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2017年8月

2017年8月30日 (水)

獅子身中の虫

29日に北朝鮮が発射した中距離弾道ミサイル「火星12」が北海道上空を通過し、初めてJアラートが発動した。

政府会見では、ミサイルの飛行距離は約2700㎞、最高高度は約550㎞と推定された。
また、通常よりも高い角度で打ち上げる、『ロフテッド軌道』と呼ばれる形態ではなかったという見方も示され、明らかに前回の発射は、北朝鮮から約3400㎞離れたグアムへの攻撃能力を誇示するものだった。

事実、発射翌日に北朝鮮の朝鮮中央通信は、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練の成功を称賛しつつ、「金正恩朝鮮労働党委員長が立ち会い、ミサイル発射訓練は「米グアム島をけん制する前奏曲となる。金正恩氏は今後、太平洋を目標とする弾道ミサイル発射訓練を頻繁に行い、戦略兵器の戦力化を積極的に進めなければならないと述べた」と誇らしげに報じている。

いくら領空の遥か上空を飛んだとはいえ、今回のミサイル通過は、これまでの度重なる威嚇行為や挑発行為の延長線上にあり、もはや、軍事的挑発の域を超え、殺気を以って刀の鞘を抜き、刃を向けたと受け取っても文句は言えまい。

こうした事態を受けても、政府は、いつもどおり「遺憾の意、断固たる抗議、万全の警戒体制」を繰り返すだけで、やる気も実行力も無い国連に対応を丸投げするしかない。

多くの国民も強い恐怖や不安を口にするが、彼らの怒りの矛先は、なぜか、騒動の主犯たる北朝鮮ではなく、騒動の対応に追われた側に向けられる。
彼らが“遺憾”に思うのは、傍若無人な北朝鮮ではなく、緊縮予算で手足を縛られながらも120%の完璧な対応ができない行政サイドなのだろう。

北朝鮮のミサイル通過騒動にも、
・防災無線が鳴らなかったと役場に文句をつける輩
・避難の呼びかけに、ここらには頑丈な建物も地下ないぞと苦情を言う輩
・北朝鮮をこれ以上刺激せぬよう米韓合同軍事訓練を自重しろと叫ぶ輩
ばかりで、大騒動を惹き起こした張本人を責めずに、行政機関の対応の不手際に文句をつけ、揚げ足取りに終始するさまは、まことに情けない。

たとえ防災無線が聞こえなくともTVやラジオで十分用は足せるし、頑丈な建物がない田舎なら、ミサイル着弾まで10分ほどしかないから下手に外をうろつかず、大人しく家に閉じ篭るしかない。
そのくらい自分で判断できないようでは、一人前の大人とは言えない。

文句を言うのは勝手だが、長年にわたり緊縮予算を強要され続けてきた地方自治体には、もはや、緊急時を上手く仕切れるだけの人材や人員も居ないし、必要な設備すら揃えられないことを先ず理解すべきだ。

それにしても、行政や役場にケチをつけるしか能がないバカ者の脅威や敵とは、いったい何処の誰なのか?
街頭インタビューを聞いても、北朝鮮に強い憤りを表し、口撃するような人物は1人も見当たらない。

個々人が持つ主義や思想に係わりなく、外的リスクは我が身に突然襲い掛かってくる。
自身が平和を愛し、憲法9条を金科玉条の如く信奉しても、他国の平和など歯牙にも掛けぬ狂国が放つ銃弾やミサイルの脅威から逃れることはできない。

こちらに銃火器を突き付ける相手には抵抗も反撃もせず、なぜか身近にいる味方の胸座を掴んで恫喝するような人間の畜生ぶりには無性に腹が立つ。

特に、“北朝鮮を刺激するな系”の意見を吐く輩には反吐を吐き掛けたくなる。

こちらを挑発し、刺激し続けているのは、国際儀礼をわきまえぬ下品な口撃だけでなく、度重なるミサイル発射という攻撃すら辞さぬ北朝鮮側であり、狂国の軍事力行使に怯えて他人に自重や忍耐を強要するのは、テロリストや凶悪犯への同調や幇助に等しい愚行だ。

こうした醜悪なる“獅子身中の虫”の存在は、国防にとって最大のリスクだと言える。

核保有を自称し、核兵器の使用すら平気で公言するキチガイ国家をのさばらせておく必要性など微塵も感じない。

今後、北朝鮮によるグアム近海へのミサイル攻撃は十分にあり得るから、そのタイミングで、アメリカによる軍事攻撃を促すべきだ。
それも、限定的な攻撃ではなく、北朝鮮の軍事力を完全に消滅させ、狂豚指導者の首を獲る全面攻撃でなければならない。

巷間漏れ聞こえる北朝鮮軍の脅威は、やや誇大の感があり、兵士たちの士気や錬度はさほどでもなく、緒戦で首都機能や軍事拠点をしっかり叩けば、組織だった反撃もできず、散発的な抵抗に終始するしかなくなると予測する。

そして、日韓両国への反撃を最小限に抑え込み、朝鮮半島を巡る中露との紛争の火種を残さぬためにも、北朝鮮の指導部や政権機能を完全に破壊し尽くすべきだ。

当然、アメリカ軍も無傷というわけにはいかないが、先の大戦での敗戦以降、我が国がアメリカに支払ってきた無用なツケの幾ばくかでも償わせる機会にもなるだろう。

冷たいようだが、アメリカには、我が国から長年享受してきた恩恵のツケを払ってもらう必要がある。

仮に、北朝鮮の攻撃で我が国が人的被害を蒙る事態となれば、もはや憲法9条などかなぐり捨ててでも、徹底的に反撃し、相手を平伏させるべきだ。

国を護り、国民の生命や財産を護るには、時には狂気にも似た覚悟と行動が必要になる。

2017年8月28日 (月)

同じ穴の間抜けなムジナ

『国民が「経済にしか関心がない」ことも政治の混乱の一因だ』(8/1 DIAMOND online上久保誠人/立命館大学政策科学部教授)
http://diamond.jp/articles/-/137002

上久保教授は、上記コラムで次のような主張を述べている。

❶安倍首相は、経済政策で国民の支持を得て「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設置、「特定秘密保護法」、「安全保障法制」、「テロ等準備罪法」など、次々と保守色の強い「やりたい政策」を強行採決で成立させてきた。

❷アベノミクス第一・第二の矢は、業績悪化に苦しむ斜陽産業を生き永らえさせるだけのバラマキに過ぎなかった。安倍政権は、高支持率を維持するために「国民の望むバラマキ政策」をずらっと並べ続けてきた。

❸本格的な経済回復に最も重要な「第三の矢(成長戦略)」は、既得権を奪われる業界の抵抗による支持率低下への懸念から先送りされてしまった。成長戦略を支持率調整に使おうとした安倍首相の意図は明確だ。

❹安倍政権が甘い考えを抱いたのは、「どうせ政策をまじめに論じても国民は関心を持たない」、「バラマキをしていれば、なにをしても支持率は落ちない」という「国民不信」が高まっていたからだ。国民も政治家から「信頼」されていないことを自覚すべき。

この手の不思議なコラムを読むたびに、筆者は、人間の脳の神秘性に驚嘆せざるを得ない。

上久保氏みたいな往生際の悪い詭弁師は、眼から入ってきた世情の情報や事象を端から無視し、自分の妄想や願望に合わせて都合よく脳内変換してしまい、“誰の眼にも黒い毛の犬にしか見えぬものを、白い犬だ”と言い張るものだ。

