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2018年2月12日 (月)

貨幣(お金)の本質

拙ブログでは、開設以来、国民生活をより豊かにし、国富である生産力の維持向上を図るために、機能的財政論に基づく積極的な財政金融政策を、大規模かつ持続的に実行するよう訴えてきた。

機能的財政論という学術用語を使い、偉そうなことを述べているが、簡潔に言えば、政府は、政府紙幣でも日銀の国債直受けでもいいから、いますぐ財源論に終止符を打ち、政策論の実行に全力を投じるべき、つまり、「国民生活向上と国富増進のために、カネを刷ってでも、やるべきことをやり続けろ」ということだ。

いまは虫けら以下の存在に過ぎない機能的財政論だが、将来、何らかの僥倖を得てクローズアップされる機会があるとしたら、当然、国民はお金(貨幣)の意味や仕組みに関心を持ち、それまで何気なく使ってきたお金の役割を見直すことになるだろう。

そうした事態に備えて、今回は、貨幣に対する筆者の考えを改めて論じてみたい。


さて、お金(貨幣)とは何か? という疑問や問いには、既に様々な答えが用意されている。

もっとも有名なのは、ドストエフスキーの『金(貨幣)は鋳造された自由である』という辯だろう。

この短文には、二つの意味が込められている。

一つは、「貨幣は、自然発生したものではなく、人為的に造り出されたものである(=貨幣それ自体に価値はない)」ということ。

もう一つは、「貨幣には、それを持つ者の地位を引き上げ、不平等を解決する絶大な力を持っている(=平等の象徴的存在)」ということだ。

ドストエフスキーも述べているように、本来、貨幣は人為的かつ無限に製造できるはずだが、現実には、一般国民が保有する貨幣はごく僅かで、貧困や不自由な生活、不平等が解決されないというジレンマを抱えたままだから、ほとんどの国民は、彼の名言を素直には受け入れられないかもしれない。

ここで、さまざまな論者による「貨幣とは、何か?」という問へのアプローチをいくつか列挙してみる。

・発行者である国家の資産と期待収益を担保とした証券である

・取引や決済に即時に使用しうる資産のストックである。

・日銀の負債や借用書(日銀振出しの借金の証文)である。

・モノの貸し借りの記録が発展した借用書であり、常に誰かにとっての負債である。

・貨幣価値の拠り所や根源は、納税に使えるかどうかということに尽きる。

・貨幣価値の源泉は、貨幣が流通する国の生産力であり、その機能の本質は、物々交換を加速させることにある。

等々、いずれも一理あるものばかりだ。

総じて言えるのは、「貨幣は物々交換から自然発生的に生まれてきたもので、貨幣の発生は国家や法制度とは関係ない」と時代遅れの念仏を説く“貨幣商品説”を支持する者は皆無に等しいという事実だろう。

だが、筆者は、貨幣に負債性を課す考えには、ある意味頷ける部分もあるが、やはり全体的には違和感を拭い切れないのが正直なところだ。

確かに、日銀券(という貨幣の一種)が世に出回るためには、先ず日銀が市場から既発債を購入して、金融機関の日銀当座預金に代金を振り込まねばならない。

その際に、発行された日銀券は、国債という資産に裏付けられた“負債”だと解釈できるし、実際に日銀券はB/S上で負債勘定に計上されている。

また、別の側面から考えると、消費者や購買者から貨幣を手渡された生産者は、貨幣価値に応じた商品やサービスをほぼ強制的に提供せざるを得ないから、生産者側は、貨幣を差し出す消費者に、商品などの反対給付を強制されるという意味で“負債を負っている”と解することもできる。

日銀が決算書で日銀券(貨幣)を負債に計上しているのは事実だが、例えば、政府は硬貨(貨幣/政府貨幣)を負債計上されず、「造幣益」としてストレートに利益化している。

日銀は統合政府の一部として政府の通貨政策に組み込まれいるのだから、本来なら日銀券も、国債購入という手段を経ずに、硬貨と同じく、歳出の財源(政府紙幣)として直接発行し「発行益」として利益計上すればよく、わざわざへりくだって債務化しなくてもよい。

日銀券は負債扱いや債務扱いされてはいるが、現実に債務を履行する手段はと言えば、持ち込まれた貨幣を新しい貨幣に「交換」するしかなく、対価としてゴールドやプラチナを渡すといった形で債務を返済する術はない。
(※しかも、日銀の窓口では、破損した紙幣・硬貨の交換以外の両替には応じていない…)

