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2018年6月

2018年6月28日 (木)

ハイパーインフレなんて起きない

『財政ファイナンスの何が悪いのか』(6/26 アゴラ 池田信夫 SBI大学院大学客員教授)
http://agora-web.jp/archives/2033381-2.html
「日銀の若田部副総裁が国会で、日銀による長期国債の買い入れについて「物価2%目標の実現に向けた金融政策上の目的で行っている」とし、「政府による財政資金の調達を助けることを目的とする、いわゆる財政ファイナンスではない」と語った。これは彼の過去の言論と矛盾する。
彼は『ネオアベノミクスの論点』で、「デフレからの脱却には、財政ファイナンス的な政策がじつはもっとも効果的なのです」(p.96)と書いた。財政ファイナンスが効果的なら、日銀がそれをやらないのは職務怠慢である。財政ファイナンスで日銀が国債をすべて買えば「無税国家」ができ、納税者もハッピーだ。
これは理論的には、必ずしも荒唐無稽とはいえない。若田部氏がいうように、政府と日銀の統合政府のバランスシートで考えれば、日銀が国債を買うのは子会社が親会社の社債を買うようなもので、連結の債務は増えないから、政府と日銀の債務を区別する理由はない。(略)」

池田氏は、反原発ゴロとエセ慰安婦叩きには非常に有能だが、こと経済問題となると、時代遅れのポンコツ緊縮主義者でしかなくなる。

そんな彼が、財政ファイナンスを擁護するかのような書き出しでコラムを展開しているが、何のことはない。
案の定、「国債金利上昇で日銀が債務超過になる」、「日銀が貨幣をどんどん発行してインフレになると市場が判断すればハイパーインフレになる」、「財政インフレはコントロール不能」云々と“財出恐怖症による発作”のためか、誇大妄想が止まらぬようだ。

彼は、国債金利高騰により日銀が債務超過化すれば、政府が一般会計から資金注入せざるを得ないと怯えるが、そもそも、国債金利が高騰するに至るロードマップについて具体的な根拠を一切示していない。

他国からの大規模な軍事攻撃なのか、三大都市圏をメガクエイク(巨大地震)が襲うのか、はっきりしろと言いたいが、緊縮主義者にありがちな妄想家に論を以って諭すほど無益なことはない。

実社会で金融を取り扱う者の感覚では、「金利高騰=巨額の資金需要の発生」というのが常識だが、自身の妄想だけを唯一の根拠にする詭弁師は、“市場”という名のフワフワした実態のない存在を持ち出し、あたかも、金利や物価を自由に上げ下げできる全能の神であるかのごとく扱いたがる。

国内銀行の預貸差(貸出額-預金額)は、ここ三年間で▲214兆円→▲294兆円へ80兆円も拡大している(統計外の郵貯や農協、信託銀行などの数値を考慮すると、差額はさらに拡大する)、つまり、それだけ資金需要が低迷しており、国債金利が高騰するほどの資金需要が発生する気配はまったく感じられないのだが…

たとえ、金利上昇により日銀のバランスシートが毀損し債務超過に陥ったとしても、日銀が政府を含む通貨発行機関の一つである以上、ほとんどノーダメージだ。

池田氏は、政府の一般会計を使って日銀に資本注入するしかないと大嘘をつくが、わざわざ国民の反発を招くような手段に固執せずとも、政府が通貨発行権を行使して財源を創り、資本を補填すればよいだけのことだろう。

経済誌に目を通すと、彼のように、“日銀が大規模に貨幣を発行すると市場が勝手にインフレ予想し、それがハイパーインフレの引き鉄になる”という作り話がまことしやかに騙られているが、詭弁師や詐欺師のいう「市場」の定義は、常に不明瞭なままだ。
ある時は“金融マーケット”、またある時は“債券ディーラー”、またまたある時は“一般市民”と、その姿かたちは変幻自在で、都合よく増殖したり縮んだりする。

筆者は黒田日銀による異次元緩和政策を紛い物としか思っていないが、池田氏の論のとおりなら、日銀の国債保有高は今年3月末時点で、すでに416兆円にも達し、その分だけ貨幣が発行された(※実際は国債と両替されただけ)のだから、市場とやらが高水位のインフレを予想し、年率20%くらいのインフレになっていてしかるべきだが、現実はご覧のとおりだ。

日本だけでなく、世界中で生産能力が飛躍的に伸びた現実を直視すれば、もはやハイパーインフレなど起こり得ないことくらい小学生でも理解できる。

いったいどうすれば、自販機で売っている130円の缶コーヒーが、一年後に17,000円にもなるというのか?

仮に、缶コーヒーの価格が倍になったとして、その途端にメーカーはビッグビジネスの到来とばかりに大増産に踏み切り、たちまち日本中の缶コーヒー需要は満たされることになるだろう。
それとも、池田氏は、缶コーヒーが17,000円になるまで意地でも飲み続けるとでも言い張るつもりか??

また、財政インフレはコントロール不能との幼稚論に対しては、過去に世界中で起きた高インフレやハイパーインフレがいかに沈静化したか、よく勉強しておけと言っておく。

池田氏はコラムの結びに、経済学説史を専門とする若田部副総裁は金融の素人だとバカにしているが、彼の経済知識こそ、そこいらのおばちゃん並みのド素人であり、周回遅れも甚だしいと言わざるを得ない。

2018年6月25日 (月)

消費習慣を思い出させる政策

『いま、節約を意識していますか?』(アサヒグループホールディングス 青山ハッピー研究所調査)
http://www.asahigroup-holdings.com/company/research/hapiken/maian/201802/00666/
調査によると、『節約を意識して生活しているか?』との問いに対して、「強く意識している」32.5%、「まあまあ意識している」59.2%を合わせて全体の9割以上が「節約意識を持ちながら毎日の暮らしを送っている」ことが明らかになったそうだ。

また、『景気の上向きを実感しているか?』との問いには、8割以上が「(景気回復を)実感していない」と答え、一番の要因は「給料アップがないこと」らしい。
節約策の上位は「節電」や「節水」、「食費の抑制」で、待機電力の削減や、食器のまとめ洗い、自炊・家飲みなどと、まことにみみっちい対策が並んでおり、これが世界に冠たる経済大国で暮らす国民の生活かと惨めな気持ちになる。

安倍信者の中には、「アベノミクスで景気爆上げwww」、「いまだに給料が上がっていないなんて、どこの底辺だよ(笑)」と見栄を張り大嘘をまき散らす大バカ者もいるが、現実はご覧のとおり。

このほかにも、“若者の○○離れ”や新築住宅着工件数の落ち込み、自動車販売台数の低迷など雇用の不安定化や所得不足に起因する国内消費の長期低落傾向は鮮明だ。

橋本行革や小泉構造改悪が日本経済を破壊し、需要不足状態があまりにも長く放置されてきたせいで、家計や企業を問わず我が国に節約志向が蔓延しており、もはや、日本人の心には「消費=浪費=悪」という不況固定化スパイラルの種がビルドインされていると言っていいだろう。

需要不足、つまり、カネが使われないのは二つの原因がある。

一つ目は、所得(収入)の長期的な低下と将来的な所得逓増期待の喪失である。
平成6年に664万円だった全世帯平均所得は、増えるどころか平成27年には545万円まで18%も下がり、国民はまじめに働いて年齢を重ねれば所得が増えるという当然の権利に対する自信を完全に失っている。

