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2018年11月

2018年11月29日 (木)

移民党・離民党と、それを支持する愚民

NNNと読売新聞が11/23~25に行った世論調査で、安倍内閣の支持率が53%(前回比+4ポイント)に上がり、外国人労働者の受け入れ拡大についても賛成が48%と反対(42%)を上回った。

また、実質的な移民の輸入促進策ともいえる出入国管理および難民認定法の改正案については、「今の臨時国会での成立にこだわらず議論する」が73%と最も多く、「廃案にする」が14%、「今の臨時国会で成立させる」が9%という割合だった。

一見、国民は同法案に慎重な姿勢を示しているように見えるが、廃案を訴える意見は2割にも満たず、「議論の継続」を求める意見が7割超の多数を占めるという結果から、どうも移民拡大の流れは止みそうにない。

なぜなら、我が国における“議論”とは、問題点の大きなベクトルを転換させたり否定したりする意味ではなく、「ベクトルの方向性を認めたうえで細部を修正するための検討行為」でしかないからだ。
【参照先】http://www.ntv.co.jp/yoron/201811/soku-index.html

この世論調査で移民拡大への賛成意見が48%にもなったことに対して、ネット上では、

「入管法改正について賛成者が多いのに驚いております」
「大量の外国人が3か月滞在で高額医療もカバーする国保に入れる権利を与える事に賛成するって意味なんだけど。頭おかしくないかい?」
「外国人労働者の受け入れを緩和したのはマズイよ。日本人の雇用が奪われて最低賃金が下がって仕事があっても給料が低くなる」
「外国人労働者の受け入れ拡大についてはやるべきではないと思う。数年後、地域によっては外国人に乗っ取られる危険性を帯びている。労働力不足というが少子化対策が遅れたのがそもそもの原因ではないか?」

などといった具合に批判的な意見が目立っている。

筆者も同じ思いだ。

正直言って、政治的リスクや経済リスクに対する日本人の感度や警戒心は目も当てられぬほど鈍い。いや、後ろから蹴り倒したくなるほど鈍すぎる。

いまの日本人には、「貧すれば鈍する(貧乏すると、生活の苦しさのために精神の働きまで愚鈍になる)」という諺がまさにぴたりと当てはまる。

日本人は長引く不況下で不幸慣れしすぎたせいなのか、政治家や政策を吟味する際に自分たちのメリットに合致するか否かを感覚的に嗅ぎ取る能力が地に堕ち、政治的リーダーの選択にしろ、政策の選択にしろ、常に最悪手ばかりを選び続けている気がしてならぬ。

まるで、苦労の末に分け入った山林で、見た目も匂いも怪しい毒キノコばかりを摘んで食し、天に召される哀れな老人のようだ。

一般的に移民拡大による弊害として次のようなものが挙げられる。
・治安の悪化と犯罪増加
・医療や生活保護、介護など社会保障制度へのただ乗り
・日本人の雇用や賃金の圧迫
・文化や宗教的摩擦の発生
・出生率の高い移民人口増加による長期的人口バランスの歪み

この他にも、筆者が思うに、

・移民の診療受診者や被介護者増加により、医療関係者の労働負担増加や日本人が医療・介護サービスから締め出される事態の発生
・移民との低賃金労働競争の激化による勤労世代の労働意欲や技術力の低下懸念
・移民の人権に対する過剰な保護意識がもたらす常軌を逸したポリティカル・コレクトネスの横行による新たな被差別利権の発生(=日本人の人権レベルの相対的低下+移民に対する憎悪拡大)
・移民輸出国の内政努力の放棄と政治レベルの常態的低下(=困ったら先進国に輸出すればよいという甘えがもたらす規範意識の欠如)

といったデメリットもあり、移民の輸入拡大は、“働き手が足りない”という甘えた理由だけで認めるべきものではない。

だいたい、我が国は、少なくとも200万人前後の未活動労働人口を抱え、潜在的社内失業者も400~500万人いると言われている。
さらに、ニートや引きこもりなどの若年無業者を加算すれば、潜在的な労働人口はもっと増えるだろう。

こうした国内人材を活用する努力を払おうともせず、「いまの若者は文句ばかりで働かない」、「窓際族の中高年なんて役に立たない」、「ニートみたいなゴミが働けるはずないだろ」とくだらぬ文句ばかり垂れる阿呆もいるが、偉そうに他人を見下す単細胞に限ってベトナム人より使えない能無しばかりだからお話にならない。

目先の“エア人で不足”に踊らされて、ブラック労働に耐える奴隷というロボットだけを欲しがる企業の我が儘を黙って聞いていると、あっという間に質の悪い外国移民ばかりが増え、日本人労働者の待遇は悪化の一途を辿ることになる。
移民促進を図るバカどもは、そんな簡単なことも解からないのか?

まずは、口を開けば人手不足しか言わず奴隷輸入をおねだりするだけの企業に対し、潜在的国内人材の活用に関して、

・魅力ある雇用条件を提示する努力をしたのか?
・人手不足を誘発するビジネスモデル(無駄な24時間営業等)を改める努力をしたのか?
・働き手のニーズに合致した柔軟な勤務体制を構築する努力をしたのか?
・パワハラやセクハラ、無謀なノルマの強要といった弊害を無くす努力をしたのか?
・有給完全消化や育休所得など基本的な労働法規を遵守する努力をしたのか?

と、厳しく問い質さねばなるまい。

安倍政権の移民輸入促進策に対しては、企業の人手不足解消や人口減少に悩む地方経済の立て直しの観点から積極的に支持する意見があり、さらに、多文化共生バカのマスコミや野党の連中は、移民の人権保護(=優遇)の観点から日本を外国人が暮らしやすい社会に変えるべきだとまで訴えるありさまで、正面から移民反対を唱える意見は劣勢に立たされている。

およそ国家というものは常に様々な問題に直面するものだが、先進国に生きる国民として、まずは自分たちの頭で考え、自分たちの手足を使い問題解決に努力を払うのが当たり前の態度だろう。

衰えたりとはいえ、我が国はいまだ1億人以上もの人材を抱える大国であり、有用かつ有能な人材も数多く野に埋もれていることだろう。
そうした人材を見出し活かす努力を払うことなく、奴隷商人の口車に乗せられ自分たちの税金を移民に献上しようとする大バカ者は、“愚民中の愚民”である。

「自国を主語とする、自国民による、自国発展のための努力」を端から放棄するような輩は、国家に寄生するだけの無責任かつ有害な蛆虫でしかない。

2018年11月26日 (月)

公共投資は社会を支える骨格である

『国土強靱化 最大4兆円 政府想定 30年度2次補正に1兆円超』(11/22 産経新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181122-00000503-san-bus_all
「災害に強い国土づくりのため、政府が今後3年間で集中して行う「国土強靱(きょうじん)化」の緊急対策として、3兆5千億~4兆円程度の財政支出を想定していることが21日、分かった。初年度となる平成30年度第2次補正予算案には、1兆円以上を盛り込む方向だ。防災、減災のためのインフラ整備を進めると同時に、来年10月の消費税率10%への引き上げにあわせ、景気浮揚策としても役立てる。(略)」

こういう話が出ると緊縮&消極財政論者のバカどもが、「消費増税を財源とした公共事業が乱発される~」と大騒ぎし始めるから予め釘を刺しておくが、国土強靭化を含む社会インフラ整備は、増税ショック緩和策のような弥縫策として行うべきものではない。

産経新聞の記事を読むと、あたかも国土強靭化予算を捻り出すために消費増税を断行するかのような書き方をしているが、そんなものは、「公共事業=国民負担増」という悪いイメージを擦り付けたいがための悪質なレッテル貼りでしかなかろう。

社会インフラ維持更新のための公共事業は未来永劫行うべきものであり、それに要する費用は、消費税云々に関係なく増え続けるのが当然なのだ。

国土強靭化に必要な財源を消費増税に求めるなど愚策中の愚策。
たかが3~4兆円くらいのカネなら国債や紙幣増刷で賄えばよいし、そもそも、3年間にかける金額として小さすぎ。顔を洗って出直してこいと言っておく。

道路や港湾、橋脚、鉄道、空港、上下水道、通信、電力、ガス等といった社会インフラは、国家運営の骨格を成す最重要かつ不可欠な要素である。

いくら科学技術や最先端技術が進化を遂げても、それを家計や企業にスピーディーに届けるには、道路や橋といったインフラが欠かせない。

ビジネスのカギを握るのは物流システムの効率化と高度化だと言われて久しいが、社会インフラの維持更新無くして物流や生産の発展などあり得ない。
Amazonやヨドバシカメラの即日配達サービスが叶うのも、港湾・道路・橋・トンネルといったコンクリート構造物と、その上で働く流通の担い手の存在といった支えがあってこそだ。

よって、我が国の国民がこの先も先進国の地位に相応しい高度な社会生活を望むのなら、公共投資による社会インフラの維持更新と、それに携わる人材の育成や関連技術の革新は絶対に欠かすことができない。

ましてや、世界有数の自然災害大国たる我が国において国土強靭化はいわば『国家的義務』と言っても過言ではなく、年々老朽化する社会インフラのメンテナンスに加えて、いつ襲い掛かってくるともしれない自然災害に備えて社会的施設を強化しておくことは、国民の生命や財産を守るうえで最重要事項であろう。

