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2018年5月

2018年5月31日 (木)

詭弁は続くよいつまでも

『「デフレ経済」が江戸幕府の崩壊を招いた~慢性的な「デフレ・レジーム」の愚』(5/16 上念司 PRESIDENT Online)
http://president.jp/articles/-/25019
「(江戸幕府の)破綻がいよいよ目前に迫り「いよいよもうダメだ」となったとき、奇跡の金融政策通が現れます――勘定奉行・荻原重秀。彼は、純度86%の慶長小判から純度57%の元禄小判を造る「元禄の改鋳」(1695)を行ったのです。
慶長小判2枚から元禄小判3枚が出来、かつ新旧小判の交換レートは1対1。貨幣量は1.5倍に増え、増加分は幕庫に入ります。幕府の財政は瞬く間に改善し、500万両もの黒字に転じました。いわゆる「通貨発行益」の“発明”により、江戸幕府はその後の200年を乗り切ったと言っても過言ではありません。(略)
幕藩体制は「石高制」で、武士は給料として受け取った米を市場で売って現金に替えていた。新田開発や農機具・肥料の改良で米価は安定していたが、その他の商品作物は値上がり傾向で金銀銭は流出の一途。財政が限界に達すると改鋳を行って金銀銭の価値を下げ(米の価値を上げる)だが、守旧派による揺り戻しがあってデフレ経済に逆戻り。この慢性的な「デフレ・レジーム」が幕藩体制の崩壊を招いたとも言える。」

潤沢な資産を抱えてスタートした江戸幕府も、3代将軍家光や5代将軍家綱らの度重なる寺社建立や東照宮参詣など大型出費により、江戸城の御金蔵は底を尽きかけていた。

幕府創建後80年ほどは大名の改易やお家騒動などが相次ぎ、徳川家による支配体制は決して万全とは言えず、ここで家綱政権が中央政府の資金不足を理由に全国の大名に厳しい取り立てを命じていたら、外様を中心に諸大名の不満が爆発して各地で反乱が起き、幕府は瓦解し、世は再び戦国時代に逆戻りしていただろう。

それを見事に救ったのが、勘定奉行の荻原重秀らの献策による史上初の貨幣改鋳であり、改鋳による出目(貨幣発行益)を財源とする大規模な財政支出が江戸の町だけでなく、全国に華やかな元禄文化を波及させ、庶民の経済・文化水準を大幅に引き上げることに成功した。

上念氏は、元禄の改鋳に端を発する江戸時代の貨幣改鋳策が、江戸時代の経済を何度もデフレ不況の危機から救い、長期に亘る平和で安定した世界を創り出す礎となったことを紹介している。

リフレ系詭弁師として有名な上念氏が、珍しくまともな記事を書いていると思ったら、やはり詭弁師の馬脚を露す記述を見つけた。

それは、コラムの中の「吉宗は20年もあの手この手で財政健全化を図るのですがうまくいかず、万策尽きて大岡忠相(大岡越前)の忠告を聞き入れて「元文の改鋳」(1736)を行います。金融緩和の効果は絶大でした。あっという間に財政が改善し、景気が好転したのです」の部分であり、財政政策の功績を金融政策の手柄にすり替えようとする意図が明白だ。

貨幣改鋳は、実質金銀本位制に縛られていた江戸時代にあって、幕府(政府)が直接的な消費や投資を通じて実体経済に投じる貨幣量を増やす政策であり、360度どこから見ても『積極的な財政政策』であろう。

幕府が貨幣改鋳で創造し市中経済に投じたカネは、物品を納入し寺社建設を請け負う商工業者らにとっては直接的に所得や売上に化ける性格のモノであり、借りるカネしか増やせない金融政策とは大違いだ。

貨幣改鋳という財政政策のお手本のような好手の成功秘話に、こっそりタダ乗りするほどリフレ派は落ちぶれたのか?

やはり、詭弁師の薄汚い性根は一生治らない。

リフレ派の連中は、アベノミクスのスタート時に「金融政策の限界はない」、「財政政策なんてナマ保の集り屋と土建屋を喜ばせるだけの愚策」、「金融政策だけで景気回復は可能」と散々威張り腐っていた。

しかし、量的金融緩和政策やインフレターゲット政策が一向に効果を発揮できず方々から批判を浴びせられることに焦ったのか、最近になって、財政政策を擁護する発言をし、自分たちは財政政策を否定してはいないなどと恥ずかしい言い訳をし始める始末だ。

新たに日銀副総裁に就任した若田部昌澄氏は、リフレ派の理論的支柱として、口先では財政政策も必要だと言うものの、財出支持に至った経緯や理由について、外部から突っ込んだ質問をされると、途端に口ごもり、「金融緩和政策はデフレ脱却への必要条件だ」としか答えられないから呆れる。

財政政策に対するリフレ派の本気度なんてまったくアテにできないし、リフレ派の金融政策万能主義は絶対に治らない。
持論が破綻するたびに平気な顔でゴールポストをアチコチ動かそうとする詭弁師は、直ぐに味方を裏切るカスばかりで端から信用できぬ。

たとえ財政政策の支持が減ろうとも、薄汚い詭弁師の助けまで借りる気は微塵もない。

(5/16著)

2018年5月28日 (月)

「今さえよければ」と増税したがる売国奴

『石破氏、軽減税率に疑義 「減収はイージス艦6隻分」』(5/18 朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASL5J6KR7L5JUTFK01D.html
「(2019年10月の消費増税にあわせて飲食料品などに導入する軽減税率について)軽減税率で減収がどれぐらいになるか。計算の仕方によるが、大体6千億円で、イージス艦6隻分。たばこの増税なんかで埋めても全然埋まらなくて、3千億円減収になる。今の財政事情からどう考えるか。減税しますと言えば喜ばれる。所得の少ない人のために配慮したと言えば、いい人だよねと言ってもらいたいです、政治家は。
 だけど、これから先の医療、年金、介護、子育てをどうするか一体となって考えないとまずい。今さえよければという考え方はなるべくしないほうがいい。
 1回やると戻らない。システムを直すのは大変なことですから。本当にいまやっちゃっていいですか。消費税を上げられる環境をどうやって作るかが大事なのであり、複数税率が無意味だと言わないが、消費税が上がってもそれをのみ込めるだけの経済環境をどう作るかという議論のほうが、よりなされるべきではないか。(東京都内での講演で)」

次期総裁候補の一人と目される大物議員の経済認識レベルがこの程度なのだから、自民党のマヌケっぷりはどうしようもない。
一方、肝心の野党からも増税阻止や減税の声は聞こえてこず、「野党になると議員は成長する」と熱弁を振るっていたチンケな“小皇帝ブロガー”の詭弁が虚しく聞こえる。