二つ目は、消費という行為そのものへの忌避感や罪悪感の高まりで、いわば「消費習慣の衰え」とでも言えようか。
所得が伸びそうな気配すらないうえに、税や社保料、公共料金の負担増ばかりが先行し、名実ともに支出に割ける金額が減り、消費に対して自暴自棄になっている国民が多い。
自分が満足に好きなモノを買えない腹いせに、インフラ整備・社会保障費・防衛費・地方交付税などの事業費支出を無駄遣いだと批判した挙句に、「自分がこれだけ我慢してるんだから、他の人も我慢すべき」と“我慢#Me Too運動”を展開し、消費税増税にも賛成する者が続出する。

消費忌避病を患った国民を放置したままでは、更に需要不足が深刻化し、需要を栄養分とする供給力の陳腐化を招き、技術力・サービス提供力の低下につながり、やがて国力低下→後進国化という没落のスパイラルを突き進むことになるだろう。

遠くない将来に直面する転落へのシナリオを反転させるには、国民に消費への積極性を取り戻させることが不可欠だ。
消費は、生活を豊かにし、人生の質や価値を高め、働く意欲を醸成させる特効薬であることを思い出させねばならない。

だが、それには、国民が消費に邁進し、没頭できるだけの原資が要る。

原資の配分ルートは二種類ある。

一つ目は、インフラや科学技術費、地方交付税などの政策経費の大規模な支出による民間経済の売上や所得増加策であり、民間需要の刺激に付随する家計の名目所得引き上げ策であり、二つ目は、減税や社保料負担軽減、教育費無償化、ベーシックインカムによる給付型生活補填の実施による家計の実質所得引き上げ策だ。

論者の中には、「ベーシックインカムは国民を怠けものにする」、「インフラ投資は無駄の温床。国民への直接給付だけでよい」と極論を吐く者も多いが、別に両者が喧嘩する必要はない。
どちらも国民にはメリットしかないのだから、事業を喚起する財政支出と国民の懐を潤す直接給付制度のいずれも大規模に実施すればよい。

特に、国民が消費や投資に意欲や自信を失いつつある現状では、所得増加を実感させるためのスピード感が重要であり、「減税+社保料負担軽減+直接給付」をセットにした大規模な財出が必要だ。

筆者は「消費税撤廃+社保負担50%減+一人月3~4万円の直接給付(≒家賃・住宅ローン相当額)」を提唱しており、年収500万円世帯で年間150~180万円くらいの実質所得増加を見込む。

国民の消費・投資意欲に火を点けるには年率1~2%程度のちっぽけな賃上げではまったく役に立たない。
「俺の手取りがこんなに増えていいのか?」と空恐ろしくなるくらいのインパクトが必要だ。
なにせ、四半世紀近くも不況に苦しみ、その間所得が減り続けてきたのだから、人々は重度の消費恐怖症を患っているから、尋常な手段では消費を上向かせることは叶うまい。

高度成長期を経て世界トップクラスの経済大国へとのし上がる過程で日本に根付いた消費や投資への歓びや楽しみをもう一度取り戻したい。

長期不況下ですっかり萎えてしまった消費習慣を復活させなければ、国や他人がカネを使うことへの醜い嫌悪感を払拭することはできないだろう。

巷には、ベーシックインカム(BI)や直接給付型の財政政策を批判する意見が根強く、
「BIは新自由主義者発の思想ゆえ国家解体につながる」
「BI導入は既存の社会保障制度破壊につながる」
「ハイパーインフレを招く」
「国民の勤労意欲を失わせる」
「金持ちにも給付するのはおかしい」
などと異論や反論が上がってくる。

こうした異見に対して、筆者は何度か誤りを指摘してきたが、改めて簡潔に反論して稿を締めくくりたい。

まず、BIの起源に拘るのは無意味であり、BIの源泉がM.フリードマンみたいな頭でっかちの経済音痴であっても別に構わない。

彼の信奉者たちが提唱する既存の社会保障制度の代替手段としてのBIは悪質な紛い物であることをきちんと指摘し、既存の社会保障生徒と並立させる新たな概念を提示すればよかろう。(※現在の社会保障制度の歪さや複雑さの問題は、BI導入とは別次元で解決すべき問題)

次に、BIによる数十兆円規模の財出がハイパーインフレを招くとの妄想だが、日本人の貯蓄選考型の性格や支出増加が世に及ぼす技術革新や生産性向上を軽視しすぎている。

日本の貯蓄率は元々20%を超え世界有数の水準だったのが、不況による所得低下により近年2%台にまで下がっている。
元来貯蓄性向の高い日本人の性格から推して、大規模な給付政策を打っても、初めの数年は、これまで抑圧されてきた貯蓄への欲求が暴発し、貯蓄率が急伸すると予測する。
よって、数十兆円規模の給付をバラまいても全額が消費に回るわけではない。
(※貯蓄→企業借入→投資というルートが熱を帯びるのも暫く時間がかかるだろう)

しかし、一部が貯蓄に回るとはいえ、少なからぬ消費が世に出ていくわけだから、当然、企業は溢れ返る商機獲得と機会損失防止を狙って技術革新や生産性向上を強化する。
こうした民間の動きが実体経済の供給能力をさらに強化し、国内のインフレ吸収力は飛躍的に高まっていく。

「消費力UP=高インフレ」と早とちりする者も多いが、いくら所得大幅に増えても、国内にある膨大な量のモノやサービスすべてが消費されるわけではなく、その多くが売れ残る運命にあり、数十兆円単位の消費がもたらすインフレ率はせいぜい一桁台に止まるだろう。

また、筆者の提案するBIの規模は一人当たり月3~4万円と、あくまで生活資金の補填の意味あいに止まるから、これをもって勤労意欲を失うものなどいない。

むしろ、実質所得が増え、家賃や住宅ローンの心配が不要になるのだから、勤労意欲を萎えさせるどころか、ますます仕事に邁進できるはずだ。

金持ちにもBIを配るのは不公平だというのなら、年収1,500万円あたりに給付額の減額・廃止ラインを設定すればよかろう。
そもそも、一部の金持ちへの給付の是非に拘って議論を停止し、大多数の受益権をドブに捨てようとするのは愚か者の所業である。

我が国の需要不足や消費習慣の衰えは本当に深刻な問題だ。
これを放置したまま先進国として今世紀を生き延びるのは不可能だろう。

財出拡大によるインフラ整備・国防強化・教育科学技術振興・福祉充実といった事業支出の増額を通じた名目所得向上と技術レベルの維持更新は最優先の取り組み事項である。

だが、現実には、消費を億劫がり、財出を卑下する国民の歪んだ心情がそれを邪魔する。

そうした邪心を取り払うためにも、国民への直接給付を同時に実行に移し、消費への忌避感を治療しておく必要があるだろう。

2018年6月21日 (木)

緊縮財政から得るものは何もない

18日朝に大阪府北部で最大震度6弱の強い地震が発生し、死者5名・負傷者370名以上もの被害が起きた。

中でも、高槻市にある寿栄小学校のプールを囲うブロック塀が倒れて4年生の女児が亡くなるという大変痛ましい被害があり、亡くなられた方やご遺族に心よりお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々にはお見舞いを申し上げます。

