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2018年4月

2018年4月26日 (木)

供給が需要を追いかける世界

『インフレは起こらず、デフレが継続すると考える理由 ⁉︎』(アゴラ 荘司雅彦/弁護士)
http://agora-web.jp/archives/2031986.html
「日銀が消費者物価指数2%上昇の目標を掲げてから久しい。中央銀行としてのブレない姿勢は大いに評価できるが、現実的にはデフレ脱却は困難だろう。ましてや、インフレは当面は発生しないと私は考えている。(略)」

上記コラムで荘司氏は、インフレが起きにくい理由として次の三点を挙げている。
①技術進歩により多くの分野で高級品がコモディティ化して安価になっていること
②自由貿易促進による安価な輸入の流入量が増えていること
③参入障壁が撤廃され、高額所得を得ていた業界の収益力が低下していること

たしかに、消費者物価指数自体は今年2月時点で0.5%(生鮮食品及びエネルギーを除く)と低迷気味だが、国民の肌感覚とは明らかに異なる。

一般的な国民が物価動向を推し量るに当たって最も重視するのは、何といっても食料品の価格であり、特に昨今の野菜類を中心とした食品価格の高騰(キャベツや白菜で平年比1.5~2倍、10年前と比べて即席めん+15%、牛乳+30%、マーガリン+40%、マグロ缶詰+25%)や内容量減による実質値上げを買い物のたびに実感させられる消費者サイドとしては、デフレどころか、インフレ気味のプライスタグを見るたびに溜め息をついている。

荘司氏が挙げた技術進歩・自由貿易・参入障壁撤廃の三点は、価格だけでなく、企業の収益源や雇用まで破壊してしまい、結果として、H9をピークにサラリーマンの所得は20年以上も下がり続け、国民は膨大な購買力を奪われてしまった。

仮に日本経済が順調に成長を続けていたとしたら、技術進歩や自由貿易により個別商品やサービスの物価が下がった分だけ、浮いた購買力型の商品やサービスの消費に向かって然るべきだろう。

つまり、これまで200円だった商品Aの価格が180円に下がったとして、商品Aを欲していた消費者は、差額の20円分を他のサービスBの購入に振り向けられるはずだ。

だが、ここ20年の長期不況下で起きたのは消費者の強烈な家計防衛本能の発動であり、浮いた20円はひたすら貯め込まれ、昨年末の家計部門の預金残高は961兆円と、1995年の607兆円の1.6倍近くまで膨張している。

価格下落により生じた余剰購買力は、消費には向かわず貯蓄の世界に引き籠り、企業の収益力を弱体化させ、さらに労働所得の低下を加速させるという負のスパイラルを惹き起こした。

リフレ派の連中は、「安価な輸入品により物価が下落しても、その分だけ他の消費に廻るから何の問題もない。自由貿易バンザイ‼」とアホな主張をしていたが、所得漸増期待を奪われた消費者が選択したのは、消費ではなく貯蓄(消費の抑制)だった。

国民(消費者)が貯蓄より消費に関心を持てるようになるには、雇用の安定と所得増加に対する確度の高い期待が欠かせない。

いま手元にあるカネを使っても、すぐに次の収入が入ってくると確信できるからこそ、価格下落で生じた余剰金を、ためらいなく次の消費に充てられるのだ。

だが、国民だけでなく企業も総出で節約モード入りしている現況下では、カネを積極的に使う者が少なすぎる(=他者の所得の源泉を生む者がいない)ために、誰もが消費に疑心暗鬼とならざるを得ない。

荘司氏みたいに、技術進歩や自由貿易がインフレのアンカーになっていると傍観するだけは何も解決しない。
コラムの文中で「過剰なまでの供給に需要が全く追いついていない」と需要不足に言及しているのだから、その適切かつ具体的な解決法をきちんと明示すべきだ。

恐らく、彼のような根っからの緊縮&改革礼賛主義者は、供給と需要のアンバランス是正策として、財政政策による需要サイドの強化ではなく、供給サイドの破壊、つまり、徹底的なゾンビ企業潰しを主張し始めるだろう。

大規模な財政支出により、企業収益の下支えと給付制度の強化(家計所得の増加)にきちんと取り組めば、技術進歩がもたらす余剰購買力は問題なく次の消費に向かうし、野放図な自由貿易や参入障壁撤廃が問題なら、それを制限すればよいだけの話でしかない。

肝心なのは、ただ単に●%という物価水準達成を目指すのではなく、物価変動の根源にある国民所得を常に高いレベルで増加させ続けることだろう。

国民が財布の中身を気にせずに消費を謳歌できる望ましい経済環境や雇用環境を一日も早く実現すれば、物価目標なんていとも容易くクリアできるはずだ。

「潤沢な所得を手に入れた国民の過剰なまでの需要に追いつくために、供給サイドが技術革新や生産性向上に挑み続ける経済環境」こそ、目指すべき世界だと思う。

2018年4月23日 (月)

感度の悪いバカ政治家

『経済成長感じない人は「よほど運がない」 麻生氏』(4/17 朝日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180417-00000080-asahi-pol

【麻生太郎財務相(発言録)】
「政権の安定があったからこそ、これまでの経済成長がずっと継続性を持たせられたのは間違いない事実であって、5年前より今の方が悪いという人は、よほど運がなかったか、経営能力に難があるか、なにかですよ。ほとんどの(経済統計の)数字は上がってますから。(吉田博美参院幹事長のパーティーのあいさつで)」

経済の“ケ”の字も知らぬ間抜けな政治家は、厳しい現実がまったく見えていない。

麻生氏はしきりと「5年前(旧民主党政権時)との比較」を強調するが、そんな低レベルの相手に勝って得意顔で自慢するほど天下の自民党は落ちぶれたのか?