石破氏の増税不可避論は、世間知らずで小生意気な青年会議所あたりのお坊ちゃん社長が騙りそうな“自助万能論”のようなもので、言葉や態度の端々に、「消費増税に文句を言うのは甘え‼」、「仕事ならいくらでもあるだろ(# ゚Д゚) 所得が低いのはお前らが無能なせいだ」という本音が透けて見える。

安倍首相や石破氏みたいな緊縮派の大バカ者は、「増税から逃げるより、増税に耐え得る経済環境を創るべき」と筋の悪い詭弁を吐きたがるが、彼らのような守銭奴は、増税に耐え得る経済環境を創る気なんて一ミリも持っていない。

以前にも別のエントリーで指摘したが、政府主導の増税対策と言えば、住宅ローン減税延長や自動車取得税軽減(ほんのちょっとだけ…)、消費税還元セールの解禁、総額表示推奨程度でしかなく、こんなもので増税ショックを緩和できると本気で思っているのなら、今すぐ議員バッジを外すべきだ。

永久に続く増税負担を一時的かつ僅少な税優遇程度でカバーできると信じるのは、計算のできないサルと同じで、こんな低レベルな屁理屈が罷りとおるのなら、国民サイドも政府・与党に対して、「消費税減税・廃止ショックを緩和するために、自動車取得税率の一年限定引き上げと、住宅ローン減税の前倒し終了を呑むから、2019年秋に消費税率を3%に減税し、2022年に廃止しろ」と要求してもよいではないか。

石破氏は、消費増税に伴い飲食料品などに軽減税率を適用すると6千億円の穴が空き、イージス艦6隻分の予算が吹っ飛ぶと危機感を煽るが、軽減税率云々以前に、軍事オタクと評される彼が、イージス艦を増強する予算獲得に必死な様や発言をしている場面を見たことがない。

軍事の専門家とか、軍事オタクとかいう石破氏に対する外部評は明らかに過大評価で、国防強化や軍備増強より財政健全化を好む「緊縮オタク」でしかなかろう。

石破氏は、「所得の少ない人のために配慮したと言えば、いい人だよねと言ってもらいたいです、政治家は。だけど、これから先の医療、年金、介護、子育てをどうするか一体となって考えないとまずい。今さえよければという考え方はなるべくしないほうがいい」というセリフを吐きながら、自分はポピュリズムに迎合しない政治家だと陶酔しているようだ。

しかし、大政治家を気取る前に、所得の少ない庶民に配慮し感謝されるような立派な政策や法案を一度でも提言し、実行したことがあるのか、と彼に問いたい。
大した実績も残せていない五流議員のくせに、いっぱしの口をきくなと叱り飛ばしたい気分だ。

石破氏は、“今さえよければ…”なんて偉そうに言ってるが、自民党発の経済失政で失われた20年(※途中で民主党も協力)のせいで、ほとんどの国民は良い思いなんて全然できなかった事実を、まったく理解できていない。

彼みたいなクズ議員や増税派の連中こそ、「今さえよければ、増税ショックで国民生活や日本の未来が瓦解してもよいのか」と問い詰めたい。

増税に耐え得る経済環境創りなんて、経済のイロハも知らぬ大バカ者の発想であり、検討に値しない。

誰もが経済問題を口にする必要がないほど経済が力強く成長し、普通の国民が潤沢な所得を得られる経済環境創りこそが必要だろう。

(5/17著)

2018年5月24日 (木)

マクロを知らぬ緊縮狂徒

『「消費税14%に」 小林喜光同友会代表幹事』(4/27 産経新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000502-san-bus_all

「経済同友会の小林喜光代表幹事は26日、産経新聞などのインタビューに応じ、消費税率を来年10月に10%へ引き上げると同時に、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を平成37年に黒字化させるためには、「消費税率を14%まで引き上げるべきだ」と語った。
 小林氏は「国家の持続制を確保することが重要で、そのためには財政再建は欠かせない」と強調。昨年の衆院選で、「野党が軒並み消費税率引き上げの中止や凍結を打ち出す中で、明確に引き上げ方針を示したのは自民党であり、安倍晋三政権だ」と指摘し、引き続き財政再建路線を進めるべきだとの考えを示した。
 また、財政健全化を先送りさせないためにも「諸外国にあるような財政の状況を客観的にチェックし、政府を監視する第三者機関を設置すべきだ」と訴えた。」

韓国・北朝鮮の二大バカ国家による茶番劇にも等しい首脳会談のニュースの陰に隠れて、財務省の応援団が、またぞろ消費増税の応援歌を歌い始めたようだ。

経済同友会とは、「1946年、日本経済の再建のため、若手経営者を中心につくられた経営者団体。企業経営者及び経済団体役員が、個人の資格で加入するのが特徴。国内外の問題に対して国民経済的立場から意見を発表する(知恵蔵より)」組織で、新自由主義に被れ、青年会議所を腐らせたような小生意気な財界人の社交クラブに過ぎない。

歴代の代表幹事は、口を開くたびに「構造改革・規制緩和・緊縮財政 ・自由貿易」しか言えない能無し揃いで、マクロ経済に関する知見や知識は、そこいらのおばちゃんレベルで、ほぼ皆無と言ってよい。

彼らは2015年にも、消費税率17%への引き上げと年間5000億円の公費削減を柱とする財政再建に関する提言を行ったほか、ことあるごとに歳出削減を政府に申入れしてきた筋金入りの緊縮狂徒でもある。

10%はおろか、14%もの税率を課されることになれば、消費に与える悪影響は甚大だ。

税率5%→8%→10%への引き上げにより、年収500万円の四人家庭なら、2020年の実質可処分所得は約434万円→約404万円へ30万円も減ってしまう。
30万円と言えば、およそ一カ月分の収入が吹っ飛んでしまうことになるが、これが14%にもなると、減収額は60万円近くにも達し年数の二カ月分近い金額が召し上げられることになる。

幼稚園児でも解るだろうが、これだけの大減収を喰らって国民が消費に積極的になるなんてことは500%あり得ず、国内消費は世界恐慌以来の壊滅的な打撃を受けるだろう。

特に、高級家電や自動車、住宅、家具、宝飾品、旅行、外食辺りの産業は、死屍累々の惨状となり、大規模なリストラや苛烈な下請けいじめの勃発を免れまい。

国内消費を焼け野原にすることが、経済同友会のバカ殿たちにとって何のメリットになるのかまったく想像もできないが、緊縮狂徒という生き物は、得てして簡単な足し算・引き算すらできないから、増税で失った消費なんて輸出増で簡単にカバーできるとでも高を括っているのだろう。