政府による公共事業関係費は、平成10年の14.9兆円(当初+補正)をピークに、減少の一途を辿り、平成22年以降の当初予算は6兆円すら下回っている。

現政権発足以降もこの傾向は変わらず、平成26年以降毎年のように5.9兆円付近にピタリと貼り付いたままだ。
世の中には、安倍政権は公共事業費を激増させているかのように喧伝するバカ者もいるが、安倍首相や与党の連中は公共事業を増やすどころか、財務省のご機嫌を損ねないよう、6兆円という当初予算段階のキャップを少しだけ下回る水準にきっちり合わせ緊縮予算を継続させている。
【参照先】https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2018/seifuan30/17.pdf(P.14)

本来、我が国の公共事業はたったの6兆円程度で済む話ではない。
時の政府が公共投資の維持更新という当然の義務を果たしておれば、東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨、胆振東部地震などといった大災害による人的被害やインフラ被害も大幅に減っていたはずだ。

いまから20年も前に15兆円近くも掛けていたのだから、常識的に考えて、いまごろ公共事業費が30兆円近くに上っていても何の不思議もなかろう。
ましてや、ここ10年余りの公共事業費が、昭和54~60年あたりの水準すら下回っている事実に驚愕し、憤りを覚えない方がどうかしている。

日本の生産年齢人口は1995年の8726万人をピークに減少期に突入し、2015年には7728万人にまで減ってしまった。
しかも、この先、2029年に7000万人、2040年に6000万人、2056年に5000万人を下回り、2065年には4529万人となると予測されている。
その一方で、老年人口は3500~4000万人近くをキープする見通しであり、労働層と非労働層との人口バランスが大きく崩れてしまう。

単純に言って、生産活動に直接的に携わる人口が50年間(2015年→2065年)で4割以上も減るのなら、生産効率を倍近く引き上げねば間尺に合わない。

それを実現し、50年後も経済大国や先進国たる地位を保ち続けるには、生産・物流・消費という経済活動のサイクルをより効率的に回すための投資、とりわけ、公共事業関連投資が絶対に不可欠であり、積極財政を軸とする経済政策により公共事業費拡大へとアクセルを強く踏み込む必要がある。

複雑怪奇な我が国の道路状況を是正するため、無数にあるミッシングリンクの解消や、都市部の渋滞回避のための外部環状道路建設、日本海側や四国・北海道地域での高速鉄道網整備、日本海岸沿いの大型港湾施設、関門海峡や津軽海峡などを結ぶトンネルや橋脚の追加整備等々、生産効率や国民生活の向上に資する施策はいくらでも湧いてくる。

問題はカネを惜しんで将来への投資を怠る守銭奴たちの怠け心である。

公共投資を怠ったばかりに「世界で唯一の衰退国家」に陥った我が国の実態を冷静に観察すれば、カネを惜しんで投資を怠ることの愚かさや恐ろしさをまざまざと実感できるだろう。
【参照先】https://www.sato-nobuaki.jp/report/2017/20170529-002.pdf

「本当に惜しむべきは“カネか、人命か”」という常識論に立ち返れば、強靭化した効率的な社会資本を残すことこそが、我々が将来世代に対して果たすべき義務だと即座に理解できるはずだ。

くだらない財源論に固執するのはもう止めよう。
カネはいくらでも造り出せる。
それを使って何を整備すべきかに知恵や技術を投じるべきだ。

2018年11月22日 (木)

財源は税金だけじゃない

世の中には様々な論者がおり、経済や社会に関わる問題点の捉え方や分析力に優れた方も目にするが、残念なことにその多くは、解決方法を提示する段になると、なぜかベクトルがあらぬ方向へ迷走し始める。

『貧困を救う手立てがあまりに弱い日本の現実~結局、階層間の景色が共有できていない』(11/8 東洋経済ONLINE)
https://toyokeizai.net/articles/-/245501?page=1
上記記事は、社会政策学者で首都大学東京教授の阿部彩氏とルポライターの鈴木大介氏の対談形式でまとめられている。

≪以下、阿部氏の主張より抜粋≫
・「日本の生活保護者は人口の1.7%しかいないんですよ。アメリカでは13.0%いるのに。知ってますか?」と問われて、「アメリカの格差社会ってひどい」といった感想で終わってほしくない。自分たちの問題として引きつけ、「日本では受給できる人が少なすぎるんじゃないかな。日本ってどっかおかしいから、変えるべきことがあるんじゃないかな」と、そこまで話を持っていってほしいんです。

・住宅補助なんてのも最たる話で、日本では住宅に対して扶助が出るのは生活保護者などごく一部だけなんですけれども、一般にも住宅費で苦しんでいる人がいっぱいいるわけですよね。そういう現実を見ながら、「おかしいよね」っていうふうに話が進んでいくべきなんです。貧困者に対する対策じゃなくて、住宅政策そのものの問題としてとらえていく。最終的には、これがしっかりした貧困対策にもなりますよね。

・児童手当なんて、なんで1万円とかでみんな我慢してるんだと思うんですよ。理由は、別に子育て対策でも少子化対策でも何でもいいですよ。でも、こんなに少額なのは直感的にもおかしいじゃないですか。

阿部氏は、日本の住宅手当や児童手当の少なさや生活保護システムの貧弱さを批判し、日本人はアメリカやフランスなどの福祉先進国に倣って、福祉政策の拡充を政府に強く訴えるべきだと訴えている。

彼女は、他国の充実した福祉政策に感心するだけで、それを自国に当てはめようとせず、「充実した福祉なんて、しょせんは欧米のお話しだろ? 日本じゃ無理に決まってるよ」と諦め顔するだけの国民の無関心さを詰っているのだ。

こういった意見には筆者も同意する。
住宅補助を企業による私的負担に全振りする現行制度では、勤務先の規模による労働者間の実質所得の格差を拡大させるだけだし、収益力の低い中小零細企業にとって負担が重すぎる。

また、児童手当の金額が月1~1.5万円というのも少なすぎる。
ドイツの児童手当が月2.1万円、フランスで月1.7万円くらいだそうだから、日本なら月3万円くらいの支給額であって然るべきだし、子供の存在自体が貴重な少子化社会に足を突っ込んだ以上、子供の数に応じて金額に差をつけるのではなく、第一子以降何人生まれてもきちんと同額を支払うべきだ。

日本人は往々にして、“福祉は生活力のない弱者が受ける施し”だと勘違いし、それを享受するのを恥だと思っており、本来生活保護を受給すべき貧困世帯が家賃や公共料金すら払えず、無理してダブルワークやトリプルワークを背負い込み、身体やメンタルをやられる事例も頻発している。

「福祉は恥」という社会的同調圧力が貧困脱却の障害となって福祉政策そのものを形骸化させるのは、先進国として大いに恥ずべき悪習だ。

“日本の福祉制度はレベルが低い”、“他の福祉先進国を追い越すくらいの意気込みを示そう”と国民を叱咤する阿部・鈴木両名の対談は、この辺まではとても良い調子で進んでいるが、福祉財源の話になった途端に結論があらぬ方向へ迷走し始める。

福祉政策充実の財源を何に求めるか?という鈴木氏の問いに対して、阿部氏は、「日本人は税金を払ってないんですね。国民がどれくらい税金を払っているのかっていういちばん簡単な指標として国民負担率というものがあります。これって、社会保険料と税金の総額の国民所得に対する比率なのですが、さっき話に出たフランスではこれが6割以上なのに対し日本は4割程度で、OECD34カ国中下から7番目です。だから何もできないんです、お金が足りないから」と答え、国民の税負担強化が必要と主張している。

また、阿部氏は、「日本の場合、低所得者の人は他国の低所得層に比べて給付も少ないし、社会保険料など逆進的な負担もあるので、負担が多いぐらいなんです。ただ、中間層以上の人たちがあまり払ってないんですよ。(略) ピケティが言うみたいにすごい富裕層だけに課税して、それでなんとか国が回っていくというのは、日本の場合ありえない。ですから、中間層がもっと負担しなきゃなりません」と言い放ち、富裕層や低所得層に頼れない我が国では、中間層に重税を課すべしと断じている。

さらに、氏は、「法人税に関しては、よく言われる議論が、法人税は諸外国並みに下げなければいけない、というものです。日本は高い。(略)  私は税の素人ですが、ほんとにそうなのかなあと思うところもあります。ほんとにみんな外に行っちゃってるのかなあ、と。でも、その見極めは難しく、なかなか論破できない」と、日本の法人税引き上げの可能性を放棄し、家計、特に中間層への課税強化や社会保険料負担引き上げによる財源捻出しかないと訴える体たらくだ。

ここまで酷い妄言を聞かされると、対談前半部分の阿部氏の金言もすっかり霞んでしまう。

順序が前後するが、まず、日本の法人税率が高すぎるという大嘘の誤りを指摘しておく。

2016年度に決算期を迎えた国内企業のうち赤字企業の割合は63.5%にも達し、一時期より減ってはいるものの相変わらず高く、赤字企業の割合が20%台しかなかった成長黎明期とは比べるべくもない。

法人税率が高すぎる云々以前に、そもそも法人税すらまともに納められない企業が6割以上にもなることを問題視すべきであり、悲惨なビジネス環境を劇的に変えるためには大規模かつ長期的な財政支出が不可欠なのだが、阿部氏にはこうしたマクロ的視野がまったく欠けている。