筆者から見れば、100点満点のテストで10点しか取れなかったバカが、9点しか取れないもう一人のバカを見下しているようにしか見えない。

安倍政権や与党の連中が、何かと弱い相手(旧民主党政権)を引き合いに出したがるのは、自分たちの実績に自信が無いことの裏返しだろう。

旧民主党政権の経済政策が散々な出来栄えだったのは確かだが、日本経済を長期デフレ不況に陥れた主犯は、それ以前の自民党の橋本・小泉(クズ)・福田政権による経済失政のせいであることは間違いないから、自民党の連中が旧民主政権の失敗を非難する資格などない。

麻生氏は、株価や雇用、賃金などの統計を盾にアベノミクスの成果を誇りたいようだが、経済談義をする際に、真っ先に株価の話をする輩は、間違いなく経済の本質を1%も理解していない“ジャンク”である。

年金積立金管理運用独立行政法人の資料によると、年金運用の25%程度は国内株式で運用されており、株価動向が年金運用実績に一定の影響を与えるのは事実だ。
ただし、それはあくまで間接的かつ長期的な影響であって、実際の消費活動に多大なインパクトを与え得るものではない。

我が国の個人投資家の割合は最大限見積もっても18%とされ、保有額300万円未満の層が全体の6割を占めるなど少額運用者が目立つうえに、実際に収益を上げているのは、その内、せいぜい5%ほどしかいないとも言われている。

極めてマイナーな存在でしかない株式投資家の懐が少々潤ったところで、彼らが得たキャピタルゲインの殆どは次の投資に使われるだけで、実体経済の消費に与える影響などミジンコ未満の微々たるものに過ぎない。

また、麻生氏ご自慢の雇用とて、増えるのは非正規雇用や、サービス残業&土日出勤付き(さらに、上司のパワハラや顧客のクレームもセット)で月収20万円にも満たぬブラック企業の正社員の口ばかりではないか?

さらに賃金に至っては、2018年2月時点で現金給与総額は、2015年平均を100とした指数で名目値101、実質値100.5とほんの僅かしか増えておらず、ピーク時との比較でも名目値▲12%(対1997年)、実質値▲14%(対1996年)と長期低落傾向から抜け出せていない。
そればかりか、特に実質値は、麻生氏がバカにする旧民主党政権時代よりもひどい落ち込みようではないか。
【参照先】http://www.nippon-num.com/economy/nominal-income.html

昨年10~11月にかけてマスコミ各社が行った景気の実感に関する世論調査では、景気がよくなったかどうかを尋ねたところ、「実感がない」との回答割合が、朝日新聞で82%、TBS85%、NHK70%に達し、国民の大半が景気回復の実感すら持てないことが判る。

こんなことくらい、わざわざ世論調査せずともすぐに判ることだが、安倍政権や与野党、それを支持する安倍信者の連中は、相変わらず都合のよい夢想の世界に籠ったまま現実から目を背けようとする。

昨今の官製春闘相場で大手企業を中心に2~3%の賃上げの動きはあるものの、あくまで、日本企業のほんの一部に過ぎない「大手企業」に限った話であり、それもベース・アップではなく、賃金調整のしやすいボーナス支給が中心だから、日々の消費に強気になれるはずがないし、労働者の大半を占める中小零細企業の労働者やその家族たちにまで恩恵が波及するわけではない。

我が国では、平成以降の歴代政権が世界最悪の経済失政を打ち続け、国民が本来得るべき国富や所得が累計で数千兆円単位も消失したのだから、たった2~3%程度の賃上げで消費マインドが上向くはずがなかろう。

麻生氏みたいな真の経済音痴が財務大臣の椅子に腰を下ろしているようでは、我が国は失われた30年に突入するに違いない。
今すぐに安倍首相ともども職を辞し、後任に道を譲るべきだ。

ただし、後任候補者たちが、揃いも揃って経済素人のアホな緊縮主義者ばかりなのが、何より深刻な問題だが…

2018年4月18日 (水)

緊縮思想を断て!

『「消費税19%に」 OECD事務総長、麻生氏に提言』(4/13 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASL4F5JR8L4FULFA02B.html
「経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長は13日、麻生太郎財務相と会談し、日本の消費税率は将来的に、OECDの加盟国平均の19%程度まで段階的に引き上げる必要がある、と提言した。財務省によると、OECDが文書で19%という具体的な水準を示したのは初めてという。
 2019年10月に予定される消費税率の10%への引き上げについて、グリア氏は「適当だ」と話し、麻生氏は「予定通り引き上げられるように努力したい」と応じたという。」

どうせ財務省からOECDに派遣された連中が言わせたんだろうが、OECDみたいな国際機関の権威には一際弱い日本人のことだから、「消費増税は国際公約です(`・ω・´)」という緊縮派発の大嘘にコロリと騙されるに決まっている。

グリア氏は数年前から財務省による増税プロパガンダに加担しており、2016年にも当時の石原経済再生相に消費税を15%まで引き上げろと提案している。

当時、経済のことを一ミリも理解できない石原のお坊ちゃんは、グリア氏の妄想を天の声であるかの如く承ったが、今回の麻生財務相も、我が意を得たとばかりにグリアの暴言に首を垂れるありさまだから、政権や自民党首脳部のバカさ加減には呆れるよりほかない。