同友会の小林氏にとって、実体経済の破壊よりもH37年度のPB黒字化の方が、遥かに優先順位が高いようだが、買い物客が誰もいない商店街の店主が金庫をピカピカに磨いて悦に入るようなものだ。

小林氏は三菱ケミカルホールディングスの会長で、BtoB取引主体のため個人消費の動きに鈍感なのかもしれぬが、税率が二ケタを超えるような重税を課された国民が財布の紐をどうするかくらいは容易に想像つくはずだ。

緊縮狂徒は、「財政規律の緩みや社会保障制度の持続性に関する懸念が、国民の不安を煽り、消費を萎縮させるのだ」とレベルの低い詭弁を吐きたがるが、実際には、国家財政や年金・医療制度の行く末を気にしてカネを使う者なんていない。

一般的な国民は、現に給料が増え、今後も増え続ける確信さえあれば、消費に積極的になれるし、逆なら消極的になるだけのことだ。

国民が云う社会保障制度の持続性云々の話は、年金支給を遅らされたり、医療費負担が増えたりすることを歓迎するものではない。
国民は、定年後直ぐに十分な額の年金が支給され、一割程度の安価な負担でいつでも医療サービスが受けられることを望んでいるのだ。

消費税とて同じ事で、増税なんてトンデモナイ。
いますぐ減税や消費税そのものの廃止を議論・実行すべきだ。

政財界に跋扈する緊縮ゴキブリの連中には、“そんなに税率を上げたいなら、お前たちが率先して自主的に14%でも、20%でも納税しろっ!”と言っておきたい。

2018年5月21日 (月)

ガラパゴス化する緊縮バカ

三月に日銀副総裁に就任した若田部氏は、就任前に朝日新聞のインタビューを受け、“2%の物価目標の達成に必要な政策は何か?”という問いに対して、「まずは政府と日銀が一致協力してデフレから脱却するという原点に返ることだ。日銀は金融緩和を続けて、政府は積極財政に転じるべきだ」と明快に答えている。
【参照先】http://globe.asahi.com/feature/side/2018020100004.html

敢えて積極的な財政政策にまで踏み込む若田部氏は、金融政策万能論や金融緩和一本足打法に固執するだけの(バカな)リフレ派の主張とは、一線を画しているように見える。

今後、若田部氏がどこまで強力に財政政策の有効性を訴え続けていけるのか、筆者はやや悲観的な見方をしている。

前任の岩田元副総裁は、就任当初こそ「2年間で物価目標を達成できなければ、潔く辞任する」と大見えを切っていたが、結局、目標未達のまま見苦し言い訳をしながら副総裁という美味しいポストにしがみつき続けた。

“ムービング・ゴールポスト”と“ステージ・チェンジ”がお得意な詭弁師揃いのリフレ派の伝統とDNAを引き継ぐ若田部氏が、良い意味でそうした悪癖を覆してほしいものだが、果たしてどうなることか…

事実、件のインタビューの後段で、若田部氏は、“リフレ派は財政出動に積極的な立場と財政出動に慎重な立場の二つに分かれているのではないか?”との問いに、「リフレ派の核となる定義は変わっていない。日本経済で長く続いてきたデフレに対する問題意識があり、デフレからの脱却を進めるべきだという目標がまずある。その目標に対する手段として、インフレ目標を伴う金融緩和は必要条件だと考えている。この二つの条件を満たすのがリフレ派だろう。この2点にプラスされる財政政策への態度などは、核となる定義には含まれていない」と答えをはぐらかし、リフレ派特有の“財政政策を否定してはいない”という詭弁で逃げを打っている。

若田部氏が、どれほど強い信念を持って財政政策の必要性を主張するつもりなのか、少々心許ない。

現状の“財政政策抜きの金融緩和”だけでは事態は進展しない。金融政策が真価を発揮するためにも財政政策の強力なサポートが必要だという事実を、彼が、きちんと理解できているのか、かなり疑問を感じる。


だが、世の中には、そんな若田部氏すら積極財政派の回し者だと警戒するバカもいるのだから驚かされる。

『ガラパゴス化が進む金融財政政策』(アゴラ 中村仁/元読売新聞記者)
http://agora-web.jp/archives/2031794.html
「日銀の新しいトップ人事を見ますと、欧米の金融財政政策の転進から何周も遅れ、日本はいづれ淘汰されかねない。そんな体制が続きそうです。外界から遮断され、孤立した環境に長く置かれると、進化を忘れる。まるでガラパゴス化の運命が待っているような気がします。 (略)
若田部氏は、首相側近で強硬なリフレ派の本田スイス大使(前内閣官房補佐官)と、財政政策では同意見といいます。本田氏は「デフレからの脱却には、大規模な財政出動と金融緩和が不可欠で、若田部氏は完全に理解している」と、指摘しています。強硬派を副総裁に置き、総裁や日銀ににらみをきかせるという計算でしょう。(略)
日本の財政悪化は20年以上に及び、この間、なんども財政出動により、経済成長率を引き上げ、税収増を図ろうとしてきたことか。結局、国債残高が累増するだけでした。(略)」

中村氏みたいな自称ジャーナリストは、往々にして経済のダイナミズムや仕組みをまったく理解していない。
ペンを使って文字起こしするだけで他人が目を剥くような高給をせしめてきた素人は、所詮、実業経験がないから、経済を動かし成長させるために何が必要なのかリアルにイメージできないのだろう。

緊縮屋のバカ者は、すぐに、“日本はさんざん財政出動をしたが、借金が溜まるだけで経済成長できなかった”と大嘘を吐くが、過去25年ほどの間に投じられた当初予算額のうち、国債費を除く額の推移をよく見てみることだ。

増えているのは、人口動態の変化に伴う高齢化を原因とする社会保障関係費だけで、地方交付税交付金や公共事業費、防衛費、文教予算などは惨憺たるありさまではないか。
【参照先】https://www.nikkei.com/edit/interactive/budget2015/

日本の財政が悪化した最大の要因は、緊縮脳に染まった政府や与野党の連中、財務省らが積極的な財政支出を拒んで、実体経済への(売上や所得に直結する)資金供給を絞り込み、民間事業者から事業収益獲得の機会を奪ったことによるものだ。

要は、政府がバラまくカネの絶対量が少なすぎたせいで、企業や家計が消費や投資に積極的になれず、下請けイジメやコストの叩き合いが横行し、そうした消費忌避行動が20年にも及ぶデフレ体質や長期不況の真因になったのだ。

