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2018年10月

2018年10月29日 (月)

カネ無きところに成果なし

実社会で揉まれてお金のことで苦労したことない人間や、お金のありがたみを知らない中二病患者に限って、やたらと「創意工夫」という言葉を使いたがるものだ。

お花畑に囲まれた夢想の世界に生きるド素人は、その創意工夫とやらが、お金という土壌や養分に支えられて芽吹いた事実に気づけないまま一生を終える。

『橋下徹「補助金でノーベル賞が取れるか」~予算増額よりも創意工夫が王道だ』(10/24 PRESIDENT Online)
https://president.jp/articles/-/26478
「(略)本庶さんの受賞を受けて、「大学への補助金を増やせ」という議論が起きている。しかし僕は、今の日本の大学の状況のまま、大学の予算を増額することには反対だ。僕は大学予算、研究予算に限らず、税金のあらゆる使い道はしっかりとチェックすべきだということを強く訴えて、政治活動をやってきた。これが僕の政治活動の柱だ。(略)
 商店街だって、銭湯だって、補助金がなくなれば、自分たちの知恵で創意工夫するしかなくなる。(略)
ほんと補助金って、麻薬みたいなものなんだよね。これにいったん浸かってしまうと、もうあとは補助金の増額しか言わなくなるんだよ。(略)」

記事のタイトルを見た瞬間、「また橋下のクズが予算削減ネタで売名行為か‼」とイラついたが、聖域なき歳出削減が大好きな国民性ゆえ、この手の“逆張りバカ”の妄想論に頷く国民も少なくはないだろう。

だが、試験管を振りフラスコを睨みつけていた創世記ならいざ知らず、創意工夫だけで世間や世界から抜きんでることができた牧歌的な時代は、とうの昔に終わっている。

「創意工夫」とは『今までだれも思いつかなかったことを考え出し、それを行うためのよい方策をあれこれ考えること(新明解四字熟語辞典)』という意味であり、いわば“アイディア出し”とか“着想”の段階、つまり、基礎研究のさらに前工程に過ぎない。

実際に成果に結びつけるには、膨大な検証作業や実証試験が必要となり、当然、機器や試薬、実験フィールドというハード面や、人的資源の投入といったソフト面の支援・協力も欠かせない。

アイディアや着想を具現化するためには、気合いや念仏だけではどうにもならない。
その程度のことは、社会に出て人並みに苦労したことのある人間なら即座に解るはず。

要は、“何事を成すにも、理念や工夫だけではなく、カネが掛かる”ということだ。

橋下のようなド素人は、日本の研究者に向かい訳知り顔で「お前らはもっと工夫しろ‼」と説教を垂れるが、端から見ても痛々しいほど恥ずかしい限りだ。

創意工夫なんて、普通の研究者ならごくごく当たり前の行為で、いわば呼吸レベルで日夜行っている。
科学技術振興予算が減らされるに任せている厳しい環境下で、若い研究者たちは科研費の獲得に必死であり、橋下のバカに説教されずとも、朝から晩まで創意工夫とやらに追いまくられているのが実状だ。

現場を知らぬド素人が、偉そうに周回遅れの説教を垂れたところで、若い研究者たちに叱り飛ばされるのがオチだ。

今年のノーベル賞を受賞した本庶教授だけでなく、近年、大隅教授や梶田教授、山中教授ほか、ノーベル賞級の超一流研究者から、日本の科学技術予算の削減に対する強い不満の声が上がっていた。

モノづくりだの、イノベーションだのと叫ばれる割に、我が国の科学技術関連予算や国立大学法人運営費交付金は減少の一途を辿っており、特に国立大学の運営費は、2004年/12,415億円→2015年/10,945億円まで12%も減らされている。
同じく、政府全体の科学技術関係予算もピーク比で3,000億円近くも減らされており、イノベーションどころではなかろう。
【参照先】http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg2/270828/shiryou2-2.pdf

これに対して、日本の科学技術関連予算はたいして減っていないし、論文の質も下がっていないというレベルの低い反論も見受けられるが、事実減らされているし、そもそも、「減っていない」というレベルで満足しているようでは他国との激烈な競争に勝ち抜くことなど到底叶うまい。

少々データが古いが、文科省の資料によると、中国や韓国、アメリカ、ドイツ、イギリスとといった国の科学技術関係予算は2000年以降大きく伸びており、中国9.7倍、韓国3.4倍、ドイツ1.5倍、イギリス1.4倍といった具合で、元々予算額の大きいアメリカですら1.6倍近く増やしている。

ちなみに我が国の予算は1.1倍とほぼ横ばいでしかったが、他国の予算増額の効果は顕著で、日本の2010~2012年間の論文数順位は2000~2002年と比べ、2位→5位へ、世界シェアは9.8%→6.4%へと明らかに低下している。
一方、中国は論文数が4.6倍に増え、順位は6位→2位へ上がり、シェアは4.6%→13.5%へ急増するなど、日本の地位を取って代わられた格好だ。

同資料では、「中国や韓国といった新興国は、研究費の伸びが顕著であるとともに、論文数が大きく増加しており、我が国の世界における順位は相対的に低下傾向」と指摘しているが、まさにそのとおりの結果で、カネの掛け具合が結果を大きく左右している。

日本人は、「カネ無きところに成果なし」という厳しい現実を見せつけられているのだ。
科学技術関連予算が「減っていない」ではダメだ。
他国に負けないくらいの勢いで増やしていかぬ限り、“モノづくり大国日本”の称号が20~30年後には過去の遺物と化すだろう。
【参照先】http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/039/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/19/1356903_3_1.pdf

「基礎研究で成果を出すには、誰もやっていない独創的なことをやらないといけない。そこには、小さな成果で終わってしまうかもしれないリスクもある」、「基礎科学で減っているのはお金ですが、人も減っているんです」、「(2016年ノーベル医学生理学賞を受賞した)大隅さんの研究で大事だったのは、お金がなくても時間のあった東大時代と、それを大きく展開した基礎生物学研究所の時代。つまり、若い時の研究に打ち込める自由な時間があったから。でも、それが昨今の任期付きポストだったら、できたかどうか疑問です」(福田裕穂教授/東京大学副学長)

「研究者もひとりの人間ですので、2年後にクビになる身分と、クビにならない身分では、研究の質も変わってきます。2年後に次のポストを探さないといけないとしたら、なかなか長期的な仕事ができないからです」(梶田隆章教授/東京大学宇宙線研究所所長/2015年ノーベル物理学賞受賞)

橋下のバカに賛同する世の守銭奴たちは、現場の苦労を知り、艱難辛苦を乗り越えて世界的評価を得た科学者たちの生の声をしっかり噛み締めるべきだ。

橋下のバカのみならず、河野太郎も過去に自ブログで、「科学技術振興予算は今後、増えません。だから現在の予算をいかに効率的に使うか、あるいは成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者の予算をほかに振り替えるかしなければなりません。(略) 高齢化による社会保障の自然増をどう抑えるかという議論をしている中で、科学技術振興予算を増やせるというのはまったくの幻想です」と、バカ丸出しの緊縮論を滔々と語っていたが、この手の幼児性緊縮主義者には、マクロ的、あるいは長期的に国の行く末を俯瞰する視野が決定的に欠けている。

彼らは偉そうにご高説をぶっているが、その中身は大したことない。
ただ単に他人の幸福を望まぬ嫉妬深いだけの小人でしかない。

2018年10月28日 (日)

反原発ゴロの夢は一日にして叶わず

復興の名を騙る金喰い虫が撤去されることになった。

『福島復興の象徴、頓挫 最大級洋上風力 撤去へ』(10/27 東京新聞Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018102790065841.html
「政府が東京電力福島第一原発事故からの復興の象徴にしようと福島県沖に設置した浮体式洋上風力発電施設三基のうち、世界最大級の直径百六十七メートルの風車を持つ一基を、採算が見込めないため撤去する方向であることが二十六日、分かった。(略)
 実証研究は福島県楢葉町沖約二十キロに設置した風車三基と変電所で一二年から実施しており、これまでに計約五百八十五億円が投じられている。問題となっているのは出力七千キロワットの一基で、建設費は約百五十二億円。一五年十二月に運転を開始したが、風車の回転力を発電機に伝える変速機などで問題が続発。一七年七月からの一年間の設備利用率は3・7%に低迷しており、新規洋上風力の事業化の目安とされる30%に大きく届かなかった。(略)
 撤去には建設費の一割程度かかるとみられるという。直径八十メートルで出力二千キロワットの風車は設備利用率32・9%と目安を上回っているが、直径百二十六メートルで五千キロワットの風車は18・5%にとどまっている。」

当時の民主党政権が反原発の姿勢をアピールするために建設した洋上風力発電だったが、元々、原発への当て付けだけが目的で、いい加減な事業計画の下で急造された経緯もあって、まるでフジテレビの不人気ドラマ並みの利用率に低迷し、事業の終焉を迎えることになった。

邪な動機やいかがわしい思想を源流とする事業は、やはり上手くいかない。

それにしても、政府の肝いりで始まった最大級の洋上風力発電の設備利用率が、たったの3.7%とは何事か??
単純に言うと、一年のうち動いていたのは、せいぜい10日間程度でしかない。

建設コストとランニングコスト合わせて740億円もの巨額の資金をドブに捨てたうえに、撤去費用がさらに十数億円も掛かるというのだから、まさに「税金のムダ遣い」だ。
反原発ゴロのヒステリーと妄想に付き合わされた結果がこの大損だから、ゴロツキどもに掛かった費用に賠償金を上乗せして請求すべきだ。

風力発電は太陽光発電と並び再生エネルギーにとって期待の星なのだが、陸上だろうが洋上だろうが、少なくともこの先30年程度の間に事業化できる可能性は極めて低い。
これは太陽光発電にも言えることだが、革新的かつ高度な次元で安定性と安全性を兼ね備えた蓄電技術が実用化レベルに到達できぬ限り、再生エネの未来は、せいぜい家庭用の小力発電の地位を出ることはない。

我が国には、既に2,200基もの風力発電施設があるが、その設備容量はたったの350万kWしかない。
ちょっと古いデータだが、2011年の東京電力管内の25か所の火力発電所の設備容量が3900万kWもあり、わずか数基しか動いていない原発の設備容量が4100万kWもあるのに比べると、風力発電設備の1基当たりの効率性は極めて低い。
いや、低いという表現ではもの足りないくらいで、「微小」と言うべきか。

風力発電を火力発電並みに増強しようとすれば、巨大なプロペラ塔を少なくとも50~60倍は増設せねばならないが、ただでさえプロペラによる低周波や騒音が睡眠障害を引き起こすことが社会問題化しており、バードストライクや台風による施設倒壊などといった環境問題も起きている。
何より、建設に伴う樹木伐採や大型風車の乱立による景観の悪化は、周辺地域の観光価値を毀損するし。たとえ洋上に建設しても、高すぎるイニシャルコストやメンテナンスコストや漁業権の侵害、船舶航行の妨げといった問題を惹き起こすだけだ。

要は、風力発電なんて事業化の可能性が限りなくゼロに等しい「金喰い虫」であり、掛かるのはお金と環境や健康への負荷だけという厄介者でしかない。

最近、再生エネ信者(=反原発ゴロ)はこんなものに期待しているようだ。

『台風発電は実現するか、チャレナジーが風車を2020年に量産へ』
http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1802/06/news038.html

上記URLのリンク先記事にある「垂直軸型マグナス式風力発電機」は、特に目新しい技術ではない。

風力発電はプロペラ型の水平軸方式のほかに、地面に対して並行横に回転する垂直軸方式があり、少なくとも15年以上前から細々の商品化されている。
垂直軸方式は大規模化には不向きだが、弱い風力でも回転し騒音も少ないのが特徴で、家庭向けの小型発電商品として一時期待を集めたことがある。

しかし、小型とはいえ実物の大きさは小型冷蔵庫ほどもあり、家庭の庭先や屋上に設置するには大きすぎて景観を損ねてしまう。
また、発電効率も思ったほど良いわけでなく価格も高いことから、まったく普及しなかった。

筆者も、反原発ゴロの連中が太陽光や風力のように原料コストゼロの発電技術に期待したくなる気持ちは理解できる。

しかし、それらが実用レベルに到達するまで少なくとも数十年単位の月日が必要だろうから、太陽光パネルに含まれる有害物質や風力発電のプロペラがまき散らす低周波や騒音による被害や負荷を受忍する覚悟が必要だし、北海道で起きたブラックアウトのような社会的大損害を受け容れる度量が求められるが、元々モラルの低いゴロツキどもが辛抱できるとはとても思えない。

くだらぬ風車ごっこに無駄なカネを費やすよりも、おとなしく原発を再稼働させて当面は発電供給体制の安定化と電力料金低下を図り、その間に、再生エネを含む次世代エネルギーの開発に勤しめばよい。

2018年10月26日 (金)

税をかき集めて財源にする時代はとうの昔に終わってる

日本人は、自分の意に染まぬことがあってもひたすら我慢するだけで為政者に甘い。
さらに、本当に批難すべき相手を違えて、批判の矛先がいつも斜め横にズレてしまいがちだ。

『消費税増税、県内の主婦ら悲鳴「痛い」「誰が見ても苦しくなる」「言うこと信じられない」 使い道に注文も』(10/16 埼玉新聞)
「安倍晋三首相が15日、来年10月の消費税率10%への引き上げを表明した。「痛い」「庶民の気持ちを分かって」。県内の主婦らからは悲鳴が上がるとともに、軽減税率の導入や使い道について注文が上がった。
 上尾市の主婦菅間宏子さん(71)は「これまでも生活費を切り詰めてやってきたが、消費税がアップされると痛い。食品など日々使うものは税率を現状維持にしてほしい。アップするのなら、消費税は医療・介護のために、きちんと使ってほしい」と訴えた。(略)」

記事中の主婦の発言は、苛政に対して庶民が見せる消極的賛意の典型例だ。

『食品など日々使うものは税率を現状維持にしてほしい』は、「消費税率8%までは許容する」という意味になるし、『アップするのなら、消費税は医療・介護のために、きちんと使ってほしい』は、「使い道さえ納得できれば、税率を青天井で上げても文句は言わない」という解釈になる。

増税の話になると、「正しく使われるならよいが、税金の使われ方に納得いかないし、公務員もが多すぎる」と憤る意見をよく目にするが、「冷静に考えて、いま増税できる経済環境なのか? お前はバカか?」と張り倒したくなる。こんな甘いことを言うから政治家や財務官僚がつけ上がるのだ。

この手のバカは、増税を連呼する政治家や財務官僚にはひとつも文句を言わず、なぜか、そこいらの公務員を捕まえて“税金泥棒”呼ばわりするから質が悪い。
弱い立場の公務員に八つ当たりするせず、増税の狼煙を上げる政府や財務省、経済財政諮問会議の民間議員連中、つまり、増税を主導する本丸御殿に殴り込み、張本人たちに直接文句を言ってこい、と叱り飛ばしたい。

市井の人々は、消費増税の痛みや苦しみを痛感しているのなら、軽減税率の拡大や税の使い道云々といった増税を前提とした“条件闘争”に話を逸らさず、正面から堂々と消費税の減税や廃止を訴えねばならない。

不況に次ぐ不況が重なる平成大不況の世に、消費税増税なんてトンデモナイ大失政であり、このタイミングで増税を要求する政府や財務省の連中は頭がおかしいのだ。

経済観念ゼロの狂人の不当な要求をハイハイと受忍するのはただのバカであり、そんなものは突っ返したうえで、こちらから過剰な要求を突き付ければよい。

今回の増税宣言に対する国民の寝惚けた反応を見ると、包丁を突き付けられカネを要求する強盗犯に向かい、「フローリングが汚れるから、せめて靴だけは脱いでください」と懇願するようなものだ。

消費税率10%で年収300~500万円の家計の負担額は年間20万円前後にもなる。
20万円もあれば旅行や食事、ライブ観戦、PC購入などもっと有意義な使い道があろう。
庶民は、こんな大金を政府に巻き上げられておいて、唯々諾々と従い抵抗の姿勢すら見せず、近所の公務員に八つ当たりするだけというのは、あまりにも情けない。

もっと、強力に反対の声を上げ、官邸や霞が関(財務省庁舎)に押し掛け、「減税しろ、消費税を廃ししろ」と要求する気概はないのか?

