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2017年4月24日 (月)

いつまでも、あると思うな国とカネ

『「トランプ円高」が加速 朝鮮半島リスクとドル高けん制で』(Newsweek 4/13)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/04/post-7405_1.php
「トランプ円安」から一転して「トランプ円高」になってきた。シリアや北朝鮮を巡る米国の軍事行動が地政学リスクを高め、逃避の円買いが進行。トランプ米大統領のドル高けん制発言も加わり、ドル/円JPY=EBSは一時108円台まで落ち込んだ。
「有事」の際、円高・円安どちらに進むかは見方が分かれているものの、足元では海外短期筋による円ロングの勢いが勝り、節目を次々と突破している。(略)
北朝鮮がイベントに合わせて核実験やミサイル発射などを行えば、緊張が一気に高まる。「朝鮮半島で有事となれば、瞬間的に最大2-3円程度の円高が進む可能性もある」と三菱UFJモルガン・スタンレー証券・チーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は予想する。(略)」

ここのところ、リーマン・ショック(2008年9月)、欧州債務危機(2010年)、東日本大震災(2011年3月)、英国民投票によるEU離脱決定(2016年6月)など、世界的に経済・政治リスクの高まるビッグイベントが発生するたびに「有事の円買い現象」が起きている。

その都度、エコノミストや経済学者らが、“なぜ、世界的有事の際に、財政基盤の脆弱な円が買われるのか?”とコメントするのが慣例化しつつある。

今回の朝鮮有事リスクに関わる円買いの進行に対しても、米国よりも地政学的リスクが遥かに高い日本の通貨が買われることに疑問の声が寄せられている。

正直言って、エコノミストや経済学者が、あれやこれやと愚にもつかぬ予想を巡らすよりも、実際に通貨を売買する為替ディーラーや投資家の連中に直接円買いの理由を訊けば済む話ではないか?

ディーリング・ルームに足を運んで、「財政危機を抱えるはずの円をなんで買うの?」、「日本は北朝鮮のミサイル攻撃を受けるかもしれないのに、円を買って大丈夫なの?」と問い質して来ればよい。

高橋洋一みたいに勝手な妄想を膨らませ、予想自慢を吹聴するのは、まことに見苦しい。偉そうに高説を垂れるつもりなら、やはり、自らの眼で現場の声を聴くほど確かなことはない。
【参照先】「北朝鮮で緊張が高まると、なぜ「日本の円」が買われるのか?」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51494

筆者自身は、円という通貨の価値を疑う気持ちなど露ほどもなく、円こそ世界最強クラスのハードカレンシーだと単純に受け止めている。

投資家や為替ディーラーが世界的リスクに備えて円買いをする理由や、一般国民が財政危機説を妄信しながらも資産のキャピタルフライトを起こさぬ理由など知る由もないし、興味もないが、そうした人種が“円”から離れようとしないのは、単に、「国家」という最大概念の社会基盤に対する憧憬的な甘えと、抜群の信用力を保持する「円という現金」に対する甘えの気持ちを捨て切れぬからだろう。

日本という優れた生産力と社会制度を保有する国家と、その信用力に裏打ちされた円という通貨の存在に甘え切っているくせに、平時には、「日本は閉鎖的で財政基盤が脆弱な国」、「日本には歳出改革と構造改革が欠かせない」、「規制緩和と移民促進により、日本を世界標準に合わせるべき」などと日本社会に文句ばかりつけている。
まるで、親の庇護下でぬくぬくと暮らしておきながら、親の悪口しか言わぬ青臭い中学生のようなものだろう。

それほど日本社会に絶望しているなら、さっさと財産を処分し、ドルにでも換金して海外へ移住すればよいのに、日本は世界の孤児になると文句を垂れる連中ほど、一向に出て行こうとしないから始末が悪い。

本当は、彼らも、日本の財政危機説なんて信じていないのかもしれないし、グローバル化のバスに乗り遅れて世界の笑いものになるなんて思ってもいないのではないか?

口先では、日本は財政破綻する、労働力不足でモノづくりができなくなる、保護貿易に舵を切って世界から孤立してしまう、なんてレベルの低い批判を繰り返しているが、そういった表向きの態度は、マスコミの連中や意識の高さを自称する識者の意見に何となく乗せられているだけで、「たぶん日本は何とかなるさ」というのが本音だろう。
だからこそ、有事の円買いに走り、資産の海外逃避にも消極的なのだと思う。

彼らの深層心理では、日本という国家、円という通貨の盤石さを疑っていないからこそ、五月雨のように批判を浴びせ続けて行けるのだろう。
我が親の生活力や身体的頑強さに絶対的信頼を寄せていればこそ、いくらでも甘えて文句を言い続けられるのと同じことだ。

だが、彼らが、いくら硬いモノをぶつけても絶対に壊れないと信じ込んできた国家という存在は、案外脆いもので、小泉バカ政権以降、既に20年もの間、国民から石を投げつけられ、殴打され続けてきた日本という国家の基盤は、もはや内部から崩壊しかかっている。

人々は、国家という存在を、自分たち個々人とは別の、政治家や官僚が動かしている何か超越した行政体のようなものだと捉えているが、そういった考えはまったく誤っている。

国民一人ひとりの存在こそが国家なのであり、緊縮政策や構造改革、移民促進といった類の国民の生活基盤を破壊する政策を熱狂的に支持する態度は、自らの身を破滅し、ひいては、国家そのものを弱体化させることに直結することを、重々留意せねばならない。

国民は、有事の円買いが起きているうちが華であることを一刻も早く自覚しておく必要があるだろう。

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