今回の地震では、幼気な女児の命を奪ったブロック塀が建築基準法違反であることが判明し、強い批判が沸き起こっている。
だが、それが教育現場に対する八つ当たりにも似た局所的な憂さ晴らしになってはならない。

昨年4月時点で、全国の公立小中学校約11万6千棟の建物のうち98.8%が耐震化され、講堂などの「つり天井」の落下防止対策も97.1%完了していたにもかかわらず、ブロック塀の調査は対象外だったようだ。

学校には、塀やバックネット、サッカーゴール、用具収納倉庫など、自身の際に凶器となりうる構築物があり、それらを含めた耐震化が求められるべきだが、20年もの間緊縮予算が続く中、校舎や体育館など使用頻度の高い建物から優先的に工事を進めざるを得なかったことは想像に難くない。

消防庁の資料によると平成28年度末時点の防災拠点となる公共施設等の耐震化率は92.2%だそうだが、地域によりバラツキがあり、東京都98.8%・静岡県97.1%・愛知県97.1%などの上位県と比べて、広島県81.0%・長崎県84.8%・北海道85.1%といった下位県の進捗が遅れている。

今回事故が起きた文教施設の耐震化率は全国平均で98.1%と最も進んでいるにもかかわらず、実際に不幸な事故が起きている以上、社会福祉施設86.5%・庁舎81.3%・公民館等80.7%といった耐震化が遅れている施設の補修は急務だろう。

自身や自然災害による被害を食い止めるためには、バカなマスコミみたいに現場を管理する学校や自治体にヒステリックなクレームをつけても何も始まらない。

マスコミの連中は、役所や学校を叩く暇があるなら、人命軽視の緊縮予算を押し付ける財務当局を強く批判し、早急かつ網羅的な耐震化を実現させるための予算をきちんとつけるよう政府・国会に強く要求すべきだ。

世界中で起きたマグニチュード5.0の地震の10%、6.0以上の地震の20%が日本周辺で発生し、1979~2008年の間に世界で起きた地震による災害被害額の10%(約20兆円)を占め、明治以降に発生した大地震による死者行方不明者数が17.5万人にも上るという世界一の地震大国たる我が国で、祈祷や自己責任論、薄っぺらな根性論の類いはまったく通用しない。

地震や津波対策に十分な予算を投じ、「カネとコンクリと鉄筋」を注ぎ込まぬ限り、無表情に牙を剥いて襲い掛かってくる災害に太刀打ちすることなど不可能だ。

最近、土木學會から、南海トラフ地震や首都直下型地震による巨額の被害予想が公表されたにもかかわらず、具体的な対策に向けて予算増額を求める声がほとんど上がってこないのは本当に腹立たしい。

それどころか、有識者を気取る守銭奴の連中は、国民の生命・財産に対する甚大なリスクよりも、“財政再建の遅れ”を懸念する声の方が遥かに大きい。


『国民的議論のチャンスを奪った「ぬるい」新財政健全化計画の罪』(6/18 DIAMOND online 森信茂樹 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授)
https://diamond.jp/articles/-/172603

「6月15日、「骨太方針2018」とともに、新たな財政健全化計画が公表された。これまでの計画の頓挫が明らかになり見直されたものだが、経済政策の検証を踏まえて策定されたというより、甘い経済見通しを前提にして、目標をさらに5年間先延ばした、「ぬるい」内容だ。(略)
 団塊の世代がすべて後期高齢者になる2025年というのは大きな節目である。それを前に、社会保障の在り方やそのための負担をどうするのか、国民的な議論にしていく絶好の機会を失った(失わせた)といえよう。」

森信氏は天下り組の元財務官労らしく、自らの厚遇は棚に上げ、国民にはひたすら負担を強いる典型的な緊縮主義者だ。

筆者には、相変わらずPB黒字化に固執する骨太の方針なんて、経済成長する気のない逆噴射政策にしか見えぬが、森信氏の眼には「緊縮と絶望が足りないバラマキ案」に映るらしい。

彼は、アベノミクスが上手く行かなかったがゆえに二度にわたる消費増税延期やバラマキ補正予算が行われた挙句に、骨太の方針2018には、その反省がなく、またもや幼児教育無償化や高等教育無償化といったバラマキメニューが躍っていると批判する。

地震が起きようが、国民が経済的困窮に苦しもうが、そんなことはお構いなしに歳出カットと増税しか言わぬ緊縮バカは、現実がまったく見えていない。

アベノミクスが上手く行かなかったのは、イノベーション不足や社会保障改革の未達のせいではなく、不況の原因たる需要不足を埋めるための財政出動に消極的だったからに過ぎないが、そんな簡単なことを頑なに認めようとしないのが、緊縮主義者の愚かしいところだ。

2018年度の一般会計予算は、“過去最大”だの“医療・年金の膨張を放置したバラマキ型”だのと揶揄されるが、政策経費(国債費を除く)ベースでは74.4兆円と、2014年度/76.4兆円や2015年度/76.7兆円(いずれも補正予算込)辺りの水準にすら達しない「超緊縮予算」でしかない。

こんな及び腰な予算で日本経済を力強く回復させられる訳がなかろう。

アベノミクスが不発に終わり、いつまで経っても景気が良くならないのは、緊縮主義者の連中や、それを支持する勉強不足の国民が、“慎重さ(消極財政)と辛抱(増税等の負担増)重視”の根性論に固執するあまり、実際に経済を動かし国民所得向上に直結するカネ(積極財政が生み出す売上や所得)を蔑視し、その役割を過小評価し過ぎたせいであることは明白だ。

緊縮主義者は、とかく、PB黒字化や歳入・歳出のバランスを取ることに目を奪われ、国家財政の帳尻を合わせることから経済論議をスタートしたがるが、経済活動の主役は国民や企業といった民間経済主体なのだから、資金の出し手&所得の再配分の役割を担うだけの国家財政なんて後回しでよいし、そもそも、通貨発行権という大権を持つ国家に財政問題など存在しない。

国家財政の毀損を恐れて、重税や社会保険負担増を課し、民間経済の消費・投資意欲を冷え込ませるなど本末転倒の悪手でしかない。

緊縮主義者の連中は、リアルな経済活動に関する勉強量や理解力が絶対的に不足している。
ご高説を垂れる前にラーメン屋やスーパーでレジ打ちのバイトでも経験し、実体経済がどうやって動いているのか、身を持って修得させる必要があるのではないか。

2018年6月18日 (月)

役立たずのクズほど移民を入れたがる

『企業の49.2%が正社員不足、4月では過去最高』(5/24 帝国データバンク)
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p180505.pdf
「正社員が不足している企業は49.2%で1年前(2017年4月)から5.5ポイント増加し、4月として過去最高を更新。例年、4月は人手不足が緩和する傾向がみられる一方、企業の人手不足感は継続している。業種別ではソフト受託開発などの「情報サービス」が69.2%でトップ。以下、「運輸・倉庫」や「建設」「飲食店」など6業種が6割台となった。(調査結果より抜粋)」

帝国データバンクの調査によると、従業員(正社員)不足を訴える企業の割合は、リーマンショック後の2009年(12.9%)をボトムに年々上昇しており、これは大企業だけでなく、中小零細企業にも共通している。