10%への税率アップによる増収見込みはおよそ5.6兆円で、政府はこれを子育て支援や社会保障費、赤字国債償還費、軽減税率適用財源に充てると説明しているが、たかが5~6兆円の財源をひねり出すのに国民に負担をツケ回しする必要などまったくない。
こんなものは国債発行や通貨発行で捻出すればよい。

だが、一般庶民だけでなく、政治家も官僚、財界人、マスコミ、学識者までがことごとく、「国家予算は税収のみから調達すべき」という極めて前時代的な妄想を頑なに信じ込み、『財政健全化→増税→景気悪化→財政健全化→増税…』という敗者しか生まない負のスパイラルに嵌り込んでいる。

こうした時代遅れの因習に捉われた者は、社会機構を動かすための財源を税収の範囲でしか考えられなくなる。
すると、政府の赤字が許容されなくなり、世に出回るお金(所得や売上に直結するお金)の量に一定のタガが嵌められるから、経済機構は完全に成長のチャンスを失ってしまう。

「税収=国家予算」という家計簿じみた幼稚な発想は、経済発展に向けた方策を考える自由を奪い、人々は経済の意味や社会機構の在り方を完全に見失ってしまう。

人間社会なんてのは、所詮、社会活動や経済活動を通じて、この世に生きる我々の生活をより豊かにするための“ごっこ遊び”に過ぎないのだから、人間の都合でいくらでも創りだせる貨幣を崇めて、経済活動に投じるべきお金を惜しんではならない。

先進国に生きる現代人は、高度な科学技術や生産能力を活かして、モノを造り、それを必要なだけ必要な場所に迅速に流通させるスキルや機構を手に入れた。
あとは、それをフル稼働させ、今日より豊かな明日を創り続けることこそが、次世代に対する最大の責務である。

2018年10月25日 (木)

財源問題に生産性なし

10月1日は大手企業の内定式が行われたが、台風24号の通過と重なり地域によっては大きな混乱があったようだ。

来春に正式な入社式があるんだから、わざわざプレ入社式みたいな面倒くさいイベントをやらなくてもよいのにと思ったが、筆者も、平成バブルが最後の輝きを放っていた時代に内定蹴り防止のために強行された銀行の内定式に足を運んだことを思い出した。

当時の初任給は19万程度だった記憶があるが、最近のデータを確認すると平成バブル崩壊後の初任給水準はほとんど横ばいで、2017年の大卒男子の初任給は20.8万円しかない。
【参照先】http://www.garbagenews.net/archives/2308473.html

最近の就活は、アパートで居眠りしていても企業からOB面接の誘いの電話がひっきりなしにかかってくるほど大甘だった筆者の時代とは比べ物にならぬほど艱難辛苦を伴う(※いまの学生は当時より格段にレベルが高い)のに、四半世紀以上も昔とほとんど変わらぬ初任給しかもらえないのは間尺に合わない。

大手企業の経営層は、やたらと即戦力とかグローバル人材とか、世に出る前の学生に無理な注文を付けたがるが、そんな都合の良い人材が安月給で雇えるはずがなかろう。

自分たちが若い頃は、先輩に手取り足取り仕事を教えられ、業務上のミスや失態の尻拭いもやってもらい、会社のカネで酒だ、ゴルフだ、○○手当だと散々楽しんだことをすっかり忘れ、人口動態的にも貴重な存在である若手人材にろくな給料も払わぬようでは、経営を語る資格などない。

マクロ的視野で見ても、この先しばらくは労働人口の減少を避けて通れぬ以上、労働者、とりわけ若年層の人材育成やスキルの高度化が不可避であり、正当な対価として、さらに、彼らの意欲向上のためにも、大幅な名目所得UPと減税や社会保険料負担軽減による実質所得UPの両面からサポートする必要があるだろう。

だが、政財界の動きや論壇の潮流は、若者世代の所得向上よりも財政再建や増税、社会保障改悪に強い興味を抱いている。

『消費増税のあとは』(10/3 日経新聞「大機小機」 執筆者:一直)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO36047670S8A001C1EN2000/
「最近の発言を踏まえると、安倍晋三首相もさすがに来年秋の消費税率引き上げは公約通り実行するだろう。問題はそのあとだ。財政再建に向けて税制の姿をどう描くか。筆者は、消費税から所得税に軸足を移すべきだと考えている。
消費税導入の背景は、世代間の負担の不均衡だった。生産年齢人口の減少が見込まれるなか、社会保障費を使うのは高齢者、負担するのは所得税を納める現役世代という構図のままでは、財政がもたない。(略)」

一直氏のコラムは、所得税の最高税率引き上げや累進課税の強化を訴えるニュアンスだが、代わりに消費税(間接税)の減税を求めているわけではない。
あくまで「財政再建という大目標達成」が第一だというスタンスを維持しつつ、消費税増税で相応の成果を得たから、次は所得税引上げに着手すべきという主張なのだ。

筆者も高額所得者の所得税率を引き上げることに反対はしないが、それ以前に、消費税の廃止や低中所得層向けの定率減税、社会保険料負担の軽減を強力に進めるべきだ。

拙ブログでいつも述べているが、社会保障制度(医療・介護・年金・生活扶助)は、国民が誰しも等しく享受すべきセーフティネットであり、人類が選択した社会生活の果実とも言えるから、社会保障財源を問題視して過重な国民負担を求める方がおかしい。

本来、政府や厚労省が努力すべきは社会保障制度の充実や、それを支える関連業界への財政支援や人材育成支援であろう。
そうしたコアな政策を放棄し、財源問題ばかりを槍玉に挙げて消費増税を断行し、社会保険料や医療費負担を引き上げ、年金支給開始年齢を遅らせる悪政に熱中してきたのは、歴代政権の大きな失態と言える。

社会保障制度の維持向上に必要な財源を、税や社保料といった国民負担に頼り切る発想は完全に時代遅れだ。
そんなものは、順調な経済成長の下で人口ピラミッドがきれいな富士山型を形成する社会でしか実現し得ない。

我が国は少子高齢化が進み、厚労省の資料によると、2065年には人口8,800万人のうち65歳以上が全人口の38%にも達するそうで、高齢者や被介護者をサポートする社会保障ケアの充実は国民的ニーズの高い最重要テーマになることは間違いない。

さらに、サラリーマンの平均所得は20年以上もダダ下がりなうえに労働人口自体が減少する社会機構を直視すれば、これまでのように国民から税や社保料をふんだくり、それを頼みとする社会保障財源の在り方を根底から変える必要がある。

サラリーマンの給与明細を見れば、ただでさえ低額な総支給額から、多額の税や社会保険料がもっていかれ、手取り収入は総支給の八掛けくらいに減っているのが判るだろう。
この漏出を徹底的に抑え込み、労働層の実質所得を大幅に引き上げるためにも、国債発行や紙幣増刷を以って社会保障財源を賄うよう発想を大胆に転換すべきだ。

政策遂行に必要な財源を、税をはじめとする国民負担に求めるのは、あまりにも時代遅れな原始的因習だ。
政策サイドの人間は、財源捻出という一欠けらの生産性もないくだらぬ問題に頭を悩ますのではなく、政策の中身の充実に労力と才能を投じた方が国民の幸福度や社会的効用は遥かに上がる。

財源問題が社会を発展させ、国民生活を向上させることはない。
人口動態の変化により深刻な労働人材不足に直面する我が国で、いま求められるのは聖域なき歳出カットとは真逆の“聖域なきバラマキ”である。

2018年10月24日 (水)

消費税と緊縮財政が日本経済を破綻させる

政治家の退廃ぶりが目に余る。
特に、経済に関するド素人ぶりは酷いもので、経済観念ゼロどころかマイナスの奇人変人たちを法律や予算を司る国権の最高機関に居座らせるのは、亡国や壊国へのアクセルを踏み込むに等しい。

『自民・竹下氏「消費税10%打ち止めとはいかない」』(10/23 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASLBQ7QH8LBQUTFK01P.html
「来年の10月から、消費税を上げることを安倍内閣は閣議決定した。正直に言いまして、(消費税が)10%で打ち止めというわけにはいかないと感じております。いくらになるかは予想はできませんが、まだ上げなければ、財政再建には寄与できない。
 消費税を上げる、あるいは別の税金で増税をする。誰も喜びません。必ず選挙にまた負けます。しかし、やらなきゃならんのです。それが、政権を担当する我々が背負わなければならない荷物である。
 世論は反対、マスコミも大反対する(中で)やった政治家は、何人かいる。竹下登が、消費税3%を導入した。消費税がなかったら、日本経済はとっくに破綻(はたん)している。
 共通するのは(世論の反対が強かった政治決定をした)三つの内閣とも、直後に倒れているんです。倒れたっていい。内閣の一つや二つ倒れたって、国のためになるのなら、何の痛手でもない。政治家は、そういう腹を持って仕事をしなければならない。(北九州市での講演で)」

年がら年中、財政再建のことばかり考える耄碌爺さんは、経済の仕組みや実態をまったく理解していない。
でなければ、「消費税がなかったら、日本経済はとっくに破綻している」なんて呆れた妄言を吐くはずがない。

消費税は1989年に税率3%でスタートし、以降、税率が5%、8%へと引き上げられ、来年秋には10%に上がることがほぼ決まっている。
その間、日本経済がどうなったかという事実を見れば、竹下氏の「消費税=日本経済救済論」がいかに馬鹿げた暴論であるか、小学生でも解る。

1989年以降、アメリカはGDPを3倍以上に、中国は16~17倍にも膨張させた(米ドルベース)のに、我が国は長期円高という下駄を履かせてもらったにも拘らず、ミミズが這った程度にしか増えていない。

他の欧州先進国やBRICSの成長ぶりと比べても、我が国の停滞ぶりは一目瞭然で、消費税がなければ日本経済は破綻していたどころか、「消費税(と緊縮政策)のせいで、日本経済は世界で一つだけの非成長国に没落し破綻寸前に追い込まれている」というべきだろう。
【参照先】http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html

消費税が経済成長の根幹を成す消費や投資に対する「懲罰税」であることは明白であり、そんな悪税をねじ込んでおいて経済が成長するはずがない。
サイドブレーキを引きフットブレーキも強く踏み込んだまま、運転手に向かって“もっとスピードを上げろ‼”と無理難題を吹っ掛けるようなものだ。

だが、経済音痴の耄碌ジジィは、何をエネルギーとして経済活動が回っているのかまったく解っていないから、「我慢・節約・清貧」さえ賛美しておけば社会が上手く行くと勘違いしている。
竹下氏みたいに、カネを使わずに経済を動かそうとするのは、「呼吸を止め、血液を抜けば健康になる」と吹聴する究極のバカ論だ。

また、彼は、「(消費税率引き上げで内閣が)倒れたっていい。内閣の一つや二つ倒れたって、国のためになるのなら、何の痛手でもない。政治家は、そういう腹を持って仕事をしなければならない」と発言し、ポピュリズムに抵抗する己の姿に陶酔している。

ここ数年、あえて国民に苦労を課して不満を抱かせ、貧困を押し付けるのが真の政治家だと本気で思い込む自己陶酔型の政治家がやたらと目につく。
自らの歪んだ政治信条が、国民の生活ニーズとは見当違いの方向に乖離していることに気づこうともせず、「だいたい、日本人は我慢が足りない。贅沢し過ぎなんだよ」、「俺の理念や理想に文句をつける奴ら(国民)は貧乏人のままでいろ‼」と啖呵を切るありさまだ。

竹下氏も、そんな“幼児性ヒロイズムまみれの自己陶酔型政治家”の一人だが、内閣の後ろにコソコソ隠れたままキャンキャン吠えるのではなく、来夏の参議院議員選挙(衆参ダブル選挙の噂もあり)の際に、堂々と「国民の皆さんが無駄遣いするから、消費税率は10%じゃ全然足りません」、「我が党は消費税率を20%、否っ、30%に上げます。そのうち足りなくなったら、50%に上げますから、覚悟していてください」と訴えればよかろう。

端から存在しない“財政問題”という大嘘を盾に消費や投資に懲罰税を課し、日本経済から成長の糧を奪い続けてきた罪は重い。
悪税を導入し、それを放置し、あまつさえ税率を引き上げてきた歴代政権は、無能の誹りを免れない。

政治家たるもの、リアリズムの中に理想や理念を見出すべきだろう。

2018年10月23日 (火)

反原発ゴロは人間嫌い

『沢田研二側、反原発署名運動が騒動要因の報道を否定』(10/21 日刊スポーツ)
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/1021/nsp_181021_0548743309.html
「歌手沢田研二(70)が17日のさいたまスーパーアリーナ公演をドタキャンした問題で20日、所属事務所が、会場内で「反原発署名運動」をしていたことが騒動の発端になったと一部で伝えられたことを否定した。
「会場の許可をもらえれば行うが、『さいたま−』では許可がないのでしていない。これまでも、今後も同じです」と話した。公演中止に伴う約4000万円ともされる損害について、損害金の負担などについては「現在はキャンセルをしたファンへの対応が最優先。それ以外のことはすべてこれから」と説明した。」

沢田研二のコンサートドタキャン騒動は、中止の理由を巡って様々な憶測が飛び交ったが、「事前に所属事務所とイベンター会社から集客状況を9000人と聞いていたが、実際は7000人だったため、“客席がスカスカの状態でやるのは酷なこと。無理だよ。僕にも意地がある”」と沢田本人がブチ切れたため、という公式発表があった。

本当に子供じみた理由で、一流のエンターテイナーとしてという以前に、一般的な大人としての自覚を著しく欠く発言であり、呆れてモノが言えない。

反原発署名運動の件については、政治色が前面に出過ぎるのを嫌う沢田サイドから否定的なコメントがあったが、正直いって疑わしい。

さいたまスーパーアリーナは客席が可動式で、ライブ規模に合わせて1万人から最大3万7000人まで収容可能とのことで、最少の1万人として当日のチケット販売実績が7000人分もあれば上出来の部類だろう。

沢田氏は70年代から80年代初頭にかけて一世を風靡したとはいえ、ヒット曲が出ず一線を離れてからすでに35年以上経つロートル歌手の一人に過ぎない。
しかも、近年の彼は、反原発運動に傾倒し、往年のヒット曲を期待するファンをガン無視して、ステージ上でも反原発や政治色の強いインチキソングばかりを披露し、ファンをがっかりさせていたそうだ。

そんないい加減な歌手のチケットが7000枚も売れたのだから、ファンというのはありがたいものだ。

彼は全国66か所もの公演を行っている最中だが、公演会場は座席数が1000~2000席規模のものがほとんどであり、さいたまスーパーアリーナの公演では7000枚ものチケットが捌けたのに、その販売実績に不満を述べる理由が見当たらない。

最近、浜松市のアクトシティ浜松や札幌市の札幌文化劇場など政令指定都市で大規模なコンサートホールが新設されているが、そういった施設の大ホールでも収容規模は2000人程度のものが多い。
それから見ると、ブクブクに太って昔の面影すらなく、ファンが待ち望む昔のヒット曲すら謳わない往年のロートルスターが7000人ものファンを集めたのだから、チケットの販売実績に満足こそすれ、不満を抱くなどとても考えられない。

彼のチケット料金は8000円に設定されているものが多く、単純計算で5600万円もの収入がある。(無論、実際にはタダ券も多数混じっているだろうが…)
一方、さいたまスーパーアリーナの会場使用料金は、リハーサルと本番を合わせても400万円程度と推測され、イベンターへの手数料やスタッフの人件費などを差っ引いても、十分に採算が取れる水準であり、集客数に文句をつける筋合いもなかろう。

つまり、沢田氏本人は、集客数への不満を今回の騒動の理由と強弁しているが、それを裏付ける客観的なエビデンスもなく疑わしい。
彼や事務所は否定しているが、噂どおり、会場内での反原発署名活動を止めさせられたのが真相なのではないか。

一般的に我が国では、芸能人が政治的な発言をすることに否定的な意見が多く、芸能人たちもそれを控える傾向がある。

筆者は、芸能人たちによる底の浅い政治発言など聞く気にもならないが、思想信条の自由という基本的人権に最も近い事柄である以上、芸能人といえども、周囲から政治的発言を禁じられるのはおかしいと思う。

芸能人の政治発言なんて、どうせ「反戦、環境保護、反ヘイト、反原発」あたりの低レベルで薄っぺらな内容でしかないが、それでも、彼らが自らの信条を外に向かって発信する自由を妨げてはならない。
あとは、自分の発した言葉がもたらす商売上のリスクやロスを受忍すればよいだけのことだ。

彼らも自由に発言すればよい、ただし、「自分は好き放題モノを言いたいけど、外部からの批判は一切受けたくないし、リスクも負いたくない」というワガママは通らない。

沢田氏も子供じみた言い訳をしてコソコソ逃げず、コンサートをドタキャンしたのは大好きな反原発署名運動を禁じられたためだと堂々と宣言すればよい。
そんな根性もないのなら、反原発ゴロみたいなくだらぬ政治運動から手を引くべきだ。

彼は、「自分の意地を通した」なんて格好つけてイキがっているが、彼がしでかしたことは、カネも時間も使って来場したファンの方々の楽しみや苦心を土足で踏みにじる裏切りである。
ドタキャン分の振り替え公演をするなんて言ってるが、日程の都合を点けねばならず、交通費も二重に払わされるファンにとっては詐欺にも等しい言い訳だろう。