筆者のように、機能的財政論に基づく積極的な財政金融政策の実行を強く主張する者からすれば、アベノミクスなど、財政金融政策をチラつかすだけの、児戯にも等しい緊縮&改革優先政策にしか映らないのだが、事実より妄想最優先の詭弁師の手に掛かると、「改革そっちのけで大盤振る舞いのバラマキばかり」と、まったく逆の評価になるから不思議なものだ。

安倍政権の軌跡を素直に辿れば、撃ちまくったのは第一と第三の矢ばかりで、まともな規模で第二の矢を放ったのは就任当初の補正予算だけだという結論になるはずだ。

安倍政権は、財政運営について、
・政策経費予算の抑制的運用
・公的資本形成予算や公共事業費をピーク時の半分未満に抑制したまま
・社会保障給付費を高齢化による自然増の範囲に抑制し、年金支給年齢引上げや医療費削減の検討
・歳出改革やPB黒字目標の堅持による財政再建優先の経済方針の打ち出し
など、緊縮的な財政運営を軸とする財政再建路線を明確に打ち出している。

また、改革云々に関しても、
・TPPや日欧EPAの推進
・中国人に対するビザの発給要件を緩和
・産業競争力強化法や国家戦略特区法の施行
・法人実効税率引き下げ
・外国人技能実習制度の見直し
・外国人家事支援人材受け入れ
・医療・介護分野における「非営利ホールディングカンパニー型法人制度」創設
・農協改革
・労働者派遣の期間制限撤廃
・高度プロフェッショナル労働制の検討
等々、国内市場の衰退や人手不足を前提とした改革論議をゴリ押ししてきた。

これだけ好き放題に緊縮ごっこや改革ごっこをしておきながら、いまだに「緊縮が足りない、改革が足りない」と叫び続けるバカの神経を疑う。

上久保氏は、「国民は経済にしか関心がない。バラマキをしておけば支持してくれる」と自信満々に嘯き、そうした国民の“物乞い根性”が、政治家による国民不信を招き、結果として財政再建や改革を遅らせてきたと嘆く。

確かに、市井の人々は、選挙のたびに「景気を何とかしてほしい」、「安心できる医療や年金制度を」と世論調査のアンケートに答えているし、内閣府の世論調査データを見ても、政府に対する要望を多い順に挙げると、「医療・年金等の社会保障の整備(68.6%)」、「景気対策(58.7%)」、「高齢社会対策(54.9%)」、「雇用・労働問題への対応(42.5%)」と、景気や社会保障対策へのニーズが強いことが判る。

だが、いざ景気対策を実行する段になると、バカマスコミに煽られて、「これ以上借金を増やしてどうする」、「無駄な箱モノを造るな」、「将来世代へのツケ送りだ」、「高齢者優遇を止め、若者対策を」などと批判の大合唱が始まるのがオチだ。

そもそも、日本人が経済にしか関心がないくらい経済政策への感度が高い国民なら、国の借金とか、日本は財政危機だという大嘘を信じ込み、20年以上も不況を我慢し、放置し続けるはずがない。

“国民は経済にしか関心がなく、バラマキさえすれば支持率が上がる”なんてのは上久保氏の妄想でしかない。
“国民は経済への関心や知見がかなり不足気味で、景気対策やバラマキよりも財政再建や改革といった空虚なきれいごとの方を好む”というのが事実なのだ。

上久保氏は、国民と政治家が経済政策を巡り相互不信を抱いていると述べているが、トンデモない。
筆者から見れば、相互不信どころか、狩人の接近に気付かず、空腹を我慢しながら緊縮や改革への忠誠度を競い合う同じ穴のバカ狢に過ぎない。

2017年8月25日 (金)

言論をカネで封じようとする詐欺師

『大統領ツイッター閉鎖目指す=元CIA工作員が資金集め-米』(8/24 jiji.com)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017082400671&g=use

「ツイッターの株を大量に取得し、株主として発言力を強めてトランプ米大統領のアカウントを閉鎖しようと、元中央情報局(CIA)工作員の女性がインターネットで資金集めを始めた。23日深夜までの1週間で約3万ドル(約330万円)を集めている。
 この女性はバレリー・プレイム・ウィルソンさん。外交官だった夫がイラク戦争を批判し、当時のブッシュ政権高官から報復としてCIA工作員であることを暴露されたことで知られる。映画「フェアゲーム」の題材にもなった。
 ウィルソンさんは、トランプ大統領が11日、北朝鮮に対して「臨戦態勢にある」とツイートしたことから、危機感を一気に高めたようだ。寄付を呼び掛けるサイトで「トランプ氏はツイッターで多くの恐ろしいことをしてきたが、核戦争で北朝鮮を脅すことで新たな危険レベルに達した」と指摘した。(略)」

“核戦争阻止、地球温暖化防止、反原発、自然保護、人種差別反対”等々、世の中には高邁な理想を説く己に姿に陶酔する者も多い。

中には真摯で真面目な人物や活動家もいるが、たいがいの者は、自分の理想を他者にゴリ押ししたがるだけの空疎な目立ちたがり屋に過ぎず、信奉する理想が社会構造や人々の生活に与える影響など一顧だにしない。

彼らを評するに相応しい表現は、“自分に甘く他人に厳しい子供じみた態度”と“言論・表現・思想の自由を軽んじる自己絶対視的な思考”といったところか。

ウィルソン氏は、“トランプ大統領からTwitterのアカウントを取り上げろっ‼”、“北朝鮮を挑発するトランプは核戦争を惹き起こしかねない危険な人物だ”と叫び、世界中に寄付を呼び掛けているわけだが、これほど幼稚で愚劣な人物のバカげた活動に乗せられて、ポンッとカネを出す同類のバカが存在することに呆れ果てている。

彼女の活動の表看板は「核戦争阻止」という理想に彩られているが、ちょっと中身を穿れば、気に喰わない人物の発言をカネの力で封じ込めようとする高圧的かつ薄汚れた真意が露呈する。

そもそも、米朝間の緊張を一方的に煽り、挑発行為を続けているのは北鮮の狂豚であることは誰の眼にも明らかであり、トランプ大統領のTwitter発言なんて、国家レベルで仕掛けられた宣戦布告にも等しい挑発行為や威嚇行動に対する極めてソフトな“返答”レベルでしかない。

彼女みたいに、挑発行為を繰り返す張本人を腫れもの扱いし、挑発の対応を余儀なくされた側を犯人扱いするなんて頭がおかしいとしか言えない。
なにせ、北鮮の狂豚さえ大人しくさえしておれば、わざわざトランプ大統領がTwitterで檄を飛ばす必要などないのだから、どちらの口を封じるべきか小学生でも解りそうなものだ。

ウィルソン氏は、トランプ大統領を核戦争の引金を弾きかねない危険な人物だと勝手に認定し、世界中の人間に等しく認められるべき言論・表現・思想の自由すら奪い取ろうとしている。

彼女みたいな自己絶対視気味の単細胞は、トランプのような嫌われ者には、どれだけ罵声を浴びせても、何をしても構わない、と視野狭窄になって叩きまり、バカなマスコミの連中もそれに同調して後ろから味方を撃つような真似をするから、結果として挑発を仕掛けた北鮮を利するだけに終わるだろう。

この手の愚者は、トランプ大統領にくだらぬイチャモンをつける前に、世界中で凄惨なテロや残虐な殺人を繰り返すISやアルカイダのTwitterのアカウント削除運動をすべきなのだが、平気で銃を撃ちかけるような凶悪犯を恫喝する勇気や気概は持っていないらしい。