こうした人手不足を背景に、政官財の連中は、「国内には(奴隷労働を我慢して)働ける人はこれ以上いません」と大ウソをつき、骨太の方針に外国人労働者(※中身は単なる移民)50万人超の受け入れ増を謳ったわけだ。

筆者は、この手の人手不足話を聞くたびに、“では、人手不足解消のために企業サイドはどんな努力を払うつもりか”をチェックするのだが、これまで一度も気の利いた回答を聞いたことがない。

今回の帝国データバンクのリポートにも、「人口減少と景気回復を背景に人手不足が深刻化するなかで、人材確保難とともに人件費の上昇などが中小企業の収益に影響を及ぼす可能性は高い」などと具体的な対策に触れぬままお茶を濁している。

いま起きている人手不足は、人口ボリュームの多い退職世代とボリュームの少ない若者世代との人口ギャップ、いわゆる、人口動態変化によるものであり、一部の安倍信者が主張する景気回復を原因とするものではない。(=単なる“エア・人手不足”というのが実状)

よって、多くの企業が、若者不足や生産年齢世代不足に悩まされながら、最も効果的な「給与水準引き上げ・職場環境改善・福利厚生改善」という三点セットに着手できずにいる。
それを証拠に、消費者物価指数の変動を加味した新規学卒者の初任給は2000年以降、ほとんど横這いでしかない。
【参照先】http://www.garbagenews.net/archives/2308473.html

本来、人手が足りぬなら、好条件を呈示して自社をアピールするのが当然だが、既存社員とのバランスを考慮すると、新卒者や中途採用者だけを好待遇で迎えるわけには行かず、社員全体の給与水準を引き上げる必要が生じる。

アベノミクス効果が本物なら、訳もなくそれを成し得るはずだが、多くの中小零細企業はそれすらできず、人件費のわずかな引き上げですらアップアップの状態であり、高給呈示による人材引き抜き競争になど興じる余裕はない。

本来なら、度重なる減税と労働分配率の引き下げにより潤沢な手元流動資金を持つ大手企業が、下請けへの支払い条件改善や従業員の給与引き上げで応じれば済む話なのだが、人手不足解消に絶対的な効き目を持つ“給与水準引き上げ”だけは絶対に避けたいというのが彼らの本音だから、人手不足に困惑したフリをし、“働ける日本人はもういないから、(低賃金労働を厭わぬ)外国人を入れてくれ”と政府に泣きついているだけのことだ。

結局、人手不足で大騒ぎする連中は、
①日本人の労働人材掘り起こしにはまったく無関心で、
②日本人の労働条件改善を毛嫌いし、
③外国移民の受け入れで低賃金&劣悪労働の永続化を図り、
④“文句を言わず働くベトナム人や中国人を見習え”と国内求職人材を脅しつける
女衒のような売国奴に過ぎない。

どこぞの自称経済学絶対主義者のバカも、“農業・介護・建設・宿泊・造船のみならず、トラックやタクシーのドライバー、コンビニエンスストアも人手不足だ。政府の移民政策は当然だ”と嘯いているようだが、いずれも生産性や給与水準が低く、雇用環境のブラック化が指摘される劣悪な業種ばかりで、応募者が集まらないのは当然だろう。

本当に人手が欲しいなら、「給与水準引き上げ・職場環境改善・福利厚生改善」の三点セットに着手すべきだが、それをしたくないがゆえに外国移民という“麻薬”で誤魔化そうとしているだけではないか。

きちんと積極的な財政支出で実体経済に資金注入し、必要な規制強化で事業環境を保護してやれば、農業・介護・建設・宿泊・造船などの業界でも、人手不足対策として給料アップを実行できる体力をつけることができる。
そうした努力を放棄しておいて、「日本人に給料は払いたくない。安く働いてくれる移民を入れろ」なんてワガママを言わせてはならない。

それにしても、最近、人手不足の波は教育現場にも及んでいるようで、特に、小中学校では現場の教員不足が深刻化しているようだ。
【参照先】https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2018/03/0302.html

一方、プライドばかり高くて質の高い授業ができないポンコツ教師が多い高校(特にFラン高)では、人手不足ならぬ、“人材不足”が生じているらしい。
【参照先】https://paruru236.hatenablog.com/entry/2017/11/13/_%E9%AB%98%E6%A0%A1%E6%95%99%E5%93%A1%E3%81%8C%E4%BA%BA%E6%9D%90%E4%B8%8D%E8%B6%B3%E3%80%82%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%AE%E5%90%9B%E3%80%81%E5%A4%A7%E6%89%8B%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%82%84%E9%8A%80%E8%A1%8C

世の中には、過労死寸前になりながらも現場で奮闘する真面目で真摯な教員がいる一方で、一年近くも休職を続けながらネットでインチキ経済論をまき散らしバカンスを楽しむエセ教師もおり、その不公平感たるや直視するに堪えない。

教育現場で人手不足が生じているのなら、移民に賛成する休職教師から先に解雇して、本人のご希望どおり、日本語の堪能なベトナム人にでも教職の座を譲らせてはどうか?

2018年6月13日 (水)

新たな悲劇を防ぐために

9日夜に発生した新幹線3人死傷事件では、一人の身勝手な男が刃物を振り回して車内にいた女性2名を襲い、彼女らの命を救おうと犯人を止めに入った勇敢な男性の尊い命が奪われるというまことに痛ましい結果となった。

被害に遭われた梅田さんは、外資系大手化学メーカーの大阪オフィスに勤務し、出張先の横浜からの帰りに乗り合わせた列車内で偶然起きた凶行に巻き込まれた。

出張用務を終え心地よい疲れとホッとした気持ちで、大切な妻の待つ自宅へ向かう途中、いきなり自席の近くで見知らぬクズ野郎が鉈を振り回し暴れ始めるなんて、まったく想像できなかっただろう。

報道によると、犯人の隣席にいた女性たちが襲われ、隣の車両に逃げ込んだ女性たちをさらに追いかけようとした犯人を見て、梅田さんは、彼女たちを庇おうと、自らの命も顧みず咄嗟に犯人に組み付いたようだ。

事件の結果だけを見て、後講釈で「刃物を持って暴れる相手に素手で立ち向かうのは危険だ」、「相手は刃物を持っており、躊躇なく逃げるべきだった」と訳知り顔でコメントする者もいるが、その場に居合わせ、突然の凶行を目の当たりにし、理性的に判断する余裕すら与えられなかった梅田さんとしては、襲われた女性たちを何とか助けなければという必死な想いで身体が突き動かされたのではと想像する。

梅田さんのご自宅で、休日で深夜に及ぶ出張に出かけたご主人の帰りを待っておられた奥様のご心痛を思うと、かけるべき言葉すら見つからぬ。

ご遺族の方には迷惑なだけかもしれぬが、梅田さんの勇敢で正義感に満ちた行動に敬意を払い、公的な立場から哀悼の意を表しつつ表彰するような制度がないものかと思う。

最近、これ以外にも、新潟女児連れ去り殺害事件、目黒女児虐待死事件、静岡女性拉致殺害事件などといった陰惨な事件が続いており、暗澹たる気分に襲われるとともに、残虐非道な事件を起こした畜生どもは絶対に許せないという堪え切れないほど強い怒りが湧いてくる。