そもそも、反原発とか環境活動に異様な執念を滾らす輩は、正義ヅラする言動とは裏腹に、人を人とも思わぬ傍若無人な態度を取りがちだ。

そういった人種が根源的に持つ「他人を敵視する人間嫌いな心根」は、感情を過小視してシステムや数理的公式を過大に持ち上げる新自由主義者の思想に通じるものがある。

彼らは、自然とか環境、地球、平和といった大きなテーマに逃げて、そこに暮らす個々人、つまり、他人の人生や生活、心情の変化といった小さな事象を軽んじる傾向がある。

他人が目を見張るような読書量でとても博識なのに、自分勝手に振る舞い他人に迷惑をかけ、書籍に書かれている条理やエッセンスをまったく実践できていない人が、拙ブログの読者の皆様の周りにもいるのではないか?
反原発ゴロや環境活動ゴロを目にするたびに、筆者はそうした頭でっかちで行動力を伴わない愚鈍な人物と重なって見える。

彼らは、美しい言葉を使い正義感溢れる目的を追い求める自分の姿に酔っているだけに過ぎず、それによって迷惑を蒙る他人のことなど歯牙にも掛けようとしない。
常に自分が主役で中心にいないと気が済まない偏執的な自己愛と、それに反比例するがごとく些末な他者への思いやり、それこそが人間嫌いのゴロツキどもの本質なのだ。

2018年10月22日 (月)

潮流の変化

『道内企業、泊再稼働「不要」41% 全域停電後調査 災害対応不安』(10/17 北海道新聞)
「北海道新聞社は16日、道内主要企業を対象に実施した「胆振東部地震の影響」の調査結果をまとめた。地震後の全域停電(ブラックアウト)の一因として、北海道電力苫東厚真火力発電所への過度な依存が指摘される問題に関連して、泊原発の再稼働の必要性について尋ねたところ、41・1%が「災害や北電の対応に不安が残るため、再稼働すべきではない」と回答した。
 泊再稼働については3択で回答を求めた。「電源供給に不安が残るため、早期に再稼働すべきだ」は22・2%にとどまり、「わからない」が31・4%、無回答は5・4%だった。(略)」

上記ニュースを読んで、筆者は「反原発思想の勢いが落ちている」と感じた。

北海道新聞は、他紙と同様、以前から反原発の論陣を張り、原発撤廃運動の強力なキャンペーンを展開してきた経緯から、その紙面は「反原発・嫌原発」一色で、彼らの論調は、原発のリスクを訴えるというより、原発という存在を強烈に呪詛するという表現が相応しいほど常軌を逸している。

その北海道新聞が行った調査をして、いくら調査対象が企業とはいえ泊原発再稼働への反対意見がたったの4割弱に止まった事実は大きい。

2012年6月に札幌商工会議所が行った会員企業向けアンケートでは泊原発再稼働に否定的な意見が87%にも上っていたし、北海道新聞による道民向けの調査でも再稼働に反対する意見が52~66%と過半数を占め、今年4月の調査でも63%に達していた。

さしもの北海道民も、国内初のブラックアウトという大災難に直面し、ようやく目が覚めかけたのか…
いずれにしても、反原発ゴロの勢いに陰りが見え始めたのは結構なことだ。

世間一般では、まだまだ反原発派の声が圧倒的に大きく、原発再稼働を口にすることさえ憚られる、一種の言論圧殺が蔓延しているが、筆者以外にも反原発ゴロのいかがわしさを指弾する声があるのを頼もしく思っている。

『泊原発再稼働反対キャンペーンを続けてきた北海道新聞、ブラックアウトの責任を北電に押し付けて逃げる社説を掲載する』(9/8 はてなブログ井戸端会議・瓦版)
http://vox.hatenablog.com/entry/2018/09/08/185126

上記のブログ主は、「電力インフラの有るべき姿を常識的に考えれば、現時点で既に、北電の電力供給能力は「足りてない」。⇒苫東厚真発電所4号機(定格出力70万kW)に不具合が起これば即座にどこかを停電させる必要が生じるという、1トラブルにも対応できない非冗長な状況。」という永田晴紀氏(航空宇宙関係の専門家)のツイートを紹介し、泊原発抜きの発電体制は大きなリスクを抱えていたのに、マスコミや反原発派の連中がそれをガン無視した挙句、いざ、ブラックアウトが起こるとすべての責任を北電に押し付けた、つまり、ブラックアウトはマスコミや野党など反原発派が引き起こした“人災”だと厳しく批判している。

筆者も同感だ。

前代未聞のブラックアウトが発生したのは、道内電力需要の5割を担っていた苫東厚真火力発電所が地震でダウンし、同発電所が担っていた165万kWもの供給力を代替できる発電所が存在しなかった所為であることくらい小学生でも解る。
200万kWの供給能力のある泊原発が並行して稼働していれば、苫東厚真発電所の離脱を十分にカバーできていたはずだ。

これだけ原因は明白なのに、肝心の電力安定化対策はといえば、マスコミ各社や反原発ゴロの論者たちは北本連系の増強と発電拠点分散化しか言わず、泊原発再稼働には絶対に触れようとしない。

北本連系増強には2,000億円近い投資が必要とされるが、いまでも北電は、収益を1円も生まない泊原発の維持費に毎年640億円(売上高の8%にもなる‼)もの経費を割かれており、多額の投資を捻出できる体力などどこにもない。

また、自発的な発電減になり得ない再生エネをどれだけ分散設置しても何の役にも立たないばかりか、その分だけバックアップに回る既存の火力発電所の負担が増すだけで、ただでさえ老朽化著しい火発の故障リスクを高めるだけだ。

お荷物発電を林立させて自然破壊行為に加担するよりも、立派な発電実績を持つ泊原発を再稼働させる方が、スピード・リスク・収益のあらゆる角度で見ても、遥かに優れている。

今回の北海道新聞の調査は、十分とは言えないまでも、「泊原発再稼働」という選択肢の存在を明示したことに意義があり、これまで泊原発という言葉を頑なに避けてきた反原発論壇に一石を投じることができたと評価したい。

『泊地層論議、決着の兆し 規制委調査 北電の説明「合理的」』(10/15 北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/237453
「原子力規制委員会は12日、2日間にわたる北海道電力泊原発(後志管内泊村)の現地調査を終えた。規制委の地震・津波対策の責任者である石渡明委員(元日本地質学会会長)は、原発敷地内の地層に関する北電の説明について「だいぶ考え方が合理的になってきた」と語った。(略)
電担当者から説明を受けながら敷地内の地層などを調べた石渡氏は終了後「完全に十分ではないが、北電が一生懸命やったことは評価したい」と語った。(略)
敷地内の断層近くにある地層ができた時期を巡り、北電が「33万年以上前」、規制委が「21万年前」と推定し、見解が分かれたことなどで審査は5年超と長引いている。
審査では12万~13万年前より新しい時代に動いた断層を活断層と定義するため、いずれにしても活断層にあたらない可能性があるが、北電は8月の審査会合で規制委の意見を取り入れ、一部の地層年代を21万年前に修正した。(略)」

くだらない活動層問題にもようやく決着の目途が見え始め、一歩前進と思いたい。

石渡氏は、別の記事でも、「学会出席のために札幌滞在中だった石渡氏は「一市民としては、1カ所の発電所(苫東厚真火力発電所)が被災しただけで北海道全体が停電になるというのはいかがなものかと感じた」と感想を語った」と報じられ、北海道の電力供給の安定化における泊原発の役割の大きさをようやく認識したかのような発言をしている。

規制委による審査合格の後にも、地元自治体の合意という厄介なハードルが残っており、泊原発再稼働への道のりは平坦ではない。
沖縄の基地問題同様、反原発ゴロが泊周辺に大挙して押し寄せ、きちがいじみたデモやバリケードをつくって大騒ぎし、それをマスコミの連中が誇大に報じるだろう。

国民には、常識も羞恥心もないゴロツキの醜態を冷静に見つめたうえで、ブラックアウト再発防止や高騰した電力料金引き下げには何が必要なのか、合理的かつ的確に判断してもらいたい。

2018年10月20日 (土)

若者が消費増税を歓迎しているという大嘘

増税を推進したり容認したりする緊縮派は、国民への際限なき負担の押し付けを厭わない人種だが、正面切って増税を賛美すると国民から反発を喰うため、一つまみの詭弁を隠し味にしてマズ飯の味を誤魔化そうとするものだ。

『消費税10%に増税:消費増税は若者にとって〇〇だ!』(10/18 アゴラ 中田宏:元衆議院議員)
http://agora-web.jp/archives/2035258.html
「(略)働いた所得から払っている税金=所得税収、そして法人の利益から払っている税金=法人税収の推移です。景気動向に合わせて上下の変動はありますが、随分減ってきました。
一方消費税収の推移をみてください。
こちらは逆にどんどん増えてきていますね。今や消費税収は17.5兆円で法人税収(約12兆円)を上回っています。そして所得税収(約19兆円)に迫ってきて、今後はおそらく上回るでしょう。
所得税収の低迷を考えてみると、減税措置よりは賃金がなかなか伸びない上に、働き手も増えないので、こういう状態だと思われます。
以前から私は、例えば年金や医療費などの社会保障で「もらいすぎ世代」と「払い過ぎ世代」とよく言っています。
今更、「もらいすぎ世代」の人たちに「保険料を納め直してくれ!」とは言えませんが、消費税ならばこれからの消費の中で負担してもらうことが可能な訳です。
こうやって考えてみると、若い人ほど「これ以上、俺たちに所得税をかけるのはやめてよ!。出来れば消費税にしてよ!」と言う、このような視点が実は大事になると私は思います。」

中田氏は、平成以降の所得税・法人税・消費税の税収推移のグラフを示したうえで、

①景気動向の影響で法人税は上下動がありつつも減収を余儀なくされている
②賃金が伸びず働き手も増えないから所得税も低迷している
③一方で増収著しく、これからどんどんも伸びていくのは消費税だ

という趣旨の説明をし、年金や医療費などの社会保障の「もらいすぎ世代(高齢者層)」と「払い過ぎ世代(若年者層)」との世代間格差是正のために消費税率をもっと上げろと主張してする。

彼の論には誤魔化しが多すぎて目まいがする。

法人税の減収は、景気動向よりも法人税率の引き下げによるところが大きい。
法人税率(基本税率)は、1985年ころの43.3%をピークに右肩上がりで引き下げられ、今や23.2%と半分近くにまで下がっている。
【参照先】
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/c01.htm

財務官僚の天下り受け入れと引き換えに、財界の言うままに税率を引き下げてきた結果がこれだ。
法人税がピーク時と比べて4割近くも減った要因は、自省のポスト拡大を狙う財務省が財界のおねだりに応じて税率を大幅に引き下げたことに尽きる。
【参照先】https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55079?page=3

これは所得税率も同じで、所得税と個人住民税を合わせた最高税率は88%から55%にまで引き下げられ、年収ごとの階層も15段階から7段階にまでフラット化しており、本来取るべき階層から十分に徴税できていない。
【参照先】https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/033.htm

いずれも、消費税率が来年10月に当初の3倍にまで膨張するのとは真逆の動きであり、逆進性の高さも相俟って低中所得者層への負担ツケ回しが進んでいる。

これだけ税率の優遇を受けてきたのだから、法人税がダダ下がりなのも当然のことで、「もらいすぎ企業」をこれ以上甘やかす必要はない。

法人企業統計調査によると、2016年の全産業(金融保険業を除く)利益額は約75兆円と、1985年の約21兆円の3.5倍以上にも膨れ上がっており、特に大企業を中心に、その納税余力は十二分にあると言えるから法人税率を元の40%台に戻すべきだ。
そうすれば8~9兆円程度の増収が見込め、消費税を上げずにも済むどころか減税も可能になる。

法人税が上がったくらいで国外脱出をチラつかす企業もあるだろうが、そんな穀潰しは、そもそも日本国企業としての自覚に欠け、雇用・人材育成・投資・納税のあらゆる面で貢献する気もないから、中国にでもベトナムにでも、さっさと出て行ってもらいたい。

成長するアジアで、彼らが大好きな“グローバル人材”とやらを存分に活用できるまたとないチャンスではないか。
生意気な企業経営者が、グローバル人材だらけのフィールドでどれだけ業績を伸ばせるのか、生温い眼差しで見守りたい。

中田氏のように、「高齢者=資産家=もらいすぎ世代」と短絡的にレッテル貼りするバカが多いが、それらは彼らが勝手に創りだした妄想でしかない。

高齢者層(2人以上70歳以上世帯)の金融資産保有状況を調べたところ、平均額は1768万円、中央値は600万円で、医療費や介護費用負担が嵩むことを思えば、まったく十分とは言えない水準だ。
しかも、資産非保有(貯蓄ゼロ)の割合は、なんと28.3%と四分の一超にも上り、貧困に直面する割合が思った以上に多い。

また、高齢者世帯の平均収入は2014年で297万円と、ピーク時(1998年)の335万円から12%も減っており、全体の58%が「生活が苦しい」と答えている。
【参照先】https://seniorguide.jp/article/1010238.html

高齢者層がもらいすぎ世代なんてとんでもない幻想だ。
もらいすぎなのは、論拠不明な大嘘を吐いていっぱしのギャラをせしめている中田氏の方ではないか?

中田氏の詭弁をもう一点指摘しておくが、少なくとも筆者は、「これ以上、俺たちに所得税をかけるのはやめてよ!。出来れば消費税にしてよ!」なんてアホなことを言う若者に一度も遭ったことがない。

20歳代(前半)男性の平均年収は、1997年/307万円→2013年/265万円と14%近くも減っているのに、ここに消費税が掛かると、モノを買うたびに税を召し上げられ、寝ている間にも取られる(公共料金)のだから堪らない。
【参照先】https://nensyu-labo.com/nendai_20.htm

年収270万円くらいだと、所得税と住民税合わせて年間15万円の負担になる。
一方、若者世代の消費性向は77%くらいだから、単純に手取り額から積算した消費税負担は、税率10%として年間16万円くらいだろう。

中田氏をはじめ増税派の連中は、日頃から「税率10%では足りない、15%→18%→20%とドンドン上げるべきだ」と叫んでおり、これらの言うままに税率が青天井で上がっていけば、若者世代の負担はますます重くなる。

なにせ、過去に所得税率が下がることはあっても、消費税率が下がったことは一度もない。
たとえ所得税が掛からなくなっても、消費税は税率が簡単に引き上げられる可能性が高いから、負担が重くなることはあってもその逆はあり得ない。
所得税より消費税の方がマシなんていう若者がいるとすれば、四則計算すらできないただのバカだ。

一般的な常識を持ち合わせた大人なら、中田氏のような詭弁コラムの嘘を即座に見抜けるはずだが、実際には矛盾だらけの駄文にコロリと騙される者が多い。

こうした詭弁が罷り通っているうちは、我が国の不況脱却は日暮れて道遠しといった感を拭い切れない。

2018年10月19日 (金)

金喰い虫の矛盾

東日本大震災以降、それまで我が国の電力需要の一端を支え続けてきた原発がいわれなき迫害を受け、対極的に太陽光や風力発電といった再生エネルギー発電が未来型エネルギーとして歓迎され、ほぼ無批判に展開されてきた。

特に、FITによる調達価格が40~42円/kWhと高かった太陽光発電の新増設は凄まじく、住宅用太陽光発電設置戸数は200万戸を突破し、郊外を車で走ると事業用の発電パネルをあちこちで見かけるようになった。

だが、太陽光発電は、いま大きな岐路を迎えようとしている。

『太陽光発電/固定価格買い取り改善必要』(10/11 河北新報社説)
https://www.kahoku.co.jp/editorial/20181011_01.html
「再生可能エネルギーに関する課題を検討する経済産業省の有識者研究会が、固定価格買い取り制度の見直しを求める意見を出している。制度の導入当初から懸念されていた問題が顕在化しており、早急な着手が必要だろう。
 最も大きな課題は、利用者の負担が急激に増大したことへの対処である。買い取り制度維持のためのコストは「再生エネルギー賦課金」の名目で、各家庭や企業などが使っている電気料金に上乗せされている。
 当初、標準家庭(電気料金が月に約7000円)で計算すると、賦課金は月額66円にすぎなかった。しかし、年々負担は上昇し、現在は当時の13倍となる870円。電気料金の1割ほどを占めるようになっている。
 再生エネルギーの普及を図るための賦課金だが、これほど高騰しては家計を圧迫する弊害の方がむしろ大きい。(略)」

“クリーンエネルギー”という言葉に弱い日本人も、再生エネのあまりの金喰い虫ぶりに辟易し、ついに堪忍袋の緒が切れかけている。

なにせ、資源エネルギー庁の資料によると、2018年度の再生エネ賦課金総額(=国民負担)は2.4兆円に上り、電気料金に占める賦課金の割合は産業用・業務用で16%、家庭用で11%に増大している。

賦課金制度導入からわずか6年余りで、家計負担額が12~13倍にも膨れ上がったのだから、国民が怒るのも当然だろう。
しかも、賦課金総額は2030年には3.1兆円に膨張するそうだから、まさに、“役立たずの金喰い虫”と言ってよい。
【参照先】http://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/009_02_00.pdf

しかも、事業用太陽光の多くは未稼働のままであり、年度別の未稼働率は2012年度認定分23%、2013年度認定分49%、2014年度認定分59%というだらしなさだ。