我が国の経済は消費税率が5%→8%に上がっただけも経済停滞でアップアップし、物価目標の半分にも届かないのに、税率を20%近くに引き上げればいったいどうなるか、小学生でも容易に想像できるだろう。

緊縮派のバカなら、「税率の大幅引上げにより、日本の財政に対する信頼度や、社会保障制度の持続性に対する安心感も増すから、国民も積極的に消費できる」というアフリカ人も驚愕のアクロバティックな詭弁を弄するだろうが、税負担や社会保障制度を改悪されて歓ぶ変わり者は日本広しといえどもネジの緩い緊縮派くらいのものだ。

先日、財務省が「社会保障に関する財政制度分科会」に厚生年金の支給開始年齢を68歳へ引き上げるべきだと提案したところ、国民から強い反発と怨嗟の声が上がったのを忘れたのか?

ただでさえ、財務省による公文書改竄や首相周辺に対する不当な利益供与が問題視され、そればかりか、変態次官のセクハラ問題が勃発している最中に、国民の猛反発を買いかねない増税や年金制度改悪を強行しようとする図々しさに強い憤りを覚える。

経済や社会機構を破壊してもなお、緊縮財政を強要したがる財務省に存在価値は一ミリもない。

政界では、一連の公文書改竄問題で財務省解体論が囁かれているが、以前のノーパンしゃぶしゃぶ問題による金融庁分離程度の小手先の改革では、まったく物足りない。

財務省は完全に解体し、予算編成権は立法府に移譲、国有財産管理は国交省に移譲、国税機能は年金機構と合併して歳入庁へ、税関機能は内閣府と経産省へ移譲すべきだ。
ついでに、造幣局や印刷局、JT、種類総合研究所等への財務省関連人材の天下りも一切禁じる必要がある。

特に、国家の経済政策を左右する予算編成権は財務官僚の手から取り上げねばならない。
税収の分配や国債・貨幣の発行、社保制度の充実は、国民の生命や生活に直結する超重要事項であり、財務官僚の恣意的な裁量に委ねるのは、悪魔に家の鍵を託すが如き愚行だろう。

この20年余りの政治家は、与野党を問わず財務省バリの緊縮信者ばかりで、予算編成権を政治家に渡しても、緊縮の潮流は直ぐには変わらないかもしれぬ。

経済財政諮問会議の場で、政権幹部の連中がPB黒字化や社会保障の縮減を得意顔で語り、与野党からそれを批判する声が一切出ない現状を鑑みれば、せっかく政界に予算編成権を与えても何の効果も出ない可能性が極めて強い。

だが、少なくとも政治家に対しては、(過大な期待はできないまでも)世論や選挙という圧力ツールが存在し、世論動向によっては緊縮政治の方向転換を迫れる可能性も僅かに残っている。

筆者は、世に蔓延する緊縮思想の源流を財務省単体の責任に帰すつもりはない。

その源流は一つではなく、政・官・財・報・学の多岐にわたっており、もはや主犯を特定するのは不可能だ。

むしろ、政・官・財・報・学に「民」を加えた全員が緊縮思想に染まりきっている、つまり、国民の大半が“主犯”だと考えざるを得ない。

よって、国民の意思で選出された政治家連中が、急に積極財政派に転向することなど期待していないが、予算編成を政治家が直接行うようになれば、現状のように、財務省という国民自身が直截に手を下せぬ高級官僚への遠慮や畏怖といった類いの防壁は取り払われるのではないか?

国民から見れば、強固な官僚組織のトップに君臨する財務省は、いわば深窓の頭脳集団であり、彼らに対する目に見えない劣等感や畏怖の念から、緊縮財政への批判を避けざるを得ないプレッシャーを感じていたのではないか。
それが、財務省の連中にとっては地球を守る大気のような防御層の役割を果たし、無遠慮かつ好き放題に緊縮思想を強要するのが見過ごされてきたのだ。

財務省に厳しい批判の目が注がれている今こそ、財務省にとって虎の子である予算編成権を剥奪するチャンスなのだ。

2018年4月16日 (月)

賃金が上がらないのは売上不足のせい

『なぜ日本の賃金は上がらないのか? 海外メディアの見る問題点』
https://newsphere.jp/economy/20180322-1
「今年の春闘では、好調な企業業績を反映し、ベースアップ(ベア)の上げ幅が前年を越える企業が相次いだが、安倍首相が求めていた賃上げ率3%を達成できた企業は少なかった。海外メディアは、日本の賃金が思うように上がらないのは、日本独特の理由があると指摘している。(略)」

外資にも外視(海外からの視線)にも弱いのが日本人の悪い癖だが、上記記事でもブルームバーグやフィナンシャルタイムズ、エコノミスト等の意見を採り上げ、日本の労働慣行に対する批判を展開している。

ブルームバーグ等の海外メディアは、日本が低賃金・低インフレに喘ぐ理由を次のように説明する。
①賃金水準が低い女性や高齢者の労働市場への流入増加によるもの
②低賃金・低福利厚生の非正規雇用の増加によるもの
③終身雇用・年功賃金制に伴う労働者サイドの賃上げ要求抑制効果によるもの
④その他、企業の内部留保が大きいこと、労組の交渉力が弱いこと、日本企業の生産性が低いことによるもの
⑤年金制度の持続性に対する若者世代の不安が消費を抑制している(年金制度が保つかどうか不安で消費に積極的になれない)