今回の事件を起こした犯人は、厚かましくも、自身の発達障害をネタに情状酌量を狙う気のようだが、自分勝手な理由で他人の命を奪った畜生風情の発育環境や発達障害云々などまったく言い訳にはなるまい。

犯人の事情など、被害者とはまったく関連も関係もない以上、事件の責任を負い、罪を被るのは100%犯人自身でなければならない。

残虐非道な事件を惹き起こした鬼畜どもには、何ら酌量の余地はなく、更生の可能性を検討するなど以ての外だ。
くだらない永山基準など持ち出す必要もない。間髪入れず極刑に処すべきだ。

それにしても、10年前に起きた秋葉原大量殺人事件にしても、新幹線車内の事件にしても、刃物の殺傷力の高さを改めて思い知らされる。

いずれの犯人も、捕まえてみれば、イキった兄ちゃんに恐喝されてそうな体格も風貌も弱々しい連中なのに、いざ刃物を手に振り回すと、周囲の誰も止められず実際に多くの犠牲者を出してしまう。

筆者も今回の事件の報を聞いて、自分が同じ現場に居合わせたら、梅田さんのように勇気を持って即行動に移せるだろうかと自問してみたが、頭では、目の前に被害者がいる以上、犯人を取り押さえるべきだと解っていても、凶器を手にした狂人にどう立ち向かうべきか、悶々と悩んでしまう。

無関係な他人にケガを負わせ傍若無人に暴れる犯人への怒り、負傷した被害者を一刻も早く救護せねばという焦り、自身がケガを負い命を落とすかもしれないという恐怖、そういった複数の感情が一気に脳内を支配し、身体が硬直するような感覚になる。

突然の凶行に対して咄嗟に勇気ある行動を取った梅田さんの足元にも及ばない。

ネットでは、事件の起きた車内にいた他の乗客の行動を巡り論争が起きている。

『ツイッター女子「新幹線殺傷事件でなぜ他の男は誰も梅田耕太郎さんを助けなかったの?」の声に批判殺到』
https://matomame.jp/user/yonepo665/b941d532cad80324eb7e?page=1

論争のきっかけは、とある女性が自身のTwitterで、事件の起きた車内にいた(と思われる)他の男性が、梅田さんの加勢もせず事態の推移を傍観していたのかと不満を述べたことに対して、男性サイドから、“女は逃げ回るだけで、男は犠牲になってもいいのか?”、“男性差別じゃないか”と強い非難の声が上がっている、というものだ。

Twitter主に賛同する意見は、
「テレビ見てて思ったんやけどさ、新幹線でナタ?振り回してた人おったやん?それに立ち向かった男の人すごいと思うけど、周りに他に男の人とかいたはずだし数人で取り押さえれば立ち向かった男の人は死なずに済んだのかもしれないと思う… あの場にいたら動けないのも分かるけどね…」

「新幹線の殺傷事件、勇敢に立ち向かい亡くなってしまった男性に哀悼の意を表します。しかし周りに居た他の成人男性は逃げるか見ていただけなのかね?あと2人いたら制圧出来たと思うのは私だけ?インタビューであーだこーだ応えていた男性とか。いざという時に戦えない男達って何だろう?」
といった具合に、凶器を手にする犯人に勇気を持って立ち向かった梅田さんに加勢の手が差し伸べられなかったことを悔やみ、非難している。

一方、反対意見には、
「新幹線テロで他にも誰か加勢してやれよってツイみてちょっとモヤモヤ。
乗ればわかると思うけど、あんな狭い車内で男がナタ持ってたら誰もが足竦むし、他人どころじゃないと思う。自分の身守るので精一杯だよ。」

「例の新幹線の事件、女性を助けて命を落とした男性の勇気を讃えるのは普通なことだし俺もそういう人間でありたいとは思うけど、だからと言って「他の男たちは何してたんだ」と言う連中は何か違う、安全圏からそういう事言うなよ、並みの神経してたら普通は逃げるかビビって動けないかのどっちかだろ」
と、殺傷力の高い凶器に身が竦むのは自然なことで、周囲が加勢できなかったのも仕方ないと擁護するものが目立つ。

実際にナイフや鉈、斧といった刃物を使った事件で多数の死傷者が出ている以上、筆者も、事件のあった号車に乗り合わせ、何の加勢もできなかった男性たちがいたとしても、彼らを一方的に責める気にはなれない。

事件報道を受けて世の中に梅田さんの勇気を称える声が高まるにつれ、傍観せざるを得なかった人々の中には、「俺が勇気を振り絞っていれば梅田さんを死なせずに済んだはず」、「俺が意気地なしだったせいで梅田さんが命を落とし、ご遺族につらい思いをさせてしまったのでは」と悶々と悩み苦しんでいる方もいるだろう。

事件が起きた同じ列車に乗り合わせたという偶然のせいで、本来なら犯人が一身に抱え込むべき後悔や自責の念を背負わされる不幸な人々に、心の重荷をこれ以上課したくはない。

だが、例のTwitterのリツイートを追うと、
「人間怖けりゃ逃げるし命はみんな大事なんだから守ろうとするでしょ。なんだよ他の男はなぜ助けに入らなかったのかってさ。男は肉壁じゃねーぞ。」

「新幹線の死傷事件、犯人が馬乗りになってる間に他の男が集団で取り押さえろとか言ってる奴いたけどな、それ最悪死体増えるだけだかんな。」

「1:1交換で他の個体を救う行為に意味があるとは思えず、「男性」が「女性」を守ったことが賞賛されているのか?」

「新幹線の事件で「男は女性を守るべき、他の乗客の男は何やってたんだ」って性役割押し付け言説がワラワラ湧き出してるのほんと笑える」
といった具合に、男性差別云々を盾にし、手足を動かそうとせぬ見苦しい声が並んでいる。

さすがに、こうした意見を目にすると、無辜の他人に刃を向ける狂人を前に、足を竦ませ、何とか自分だけは助かろうと言い訳がましい屁理屈をこね回すのがバカバカしくなってきた。

非力な身ではあるが、身を屈めて凶行を見過ごして延々と自責の念に苛まれるよりも、乏しい勇気を振りしぼるよりほかないと心が固まってくる。

2018年6月11日 (月)

イノベーションを育てるにも順序がある

『ついに"マイナス成長"に落ちた日本の景気』(5/28 PRESIDENT Online 真壁昭夫/法政大学大学院教授)
http://president.jp/articles/-/25251
「5月16日、内閣府が発表した1~3月期の実質GDP(国内総生産)成長率の1次速報値は、前期比年率換算ベースでマイナス0.6%だった。マイナス成長は9四半期ぶりだ。(略)
中長期的な景気安定のためには、構造改革を進め、国内経済の実力(潜在成長率)を高めることが欠かせない。(略)」

真壁氏は、GDPマイナス成長の要因を「天候不順」と「企業部門の設備投資減少」の二点にあると説明したうえで、
①天候不順の影響は一時的にすぎぬから景気は今後回復に向かう
②設備投資を促すイノベーションを活性化させるため、発展性がある分野にヒト・モノ・カネを再配分し、構造改革と規制緩和に邁進せよ
と主張する。

まず指摘しておきたいのは、「天候不順」を景気停滞の言い訳にするバカは単なるジャンクでしかないということだ。

気象庁のデータを見ても、毎年のように日本のあちこちで天候不順が確認されてきたことをしっかり頭に入れてもらいたい。
【参照先】http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/longfcst/extreme_japan/index.html