日頃からペンや言論の力を誇大視する者に限って、他人からそれらを奪おうとする。

核保有国が核兵器の拡散を防ごうとするのと同様に、「Power of speech」の絶大な威力に味をしめ、それが生み出す既得権益にどっぷり漬かり込む言論村の住人たちは、他人の表現の自由にタガを嵌め、ペンや言論の力を削ごうとするものだ。

ウィルソン氏は、今回の活動の結果、株を買えなかったり余剰金が生じたりした場合は、核廃絶を訴える国際運動体「グローバル・ゼロ」に寄付する考えを示しているそうだが、彼女の甘言の乗せられたバカ者には、まんまと寄付金を持ち逃げされぬよう彼女を見張っておけとアドバイスしておく。

世間には、理想を騙りたがる詐欺師や犯罪者がウヨウヨいるのだから…

『北海道反原発連合で170万円着服事件』
http://kinpy.livedoor.biz/archives/52189403.html

2017年8月22日 (火)

基本的人権すら蔑ろにするバカマスコミ

『トランプ大統領がKKKに。 白人至上主義者の"擁護"を風刺する表紙を雑誌が掲載』(8/20 HuffPost )
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/19/trump-kkk_n_17790746.html

「ドイツのシュピーゲル誌の今週の表紙は、なんとも気が滅入る、ぞっとするものだった。しかし、さほど驚くようなものでもない。
 表紙の絵は白人至上主義者たちの秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の覆面をかぶったドナルド・トランプ大統領を描いたものだ。(略)
 この、身も蓋もない絵を書いたのは、アメリカの芸術家エーデル・ロドリゲス氏だ。ハフポストのメール取材に対して、芸術家は「トランプ氏は、クランの覆面を被るに値します」と回答した。(略)」

既に報じられているとおり、8月12日に米南部バージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者らと暴力的な反対派との衝突は、双方に死傷者20名を出す騒動に発展したが、事件を受けてのトランプ大統領による「多くの側面での憎悪と偏見と暴力の表れを最も強い言葉で非難する」との発言に対して、内外のバカマスコミは、“トランプ大統領が人種差別主義批判に直接言及していない”と揚げ足取りをして、性質の悪いトランプ批判を繰り返している。

上記の記事も、世界中に溢れ返るトランプ大統領への弾劾記事や中傷記事の一つなのだが、URLから実際の記事にある挿絵をご覧いただければ判るとおり、非常に不快で下品な絵であり、これを描いたロドリゲス氏や、こんなものを堂々と表紙に掲載するシュピーゲル誌の神経を疑う。

欧米のクオリティーペーパー気取りの雑誌や経済誌の連中は、残忍なテロリストには優しい態度を採るくせに、ナチスやKKK団には異様な反感を示す“二枚舌のエセ人権屋”に過ぎないから、このような言論テロや言論弾圧を平気で行うものだが、それにしても今回のバカ騒ぎは度を越している。

筆者も、シャーロッツビルの衝突事件の映像をニュースで見たが、白人至上主義者の連中もさることながら、反対派の連中の姿を見ても、端から棍棒や武器を手にしたヤル気満々の武闘派ばかりで、衝突の発端といっても、ほぼ同時に暴力を奮い合っているようにしか見えない。

しかも、数の上では、200人ほどの白人至上主義者のデモ隊を、1,000人余りの反対派が武装して取り囲んでいたというのが真相だから、どちらがか弱い存在が一目瞭然だ。

しかし、レッテル貼りが得意なバカマスコミは、お得意のフェイクニュースを駆使して、「凶悪な白人至上主義者が、か弱い反対派を一方的に襲撃」したかのように報じ、彼らを一方的に断罪せぬ者はナチス並みのファシストだと決めつけて、トランプ大統領をはじめ、冷静なコメントを発するものを総攻撃している。

初回の会見でマスコミの猛批判に晒されたトランプ大統領は、15日の会見で、マスコミが偏った報道をしていることを非難したうえで、「両方のグループを見てください。両者ともそれぞれ非難すべき点があると思います。疑問の余地はありません。正確に報道するならそういうことになるでしょう」と語り、抗議グループの中にKKK、ネオナチ、白人至上主義を支持する人もおり、人種差別的な要素があったことを非難したが、それでも両者にそれぞれ非難すべき点があると考えを述べた。

記者からの、反対抗議グループを負傷させ群衆の中の女性を殺した車の運転者が国内テロリストであるかどうかとの質問には、「その車の運転者は自分自身と家族、そして国に対して恥ずべきことをしました。その運転者は殺人犯です。恐ろしい、許しがたいことを行いました」と、冷静に道理に沿った回答をしている。

そして、大統領は、「(マスコミが庇い立てする反対派は)わずかな罪悪感でも持っているのでしょうか?実際に棒を持って、棒を振り回しながら突っ込んできたということについてはどうなのですか?問題があるでしょうか?」と記者に尋ね、「問題があると私は思います」と明言した。

さらに、「オルト・レフト」という言葉を使い、その「オルト・レフト」活動家が、抗議活動の許可を受けずにオルト・ライトの抗議グループのところに突入してきたことをきちんと批判している。

筆者は、トランプ大統領の姿勢や発言に賛意を表したい。

今回の衝突は、どれだけ反対派を贔屓目に見ても、喧嘩両成敗がよいところで、互いに暴力を奮い合った以上、双方に等しく非難が浴びせられるべき問題であり、白人至上主義者だという事実だけを以って、片方の行為のみを断罪する態度は著しく公平性に欠ける。

こんなことは、日頃から社会の木鐸を公言して憚らないマスコミなら、基本中の基本だろう。

だが、15日の記者会見では、トランプ大統領の冷静かつ道理に則った態度や発言とは対照的に、事実を捻じ曲げ、基本的人権を踏み躙ってでも大統領を攻撃しようとするバカマスコミのヒステリックな態度や詭弁ばかりが目についた。

マスコミの質問の中でも最悪だったのは、大統領に対して、「あなたは、オルト・レフトと白人至上主義者を同じ道徳水準に置くつもりか?」というものだった。

これは、白人至上主義者と反対派に対する価値判断基準、つまり、彼らの人権を同等の水準で判断すべきではないというもので、万人に当然認められる基本的人権や、特定の思想集団に対する集会の自由を明確に否定する極めて悪質な問題発言であり、自分たちの意に染まない団体や集団は、その言論の自由を制限しても構わないという非常に危険な発想ではないか?

バカマスコミのように、自分たちの価値基準は絶対的正義だと信じて疑わず、それに反抗する思想や集団は徹底的に排除すべき害虫だとレッテル貼りして魔女狩りのターゲットにする醜悪な人種は、自分たちこそが無意識にファシズムやナチズムの萌芽をバラ撒いていることに気付こうともしない。

人を虫けらとも思わないテロリストや殺人犯の人権にはやたらと敏感なくせに、単に集会とデモ活動をしていただけの白人至上主義者には一等下の人権しか認めないという狂気なバカ者の意見なんて聞くに値しない。
しかし、現実に世界中の人々が、醜いエセ人権屋の暴論に振り回されているありさまを見ると、いよいよ世も末かと溜息をつきたくなる。

2017年8月21日 (月)