未稼働案件が多数放置される背景には、すぐに発電を始めなくても認定時の高い価格が適用されることや、中国での量産化により太陽光パネルの調達価格が下落傾向にあり、事業者は「待てば待つほど儲かる」事業環境がある。

しかし、事業認定から4~6年も未着手のままほったらかしという体たらくでは、もはや事業実施の意志なしと判断させるのが常識で、経産省の専門家会合で太陽光発電の固定価格買取制度見直しの方針が出されたのは当然だろう。

専門家会合で出された制度見直しの骨子は、2012~2014年度に認定を受けた事業者を対象に、来年4月1日までに運転開始しなければ買取価格を減額するというものであり、筆者も賛成だ。
むしろ、認定後3年以上経過した事業者から罰金を取ってもよいくらいだ。

だいたい、再生エネ業界は、有毒物質を多数含有する太陽光パネルの適正処理ガイドラインすらまともに整備していないような杜撰な体質だから、監督官庁たる経産省はもっと厳しく業界を監視・指導すべきだ。

元々、再生エネ賦課金は、反原発思考に凝り固まったゴロツキどもの自尊心を満たすために、実質的な税として国民から徴収されたものであり、2018年度の2.4兆円という負担額は、消費税率1%分にほぼ等しい。
これだけ巨額のコストを負担させられる国民は、当然、消費を抑制し、景気に悪影響が及ぶことになるが、経済観念ゼロでコスト感覚も皆無のゴロツキどもは、経済動向や国民負担など歯牙にも掛けようとしない。

彼らの関心は、国内発電が100%再生エネで満たされるという絶対にありえない夢想の世界にあり、高すぎる電力料金に苦しむ国民の苦労など屁とも思わぬ人種なのだ。

国民は、思想や理想のためなら他人の生活や財産を平気で犠牲にする再生エネ信者(=反原発ゴロ)の狂気を厳しく指弾する必要がある。

ゴロツキどもの夢想を放置していると、彼らの要求は際限なくエスカレートし、再生エネ賦課金は青天井で増え続けるだろう。
実際にドイツでは、再生エネ賦課金が17年で34倍以上に膨れ上がり、年間負担額は3万円超に上っている。

こうした悪しき実例と同じ轍を踏まぬよう、国民には、ゴロツキどもの大嘘や甘言を見抜く理性が求められる。

そもそも、再生エネ信者の連中には公共事業や土木事業を毛嫌いするバカが多い。
だが、自分たちが再生エネ推進の旗を振れば振るだけ太陽光パネルの設置工事が増え、大嫌いな土木工事業者を儲けさせるのだから、滑稽なことこのうえない。

詭弁師という生き物は、常に発言が矛盾だらけで行動にも一貫性がないから、放った矢が見事に自分の頭に突き刺さるような愚行を犯しがちだ。

2018年10月17日 (水)

増税反対論にまとわりつくゴミ

安倍首相は、以前から表明してきたとおり、来秋に消費税率10%への引き上げを正式に宣言した。

『安倍首相、15日の臨時閣議で来年10月の消費税増税への対策を指示へ』(10/14 産経新聞)
https://www.sankei.com/economy/news/181014/ecn1810140007-n1.html
「安倍晋三首相は、15日の臨時閣議で来年10月に予定している消費税率10%への引き上げに備えた対策を早急に講じるよう指示する。増税による景気減速懸念がくすぶる中、中小企業対策など環境整備に万全を期すことで、経済の腰折れを最小限に抑えたい考えだ。(略)」

一部の安倍ファンから、「安倍ちゃんの本性は成長重視派。財務省との暗闘に勝利し、消費増税凍結を決断するに違いない」とか、「安倍ちゃんは、モリカケ問題で財務省との手打ちを強いられ、やむなく増税を受け容れざるを得なかった」などといった声も上がっていたが、結果はご覧のとおりだ。

安倍首相の経済思考に関して諸説あるが、元々、彼は「緊縮財政派」であり、引き締め気味の財政運営を好み、経済対策は改革や規制緩和で十分という夢想家なのだ。

現政権が小出しにする補正予算も、緊縮愛好会の仲間である国民が、行き過ぎた緊縮&増税政策の痛みに耐えかねて寝返らぬよう、ギリギリの線で寸止めするため。
つまり、さんざん殴りつけておいて、気絶せぬ程度にぶっかける“冷や水”に過ぎない。

それを証拠に、政府の経済運営方針の骨子となる経済財政諮問会議の資料には、常に財政健全化が最優先に位置付けられ、「聖域なき歳出削減」と「社会保障費切り詰め」こそ最重点事項だと明示されている。

さて、今回の増税断行宣言に当たり、政府や与党の連中は、
①増税は、幼児教育・保育無償化など「全世代型社会保障」の実現に向けた財源確保のため
②景気の腰折れ対策として、中小小売店でキャッシュレス決済した消費者を対象とする2%分のポイント還元や、自動車・住宅購入支援関連の減税、飲食料品などの軽減税率適用などを検討する
と強弁するが、子供の小遣いにもならぬ質素な政策で景気減退が防げると本気で考えているのか?

昨年の国内クレジットカードショッピングの利用額は58兆円に達する。
このうち消費税2%分に当たるのは約1兆円程度と推計されるが、クレジット決済の利用実態を見ると、元々、Amazonや楽天、イオンなど大手企業での買い物に使われるケースが圧倒的に多く、今回対象になる『中小小売店』で使われる割合は極めて少ないから、2%分のポイント還元なんてマクロで見るとほんの微々たる額にしかならない。(おそらく100~200億円ほどか…)
しかも、還元されるのは現金ではなくポイントだから、手続きの面倒さゆえに放置され、実態的な還元率はコンマ未満に過ぎない。

消費税率10%引き上げ時の国民や企業による消費税負担は全体で22兆円前後に達すると思われる。
一方、政府が掲げる景気腰折れ対策は、クレジットカードのポイント還元にしろ、住宅・自動車減税にしろ、対象がごく一部に限られ、実施期間も限定的、さらに、還元額もほんの僅かと来た日には、今後永続的に重く圧し掛かり続ける20兆円以上もの負担をまったくカバーできず、消費は超長期での低迷を余儀なくされるだろう。

麻生財務相をはじめ増税推進派の連中は、「何より増税に耐えうる経済環境を創るのが大切」、「好景気のいまやらないと永遠に増税できない」と嘯くが、揃いも揃って現実が見えぬバカとしか言えない。

消費税率が10%ということは、未来永劫、物価が10%嵩上げされるということだ。
高度成長期ですら物価上昇率は6~7%だったのに、平成不況の最中にもかかわらず歴代政権は消費税率を上げ続け、物価に懲罰的な税を強制的に上乗せしてきた。
それだけでも十分罪深いのに、今度はそれを10%に引き上げるなんて正気の沙汰とは思えない。

20年物長期不況の下で国民の所得は名実ともに減り続けており、家計の状況は増税に耐えうるどころか、息も絶え絶えの重篤であり、早急なる減税や所得増加、手当支給による“治療”が必要だ。
何にも勝る景気腰折れ対策は、「消費税廃止」と「聖域なき持続的なバラマキ」であり、それ以外にあり得ない。

増税に反対する論者は、増税を前提とした軽減税率の在り方とか、クレジットカードのポイント還元を地域振興券に変えるとかいう条件闘争でお茶を濁すのではなく、「消費税廃止」と「聖域なき持続的なバラマキ」を堂々と論じるべきだ。
議論のボールを遠くに投げないと、真に必要な経済対策は見えてこない。

だが、増税への反論を唱えると、予想の斜め下から足を引っ張ろうとするバカが出てくるものだ。
しかも、その理屈や論拠が目を覆いたくなるほどくだらない。

バカのその一は、「経済問題にしろ、原発問題にしろ、批判すべきは安倍首相だけ。財務省も官僚も、全員安倍ちゃんの鶴の一声で動かせるのだから、安倍首相以外を批判するな。財務省や無辜の民を非難するのは批判の矛先が見当違いだ」としゃしゃり出てくる幼稚な連中だ。

安倍首相は、橋龍や小泉のバカに連なる新自由主義に染まった暗愚な人物であり、多くの政治家と同様、引き算しかできないオバちゃん並みの経済観念しか持っていない。

そんな彼には、端から財務省や他の官僚と闘う能力も意志もない。
それどころか、緊縮愛好会の仲間である財務官僚から「緊縮・削減・改革」の良い知恵を貰い、ポピュリズムに立ち向かう勇敢な政治家を気取ることに熱中している。
財務官僚は彼にとって敵どころか、有能なアドバイザーや知恵袋なのだろう。

悪い事に、安倍ちゃんの後釜連中も、与野党を問わず他の政治家連中も、ほとんど緊縮教の信者ばかりだし、政治家をバックアップする財界連中も緊縮教へのお布施を厭わないから、財務官僚が緊縮政策を継続させるのは極めて容易だ。
たとえ安倍ちゃんが失脚しても、次の総理候補が積極財政を訴える可能性は200%なく、増税&改革路線を続けるのに何の苦労も要らない。

財務省が自信を持って消費増税に邁進できるのは、安倍ちゃんをはじめ政府要人や与党のみならず、主要野党、経済界、学識界、マスコミといった大きい声を発せられる階層にいる者が、こぞって増税に賛成、あるいは、反対しない立場を取っているからだ。

さらに悪いことに、増税の悪影響をモロ被りするはずの国民から、今回の増税宣言に対する強い反発の声が上がっていないことだ。

多くの国民は、世論調査のたびに「景気を何とかしてほしい」、「生活が苦しい」と訴えてきたくせに、消費への罰則的徴税に反発しないのはおかしい。

政府与党による無謀極まりない増税推進策に対して強烈なNo‼を突き付けるのは、国民が自らの生活を護るために欠かせない「自助努力」だろう。
昨今、市井の人々の中にも、「公助に頼るな、自助こそ大切だ」と訴える声が多いが、最優先で行うべき自助努力を放棄しておいて、何を生意気なことを言うかと呆れ果てる。

長期不況に困窮する者が多数を占める局面で、時の政権が堂々と最悪手(増税)を決断できるのは、当の国民自身が増税派・増税容認派・諦観派に寝返ったからに他ならない。

平気な顔で経済失政を繰り返す政権や財務省への批判もさることながら、それを支持し、易々と見逃す罪深き者は、相手が誰であろうと、その不明や不見識を厳しく指弾すべきだ。

苛政を生む土壌を無自覚に放置したままの国民を甘やかしておいて、最後に手痛いツケを払わされるのは、なにより国民自身なのだから…

「政権だけを批判すればよい、それ以外を非難するな」という幼稚な発想が、危険な緊縮思想の病根を放置し、その罹患拡大をサポートすることになることを自覚すべきだろう。


バカのその二は、「消費税増税は公共事業費増額のため」あるいは、「国土強靭化は消費税増税の人質に取られ、安倍批判を抑えるための目くらましに利用されている」という戯言を吐く連中だ。

今回の増税による増収分は、幼児教育・保育無償化といった「全世代型社会保障」の実現、つまり、社会保障関連経費の財源に充てられると繰り返し報じられており、公共事業費に充当されるなんて一言も掛かれていない。

事実、国土強靭化基本計画は2014年に策定され、毎年のようにアクションプランを積み重ねてきたが、肝心の予算積み増しはほとんどなく、2014年以降の公共事業費は当初予算と補正予算を合わせても6~7.6兆円あたりを上下するだけで、1998年のピーク時(14.9兆円)の半分ほどに減らされたままだ。
【参照先】https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2018/seifuan30/17.pdf

公共事業を毛嫌いするいまの世論を見れば、増税の財源で公共事業拡大なんてできるはずがない。(新聞社説を読んでいないのか??)
そんな単純なことも解らず、「悪徳政治家が公共事業の利権を貪るために増税を企んでいる」なんて奇想天外なレッテルを貼るのは、脳が溶けかかったメンヘラだろう。

これは、国土強靭化計画も同じで、「増税に伴う景気対策に国土強靭化がビルドインされ、増税推進に利用されている」なんて大嘘を吐くバカ者は、いったい何を見ているのか?

経済財政諮問会議の資料(10/5開催)には、確かに、増税後の需要喚起パッケージの一策として「国土強靭化についても、先進技術等を活用して官民投資を誘発するなど、ハード・ソフト両面から効果的に進めていく必要がある」と、ほんのちょっとだけ触れられているが、こんなものは、初歩的な見せかけリップサービスに過ぎないし、実態的にはリップサービス未満の扱いで予算増額につながる可能性はほとんどない。

この手の政府系諮問会議の資料に特有の用語の意味を推し量れば、「先端技術の活用=AI,IoT開発推進」、「官民投資の誘発=官の投資はほんの呼び水程度。残りは民間任せ」、「ハード・ソフト両面=ソフト支援99%」という意味であり、ペーパーに“国土強靭化”の文字を発見したからと言って、国土強靭化予算が潤沢に付くと早合点するのはあまりに素人的発想だ。

同じく、経済財政諮問会議の資料をよく読むと、増税に伴う景気後退防止策には消費喚起や投資促進が大切だと謳われ、そのための具体的な政策として次の4点が挙げられている。
①最低賃金の更なる大幅な引上げ。
②高齢者雇用の促進(事業者に対する65歳以上雇用のインセンティブ付与)
③パートタイマーの正社員化促進や時給アップ
④企業のAI、IoTへの投資促進や省エネ投資に対する減税措置

これらの4点に加えて、冒頭のクレジットカードのポイント還元や飲食料品などへの軽減税率適用、自動車などの税制改正といった辺りが、今回の消費税増税と引き換えの「人質」であり、国土強靭化や公共事業費なんて、そもそもモノの数にすら入っていない。


このように、増税反対のフリをしながら反対派の足を引っ張ることばかり熱心なバカ論者が後を絶たない。

彼らは、肝心の政権批判はお義理程度の「甘噛み」で済ませるくせに、国土強靭化計画の実行に奔走する識者や、政権与党の経済失政を手厳しく批判する論者の挙げ足を取り、批判する段になるとやたらとボルテージが上がる“無責任な愉快犯”なのだ。

「お前が本当に批判したい相手は誰なんだ?」と問い詰めたいが、愉快犯たちの答えはおおよそ予想がつく。
単に、自分より優れた行動力や論理的批判能力を持つ論者に対する僻みと嫉みゆえのことだろう。

だが、政治家を批判するにしろ、官僚や財界を批判するにしろ、本来、自分が負うべき責任を他の論者におっ被せ、他人が自分の思い通りに相手を批判してくれないと拗ね、それまで頼り切っていた論者にクレームをつけ始めるような、レベルも民度も低すぎる輩に、他者を批判する資格などない。

2018年10月15日 (月)

所得アップなくしてリスクマネーなし

『日銀「33兆円過大計上」問題で見えた、貧困化する日本』(10/4 Forbes JAPAN 藤野英人:ファンドマネージャー)
https://news.biglobe.ne.jp/economy/1004/fbj_181004_8271747939.html
「日銀の投資信託過大計上はあってはならない誤りだが、長期投資の実情がわかったのも事実だ。(略)
資産運用の業界を揺るがす大事件があった。以下、毎日新聞(Web、7月23日付)から引用する。「個人の代表的投資商品である『投資信託』の家計保有額が、日銀の統計作成時の誤りで30兆円以上も過大計上されていたことが判明した。近年順調に増加しているとされてきた投信保有額が、実際は減っていたことになり、『貯蓄から投資』が進んでいると信じてきた証券業界に衝が広がっている。」(略)
起きてしまったことは仕方がない。間違った統計は正し、現実を直視すべきだ。これは証券業協会、投資信託協会、金融業界はもちろんのこと、金融庁や政府もこのことを重大な問題と捉え、貯蓄から投資への流れに本気で取り組む必要がある。投資の税制優遇はもちろんであるが、投資の必要性と投資のイメージもよくしなければいけない。(略)」

日銀から7月下旬に資金循環統計の計上ミスがあったことが公表され、証券業界に動揺が走ったことは記憶に新しい。

日銀の説明によると、ゆうちょ銀行が保有していた投資信託を家計保有分と誤カウントしたものとのことだが、ミスった金額があまりに巨額ゆえに、単純な集計ミスとか、定期的な改定作業の一環だという日銀の説明を信じる者はいない。

“貯蓄から投資へ”の流れを強引に進めてきた金融庁の森前長官の退任というタイミングで、政府や業界挙げての旗振りにブレが生じ、これまでの「意図的な修飾や装飾」を隠し切れなくなったのではないか。

今回の訂正により、「2017年12月時点では、家計の投信の保有額は、109兆円から76兆円に大幅に下方修正された。個人の金融資産に占める投信残高の割合は、5.8%から4.1%に下がった。これまでは、11年以降右肩上がりだったとみられていたが、15年6月をピークに下がっていた(朝日新聞記事より)」という実態が明らかになり、貯蓄から投資への流れは完全に“逆流”していたことが判明した。

日経やエコノミスト、ダイヤモンドなど経済各誌が“これからは投資の時代だ、日本もリスクマネーを積極的に供給せよ”と胸を張っていたが、素人経済誌の連中は見事にはしごを外されたことになる。