真壁氏は、「天気が良いと、行楽地を訪れたり、家族で外食に出かけたりすることが増える。しかし、大雪となればそうはいかない。家で過ごすことが増える。外出が減れば、個人の消費は減る。」なんて言ってるが、個人所得の伸びが本当に堅調なら、寒波が来れば防寒用品が売れるはずだし、外出が減ってもネット消費が増えるはずだ。

天候くらいで消費が落ち込むのは、アベノミクス効果とやらが張子の虎で、単に個人所得が落ち込んでいるだけのことだ。

「構造改革・規制緩和・選択と集中」…この辺の陳腐なキーワードは、小泉バカ政権による構造改悪以降、散々聞かされてきたが、それから現在に至るまで、我が国イノベーションは隆盛を誇るどころか停滞の一途を辿ってきた。

真壁氏みたいに頭の悪い構造改革主義者たちは、積極財政に基づく実体経済への資金供給の裏付けなしに、改革や規制緩和にさえ取り組めば、アニマルスピリッツや需要が刺激され、生産性も上がるかのように騙ってきたが、開業率・GDP・労働生産性の何れを見ても、ほとんど向上の兆しも確認できず、彼らの主張は質の悪い妄想でしかないことが露呈している。

構造改革主義者お得意の“選択と集中戦略”に乗せられた企業は、大手電機業界や百貨店業界の惨状によく表れているとおり、あちこちで事業が座礁し、単なる縮小均衡と同義語に落ちぶれてしまった。

真壁氏は、「(国内の需要を高めるには)金融・財政政策が限界に直面する中、政府は構造改革を推進しなければならない。それは、社会の変化に応じて、規制の緩和や制度の改変などを行うことだ。(略)
構造改革は、民間企業の“アニマルスピリッツ(成長、利益などを追求する血気)”を高め、新規事業への進出などを促進するために不可欠だ。具体的には、ロボットやネットワークテクノロジーなど発展性がある分野にヒト・モノ・カネを再配分し、新しいヒット商品などの創出を目指すことが求められる。
官民が連携して構造改革を進め、社会全体でイノベーションが進めば、景況感も随分と違ってくるだろう。」と懲りもせずに構造改革主義のポンコツエンジンを吹かそうと懸命だ。

しかし、彼のように、イノベーションが自律的に社会全体の需要を創出させると勘違いしたままでは、失われた20年と同じ失敗の轍を踏み続けることになる。
イノベーションは、所得ピラミッドの土台を支える低中所得者層や生産性の低いゾンビ企業が闊歩する“淀んだオールドエコノミー”が生み出す需要により支えられて初めて独り立ちできるか弱い存在であることを自覚せねばならない。

真壁氏はイノベーションの代表例として、iPhoneやNetflix、Amazonなどを挙げ手放しで誉めているが、そうした機器やサービスが巨大な存在に成長し得たのは誰のおかげかと言えば、世界中にウヨウヨいるオールドエコノミーが買い支えてくれたからとしか言えない。
Appleが年商20兆円企業になり得たのも、年収200万円の非正規社員や土建屋の兄ちゃんがiPhoneを買ってくれたおかげなのだ。

イノベーションの興隆は全要素生産性(TFP)で測るのが一般的だろうが、吉川洋立正大教授の資料によると、TFPの伸び率は、構造改革の嵐が吹き荒れた2001年以降よりも、公共投資が盛んな土建国家時代(1985~1995年辺り)の方が圧倒的に高く、イノベーションの成長に及ぼす“買い手側”の存在の大きさを改めて裏付ける結果となった。
【参照先】https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/00report/inv2017/inv2017_report01.pdf

真壁氏ご推薦の“ロボットやネットワークテクノロジー”にしても、それに対価を支払う需要家の懐が潤沢でなければ、ロボットは単なる倉庫警備員と化し、ネットワークテクノロジーは電子廃線と化す運命にある。

イノベーション至上主義者の連中は、経済を語るに当たり、もっと大人にならねばならない。
技術革新やイノベーションの存在が需要を創造するのではなく、既存のオールドエコノミーの懐具合に余裕があり、そのお眼鏡に適ったものが、たまたま対価を与えられるだけに過ぎないという厳しい現実を直視すべきだ。

積極的かつ長期的な財政支出により実体経済に潤沢な資金(売上や所得に直結するカネ)をバラまいておけば、イノベーションなど幾らでも生みだせる。
なにせ、日本人の創造意欲や技術革新への努力は、決して他国に引けを取らないのだから…

2018年6月 8日 (金)

強靭化の否定こそ次世代へのツケ回し

『南海トラフ経済被害1410兆円』(6/7 NHK NEWS WEB)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/wakayama/20180607/2040000137.html
「南海トラフの巨大地震が発生してから20年間の経済的な被害が、最悪の場合、1410兆円にのぼるおそれがあるという報告書を土木学会が新たにまとめました。
被害を軽減するために、耐震化などの対策を進めるよう国などに提言しています。(略)
 報告書では、巨大地震が国民生活を低迷させる「国難」になると指摘する一方、道路や海岸施設の耐震化などを進めることで長期的な被害は4割ほど軽減できるとも試算しています。
そのうえで、地震の発生確率などを考慮して今後15年以内を目標に必要な対策を進めるよう国などに提言しています。(略)
土木学会の大石久和会長は、「これだけの経済被害が生じるとは予想もしておらず、驚きだ。いまのまま巨大災害が起きたら想像もつかないようなことになる。日本が東アジアにおける小国、最貧国の一つになりかねないと考えている」と強い危機感を抱いていることを明らかにしました。(略)」

公益社団法人土木學會が取りまとめた『「国難」をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書』は非常に適切かつインパクトのある内容だ。
【参照先】http://committees.jsce.or.jp/chair/node/21

何より、阪神・淡路大震災や東日本大震災による甚大なる被害と深刻なる絶望をすっかり忘れ、時代錯誤の公共インフラ不要論に興じてきた国民に対して、“国難”、“小国”、“最貧国”という強い言葉で警告を発した点は本当に評価できる。

長期不況というぬるま湯に浸かり脳内が弛緩し切った連中は、「不況ったってネットもあるし、百均でモノも買えるし、昔より便利だろ? 公共投資なんて無駄・無駄」と妄言を吐くが、「いまのまま巨大災害が起きたら想像もつかないようなことになる。日本が東アジアにおける小国、最貧国の一つになりかねない」という大石会長のコメントをよく噛み締めるがよい。

社会機構の基本的な仕組みを理解できぬバカに限って、何の努力も投資もせずとも、いまの生活が永遠に保障されると思い込みがちだ。
しかし、もはや“先進国”という地位から片足を踏み外しかけるほど落ちぶれた日本とて、個々人の懸命なる経済活動の結果と少なからぬ投資により、何とか現状を維持できているのだ。

土木学会が危惧する南海トラフ地震や首都直下地震による被害は、日本の心臓部や大動脈たる三大都市圏に集中することが危惧され、ひとたび発生してしまえば、個人や企業の資産や生命に対する甚大な被害だけでなく、生産拠点や物流拠点が壊滅的な被害を受け、サプライチェーンや交通・通信・医療などのネットワークもズタズタに寸断されてしまう。