少々古いデータだが、2012年の国税庁の調査によると、法人税収のうち中小零細企業の負担割合は35%ほどであり、現在の税収に引き直すとだいたい3.5兆円くらいか。
これを企業数で割り返すと1社あたりの負担額は年間90万円ほどでしかなく、担税余力はまだ十分にある。

しかも、法人税率はピーク時の半分近くにまで引き下げられ、雇用流動化や低金利政策と相まって、企業サイドは政策面でいいだけ優遇されてきたのだから、これ以上甘やかす必要など微塵もない。

企業経営者は、法人税支払いがキツいと言うのなら、国債や紙幣増刷を財源とする社保料負担の国庫負担割合大幅引き上げという積極財政政策に賛成すべきだ。

もう一点、阿部氏は日本の国民負担率が低すぎることにご不満な様子だが、負担率の高さが国民にとって何のメリットになるのかまったく意味不明だ。

我が国の国民負担率は、1970年代の20%から徐々に上昇し、80年代には0%、2008年以降に40%を突破し、上昇の一途を辿っている。
【参照先】https://seniorguide.jp/article/1001869.html

70~90年代初頭に掛けての負担率上昇は、所得向上と福祉充実が両輪で作用した結果ゆえある程度受忍すべきだが、それ以降の負担率上昇は、家計所得の低下と消費増税+社会保険料負担増加という家計にとってのトリプルパンチに起因するものであり、到底受け入れられない。

国民負担率の上昇は実質所得の低下に直結する愚策・愚行であり、特に、失われた20年にという悪夢により「所得低下・雇用劣化・年金後退」という三重苦に見舞われた家計の消費心理を冷え込ませるだけだ。

事実、家計消費支出(二人以上世帯)は2018年9月の実質指数で96.8(2015年=100)と、ここ2年の間で指数が100を上回った月はたったの1回だけ。
しかも、最近の値は2000年ころと比べて14%程度低く、家計の消費心理が深刻な水準にまで冷え込んでいることが判る。

なんでも欧米の猿真似をすればよいというわけではなかろう。
わが国では、低所得者層であれ中間所得者層であれ、これ以上、税や社会保険料の負担率を引き上げるゆとりなどどこにもない。
むしろ、負担率を大幅に引き下げる政策こそ求められている。

住宅ローンの返済負担は可処分所得の2割ほどを占めており、今後の金利動向によってはさらに上昇する懸念がある。
また、三大都市圏を中心に賃貸住宅の家賃相場も高止まりしたままで、この20年間で所得が減り続けている家計を圧迫しており、早急な改善策が求められる。

そこで、家計の所得を名実ともに引き上げて消費活性化につなげるため、筆者が以前から提唱しているとおり、国債や紙幣増発を財源に大規模なベーシックインカム制度を施行し、国民全員に一人当たり月3~4万円の生活改善支給金を配るのもよいし、義務教育期間中の子供には+1~2万円ほど支給額を上乗せしてもよかろう。

さらに、社会保険料の国庫負担割合を今の2倍に引き上げて企業や家計の負担を減らし、加えて消費税も廃止して、代わりに所得税と法人税を30年ほど前の水準に戻せば、個人消費は空前の活況を呈するだろう。

阿部氏みたいに、「政策財源=税金だけ」という時代遅れも甚だしい因習に囚われていては、思い切った政策など打てない。
いくら児童手当や家賃補助を充実させても、同じだけ税金で召し上げられてしまうのなら、まったく意味がないではないか?

財源に税というキャップを被せてしまうと、実体経済を巡る貨幣の量が増えないから、経済は永遠に成長できない。

経済を成長させて、その果実を多くの国民が享受するためには、経済を循環する貨幣の絶対量を増やすとともに、そのスピードも上げねばならない。
そのためには、税の徴収という「右のポケットから出した金を左のポケットに入れるだけ」の生産性のない行為だけではまったく不十分であり、国債増発や紙幣増刷という手段を駆使して貨幣供給量(=売上や所得に直化けする貨幣の総量)を増やし続ける必要がある。

紙幣増刷やベーシックインカムという言葉を使うと、「ハイパーインフレになる~」というバカの寝言が聞こえてきそうだが、生産力が余剰気味で20年もの超長期不況の最中にある我が国なら、たとえ100兆円規模の財政支出を打ったところで、物価上昇率はせいぜい一桁台中盤に収まるだろうから何の心配もしていない。

多少のインフレがあったとしても、それこそ阿部氏のセリフではないが、“国民負担率”の一環として受忍すればよい。
同じ負担でも、税や社保料の引き上げなら家計に何の選択権も与えられないが、インフレなら「より安価な商品・サービスの購入」、「支出抑制(=貯蓄)」という選択肢を取り得るのだから、どちらが家計にとってメリットが大きいかは、誰の目にも明らかだろう。

2018年11月19日 (月)

需要の先食いを言い訳にするのは経済素人

『日銀退任後初の会見 白川前総裁「金融政策の効果は長続きしない」』(10/29 週刊エコノミスト)
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/economist/business/economist-20181026134544031
「前日銀総裁の白川方明氏が10月22日、日本記者クラブで記者会見に臨んだ。(略)
 会見では、日本経済を巡る「根本的問題」を語る際にトーンを強めた。在任中、「日本経済の最大の問題はデフレ」と主張するリフレ派から、金融緩和に消極的との激しい批判を浴びた白川氏だが、この日は「物価が上がらないことが低成長の原因ではない」と真っ向反論。(略)「根本的問題は、急速な高齢化・人口減少と、そのことに社会・経済が適合できていないことだ」と訴えた。(略)」

白川前総裁の名前を久々に耳にしたが、彼の口から出てくるのは、相変わらずデフレ容認論や構造改革万能論、緊縮財政優先論ばかりで、進歩の跡がまったく見えない。

白川氏は、会見やマスコミ相手のインタビューの中で次のように主張している。

①過去5年の経験が示すとおり、日本経済が直面する課題を解決するための答えが金融政策ではないのは明白。物価が上がらないこと=低成長の原因ではない

②金融緩和政策への過度な依存のせいで、政府は社会保障費削減などの痛みを伴う改革から目を背け、日本全体のエネルギーが本来向かうべきところでないところに向かった

③金融緩和策とは、経済に大きなショックが加わったときに、その変動をできるだけ緩衝するための政策だ。これ自体、本質的には将来の需要を現在に持ってくる、いわば、需要の先食いであるから、向こう数年間は頼れても永久に頼り続けることはできない

金融緩和政策をコケにされ、さっそくリフレ派の連中が顔を真っ赤にして激おこ状態になっているようだが、そんなことはどうでもよい。

“金融緩和政策さえやっておけば薄汚い財政政策など不要”と言い放つリフレ派と、“金融緩和政策も財政政策も不要。そんなものは国民を甘やかし、財政再建と改革を遅らせるだけの麻薬だ”と冷酷な態度をとる緊縮財政派との諍いは、あまりにもレベルが低すぎて正視に堪えない。
平成も終わりを迎えるというのに、いったい彼らは何周遅れの議論をしているのか?

白川氏の①の主張(=日本経済復活のカギを握っているのは金融緩和政策ではない)は逆説的な意味合いから半分だけ当たっている。
確かに、金融緩和政策だけの片肺飛行では経済再建などありえず、メインエンジンたる財政政策を強力に吹かす必要があるのだが、白川氏が言いたいのはそういうことではなかろう。

根っからの緊縮財政派である彼は、金融緩和政策を“経済を弛緩させるだけの麻薬”くらいにしか思っておらず、急ぐべきは身を切る改革による“財政再建”だと妄信している。
そうした本音は②の主張に表れており、金融緩和政策で余計な時間稼ぎをされたせいで、社会保障費削減などの痛みを伴う改革が遅れたと不満げに述べている。

だが、国民の肌感覚では痛みを伴う改革は、遅れるどころかドンドン進行している。

年金支給開始年齢が、ついこの間65歳に引き上げられたかと思えば、今度は70歳に引き上げようという改悪論が真剣に議論されているではないか。
さらに、介護保険料や社会保険料負担も年々上昇し、多くの国民は所得が上がらぬ中で負担増だけが先行し生活維持に四苦八苦しているのだが、白川氏はその程度のことも知らぬのか?