朝日新聞の報道によると、「今回の改定前は、家計の投信保有額は、投信の総額に一定の割合をかけて推計していた」そうで、投信などの金融商品の個人保有額は、かなりいい加減な手法で計算されていたようだ。

このため、証券業界や素人経済誌の連中は日銀のミスをこぞって批難しているが、個々の証券会社は、個人・法人・機関投資家別の投信売買データを保有していたはずであり、自社のデータの推移を見れば、個人投資家の長期低落傾向を把握できていたはずだ。
足元のデータを碌にチェックもせず、ずさんな推計方法しかしていない日銀の公表データを頭から信じてきたのなら、あまりにもマヌケすぎるだろう。

コラムを書いた藤野氏は、政府や業界に投資の税制優遇やイメージ向上を訴えているが、既にNISA(少額投資非課税制度)の口座数が今年3月末時点で1,168万口座にも達し、近年の新規加入数は漸減傾向にあることから、ニーズは限界に達したと判断すべきで、これ以上の拡大は不要だ。

また、株や債券、投信に対するイメージも相変わらずパッとしない。

金融庁によるNISAを通じた投資へのアンケート調査結果によると、
「投資未経験者(※調査対象者の約67%)のうち、約8割が「有価証券への投資は資産形成のために必要ない」と回答しており、その理由としては「そもそも投資に興味がない」が約6割、「投資はリスクがあり怖い」、「投資の知識がない」がそれぞれ約3割となった。
また、「有価証券投資は資産形成のために必要だ」と認識しながらこれまで投資したことがない層は、その理由として「まとまった資金がない」との回答が7割強を占めたほか、「投資の知識がない」、「投資はリスクがあり怖い」という回答もそれぞれ約5割、約4割となった」
という結果が出ている。

つまり、国民のマジョリティを占める投資未経験者の大半が「リスク商品への投資を不要」と判断し、その多くが、そもそも興味がないとか、まとまったお金がないと答えている以上、投資に対するイメージ向上なんて100%不可能だろう。

個人資産に占める現預金の割合が長期間50%を割り込み、株や債券といったリスク商品の割合が20%を超えていたのはバブル経済期だけであり、貯蓄から投資への流れを実現したいのなら、まず実体経済をきちんと成長させ、家計所得をグンと引き上げて、投資に回せるリスクマネーの総量を増やすしか方法がない。

実体経済が過熱し、人々の所得が毎年20~30%も増え続け(過去の高度成長期には実際にこういうことが起きていた)てカネの使い道に困り、「何か面白い投資はないの?」と証券会社に押し掛ける、あるいは、ネット検索しまくるくらいのエネルギーがないと、貯蓄から投資への流れは増幅しない。

NISAの細部を弄り、ちまちました投資セミナーを開いたところで、国民の投資熱が上がることはない。

投資を盛り上げ、リスクマネーの供給を増やしたいのなら、積極的な財政金融政策を断行して景気や雇用を良くし、家計の所得を上げ、この先も給料が上がり続けるという期待を抱かせるのが先決だろう。

証券業界の連中は、“家計における優先順位は「貯蓄>>消費>>>>>投資」である”、“十分な所得なきところに投資なし”という当たり前の事実を認識すべきだ。

2018年10月13日 (土)

油を注いで火を消そうとする詭弁師

『日本人のイライラ増大 背景には“自己愛”と“不景気”』(10/10 AERA.dot)
https://dot.asahi.com/aera/2018100900063.html?page=1
「怒りや嫉妬など、人々の「負の感情」が増大している昨今。駅や電車内では乗客同士や駅員への暴力、トラブルを見聞きすることも少なくない。「誰でも輝ける」というメッセージを浴び自己愛は肥大化したが、日本全体の衰退の中で輝ける場所はない。(略)
日本の人口や経済が右肩上がりだった頃は、日本型組織も成長の原動力として機能してきたが、人口減少、高齢化、賃金減少、負担増加、大企業のグローバル競争の劣勢など敗色が濃厚になると、国民の不満は高まるばかりとなる。(略)」

上記記事に登場する田村耕太郎氏(『頭に来てもアホとは戦うな!』著者)は、日本に蔓延するイライラ病について、「日本は急速に貧しくなっています。人口減少や高齢化で先行きに明るさが見えず、給料も昇進ポストも減り、終身雇用も揺らいでいます。一方で税や社会保険料はどんどん増え、生活や精神の余裕がなくなっていると推察します」、「貧すれば鈍する、ではないですが、経済をよくしないとどうにもならないのではないでしょうか」と指摘し、長引く経済不況が背景にあると主張する。

と…、ここまではよい。

高度成長期やバブル経済期には「今日より明日は豊かになれる」という安心感が社会の隅々まで満ちていたが、平成不況の世では「今日より明日は貧しくなりそう」という不安感しかない。

就職も、給料も、手当も、ポストも、年金も、ありとあらゆるものが年を追うごとに劣化し、増えるのは不満と不安と焦燥ばかりだから、怒りや嫉妬があちこちに蔓延り、庶民のイラつきがMaxに達しても不思議ではない。

日本人のイライラ度UPの背景に不況ありとの田村氏の指摘はご尤もなのだが、その後の余計な提言がいただけない。

彼は、「安倍首相は、人口は1億人を割らないと言っていますが、日本の出生率では不可能なので外国人を受け入れるしかありません。若いアジアの人などに入ってきてもらい、ポジティブで、ある意味のんびりしているような新しい風を入れる必要があります」と説き、日本人特有の同調圧力を廃すために移民促進による“外科治療”が必要だと主張している。

元々、経済環境を良くして国民一人一人の所得を大幅に上げてやれば済むだけの単純な話だったのに、彼は敢えて論点をズラし外圧による日本改造を謀ろうとする。
こういった外圧万能論をさりげなくぶっ込んでくるエセ論者の言説には、くれぐれも気をつけていただきたい。
でないと、こんなニュースが何気なくスルーされ、いつの間にか日本が外人だらけの国になってしまう。

『<法務省>単純労働に新在留資格 外国人受け入れ拡大へ』(10/12 毎日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181012-00000039-mai-pol
「外国人労働者の受け入れ拡大に向け、法務省は12日、臨時国会に提出する入管難民法改正案の骨子を明らかにした。一定の知識・経験を要する業務に就く「特定技能1号」▽熟練した技能が必要な業務に就く「特定技能2号」--という二つの在留資格を新設し、1号は在留期間は5年で家族帯同を認めないが、2号は長期間の滞在を可能とし、配偶者と子の帯同を認める。(略)
これまで就労目的の在留資格は大学教授や弁護士などの「高度な専門人材」に限られており、事実上の単純労働も対象に入れた新資格は大きな政策転換となる。(略)」

外国人受け入れを焦る政府や自民党の連中は、当初、受け入れ範囲を「大学教授や弁護士などの高度専門人材」に限ると強弁していた。

これに対して、野放図な移民拡大を懸念する論者から、「そんなものは蟻の一穴で、そのうち省令改正で基準をどんどん緩和するに違いない」と厳しく批判されていたが、まさに懸念が現実化した形で、“技能水準は各業種を所管する省庁が定める試験で確認”、日本語能力は「ある程度の日常会話ができて生活に支障のない程度」を基本とし、受け入れ分野ごとに業務上必要な水準を考慮して定める試験で確認“といった具合に、移民推進を前提とする大甘裁定が罷り通ろうとしている。

件の田村氏は、外国人受け入れにより、「同調圧力がかからない人が増えれば、負の感情は減っていきます」と何の根拠もない大嘘を吐いているが、同調圧力がなくストレスフリーなはずのアジア各国の治安が日本より相当劣っているのはなぜなのか?

ちなみに、人口当たりの殺人発生率は(10万人当たりの殺人件数/2016年)は、日本の0.28に対して、インドネシア0.50、中国0.62、韓国0.70、ベトナム1.52、カンボジア1.84、マレーシア2.11、ミャンマー2.27、インド3.22等々、少なくとも倍から10倍以上にもなる。

“同調圧力がなく温厚でのんびり屋のアジア人の若者”なんてのは、グローバリストが勝手に創った妄想や虚像でしかない。
日本人より遥かに暴力的なアジア人を大量輸入して、日本人のイライラがどう収まるというのか、田村氏には合理的な説明を求めたい。

2018年10月12日 (金)

ブラックアウトは反原発ゴロによる作為的な事故

『北電の人為的ミス問わず 否めない「結論ありき」 全域停電検証委』(10/10 北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/236399/
「胆振東部地震後の道内全域停電(ブラックアウト)について原因と対策を解明する9日の第2回検証委員会(委員長・横山明彦東大大学院教授)は、月内に示すとしていた再発防止策を早くも打ち出した。(略)
「マニュアルに応じて行われ、明らかな人為的ミスはなかった」。電力復旧作業に当たった北電の対応について、検証委員長の横山氏(先端エネルギー工学)は、会合後の記者会見でこう強調した。ブラックアウトに至る経緯を検証した初会合後にも、横山氏は「停電するまでの運用は適切だった」と発言。2回で計約4時間の会合で、横山氏と専門家の委員3人から北電の責任を厳しく問う場面はなかった。(略)
。ブラックアウトは指針が求める事態を大幅に上回ったためだとし「北電は非常によく頑張ったが、不幸な結果になった」と総括した。(略)」

電力広域的運営推進機関による胆振東部地震に伴うブラックアウトの検証委員会第2回会合が開かれ、中間報告を前にして、ブラックアウト発生は不可抗力であり北海道電力の人為的ミスを認めないというコメントが公表された。

これは当然の結果だろう。

北海道電力は、200万㎾もの発電能力を持つエース格たる泊原発を無理矢理止められ、ピーク時500万㎾超の道内電力需要をオンボロ火力発電や本州からの輸入で賄わざるを得ず、電力供給は穴だらけ、収益も激減という二重苦を強いられてきた。

関電、九電、四電で再稼働が認められたのに、泊原発は、原子力規制委員会から根拠不明なケチをつけられた挙句の事故が、今回のブラックアウト襲来であった。
このことを反原発派や原発懐疑派の連中は、よくよく肝に銘じてもらいたい。

業界紙である電氣新聞の記事にも、「原子力規制委員会の審査長期化に伴い、安価な電力を大量に生む原子力の泊発電所抜きで、不自由な需給運用を余儀なくされる中、少なくとも苫東厚真2基の脱落に耐える設備を維持していたことはあらためて評価されるべきだろう」とのコメントがあるが、まさにそのとおりだ。

マスコミをはじめとする反原発ゴロたちは、電力供給の主力プレーヤーを監禁された状態で大規模災害の不意打ちに遭った北電を犯人呼ばわりしてきたが、まだ中間・最終報告前の段階とはいえ、検証委員会が北電の人為的ミスを否定し、「非常によく頑張ったが、不幸な結果であった」との趣旨のコメントをした意義は大きい。

しかし、今回の検証委の資料は、北電のミスこそ否定はしたものの、京極水力発電所が稼働していればブラックアウトは防げたと指摘し、再発防⽌策として京極発電所と苫東厚真発電所との連携強化や、北本連系のマージン拡大、強制停電の上限拡大を提案する内容であり、最重要ポイントである泊原発の再稼働に一切触れていないのは非常に残念だ。

京極発電所が停止していたのは安全稼働のための定期点検中だったためであり、いまさらタラレバの話をしても無意味だろう。
そんな細かい話ではなく、泊原発を再稼働させて苫東厚真火力発電所との二頭体制を確立できれば、北海道内の発電供給力にもずいぶんゆとりが生じ、老朽化した火力発電施設の整備に時間も金も充てられる。

反原発派は、北本連系強化や電源や発電設備の分散ばかりに固執するが、原発を止められているのは東日本地域の各電力会社も同じで、本州産電力とて無限に供給できるわけではない。

それこそ、北海道で実際に起きたように、首都圏直下型地震や東海地震、南海トラフ地震といった大震災に台風の襲来が重なるような不幸が重なり、本州地区の電力設備がズタズタになってしまう可能性とてゼロではないから、北本連系に頼り切ろうとする発想は非常にリスキーで心許ない。

そもそも、北海道内の電気を賄うのに、事の最初から本州頼みなのはあまりにも情けない。
立派な原発を抱えているのだから、きちんとそれを活用し、社内の技術者を育成しないと、この先のトラブル発生にうまく対応できなくなるだろう。

地震に対する原発施設の強靭性は、東日本大震災時に震度6弱の揺れと13mもの津波の襲来に耐えた女川原発や、熊本地震の際に震度4の揺れにビクともしなかった事例を見ても明らかで、胆振東部地震で泊原発が受けた揺れなど震度2でしかなく、まったく問題なかった。

北電は、自信を持って再稼働の準備を進めてもらいたいし、原子力規制委員会も誰も証明しようがない活断層の話を持ち出してグダグダ文句を言わず、北海道内のエネルギー安全保障の確立に協力すべきだ。

また、反原発派は、電源分散の切り札として再生エネルギーに過大な期待を抱きがちだが、現実は厳しい。

電氣新聞の記事にも、再生エネの脆弱性が次のように指摘されている。
「出力変動型再生可能エネルギーの限界もあらわになった。太陽光は夜間で発電していなかったが、道内に30万キロワット程度ある風力は地震直後の周波数低下で早々に脱落した。
風力や太陽光は周波数や電圧の変動に弱く、すぐ解列してしまう。火力などの同期発電機と比べた際の違いであり弱点だ。この弱点が改善されなければ、個々の設備がどれだけ分散立地しようと、周波数などの変動が既定値を超えた時点で全設備が一斉に脱落してしまう。
 それは1カ所の大規模電源が脱落するリスクとなんら変わらない。地震後、大手メディアが「苫東厚真への一極集中」を問題視し、再生可能エネなど分散型電源の拡大を訴えたが、本質的な解決策になるとは言いがたい理由がここにある」
【参照先】https://www.denkishimbun.com/sp/33302

再生エネは、まだまだ一人歩きが難しい赤ん坊みたいなもので、主力電源の一角を占めるには荷が重すぎる。
せいぜい、家庭用自家発電の一部を担う程度の力にしかならない。

筆者はここ1か月あまり反原発ゴロを攻撃するエントリーを上げ続けてきたが、ゴロツキたちに反省の色は皆無だ。
“泊原発が動いていなくてかえってよかった”とか、“原発推進派は、反原発派のナイーヴなメンタルを理解せず、多様な意見を封じようとしている”などとネジの外れた愚見を吐き散らかすばかりで、大停電の被害に苦しめられた道民の苦労をガン無視し、現実から目を反らし続けている。

さて、上記ニュースと同じ日に、反原発ゴロの勇み足による失態が露呈し、周囲の冷笑を買っている。

『北電へ賠償請求 コープが見送り 大停電、組合員から慎重意見』(10/10 北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/236371
「コープさっぽろ(札幌)は9日、胆振東部地震後の全域停電(ブラックアウト)で発生した損害の賠償について、北海道電力への請求を当面見送ることを明らかにした。(略)
同コープによると請求方針の報道後、組合員の中から、北電の責任がはっきりしないことや、訴訟に発展することへの反対の声が寄せられたという。さらに、ネット情報を基に、電話やメールで、自らも新電力に参画するコープが北電を叩いているなどとする抗議が相次いだ。(略)」

筆者も実際にネット上で、「コープって反原発展開してたよね。手足縛り上げながら仕事させて、自然災害で仕事できなくなったら損害賠償って、ふざけてんのかと」とコープさっぽろの身勝手な態度を強く非難する意見を目にしたが、まったく同感だ。

コープグループは、運営するスーパーの店頭で青森県大間原発建設差し止め訴訟を訴えるポスターを堂々と張り出すなど、以前から反原発運動を積極的に繰り広げてきた。
自分たちが北電から発電施設のエース格を奪い、エネルギー供給力を貶めておきながら、いざ事故が起きたとたんに被害者ヅラし、さんざん苛め抜いてきた北電をさらに責め立てるという傍若無人な態度には、さすがに周囲の人間も鼻白んだのだろう。

今回の訴訟の動きに対して、組合員から反発の声が上がったという事実は重い。
コープさっぽろは自らの不明を猛省し、いかがわしい訴訟屋紛いの愚行は厳に控えるべきだ。

コープとて、ブラックアウトの影響で多額の生鮮食品が廃棄処分になり、大きな損害を追った被害者であり、それは、一般の道民や企業も同じだし、北電とて同様に被害者なのだ。

被害者同士がいがみ合うような訴訟沙汰などまことに馬鹿げた行為であり、悪夢のような大停電被害を二度と起こさぬためにも、宗教的な反原発思想を一旦横に置き、エネルギーミックスの強靭化に向け、泊原発再稼働を軸とした適切な発電体制の実現に向け歩みを進めるべきだ。

北海道の厳しい冬はもうすぐそこまで迫っており、今後も未来永劫やってくるのだから…

2018年10月11日 (木)