後進国化を挑戦と呼ぶバカ大統領

『「TGVもう造らない」、仏新大統領が爆弾発言~「高速鉄道より在来線」、運輸相とは意見対立』(8/9 東洋経済ONLINE 佐藤 栄介/鉄道ジャーナル編集部記者)
http://toyokeizai.net/articles/-/183452?
「7月2日に、フランスで2本の高速線が同日開業して1カ月余りが経過した。南ヨーロッパ大西洋線(トゥール―ボルドー間)、そしてブルターニュ=ペイ・ド・ラ・ロワール線(ル・マン―レンヌ間)の2線だ。
開業前日、フランス国鉄(SNCF)は大規模なセレモニーを開催。就任間もないエマニュエル・マクロン大統領も、高速列車TGVに乗車し、会場のレンヌを訪れた。
セレモニーも終盤に差し掛かった頃、マクロン大統領が登壇し、招待客の前で約19分間、スピーチを行った。大統領は率直に高速線2本の同日開業という歴史的偉業を祝った後、次のように宣言した。「これ以上、高速線計画に着手しない」――。」

マクロン仏大統領のKY発言は、いかにも新自由主義者らしい近視眼的な内容だが、それを聞いた民衆は大いなる拍手を以って応えたそうだから、フランス国民の緊縮病も相当深刻なようだ。

佐藤氏のコラムによると、マクロン氏は、スピーチを続けて、
「将来の交通に関し、われわれが思考を放棄することはない。次の5年間の目標は、TGV開業のような、新たな大プロジェクトを起こさないことだ。われわれはすでに、(この種の事業で)借金を積み重ねている。ある日、誰かがそれを支払うことになる。交通は変化する。すべての県庁所在地におけるTGV開通、あるいは、空港の建設――それらを認めないことが、挑戦である」
と誇らしげに言い放ったそうだ。

まるで、“米百表の精神”とか“痛みに耐えて改革を。改革なくして成長なし。断固として改革に立ち向かう”と叫んでいた何処かの国のバカ首相を彷彿とさせる言い草だが、もし、同じセルフを北陸新幹線や北海道新幹線の開業セレモニーで安倍首相が言ったとしても、やはり、“公共事業と名の付くもの”に何でも反対するバカマスコミや国民から、大いなる称賛や喝采を浴びるだろう。

日本もフランスも、緊縮病の進行度でいえば、もはや治療不能のステージ5であり、その深刻さに大差はない。

マクロン氏の“大型の公共投資(TGV開通や空港建設)を認めないことが挑戦だ”という発言は、公共投資の便益を頭から否定し、公共投資を通じて産み出される①国民生活の利便性向上 ②国民所得の増大 ③技術革新による国富増強のいずれも拒否し、後進国化も厭わないと宣言するに等しい暴論であり、まさに、『バカの極致』の無責任発言だろう。

フランスの高速鉄道産業は、軍需航空産業(エアバス)や自動車(ルノー,プジョー・シトロエン)と並んで国内製造業を支える3本柱であり、日本の新幹線やドイツのICEと世界中で熾烈な争いを繰り広げている。

フランスの国土面積は日本の約1.5倍、可住地面積は約2倍とかなり広いのだが、LGVは国内のみならずスイス・ベルギー・イタリア・ルクセンブルク・ドイツ・モナコへと国境超えの直通便があるにもかかわらず、肝心のLGV網(高速新線網)は約2,600㎞しかなく、ミニ新幹線を含めて3,000㎞に達する日本にすら及ばない。

日独との国際競争に打ち勝つには、更なる路線延長が欠かせぬはずで、延長計画を白紙に戻すなど、フランスにとって、まったくあり得ない自殺行為でしかない。

だが、目先の債務しか目に入らぬ愚かなフランス国民は、改革&緊縮断行による人気取りしか興味が無いマクロン氏の、「わが国はプライオリティを見極め、優先度の高い事業から積み上げていかねばならない」、「われわれはここで一度立ち止まり、プライオリティを再構築しなければならない」という甘言に踊らされ、彼をヒーロー扱いするのだから目も当てられない。

フランスも、日本も、選択すべきプライオリティに違いはない。
それは、在来線か、高速鉄道かといった類の些末な問題ではなく、“成長か、衰退か”という、より高度な次元で論じるべきものだ。

長期スパンで見れば、経済に現状維持などあり得ず、成長or衰退の結果しかない。

在来線維持予算が足りぬから高速鉄道網の建設は見送り、なんてバカげた選択をプライオリティの再構築だと勘違いして悦に入っているうちに国民所得は縮小し、技術革新機会の逸失により国富は弱体化してしまう。

在来線の予算も、高速鉄道の予算も、重要度に差はなく、双方にきちんと予算付けすればよい。
人手不足が~、供給制約が~と叫ぶバカを相手にする必要はない。

短期的に技術者や作業員が不足するかもしれないが、国や自治体が長期整備計画を立て、それを担保に予算付けと事業化を宣言すれば、民間事業者にとって20年先や30年先まで約束されたビジネスが生まれるのだから、これほど美味しい話はない。
こぞって人材育成や設備投資に本腰を入れ、供給制約など忽ち解消されてしまうだろう。

民間事業者は、長期的収益の見込めるビジネスさえあれば、多少の無理をしてでも投資を厭わないもので、まさに、必要は発明の母ではないが、必要に迫られるとあれこれ工夫がなされ、生産性も向上し、帳尻も合うようになる。

大型公共投資にストップをかける己の姿に酔い、大局を見誤るバカな大統領と、彼を改革の旗手と勘違いしてヒーロー視するフランス国民は、日本が長年味わってきた不況の痛みや塗炭の苦しみをこれからじっくり噛みしめることになるだろう。

2017年8月17日 (木)

狂豚に無慈悲な鉄槌を

『<北朝鮮ミサイル>米朝対立、沈静化探る』(8/15 毎日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170815-00000099-mai-int
「激化の一途をたどってきた米朝対立に、沈静化の兆しが見えている。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、米国との緊張緩和に言及。(略)
朝鮮中央通信は15日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は14日に朝鮮人民軍戦略軍が発表したグアム包囲射撃作戦案について報告を受け、「(実行するかどうか)米国の行動や態度をしばらく見守る」と表明したと報じた。(略)」

『米長官、対話は金委員長次第=北朝鮮核、外交が解決策』(8/16 時事通信)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170816-00000010-jij-n_ame
「ティラーソン米国務長官は15日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が米領グアム周辺への弾道ミサイル発射計画の実施を保留したことを受け、記者団に「われわれは対話に至る道を見つけることに関心を持ち続けている」と述べた。(略)
 ティラーソン氏はこれまで、北朝鮮がミサイル発射や核実験を停止すれば、「交渉に応じる用意がある」との立場を示している。(略)」

 今月6日に、石炭や鉄鉱石、海産物等の輸出禁止措置を含む国連の対北朝鮮制裁決議の採択を受けて動揺を隠せないのか、北朝鮮は、中距離弾道ミサイル「火星12」四基を米領グアム付近に発射する準備を今月半ばまでに完了すると発表し、米朝間の緊張が再び高まっていた。

しかし、ASEAN外相会議で北朝鮮 李外相が日本側に対話を申し出たことや、15日に北朝鮮側が態度をやや軟化させたことから、一転して、緊張の糸が解れつつある。
トランプ大統領の本気度に戦慄を覚えたのか、北朝鮮側は、見苦しい負け惜しみを口にして、勝手に始めたチキンレースから一方的に離脱しようとしている。

 今回の騒動の責任も150%北朝鮮サイドにあるのは明白だが、何を血迷ったのか、内外のマスコミは、一連の動きを“米朝間の挑発の応酬が戦争リスクを高める”、“トランプ大統領の過剰な反応が北朝鮮をいたずらに刺激している”と騒ぎ立て、「北鮮の黒電話」こと金某を擁護し、軍事的緊迫の責任が、さも、米国サイドにあるかの如く報じている。