また、彼は③の主張のように、金融緩和政策によって一時的に経済が活況を呈したとしても、所詮は需要の先食いでしかないと断言しているが、それは二重の意味で間違っている。

一つ目は、金融緩和政策は需要の先食いどころか、実需を刺激する効果をほとんど発揮できなかったことを誤解している点だ。

金融緩和政策の肝は「低金利誘導・円安効果・投資刺激」の三点にあるが、金利と為替誘導に成功したにもかかわらず、肝心の投資はノルマ未達の落第点しか取れていない。

民間住宅投資に目を向けると、最近では2017年Q2の17.7兆円をピークに2018年Q2には16.5兆円へ右肩下がりで降下中だ。
金融緩和政策という言葉すら聞かれなかった1996年Q4でさえ29.9兆円もあったのと比べると見る影もないうえに、リーマンショックに見舞われた2008年Q3の18.2兆円にすら及ばぬほど住宅投資は冷え切っている。
【参照先】https://www.nippon-num.com/gdp/resi.html

企業設備投資額の推移を見ても、2016年頃からやや増えてはいるものの、いまだに2007年の水準より2割以上も低い水準に止まっている。
設備投資の理由も、「維持更新」という消極的理由(=老朽化や故障により嫌々更新せざるを得ない)が「生産能力の拡大」、「製品・サービスの質的向上」という積極的理由を大きく上回っており、しかも、年々増える傾向にある。

また、設備を新設してからの経過年数を示す設備年齢の推移を見ても、1990年と比べて大企業で1.5倍、中小企業に至っては2倍にも長期化しており、企業の投資マインドが冷え込んでいるのが判る。
【参照先】http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/PDF/chusho/04Hakusyo_part2_chap5_web.pdf

金融緩和政策による投資過熱などまったくの夢物語に過ぎなかった。

白川氏の二つ目の過ちは、国内需要が先食いされ消滅してしまったかのように誤解している点だ。

個人にしろ企業にしろ、様々な商品やサービスの生産や消費活動に勤しんでおり、そうした経済活動が止むことは永遠にない。
そして、より便利で豊かな商品やサービスを求める人間の基本的欲求を満たすべく、企業は日々技術革新に取り組み続けるものだ。

こうした経済サイクルが当たり前に循環すれば、需要は拡大し続け縮小することはなく、需要が先食いされて無くなることなどあり得ない。
需要というものは、量的な意味合いだけでなく、質的な側面からも常に強い欲求のプレッシャーを受けるから、たとえつまみ食いされたとしても、その分だけすぐに次の需要で充たされるものだ。

万が一、需要に欠品が生じるような“異常事態”が発生したとしたら、それは時の為政者が「財政政策」という経済政策の基本中の基本を怠っているだけのことだろう。

彼には、需要が先食いされて無くなると要らぬ心配をする前に、財政政策という経済政策の模範解答をしっかり読んで復習しておけ、と言っておきたい。

また、白川氏は、NHKのインタビューを受けた際に、ある経営者から、「金融緩和で世の中にお金を供給すれば経済が成長するという議論を聞くたびに、経営者としての自分の仕事は一体何なのかと自問してしまう」と言われたことに感銘を受け、「自分が努力せず、成長するということではなく、ニーズを把握し、コスト削減して最後に利益を出して雇用につなげていく。この集積が経済成長です。中央銀行は民間の活動をサポートする、安定した金融インフラをつくる仕事なのです」と述べている。

カネと経済の関係に無関心な素人連中はこれだから困る。

白川氏に愚痴をこぼした経営者は、金融緩和で供給されるカネが実体経済で売上や所得に直接化けるものではないことや、マクロ経済が好転せぬ限り自社のビジネス環境が厳しくなる現実をまったく理解していない。

一方の白川氏も、財政政策や金融緩和政策抜きの緊縮政策がマクロ経済を厳冬期に叩き落とし、企業の営業努力は根底から粉砕され、結局は永遠のコスト削減スパイラルに追い込まれてしまうことを理解していない。

マクロ経済環境の在り方に無関心な「ど根性経済主義者」が互いに傷を嘗め合っても、事態が好転するわけがなかろう。

白川氏のような頑迷な緊縮財政主義者をいまさら転向させるなど不可能だが、かつて日銀トップの要職に就いたマクロ経済のプロとして、せめて経済活動における貨幣の役割くらいは正確に理解してほしいものだ。

2018年11月15日 (木)

これ以上企業を甘やかしてどうする

世の中には、雇用の流動化とか柔軟な働き方といった言葉を隠れ蓑にして、雇用の不安定化や労働条件の切り下げを目論む妄言が溢れている。

『40歳定年制に賛成』(10/26 日経新聞 大機小機 執筆者:希)
https://r.nikkei.com/article/DGKKZO36942490V21C18A0EN2000?unlock=1&s=1
「(略)実は人手不足が深刻化する中、高齢者の就業率は既に急速に高まりつつある。(略)だが、筆者の懸念はここで定年年齢の70歳への引き上げといった安易な選択がなされることだ。
筆者が社会に出た頃、企業の定年は55歳が普通だったが、今では10年伸びた。この間、企業のビジネスモデルは著しく不安定化したから、学卒後40年の雇用保障は極めて厳しい。企業収益が史上最高でも賃金がさっぱり上がらない背景には、この日本的雇用に特有の負担の重さがあるのだと思う。70歳定年にすれば、事態はさらに悪化するに違いない。
むしろこの際、東大の柳川範之教授が提唱する40歳定年制を真剣に検討すべきではないか。
入社後20年程度で退職するならば、企業は今より高い初任給を払えるだろうから、外資系に比べて日本企業の魅力を高められる(略)」

仮に40歳から満足のいく額の年金が全国民に支給されるなら、筆者も希氏の意見に賛成するが、彼の主張はそんな甘いものではなく、企業がより人件費を抑制しやすくなるよう定年を40歳に引き下げ、雇用負担を減らそうというのだから、てんでお話にならない。

所得確保のための職探しは労働者へ押し付け、企業が好きな時に従業員を解雇でき、賃金カーブが大きく膨らむ前に中堅・ベテラン社員を放逐できるという、まことに自分勝手な暴論だ。

平成不況につき合わされて30年近くになるが、その間、家計所得は平成9年をピークに減り続けているのに対して、企業(特に大企業)は、低金利・非正規雇用による人件費圧縮・法人税率引下げ・各種減税制度・生産拠点の海外移転・新規雇用の抑制等々、行政サイドから無数の恩恵や施しを受けてきた。

その結果、上場企業の純利益や内部留保、株主配当額が史上最高額に達する一方で、労働分配率は史上最低水準に落ち込み、人件費(=労働者の取り分)は平成初頭以降、ほぼ一貫して横這いのままという体たらくだ。
【参照先】http://www.murc.jp/thinktank/economy/overall/japan_reg/watch_1801.pdf

一口に平成不況と言っても、その痛みをダイレクトに蒙ってきたのは、ほとんど家計(=労働者)と中小零細企業であり、大企業は納入コストと人件費カットを元手にたっぷりと収益を稼いできたという構図なのだ。

30年も甘やかされ、我が儘のし放題を黙認され続けてきた企業にこれ以上甘い顔をする必要などない。
それどころか、いいだけ溜め込んできた収益や内部留保を吐き出させ、人件費UPを強く要求すべきだし、社会問題化している長時間労働の解消や有給取得の常識化、社内手続きの簡素化といった問題の具体的解決策を早急に提出させ、実行を約束させるべきだ。

大機小機のコラムを書いた希氏は、40歳定年制を推奨するにあたり、「20歳前後までに得た知識・能力だけで、その後の50年を生きていくのは図々しい」、「40歳定年時に得た退職金を使い再就職のためのジョブトレーニングを受けろ」ととぼけたことを抜かしている。

現実の企業運営を知らぬド素人の夢想は止まることを知らない。

仮に定年を40歳とすると、雇用はかなり過激に流動化する。
定年の大幅な引き下げは、就職に対する社会全体の意識を大きく変えることになるため、恐らく定年前に止める者が続出し、企業の平均勤続年数(平均13年前後)は“低賃金・高ノルマ・無休暇”のブラック企業並みに2~3年くらいまで激減する可能性がある。

従業員の入れ替わりの激しさは、企業にとってもデメリットが多い。

離職した従業員の補充コストもバカにできないし、頻繁に人材が入れ替わると、社内の業務履行ノウハウや人脈・技術の承継などが上手く行かず、有形無形の財産が毎年消滅することになる。
結局、経営層は、ノウハウや人脈の継承といった事務管理に維持に多大なコストと時間を割かねばならず、肝心の収益スキームの確立を疎かにせざるを得ない。

雇用の流動化は経営の形骸化に直結する。
なぜなら、流動化は雇用の軽薄化を促し、本来雇用によって得られるはずの所得や社会的地位が蔑ろにされるため、労働者は雇用主に対して良質な労働の提供を拒み、労働の質が低下を余儀なくされるからだ。

日本企業の業務運営は、素人が考えるほど簡単にシステム化できるものではなく、希氏が提唱するジョブ型雇用(専門スキルを活かした職務に特化した雇用体系)の導入など夢また夢といったところだ。

一般的に、そこいらのサラリーマンがやっている仕事なんて、個々の業務を切り取っても特段高い専門性を必要としないものばかりだ。
根回しや社内政治の専門家、見積・請求業務のプロならいるかもしれないが、わざわざ大学教育から育成するような業務なんてほとんど存在しない。

欧米諸国の企業だって、日本人が思うほどシステマティックなものでもあるまいし、ちょっとでも守備範囲外の仕事を「Not my business(# ゚Д゚)」と断っていたら、業務が回らなくなる。

企業収益が史上最高でも賃金がさっぱり上がらない背景は、長期雇用を基本とする日本的雇用のせいではなく、単に企業経営者の我が儘と欲求を放置していただけに過ぎない。

平成不況の最中にさんざん甘やかされてきた企業に、これ以上好き放題させる必要はない。

政府も、年金支給開始年齢を引き下げる気がないのなら、それに合わせて定年を引き上げさせねばならないし、サービス残業やパワハラ紛いのノルマ強要などといった違法労働を早急に是正させるよう、企業に汗をかかせるべきだ。

2018年11月12日 (月)