キャッシュレス化の経済効果はほぼゼロ

『鳥越俊太郎氏「電子マネー」断固拒否 日本のキャッシュレス化やっぱり道遠い?』(10/8 JCASTニュース)
https://www.j-cast.com/2018/10/08340549.html
「「我々に電子マネーを強制するな!」――そんなタイトルの談話を世に問うたのが、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、御年78歳だ。「現金世代」の鳥越氏としては、「支払いはキャッシュじゃないと落ち着かない」。電子マネー社会の進展に、大いに疑問を呈した。
ネット民からは冷笑を買ったこのご主張だが、とはいえ、鳥越氏のような人は、意外にも少なくない。政府も電子マネー社会、キャッシュレス化を強く推進しているが、なかなか思うように進んでいるとは言い難い。(略)
実際、経産省がまとめた「キャッシュレス・ビジョン」(2018年4月)によれば、日本のキャッシュレス決済比率は2015年時点で18.4%と、45.0%の米国、60.0%の中国などと比べ、主要国の中ではかなり低い。(略)
中国ではニセ札が蔓延するなど、現金への不信感があったこともスマホ決済普及を後押ししたが、日本は逆に「リアルマネー」への信頼感が極めて高い。9月の北海道胆振東部地震に伴う大停電では、電子マネーが使用不能になる場面もあったが、天災の多い日本では、こうした事態への備えも課題となる。(略)」

昨今、若者やネット世代を中心にSuicaやApplePAYなどの電子決済の利用が進んでいるためか、“キャッシュレス派vs現金派”の議論が盛んだ。

正直言って、筆者はこうした議論に興味が湧かない。
100%の現金使用も、100%のキャッシュレス化も支持しない。
現状どおり、現金使用を軸に必要に応じてクレジットカードや電子マネーを使えばよいだけのことだ。

鳥越氏みたいに、現金以外は死んでも使わぬと意地を張るのも大人げないし、「永遠に貝殻だの石のお金でやりくりしてろ」と彼を批判する意見にも賛同しかねる。

そもそも、国民一人一人の所得増進策をそっちのけにして決済手段の是非を論じても何の意味もない。

キャッシュレス化で経済が成長し国民所得が増えるならよいが、支払い方法が変わる程度のことで経済が動くはずがない。

どうも、政府や経産省、日経辺りのキャッシュレス化推進派は、電子決済推進により支払い手法をクール&スマート化すれば消費意欲が喚起されると勘違いしているようだ。

だが、国民や若者世代の懐や財布の中、預金通帳の何処を覗いても碌にカネが残っていないのに、決済方法を変えただけで消費が増えると思い込む方がどうかしている。

特に、20歳代の平均年収は、
・20歳代前半(男性):H9/307万円→H25/265万円
・20歳代後半(男性):H9/413万円→H25/371万円
・20歳代前半(女性):H9/258万円→H25/226万円
・20歳代後半(女性):H9/311万円→H25/295万円
といずれも右肩下がりに減り続けている。
【参照先】https://nensyu-labo.com/nendai_20.htm

20歳代といえば、奨学金の返済を抱えた者も多くいるだろう。
労働者福祉中央協議会「奨学金に関するアンケート調査結果」では、34歳以下の2人に1人は奨学金を利用しており、借入総額の平均は312.9万円、毎月の返還額は平均1.7万円、返還期間は平均14.1年とのデータもある。

収入がダダ下がりのうえに奨学金の返済に追いまくられる若者世代が、キャッシュレス化程度でガンガン消費を増やすとは到底考えられない。

消費者庁の平成29年度「消費者意識基本調査」でも、「商品やサービスを選ぶときに意識すること」で最も多かった回答は「価格(91.1%)」であり、「1万円以上の商品やサービスについて買物や契約をするときの行動」を尋ねたところ、「衝動買いをする」に当てはまる人は 19.4%しかいない。
【参照先】http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/research_report/survey_002/pdf/survey_002_180627_0001.pdf

生まれたときから不況続きの若者たちは、消費に対する見方や考え方がかなり厳しく、財布の紐も固い。
彼らは、口先では「いまどき現金なんて時代遅れ」、「レジ前で財布を弄るなんて格好悪い」と言うが、いざキャッシュレス化を進めても気前よく金を使うようになるわけじゃない。

キャッシュレス化推進派の中には、「田舎に行くと電子マネーやクレジットカードを使えない店が多くて困る」と文句を垂れる者もいるが、どんな田舎でも、たいていの店でクレジットカードくらいは使える(※シャッター商店街とてほとんどの店にはクレジット会社のシールくらい貼ってある)ものだが、いったい彼らはどれほど寂れ切った田舎に行ったのか、不思議で仕方ない。

キャッシュレス化推進派の目的が奈辺にあるのか忖度するのも面倒くさいが、確実に言えることは、“決済手法だけを論じても消費は活性化しない”という事実だ。
国民の財布や預金通帳にカネが溢れぬ限り、キャッシュレス化しようが否か、消費動向に大きな影響を与えることはない。

キャッシュレス化ついでにもう一点触れておくが、最近ネット上で、「キャッシュレス化が進むと個人は金融機関から預金を引き出して、仮想通貨や電子マネーを購入し、そのお金は企業に預けられることになる。企業は預かったお金の大半を株や債券などで運用するから、金融機関の預金残高が減り、国債購入資金が枯渇するから日本は財政破綻する」という都市伝説未満のバカ論を吹聴する能無しがいる。(都市伝説というより、“田舎伝説”とでも呼ぶべきか…)

経済の仕組みすら解らぬマヌケの妄想には失笑を禁じ得ない。

財政破綻論を信じ込む狂信者たちは、どうも、使われたお金がこの世から消え去らないと気が済まないようだが、資金運用を目論む企業に株や債券を売った者は、それらの対価として受け取ったお金を燃やしてしまうとでもいうのか??

個人向に仮想通貨や電子マネーを売った企業が何の資産でお金を運用しようが、株や債券と引き換えに運用会社に渡ったお金が消えてなくなることはない。
持ち主が変わったお金たちは、別の預金口座で再び眠りにつくだけのことだ。

株、ゴールド、原油、債券、投信…等々、この世にあるどんな資産だろうが、最終的にはお金(マネー)に換金される運命にある。

あらゆるモノやサービスとの即時換金性を唯一保障された“お金”に勝る資産などないし、いかなる資産であれ、お金の呪縛から逃れられない。

よって、企業であれ、個人であれ、何を買おうが、何を運用しようが、使われたお金は数多ある誰かの預金口座の中に必ず保管され続けるから、国債購入原資が途絶えることはない。

まぁ、国債発行がそれほど気に喰わないのなら、政府が直接通貨を発行すればよいだけのことなのだが…

2018年10月10日 (水)

リスクの定義をコロコロ変える反原発ゴロ

『伊方原発、差し止め認めず 大分地裁』(9/28 日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3586355028092018ACYZ00/
「四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求め、豊後水道を挟んで対岸の大分県の住民らが申し立てた仮処分申請で、大分地裁は28日、申し立てを退ける決定をした。「阿蘇山の巨大噴火は差し迫っていない」と判断した。(略)」

9月25日の広島高裁に続き伊方原発再稼働を認める判決が出された。

当然すぎるくらい当然の判決で、「9万年も前に起きたかも知れない阿蘇山の破局的噴火が再度発生し、それが伊方原発をピンポイントで破壊する」という微粒子レベル未満のフィクションや妄想を理由に原発稼働を差し止めようとするなんて、あまりにもキチガイじみている。

少なくとも小学校2年生以上の常識と知能があれば、差し止め請求を認める判決なんて恥ずかしくて出せるはずがない。

記事によると、「住民側の河合弘之弁護団長は「極めて無反省な内容。『社会通念』で逃げるなら法律など要らなくなる」と批判。申立人の一人、中山田さつきさん(64)は「裁判所には福島の原発事故をきちんと受け止めてほしい」と話した」そうだが、ネジの外れた申立人や弁護団の連中には、バカもほどほどにしろと言っておきたい。

① 9万年前に阿蘇山の破局的噴火が起きたという科学的な証拠
② ①が起きたとして、伊方原発を粉砕できるだけの物量の火砕流が130㎞(130mではない‼)も離れた場所にピンポイントで届いたという科学的証拠
③ ①②をクリアしたとして、今後原発稼働期間中に再び阿蘇山の破局的噴火が起きるという科学的証拠
④ ①②③をクリアしたとして、噴火による火砕流が伊方原発を直撃して破壊すると言う科学的な証拠

反原発ゴロのバカどもは、最低でも上記4つの条件くらいはクリアする科学的データを揃えたうえで訴訟を起こすべきだが、当の訴訟屋たちにそんな常識は通じない。

データもエビデンスも無く、有るのは妄想と闘争心だけという体たらくだが、彼らは恥も外聞もなく提訴を乱発し、社会機構の運営や運用の邪魔をする。
本当に蛆虫以下のゴミくずだ。

「幻覚と思い込みで四国電力の業務を妨害しておきながら、裁判所が示した常識的な判決にケチをつけるな‼ 極めて無反省なのはお前らのことだろっ‼」と、薄汚い蛆虫どもを叱り飛ばしたい。

狂信者どもは「福島の原発事故をきちんと受け止めてほしい」なんて言うが、頭のおかしなヒステリーおばさんが“福島”という言葉を発口にするたびに風評被害が撒き散らされ、福島のブランドが汚されることに気づかないのか?

広島高裁で伊方原発の運転差し止め命令が取り消された際にも、住民側弁護団の海渡弁護士が記者会見で「原発は1万年に1度という事象にも対応しなければいけない、というのが国際的に確立した考え」と突拍子もない大嘘を吐いていたが、世界中の何処に『1万年に1度のリスク』に備えた施設があるというのか。

1万年に1度のリスクを具体的に例えるなら、直径1㎞クラスの小天体が地球に衝突し直径10kmのクレーターと地球規模の寒冷化を惹き起こす可能性に等しいとされる。

こんなファンタジーの世界にしか起き得ないリスクに備えねばならぬなら、原発を止める以前に、地球上を飛ぶすべての飛行機、外洋を航行するすべてのタンカー、陸上を走る回るすべての自動車やトラックを止める必要があるだろう。

なにせ、自動車より遥かに安全な乗り物とされる飛行機ですら、死亡事故に遭遇する確率は0.0009%に過ぎないが、過去十年間の平均で年間26.6件の事故と546.3人もの死者を出しており、1万年に1度のリスクに対応できるほど安全とはとても言えない。

だが、反原発ゴロの連中から、事故発生時の死亡確率が100%近い飛行機を飛ばすなとか、国内で年間3千人以上も死者を出す自動車を走らせるなといった声はまったく出てこない。
それは、小狡いゴロツキどものいう「リスク」の定義が極めて恣意的かつ曖昧だからだ。

普通の感覚なら、「リスク=死に直結する事故や病気」と捉えるべきだが、福島第一原発の事故(※福島第一原発は津波災害を受けた被害者の一員であるというのが筆者の持論)による直接的あるいは一次的な死者はゼロという事実がある以上、反原発ゴロにとって“リスク=死”と定義づけるのは分が悪い。
よって、彼らは、放射能汚染による将来的な甲状腺がん発生の恐れ云々とあり得ない妄想を持ち出して話を逸らし、いますぐにリスクを顕在化させられぬ失態を誤魔化そうと必死になっている。

この世で最も恐れるべきリスクは「死」であり、リスクの強弱や大小、軽重を比較するに当っては、死に直結する確率の高さを以って判断すべきだ。

反原発ゴロの連中は、偉そうにリスク論を語るつもりなら、まず死者数や死亡確率の高さを基に物事を判断すべきだ。
原発アレルギーの蛆虫どもは、運用や稼働による死亡確率が原発施設よりも遥かに高い自動車の存在を強く非難すべきで、彼らが為すべきは原発差し止め訴訟ではなく、大手自動車メーカーに対する自動車製造差し止め訴訟であろう。

原発を止めたいがために「リスクの定義」をコロコロ変えるのはまことに恥ずかしいことだ。

2018年10月 9日 (火)

似非再生エネ利権にタカるゴロツキ

経産省は、反原発ゴロが生んだ“似非再生エネ利権”に群がる金喰い虫どもの駆除作業にようやく着手するようだ。

『太陽光買い取り見直し検討 未稼働は認定取り消しや減額』(10/4 朝日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181004-00000009-asahi-bus_all
「経済産業省は、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の見直しに着手する。導入当初に認定を受けた太陽光発電施設のうち、いまだに発電を始めていない施設などについて、認定の取り消しや買い取り価格の減額を含め検討する。(略)
電力会社の送電線増強工事や地域での合意形成が遅れているケースもあるが、太陽光パネルなどの導入費が安くなるのを待つ事業者も少なくないとみられる。
 経産省の公表データを元に朝日新聞が試算すると、仮にこの未稼働分の太陽光がすべて発電を始めた場合、(略)電気料金に上乗せされる国民負担は年約9千億円増え、標準家庭で月額220円程度の負担増となる計算だ。」

太陽光パネルなど部材コストの下落を待って発電事業を放り出す悪徳事業者は多く、2012~2017年度の累計認定計6,541万kWのうち、未稼働分は3,278万kWと半数を超え、2014年度以降だけで見ると未稼働の割合は67%にも達する。

FITというガラクタ政策により、家計は再生エネ賦課金という税にも等しい負担を負い、事業意欲もない不真面目な事業者へせっせと補助金を上納させられており、似非再生エネ利権に集る金喰い虫のために、さらに9千億円もの負担を課される可能性があるという。

あまりにもふざけた話ではないか?

再生エネ賦課金の家計負担は、平成24年度→30年度の6年間で月額66円→870円へ13.1倍に膨れ上がっており、このまま似非再生エネ利権を放置すれば今後も限りなく膨張するだろう。

原発稼働を忌み嫌う狂信者の醜いエゴが生んだ利権が、「再生エネルギー」の美名を御旗に国民の所得を食い散らかす様はまことに悍ましい。

しかも、この金喰い虫はエサ代が嵩むうえに、排せつ物が人畜や環境に多大な害を及ぼすから本当に始末が悪い。

太陽光パネルには、環境負荷が懸念される鉛、カドミウム、ヒ素、セレンといった化学物質が含まれる危険性が指摘されているが、パネルメーカーはそういったリスクに対する認識が極めて甘く、回収処理スキームの策定に関してもまったく杜撰としか言いようがない。

『太陽光パネルメーカーが開示を拒む例も、廃棄の適正化へ総務省が勧告』(9/28 メガソーラービジネス)
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/302961/092500061/?ST=msb&P=3
「調査の中で、排出者や産廃処理事業者が、太陽光パネルが含んでいる可能性がある有害物質に関する情報を、太陽光パネルメーカーに照会した例で、パネルメーカーがどのように対応したのかも公表している。(略)
国内の太陽光パネルメーカーから情報を得られた例がある一方、海外のパネルメーカーからは、企業秘密などを理由に有害物質に関する情報の提供を断られた例があった。(略)
太陽光パネルの廃棄は、今後、年月を経るとともに大幅に増えてくることが見込まれている。(略)
リサイクル技術の開発には一定の進展がみられ、一部で事業化する動きがあるものの、処理コスト、排出量が少ないこと、使用済みパネルの大部分を占めるガラスの販路の確保などの課題が残っている。
 こうした状況の中で、現状では、災害という限られた状況、数量の使用済みパネルですら、適正な処理が十分になされていないことを、総務省は問題視し、勧告した。」

肝心のパネルメーカーは売りっ放しで、有害物質に関する情報公開には及び腰というありさまで、太陽光パネルが普及して7年以上も経つというのに、いまだにきちんとした処理スキームすら確立していない。

適正処理手法すら決まっていない状況下で、早くも大型台風によるパネル破壊の被害が各地で報告されており、有害物質入りの破損パネルは野積みされたまま放置されている。
こうした大失態に対して、日ごろ環境問題とか、健康問題にヒステリックな反応を示してきた反原発ゴロの連中はどう応えるつもりなのか?

似非再生エネ利権に集る連中(=原発アレルギー患者のバカども)は、イタイイタイ病という大公害を惹き起こしたカドミウムや、中毒症状や排せつ障害をもたらす強い毒性を持つヒ素や鉛を含むパネルが、そこいらに捨てられ、風水害被害により土壌に浸透するリスクを何とも思わないのか?

