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2017年11月20日 (月)

ヘリマネ未満の緊縮論

『ヘリコプターマネーを実行するとどうなるか~高齢化が進む日本経済をモデルに考えてみる』(東洋経済オンライン 櫨 浩一:ニッセイ基礎研究所専務理事)
http://toyokeizai.net/articles/-/194719

「ヘリコプターで空から1万円札をばらまくがごとく、消費者や企業におカネを供給する。ヘリコプターマネーは、マネタリストとして高名なミルトン・フリードマンがマネーストックを増やす具体的な手段の例として、「たとえばヘリコプターから現金をばらまいたとしよう」と書いたのが始まりだ。バーナンキ元FRB議長がデフレ対策の切り札として提唱したので、デフレ対策として認識している人も多いだろうが、もともとはおカネの過剰供給が一時的には景気をよくするものの、いずれインフレを引き起こして大変なことになる、という警鐘だった。(略)
政府が財政赤字を出し続けて政府債務が累積する一方で、日本銀行が国債の保有残高を増やしてマネーストックを増加させている日本経済の状況は、ヘリコプターマネーの供給を行っているのとほとんど同じではないか。 (略)
強力な政策でインフレの加速を抑制するというインフレターゲット政策について、現在の時点で国民的な合意ができたとしても、実際に強い金融引き締めや大規模な増税を行おうとすれば、政治的な反発が非常に大きくなるので実施できるかどうか怪しいものだ。(略)
高齢化が進むことで日本経済がインフレに転じる、あるいは日本の財政や日銀への信認が低下して海外への大量の資金逃避がおこり大幅な円安による輸入物価の上昇からインフレになるなど、インフレの制御が困難になるというのが可能性としては高く、対処が困難な問題に直面するシナリオではないだろうか」

櫨氏は、いわゆる“ヘリマネ政策”が財政赤字を発散させハイパーインフレを惹き起こすと警告したいようだが、これぞまさに『杞憂』である。

エコノミストという生き物は、年中オフィスに閉じ篭りっきりで、その行動範囲は自宅と勤務先以外、せいぜい、兜町や本石町、永田町、霞が関界隈くらいのものだから、下界の実態には案外疎い。

櫨氏の「おカネの過剰供給が一時的には景気をよくする」なんてくだりは、彼が経済の本質や、その発展過程をまったく理解していないことを露呈している。

消費者と生産者間のモノやサービスの授受、雇用者と被雇用者間の労働力や給与の授受を媒介するのがおカネ(マネー)であり、その授受の回数や量、スピードの総量こそが経済の大きさを決める。
よって、経済成長(=国民や生産者の所得増加)のためには、消費や投資を通じたおカネの流通頻度、流通量、流通速度を常に向上させる必要があり、そのためには、実体経済で活躍するおカネの総量を増やし続けねばならないのは当然だ。

櫨氏みたいに、おカネの役割を景気対策用の一時的な支出だけに縛ろうという発想自体が根本的に間違っている。
経済の規模が大きくなれば個々の決済量も増えるのだから、決済に不可欠なおカネの量を拡大するのが当たり前ではないか。

また、櫨氏は、日銀の量的緩和政策による既発債の大量買取をヘリマネと同義だと唾棄気味に語っている。

しかし、我が国の量的緩和政策は、日銀の国債保有割合増加による実質的な政府債務の低下という効果は認められるものの、いたずらにマネタリーベースを増やすだけで、実体経済を刺激するまでには至っていない。

例えるなら、「寒さを凌ぐ上着にこそなれ、空腹を満たす食糧にはなり得ていない」状態でしかなく、とてもヘリコプターマネー呼ばわりできるような代物ではない。

ヘリマネとは、国民や企業の懐に消費や投資に使えるおカネを直接捻じ込む、かなり積極的な財政政策のことであり、安倍政権や黒田日銀が箸休め程度に行っている中途半端な金融政策とは次元がまったく違うものだ。

それにしても、櫨氏みたいに、現状やってもいないし、今後やる可能性がほぼゼロに近いヘリマネ政策を恐れて、「日本の財政や日銀への信認が低下する」、「ハイパーインフレが起きて大変なことになる」と空騒ぎする連中の頭の中は、いったいどうなっているのか。

彼は、一旦インフレが進行すると制御不能になる、金融引き締めや増税は政治的反発が強くインフレ対策が効かなくなる、と懸念するが、バカもほどほどにしろと言っておく。

金融引き締めなんて、戦後復興期や高度成長期だけでなく、バブル退治やITバブル崩壊からの回復期など過去に幾らでもやっているし、その際に国民や企業から大きな反発があったという記憶もない。

増税についても同様で、消費税導入の議論をしていた時代こそ、反発を喰らった与党が選挙で敗北を喫することもあったが、一旦導入された後は国民も物分かりがよくなり、相次ぐ税率引上げに対した抵抗もせず、唯々諾々と納税を続け、増税の恨みの矛先をなぜか公共工事のせいにする風潮が蔓延している。

つまり、いざという時のインフレ対策が国民の強い抵抗に遭う懸念などさらさらなく、インフレの炎を消火する手段がないという櫨氏の懸念は空想の類でしかない。

また、彼は、「高齢化が進むことで日本経済がインフレに転じる」と述べている。

しかし、我が国は、1995年の国勢調査で65歳以上の高齢者割合が14.5%に達して「高齢社会」となり、2007年には21.5%にまで上昇して「超高齢社会」になったとされるが、その間の経済状況はインフレどころか、強烈なデフレに悩まされてきたではないか。

これは、今後更なる高齢化が進行する将来においても同じことで、生産者や供給の担い手が減るからと言って自動的にインフレが到来するわけではない。
緊縮政策の継続により所得の停滞や減少が続けば、欲しいモノがあっても買うカネがない多くの国民は、将来不安と現在不安に脅え消費を抑制せざるを得なくなる。

その先にあるのは、中短期的には需要不足によるデフレ経済だが、数十年単位の長期スパンで見れば、需要不足の深刻化がやがて産業を崩壊させ供給力や生産力を大きく棄損させるだろう。
そして、内需が衰亡し、モノづくりやサービス提供力という「国富」が極度に劣化した我が国の貿易収支は大幅な悪化を余儀なくされ、国民所得が極限まで低下した重篤の状態で、輸入コスト増大による猛烈なコストプッシュ型インフレに見舞われるかもしれない。
まさに、痛い上の針、弱り目に祟り目と言える。

そういった最悪の未来を忌避するためにも、ヘリマネでも、日銀の国債直受でも、紙幣増刷でも、ベーシックインカムでもよいから、国民や企業の財布や金庫を分厚くさせる大規模かつ長期にわたる財政金融政策が必要なのだ。

いま心配すべきは、対策や封印方法が完備されたインフレを徒に恐れることではない。
人々から消費欲を奪い、企業から生産力を奪うデフレ不況にこそ正しく脅えるべきなのだ。

不況克服に経済政策の照準を定め、積極的な財金政策により国民や企業の需要力を強化しておきさえすれば、それが発端となり供給力も維持向上するものだから、多少のインフレなど物の数ではない。

櫨氏のように、ありもしない幻に脅え、経済政策の真贋を見紛うのは、プロのエコノミストとして誠に恥ずべき行為だろう。

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