消費税は不要、緊縮バカを一掃しろ

他人の背中に重しを載せて平気な顔をしていられる狂人は、追加で載せる荷物の重さだけを気にし、元々背負わされている大きな荷物のことはまったく眼に入らぬようだ。

『増税対策、家計負担1兆円台に軽減 万全強調の政府に過剰の声も』(10/30 ロイター)
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/30/news120.html
「来年10月に政府が予定している消費税率10%への引き上げに伴う負担軽減策は、家計負担を大幅に圧縮する効果がありそうだ。2%の増税分が5.6兆円になるのに対し、実質的な負担額は1兆円台まで圧縮される可能性があり、政府は「万全」の対策だと強調する。これに対し、財政の専門家らからは「過剰対策」との指摘も出ており、社会保障の持続性や財政再建の行方を危ぶむ声も浮上している。(略)」

来秋に予定している消費税率10%への引き上げを巡る議論は、本来あるべきレールから完全に外れている。

経済環境や家計の所得状況を鑑みれば、最低でも「増税凍結か、減税か、消費税廃止か」の三択から議論すべきなのに、すでに増税を織り込んだ議論が横行するありさまで、政府が打ち出したケチくさ過ぎる対策で、増税の痛みをどれだけ軽減できるかに論点が移ってしまっている。
挙句の果てに、緊縮教徒の連中から「過剰対策」だのといった認識違いも甚だしい暴言が飛び出す始末だ。

記事中に経済官庁幹部が「消費税が無事に上がるかどうかが問題。対策は一時的なものであり、増税とはタイムスパンが違う」と漏らしたとあるように、政府の目的は財政再建最優先主義の実現に向け国民経済に恒久的な増税の楔を打つことにあり、負担軽減策とやらがどれだけ批判されようが痛くも痒くもなかろう。

負担軽減策としてクレカ決済のポイント還元や自動車・住宅減税、商品券付与といった“粗案”が打ち出され、各方面から批判を浴びているが、そんなものはどうせ一過性の通り雨に過ぎず、対策期間の終了とともに忘れられ、あとは寝ていても増税による税収が入ってくるのだから政府与党や財務省も笑いが止まるまい。

おまけに、緊縮派の御用エコノミストたちが、

「今回の増税対策の結果、2.2兆円と過去の4分の1程度の負担に抑制でき、ポイント還元策などの追加対策が盛り込まれなくても景気は腰折れしない。大規模に膨らむ対策メニューは過剰対策になりかねない」(第一生命経済研究所・首席エコノミスト 熊野英生)

「財源がないまま膨らんだ社会保障費の財源をねん出するため消費増税を行うのであり、ある程度の消費の落ち込みはやむを得ないはず。あまり大きな対策を行うと、景気対策が止められなくなり、歳出が膨らんで、何のための増税だったか分からなくなる」(BNPパリバ証券・チーフエコノミスト 河野龍太郎)

などと文句を垂れ、ただでさえショボ過ぎる負担軽減策ですら「過剰」だの「大盤振る舞い」だのと低レベルなクレームをつけて政府支出を極限まで削ろうと必死に擁護する。

ご紹介した記事は、消費税による国民負担増は1997年の5%への引き上げ時で8.5兆円、2014年の8%増税時には8兆円と推計としたうえで、今回は負担軽減策による緩和措置のおかげでネットの負担額は5.6兆円→2.2兆円に圧縮されるから、大したことないだろ? という論調だ。

国民は、緊縮万能主義の詐欺師の詭弁を鵜呑みにしてはならない。
疲弊した家計にとって重要なのは、「負担軽減」ではなく「所得増進」であるべきで、目線のレベルが違い過ぎる。

現行税率の消費税による国民負担は、還付分を除くと年間22兆円程度と推測される。
これだけ多額の負担を強いられ、消費力を奪われているにもかかわらず、そうした痛みはガン無視されているのに、さらなる重荷の加重をどれだけ削れるかという浅ましい議論をしている場合ではない。

今回の増税に係る政府対策案は、ポイント還元策やプレミアム商品券、自動車減税、住宅ローン減税拡充といった時限付きかつ対象範囲の狭いものばかりで、実際の軽減効果は3千億円にも満たぬだろう。
家計は永久に続く大増税に備え、すでに防衛策(支出切りつめと貯蓄)を取り始めており、10月の消費者動向調査では消費者態度の数値が再び悪化している。

家計の増税に対する警戒感は予想以上で、負担軽減策で余った資金もほとんどが貯蓄に退蔵される運命にある。

実際、花王生活者研究センターが行った消費増税に関する調査結果によると、首都圏在住既婚女性の約9割が「買い物・消費に影響すると思う」と回答。これまで消費税が段階的に上がった経験から「必要な物しか買わなくなる」「セールの時にまとめて買う」といった買い方の変化や、「高額品」「菓子などの嗜好品」の買い控えが起きるとし、彼女らは「10,000円買ったら消費税が1,000円になるから一層気になる」、「1,000円以上の買い物は慎重になる」と警戒していることからも財布の紐が固くなるのは間違いなさそうだ。
【参照先】https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000782.000009276.html

消費税は、実体経済の根幹を成す「消費と投資」にペナルティを課すトンデモナイ欠陥税制だ。
曲がりにも「経済成長なくして財政再建なし」を謳っていた現政権や与党が、経済成長の芽を根こそぎ刈り取る増税という最悪手を強行するなんて正気の沙汰ではない。
財政再建どころか、動脈を硬化させて経済循環の血流を堰き止めるようなものだ。

これほど常識外れの緊縮ゴキブリが跋扈するようでは、元号が改まる来年は、不本意ながらも「失われた30年」と「後進国化」への起点として後世に記録されることになるだろう。

次世代や将来世代の日本人に蔑まれたくなければ、増税など以ての外であり、いますぐ消費税廃止や減税を議論し、積極的な財政金融政策への大転換を図らねばならない。

くだらぬ財源論など犬でも喰わせておけばよい。
そんなものは、国債発行や紙幣増刷でいくらでも調達できるし、それが技術革新やサービスの質の向上の糧となって将来世代の国民の生活をより豊かで便利なものに変えていく。
それこそが“国富”なのだ。

政府や与党の仕事は、国庫の銭勘定をして足りない分を国民に請求することではない。
国富たるモノやサービスを高度な次元で提供する力を絶えず養成し続け、国民生活を豊かにすることこそが最大の役割だろう。

2018年11月 8日 (木)

豆腐メンタルの反原発ゴロには異論や少数意見を認める度量がない

政治経済問題を語るにあたり、非常に大きな政策効果が期待できるにもかかわらず、マスメディアが絶対に口にしないキーワードが三つある。
一つ目は「積極的な財政政策」、二つ目は「消費税の廃止」、そして三つ目は「原発の再稼働」だ。

9月に北海道で発生したブラックアウトにより、北海道内の企業は大きな悪影響を受けた。

『北海道地震、道内企業の6割に影響』(11/6 日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3743611006112018L41000/
「北海道が発表した7~9月の企業経営者意識調査によると、道内で最大震度7を観測した地震について「被害・影響がある」と答えた企業が約6割に上った。停電や断水のほか、従業員が出勤できなかったことで工場の操業や店舗の営業が中止、時間短縮などを余儀なされ、打撃を受けた。(略)」

北海道経済は、水産資源の不漁や公共工事の減少などにより、ただでさえ他地域と比べて景気動向の立ち遅れが目立っていたのに、大停電の影響で生産や流通機能が失われ、頼みの観光業も相次ぐキャンセルでお手上げ状態と来た日には、まさに泣きっ面に蜂といった心境だろう。

先日、筆者が道内企業経営者に聞いたところ、非常用自家発電設備などの需要が急増し、生産がまったく追い付かず、設置業者から納期は来春以降になると言われたと零していた。

9月の停電時もあちこちで交通マヒが発生したが、札幌都市部でも1メートル以上の積雪がある北国のことだから、停電によるガソリン供給ストップ→除排雪機能停止→大規模かつ長期間の交通マヒ→流通・生産活動の大混乱という事態が容易に予想できる。

再度、前代未聞のブラックアウトという異常事態が起きた場合、厳冬期を迎える道民の健康や生命に大きな被害が及ぶだろうが、企業の停電対策もほとんど進んでいない実状から、道内経済は再起不能に陥るリスクもある。

ブラックアウトは二度と起こしてはならぬ脅威だが、その対策は遅々として進んでいない。

電力広域的運営推進機関検証委員会や経産省の作業部会では、ブラックアウト発生に関する北海道電力の責任が否定されており、筆者もそれが当然だと思うが、今後の対策に関して、いの一番に言及すべき『原発再稼働』に一言も触れていないのは大いに不満がある。

検証委や作業部会は、ブラックアウト発生の原因を「北海道内の電力供給源の苫東厚真火力発電所への一極集中」だと結論付けているものの、必要な対策として電源分散・北本連系増強・強制停電上限の拡大しか挙げていない。

メイン電源たり得ない再生エネなんていくら分散させても無意味だし、北本連系増強には多大なコストと年月を要し迅速性に欠ける。

残る強制停電についても、これまで具体的に議論されたことはなく、おそらく北海道民にとって初耳だろう。
停電予定地域の指定もこれからだし、停電期間中の補償問題も何ら議論なされていないから、対象地域の合意形成がすんなり行くはずがない。
なにせ、強制的に停電させられて喜ぶ者なんて一人もいないのだから…

問題の核心が苫東厚真への一極集中にあるのなら、最も適切な回答は『泊原発の早期再稼働』しかない。

財政政策論議にも同じことが言えるが、マスコミや世の論者たちは、最も迅速かつ効果的な政策を敢えて忌避するから、いつまで経っても問題解決の糸口すら掴めないのだ。
目の前に転がっている『模範解答』を意地でも見ようとしない彼らの狂人ぶりには開いた口が塞がらない。

