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2017年5月 8日 (月)

レベルの低い教育無償化論議

安倍首相が、先日の憲法記念日に「2020年までの憲法改正を目指す」と宣言して以来、俄かに憲法改正論議が活発化している。

憲法論議といえば、お馴染みなのが『9条改正』だが、この点について安倍氏は、「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」と頓珍漢なことを言っている。

「武力による威嚇や行使の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否定」を謳う9条の1-2項を残したままでは、たとえ自衛隊の存在を明文化したとしても、現状と変わらぬ重い足枷が嵌められたままとなり、他国からの軍事的威嚇行動や在留邦人の救出などの急場に機動的対応を取るのは難しいだろう。

安倍氏の「自衛隊認証のための加憲論」は、憲法改正というエサに敏感に反応する“エセ保守層”に媚びを売るための詭弁でしかない。

さて、憲法論議で9条と並び話題になっているのが「教育無償化」だ。
従来の高校授業料の無償化に止まらず、幼児教育から大学教育まで無償化する案が、自民党や維新の会で議論されている。

大学の授業料は、
・1986年:国公立252,000円 私立497,826円
・1996年:国公立447,600円 私立744,733円
・2006年:国公立535,800円 私立836,297円
・2016年:国公立535,800円 私立864,384円(推計)
と、デフレ&不況が継続し、サラリーマンの給与が下がり続ける中でも、かなりのスピードで上昇しており、卒業後も奨学金の支払いに苦しめられる若者も多い。

また、私立保育園の保育料は、
・1987年:145,347円
・1997年:212,063円
・2007年:243,181円
・2015年:270,330円
と、こちらも家計の懐事情とはまったく反比例の動きをしている。

大学への進学率が上昇し、働く女性も増え、大学や保育機関へのニーズは高まるばかりだが、如何せん、肝心の収入がさっぱり伸びないから、家計の負担は増すばかりだ。

一方、受入側の大学や保育機関はといえば、小泉バカ政権以来の国庫支出の削減や入学者数・入園者数の減少により、一人当たりの負担額は増加の一途を辿っている。

「教育」は憲法に記された義務であり、新自由主義社の連中も、“人材の高付加価値化こそ日本の生きる道”だと偉そうに言っているのだから、従来の義務教育の枠を超えて、あらゆる教育費用の負担を減らしたり、無償化したりすることは当然の政策だ。

教育は、規範意識の醸成、治安の安定化、法治の普遍化、科学技術の振興、商慣行の安定化など、社会生活全体の安寧や向上に欠かせざる重要なファクターであり、「教育は国家の礎」と言ってよい。

こうした背景を受けて、与党や維新の連中が教育費負担の軽減に取り組もうとするのは良いが、その中身はお粗末としか言えない。
その理由は、①教育の縦割的発想 ②規模のショボさ ③財源のお粗末さ の3点にある。

各々の教育無償化財源案を見ると、高等教育(大学等の授業料)は教育国債(自民党文教族)と相続税増税(維新の会)、幼児教育はこども保険(小泉のバカ息子)と自治体による財源確保(維新の会)と、教育課程の階層別に別々の財源を求めようとしている。

これは、管轄省庁の区分に拘った縦割り行政の悪弊そのもので、教育に対する国としての取り組み姿勢の一貫性がまったく感じられない。
単に、予算が足りないからと、場当たり的に財源を手当てしようとする弥縫策でしかなく、百年の計に立脚した内容とは到底思えない。
どこかに僅かな綻びが生じれば、忽ち立ち往生してしまうほど脆弱な策でしかなかろう。

また、小泉のバカ息子とその仲間たち(財務省OBの新自由主義者の連中)が考案した「こども保険」は、社会保険料率を0.1%上乗せして3400億円の財源を確保し、未就学児1人当たり月額5000円を支給し、幼児教育の“実質無償化”を目指すという内容だ。

月5,000円と聞いた時に、「ゼロが一つ足りないのでは?」と思ったが、月5,000円、年間60,000円程度では、“幼児教育の実質無償化”という掛け声は、完全に看板倒れに終わってしまう。

ほとんどの子育て家庭が通わせるのは私立の保育機関であり、先に示した私立保育園の保育料のほんの一部でしかない。(※幼稚園の授業料も平均で年間24万円程度だから同じこと)

さらに、全体で4,000億円にも満たぬ予算規模では、国が目指す新たな保育人材9万人増強に支払う人件費で消し飛んでしまうから、待機児童の解消など夢また夢の話になる。

しかも、その財源を、ただでさえ高いと批判されている社会保険料に上乗せするとは何事か!
ましてや、自治体に財源確保を丸投げさせる維新の会の案など、あまりにレベルが低すぎて議論にも値しない。

確かに、社保料上乗せ分は月に250~500円程度との試算もあるが、こんなものは消費税率と同様、一旦制度としてビルドインしてしまえば、容易に引き上げられることはあっても、その逆はないから、将来負担が増え続けるのは確実だ。

小泉のバカ息子の案では、将来的に上乗せ分を0.5%に引き上げて1兆7000億円を確保するつもりらしいから、開いた口が塞がらない。

バカ息子は、こども保険の財源論について、「まず国債は除外した。教育は未来への投資だから国債で資金調達してもよいと一部の方は言っている。教育が未来への投資であるのは同感だが、その理屈を言い出すと、何だって未来への投資になる。(国債発行の)ツケは未来の世代に回すことになる」と述べ、国債は将来世代へのツケ回し論を盾に国債発行に反対している。

彼のように、「Aを削ってBに充てる式」の財源ツケ回し論から脱却できぬ旧式型のポンコツは、教育の重要性や未来への投資という言葉の意味をまったく理解していない。

我が国の人口構成がこれだけ歪になっている以上、年金や医療、介護のように、働く世代が高齢者世代を支える式の旧来的発想では、もはや財源が持たない。

年金・医療・介護という国民の誰もが平等に受けるべき福祉分野の財源を、税や社保という相互負担で乗り切ろうとするのが間違っている。

教育とて同様に、国民が等しく受けるべきもので、特に、鉱物資源に乏しく、人材の高付加価値化が国富の増勢に直結する我が国においては、人材投資や教育投資こそ国家の命脈を握る国家運営の根幹だと言ってよい。

であれば、その財源をケチって国民に負担を求める必要など一mmもない。

必要な財源は、国債発行あるいは政府紙幣の発行で確保すればよい。
国民は、教育を受ける過程で苦役と努力を強いられるのだから、財源確保にまで誰かの腹を痛める必要はない。

国債は、償還時期にロールオーバーを繰り返して永遠に増え続ける(=国民の資産も永続的に増える)性格のものだから、これを以って将来世代へのツケ回しと断じる方の神経がおかしいのだ。

国会議員のくせに、国債の仕組みのイロハすら解らぬようでは誠に心許ない。
小泉のバカ息子こそ、費用は自己負担で、初等教育からやり直すべきではないか。

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