カネを使い過ぎたから財政が悪化したのではなく、カネの使い方が足りなさ過ぎたから何時まで経っても景気が過熱せず、財政悪化に歯止めが掛からないだけのことだろう。

筆者などは、政府や国庫の役割を単なる資金供給や景気調整機関だと割り切っているから、日本の財政赤字が拡大しようが、政府の財政が悪化しようが、何の痛痒も感じない。
政府の大福帳が大赤字であっても、民間企業や家計の懐さえ潤っていれば、何も問題はない。

政府は通貨発行権という大権を持つ唯一無二の存在なのだから、そもそも財政問題など存在しないし、赤字云々など些事を気にする必要もない。

既に既発債の4割以上を統合政府機関である日銀が保有している以上、百歩譲ってもその分だけ政府の赤字とやらも消失しており、財政再建とか、PB改善とか、いったい何周遅れの話をしているのかと呆れるよりほかない。

カネが足りなければ大権を発動して潤沢なる貨幣を創造して実体経済に投じてやればよいだけの話だ。

中村氏みたいな周回遅れの緊縮バカこそ、外界の情報から遮断され進化を忘れたガラパゴス脳なのではないか?

2018年5月17日 (木)

安倍政権も増税派の狗

『消費増税後の買い控え防ぐ 自動車・住宅で減税検討』(5/14 日経電子版)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30042990R00C18A5SHA000/?n_cid=NMAIL007
「2019年10月に予定する消費税増税に向け、政府がまとめる対策の原案が分かった。
住宅や自動車の購入者に減税を実施し、増税後の買い控えを防ぐ。商品価格が急激に上がらないようにする対策も打ち出し、増税ショックを軽減する。経済に万全の対策を用意することで、消費税率10%に引き上げやすい環境を整える。
 政府は内閣官房に省庁横断の作業部会を設置し、増税後の反動減対策の検討に入った。(略)」

筆者の記憶が正しければ、確か、「安倍首相の本音は増税に反対。安倍首相は増税を画策する財務省の陰謀を阻止すべく日夜闘っている‼」はずではなかったか???

まぁ、上記記事の“政府は内閣官房に省庁横断の作業部会を設置し、増税後の反動減対策の検討に入った”の一文を見れば、バカな安倍信者の見苦しい常套句が大嘘であることくらいすぐに判る。

財務省の増税派を抑え込むどころか、ご丁寧に増税による経済的ショックの緩和策を検討し始める始末で、増税推進の片棒担ぎをしているではないか。
「政府」ってのは、安倍首相以外の政府高官のことか?

安倍首相が本気で増税回避を目論むのなら、森友問題やセクハラ事件で組織がガタガタの財務省を高圧的におさえこめばすむ

安倍首相をはじめ与党の連中は、財務省と闘うどころか、財務省のケツを叩いてでも増税を断行する気マンマンなのだ。

記事では、「対策の柱は国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費の喚起だ。中でも価格の高い住宅や自動車といった耐久消費財は、増税前の駆け込み需要や増税後の買い控えから経済の需要変動が大きくなるため、これを平準化する必要があると判断し減税を検討する」と、個人消費の縮小を防ぐため、住宅ローン減税の拡充や新車購入時の自動車取得税の廃止&新税率の設定、消費者還元セールの解禁や小売業者の総額表示(税込み)の推奨などを検討しているらしいが、何れもスケールの小さい弥縫策でしかなく、増税ショックを和らげるのは不可能だろう。

一般消費者にとって、住宅新築や新車購入はビッグイベントであり、消費減退を防ぐ手立てが必要なのは確かだ。
しかし、国土交通省が発表した2017年度の新設住宅着工戸数は前年度比2.8%減の94万戸で、同じく新車販売台数は523万台と、少なからぬ数字ではあるもの、国民全体の割合から見れば恩恵にあずかれるのはごく一部でしかなく、住宅と自動車だけケアすれば済む話ではない。

しかも、政府が検討しているのは、19年10月の消費増税後に住宅ローン減税額を一時的に引上げる案や、21年12月末まで期間延長する案、自動車取得税を現行の3%から燃費に応じて0~3%に区分する案など、いずれも小振りなものばかりで、大した効果も見込めない。

一般的な家計消費において割合が高いのは、何といっても「食料」(25.8%/2016年総務省統計)で、住宅新築や新車購入に係るのは微々たるものに過ぎない。

そもそも、一生や数年に一度くらいの購入頻度でしかない住宅や自動車の取得に係る費用を少々減らしても、毎日のように発生する食品や水道光熱費の増税感をカバーできるはずがなかろう。

ただでさえ給料がまともに上がらず、食料や日用品の値上がりに不満を抱える多くの消費者にとって、このうえの増税など到底受け入れがたく、税率が10%に上がった日には、個人消費の大縮小が見込まれる。

前回の増税時(5%→8%)に行われた調査では、全体の6割以上が節約していると回答し、特に30~50代の消費中心世代の節約割合が高かった。
〈参照先〉https://www.vlcank.com/mr/report/084/
これがさらに10%に引き上げられるのだから、消費が上向くと思う方がどうかしている。

マーケットでは、個人消費低迷と輸出減速により、今年1-3月期の実質GDPは、9四半期ぶりのマイナス成長と予想されるなど、個人消費の軟調ぶりは一向に改善する兆しが見えない。

経済低迷が続く中で、一年数か月後の増税断行をアナウンスするほどバカげたことはない。
住宅ローンや自動車取得税の減税など、増税が惹き起こす消費凍結の大寒波の前には何の役にも立たずに吹っ飛ばされるだけに終わるだろう。

増税を恐れる消費者は、高額な耐久消費財を買って僅かな税の還元を受けるよりも、そもそも、多額の支出を控えることを選択し、住宅や自動車といった高額商品の売上は大きな落ち込みを避けられまい。

政府や財務省の連中がまともな神経を持っているのなら、“増税によるショックの緩和”ではなく、ショックそのものを与えるような悪手を選択しないはずだ。
それをやらないのは、彼らが緊縮最優先思考に囚われ、国民生活や個人消費のことなんて歯牙にも掛けていないことの何よりの証だ。

世間には、アベノミクスで景気が回復したかのような妄想を振りまくバカも多いが、統計データを確認すると、我が国の実質消費支出はミミズの横ばい状態でほとんど伸びていない。
〈参照先〉http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_mr.pdf