たしかに、①②が平均賃金引き下げのアンカーになっているのは事実だろう。

本来なら、(独身女性やシングルマザーは別として)旦那の給料が十分高ければ、主婦層は何も無理して働く必要はないし、高齢者とて余生を楽しめるだけの水準の年金がきちんと支給されれば再雇用で働くこともない。(どうしても働きたいという者は別だが…)

特に、非正規雇用は、企業サイドが雇用の調整弁代わりに便利に使っている実態上、被雇用者の賃金条件などが極めて不利になりがちで、雇用者サイドが一方的にメリットを享受し、被雇用者はデメリットばかりを押し付けられ、あまりにも不公正過ぎる。

これを是正すべく、本来なら非正規雇用を特殊な一部の業種のみに規制すべきだし、それが無理なら、非正規雇用の被雇用者の賃金を現状の倍近くまで引き上げ、不安定雇用のデメリット緩和措置を取るべきだ。

また、③の終身雇用制が賃上げ意欲を低下させているとの指摘は誤りだ。

終身雇用と年功序列が華やかなりし高度成長期や1970年代のわが国の平均給与増加率は、10%を軽く超え25%にも達したという厳然たる事実がある以上、終身雇用制が労働サイドの賃金要求を抑制気味にするという指摘はまったく事実無根と異なる。




(日本経済復活の会HPより)

④の指摘について、大手企業の内部留保が多過ぎることや、労組が怠け者だという部分には賛同するが、日本企業の生産性が低いとの指摘は間違っている。

企業が内部流を増やすのは、我が国の経済や需要力の伸びを悲観していることの裏返しだが、それならば、政府や官僚に対して大型の財政出動や消費税の減税や廃止といった景気刺激策を要求すべきだ。(現実には、政府は財政健全化への取り組みが足りないなどと真逆の愚痴をこぼすバカさ加減なのだが…)

日本企業の生産性が低いとの指摘は、日本人の労働コストの高さを暗に批判する意図から出たものだと思うが、そんなバカなことを言っているうちは、日本人の賃金が上がるはずがない。

日本企業の賃金が上がらないのは、経営層の脳内が守銭奴思想に汚染されていることもあるが、何といっても、賃上げの源泉になる「売上高」の低迷に真因を求めるべきだ。

下のグラフは、中小企業庁の資料から拾ったもので少々年代が古いが、国内企業の平均売上高(実質値ベース)は1980年(40年近くも昔‼)を100とした指数で見ると、全産業ベースで大きく下落しているのに驚かされる。




小規模・中規模・大企業ともに1980年代の指数を大幅に下回っているが、特に、小規模企業は1980年代/103.7→2010年以降/55.1、中規模企業は1980年代/104.7→2010年以降/51.6とほぼ半減しており、もはや壊滅状態といってよい。
むしろ、これだけ売り上げを落としてよく生き残っているものだと感心させられる。

一社当たりの平均売上高を伸ばしているのは大企業の製造業だけで、大企業といえども非製造業は1980年代→2010年以降で25%も下落しており、バブル崩壊以降、我が国の経済無策がいかに惨憺たる惨状をもたらしたのかが一目瞭然だ。

企業が力強く売上を伸ばすには、主戦場となる国内需要の旺盛さが欠かせず、需要力の増強には家計の所得増加が絶対条件になる。
そして、それを唯一可能にするのは、政府による聖域なき持続的な財政金融政策のみである。(むろん、企業側の労働分配率引き上げ努力も必要だが…)

最後に、⑤の「社会保障制度の持続性への懸念=消費抑制説」に基づく社会保障切り下げ論の詭弁を指摘しておく。

記事の中で紹介されたエコノミスト誌は、
「若者世代は将来の経済的不安から消費に消極的」→「若者を安心させるために年金などの社会保障制度を変える(切り下げる)べき」
という腐ったエセ論法を用いているが、年金支給額の減額や支給開始年齢の引き上げで若者世代が安心できるわけがない。間違いなく彼らの不安を煽るだけだ。

「年金支給が65歳から80歳に代わるのか… これで年金制度も安心だな。よしっ‼我慢していたパソコンでも買い替えるか」なんて張り切るバカが、いったい何処にいるというのか??

若者が消費を抑えざるを得ないは、年金不安ばかりではなく、現に自分の所得水準が低過ぎ、この先上がる見込みも無いからというだけに過ぎない。
そんなことは、そこら辺にいる若者に訊いてみればすぐに判ることだ。

どさくさに紛れ悪質な詭弁を用いて社会保障制度の切り下げを主張するバカには、経済記事を書く資格などない。
もう一度一から勉強し直して来い、と厳しく言っておきたい。

2018年4月12日 (木)

猫とライオン

アベノミクスに対して甘い採点をする論者は多い。

悪夢の民主党政権時代に比べれば、“雇用もGDPも格段に改善しているぞ”というのが安倍信者の言い分だが、筆者はそう思わない。

麻生政権→民主党政権→安倍政権という流れの中で、雇用や所得に改善が見受けられるのは確かだが、雇用指標の改善は、団塊世代の引退と若年層の人口層の薄さによる人口動態の変化による“自然現象”によるものだし、所得については、その増加幅があまりにも小さすぎて物足りない。