 トランプ憎しのあまり、基本的な事の善悪すら見失い、朝鮮半島に巣食う暴君に肩入れする各国報道機関の白痴ぶりには心底呆れている。

 言うまでもなく、米朝間に挑発の応酬などなく、北東アジアのキチガイ国家から一方的に噛みつかれた米国が、飛んできた火の粉を振り払うために仕方なく相手してやっているだけのことだ。

 ましてや、キチガイ国家に絡まれてミサイルを向けられているのは米国である。
気の毒な被害者たる米国が、北朝鮮を挑発し刺激しているなんて、性質の悪い言い掛かりでしかなく、米国は、頭のおかしい狂豚に纏わりつかれイラつきながらも、かなり冷静に対処してきたというのが事実だろう。

 北朝鮮は、以前からグアムや米国本土にいつでもミサイルを撃ち込めるぞと公言して憚らず、もはや、恫喝というレベルを踏み越えて宣戦布告の域に達している。
 事ここに至っては、米国が敵基地攻撃などの軍事行動を起こしても文句はないが、トランプ大統領は、狂豚からの無慈悲な挑発に直接的な懲罰を与えることなく、警告を発するに止めるなどかなり抑制的に対応してきたと言えよう。

 お盆休みにお国入りし、地元の盆踊り大会で羽を伸ばしていた呑気な安倍首相とは対照的に、トランプ大統領は、KKK教団関連騒動でバカマスコミから足を引っ張られながらも、休暇先からも矢継ぎ早にメッセージを発信し続けるなど精力的に対応している。

 筆者には、両国の緊張がどのような結末を迎えるのか、皆目見当がつかない。
 巷には、9月9日の北朝鮮建国記念日こそXデーだという噂が飛び交っているが、軍事外交話に疎い筆者にはあまりピンとこない。

 まぁ、これまでの経緯からして、建国記念日とやらに向けた国威発揚の手土産として、当日、あるいは、数日前までにグアムやサイパン近海の50~100㎞辺りの範囲にミサイルを撃ち込むくらいはやりかねない。

 だが、冒頭の記事のとおり、残念ながら、両国から“対話や交渉”という言葉が出てきた以上、このまま沈静化してしまう可能性も強い。
 その時には、“我が国の破壊的火力の前に愚かな米帝が屈した”とでも大宣伝し、建国記念日の格好の土産話にするつもりだろう。

 ここ半年ほどの北朝鮮の恫喝外交は、既に挑発や恫喝の範疇を超えて軍事的攻撃の域に足を踏み入れたと判断されかねないが、事なかれ主義の日中韓露は問題外として、銃口を突き付けられた格好の米国が、軍事的行動を伴う報復措置を起こせないとしたら、後に大きな禍根を残すことになろう。

 トランプ大統領が、このまま生ぬるい国際世論に従うつもりなら、北朝鮮の恫喝ごっこに付き合い続けるか、さもなくば、北朝鮮の先制攻撃によりグアムやハワイ、アラスカ、西海岸など米国領に実害が生じてからゆるゆると軍事行動を起こす方が得策かもしれない。
 
だが、そうなると、米国人や旅行客の生命・財産に甚大な被害が生じ、それまでさんざん厭戦ムードを煽ってきたマスコミの連中が急に手のひらを返して、“無辜の米国民の血が流れた責任は決断を躊躇した弱腰大統領にある”と糾弾されかねない。
 
さらに、21世紀版真珠湾攻撃に成功した北朝鮮首脳部は、“米帝に正義の鉄槌を下した”だの、“我が正義の放火は侵略を目論む醜悪な豚を焼き尽くした”だのと大いに喧伝し、その国威をいたずらに発揚させ、その後の戦局をより困難なものにしかねない。

自家の庭先に放火されてなお、頭のおかしい犯人との対話を望むようなら、そんな役立たずを抱えていても無意味ゆえ、いますぐ日本国内の米軍基地をすべて撤収してもらいたい。

 だが、自国の誇りを守護するよりも、面倒事の忌避を優先させ、屈辱的な外交的妥協すら容認する動きが米国でも出始めている。

『北の核、米に容認論も…「抑止力で対応可能」』(8/15 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/20170815-OYT1T50038.html
「(略)「歴史的に見て、我々は北朝鮮の核兵器に耐えることができる。冷戦期に数千に及ぶソ連の核兵器という、より大きな脅威に耐えたように」
 「核なき世界」を唱えていたオバマ前政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏は、ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿でこう訴えた。北朝鮮の核保有はやむを得ないとの立場だ。(略)」

 ライス氏のように、自国民の生命・財産・権益を死守する気概も気迫も無く、厄介な強盗の要求に屈服したがる売国奴には、何度でも反吐を吐き掛けたい。
仮にライス氏の言い分を認めるなら、我が国をはじめ、世界各国が核兵器保有に走っても米国は何も文句を言えぬことにならないか?

 北朝鮮の度を越した挑発行為は、既に国際社会が容認できるレッドラインを大きく踏み越している。

彼らの次の“悪戯”の結果如何を問わず、米国は即座に軍事行動を起こし、平壌ほか政治や軍事拠点を一気に攻撃し、緒戦で相手の機先を大きく削ぐべきだ。
 北朝鮮軍など張子の虎に過ぎないから、序盤で軍事的優位を見せつけ、戦後の開放社会を約束し、兵士たちに首領の首を持参するよう促せば終局も早い。
 軍事パレードや反米集会に駆り出された北朝鮮兵士の生気もやる気もない顔を見れば、彼らの戦意が異様に低いことがすぐに解る。
 
 さて、今回の事態を受け、日本政府は、中四国4県に航空自衛隊の地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット」(PAC3)を緊急配備したが、へっぴり腰の地元住民は、「軍事的な挑発に対し、日本が行動を取ることが、北朝鮮に刺激を与え、核戦争へとつながるかもしれない。政府には国民の心配をあおらず、冷静になれと言いたい。話し合いで、北朝鮮に『このような行為はやめろ』と伝えてほしい」(72歳男性)、「通過せずに落ちたらおしまいで怖い。でも、ミサイルを防ぐためと言って戦争になるのはいやだ」(61歳女性)〈いずれも8/12毎日新聞記事より抜粋〉と文句をつけるありさまで、自らの生命や地域の安全を守ろうとする気概も無く、危機意識の欠片も感じられない。。

 我が国には、好き好んで戦争をしたがる者などほとんどおるまいが、好むと好まざるとにかかわらず、理性も対話も常識も通じない“外道国家”の横暴が招く戦渦に巻き込まれてしまう事態は十分に想定し得る。

 今回の事態がそこまで行き着くかどうかは判らない。
だが、「平和だ、対話だ」と祈るだけで、見たくもない現実から目を背けても、現実の方が勝手ににじり忍び寄ってきてはどうしようもない。

 「厄介な現実」の襲来に備え、その被害を最小限に抑えるためにも、軍事行動というオプションを完全否定するなんて以ての外で、それが最大限の防御効果を発揮できるよう、行動を起こすなら1分でも早い方が良い。

 凶器をこちらに向け殺傷をも厭わない相手との対話を望んだり、酒を酌み交わせば何とかなると勘違いするのは、空想好きの幼稚なバカのすることだ。

2017年8月14日 (月)