放射能は許せないが、カドミウムやヒ素なら許せるのか?
(※原発による放射能リスクなんて実際には大したことないが…)

世の中の反原発ゴロは環境ゴロとほとんどイコールで、彼らはトンネルを掘ろうとすると、やれ、「貴重な●●草や○○虫の生息地だ~」と、聞いたこともない雑草や虫けらを持ち出し、さも学術的に重要であるかのように装って反対するくせに、日本中の山野に設置された醜い太陽光パネルから老朽化や破損により内部の猛毒性物質が流出し、自然界に多大な害をもたらすリスクをガン無視するのは明らかにおかしい。

反原発のためなら、国民に税を課しても、山野に猛毒が漏れ出しても一向に構わないというゴロツキどもの異常な思考回路には呆れるよりほかない。

反原発ゴロたちは、「目に見えないリスクに恐怖を感じるのは本能だ」、「原発事故が怖いという本能を批判されるのは心外だ」、「原発推進派は浪江町に住めるのか」とくだらぬ言い訳を並べるが、いるはずのない幽霊に怯えて現実逃避し、国民から所得を絞り上げ、エネルギー安全保障を弱体化しようとするバカ者の意見などまともに聴けるはずがなかろう。

筆者は原発事故による放射能リスクなんてまったく気にしていないから、浪江町だろうが、双葉町だろうが、福島第一原発の敷地内だろうが、雇用と所得さえ保障してくれるなら、いつでも移住OKだ。(近くにスーパーとコンビニがなさそうなのがちょっと気になるけど…)

反原発ゴロの連中には、メンヘラの構ってちゃんみたいな子供じみた言い訳をせず、現実を直視しろと言っておく。

2018年10月 8日 (月)

原発再稼働こそ最適解

巷で識者や論者を騙る連中には、“現実的な策”とか“冷静な議論を”と言いながら、具体性の欠片もない方策を堂々と唱えたり、冷静なふりを装い感情的に相手の意見を圧殺しようとする紛い物が多い。

『日本のインフラを襲う自然災害、現実的な対応策は?~インフラの一新は不可能、リスク分散に向けて国民的な議論を』(9/24 JBPRESS 加谷珪一:元日経BP記者)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54170?page=1
「今回の地震では、これまで経験したことのない広域大規模停電(いわゆるブラックアウト)が発生した。(略)
泊原発が再稼働できていればブラックアウトを防ぐことができたのかについて、感情的な議論となっているようだが、このような問題に対して、激高して議論を戦わせてもあまり意味はない。(略)
最終的には、かけるコストと背負うリスクとの兼ね合いになるので、単一の最適解は存在しないと考えた方がよい。時間をかけてコンセンサスを確立する以外に方法はなく、相手を罵倒するような議論はこうしたプロセスの邪魔になるだけだ。(略)
日本の経済的な基礎体力はかなり低下しており、すべてのインフラを一新するというのは現実的に難しいだろう。そうなってくると既存のインフラを活用しつつ、リスクを分散していく工夫が必要となる。(略)」

ブラックアウトを巡る議論で、加谷氏は一体何を見ているのか?
泊原発再稼働に感情的に反対しているのは反原発派のゴロツキたちではないか。

ゴロツキどもは、「原発推進派は、原発のリスクに怯える庶民の気持ちに耳を貸そうともせずに多様な意見を圧殺しようとしている」と被害者ヅラしている。

しかし、現実社会でマジョリティを勝ち取っているのは、反原発派や嫌原発派であるのは誰に目にも明らかで、これは経済論争において緊縮財政派やグローバル礼賛派が多数を占めているのと同じだ。

では、圧倒的マジョリティを握る反原発派らが、原発再稼働を訴える多様な意見に耳を傾けているかというと、まったくそんなことはない。

「北海道でブラックアウトが起きたときに泊原発が止まっていてよかった」、「リスクだらけの原発から完全に足を洗え」、「メルトダウンで福島は死の街と化した」云々と、自分たちの妄想が200%正しいと信じ込み、原発再稼働を口にしようものなら、顔を真っ赤にして喰いついてくるではないか。

第一、反原発派の巣窟たる新聞やTVといったマスメディアで、原発再稼働の可能性やメリットが語られた事など目にしたことがない。

ブラックアウトの検証を求めるメスメディアも、北海道電力の対応不備をでっち上げて責め立てるだけで、泊原発の再稼働に踏み込むことは決してない。

自分たちが多数派のくせに、「原発推進派は俺たちの意見を聞いてくれない (´;ω;`)ウゥゥ」とわざとらしい泣きを入れる様は、まるでネズミに噛まれたライオンが大げさに痛がるようなものではないか。
いい大人が、ネイマールみたいなみっともない真似をするのは止めてもらいたい。

冷静な議論を無視し、多様な意見を踏みにじっているのは一体どちらなのか、反原発ゴロの連中は鏡を見つめて猛省すべきだ。

一方で、原発再稼働を求める論者は発送電システムを安定化・強靭化するための適正なエネルギーミックスを求めているだけで極めて冷静である。

日本の電源構成を100%原子力にしろと唱える者などいない。
火力(LNG・石炭・石油):原子力:水力ほかの電源構成を東日本大震災前の6:2:2あるいは5:3:2に戻し、81%超にもなる火力発電偏重の構成を改めよ、と言っているに過ぎない。

そのうえで、メタンハイドレートヤシェールオイルの国内採掘技術の確立といった超長期の国産エネルギー開発計画に着手することを望んでいる。

原子力を徹底的にゼロにしろと言い張り、一ミクロンたりとも譲ろうとしない反原発ゴロの連中こそ感情的になっているのではないか。

加谷氏は、時間をかけてコンセンサスを確立するなんて、ずいぶん呑気なことを言うが、マイナス20~30℃にもなる北海道の厳しい冬はもうすぐそこまで迫っている。

彼の言う「コンセンサス」ってのは、狂信的な反原発思想に凝り固まり、安全な原発をリスクの塊であるかのように感情的に罵倒するメンヘラ集団のヒステリーにとことん付き合えという意味だろうが、北海道民の生命や健康、財産がブラックアウトのリスクに直面している以上、バカを相手に議論する暇などない。

顕在化したリスクに向き合おうとせず、自らの不明をまったく反省しないクズなど罵倒されて当然だ、むしろ、罵倒されるだけで済むことをありがたく思ってほしい。

コラムを書いた加谷氏は、婉曲的に原発再稼働に疑問の眼を向け、「電力会社だけが電力を供給する主体ではなくなるため、ITを使ったスマートでオープンな自律型電力網の構築を模索せざるを得ない」と主張する。

だが、スマート電力システムは、あくまで十分な発電量の確保を大前提とし、それらを適切な配分システムに過ぎず、発電量の増大や発電システムの安定性を強化するものではない。

彼は、「EV(電気自動車)も同様で、電気の需要家であると同時に、使っていない時は電気の供給者にもなり得る」というが、現実を知らぬ理想論や空論の類いでしかない。

この手の与太話は、EVが供給側に回るタイミングと需要側が電力を欲しがるタイミングとが完全に一致しないと成り立たず、そんなベストマッチングが成立する確率はゼロに近い。

スマート電力は電力自由化に立脚したシステムであり、安値競争に巻き込まれる発電業者は企業体力を奪われ、やがて発送電システム全体を巻き込んだ弱体化につながりかねず、電力供給システムのリスクを極大化させるだけだ。

彼は、「(日本にはインフラ更新の財政的余裕がなく)既存のインフラを活用しつつ、リスクを分散していく工夫が必要」だと偉そうに訴えるが、それなら、40年以上にわたり我が国の発電量の2~3割を支え続けてきた「原発という既存インフラの再活用」こそが、リスク分散にとって何より早道かつ確実な最適解であろう。

原発稼働に触れたくないだけのメンヘラ連中による煽情的かつ感情的な罵詈雑言はもう聞き飽きた。

ブラックアウトという大失態を二度と惹き起こさぬためのエネルギーミックスを1~2か月の短期間で成し得る電源は何か、感情や思想を廃し、目的を明確化すれば、答えはすぐに出るはずだ。

2018年10月 7日 (日)

消費税廃止こそ最善の妙案

来秋実施予定の消費税率10%への引き上げと軽減税率導入に関して、まことにバカバカしい綱引きが行われている。

「コンビニ業界が全食品を軽減税率対象で調整 消費増税で イートインは「休憩施設」」(10/3 産経新聞)
https://www.sankei.com/economy/news/181003/ecn1810030018-n1.html
「来年10月の消費税率引き上げと同時に導入される軽減税率をめぐって、コンビニエンスストア業界が、酒類を除き取り扱う飲食料品全てを、客が持ち帰り、税率が8%となる軽減税率の対象品とすることで、政府と調整に入っていることが3日、分かった。店内のイートインコーナーでの飲食を「外食」扱いとすれば税率は10%となるが、コンビニ業界は同コーナーを「休憩施設」と位置づけ、「飲食禁止」を明示することで、外食としてのサービス提供でないことを明確にする方針だ。
 コンビニ業界は既に、財務省などに対して、この方針を伝えている。(略)
しかし、持ち帰りと店内飲食ができるファストフードなどの外食産業などからは、コンビニの対応に対して批判が強まる可能性がある。あるファストフードの首脳は「同じ昼食でも、外食は10%、コンビニ弁当は8%と、税率差が生じることは不公平だ」と警戒感を示している。(略)」

それにしても、コンビニ業界がこれほどレベルの低い議論に躍起になることに心底呆れ果てる。

コンビニ各社は、都心のサラリーマン層、夕方や夜間に外食店代わりに利用する学生や会社員の需要を取り込むため、購入した弁当や飲料を店内で飲食するイートインスペースを増やす「イートイン戦略」を展開している。
特に、ファミリーマートやローソンなどは集客ツールの主力に位置付け、イートインスペースを3年間で2倍の6,000店に増やす(ファミマ)戦略を立ててきた。

しかし、軽減税率の網の目をすり抜けるためにイートインコーナーを飲食禁止扱いにせざるを得ないのは、自らの努力や投資に泥を塗られ足蹴にされるような屈辱だろう。

イートインコーナーが飲食禁止になったとして、客はいったい何をすればよいのか?
店内で購入したパンやおにぎりを眺めつつ、スマホでも弄ってろとでもいうのか?

飲食禁止の貼り紙を無視して弁当を喰い始める客と、それを注意せざるを得ないバイト店員との間で不毛なバトルが繰り広げられ、嫌気がさしたバイトが次々に離職し、人手不足にますます拍車が掛かるだろう

コンビニ側も、限られた店内スペースを削ってせっかく設けたイートインコーナーを飲食禁止にすれば間違いなく客足が遠のき、多額の設備投資が何の収益も生まぬデッドスペースと化してしまう。
おまけに、軽減税率対応のレジシステム投資までさせられているのだからお笑い草だ。

本来なら、業界挙げて増税に反対すべきだが、コンビニ業界トップや各社が加盟する日本フランチャイズチェーン協会から消費税増税に反対する声はまったく上がって来ず、危機感が感じられない。

彼らは、自分たちの戦略や投資を無にする政府や財務省の増税方針に刃向かおうともせず、税率10%への引き上げを前提に、「イートインコーナーの定義づけ」というみみっちい条件闘争に精力を注いでいる。

増税論議の際にいつも思うのだが、増税受け容れを前提とした条件闘争に入って時点ですでに決着はついている。
軽減税率の適用範囲とか、増税時期の後ろ倒し云々といった細かい視点に誘導され、戦局が局地戦に移った時点で増税派の勝利は確定しているのだ。

一見好調に見えるコンビニ業界だが、その内情は結構厳しく、2017年の売上高や来店客数は既存店ベースで前年比マイナスに落ち込んでいる。(売上高▲0.3%、来店客数▲1.8%)
かろうじて客単価は前年比+1.5%のプラスを維持しているが、単に仕入れ価格の値上がりによるもので消費者の財布の紐は固いままだ。
【参照先】file:///C:/Users/kaku59/Downloads/20180122115036%20(1).pdf

消費税率10%適用時の家計負担は、年収300~400万円世帯で年間19万円、年収400~500万円世帯で年間21万円にも上り、消費行動への重しや足枷になっている。
消費の最前線にいるコンビニ業界なら、こうした家計の財布の中身にもっと敏感になるべきで、消費税増税はおろか、消費税という存在そのものに強力に反対の声を上げるべきだ。

自分たちの商売にとって障害でしかない税制を蹴散らすくらいの勢いと情熱失くして、どうやって激烈な競争に勝ち残れるというのか?

コンビニ業界では、イートイン論争のほかにも“レジ袋有料化”という誘客逆噴射策をぶち上げようとしており、攻勢を強めるドラッグストア業界との競争劣後が懸念される。

元ローソンの会長兼社長で、いまは経済財政諮問会議のメンバーとして消費増税の旗を振っている新浪剛史氏を呼びつけて吊し上げるくらいの根性がないと、コンビニ業界はこの先じり貧を免れまい。

サラリーマン世帯の手取り所得は長期低迷が続き、今後の増税や社会保険料引き上げによってさらなる減少が見込まれ、コンビニの高価格商品を便利さと手軽さで誤魔化せた時代はすでに終焉を迎えつつある。

コンビニ業界は、こうした消費環境の変化をもっと真剣に嗅ぎ取り、自分たちにとって優位な経済状況の実現に向けて正しい努力をすべきだろう。

2018年10月 6日 (土)

全容ならとっくに解明済み

北海道胆振東部地震が発生してから1か月が経ち、新聞報道によると判明した被害状況は、死者41名、重軽傷者691名、建物の全半壊約14,000棟、農林水産業・公共土木施設・産業関連の被害額だけで3,675億円にも上る。

改めて、お亡くなりになられた方や被災された方々に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。

今回の災害では、地震の揺れによる人命や建物損傷も大変大きなものがあった。
さらに、泊原発を停止したことにより惹き起こされた前代未聞のブラックアウトが被害に追い打ちをかけ、長時間の停電による貯蔵品の廃棄や生産物流のストップ、情報通信のシステムダウン等といった二次被害が拡大し、北海道内の社会機構や産業機構は大混乱に陥った。

筆者が北海道の方に後日確認したところ、小売現場の生鮮食料品や日配品などの品薄・品切れ状態は1週間から10日間も続いたそうで、震源から150㎞以上も離れ地震による直接的被害がなかった道東の十勝川温泉地区では宿泊客のキャンセルが90%にも上ったそうで、大停電が起こした被害の深刻さと反原発ゴロによる風評被害の酷さをまざまざと実感させられる。

“ブラックアウトはせいぜい1~2日で収まった”とふざけたことを抜かす引きニートもいるようだが、大停電のせいで、発電機の誤操作による死亡者が3名も出ており、札幌市内の病院で医療機器が停止し幼児が一時重篤状態になったことを忘れたのか?

電気のない生活の不便さを理解できない大バカ者は、台風21号や24号の影響で長期間の停電被害に苦しむ関西や静岡の住民にも同じことを言えるのか?

「目に見えない放射能を怖がるのは仕方ない、頭で解っていても割り切れない」、「反原発支持派のナイーヴな気持ちに寄り添うべき」云々とメンヘラの構ってちゃんみたいな愚痴を垂れる前に、実際に北海道で起きた深刻な被害の実態を直視すべきだ。

感情と感覚でしかモノを考えない反原発ゴロの連中は、ブラックアウトがもたらす被害の大きさは、特定地域の短時間停電とは比較にならぬことを肝に銘じてもらいたい。

国内の発電供給体制が適正なエネルギーミックスとは程遠い杜撰な状況である以上、大規模な自然災害が不幸にして重なると、同じようなブラックアウトは他の地域でも十分に起こりうるし、真冬の厳冬下や真夏の酷暑下で通電が止まれば、我が国の社会機構は深刻な被害を蒙るだろう。

そうした被害を未然に防ぐためにも、偏狭な反原発狂信者による圧力や感情的な理由で停止させられている各地の原発を順次再稼働させ、適正なエネルギーミックスによる発電供給体制の強靭化が急務だ。

だが、ゴロツキどもは己のワガママや感情が最優先で、現実的な対策を冷静な態度で検討することを拒絶する。

『「停電検証が先」と批判も 泊原発、11日から規制委現地調査』(10/5 北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/235103?rct=n_economy
「原子力規制委員会は11、12の両日、北海道電力泊原発(後志管内泊村)の現地調査を行う。敷地内の地層を巡る見解の違いが審査長期化の一因となっており、早期再稼働を目指す北電は規制委の理解を得る機会としたい考え。(略)
規制委と北電は敷地内の地層の堆積年代などを巡って見解が分かれ、2013年に始まった審査は長期化している。ただ、今年8月の審査会合で北電が規制委に歩み寄る形で主張を修正し、石渡委員は「従来に比べるとだいぶ見通しがよくなってきた」としている。今回の調査結果次第では審査が進む可能性がある。(略)
脱原発を目指す市民団体「Shut(シャット)泊」(札幌)共同代表の川原茂雄・札幌学院大教授は「停電の全容解明を先にやるべきではないか。北電は再稼働に対してあまりに前のめりだ」と話している。」

偏狭な原発嫌悪症患者は脳機能が止まってしまったのか?

「停電の全容解明を先にやれ」なんてアホなことを抜かすが、何度も指摘したとおり、『主力発電たる泊原発を無理矢理止めていた所為で、地震により機能破壊された苫東厚真火力発電所が持ちこたえきれず、道内の電力需給に極度のアンバランスが生じた。つまり、泊原発を止めた反原発ゴロの連中こそ大停電の主犯人である』の一言で、とうの昔に全容は解明済みである。

事故を起こした張本人が素知らぬ顔で“全容解明しろ”と叫ぶ滑稽さには呆れるよりほかない。
市井の人々から、「全容解明も何も、犯人はお前たちだろ?」と白い眼を向けられていることに気づけないのか??