所得の持続的下落という“最悪の事態”だけは何とか回避したが、これまでの逸失分を取り戻すような改善や増進への積極的かつ力強い胎動はまったく感じられない。
つまり、失点を防いだだけで、見方を勝利に導くための得点を奪おうとする気概が伝わってこない消極的な貧打線でしかないと評価すべきなのだ。

地方や田舎から見れば、莫大なインフラ投資が行われ、眩しいばかりの発展を続ける東京都ですら、その平均年収を見ると2016年で605万円しかなく、2015年比で18万円も減り、政権交代のあった2012年の582万円との比較でも、年平均の伸び率はたったの1.1%程度でしかない。

正直言って、アベノミクスの恩恵なんてこんな微々たるものなのかと嘆息せざるを得ない。

この原稿を書いている3/26時点では、森友事件の余波が安倍政権の行方にどんな影響を及ぼすのか想像できないが、このまま安倍政権が続こうが、ポスト安倍の緊縮カルテット(岸田・石破・野田・河野)に交替しようが、『政・官・財・学・報・民』のいずれもが緊縮・改革志向に染まり財政支出を毛嫌いしている以上、大きな政策転換は期待しようがない。

だが、世の中には、安倍政権が終われば経済的混乱が避けられないと本気で心配する論者もいる。

『アベノミクスはこのまま終わってしまうのか~昭和恐慌を救った高橋是清が残した「教訓」』(3/26 東洋経済ONLINE村上尚己/マーケット・ストラテジスト)
http://toyokeizai.net/articles/-/213833

「3月19日に日本銀行を退任した岩田規久男前副総裁が編集者となっている『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)は、戦前の昭和恐慌の教訓を基に2013年から黒田東彦総裁が率いる日銀執行部が実施しているリフレーション政策を論じた名著だ。(略)
1929年に米国株市場の暴落で世界恐慌が始まると、当時の井上準之助大蔵大臣は清算主義に基づき旧平価での金本位制復帰を目指したことから、緊縮政策が実現した。このため日本経済は大収縮に陥り、10%を超える物価下落が生じるなど、1930年にはいわゆる昭和恐慌となった。
経済が大混乱となり政治情勢が緊迫する中で、1931年12月に誕生した犬養毅内閣で大蔵大臣に就任した高橋是清は、就任直後に金輸出再禁止によって金本位制度から離脱することで金融政策を機能させた。その後、1932年11月には、日銀による国債引き受けにより金融緩和政策を強化させたことで、貨幣供給量は5.6%に増えた。(略)
『昭和恐慌の研究』では、高橋財政による①金本位制からの離脱(通貨高政策の放棄)、②日銀の大規模な国債引き受けという、金融政策を中心とした経済政策のレジーム転換によって、デフレ克服と経済正常化を実現したと結論づけている。(略)」

村上氏は、大胆な財政金融政策を発動させ、世界恐慌からいち早く日本経済を脱出させた高橋是清と安倍首相を重ね合わせているようだが、「世界史上初のケインズ主義的財政政策」と評され、ケインズすら凌駕した高橋蔵相の偉業と、アベノミクスのように、まともな財政政策すら打てない “おママごと”を同列に論じるのは、高橋是清に対してあまりにも失礼だろう。

だいたい、リフレ派の連中は、金本位制からの離脱(円安誘導)や日銀による国債の直受けといった是清の政策を丸ごと「金融政策」の枠に嵌めたがるが、それは事実とは違う。

“高橋財政”と呼ばれる是清の経済政策の肝は、「金輸出再禁止,対米為替相場放置により為替は低落し,金本位制度時代の1ドル=2円弱から 1932年末には約3円強の水準で安定,金利も公定歩合引下げにより 31年末の 6.57%から 33年7月には 3.65%に低下し,企業利益の回復,輸出の増大,株価の騰貴をもたらした。また財政は,32,33年度予算において 15億円弱から 20億円台に急激に膨張したのち,36年まで 22億円台が続いた。この財源が増税によらず日本銀行引受けの公債発行に求められたところに特徴がある。財政支出増加は経済全体を刺激し,輸出・国内資本形成において大幅な生産誘発効果をもった(ブリタニカ国際大百科事典より)」とあるように、積極的な財政支出を断行したことにある。

いくら、日銀が国債直受けで財源を創っても、それが実体経済に売上や所得という形(インフラ投資や給付金など)で投じられなければ、大恐慌により収縮した消費を回復させることなどできない。

高橋財政が後世に名を残す業績を治めたのは、まさに「財政政策」により実体経済を直接的かつ積極的に刺激したからに他ならない。

よって、高橋是清の政策を金融政策のみの視点から語ろうとするのは悪質な偽証であり、その最大の功績は、財政・金融の両輪を大規模かつスピーディーにフル回転させたことによるものだと正確に論じるべきだ。

アベノミクスと高橋財政とを同列に論じるのは、同じネコ科というだけで、野良猫とライオンの力量を同一視するような愚行でしかなかろう。

2018年4月 9日 (月)

貨幣はゴールドを必要としない

『なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明できますか?』(3/15 現代ジャーナル 佐藤優/作家)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54721