終身雇用の破壊は、付加価値や生産性を低下させる

『働き方改革、目先の残業対策に走るのは間違いだ~生産性の向上は付加価値の拡大で実現すべき~』(8/1 JBPRESS加谷珪一)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50650
「働き方改革がクローズアップされてきたことから、大企業を中心に長時間残業を抑制する動きが顕著となっている。日本人が働き過ぎであるという問題は以前から指摘されてきたことだが、これまでのところ、目立った成果を上げることはできなかった。その点からすると、今回の残業抑制に対する各社の本気度は高く、これまでにない成果が得られる可能性も出てきたといってよいだろう。
一方で、各社の取り組みの中には、本末転倒なケースも散見される。正式な統計がないのではっきりした事は分からないが、数字上、残業を抑制するため、派遣社員やフリーランスに仕事を丸投げするケースが大企業を中心に増えているという。(略)
働き方改革において重要なことは、社会全体の総労働時間を減らすことである。社会全体の労働時間を減らすためには、業務全体のムダを省くことが必須となる。特定の労働者の労働時間を減らしても、他の労働者の時間が増えてしまっては、社会全体での生産性は向上しない。(略)」

上記コラムの“働き方改革において重要なことは社会全体の総労働時間を減らすこと”という加谷氏の指摘には同意する。
氏が例に挙げたように、正社員の残業抑制を取り繕うために派遣社員や外注先へシワ寄せが行くようでは、働き方改革は掛け声倒れに終わってしまう。

また、マクロレベルでの労働時間削減には業務全体のムダを省くことが重要との指摘にも首肯できる。
我が国の労働現場、特に事務系の仕事にはムダな社内調整や決裁手続き、資料作成等が山積しており、各社や各現場でそうしたムダを省き、現場レベルへの決裁権限委譲を進めるだけで、全体の作業量の30%くらいは忽ち効率化できると思う。

と、ここまでの導入部分は良いのだが、このコラム、中盤以降、結論があらぬ方向へ脱線してしまう。

コラム後半から加谷氏の主張を抜き出してみると、次のような塩梅だ。

「(略)実は生産性を決めるパラメーターとしては、労働時間要因よりも付加価値要因の方が圧倒的に寄与度が大きい。生産性を向上させたいのであれば、本来は、時間短縮ではなく付加価値拡大に力を入れる方が合理的なのだ。
 ではなぜ、日本社会はもっとも効果的に生産性を向上できる付加価値要因に目を向けないのだろうか。おそらくその理由は、日本の労働市場が抱えるある課題について、無意識的に議論を避けようとしているからである。その課題とは、終身雇用と長時間残業(および強制的な転勤)との密接な関係性についてである。(略)
日本企業における、滅私奉公的な長時間残業や、個人の生活を無視した強制的な転勤は、すべて終身雇用を維持するための手段として機能していたというのが現実なのである。(略)
生産性を向上させたいのであれば、諸外国のように、付加価値の方を高めるべきだと考えている。付加価値の高いビジネスに取り組めば、必然的に労働時間は短くなり、働き方改革はごく自然に実現できるはずだ。」

加谷氏の主張を要約すると、次のようになろう。
①日本企業が付加価値向上に踏み込もうとしないのは、「終身雇用・長時間残業・転勤辞令」といった課題を是正する気が無いからだ。
②終身雇用を守ろうとする限り、滅私奉公的な長時間残業や、個人の生活を無視した強制的な転勤は避けれない。
③生産性向上には、長時間労働よりも付加価値向上を目指すべき。付加価値向上こそ、労働時間削減に役立つ。

氏は、よほど終身雇用がお気に召さないのか、終身雇用への固執こそが無理な労働体系を生む元凶だと妙に故事付けたがっているが、そんなものは根も葉もない詭弁や妄想の類だ。

彼は、終身雇用と長時間、転勤をトリレンマの関係に置き、長時間残業や転勤を理不尽だと思うなら終身雇用制度に見切りをつけるしかないかのように騙っているが、無論のこと、これら三者間に明確な因果関係などない。

長時間残業が無くならないのは、
①団塊周辺世代の引退と、これまでの採用抑制による人口動態的な労働人口不足
②長時間労働を当然視し、美徳とする日本人のバカげた労働観
③不況下で業務上の成果を出せぬ穴埋めに長時間労働という対価を支払おうとする労働慣行
などが原因であり、終身雇用制云々はまったく関係ない。

そもそも、この世の中には、終身雇用制を採りながら定時退社や転勤の無い職場なんて掃いて棄てるほどあり、加谷氏の意見は机上で生まれた妄想でしかない。

また、彼は、コラムの中で、
「企業は時代や市場の変化に合わせて古い事業を捨て、新しい事業を開拓していかなければならない。この時、新しい事業を行うたびに新規雇用を増やしていては、企業はたちまち余剰人員を抱えてしまうことになる。(略)人手が足りない時に、安易に人を増やしてしまうと、不景気の時に人件費が経営を圧迫してしまう」
と述べ、終身雇用制の下では柔軟な人員配置ができないから、最小限の人員を維持したうえで社員に無理な働き方を強いるしかない(=終身雇用制を廃し雇用を流動化させろ‼)、と主張している。

だが、こうした意見は、問題の本質を意図的にズラし、単に終身雇用制の破壊を目的とする“低レベルの議論”に過ぎない。

普通に考えれば、企業が余剰人員の敏感にならざるを得ないのは終身雇用制のせいではなく、単に不況の長期化による将来見通しの悪化のせいに他ならない。

加谷氏の終身雇用悪玉論は、将来に亘る不況の固定化や永続化を前提に騙られており、経済のパイが拡大しづらい環境下でのサバイバル策としての雇用流動化(終身雇用制の廃止)を勧めているが、質の悪い詭弁の化けの皮はすぐに剥がれてしまうものだ。

彼は、「生産性を向上させたいのであれば、諸外国のように付加価値を高めるべき」なんて偉そうに語っているが、不況を前提にした議論をしておきながら、付加価値を高めるための原資や源泉をどこから調達するつもりなのか?

彼のような経済素人は、夢を語り気合を入れれば、“付加価値や生産性がポンッと産まれる”と勘違いしているようだが、付加価値も、生産性も、供給に対する実需の量的&質的拡大無くしてこの世に産み出されることはない。

そして、その実需の源泉になるのは、人々の所得に他ならない。

終身雇用制を足蹴にし、雇用や所得を不安定化させておきながら、実需が増えるはずがないし、付加価値や生産性が高まるはずもない。

加谷氏のような観念論者は、世の中の仕組みをもっと勉強すべきだろう。

2017年8月10日 (木)

蒙昧な大衆見透かす緊縮亡者

7月18日に行われた経済財政諮問会議(第12 回会議)では、
(1)中長期の経済財政に関する試算について
(2)平成 30 年度予算の全体像及び平成 30 年度予算の概算要求基準について
といった二点の議事が行われ、
相変わらず、
“2020年度の基礎的財政収支黒字化を堅持しろ”
“人材投資や働き方改革、企業の新陳代謝促進等を通じて潜在成長率を引き上げろ”
“外国人労働者受入を真剣に議論しろ”
“社会保障費をカットしろ”
だのと、失策必至の逆噴射政策ばかりが論じられている。

一方、マスコミの連中は、加計・森友問題で支持率低下に見舞われた安倍政権が、失地回復を狙って財政出動に舵を切るのではと警戒しているが、いったい何処を見ているのかと呆れるよりほかない。

バカマスコミの懸念は、まさに杞憂そのものだ。
安倍政権や与党は、「緊縮・改革・規制緩和」の三点セットこそ国民のニーズを擽り、支持率回復の特効薬になることを熟知しており、財政出動どころか、ますます支出の蛇口を閉めに掛かり、愚かな国民の歓心を買おうとしている。