消費が上向かぬ原因はまったく単純で、消費者が「収入が少な過ぎ、今後も増える見込みがない」と実感していることに尽きる。

こうした消費者心理をガン無視して増税を断行しようとする政府・与党・財務省の連中は、景気回復や国民のQOLなどまったく興味の無い売国奴だろう。

2018年5月14日 (月)

貨幣負債論の限界

筆者は出張などで長時間移動する際に、時々自ブログを読み返すことがある。
改めて過去記事を読むと、よくもまぁ、毎度毎度、カネを刷れだの、カネをバラまけだの同じことばかり言えるもんだ、読者の皆様もさぞ飽き飽きしているのではないかと、我が事ながら苦笑を禁じ得ない。

これまで筆者が、“経済成長や国民生活向上のために貨幣(お金)をもっと扱き使え”と言い続けてきた真意は、貨幣そのものの商品価値や負債性を認めず、貨幣という存在を「経済発展を通じて国民生活を豊かにするための生産(供給)・消費(需要)を誘発できる唯一にして最大のツール」だと考えているからである。

そもそも、国民にしろ、企業にしろ、個々の経済主体が働いたり、モノを作ったりする最大の動機は、「貨幣に対する飽くなき欲求」であろう。
なぜなら、貨幣ほど交換ツールとしての有用性や利便性が高く、優れた資産価値を持つものはないからだ。

ボランティア絶対主義の変わり者を除けば、この世で誰もが最も欲しがるのは『貨幣(お金)』であり、先進諸国において不況という異常事態が生じ国民を不幸に陥れるのは、たいがい所得に直結する貨幣不足のせいであり、それをもたらすのは、貨幣に対する国民の誤解と偏見によるものだ。

さて、巷には「貨幣=負債」という論が溢れ、学術的にもそれが正しいとされるが、筆者は少々違和感を禁じ得ない。

確かに、国債発行による貨幣創出は、企業や家計といった経済主体の投資(借金)を起点としており、“貨幣は投資や借金により生まれる”という理屈は尤もらしく聞こえる。

この「貨幣=投資(借金)起源論」を強力に提起しているのは、ステージ・チェンジがお得意のリフレ派の連中であり、彼らが信奉するインフレ・ターゲット理論が、“金融緩和による実質金利低下と通貨安をテコに投資を誘発すれば、貨幣が増発され経済成長を実現できるはず”という発想に立脚していることからも明らかだ。

だが、財政政策を無視したインタゲ万能論は、現代日本のように極度の需要不足経済下では、その効力を失い、物価目標未達を繰り返し、周囲から失笑を買うハメになっているのはご承知のとおり。

家計にしろ、企業にしろ、誰もが将来の所得や収益の漸増に自信を持てない状況下で、投資や借金に積極的になれる者はごく一部に過ぎず、いくら政府が投資を呼び掛けても、互いに横目に他人の投資を期待するだけで、自ら進んで人柱になりたがる者はいない。

つまり、「貨幣は投資や借金によってのみ生み出される」という論は正確性を欠いており、「貨幣は通常の場合、投資や借金から生まれるが、通貨発行権を有する政府がその権限において自由に創造することもできる」と説明すべきだ。

なぜなら、現実に毎年2,000億円以上の政府紙幣(硬貨)が発行され流通しており、誰の負債にもならない政府紙幣(造幣益)を、財出や消費税撤廃、社保負担軽減、ベーシック・インカムによる社会保障の強化などの財源としてもっと大規模に活用すれば、“国の借金問題”という最大の足枷となっている大嘘が霧散し、大した効力もないインタゲ理論に頼らずとも、我が国はもっと力強く経済発展できるからだ。

1,000兆円を超えるとされる国の借金(正確には政府の借金)問題も、政府所有の資産や日銀保有国債などを考慮すれば、その実態は120兆円くらいに過ぎず、何の問題もないのだが、世界一の借金大国という虚言に憑りつかれた国民の負のイメージを一掃するのは難しい。

そこで、政府紙幣の発行という大権を発動し、国債発行額と同額の国債整理基金を準備して、「その気になれば、政府はいつでも借金を返せるんですよ」と、借金に怯える国民を安心させるやり方もある。(実際に国債償還には使わず、あくまで同額を積み立て続けるだけ)

本来なら、こんなバカげたことをする必要はないが、国債や貨幣の仕組みを頑なに理解しようとせぬ多くの国民を黙らせるには、これくらいの荒療治も必要だろう。

また、「貨幣は債務と債権の記録である」との論もあるが、これも正確とは言えない。

貨幣を債権・債務の記録や帳簿になぞらえるのは理解できなくもないが、貨幣自体に膨大な取引データが保存されているわけではない以上、過去に累積した債権・債務の個々の決済に使われてきたことは認めるが、それらの膨大な記録とまで称するのは明らかに言い過ぎだ。

貨幣を所有する者にとって実際に影響を与えるのは、直前に行われたモノやサービスの提供(=貨幣の取得)と、次の消費行為(=貨幣の供与)のみであり、それ以前の過去の取引や自分が貨幣を渡した相手が貨幣をどう使おうがまったく無関係であり、債権・債務の記録という説明はピンと来ない。(「どこに何の記録が残っているの?」と怪しまれるだけ…)

貨幣は債権・債務の記録というよりも、個々の決済に用いられた便利なツールと呼ぶべきで、貨幣そのものは負債でも何でもなく、債権・債務の決済残高を数値的に示すための単位でしかない。

さらに、貨幣を国家のバランスシート上における資本金に位置付け、「資本金=自己資本=負債」とする考え方もあるが、これにも異論がある。

資本金は決算書の貸借対照表の右側(負債勘定)に記載されるため、負債だと誤解されがちだが、資本金は「資産勘定」と「負債勘定」との差額を表す「純資産(純粋な資産)」であり負債ではない。

一般的に、「負債」とは他者に対する金銭的な返済義務を課された債務を指すが、資本金にそんな返済義務はなく、あくまで純然たる「資産」である。

株主への配当金を以って資本金の負債性を主張する向きもあるが、配当そのものに義務はなく、380万社近い国内企業の中で、実際に配当している有配企業は恐らく数%にも満たず、「配当=返済義務=債務=資本の負債性」というのはかなり無理がある。

貨幣は、日銀の貸借対照表でなぜか負債勘定に計上されているため、「貨幣=負債」との誤解が広がっているが、本来、貨幣には何の返済義務も、返済すべき対価も存在せず、政府紙幣(硬貨)と同様に、「造幣益」として計上すべきなのだ。
(そもそも、通貨発行元である(=政府と同じく、存在そのものが通貨と同様の)日銀に決算書は不要というのが筆者の持論なのだが…)