「資本主義社会では、誰もが無意識に信じている拝金教という宗教がある。資本主義社会では、生活に必要な財やサービスを商品として購入しなくてはならないからだ。(略)
冷静に考えてみよう。1万円札を刷るのにかかる費用は、年によって若干異なるが、22~24円であるという。原価が22~24円しかかかっていない1枚の札で、1万円分の商品やサービスを購入することができる背景には、貨幣に対する信用があるからだ。これを貨幣教と言い換えることもできると思う。(略)
世界貨幣は、必ず金に収斂するというのが、経験的事実だ。(略)ちなみに19世紀後半に、貨幣は金に収斂した。その後、金と紙幣の交換が停止され、管理通貨制度が導入されたが、それでも各国の中央銀行は、貨幣発行の根拠となる金を備蓄している。究極的に貨幣は金によって裏付けられるという構造は変化していない。仮想通貨は、この基本構造を崩そうとするものだ。(略)」

コラムの中で佐藤氏は、

①貨幣は支払い手段として流通機能が必要だが、仮想通貨は現実世界でその機能を失い、流通が担保されず、もはや貨幣としての機能はない。よって、価値が上がり、富が増えるという仮想通貨に対する共同主観性が揺らいだ途端に暴落し、最終的には無価値化するリスクを抱えている。

②貴金属的価値を持たず人為的に作り出された貨幣の存在は脆弱。金(ゴールド)のように論理では説明しきれない歴史的に形成された絶大なるパワーを持つモノによって担保されないと貨幣は成り立たない。

という趣旨のことを述べている。

①の仮想通貨が無価値化するリスクを抱えているとの指摘には同意する。

「(仮想通貨は)通貨史上の大きな革命であるばかりでなく、まったく新しい形の社会を形成する可能性を示した」(野口悠紀雄/早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)といった具合に、過大な期待を掛け、空前絶後の新技術であるかのように騙る論者も多いが、こんなものは、17世紀のチューリップバブルや明治時代の日本で起きたウサギバブルのような投機や博打の類に過ぎない。

仮想通貨の一種であるビットコインの保有者は40~60%が日本人だと言われており、こんなものは貨幣でも何でもなく、ババ抜きに使うトランプでしかない。

そんなことは、仮想通貨を保有し取引に熱中する本人に聞いてみればたちどころに解る。

「あなたは何のために仮想通貨を持っているの?」、「ビットコインは世の中を劇的に変えますか?」と聞いてみればよい。
「仮想通貨を買ったのは、一儲けしたいからだよ。そんなの当然だろ?」、「ビットコインが変えるのは、俺の生活だよ」というゲスな答えが返ってくるはずだから…

仮想通貨に対する佐藤氏の見方には頷けるが、もう一方の金本位制への憧憬はいただけない。

佐藤氏のように観念論を好む人種は、どうしても金(ゴールド)みたいに有限性のある貴金属を信奉したがり、一国の生産力という限度こそあるものの、国家がほとんど無限に創造できる貨幣(管理通貨)への疑念をどうしても捨て切れない。(金なんて、光っているだけの金属に過ぎないのだが…)

貨幣が、現実世界のあらゆるモノ・サービスの価値基準となる絶対唯一の存在である以上、それは極めて神聖なものでなければならないと思い込んでいるようだ。

佐藤氏は、世界中の中央銀行が貨幣発行の根拠とするため金を備蓄していると主張する。

だが、世界の通貨供給量は2016年時点でおよそ1京円とこの10年間で7割増だそうだが、金の保有量は33,673t(2018年1月)とこの1年間でほとんど増えておらず、1960年代の37,000tより減ってしまっているではないか?

爆発的に増殖する貨幣(通貨)の価値を担保するはずの金の保有量が減っているという現実を見れば、佐藤氏の主張はまったく成り立たず、もはや貨幣価値と金と担保関連性は無いと認めるべきだ。

世界の金保有ランキングを確認しても、1位アメリカ 2位ドイツ 3位IMF 4位イタリア 5位フランスといった具合で、GDPランキングともずれており、経済規模や貨幣発行量が大きく貨幣価値の維持に努めるべき国のランキングとも噛み合わない。(ちなみに日本の金保有量は9位765tとアメリカの9.4%ほど)

だいたい、アメリカの金保有量を時価換算すると約40兆円と一見巨額に見えるが、アメリカの通貨供給量は昨年9月時点で約1,550兆円にもなるから、金の保有量は通貨供給量の2.5%しかなく、こんなもので担保云々を語ること自体がおこがましい。

要は、金に支えられずとも貨幣は立派に流通するのだ。
管理通貨制度が確立して50年近くが経過し、もはや貨幣そのもの存在が実物的な担保を必要とせぬ特別な存在であると、世界中の人々から認められるフェーズに入ったのだ。

佐藤氏とて、講演料や著作料を金(ゴールド)で払うと言われれば困るだろう。
受け取った金が本物かどうか、いちいち鑑定する手間がかかるし、そのままコンビニに持ち込んでもアイス一つ買えないのだから。

“なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明できますか?”との問いには、「類いまれな生産力と法規順守性の高さを誇り、世界トップレベルの信用力を有する日本という国が発行する国定貨幣だから」と答えるよりほかないが、佐藤氏みたいに金本位制への未練を断ち切れない人種には、もうひとつ、「あなたが気にする「原価24円」という価値を体現するのも貨幣そのものですよ」と付け加えておきたい。

2018年4月 5日 (木)

緊縮ノミクスから卒業を

『「目先ノミクス」から卒業を』(3/13 日経新聞 大機小機:与次郎)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO28005890S8A310C1EN2000/