現に、経済財政諮問会議で安倍首相は、次のように議事を締め括っている。
「財政健全化のためには、歳出改革の着実な推進とともに、持続的な経済成長が不可欠であることが確認された。
また、経済成長を持続するためには、潜在成長力の引上げが課題であり、働き方改革や人材投資・生産性向上を通じたサプライサイドの改革が最重要課題である。
平成30年度予算編成においては、本日取りまとめていただいた「平成30年度予算の全体像」を踏まえ、無駄な予算を排除するとともに、人材投資や生産性向上など真に必要な施策に予算が重点配分されるよう、メリハリのついた予算編成を進めていきたい。」

安倍首相の発言を素直に読み解けば、最終・最大の目的は「財政健全化(財政再建)」であり、「歳出改革(=聖域なき歳出削減)」を財政健全化の切り札として明確に位置づけている。

後段の「持続的な経済成長」という語句は、経済成長への取り組みを放棄はしないという姿勢をアピールするための“アリバイ”に過ぎず、しかも、経済成長実現のためというよりも、「サプライサイド改革断行の導火線」として悪用するつもりだ。

彼は、平成30年度予算編成を語るに当たり“無駄な予算の排除”と、改革臭の強い“人材投資・生産性向上”といった施策への予算重点配分を重視する意志を明らかにしており、実体経済成長へ現ナマを投じる気はサラサラないようだ。

なにせ、“人材投資”とは、お得意の「リカレント教育(生涯に亘り教育と就労を交互に行うことを勧める教育システム)」を指し、お友達のパソナや加計学園周辺への利益誘導策に過ぎない。
また、“生産性向上”とは、ICTやAI促進を通じた省力化や、雇用流動化による雇用や賃金の不安定化と抑制でしかない。

こんなもので持続的な経済成長が叶うなら、とっくの昔に我が国はデフレ不況を脱しているはずだが、現実は見てのとおりだ。

経済財政諮問会議で周回遅れのバカ論議に興じている連中は、「リカレント教育、オープンイノベーション、社会保障費削減、生産性向上」といった言葉を口清く使いたがるが、それらは何れも国民に更なる負担と努力を強いるものばかりだ。

特に、人材投資の名を借りたリカレント教育なんて、残業後のプライベートタイムや休日返上での自己研鑽を強いる(&学費も自腹必至)ものになりかねず、働き方改革などどこ吹く風かといった不遜な態度が覗える。

しかも、リカレント教育の受入業務や教育プログラム作成業務を、国際医療福祉大や吉備国際大やパソナ云々といった安倍ちゃんのお友達がビジネス化する、という構図が透けて見える。

巷には、安倍政権や与党の連中が財政出動へ経済政策の舵を切ったなどと歓喜する、あるいは、懸念するおめでたい者もいるが、彼らの方針は、「緊縮政策を柱とする改革・規制緩和の更なる促進」という軸から一mmたりともブレていない。

しかも、彼らは、稲田氏の失態や所属議員の不祥事続出により支持率低下が常態化しつつある現状を挽回しようと、緊縮と改革好きの国民に擦り寄り、財政出動をエサに票集めをするどころか、逆に、財出に大ナタを振るって改革の成果とやらをアピールするだろう。

橋本行革や小泉バカ政権以降の政権担当者は、経済政策実行能力はゼロかマイナスでしかないくせに、国民の“経済無知”や“不況下の緊縮・改革好み”という倒錯した性癖を巧みに嗅ぎ取り、見透かす能力だけは長けているから手に負えない。

マスコミの煽りに乗せられ、国民が安倍批判をするのは一向に構わないが、批判の的や理由を勘違いしたままでは、次の政権を担う為政者に誤ったメッセージを送ることになりかねない。

「お友達への依怙贔屓」だけではく、不況や所得低迷を放置して緊縮ゴッコや改革ゴッコに興じてきた安倍政権や与党の経済無策や経済失政に対して、もっと激烈な批判を浴びせるべきだ。
間違っても、「安倍ちゃんには、改革が足りない」なんて叫んではならない。

2017年8月 7日 (月)

緊縮政策という打ち出の小槌を振っても、毒しか出ない

『財政再建/成長頼み行き詰まり明らか』(7/21 河北新報社説)
http://www.kahoku.co.jp/editorial/20170721_01.html
「国と地方の基礎的財政収支を2020年度に黒字にする政府の財政健全化目標の達成は、極めて難しい。そのことが、内閣府が18日に公表した中長期の経済財政試算で改めて鮮明となった。
 収支は、政策経費が借金に頼らず主に税金でどの程度賄えているかを示す。名目で3%以上の、近年にない高成長が続く前提でも20年度の収支は8.2兆円もの赤字だ。
 安倍政権が掲げる経済財政運営の看板は「経済再生なくして財政健全化なし」。経済成長に伴う税収増を頼みとした財政再建路線である。
 だが、この試算が物語るのは、その路線が十分な効果を上げておらず、看板倒れとなる現実だ。成長頼みの行き詰まりを政権は直視したい。
 収支の改善には歳出を抑えるか、増税を軸に歳入を増やすしかない。歳出と歳入の不断の改革だ。財政を立て直すのに「打ち出の小づち」はないことを肝に銘ずるべきだ。(略)
成長頼みの財政再建路線からの転換を図り、借金依存にもメスを入れ財政規律を厳格化する。新たな目標とその道筋・手だてを巡る、そうした議論が深まることを望む。
 もう、これ以上、将来世代にツケを回してはならない。」

新聞各社は、どこの社説を覗いても、緊縮政策による財政再建路線一本槍で、まったく代り映えしない。
まるで、マスコミ全社が「緊縮政策カルテル」でも結んでいるかの如く横並びの論調で飽き飽きする。

上記の河北新報の社説も、「歳出抑制」、「増税を軸とした歳入増」、「財政規律厳格化」といった厳しい語句を並べ立て、国債増発が“将来世代へのツケ回し”に直結するかのような悪質な法螺話を吹聴している。

彼らは、“財政を立て直すのに「打ち出の小づち」はないことを肝に銘ずるべきだ”などと偉そうに宣うが、いつものことながら、新聞社説とやらは呆れるほど程度が低い。

新聞各社の社説は、バブル崩壊以降のデフレ不況期に、一貫して“歳出抑制&増税こそが財政再建の王道だ”との主張を繰り返してきたが、その間になされた歳出削減や消費増税は、消費に冷や水を浴びせて経済成長の重い足枷となり、財政再建どころか悉くそれを妨害してきたではないか。

緊縮脳のバカ者が、「緊縮政策・社会保障削減・増税」を財政再建の打ち出の小づちだと勘違いしてむやみに降り続けた結果、日本経済は成長の起爆剤を失い、企業も家計もカネの使い方すら忘れかけている。

最近も、来年度の各省庁の概算要求額が4年連続で100兆円超えになったことを受けて、「バラマキを許すな」、「財政再建はどうした」、「財源は何処にあるのか」、「公務員と政治家の給料を減らせ」と厳しい批判の大合唱が起きているが、少なくとも当初予算ベースでは、1997年以降極めて抑制的な財政運営が続いている。

国債費を除く政策経費ベースではほとんど増えておらず、2015年度予算(当初ベース)の政策経費なんて、ピーク時の2011年以降右肩下がりで減っており、17年も前の1998年と同程度でしかない。
【参照先】http://www.nikkei.com/edit/interactive/budget2015/#!/mode=spending

国家予算というものは右肩上がりで増え続けるのが当たり前で、日本みたいに緊縮ごっこが大好きな頭のおかしい国を除けば、世界中の国々が歳出を増やし続けている。

残念ながら我が国には、緊縮政策こそ財政再建の切り札であり、打ち出の小づちだ、と妄信する狂信者が政官報財のみならず、市井の至る所にウヨウヨ棲息している。
そのせいで、歳出は増え続けるものだという“グローバルスタンダード”を踏み外し、歳出を起点とする民需隆盛により経済成長を続ける“世界の潮流”から完全に取り残され、惨めな“世界の孤児”になり果ててしまった。