つまり、日銀ができるのは、せいぜい両替・交換くらい(現実にはそれさえやっていない)で、一般的な意味での負債や債務とは程遠い。

念のためネットで「負債」の意味を検索すると、「他から金銭や物資を借りること。その借りたもの。また、債務」と解説されている。

よって、貨幣に負債性を課そうとするなら、
・貨幣が持つ債務や負債を最終的に負担するのは誰なのか?(国民なのか?)
・負債は、どういう形で(何をもって)返済すればよいのか?
・負債の返済期限は何時なのか、返済の対価は何か?
という点についても、解りやすく具体例に説明した方が国民の理解もより深まるだろう。

実際、学術的には「貨幣=負債」というのが正解なのは間違いないだろうから、あとは、経済政策の手段として貨幣を活用する際に、貨幣発行に負のイメージが付かぬよう、解りやすい説明や配慮が必要だろう。

こうした現実を踏まえても、なお、筆者は貨幣の負債性を認めてはいない。

そもそも、日銀券(貨幣)の発行に当たり、日銀は他から金銭などを借り受けているわけではないし、事実、誰かに何かを返済する義務も負っていないから、貨幣の負債性をやたらとクローズアップするのは、元々存在しない負債をことさら強調し、貨幣増発に対する国民のマイナス感情を徒に煽ることになりかねない。

また、日銀券の価値を担保するのは日銀が保有する国債だという論もあるが、担保である国債が最終的に何に換金されるかといえば、結局は「貨幣」に行き着く。

これは、ゴールドやプラチナ、株式、社債など他の資産でも同じことで、何を担保にしようと、資産価値を具現化する(=資産売却による価値の確定)ためには必ず換金せざるを得ず、最後は貨幣に辿り着く。

つまり、この世に存在するいかなる資産であれ、資産価値を確定できるのは貨幣しかなく、結局のところ、貨幣の価値を最終的に証明できるのも、やはり「貨幣」自身しかないのだ。
よって、貨幣の負債性を論じるのは、あまり意味がないように思える。


もう一点、貨幣価値を納税とリンクさせる論考も非常に解りやすい反面、これを社会法則として完全に敷衍できるかというと、やや疑問が残る。

例えば、江戸時代の徴税形態は、一部で金銭での納税が認められたものの、その主軸はあくまで“米”であったし、さらに歴史を遡れば、労役や物納による徴税が一般的だったにもかかわらず、徴税の主役ではなかった貨幣は、既に広く流通していた史実もあり、徴税権と直接リンクしない貨幣に価値はないと言い切るのは無理がある。

無論、幕府や大名などの領主は、集めた米を即現金化したので、米と貨幣がほぼ直接的につながっていた「米本位制」だと言えなくもないが、当時、徴税権と直にリンクしていたのは、一義的には米であって貨幣ではない。

また、貨幣は、江戸時代を通じて数度の改鋳による素材の劣化(金銀含有率の低下)があったにもかかわらず、信認度はほぼ安定していたし、仮に、道端に小判と一石の米を投げ置き、庶民にどちらを拾うか選ばせたとしたら、ほとんどの庶民は、納税に使える米ではなく、使用範囲が格段に高い小判の方を選択するだろう。

さらに、過去のアルゼンチンやブラジルみたいに、自国通貨よりも外貨である米ドルの方が国民に信用され広く流通する例が散見されるが、これも、納税に使えない貨幣(米ドル)の価値が強い信認を得た事例だと言える。

このように、納税機能と直結しない貨幣であっても国民の信認を得て広く流通するケースが確認されている以上、貨幣は納税に使えなくとも、消費や決済手段として十分に通用する可能性が極めて高い。


以上、“貨幣とは何か”を巡る議論について長々と論じてきたが、最後に筆者なりの意見を述べたい。

筆者は、「貨幣とは、何か?」という問いに対して、

貨幣が持つ、
・交換媒体(相互売買のための流通手段)
・価値測定尺度(価格決定のための共通基盤)
・価値貯蔵手段(貯蔵して後で使える)
という三原則を踏まえたうえで、

次のように定義する。

❶労働・生産・消費・法規や規範の順守という社会基盤や社会インフラに裏打ちされていれば、ほぼゼロコストで創造可能

❷人々に労働の動機と十分な所得を与え、生産者に生産や投資、人材育成、技術革新の動機を与える媒体

❸経済活動をフル回転させ、その循環速度を加速し、循環の輪を拡大させ得る唯一の存在

❹貨幣価値を担保するのは、生産力や消費力、遵法精神や社会規範の強さ、教育水準、科学技術力、経済活動を支えるインフラや流通網など、国家の堅牢性そのもの

❺貨幣を使った経済活動がもたらす利益の受益者は、常に国民である

よって、貨幣は神棚に上げて敬い拝むものではなく、実体経済に引き摺り出し、国民総出で、日々酷使すべきものなのだ。
なぜなら、貨幣を使えば使うほど経済力は強化され、供給力が高度化し、人々はより利便性や満足度が高い生活を手に入れられるのだから。

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