「黒田東彦総裁再任、2人の副総裁人事の政府案が提出され、4月からは「異次元の金融緩和」も2期目に入る。日銀が「2%物価目標」の旗を降ろすことはない。とはいえ、何のための金融緩和か、改めて考えるよい機会である。
 金融政策の目的は何か。日銀法は日本銀行に「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」よう求めている。(略)
2%の物価上昇は喫緊の課題ではない。物価は安定し、日本経済は超完全雇用の状態である。こうした中、異常な金融緩和の副作用がはっきりしてきた。マイナス金利で金融機関の経営が悪化というのでは本末転倒だ。財政規律の緩みも確実に進行している。(略)
大胆な金融緩和、第二幕では「目先ノミクス」を卒業し、中央銀行の独立を回復してもらいたい。」

「物価は安定」、「日本は超完全雇用状態」、「財政規律の緩み」…
いやはや、目先が曇るどころか、脳内があらぬ妄想と作り話で汚染されているのは、コラムを書いた与次郎氏の方だ。

緊縮主義者と構造改革主義者揃いの大機小機には、いつも失笑させられるが、今回の内容も酷い。

まず、金融緩和政策の2%の物価目標の意義を誤解している。

これは、当の日銀首脳陣やリフレ派の連中も同じだが、「量的緩和やマイナス金利政策が実質金利の引下げと円安効果を生み、市場にインフレ期待が醸成され、投資や消費が刺激され物価上昇につながる」といった具合に政策の意味を取り違えているようだ。

実質金利の低下と消費・投資の活性化とがイコールの関係になるためには、それらの源泉になる企業・家計の収益・所得が十二分に潤沢でなければならない。

企業にしろ、家計にしろ、いま現在、そして、将来にわたり収益や所得が増え続けるという明確な希望や確信を持てぬ限り、インフレ期待や成長期待を抱くことはない。

低賃金下の物価上昇は、「期待」ではなく「不安と恐怖」しかもたらさない。

2%の物価目標というゴールは、企業や家計の懐が完全に温まる(=収益や所得が潤沢に増える)という前提条件なしには成り立たないが、リフレ派の連中も、金融政策を嫌う緊縮派のバカどもも、物価目標という数値ばかりに拘り、政策の真意を完全に見失っている。(あるいは意図的に無視している)

与次郎氏は、物価が安定していると思い込んでいるようだが、日銀の「生活意識に関するアンケート調査-2017年12月-」(第72回)によると、現在の物価に対する実感(1年前対比)を尋ねたところ、「かなり上がった(7.6%)」・「少し上がった(59.5%)」と67%以上が物価上昇を実感しており、体感的な上昇率は平均で+4.5%、さらに1年後の物価上昇予想は+4.3%と答えており、安定どころか、多くの国民は食料品やガソリンなど日用品の値上がりに苦しんでいる。

また、彼曰く、“日本は超完全雇用”だそうだが、労働力調査による完全失業者数159万人に加えて、潜在失業者数はいまだに400万人以上と推計されており、いったいどこが超完全雇用なのかまったく理解できない。
【参照先】https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/research/pdf/9627.pdf

だいたい、“超”が付くほどの完全雇用なら、とうの昔にロスジェネ世代が失業や非正規雇用から脱しているはずだし、最賃の時給が1,500円、大卒初任給も30万円くらいに上がっていてしかるべきだが、まったくそんな様子は見受けられない。

筆者は学生時代に本当の超完全雇用を経験したが、アパートで寝ていても企業や学生OBから面接の電話がひっきりなしに掛かってきたし、就活で上京する際の交通費や宿泊費もすべて企業持ち、人事部やOBとの面談は高級レストランでおごりなんてのが当たり前だった。

知り合いの中には、企業からの電話に出ただけで内定を宣告された者や、計13社もの内定を獲った豪傑もいた。

そんな呑気な時代に比べれば、いくら売り手市場とはいえ、昨今の就活なんて、学生は面接対策やエントリーシート、TOEICなどに振り回され、かなり大変で気苦労が多く、就活に伴う費用負担もバカにならない。
こんなもので超完全雇用を名乗るなど、おこがましいにもほどがある。

最後にお決まりの「財政規律の緩み」だが、ここ5年余りの我が国の一般会計予算(国債費を除く当初ベース)の推移を見れば、緩みどころか守銭奴ぶりが際立っており、ほとんど増えていないではないか。(いまだに総額で100兆円を超えていない…)

財政規律がちゃんと緩んでいたならば、いまごろ歳出規模は130兆円くらいになっていてもおかしくはない。

与次郎氏は、とにかく緊縮せねばという目先の小事に囚われ、現実社会の苦境がまったく見えていない。

彼は、コラムの締めで中央銀行の独立を回復すべきと強調するが、時勢を読み間違えた妄言でしかない。
我が国の経済は、絶対的な需要レベルの低下を原因とする不況に苦しめられており、日銀に求められるのは、独立を気取って通貨の番犬に成り下がるのではなく、政府の尻を叩いて積極的な財政政策を促し、実体経済に所得に直結する通貨を供給することなのだ。

2018年4月 2日 (月)

普通の国民が幸せになれる国に

『「今は持ち家よりも賃貸が賢明」~空き家激増、住宅相場上がり目なし』(3/19 PRESIDENT ONLINE 大前研一/ビジネス・ブレークスルー大学学長)
http://president.jp/articles/-/24668