そうなると、ネットはおろか電話も不通、百均やコンビニの棚も空っぽというカオスな状態になり、不況礼賛主義者の連中も、ぬるま湯から寒風吹きすさぶ荒野に放り出されることになる。

土木学会の報告書では、南海トラフ地震の被害総額(20年累計)を経済被害1240兆円+資産被害170兆円=1410兆円・死者32万人、首都直下型地震の被害総額を731兆円+資産被害47兆円=778兆円・死者2.3万人と見積もったうえで、今後15年以内に南海トラフで38兆円以上、首都直下型で10兆円以上の事業費を投じて公共インフラの整備・増強を行えば、南海トラフ509兆円(減災率41%)・死者23万人、首都直下型247兆円(減災率34%)・死者3千人の減災につながると強調している。

政府や行政だけでなく、国民は、こうした貴重な提言を敬虔な態度で受け入れ、真摯な姿勢で実行に移すべきだ。

わずか数十兆円の投資、しかも誰の負債にもならぬ通貨発行で調達できる財源で、何物にも代え難い貴重な人命が救われ、数百兆円もの財産や資産が護られるのなら安いものではないか。
悲惨な災害で人生を狂わされる人を一人でも減らすことができるのなら、十兆円単位のカネなど何も惜しくはない。

報告書の試算では、南海トラフ地震対策で40兆円近いインフラ強靭化投資を行ってもなお、900兆円もの経済・資産被害を免れないが、そうした莫大な被害の復旧・復興には、大量の物資を運び、受け入れるための港湾施設が欠かせない。

だが、報告書によると、南海トラフ地震により関東から九州にかけて640か所もの港湾被害が予想されており、復興に必要な物資を受け取れないリスクを抱えている。

現在、国内の国際戦略港湾(パナマ運河を通行できるパナマックス船が貨物を満載状態で接岸できる水深14mより深い大水深埠頭を整備した港)は、東京港・横浜港・川崎港・大阪港・神戸港の5港のみで、いずれも南海トラフや首都直下型地震の被害をまともに喰らう地域ばかりだ。

こうした重要な戦略港湾のバックアップ機能をきちんと整備しないと、巨大地震が太平洋岸に壊滅的な被害を与えた際の輸送機能が麻痺してしまう。

報告書でも、港湾破壊による1年間の被害額を19.2兆円、交通遮断による累積被害額を192兆円と見積もっている。

こうした被害を最小限に抑えるためにも、例えば、秋田・新潟・鳥取あたりの日本海側にも3拠点程度は国際戦略港湾レベルの物流基地を整備しておく必要があるだろう。

また、現在、三大都市圏には全人口の半分を超える6600万人もの人口が集中しており、著大地震により被害を増幅させる一因にもなっている。

歪すぎる人口偏在を是正し、自然災害による被害を軽減させるためにも、地方への人口分散は欠かせない。

だが、疎開を強制するわけには行かぬから、行政機関や省庁、研究機関、大手企業の本社機能などの地方分散を進め、自然な形で人口偏在を解消する必要がある。

少なくとも、1000~1500万人程度が三大都市圏以外の地域に分散するよう、本社機能の地方移転に伴う思い切った減税や費用補助制度を検討すべきだ。(※移転距離や移転先の人口規模に応じて減税率や補助率を引上げ)

さて、世間には莫大な公共インフラ投資と聞くだけで、「建設コストが急騰する」、「ただでさえ人手不足なのに、移民でも入れるつもりか?」、「資源を大切にしろ(???)」といったレベルの低い非難や迷言を口にするバカ者や小人も多い。

しかし、インフラ投資の過熱は、建設・土木業界にとって干天の雨となり、雇用条件改善の財源をもたらすから、わざわざ質の悪い移民など入れなくとも、野に埋もれた国内人材の掘り起こしにつながるだろうし、将来を見据えた技術の継承や高度化もスムーズに行われ、我が国のレジリエンス力強化につながる。

人手不足など、移民促進による低賃金労働の固定化を狙う売国奴の戯言に過ぎない些末な問題であり、人手不足の解消には、巨額の財出による積極的な投資が生み出す雇用条件の改善こそが、最速かつ効果的なのだ。

日本人は、何か事故や事件を起きるたびに、「行政は悲惨な事件を未然に防ぐことはできなかったのか」と非難の声を上げるが、それならば、土木学会の提言に対して最大限の賛意を示し、諸手を挙げて賛同すべきだろう。

何しろ、今回の報告書の内容は、数十万人もの人命と一千兆円を超える莫大な被害を未然に防ぐための貴重な提言なのだから…

自然災害というものは、いつやってくるか予測がつかないうえに、永遠に起き続けるという非常に厄介な代物だ。
それゆえに、世界一の自然災害大国である我が国は、災害に強い国(=レジリエンス力に優れた国)であり続けなければならない。

そうした強靭さを維持向上させ、次世代にきちんと手渡すことこそが「次世代への最高のプレゼント」なのではないか。

2018年6月 7日 (木)

安倍晋三を本当にちゃんと批判しろ

『安倍晋三をちゃんと批判しろ』(5/23 ホウドウキョク)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180523-00031525-houdouk-soci
「安倍政権の内閣支持率が下げ止まったらしい。理由は、モリカケにも飽きた、安倍首相のことは好きじゃないけど、それ以上に野党がダメ、北朝鮮情勢への対応など安倍さんでないと心配、など。(略)自民党の人たちはドヤ顔で、「ほら見ろ。だらしない野党に比べればわれら自民党の方がいいだろ?」と威張っているが、そうじゃないんだよな。
安倍さんのことを気に入らない人は多い。
だけどやることはきちんとやってるのでそれは認めざるを得ない。それに野党に政権担当能力があるとは思えない。だから自民党に投票してるだけなんです。(略)
だから自民党の総裁候補の人たちに言いたい。早く安倍首相との違いを見せてください。
財政再建でも、少子化でも、地方創生でもなんでもいいから。俺は、私は、ここが安倍と違う、という選択肢を有権者に見せてくれ。(略)」

この記事を書いたポンコツ記者のように、一見、安倍批判の態を装いつつ、攻撃のポイントがズレまくっていたり、批判のつもりが逆にフォローしてしまったりするアホが多くてうんざりする。

安倍ちゃんは“やることはきちんとやってる”らしいが、財政再建に固執し、消費増税を断行して日本の実質所得を下げ続け、日本の不利益にしかならないTPP法案を強行し、媚中・従米外交を旨とし、外国移民を積極的に招き入れて国民所得の上昇を邪魔するような逆噴射政策しか採らぬ売国奴っぷりを見るにつけ、“やってはならぬことを強引にやっている”としか言えぬはず。

彼の脱線ぶりを批判せず、やるべきことをやっているなんて甘っちょろいことを言うから、安倍ちゃんや自民党の連中がつけあがるのだ。

世論調査のたびに多くの国民は、「景気を上げろ」、「医療や年金負担を下げろ」、「給料を増やせ」と声を上げるが、安倍首相の政策は、そういった声のいずれにも応えようとしないものばかりではないか。

件の記事では、自民党総裁候補者に、「財政再建でも、少子化でも、地方創生でもなんでもいいから。俺は、私は、ここが安倍と違う、という選択肢を有権者に見せてくれ」とハッパをかけているが、そもそも、そうした選択肢のいの一番に『財政再建』の文字を掲げること自体、記者の不勉強ぶりやが露呈している。

財政再建は、安倍政権が目指す政策の一丁目一番地であることを知らぬのか?