貨幣は負債だと言うが、最終的に貨幣が内包するはずの負債を決済できる者なんでどこにも存在せず、実際に貨幣を発行する政府や日銀は貨幣に対する何の返済義務も負っておらず、せいぜい破損した貨幣の両替くらいしかやらない。

だいたい、負債や資産云々は、家計や企業間の経済行為によって生じる債権・債務を指すもので、それらの決済に使われるだけのツールに過ぎない貨幣には無関係な話だ。
貨幣は、個々人や企業間の取引(債権・債務)の決済ツールとして紐づけられるがために、あたかも負債であるかのように誤解されているに過ぎない。

実体経済下の商取引において、貨幣という何にでも使える資産を受け取った者が、価値相応のモノやサービスの提供を義務付けられるという意味での債権・債務は生じるだろうが、それを以って「貨幣=負債」と呼ぶのは無理があり過ぎる。

もし、貨幣を活用した積極財政を強く訴えるのなら、貨幣の負債性ばかりを強調するのは、国民の貨幣使用意欲を萎縮させるだけで、あまりにも筋が悪い。
もっと貨幣の持つ資産性を前面に出して、国民や企業が安心して投資や借金を増やせる環境づくりを意識すべきだ。

現在、国民の平均年収は20年前に比べて1割近くも減っている。

本来なら、20年かけて倍増していてもおかしくない年収が、逆に減り続けているのだから、その累積差損たるや膨大であり、こんな惨状でいくら投資の必要性を叫んだところで、国民の心に響くはずがない。

「給料が増えるアテもないのに、これ以上借金をしろと言うのか? ふざけるな‼」と逆ギレされた挙句に、「借金が増えるくらいなら、成長しない方がマシ」と居直られるだけだろう。

資本主義経済にとって投資(借金)による供給能力拡大が成長に不可欠なのは当然のことだが、貨幣不足により需要が冷え切った氷河期経済下でいくら投資や借金の有用性を叫んでも、これといった商機もなく、返済目途も立たない家計や企業の反発を喰らうだけに終わる。

誰かが借金を増やさないと貨幣も増えないとの指摘は、当たっている面もあるが、所得逓増期待に対する確度が高まらぬ限り、民間経済主体が借金を増やすはずがない。

過去の経済拡大期に家計や企業が果敢に借金を重ねてきた動機は、「時間を買うこと」に尽きる。

旺盛な需要に支えられ実体経済が活況を呈し、次々と溢れ出すビジネスチャンスを他者より一秒でも早く掻き集めたいという欲求が高まり、金利を払ってでも資金を用意する時間を短縮化したいと思わせるためには、民間経済主体に借金をしろと命じるよりも、彼らが進んで借金をしたくなるような好況状態を先ず用意することが先決なのだ。

そのためには、旺盛な需要の元となる国債や貨幣の増発に対する国民の忌避感をきちんと拭い去っておくことが必要で、ネガティブイメージの強い貨幣の負債性を前面に出して説明するのは逆効果だ。

貨幣とは誰もが欲する最高の交換ツールであり、その資産的効用をより強調し、政府の積極的な財出によって需要創造のための資金を民間経済に大量に供与し、国民所得向上と更なる供給力の強化につなげるという前向きな提案をすべきだ。

「日本に財政問題は存在しない」という当たり前の事実を国民に迅速に理解させるためにも、貨幣負債論をやたらと連呼するのは控えて、国民や企業が大好きな貨幣を、その懐に大量にねじ込んでやることだ。

その供給方法は、政府発注の事業拡大(=財出)を通じても善し、BIや減税などの給付を通じても善しで、手法の清濁に固執せず、国民や企業の経済成長や所得漸増に対する期待を燃え上がらせることのみを考えればよい。

「貨幣は負債である」というアプローチから、積極財政が国民に理解されることはあるまい。

2018年5月11日 (金)

ゴミの日に出すべきものはクズ議員

『国民民主党、「議員を4割も失った新党」の悲劇~政党としての方向性が固めきれていない』(5/8 東洋経済ONLINE 安積 明子 : ジャーナリスト)
https://toyokeizai.net/articles/-/219769

「民進党と希望の党による「国民民主党設立大会」が5月7日午後、都内のホテルで開かれた。民進党は53名、希望の党は54名。合流により107名になって衆参ともに野党第1党になるはずだったが、参加したのは衆議院議員が39名、参議院議員が23名の計62名。実に4割が参加を見合わせる事態となった。
おかげで国民民主党は衆議院で野党第2党。参議院では25名の公明党に及ばず第3会派になった(略)」

国民民主党は、旧民主党を母体とする野党の連中が烏合離散を繰り返した挙句、ようやく立ち上がったものの、野田元総理や岡田氏などベテラン議員からそっぽを向かれ、予定数の4割減でスタートすると言う情けなさだ。

これには、野党勢力の結集を夢みる頭でっかちのお坊ちゃんブロガーもがっかりだろう。

彼のように「モリカケ問題を追及しているのはこの世でオレだけ。他の奴らは何でモリカケ批判の声を上げないんだ(# ゚Д゚)」と吠える幼児性には失笑するしかない。

森友・加計問題で安倍ちゃんを批判するブログは掃いて捨てるほどあるのに、彼の眼にはそれが映らぬらしい…
“頑張っているのは自分だけ(であって欲しい…)、他者は怠け者”なんて息巻くのは、己の視野の狭さを曝け出すようなもので本当に恥ずかしい限りだ。

モリカケ問題が癪に障るのなら、他人に依存せず自分一人になってでも声を上げていればよいだけで、他人と一緒でないとまともにモリカケ批判もできないような「連れションブロガー」の意見に聞く耳を持つ者はいない。

彼に限らず、ニセモノほど他人の眼を気にするものだ。


さて、肝心の国民民主党だが、共同代表の大塚耕平参議院議員や玉木雄一郎衆議院議員をはじめ、この党の所属議員の連中は新自由主義者や緊縮主義者ばかりで、自民党のバカ議員たちとほぼ変わりない。

彼らや立憲民主党辺りに、与党の対抗軸となる政策を打ち出すよう期待する声もあるが、何れも新自由主義者くずれの寄せ集めばかりゆえ、一部で安保法制や9条改憲を巡る対立があるくらいで、クズ野党とゴミ与党との間に大きな意見の相違などあるはずがなく、対抗軸どころか、“緊縮自慢と売国争い”で鎬を削るのが関の山だ。