そんな狂人たちには、ぜひ次のコラムを読んでおけと言っておく。

『「原発再稼働」をいつまでタブーにするつもりなのか~北海道ブラックアウトでも「原発再稼働」を口にしない政府の異常性』(11/5 JB PRESS 石川和男:政策アナリスト)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54563

石川氏は、地球温暖化対策から脱石炭を煽ってきたマスメディアや世論が、胆振東部地震の発生以降、泊原発再稼働の声を掻き消すために、苫東厚真石炭火力発電所の再稼働を後押しし、脱石炭運動を急に引っ込めたことを皮肉っている。

筆者は、そもそも地球温暖化なんて環境活動家のゴロツキどもが勝手に創作した作り話としか思っていないし、CO₂削減運動ほど有害無益なことはないと心底軽蔑している。
目に見えぬCO₂の削減にカネを使うなんて、幽霊退治に補助金を出すような愚行だろう。

上記コラムで石川氏は、「北海道には現在停止中の泊原子力発電所がある。私は、むしろこの泊原発の早期再稼働に向けた準備を今すぐにでも行わせるべきだと思っている。(略) ところが、北海道全域を襲った非常事態を前にしても、泊原発の活用についての話が、政治の側からも役所の側からもほとんど出てこなかった。これは異常な事態と言わざるを得ない。(略)  まるで、日本全体が「原発再稼働」について、強烈な言論統制下にあるかのようだ。もちろん誰も統制してはいない。批判を恐れて、自ら口を閉ざしてしまっているとしか思えない。」と指摘しており、筆者も完全に同意する。

ブラックアウト防止に最も効果的な対策は、誰が見ても泊原発の再稼働なのは間違いない。
苫東厚真発電所を上回る発電能力、安価な発電コストに加えて、原子力規制委員会のキチガイじみた安全基準をクリアするために投じた地震や津波対策のおかげで、同原発の安全性は格段に向上している。

さらに、石川氏が「旧基準に照らし合わせるならば、その気になれば、2週間もあれば再稼働ができてしまう」、「その気になれば泊原発の再稼働は今すぐにでも可能なのだ」と指摘しているとおり、よちよち歩きの再生エネと比べて迅速性の面でも極めて優れており、ブラックアウト対策の主軸としてこれ以上相応しいものは存在しない。

世間に蔓延る「原発アレルギー」が巻き起こす批判を恐れて、政治家や官僚、識者が敢えて原発再稼働に触れようとせず、触らぬ神に祟りなしと、“正当な対策”から目を逸らし続けるのは、未来に転がるリスクをわざわざ招き入れるような売国行為に等しい。

上記コラムで石川氏は、「こういう主張を展開すれば、ネット上には、きっと反対の意見が溢れることだろう。自分と違う意見が来るのは、全くおかしなことではない。だがやってくるのはたいがい、根拠のない誹謗中傷ばかりで、政策的非難はそう多くはない」と呆れているが、筆者もこういった反原発ゴロの言論圧殺には強い憤りを覚えている。

ゴロツキどもは「原発推進派は異論や少数意見を認めず、持論が正しいと妄信している」と批判するが、事実はまったく逆である。

なにせ、反原発派は現状、“圧倒的多数意見”であり、原発再稼働論など超少数意見でしかない。
石川氏のコラムにあるとおり、政府や官僚、マスコミ連中が原発再稼働の一言すら口にできない事実一つをとっても、原発反対派は少数意見どころか圧倒的多数意見であるのは明らかだろう。

さらに指摘すると、原発再稼働派は再生エネの家庭用電源としての普及まで否定していないが、一方の反原発派は原発の再稼働どころか、その存在すら一ミリたりとも認めようとしないではないか。
反原発ゴロの論文やブログ、ツイートのいずれを見ても、「原発=放射能まみれの汚染装置」という妄想で凝り固まっており、冷静な議論ができる余地などまったくない。

つまり、“異論を絶対に認めない”のは、キチガイじみた反原発派の連中であり、ありもしない妄想を盾に被害者のフリをするのは止めてもらいたい。

石川氏は、福島第一原発の事故後、全原発を停止させたせいで掛かった化石燃料の輸入コストは1日100億円以上、年間3兆6000億円にも上ると指摘している。
これが7年間も続いたのだから、少なくとも20兆円以上がドブに捨てられた勘定になる。
20兆円と言えば、全国の自然災害被災者に生活再建見舞金を3,000万円ずつ支給しても十分余るほどの大金だ。

狂信的反原発ゴロたちは、これだけのコストを無駄にした罪の大きさを十分噛みしめ猛省してもらいたい。

長々と論じてきたが、最後のもう一つ、反原発ゴロの幼稚な妄言を正しておく。

彼らは、戦争で国内の原発が敵国の標的にされると大惨事になると騒ぎ立てている。
現在、世界各国には400以上の原子力発電施設があり、戦時のリスクを蒙るのは我が国に限ったことではないし、核攻撃を受けた日には、その標的が原発でなくても数百万人単位の被害は免れない。

また、記憶に新しいことと思うが、2015年に中国の天津市で起きた化学薬品工場の大爆発により、数千人単位の死者が出た(死者行方不明者173名という公式発表を信じる者は誰もいない)と言われているが、我が国には大小合わせて21万か所以上の工場があり、危険な薬品や化学製品、鉄製品などを扱っている都合上、こうした製造拠点が爆撃を受けても、当然多大な被害が生じることになる。

敵国による攻撃で大きな被害が生じるのは原発に限ったことではなく、重化学工場や石油コンビナート、港湾、橋脚、高層タワー、空港など他にいくらでもある。
例えば、国会会期中に議事堂や霞が関周辺をふっ飛ばせば、日本の権力機構や行政機構が一瞬で失われてしまう。
よって、原発だけをターゲットに戦争リスクを煽り立てても意味がないし、原発と戦争を直結させて脅威を増幅し反原発を論じようとするのは、筋の悪い幼児性妄想癖でしかない。

2018年11月 5日 (月)

泥棒に追い銭

『トランプ大統領に多くを学ぶべき日本~好調な米経済と低迷する日本経済、その差は何か』(9/19 JBPRESS 堀田佳男/ジャーナリスト)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54132
「(略)ホワイトハウスの国家経済会議(NEC)委員長のラリー・クドロー氏は9月8日、フォックス・ニュースに登場して自信たっぷりに述べた。
 「ほとんどの経済専門家は2018年の米経済が好景気に沸くことはないと否定的な見方をしていましたが、全くの見当違いでした。経済政策だけでなく、あらゆる指標で良好な数値が出ています」11月6日の中間選挙を前に、トランプの汚点をあぶり出したい民主党としては、経済ではケチをつけられない状況にあるのが現実だ。(略)
トランプに批判の声を上げる最右翼的な存在のワシントン・ポスト紙は9月13日、「編集委員会」の論説として米経済の好況を認めた。
 「米経済に良好なことが起きています。8月の失業率は3.9%ですし、インフレ率も連邦準備銀行(FRB)が目標にしている2%に近い」
 「最新の統計局のデータでは、平均世帯年収は6万1400ドル(約678万円)で、2008年の金融危機以前とほぼ同じレベルにまで戻りました。(中略)トランプの功績を認めていい」」

アメリカ経済の好調さは漏れ聞こえてくるが、それを伝えるマスコミやジャーナリストは、バカの一つ覚えで「株価・失業率」しか云わぬから、一般国民の所得水準や雇用条件が改善したのかいまひとつ判然としない。
ただ、サラリーマンの平均給与が、いつまで経ってもダダ下がり状態の我が国より相当マシなことくらいは判る。

好調の要因がトランプ大統領の大型インフラ投資によるものか、大型減税や輸入関税強化、移民制限、貿易協定見直しなどによるものか、現時点で詳細に分析するデータがない以上、早急な判断は避けたい。

だが、筆者は、インフラ投資の重要性を理解し、国家の基盤を揺るがす不法移民や、富や技術の流出を促進させるだけの野放図なフリートレードを善しとしないトランプ大統領の経済観念を高く評価している。

少なくとも彼は、経済政策に興味がなく口先だけの煽動家だったオバマやブッシュとは比べ物にならぬほど有能だろう。
なにせ、世界中のマスコミやエセ左翼の連中から総攻撃を受け、年中袋叩きに遭いながら、これほどの経済成果を上げた手腕と強靭な信念には敬意を表したい。

あとは、自分を支持した労働者や低中間層の国民の所得をもっと引上げ、政策の果実を遍く行き渡らせるよう努力を続けるべきだ。

さて、今回冒頭のコラムを採り上げたのは、堀田氏の結文に違和感を覚えたからだ。

堀田氏は、トランプ経済政策によるアメリカの力強い経済発展と比べ、我が国の成長率のみすぼらしさを嘆き、「安倍晋三政権は国内産業にエネルギーを注入する意味で、法人税の減税を真剣に考えてもいい」と結んでいる。

日本の低成長率を善しとしない彼の姿勢には賛同するが、いま日本が採るべき経済政策のいの一番に「法人税減税」を挙げる理由がまったく理解できない。

既にご承知のとおり、我が国の法人税率(基本税率)は、昭和59年ころの43.3%をピークに段階的に引き下げられ、いまや23.2%と半分近くにまで下がっており、法人税収は平成元年の19兆円をピークに、平成28年には10.3兆円にまで46%も減っている。