緊縮バカを代表するマスコミの連中には、「緊縮政策は財政再建の打ち出の小づちではないことを肝に命じろ‼」と強く言っておく。

そもそも、筆者は、財政再建なんてまったく興味がないし、必要性も感じていない。
経済成長と適切な富の配分がなされ、国内の需要力と供給力が高次元でバランスしさえすれば、国家財政(政府のB/S)の良し悪しなど取るに足らぬ些事に過ぎない。

財政再建を焦るあまり、民間経済主体(企業や家計)から過度に税を徴収し、歳出抑制により実体経済への資金注入を怠れば、民間経済主体の投資・消費意欲はネガティブにしかならず、国内投資が敬遠され海外への富の流出を招くだけだ。
その結果、経済活動は停滞し、財政再建は年々遠のくばかりとなろう。

財政再建は経済成長の実現が絶対不可欠の条件であること、経済成長とは、消費と投資、つまりカネを使うという行為の間断なき拡大抜きには成し得ないことを、緊縮バカどもは肝に銘じるべきだろう。

2017年8月 3日 (木)

GoogleやAppleを凌ぐ公務員人気

『大学1~2年生が働きたい企業ランキングがカオス 上位は公務員が占める、理由は「カッコイイから」』(7/26 キャリコネ)
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20170726/Careerconnection_6770.html
「リスクモンスターは7月26日、「大学1、2年生が就職したいと思う企業・業種ランキング」を発表した。企業ランキングと言いつつも、地方公務員と国家公務員が上位を独占した。(略)
1位は地方公務員(8.8%)だった。自由回答で理由を尋ねたところ、「収入が安定していて、休みも取れる」(1年、文系、女性)、「地方の地域活性化に貢献したい」(1年、男性、文系)といった回答が多かった。
2位は国家公務員(7.2%)で、「安定している」(2年、女性、文系)「日本のために貢献したい」(1年、男性、理系)といった理由が挙げられた。学年別に集計しても、男女別に集計しても、いずれも地方公務員が1位、国家公務員が2位となっており、学生の安定志向が伺える結果となった。(略)
就職したくない業種の1位は小売・外食(13.4%)で、自動車・重機械(8.8%)、運輸・物流(7.6%)も不人気だった。
最低限実現したい生涯最高年収は、500~600万円が18.2%と最も多く、次いで400~500万円が14.2%だった。(略)」

公務員人気は衰えを知らない。
何かと世間様から嫉みの標的にされがちな“公務員”だが、学生にとっては、相変わらず、憧れの就職先として高い人気を誇っている。
しかも、任天堂やJAL、ANA、ソニー、日本郵便、タカラトミー、サンリオなど国内の人気企業はおろか、GoogleやAppleなど世界に名だたるグローバル企業を抑えてのトップ独占という偉業には脱帽するほかない。

リスクモンスター社による同調査では、地方公務員と国家公務員が、ずっと不動のワン・ツー・フィニッシュを決め続けているし、ソニー生命やクラレによる「親が子どもに就いてほしい職業ランキング」でも、医者や薬剤師などを抑えて、公務員は不動の1位の座を守り続けている。

つまり、公務員という職業は日本人にとって垂涎の的であり、口先では公務員を蔑み、嫉みつつも、親子揃って公務員に憧れるという有り様だ。

それほど憧れるなら、国民は、自分や自分の子が公務員の職に就きやすくなるよう定員を増やし、門戸を拡げろ、と国に強く求めればよいものを、何を遠慮しているのか、口を開けば「公務員は無駄飯喰らい」、「公務員を減らせ、給料を減らせ」とケチをつけ、逆に公務員を狭き門にしようとする愚者の狭量さには呆れるよりほかない。

さて、ご紹介した記事では、相変わらず「公務員=安定・気楽」というイメージの回答が多かったようだが、地方や国家の区別なく、「公務員」という職場は、部署や上司により、小売・外食以上のブラック職場と化すケースも散見されるから、よくよく気を付けた方がよい。

人事院が公表した国家公務員の勤務環境に関する資料を見ると、「近年、心の健康の問題による長期病休者の数が長期病休者全体の数の6割を超える状況が続いている」、「平成25年度における精神及び行動の障害による長期病休者は3,450人(全職員の1.26%)であり、平成24年度調査に比べ74人増加」といった記述がある。

この長期病休者の休職率1.26%という水準は、民間の大企業並みとも、2~3倍にもなるとも言われており、昭和50~60年代の0.16%や平成3年頃の0.18%といった水準に比べて、7~8倍にも膨張するなど事態は深刻化している。

筆者も業務上でやり取りしていた県職員が、鬱病を発し、期中で交替した例を何度か経験しているし、彼らから送られるメールの発信日や時刻が土日の深夜や早朝であることも珍しくはない。

“公務員はメンタルヘルス対策が充実し過ぎているから、気軽にズル休みするのではないか?”といった下衆なやっかみも聞くが、単に民間企業のメンタルヘルス制度がいい加減すぎるだけのことではないか。

公務員のメンタルヘルス制度は、確かに機能しているように見えるが、制度が充実しているのを良いことに、鬱病を発症するギリギリまで部下を追い詰め、いざとなったら休職させ、別の者に挿げ替えればよいという甘えた発想のパワハラ馬鹿上司が多いのが実状だ。

この手の調査で公務員に人気が集中するのは珍しくないが、筆者が意外だったのは、「地方公務員」が「国家公務員」を抑えて1位に輝いたことと、不人気業種の常連である「小売・外食」に並び「自動車・重機械」が「就職したくない業種」の2位にランクインしたことだ。

トヨタやホンダといった日本が誇るグローバル企業を擁する自動車産業が、ブラック企業が乱立する小売・外食同様に不人気だったのは、昔みたいに消費財としての自動車に対する憧憬感が低下したのと、QC活動や英語の公用化といった意識高過ぎな就業環境が敬遠されたのか?

また、巷では、今の若者は都会志向が強く田舎に行きたがらないと決めつけられているが、そんな思い込みは単なる妄想であることがよく判る。

国家公務員とて省庁や担当部署によりド田舎での勤務を拝命することはあるが、政令市未満の地方都市や田舎で働かざるを得ない確率は、地方公務員の方が圧倒的に高い。
そんな地方で働くリスクを厭わないどころか、それを進んで希望する若者が思いのほか多くいることに、もっと着目すべきだろう。

いまや、ちょっとした田舎なら、少し車を飛ばせば買い物に困らぬだけの商業施設が幾らでもあり、安定した雇用と収入さえあれば、地方で堅実に働きたいというニーズは底堅く、都心部への一極集中是正に向けた大きなヒントになる。

それにしても、若者が希望する“最低限実現したい生涯最高年収”は「500~600万円」との回答が最も多かったらしいが、あまりの慎ましさに嘆息を禁じ得ない。
年収で500~600万円なら、手取りで400~500万円にしかならず、地方で暮らしたとしても、妻子を抱えると、ろくに旅行もできない汲々とした生活を余儀なくされる。

筆者は、国民が親子揃って憧れる“公務員”という人気職業の門戸をもっと拡げ、地方定住者の増加や地域活性化の一翼を担わせればよいと考えるが、公務員に憧れながらそれを嫉むことしか知らぬ下賤な連中が圧倒的多数を占める以上、実現可能性はゼロに近いだろう。

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