自民党が憲法改正草案に財政規律条項を盛り込む動きを見せたかと思えば、国民民主党の綱領には行財政改革(=構造改悪+聖域なき財出削減)の文字はあっても経済成長に関する記述はまったく無い、また、立憲民主党の基本政策を見ても、“財政健全化目標”、“行政の無駄を徹底的に排除”、“公務員の人件費削減”といった縮小・衰退政策ばかり、といった惨状である。

右を向いても左を向いても(実際には全員左巻きなのだが…)、各党が訴えるのは「緊縮財政下の衰退経済を前提とした延命策」ばかりで、日本経済に活力を取り戻し、経済的困窮に苦しむ国民や中小企業、地方経済を救おうとする気概が微塵も感じられない。

いまの政治家連中は、“少子高齢化を宿命づけられた日本は、もはや成長できない、いや、成長すべきではない”というあってはならない暴論を前提に政策を議論したがるが、そんなだらけた態度で国権の最高機関に居座るつもりなら、即刻歳費と議員バッジを返上すべきだ。

この世に不治の病は存在するが、経済政策に不治という文字はない。

地方経済が衰退の一途を辿り、公共インフラは老朽化、個人所得や消費が伸びず、医療費負担は増え続けるのに年金はいつまで経っても貰えない、企業の数は減り続け雇用の質は一向に上がらず、若者が結婚できず子供の数も減るに任せたまま…

これほどの惨状が眼前に転がっているのに、当の政治家連中は課題解決に動くどころか、緊縮・改悪・野放図な規制緩和の三点セットで家計や企業を虐げ挙句に、「自分たちの仕事は行政の監視だ」と居直るありさまだ。

行政の監視なんて、国会議員のやる仕事ではない。
そんなものは、マスコミかそこいらの市井の人々に任せ、政治家たる者、国の行く末を示す政策や法律の立案に心血を注ぐべきだ。

立法府としての役割を無視して、政策立案や立法の仕事を官僚に丸投げするだけのクズは要らない。

与野党関係なく、日本を成長させ、国民生活を一ミリでも改善する意志の無い者は、これまでに受け取った歳費を返上したうえで、いますぐ国会を去ってもらいたい。

2018年5月 7日 (月)

詭弁師の掌くるくるよく回り

『ハリル前監督の怒りが止まらない3つの理由』(4/29 DIAMONDonline 藤江直人/ノンフィクション・ライター)
http://diamond.jp/articles/-/168794
「ワールドカップ・ロシア大会の開幕まで2ヵ月あまりに迫った段階で、日本代表監督を電撃的に解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏(65)が4月27日、東京・千代田区の日本記者クラブで記者会見に臨んだ。契約を解除された代表監督が反論を含めた思いの丈を訴えるのは、日本サッカー界でも初めてのケース。予定されていた1時間を大幅に超える、主観が散りばめられた独演会から伝わってきたのは、ハリルホジッチ氏を異例の行動に駆り立てた3つの理由と、西野朗新監督が率いる日本代表及び選手たちへ今もなお抱く深い愛情だった。(略)」

サッカーW杯ロシア大会を間近に控えた日本サッカー界を揺るがせたのは、代表監督だったハリルホジッチ氏の電撃解任のニュースだった。

W杯決定後の戦績は3勝4敗2分けとパッとせず、格上のブラジル・ベルギーには相手にもされず完敗、ライバルの韓国相手に1-4の惨敗、格下相手にもモタモタした試合ばかりを見せつけられ、サッカーファンの間では昨年末辺りから公然と解任論が沸き起こっており、今回の解任を“電撃的”と表現するのは、いささかオーバーに過ぎるだろう。

筆者はサッカー自体にあまり興味がなく、戦術や個々の選手の評価もよく解らないが、Jリーグなんかを見ても、ちょっと負けが混むたびにサポーターが監督更迭を叫び出す様を苦々しく思っている。

サッカーファンという生き物は、あたかも、辛抱がなく経営戦略も幼稚な新自由主義的発想の経営者にそっくりだ。
チームの調子が悪くなった途端に、「選手補強」と「監督交代」という彼らの十八番が飛び出す。

彼らには「育成」という発想も、「成長を見守る」という辛抱強さもなく、唯一あるのは、他所から強い選手と優れた監督をかき集めれば絶対に勝てるはず、という子供じみた欲望だけだ。

今回のハリル氏解任騒動では、数カ月前までダメ監督の烙印を押されたハリル氏に同情が集まり、彼を擁護し、サッカー協会の任命責任を問う声が高まっている。

しかし、ここ数年、サッカーファンが演じてきた掌返しの数々はあまりにも醜悪だ。

日本代表をブラジルW杯に導いたザッケローニ氏は、就任当初こそアルゼンチンや韓国を一蹴し、「華麗なるパスサッカーが日本を世界のトップレベルに引き上げる」と持て囃されたが、その末期にチームの戦績が冴えず、W杯でも惨敗を喫すると評価は一変し、「技術の拙い日本人にパスサッカーは無理」、「ポゼッションサッカーは時代遅れだ」などと批判された。

その後、私的な問題で更迭されたアギーレ氏の後任として招聘されたハリル氏が堅守速攻型の戦術を打ち出すと、日本中のサッカーファンは、「カウンターサッカーこそ日本が目指すべき道」、「堅守速攻は弱者に優位な戦術だ」と持ち上げられたが、ハリルジャパンの戦績が下降し出した途端に、「もっと国内組の選手を使え」と文句を言い始め、肝心の国内組が試合でまったく使えないことが判った途端に、「なぜ、ハリルは日本人の得意なポゼッションサッカーをさせないんだ?」、「国内組なんて使えるわけないだろっ‼ 本田・香川・岡崎を呼べ」と、またもや掌を返すありさまだ。

サポーターたちのハリル氏に対する批判のボルテージが上がり、W杯直前の親善試合で散々な結果に終わったことを受けて、サッカー協会はついにハリル解任の段を下したわけだが、倫理観ゼロのアホなサポーター連中は、「今になって監督を更迭してどうする?」、「W杯直前に新監督を据えて勝てるのか?」、「海外組を甘やかすな」と、今度はハリル氏同情論や容認論をぶち上げて、サッカー協会に怒りの矛先を向ける傍若無人ぶりを発揮している。

はっきり言って、スポーツファンの中で、彼らほど無責任でバカな人種を知らない。
こんなレベルの低い連中に応援され、勝利を強要される協会や選手が気の毒だ。

だが、掌返しの無責任主義(無節操なステージチェンジ)を得意とする卑怯者は、サッカーファンだけではなく、経済論壇界隈にも多く棲息する。

緊縮政策が不況の主因であることがバレそうになると、「国民は国の借金や社保制度の持続性を心配してカネを使えない」と大嘘を吐く緊縮派。

過去の首相交代時には一度も後任論をぶったことなどないくせに、安倍批判の声が高まると、「安倍ちゃんの代わりに誰がいるんだ。後任は誰が良いのか論じるべきだ」と慌てだすバカな安倍信者。