一方、法人企業統計調査によると、全産業(金融業,保険業を除く)の売上高は平成元年/約1,300兆円→平成28年/1,455兆円と12%近くの上昇率だが、同期間中の経常利益は約40兆円→75兆円と87.5%も増えている。(労働分配率も長期間低下したまま)

要は、大企業や中堅企業を中心に企業サイドの担税能力が大幅に増え続けたのを放置したまま、法人税収を減らすに任せてきた、つまり、歴代政権によって、企業サイドは存分に甘やかされてきたと言えよう。

これだけ過保護な扱いを受けた企業にさらに減税の恩恵を与える、端的に言うと「泥棒に追い銭」するのが最適な経済政策だと言う堀田氏の提言には、まったく首肯できない。

法人税収を全事業所数(※平成10年以前の企業数データがないため事業所数を使う)で割った事業所当たりの納税額は平成元年/289千円→平成28年/184千円と、企業の納税負担は単純計算で36%も減っており、これ以上甘い汁を吸わせる必要など微塵もない。

堀田氏は自身のコラムで日本の個人消費の低調さを指摘しており、それなら、GDPの6割を占める個人消費を直接かつ即効性を以って刺激する政策、つまり、消費税廃止や社会保険料引き下げ、医療費負担率引き下げ、年金受給年齢引き下げ、定率減税、ガソリン税軽減、教育費無償化などを主張すべきではないか。

さらに、収益力に劣る中小企業や地方経済にエネルギーを注入するため、公共投資の増進や設備投資や人材確保への補助金、地方交付税の大幅引き上げといった政策が求められる。

法人税減税なんて、正直言って経済効果はゼロに近い。

個人にしろ、法人にしろ、損益計算書の最上位項目、つまり、所得や売上をダイレクトかつ大幅にUPさせ、消費や投資に使える資金の自由度を上げてやらないと、個人消費や法人投資は活発化せず、アメリカとの経済格差はますます拡がる一方だろう。

経済成長に躓いた日本を立て直すのに必要な政策は、消費性向や投資性向の高いセクターへの聖域なきバラマキである。

2018年11月 3日 (土)

醜悪な犯罪者に口実を与える反原発ゴロ

『いじめ認知が過去最多41万件 小学校で大幅増 文科省調査』(10/25 産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/181025/lif1810250021-n1.html
「全国の小中高校などで平成29年度に認知されたいじめが前年度から9万件以上増加し、41万4378件と過去最多を更新したことが25日、文部科学省が実施した問題行動・不登校調査で分かった。とくに小学校で前年度より3割以上増加。会員制交流サイト(SNS)などインターネット上のいじめも1万2632件で過去最多だった。(略)」

いじめは悪質な犯罪であり、大人と同じ基準で刑事罰を与え厳罰に処すべきだし、被害者が受けた精神的苦痛や肉体的被害に対して民事訴訟を簡便に提起できるよう、特別な配慮や仕組みづくりが必要だ。

そうでもせぬと、忌むべきいじめは無くならない。
少子化社会の下、ただでさえ貴重な存在となった子供たちや未成年世代を、民度が低く野蛮なクズたち(=加害者)から守ることなどできぬだろう。

世間やマスコミの連中は、いじめ問題を取り上げる割に、その対策への本気度が足りない。
いじめへの対処を怠り続ける学校を聖域化し、“子供同士の問題”だの“学校内で起きたこと”だのと正当性ゼロの見苦しい言い訳に逃げ込み、助けを求め悲痛な叫びをあげる被害者はガン無視するだけで、畜生以下の加害者に更生の機会を与えることにばかり熱心だ。

挙句の果てに、“いじめは昔からあった”、“いじめ被害者も打たれ強くなるべき”などと冷酷かつ無責任な態度を取り、被害者の命に係る重大かつ凶悪な犯罪を放置する。

罪もない被害者が、なぜ自分を変える努力をせねばならぬのか?
変わるべきは、心根の爛れた加害者の方ではないのか?


毎年多くの子供たちがいじめを苦にして自らの命を絶っており、悲痛極まりない。

彼らを護るべき教育現場の人間たちには、被害者の人権を踏みにじる醜悪な加害者を諫め罰する気もないのなら、そもそも教育に関わるなと言っておきたい。(※休職中にスピード違反で捕まり、逆切れしたどこぞのインチキ教師など問題外…)

学校という職場内で頻発する凶悪犯罪を見逃すようなバカ者は、生徒にモノを教える資格などないし、教員たちがいじめ問題に対処する気も、加害者を罰する気もないのなら、行内に生徒の生活指導専門の警備員を配置すべきだろう。

教育は憲法に定められた三大義務のひとつであり、我が国の国富を支える根幹でもある。
いじめ加害者というごみクズは、国民一人一人が享受すべき教育の機会を邪魔する害虫であり、一秒たりとも放置せず、いじめを見つけ次第、即刻つまみ出し、被害者への謝罪と犯した罪の償いを厳重に科すべきだ。

校内自治云々といったレベルの低い言い訳など無用。
犯罪者を放置するような勇気のない下衆には教育現場から去ってもらいたい。

常識レベルのモラル教育すらできぬ役立たずがいなくても、授業は成り立つ。
各教室に警備員を配したうえで、一般的な教養科目は予備校みたいなサテライト授業で十分カバーできるし、実技科目だけ専門の教師を現場に呼べば事足りる。

文化祭や体育祭がやりたければ、そうした分野に長けた専門人材を外から呼べばよい。
そうすれば、外部人材の活用にもなるし、新たな雇用創出にもつながる。

とかく教育現場という場所は旧式かつ特殊な常識に凝り固まったまま世界だから、「世間一般の常識」という新風を送り込み、彼らの発想を根底から変える必要があるだろう。

いじめ加害者という「子供の皮を被った陰湿かつ凶悪な犯罪者」の精神は著しく歪み切っており、教育だの更生だのと甘い対応をしていると、痛ましい被害の拡大を許すことになる。

『<山梨・北杜>悪口続き「死んだ方が楽」 福島出身の中1』(11/1 毎日新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181101-00000011-mai-soci
「 山梨県北杜市で昨年11月、自殺を図った市立中1年(当時)の女子生徒(14)がいじめの被害を訴えたにもかかわらず、学校側はいじめによる「重大事態」と認めていなかったことが判明した。(略)
女子生徒は福島県南相馬市出身。2011年の原発事故後、古里を離れ、各地を転々とし、13年8月に山梨県北杜市に移住した。(略)
女子生徒の場合、いじめは北杜市の小学校に転入した翌年ごろから始まった。震災や原発を理由にしたいじめは受けたことがないというが、「転校して先生にほめられた時、『(他の児童より)ひいきされている。差別だ』みたいなことを言われていた」と話した。
嫌がらせは、やがて陰湿ないじめに変わった。持ち物を隠され、同じクラスの女子から突き飛ばされた。2人がかりで10分以上にわたって体の上に乗られたこともあったという。
「学校の嫌なことでストレスがたまった。死んだ方が楽」。そう考え、自ら手首を傷つけた。「私だって中学校に行きたい。何で普通の生活ができないんだろう」」

お亡くなりになられた生徒さんとご遺族の苦しみやご無念を思うと、胸が張り裂けそうになる。

一人の人間を自殺に追い込むような悪質な犯罪に手を染めたクズども(加害者)は逮捕して厳罰に処すべきだ。ごみクズに更生の機会などいらぬ。

文科省の調査では、原発事故による避難生徒へのいじめが、2017年3月までに全国で199件確認されているそうだが、実数はおそらくこの数倍に上るだろう。

いじめという醜い行為自体が許されざる“犯罪”なのに、大地震が惹き起こした大津波による原発事故という人智の及ばぬ災害と、当時の誤った避難政策のせいで故郷を追われた子供たちに対して、「お前らのせいで原発が爆発したんだ」、「放射能がつくから近づくな」などと罵声を浴びせた最低のクズ野郎は本当に人間と呼べるのか?