2018年10月 5日 (金)

反原発ゴロの詐欺話

『住宅用太陽光発電の誤算、「10年で投資回収」は大ウソだった』(9/25 週刊ダイヤモンド編集部)
https://diamond.jp/articles/-/180404
「太陽光発電は日本の「主力電源」として今後も成長できるのか──。2019年は大きな節目になりそうだ。
 09年の「余剰電力買取制度」施行から10年が経過し、太陽光発電の電力を売電していた世帯の契約が19年11月から満了を迎える。これが、太陽光発電の「2019年問題」だ。(略)
政府は今夏に閣議決定した第5次エネルギー基本計画で、30年度には再エネを主力電源に成長させるとぶち上げた。現状の電源構成で再エネは15%、これを30年度には22~24%まで引き上げる。そのドライバーは、太陽光発電だ。
 しかし、再エネを急拡大させるためのFITへの血税投入は増え続けている。特に太陽光発電の急激な増加で、18年度の買い取り総額3.1兆円のうち国民負担は2.4兆円にも及ぶ見込みだ。(略)
「丸々もうけを生んでくれる。皆さん、導入の検討価値ありですよ」。11年春、日照時間が全国10位(16年政府統計)の静岡県で、こんなうたい文句が並ぶ文書が出回った。
 成功例として文書の中に登場するAさんは、地元の知人に紹介されて10年4月に太陽光パネルを自宅の屋根に設置した。(略) オール電化に自宅を改修し、掛かった費用は総額約600万円!Aさんは、「地球に優しいし、光熱費の節約になる。10年で元は取れるし、その後はもうかると言われた。これならいけると判断した」と振り返る。(略)
試算の結果は、Aさんの期待からは程遠く、10年で115万円の赤字となった(略)」

太陽光発電とか、仮想通貨とか、根拠や出所不明の流行りものには、何かと胡散臭い話が付きまとうものだ。

FITは、東日本大震災後に蔓延した“一億総原発アレルギー状態”という判断力が極度に低下した(※いまだに低下したままだが…)異様な雰囲気の中でスタートし、環境問題に対する感度の高さを自負する自意識過剰な連中を中心に、住宅用太陽光発電設備への申し込みが殺到したが、結局、インチキ業者に手玉に取られ有り金を巻き上げられただけに終わった。

余剰電力買取制度の発足後、第一回目の満了期を迎える2019年には、なんと53万件もの“犠牲者”が見込まれるそうだ。

冒頭のコラムでは、FITで一儲けを企み住宅用太陽光発電設備を設置したAさんとBさんの事例を基に、10年後の投資回収シミュレーションが例示されている。
それによると、10年後は、Aさん(買取価格48円/kWh)でトータル115万円の赤字、Bさんで(買取価格25円/kWh)で202万円の赤字という惨憺たる結果だ。

Bさんはともかく、Aさんは、産業用より遥かに高い48円/kWhもの高額買取価格にもかかわらず、10年かけてもイニシャルコストを回収できないというのは、投資モデル自体が最初から破綻していると言える。

FIT終了後に住宅用太陽光発電が取れる選択肢は「自家消費or売電」の二つしかない。

しかし、自家消費のシステムは、昼間の発電で余った電気を蓄電池等に溜めておき夜間に消費する仕組みだが、肝心の蓄電池の相場は80~160万円にもなり、一般的な家庭電気料金(年間12万円ほど)で換算すると7~14年分の追加投資負担が生じてしまう。

一方の売電だが、大手電力会社の関係者は、「買い取ってもいいけど、せいぜい2~3円/キロワット時でしょう。ただで引き取ってもいいくらい」と歯牙にも掛けぬコメントをしており、ゴミ同然の扱いなのだ。

つまり、住宅用太陽光発電というシステム自体、事の当初から採算性も出口戦略もゼロの、いいかげんな建付けの“不良建築”であり、「反原発・嫌原発」という歪み切った思想をゴリ押しするための政策なのだ。

ダイヤモンドの記事によれば、「18年度の買い取り総額3.1兆円のうち国民負担は2.4兆円にも及ぶ」そうで、これは消費税率換算で約1.2%分に相当し、その分だけ国民が重税を課されたようなものだ。

一部の反原発ゴロの汚い自尊心を満たすために、なんの関係もない国民まで負担を免れないのは著しく平等性を欠く。

現状の技術では、電気を大量に長期間貯蔵するのは不可能であり、電力の需要と供給とを一致させないと、送配電網に負荷が掛かり停電を引き起こしてしまう。

太陽発電に対しては、エネルギーベストミックスを支持する立場の論者から、天候によって発電量が大きく左右され、需供バランスの保持が非常に難しいという決定的な弱点が、これまで何度も指摘されているが、「反原発=太陽光絶対主義」に固執するバカ者どもは、この重大な欠点をいますぐ解決できるだけの具体策をまったく提起できていない。

彼らは、太陽光発電が劣勢に立たされるたびに、ありもしない原発の危険性をことさら煽り立てたり、地熱発電や風力発電をヨイショしたりして、科学的反証のできない弱みから目を反らさせようと必死だ。

だが、詭弁や言い訳を何百万回言い募ったところで、太陽光発電が足手まといの“厄介者”だという厳然たる事実は一ミクロンたりとも動かない。

反原発のゴロツキどもの意地や信仰のせいで、一般国民は年間2.4兆円もの莫大な負担を強いられているのに、彼らには、こうした事実に対する反省の色がまったく見受けられない。

消費税率が上がるとキーキー喚くくせに、電気料金が上がるのをガン無視する彼らの態度は矛盾だらけで一貫性もない。

他人の迷惑を一顧だにせず平気な顔をしていられるのは、ゴロツキどもの根性が心底「詐欺師体質」な所以だろう。

2018年10月 3日 (水)

真に気骨のある人は、民を虐げたりしない

『追悼 反骨の学者、石弘光さん 増税による財政再建唱え続けた』(9/11 週刊エコノミスト)
https://www.weekly-economist.com/20180911tsuito/
「政府税制調査会(政府税調)会長、一橋大学長を歴任した石弘光さんが8月25日、膵臓(すいぞう)がんのため死去した。81歳だった。
 財政学の専門家として、2000年から06年まで政府税調会長を務めるなど日本の財政改革に関わった。バブル崩壊を経て財政赤字が悪化する中、歳出削減による「増税なき財政再建」を批判し、財政再建のためには増税が不可避と説いた。
 05年には政府税調会長として所得税の給与所得控除、配偶者控除などの廃止や縮小を提言。「給与所得者、サラリーマンに頑張ってもらうしかない」という石さんの発言が「サラリーマン増税」と世論の猛反発を買い、政治問題化したが、自説を曲げることはなかった(略)」

まず、8月に逝去された石氏にお悔やみを申し上げる。

そのうえで、日本を平成不況のどん底に叩き込み、多くの経済的自殺者や失職者、ロスジェネ世代などを生んだ主犯の一人でもある故人を、「反骨心溢れる論客」とか「気骨ある聖人」扱いするのは、まったく間違っていると指摘しておきたい。

彼は、政府税調の会長として、長年に亘り消費増税の所得税増税の旗を振り続け、国民所得を名実ともに地に貶めた張本人であり、反骨とか気骨以前に、国民に対する温かな想いや正常な経済観念に欠けた、ただの偏狭かつ病的な緊縮教徒に過ぎない。

石氏は、“日本が財政再建に成功しない最大の理由は「増税をはじめ国民に嫌がられる政策手段を、歴代の内閣が責任を持って実行しようとしないから」と政治家を鋭く批判”したそうだが、こういう「緊縮派内輪での甘噛みのじゃれ合い」に過ぎない八百長相撲を、“反骨”とか“対立”云々と大げさな表現で誇大化する連中に吐き気を催す。

国民に気を使い増税や歳出カットを嫌がった歴代内閣なんて、いったい何処にいたのか?

橋下、小泉のバカ、福田、民主党の三馬鹿、安倍ちゃん等々、国民の機嫌を気にするどころか、そんなものはガン無視で、増税や年金・医療制度改悪、歳出カットに直走ってきたのを忘れたか?

緊縮バカの妄想にかかると、いつの時代も、政治家が増税を嫌う国民に阿る大衆迎合主義が蔓延しているかのように勘違いさせられるが、現実は真逆で、少なくともこの20年間で、国民がポピュリズムの恩恵に与ったことなど一つもない。

石氏を無批判にヨイショするエコノミスト誌の書きっぷりは、昭和初期に緊縮財政と無謀な金本位制への転換政策を断行し、「明日伸びんがために、今日縮むのであります」、「我々は、国民諸君とともにこの一時の苦痛をしのんで」と国民に我慢を求めた、当時の濱口首相&井上蔵相コンビへの過剰な賛美に通じるものがある。

だが、“清貧・倹約・我慢”で経済を立て直せると本気で信じるような超弩級の経済音痴に、不況脱出の舵取りを任せるのは明らかに自殺行為だった。
案の定、濱口らの逆噴射政策は、深刻なデフレ不況と輸出業の減退を招き、世界恐慌に先んじる形で我が国を昭和恐慌のどん底に叩き込んだ。

“一時の苦痛”が永久の苦痛と化し、“明日伸びる”どころか、日を追うごとに生活困窮の度合いが深刻化する事態に、当時の国民は驚愕したに違いない。

ある程度の生産力を備えた社会では、需要の多寡が経済動向を左右するため、政府が採るべき経済政策は積極財政金融政策による総需要コントロールを主軸とすべきで、通貨発行は需要力調整のために無限に供給できるガソリンのような役割であり、同時に、需要の行き過ぎた過熱を抑えるべく開発投資を奨励し、供給力の高度化に努めるべきだと理解する必要がある。

そういった社会における税の役割は、社会的不公正の調整と物価コントロールのための消火剤に限定され、財政政策に用いる財源は、政府による紙幣や国債の発行で賄えばよい。

馬に十分な食料と水を与え、血気盛んにいきり立つ馬の手綱を引き猛進しようとするスピードをいかに適切に抑えるかが、マクロ経済政策の果たすべき役割であり、栄養失調で弱り切った馬にダイエットや筋トレの大切さを滔々と説こうとするのは、経済のイロハを知らぬエセ調教師の証しだろう。

だが、巷には、「金利が1%上がっただけで政府は資金不足に陥る」、「日本の国債は、いずれ外国人投資家に買って貰わないと消化出来なくなる」、「仮想通貨が普及すると国債を買う財源が消失する」等々、いかがわしい民間療法にも似た頭の悪い虚言やデマが溢れている。

財政破綻に怯える緊縮派のバカどもには、「清貧・倹約・我慢で経済成長できる根拠を、供給能力の維持向上の観点から、明確かつ論理的に説明せよ‼」と厳しく言っておきたい。

冒頭にご紹介したコラムには、政府税調会長として所得税の給与所得控除、配偶者控除などの廃止や縮小を提言し、「サラリーマン増税」と世論の猛反発を買って政治問題化したが、頑として自説を曲げなかったと、石氏の気骨を誉めあげている。

だが、政府委員会のトップとして全霊を賭けて闘う相手が無辜の民だったというのは、あまりにも情けない。
石氏に、万民を向こうに回して信念を貫く気骨が本当にあったのなら、なぜ、その強靭なパワーを民の生活向上を図る方向に使えなかったのか?

彼みたいな“エセ反骨人”の執念は、正義とは逆方向に向くときほど熱く燃え上がるようだ。

これだから、緊縮派の人非人は信用できない。

2018年10月 1日 (月)

「平時の備え」の意味すら解らぬ反原発ゴロの無能ぶり

『関空孤立も北海道停電も、前から「指摘されていた弱点」だった~では、なぜ改善できなかったのか』(9/11 現代ビジネス 町田徹/経済ジャーナリスト)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57462?page=1
「強い勢力を保ったまま近畿地方を直撃した台風21号と、北海道で観測史上最大の震度を記録した北海道胆振東部地震――。先週、日本列島を相次いで襲った大型の自然災害は、多くの死傷者を出す一方で、西の空の玄関・関西国際空港と北のライフラインである北海道の電力ネットワークの脆弱性を浮き彫りにした。いずれも、平時の備えを怠っていた感は否めず、十分な安全マージンの確保が急務となっている。(略)」

町田氏は、先の台風と大地震を受けて高潮被害による空港閉鎖やブラックアウトによる大停電に陥った関空の運営会社と北電に対して、「以前からの指摘を放置し平時の備えを怠ってきた」と無責任な態度で批判している。

だが、関空のケースは、高潮による滑走路閉鎖の影響よりも、タンカー船長の間抜けな判断の所為で連絡橋と鉄道橋が無残に破壊された影響の方が遥かに大きい。

第一、当の本人がコラムに「もちろん、まったく護岸工事をやっていなかったわけではない。関空では、「50年に1度の高波にも耐えられる対策を打つ」ことを目指して、2004年から護岸を海面から約5メートルの高さまでかさ上げした。1961年の第2室戸台風の記録(最高潮位293センチ・メートル)を考慮した対策だった」と記しているとおり、関空としても予算の許す範囲で出来る限りの対策に着手していたのだから、空港閉鎖の責任をすべて関空に押し付けるような物言いはジャーナリストとして失格だろう。

最近のマスコミやジャーナリストの連中は、何か事が起きると、運営側の非を一方的に責めたてて、運営サイドにすべての責任をおっ被せばよいと高を括っているが、真実や真理を追究するはずの報道の立場を履き違えていないか?

先だって女子体操界で起きたコーチによる非道な暴力事件に関する一連の報道姿勢などは、まさに、“事件の非は常に協会にあり”というマスコミの安易な決めつけ報道を体現した事例だったが、本来被害者であるはずの関空や北電に対して批判一色でしか報じない偏向姿ぶりには激しい憤りを覚える。

町田氏は、北海道で起きたブラックアウトの責任も北電に押し付ける気マンマンで、
「では、なぜ、これほど影響が長引くのだろうか。これまでに明らかになっているだけでも、大別して2つの問題がありそうだ。
第一は、1、2号機のボイラー損傷、4号機のタービン付近の火災と、続々と主力の苫東厚真火力が大きな被害を受けたことが明らかになる一方で、苫東厚真火力のバックアップ役を果たせる発電設備を北海道電力が保持していないことである。
仮に、そうした設備を保持していれば、これほど影響が長引くことを懸念する必要はなかっただろうし、そもそも苫東厚真火力がダウンした際にそうした設備を速やかに運転できていれば、あのブラックアウトも避けられた可能性がある。
第二は、本州と北海道を結ぶ送電網が「北海道・本州間連系設備」の1系統しかなく、その容量が60万kwと小さい問題だ。本州と四国を結ぶ送電網が3系統、容量にして430万kwあることと比べても、あまりにも不十分と言わざるを得ない。来年3月には、北海道と本州を結ぶ送電網が青函トンネルの空きスペースを利用する形でもう1系統新設されることになっているが、その容量も30万kwと小さく抜本的な改善策とは言い難い。
実は、東日本と西日本では電力の周波数が異なっており、2011年の東日本大震災で関東や東北が電力不足に陥った際に、西日本から十分な電力の融通を受けられなかった反省から、本州と北海道を結ぶ送電網の整備も含めて、電力の広域融通体制の整備の必要性が幅広く指摘されてきた。
それにもかかわらず、この程度の対策しか講じていないのはあまりにも不十分。あの震災の教訓を生かしていないと批判されても仕方がない」
と無責任な持論を展開している。

彼は、
①苫東厚真火力発電所のバックアップ機能があればブラックアウトは起きなかった
②北本連系設備の増強によるバックアップ機能強化を図るべきだった
と主張するが、本州の電力供給とて無尽蔵ではない。

東京電力すら電力需給バランス余剰は8%前後しかなく、北海道へ廻せる電力には限りがある。

また、今回北海道を襲った胆振東部地震の前日に台風21号が北海道を襲来し、地震報道で目立たなかったものの、強風や暴風により被害はかなり大きかったようだ。
実際に、関西地域でも、台風による架線切れが大規模な停電を惹き起こし、北海道内より長期にわたり停電が続いていた。

つまり、大型の自然災害が連続して発生する確率はゼロではなく、今回のように立て続けに被害を喰らう可能性も十分にあるから、関東や東北で大規模停電が起きた翌日に北海道でブラックアウトが起きる可能性も考慮せねばならない。

よって、北本連系さえ強化すれば準備は万全だと踏ん反り返っていると、必ず痛い目に遭うだろう。

だいたい、既設の北本連系の工事には5年もの歳月を要しており、一般的に地域間連系線の増強には10年程度の期間と100万kWの増強に2000~3000億円の費用が必要と言われており、素人が考えるほど簡単なモノじゃない。

そもそも、町田氏の主張どおり“平時の備え”が重要ならば、5年も10年も掛かる難工事に精力を削ぐよりは、1か月もあれば再稼働できる泊原発を動かす方が遥かに速いし、圧倒的にコストも安いではないか。
それとも、町田氏流の「平時」とは、数年先の未来のことを指すとでもいうのか?

反原発思想に凝り固まったゴロツキどもの発言は、いつも矛盾と齟齬に満ちている。

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