巷には、アベノミクスはバラマキ政策だとものすごい勘違いをしているバカも多いが、たまには経済財政諮問会議のペーパーにでも目を通してみることだ。

経済財政諮問会議という名称を筆者なりに解釈すると、「経済の落ち込みを最小限に止めて国民の批判を躱しつつ、財政再建を最優先に掲げる政策を議論するための会議」だと理解している。

事実、会議資料のあちこちに「聖域なき歳出改革」、「財政健全化」、「社会保障改革」、「地方行財政改革」といった文字ばかりが踊り、財出をいかに抑えるかという議論に終始しているではないか。

5年も前から財政再建にひた走ってきた安倍首相を批判しようとする総裁候補者らが、後から財政再建を旗印に戦っても勝ち目はあるまい。

この記者には、「いったい、お前は安倍ちゃんの何を見てきたのか?」と問いつめたい。

安倍政権を批判するのは大いに結構だが、総裁候補者と目される連中や野党のバカどもは、揃いも揃って緊縮主義者ばかりで、財政再建や改革ごっこが好きな者同士による実りのない“緊縮合戦”や“売国自慢”と化すのは目に見えている。

安倍ちゃんとの違いをアピールするのなら、堂々と積極財政による所得拡大政策を掲げて欲しいし、国民もそれを応援すべきだ。
自分たちの財布を膨らませ、希望の明かりを灯す政策は他にないのだから。

(5/24著)

2018年6月 4日 (月)

財政政策と金融政策の違いも解らぬバカは経済を騙るな!

言論プラットフォーム『アゴラ』(http://agora-web.jp/)の経済コラムは、元々緊縮主義者の巣窟なのだが、執筆者の時代錯誤ぶりや経済無知ぶりには目に余るものがある。

『誰も信じない財政金融政策の目標:いい加減な財政論者たち』(5/18 中村仁/ジャーナリスト・元読売新聞記者)
http://agora-web.jp/archives/2032698.html
「国家経済の基本は、しっかりした財政金融政策にあります。そのまた基本である財政健全化計画も、日銀の物価目標も、ほとんど信頼されなくなりました。(略)
 「財政支出を増やして、成長率を上げ、税収を増やし、財政を健全化させることは不可能。発行した国債を回収できるほどの税収が上がらない」というのがまともな経済学者の主張です。(略)
 政権は支持率目当て、選挙目当てに財政資金をばらまきたいのです。与野党問わず、財政健全化は票にならないと思っています。(略)」

今回の中村氏の緊縮礼賛コラムは、いつにも増して論理破綻や勘違いが酷く、天下の読売新聞といえども、新聞屋の知識や見識なんて所詮この程度かと苦笑を禁じ得ない。

実社会の苦労を知らず、高給の座に胡坐をかきカネの心配をせぬまま天下国家を論じてきた年老いた赤ん坊に、経済の理を悟るのは難しかったようだ。

中村氏は、コラムの冒頭から政府・日銀の異次元金融緩和政策の失敗を厳しく批判し、「450兆円もの国債を買った日銀の財務状況は先進国最悪の深刻さ」だと文句をタレつつ、安倍政権がPB黒字化目標を2020年から5年先送りするのはケシカランと、話の結論をなぜか財政政策批判にもって行こうとする。

この5年余りの間に日銀が断行してきたのは、あくまで“異次元金融緩和(財出抜き)”であり、それを応援するリフレ派の連中が主張してきたのも、財政政策を無視した金融緩和政策万能論や金融政策一本足打法なのであって、金融政策至上主義者の幼稚な失敗や責任を、無関係な財政政策に押し付けられても困る。

要は、中村氏の経済認識は、そこいらのインチキ論者やちょっとだけ経済を齧った素人ブロガーレベルでしかないのだ。
日銀の金融緩和政策と、経済政策の王道である『積極的な財政金融政策』とを混同するようでは、経済コラムを書く資格などない。

彼は、450兆円に達する国債保有が日銀の財務悪化につながると怯えているが、最強の信用力を誇る日本国債をリスク視すること自体がどうかしている。
元々、日銀は政府の一機関に過ぎないから、国債は基本的に満期保有していればよいし、そもそも国債の所有権が民間から日銀に移った時点で国債の負債性は消失する。

だいたい、日銀は政府と一体的な組織として実質的に統合政府とみなされる存在であり、通貨発行権という大権を有する政府と同一である以上、その財務云々を語ることはほとんど無意味だ。

金利UPにより保有国債の評価額が下落して日銀の資本が毀損されるのが心配なら、政府が通貨発行益により、その分だけ出資してやればよいだけではないか。

彼は、まともな経済学者は財出増による成長率UPや税収増なんて不可能だと主張していると自信満々だが、その手のバカげた夢想論が我が国の経済を『失われた20年』に陥れた事実を忘れたのか。

橋本・小泉のバカコンビに端を発する緊縮財政を賛美し、財政政策を敵視した結果が、世界経済史上稀に見る大停滞を惹き起こし、自殺者の増加や雇用の不安定化、所得縮減、科学技術の停滞、少子化社会など様々な弊害を生み、日本社会にとって重い足枷となっている。

財出は経済成長に寄与しないとか、経済学にはGDPを増やす方法はない、といった愚論や珍説の類を信じる周回遅れのチンパンジーは、“経済”の意味や仕組みを一から勉強し直して来いと言っておく。

中村氏のような緊縮絶対論者の濁りきった眼には、安倍政権は支持率目当てに財政資金をばらまき、与野党問わず財政健全化は票にならないと映るらしいが、いったい何を見て発言しているのかと呆れ返る。
元新聞記者のくせに、経済記事や各党のマニフェストに目も通していないのか。

安倍ちゃんが、いつ巨額の財政支出をバラまいたのか?
その通りなら、不況なんてとっくに脱しているはずだが…

与野党のマニフェストは、何処も聖域なき歳出削減や公共投資の縮減を謳うものばかりだが、財政健全化が票にならないなんて、どこの誰が言ったのか?
国の借金恐怖症だらけの日本国民相手に財政健全化を訴えるのは確実に票になるから、不勉強なアホ政治家どもが、選挙のたびに「国民の皆さまは子孫のために(死ぬまで)痛みを堪えてください‼」と大声を張り上げるのだ。

前頭葉が腐りかけた緊縮論者は、事実を捻じ曲げ、自分に都合のよい妄想に浸っていたいのだろうが、質の悪い虚言を騙るのは居酒屋トークだけにしておけ、とクギを刺しておきたい。

緊縮主義者のバカどもは、財政健全化とか、PB黒字化とか、国家の財布ばかりを心配し、国の礎たる国民生活の窮乏には非常に冷淡な態度を示すのが常だ。

彼らが絶賛する財出削減や増税の向こう側で、多くの国民が収入減と負担増に首を絞められ、苦しめられることなんて歯牙にも掛けようとしない。

中村氏のコラムだけに止まらず、緊縮主義者の主張やブログに目を通せば、そこには国民のリアルな窮乏を解決したいという想いや意志は微塵も見当たらない。
彼らは、財政健全化という誰にとっても腹の足しにもならぬ美辞麗句に酔いしれるだけのケダモノでしかないのだ。

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