金政策万能主義を主張しながら、旗色が悪くなると、「俺たちは財政政策を否定していない」と詭弁を吐くリフレ派。

安倍政権を倒すには野党を応援するしかないと檄を飛ばしながら、モリ・カケ問題で野党の追及が拙すぎると八つ当たりし始める頭でっかちなお坊ちゃん。

経済学を学べ、教科書を読めと偉そうなことを言うくせに、経済学や教科書にはGDPを増やす方法が書いてないと頓珍漢な言い訳をするエセ論者(休職満喫中!)。

庶民の所得を増やせと騒ぐ割りに、最も効果的な財出を否定したがるただのバカ。

安倍批判が徒労に終わりそうだと悟るや否や、批判の矛先を、方向性を同じくする身近な論者に切り替え、「お前は隠れ自民支持者だ」、「安倍批判するフリをして実は安倍擁護している」などと超アクロバティックな論理展開で実体のない隠れ安倍信者狩りに精を出す卑怯者。

彼らの自己矛盾に満ちた態度や発想、直ぐに立場や意見をコロコロ変える節操のなさには反吐を吐きかけたい気分だ。

まぁ、こういうクズやバカの存在が、コラムを書くエネルギーになっているのも事実だが…

2018年5月 1日 (火)

国内の労働資源を大切にしろ!

『働かせるが定住はダメ…政府が「技能実習の延長版」創設へと動く狙い』(4/16 現代ビジネス 望月 優大/ライター・編集者)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55259

望月氏の主張詳細は、上記コラムをご参照いただければと思うが、彼は移民推進の立場から、現行の外国人技能実習資格制度は、「技能実習生が労働可能な期間を倍に引き延ばすことで、安価に確保可能な労働力を倍増させつつ、日本での「定住」やそれにつながる「家族の呼び寄せ」などは許したくないというこの国の姿勢」がよく表れている、と強く批判している。

要は、介護や建設・運輸、農業など人手不足が深刻な業種への配慮と、人手不足の隙に漬け込む外国移民をもっと厚遇しろと言いたいようだ。

彼は、安倍首相は経済財政諮問会議の席上で、専門的な技能を持つ外国人労働者の受け入れ拡大に向け検討を指示したものの、国籍取得を前提とする「移民」につながらぬよう在留期間を制限し、家族の帯同も基本的に認めない姿勢を取っており、これでは外国人労働者が不当な待遇を受けるだけだと批難し、外国移民の受け入れ拡大や家族の呼び寄せを認めろと主張する。

ライターとか編集みたいな虚業で飯を喰っている実業経験に乏しいお坊ちゃんに限って、格好つけて地球市民的発想を好み、野放図に移民を入れたがるから困る。

望月氏のような移民推進派には物足りないようだが、安倍政権の移民推進策は目立たぬうちにずいぶん進行しており、外国人雇用者数はここ10年余りで2.5倍以上に増えている。

こうした問題は、進撃の庶民でお馴染みの“みぬさ よりかずさん”のブログ(『安倍「移民倍増」政権』https://ameblo.jp/minusa-yorikazu/entry-12368026681.html)で詳しく採り上げられているが、移民推進派の連中は「人手不足」を印籠や免罪符代わりに乱用して低賃金労働者を密輸させたがり、日本人の雇用の場を奪い、雇用条件の低下を招いて知らんぷりしている。

介護や運輸・農業・小売あたりの言う「人手不足」は、純粋に人手が足りないのではなく、『低賃金かつサービス残業で文句も言わず休日返上で黙々と働ける人材が集まらない』と言っているだけに過ぎず、こうした業界の虚言にまともに取り合ってはならない。

人手不足といえばコンビニ業界が例に挙げられるが、かの業界の総店舗数は2017年に55,322店と20年前の1.6倍以上に急増している。
しかも、ほとんどの店舗が24時間営業だから、店舗当たりの必要人員は通常店舗の2~3倍必要になるから、人手が足りないのも当然だ。

自分たちが勝手に無計画に店舗を乱立させておきながら、しかも、いまだに時給800円程度の安月給で人を張り付けようとする厚かましさだから、バイトが寄りつかぬのも当たり前だろう。

“コンビニは人手不足が深刻だ、外国移民を認めないとコンビニが成り立たない”と言い張るバカもいるが、その程度で商売ができないなら、とっとと店を畳めばよいと言うしかない。

コンビニ業界が、常に店舗拡大しなければ増収が見込めない“前近代的なビジネスモデル”に頼らざるを得ないのは、単に経営者の手腕が幼稚なだけであり、店舗拡大=人手不足を言い訳に移民容認を求める声は断固として排除すべきだ。

だいたい、財界の連中も、下請け業者の人手不足には丁寧に耳を貸すフリをするが、何か支援の手を差し伸べるのかと思いきや、「人手が足りないなら、安く働いてくれる外国移民を輸入できるよう、政府に口をきいてみるわ」と余計なことをするだけで、下請け業者の発注金額を上げてやるような真の支援策には絶対に触れようとしない。

小売や運送事業者とて、日本語のコミュニケーションすら満足に取れない外国移民よりも、日本人を雇いたいに決まっている。
問題は、業績不振のため、日本人の標準的な待遇に見合うだけの給料を払えるだけの原資がないだけのことで、解決方法は極めてシンプルだ。

冒頭に紹介したコラムで望月氏は、「(外国人労働者は)都合の良い労働者ではなく、一人一人の人間について考える――そういう移民政策が、今こそ必要ではないだろうか。」なんてピントのずれた妄言を吐いているが、彼が外国人労働者にばかり向けたがる温かいまなざしを、なぜ、国内の失業者や非正規労働者には向けられないのか?と問い詰めたい。

就職氷河期による不本意就業に甘んじざるを得なかったロスジェネ世代をはじめ、国内にはなお数百万人もの労働資源が投棄されたまま、「中身の無い虚構の人手不足幻想」が大手を振って歩いている。

外国移民など不要である。
そんなバカげた問題に頭を使う暇があるのなら、国内に溢れた失業者や非正規労働者の正規雇用化を進めること、低賃金や低待遇に悩まされている多くの正規労働者の待遇改善に具体的かつ早急に着手することが先決だろう。

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