「(略)40歳前後から下の若い世代ともなると、「家を持ちたい」という欲望のほうが少ない。(略)そもそも家を買って借金を抱えることは大きなリスクだと思っている。我々世代にはまったくなかった発想で、「負けから入りたくない」と彼らは言うのだ。
我々にとって結婚して「狭いながらも楽しいわが家」を持つことは目標だったし、女性を口説くうえで車は必需品だった。5%の金利なんて給料が上がればいずれ返せると思っていた。だが、今どきの若い人は「いつ足元が崩れるかもしれないのに、そんな借金をするなんて人生負けから入るようなものだ」と思っている。極端な話、結婚して家庭を持つことだって「負け」の部類だ。(略)
そもそも住宅政策は景気対策でやるべきものではない。もっと安く家を供給できるようにするのが本当の住宅政策だろう。日本の住宅の建築コストは欧米に比べて高い。(略)
私が一番の障壁だと思うのは住宅に使われる部品や部材の供給元が限定されていることだ。ガラスもアルミサッシも石膏ボードもトイレもタイルもほとんどが独占、もしくは寡占状態になっている。(略)世界中の材料が使えるようになれば、建築費は半分になる。(略)」

少子高齢化による空き家の増加に加え、農地の2022年問題(生産緑地の営農義務が22年に解除され宅地転用が可能になる)や都心の容積率緩和など、持ち家住宅の需給バランスが大きく崩れ住宅相場に上がり目はなく、持ち家より賃貸を選択して損はない、というのが大前氏の結論だ。

初めに指摘しておくが、住宅部品や部材メーカーの独占体制云々を批判する大前氏の主張は間違っている。

例えば、住宅部品メーカーのLIXILはトステム・INAX・新日軽・サンウエーブ・TOEXといった大手メーカーの大合併の末に生まれた企業だが、これとて、新設住宅着工戸数がH9の1,341千戸(持ち家+借家)からH28には974千戸にまで長期的な右肩下がりを余儀なくされ市場自体が大幅に縮小したため、止むを得ず統合を選択せざるを得なかったに過ぎない。

また、日本の住宅建設コストが欧米より高すぎるとの指摘だが、面積当たりの建設費の平均値を比べると、イギリス(42.9万円/㎡)やアメリカ(40.5万円/㎡)、デンマーク(35.4万円/㎡)などといった具合に、実際は日本(34.5万円/㎡)より高くなっており、大前氏は自らの思い込みを捨て、きちんと情報をアップデートすべきではないか。
〈参照先〉https://archi-book.com/news/detail/94

さて、現代の若者世代が住宅ローンに二の足を踏んでいるとの指摘については、筆者自身も、社会人生活の途中で平成デフレ不況の波の直撃を喰らって所得の大幅ダウンを余儀なくされた経験から、住宅ローン(負債)を恐れ、持ち家を諦めた(そもそも住宅に興味がなかったこともあるが…)こともあり、若い世代の人たちが「借金を抱えるのは負け」、「人生、負けから入りたくない」と思う気持ちは痛いほど解る。

平成不況のせいで、ベース・アップという言葉が死後と化し、課長・係長といったポストは減り、残業=サービス残業が常態化、支給手当の類は消滅、深夜残業のタクシー代も自腹、接待やゴルフも自腹…ときた日には、数千万円もの借金を抱える気になれるはずがない。

おまけに、いまの30~40代は、平均収入の大停滞時代の波をもろに被っているうえに、夫婦揃って学生時代の奨学金ローンを抱えている者も多く、いくら低金利とはいえ、住宅ローンを抱えることに強い恐怖感を抱くのも無理からぬことだ。

実際の持ち家率は、S63/61.1%→H10/60.0%→H20/60.9% →H25/61.6%と、ほぼ横ばいなのだが、若者世代が住宅ローンに恐怖感や忌避感を覚えている以上、この先漸減傾向になるのは避けられそうにない。

筆者が新人の頃には、住宅ローン金利が7~8%でも飛ぶように捌けたものだが、いまにして思えば、当時の人は、よくもあんな高金利で借金する気になったものだと空恐ろしくなる。

それだけ景気が良かったのもあるが、何といっても一般の人々(家計=消費者)のインフレ期待や所得上昇期待が、いまでは想像できぬほど強靭であったことが、旺盛な投資意欲を支えていたのだろう。

筆者が若い頃は「借金も財産のうち」なんて言われてたが、“借金して投資してもそれ以上のリターン(収益)があるから、カネを借りてでも時間を買え(=誰よりも早く投資しろ)”というくらい投資や消費意欲が強烈で、まさに、「良いインフレ」が現実化していたと言える。

現在の住宅市況を見ると、特に首都圏の新築マンション価格上昇率の高さが目立つものの、その他の主要都市はわずかに下落している地域もあり、全体的には、きちんとした所得上昇の確度や期待値が高まりさえすれば、普通のサラリーマンでも十分に手が届く範疇だ。

そもそも、「普通の国民が普通に働けば、衣食住という生活基盤をちゃんと手に入れられる経済環境」を用意するのが、政府に課された最も重要な任務であり、財政金融政策(需要力UP)と産業開発力の維持向上(供給力UP)という両輪を回す意識さえあれば、何も問題なく達成できる目標でもある。

平成末期を生きる若者世代が住宅ローンを怖がり、借金を負けだと言い切ってしまうのは、平成時代の歴代政権が(一部を除き)まともな経済政策を打てなかったことの証左であろう。

普通に働く者が欲しいものを躊躇なく買える世の中、事業に失敗し失業しても次のチャンスがすぐに巡ってくる世の中…これこそ経世済民の目指す社会だ。
「負債の名を騙る負債」、「負債性の無い負債」である『貨幣』をフル活用して、こうした経済環境の実現を図っていきたい。

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