈍感になる論」には、まったく根拠がない。

現に、明治三陸沖地震(死者1.8万人)、昭和三陸沖地震(死者行方不明者2,600人)、チリ沖地震と過去に何度も大津波に襲われてきた東北地方太平洋沿岸地域の人々は、毎日のように海と接し、海から多大な恩恵を受ける(地元の人々は「太平洋銀行」と呼ぶらしい)一方で、その恐ろしさを誰よりも知っていたはずだが、不幸にも、先の大震災で耐え難いほどの被害を蒙ってしまったではないか。

海という巨神がもたらすリスクは、人々が蓄積してきた知恵や経験を、いとも簡単に乗り越えてしまうことがある。
防災意識というソフトだけでは対応しきれぬ事態をカバーするために、防潮堤工事というハードの手助けが必要なのだ。

防潮堤工事の内容が不十分であり、もっと堅牢な構造にすべきといった前向きな批判ならともかく、「公共工事=ムダ」という程度の低い次元からの批判なら、居酒屋にでも行って勝手にやってもらいたい。

たったの1兆円で400kmもの防潮堤が整備できるのなら安いものではないか。
この先人口減少社会を迎える我が国にあっては、一人ひとりの人命は、これまでにも増して重くなるため、自然災害から国民の命や財産を守る事業は国家の存在意義そのものであり、何より優先すべきである。

税金惜しさに、命を守る貴重な事業の足を引っ張る汚い守銭奴には、次の記事をよく読んでおけと言っておく。

『普代守った巨大水門 被害を最小限に』(岩手日報)
http://memory.ever.jp/tsunami/tsunami-taio_309.html

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