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2018年1月 8日 (月)

満足レベルの低下が生産力の衰退を招く

『人口減は日本にとってイノベーションを準備するいい機会だ』(2017.12.25 週刊ダイヤモンド)
http://diamond.jp/articles/-/154081

上記は、週刊ダイヤモンド12月30日・1月6日特大号の第一特集「総予測2018 世界は新次元!」の冒頭にある吉川洋・立正大学教授と楠木建・一橋大大学院教授との特別対談の一部を抜粋したものだ。

対談の要旨を掻い摘んで紹介してみると次のとおりだ。
・人口減=GDP縮小とはならない。イノベーションにより一人当たりのGDPを伸ばせば問題ない。
・イノベーションとは「何がいいか」という「価値の次元そのもの」の変化。日本初のイノベーションの代表選手がソニーのウォークマンだった。
・海外頼みではなく、国内で次世代のモノやサービスへの新しい価値を創り出す試みこそイノベーションに通じる。(例:高齢者用紙おむつのインドや中国市場への拡大)
・全ての価値観は“気のせい”。内閣府の「国民生活に関する世論調査」の生活の満足度に関する問いに「満足」と答えた割合は17年の調査が過去最高だった。
・「失われた20年」なんて言ってもかつての英国病より遥かにマシで、日本の不況は高が知れている。
・日本には欧米や諸外国に劣らぬ底力があり、必要以上に将来を悲観する理由はない。

人口減=成長放棄ではないとの意見には筆者も同意する。

我が国の人口減少ペースは、当面、非常に緩やかだから、積極的財金政策のアクセルを吹かせば、名目・実質ともに経済成長の伸び率は、人口減少ペースを十分に凌駕できるだろう。

また、海外だけでなく国内市場の中にもイノベーションにつながるシーズが埋蔵されているはずだという見方にも賛同する。

ヘルスケア、福祉サービス、小ロット高速移動体、省エネ等々、国内市場にも潜在的イノベーションが山積している。
仮に、太りにくい糖質や炭水化物が開発されれば、川上の一次産業から川下の三次産業まで巻き込んだ巨大なマーケットを生み出すのは間違いない。

一方で、いまの日本の不況は大したことはない、日本人は生活に満足しており、将来を悲観する必要はないとの言い草には賛同しかねる。

対談の中で吉川氏は、「国民生活に関する世論調査」(平成29年6月調査)で、現在の生活にどの程度満足しているかとの問いに、「満足」の割合が73.9%(「満足している」12.2%+「まあ満足している」61.7%)に達し、過去最高だったことをとらえて、あたかも日本人は不況を気にしていないかのようにミスリードしている。

この調査は昭和20年代後半から行われているが、同趣旨の質問に対する過去の結果を見てみると、オリンピック景気の昭和39年には62.0%、いざなぎ景気に沸いた昭和44年には満足63.5%、バブル景気絶頂期の平成2年には66.8%という結果であり、満足度の高さは経済成長率の伸びと反比例している。

こうした調査に「満足」だと回答する人は、他人と自分との生活レベルを相対的に比較し、周囲との差異の小ささに満足しているに過ぎない。

つまり、絶対的な所得水準や雇用条件を評価して満足・不満足を判定するのではなく、お隣りや会社の同僚と比べて、“確かに俺の給料は低いけど、周りもみんな低いのだから仕方ない。不況で贅沢も言えないから、まあ満足かな”と諦めているだけのことだ。

全世帯平均所得はピーク時(平成6年)の664万円から平成27年には545万円へと18%も下がっているのに、国民の生活満足度が上がるはずがないことくらい小学生でも理解できる。
満足割合の表面ヅラの数値だけを見て拙速に判断することなく、「満足」という言葉の質やレベル、基準点自体が低下していることに思いを馳せねばなるまい。

好景気に沸き、物価も給料も凄いスピードで上がっていた時代は、国民が「満足」という言葉に求めるレベルが、いまとは比べものにならぬほど高く、年収が10~20%上がっても、“お隣さんは、もっともっと上がっている”と容易には満足せず、より高い待遇を求め、そうした欲望や熱気が強力な需要の原動力となって経済成長を起爆し続けた。

翻って、現代の日本は、どれほど給料を下げられても、“同僚だって低い給料で我慢しているから”と自分を納得させ、ちょっとばかり給料が上がれば、“不況だし、一円でも給料が上がれば儲けものだ”と「満足」のバーを勝手に下げ始める。
その結果が、昨今の満足度の嵩増し現象の正体なのだ。

日本の不況なんて大したことはない、かつての大恐慌時代と違い道端で野垂れ死にしている者なんていないじゃないか、というバカバカしい詭弁にも呆れるばかりだ。
我が国年間が死者数は1,800~2,000人と推計され、500人程度だった1970~80年代の4倍近くに上っている。

また、平成28年度の統計でも、経済・生活問題や勤務問題など経済的理由による自殺者数は5,500人を上回っており、「日本の不況は高が知れている」などと嘯く痴れ者の無神経さに腹が立つ。

不況の深刻さを理解せぬバカが政権を担っている間に、日本の企業者数は2009年から2014年にかけて39万者も減っており1999年との比較では103万者も減っている。
このままのペースなら、この先50~60年余りで我が国から企業は消滅してしまうだろう。

ご紹介した対談記事の中で楠木氏は、ソニーのウォークマンこそ日本発の製品イノベーションだと得意げに語っているが、1979年発売の“骨董品”がいまだにイノベーションの代表例として語られることの異様さを理解できぬらしい。

イノベーションと聞いて40年近くも前に世に出た製品の名が真っ先に挙げられる(≔それ以外に適切な例がない)という現実が、日本のモノづくりの長期にわたる低迷・停滞ぶりを物語っている。

そうしたモノづくりの大停滞時代を招いたのは、供給サイドが得るべき収益不足、つまり、需要力の低下に他ならず、これを放置したまま不況を軽く見ようとする両氏の見解には首肯しかねる。

対談の締めに吉川氏は、必要以上に日本の将来を悲観する理由はないと高を括ったようなコメントをしているが、筆者は逆にかなり悲観している。
なぜなら、我が国の高名な経済学者と経営学者が揃いも揃って経済問題の根源を理解せず、一方の国民も、成長や幸福の追求を諦め、もはや諦観の域に達しつつあるからだ。

欲望の衰退や縮小は、需要の弱体化と供給力の老朽化や陳腐化に直結する、云わば、資本主義経済を動かすエンジンの破損と同義であり、最大の需要家たる国民の意識レベルの低下は如何ともしがたい。

「日本はもう成長できない」という諦めと、「現状の生活レベルさえ維持できればよい」というぬるま湯に安住しようとする怠け心こそが日本の社会機構を腐らせるがん細胞であり、これらを克服せぬ限り、日本社会が悲観の闇から覚めることはないだろう。

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