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2017年7月10日 (月)

相互扶助の意味

福岡・大分両県に跨る甚大な被害をもたらした今回の豪雨により、お亡くなりになられた方々や被災されたすべての方々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げますとともに、災害対応や対策、救助・捜索活動にご尽力なさっておられるすべての関係者の方々に、心から御礼を申し上げ、敬意を表したいと思います。

『不明者ら捜索続く=死者18人、孤立なお500人・九州豪雨』(7/9 時事通信)
https://news.infoseek.co.jp/article/170709jijiX959/
「九州北部を襲った記録的な豪雨で、福岡、大分両県では9日も行方不明者らの捜索活動が続いた。両県ではこれまでに計18人の死亡が確認され、他に有明海に面した佐賀県などで男女5人の遺体が発見されている。5人は被災地から豪雨で流された可能性があるとみられ、警察が身元確認を進めている。
 福岡県では20人以上と連絡が取れず、大分県では依然、約500人が孤立している。豪雨による被害が相次いだ5日午後から、生存率が下がる目安とされる72時間が既に経過。警察や自衛隊などは不明者らの安否確認を急いでいる。(略)」

ここ数年だけでも、我が国では豪雨による大災害が頻発している。
主なものだけでも、
2016年8月の台風3連続上陸による北海道・東北豪雨(死者行方不明者13名)
2016年6月の熊本豪雨(死者行方不明者7名)
2015年9月の関東・東北豪雨(死者8名)
2014年8月の広島土砂災害(死者74名)
と、毎年のように痛ましい犠牲者が出ている。

自然災害の中でも、特に水害の威力は凄まじいもので、過去にも豪雨や大津波により多くの人命が奪われてきた。
しかし、峻険な山岳が背後に迫り、網の目のような河川を眼前に暮らさざるを得ない国土的条件もあって、日本人は水害のリスクと切り離せない生活を余儀なくされてきた。

筆者も、ここ数年の間に多くの犠牲者を出した各地の河川のうち、いくつかの河川を実際に見たことがあるが、周辺地域の田畑に水の恵みを与え、小鳥や虫の飛び交うのどかな風景をもたらしてきた普段の穏やかな表情が、台風の襲来や梅雨前線の停滞により一変し、猛り狂う鬼のような凄惨さを見せつける様には、表現しようのない絶望感と憤りを覚える。

先週、九州北部を襲った豪雨は、福岡・大分両県に多数の死者と行方不明者をもたらしたが、中には警戒に当たっていた消防団員の方や、出産を控えて里帰りしていた若い妊婦の方が実母と幼子とともに被害に遭われて亡くなられる大変痛ましい被害もあり、胸が塞がる想いがする。

また、現地のニュース映像を見ていると、昨年の北海道での台風被害と同様に、数え切れぬほど大量の流木が生活領域に雪崩れ込んでいるのが目につく。
いったい、これだけ膨大な量の流木が、何処から来たのかと訝しむのも束の間、いずれの流木も、根こそぎ引っこ抜かれて放り投げられたようなありさまで、さらに、ほとんどの木が丸裸の状態で生皮がすべて剥がれていたことに戦慄すら覚える。

先月、北海道に出張した際に、十勝清水町から帯広市内を通りかかったが、河川のあちらこちらに昨夏の台風で押し流された大量の流木が未だ無造作に転がっており、河川敷に遭ったゴルフコースが見る影もなく消え去っていた。
地元の方に聞いてみると、予算や人出不足もあって大量の流木の撤去や処理作業がまったく追い付かず、バイオマス発電の原料に換算しても軽く5年以上は持つと自嘲美味に話していた。

今回被害に遭われた福岡・大分の方々は、連日30℃を超える猛暑の中で過酷な避難生活を強いられ、土砂に押し流された家屋を見て絶望を余儀なくされ、失った財産の大きさに茫然とさせられることになる。

たった一度の大雨のせいで生命や財産を失い、何の準備もできぬまま生活や人生をリセットされる被災者の理不尽さを思うにつけ、失った命は取り返しようがないが、せめて、喪失した財産を国家の補償で取り戻してあげてほしいと切に願う。

以前のエントリーでも書いたが、いきなり眼前に現れた大災害を前にして、冷静に行動できる者などほとんどおらず、いま起こっていることは現実なのかと慌てふためき、優先すべき行動を上手く理解できないケースが多いのではないか。

マスコミや第三者は“命を守る行動を”と呼びかけるが、理不尽な状況に晒されている当人は、命の次に大切な家財喪失のリスクを前にして、誰もが身を守る行動を選択できるわけではない。
命だけ助かっても、財産を失ってこの先どうやって生活すればよいのかと逡巡するのが普通の人間だろう。

国民の間に、自然災害で失った財産や雇用は、国家が通貨や特例国債を発行してでも必ず補償するという共通理解さえあれば、誰もが自分や家族、隣人の命を守る行動を即座に選択できる。

国家や社会というものは相互扶助の関係を維持することで成り立つものだから、日本という国土に暮らす以上、誰しもが自分の身に降りかかる恐れがある自然災害によって喪失した財産を、国家の責任で補い合うことに何の矛盾や不都合があるというのか。

安倍首相は、この緊急時に呑気にG20の会合に託けて外遊し、「保護主義と闘う」などと気勢を上げて見えない敵との不毛なシャドーボクシングにやる気を見せたり、次の内閣改造で甘利氏のような問題人物の党役員起用を画策したりする暇があるなら、毎年のように我が国に甚大な被害をもたらす自然災害に対する生活復興制度の確立に尽力すべきだろう。

まあ、所詮、安倍ちゃんには無理だろうけど…

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