マスコミをはじめ反原発ゴロの連中は、事故発生以降、福島を放射能まみれの汚れたち土地であるかのように蔑み、原発避難いじめに興じるクズどもに犯罪の口実を与えてきた。

そして、ゴロツキどもに乗せられた多くの国民もまた、口先では復興だの絆だのときれいごとを言いつつも、現実離れした放射能汚染がらみのデマ拡散に加担し風評被害をまき散らかしてきたのだ。

原発事故という未曽有の事態に直面し、本来なら、政府は科学的見地から放射能リスクが大したものではないことを冷静に伝え、国内外の技術者を結集させて放射能の漏出を少しでも早く防ぐための方策を打ち、国民はそれをバックアップせねばならなかったのに、誰もがキチガイみたいに狼狽し、東電を責め立て、福島が放射能汚染されたかのように怯えるばかりだった。

筆者は、あの時ほど日本人が頼りなく子供じみた愚人に見えたことはない。

その結果、中国や韓国といった衛生観念という言葉すらないような下等な国々から、福島県をはじめ関東周辺の食品や水産物の輸入を禁じられるという噴飯物の屈辱を受け、かの国にまともな抗議すらせず、経済制裁すら科さぬという情けなさだ。

いじめは憎むべき犯罪である。
ましてや、原発避難者に対するいじめなど鬼畜行為にも等しく、断じて許してはならない。
人間の仕業とは思えぬ惨たらしい犯罪に手を染めるクズどもは、厳しく罰せねばならない。
そして、放射能汚染に関する汚いデマをまき散らし、福島を侮辱し続けてきた反原発ゴロの連中も同罪だ。

2018年11月 2日 (金)

セレブ気取りの人非人

拙ブログでは、以前に、保育園建設に反対運動を繰り広げるアホな世田谷区民を批判的に採り上げたことがあったが、それに匹敵する傲慢で身勝手な人非人たちが現れたらしい。
(『保育園建設に反対するバカには情操教育を義務付けろ』https://ameblo.jp/kobuta1205/entry-12152219315.html
)

『「港区の価値が下がる」の声も…南青山に児童相談所設立で物議』(10.31 AERA)
https://dot.asahi.com/aera/2018103000014.html?page=1
「東京・南青山で港区が進めている児童相談所(児相)の設立計画に、一部の住民が反発している。
「そういうもの(児相)をもってきたときに『港区の価値』が下がるんじゃないかと思うんですよね」
「ランチが1600円ぐらいするところに、なんで(保護対象の)親子を連れてくるんですか」(略)
ブランドショップが立ち並ぶ南青山5丁目の約1千坪の土地に、港区が「子ども家庭総合支援センター(仮称)」を建設すると発表したのは、昨年2月のことだ。児相の他に、子育て相談などができる「子ども家庭支援センター」や、養育が困難な母子家庭が入居できる「母子生活支援施設」も併設した複合施設となる予定だ。児相には虐待を受けた児童や非行児童を緊急的に保護する一時保護所の機能も持たせ、2021年4月の開設を目指している(略)」

中韓鮮の三バカぶりも大概だが、児童相談所という貴重な福祉施設の建設に顔を真っ赤にして反対するバカどもの姿を見るにつけ、(一部の)日本人も本当に劣化したものだと嘆息せざるを得ない。

AERAの記事でも、「東京都の児相不足は深刻だ。都内全域に11カ所しかなく、相談や通報に対応する児童福祉司は273人だけ(18年4月1日時点)。一方、17年度に都内の児相に寄せられた相談件数は3万7479件で、1人で年間137件もの相談を抱えている計算になる。厚生労働省によると、16年度に虐待で亡くなった子どもは77人。5日に1人のペースで子どもの命が奪われており、児相の必要性が高まっていることは間違いない」と指摘しているとおり、国内の児童虐待相談対応件数は右肩上がりに増え続けている。
平成29年度の対応件数は13.3万件に上り、20年前の25倍と異様な増え方だ。
【参照先】https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000348313.pdf

件数急増の背景には児童虐待の社会問題化による認知件数の増加があるのかもしれないが、はっきりしていることは、社会問題化により世間の監視が厳しくなっているにもかかわらず、虐待件数は一向に減ることなく増え続けていること、一方で、対応する児童福祉司の数は平成27年度2,934人と平成11年比で2.4倍でしかなく、虐待件数の増加にまったく追いついていないという事実だ。

今年3月に東京都目黒区で、血縁関係のない父親と実の母親から度重なる虐待を受け続けたわずか5歳の女児が死亡するという大変痛ましい事件(目黒女児虐待事件)が起きたばかりではないか。

後に、何の落ち度もない女児が、日夜虐待を続ける両親に対して、「パパとママにいわれなくてもしっかりとじふんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるしてくださいおねがいしますほんとうにおなじことはしません ゆるして」「 きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにちやっていたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから もうぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」とノートに反省文を書かされていたことが判り、鬼畜未満のクソ親どもの残虐非道ぶりに表現しきれないほどの激しい憤りを覚えた国民も多かったことと思う。
筆者も、実際にこのクソどもを目の前にしたら、釘付きのバットで死ぬまで殴り倒したいくらい腹が立つ。

こうした悲劇を二度と繰り返さぬためにも、ただでさえ大幅に立ち遅れている児童福祉分野の保護体制強化は喫緊の課題であり、今回の南青山の児相建設計画もその一環として行われるものであることを反対派のクズどもはよくよく弁えるべきだ。

日本の未来を背負うべき罪もない幼子が、モラルのないDQN親の気分次第で命を奪われるような非道が罷り通るようでは日本も終わりだろう。

児相建設に反対するクズどもは、ハイソな街を自負する南青山に“異物”が混入するのを嫌っているらしい。
南青山はランチが1,600円もするのがご自慢のようだが、いまや上海やシドニー、ロサンゼルスなどランチ価格が2,000~4,000円もする都市も珍しくなく、たかが1,600円程度でマウントを取ろうとするのは世間知らずの田舎者だ。

また、児相建設が港区の価値を下げるなんてホザく大バカ者には、地図をよく見てみろと言っておきたい。
南青山には、都内有数の心霊スポットである青山墓地(青山霊園)や都立青山特別支援学校があり、不良外国人やヤク中芸能人の溜まり場である西麻布や六本木にも隣接しており、“価値”云々などちゃんちゃらおかしい。
南青山や港区の土地価格高いのは、ただ単に都心や主要駅へのアクセスの良さによるもので住民の民度とか治安はあまり関係ない。

ちなみに、東京都下における今年1~9月の犯罪認知件数を調べてみると、港区は2,784件と台東区(2,333件)や墨田区(1,883件)、北区(2,108件)、荒川区(1,108件)よりも多く、江東区(2,868件)や葛飾区(2,640件)並みと言える。
もっと細かく南青山地区だけを見ても、南青山1~7丁目合計で120件と、それこそ荒川や江戸川近辺のいかがわしい地域と大差ない。

また、人口100人当たりの犯罪発生率(軽犯罪や交通事故を除く)の高さを見ても、港区は2.61%と東京都内の市町村や23区全体で堂々の7位にランクされている。
この値は夜間人口を基に計算されるため、都心部の値が高くなる傾向は否めないものの、荒川区(1.63%)や足立区(1.62%)、江戸川区(1.50%)辺りよりも犯罪率が高いのはいただけない。
さらに、他府県の都市と比べても、兵庫県尼崎市(2.46%)、福岡県田川市(2.40%)、川崎市川崎区(2.21%)、大阪府岸和田市(2.00%)といった治安の悪さで定評のある都市より高いのが実状だ。
【参照先】http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/jokyo_tokei/jokyo/ninchikensu.html
http://area-info.jpn.org/CrimPerPopAll.html

AERAの記事によると、児相建設に反対する似非セレブどもは、「私たちは必死に働いて、安くないお金を払って、安全で安心なこの場所に住んでいます。それが急におびやかされれば、拒否反応は出るでしょう」と被害者ヅラしたそうだが、いったいどこが“安全で安心な場所なのか??”と問い詰めたい。
ちょっと考えれば解ることだが、児相ができたくらいで暮らしを脅かすようなリスクがあるなかろう。

セレブ気取りの田舎者が偉そうな態度を取る暇があるのなら、もう一度小学生からやり直して常識や公共心を学んで来い、と言っておく。

2018年11月 1日 (木)

消費税廃止を議論の起点とすべき

消費税率は来年秋の引き上げがほぼ確定的となり、“給料が上がらないのに、また負担だけ増えるのか…”と溜息をついている方も多いだろう。
そんな庶民のウンザリ感をよそに、政治の世界ではまことにくだらない弥縫策が論じられている。

『増税対策、現金配布案浮上 「田舎の魚屋、クレカない」』(10/17 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASLBJ5674LBJULFA01K.html
「来年10月に予定される消費増税に伴う負担軽減策として、商品券や現金を配る案が政権内で浮上してきた。政府は中小小売店で「キャッシュレス決済」をした買い物客にポイントを還元する対策を検討中だが、その効果を疑問視する声が相次いでおり、より手っ取り早い現金給付案が広がりつつある。
 片山さつき地方創生相は16日の閣議後会見で「キャッシュレスが浸透しきらない部分にも温かみが行くような対策を取らないといけない。プレミアム付きの商品券や旅行券、現金給付をおっしゃっている政党もある」と述べ、ポイント還元案以外の案も検討すべきだとの考えをにじませた。(略)」

政府与党は、増税に伴う景気腰折れを防ぐ手段として、キャッシュレス決済への特典付与を打ち出しているが、そんなチンケな餌で消費減退が防げるわけがないことくらい小学生でも解る。

キャッシュレス化に絡めて予算を取りたい経産省と、増税への抵抗感を少しでも和らげたい財務省の意向との一致点が今回のポイント還元策というわけだが、そもそも、個人店舗に近い中小小売店でクレジット払いする客なんてコンマ以下のごく少数でしかなく、政策波及効果はゼロに等しい。

こうした批判を受け、政府与党サイドから上記ニュースのような商品券や現金給付策が出てきたわけだが、こんなものは地方自治体の職員の仕事をいたずらに増やすだけの愚策でしかない。
一旦家計から分捕った税のほんの一部を、さも、もったいぶって分配するなんて、あまりにもバカバカしい。

片山氏は、「キャッシュレスが浸透しきらない部分にも温かみが行くような対策を取らないといけない」と間抜けなことをぬかすが、国民や中小企業の混乱を招かぬよう、事の最初から増税をしなければよいだけのことで、本当に“温かみのある対策”を取るつもりなら、所得減に苦しむ家計に「減税・社保負担減・給付増」の三点セットをプレゼントすればよい。

また、景気腰折れ対策として、政府与党は企業の給与引き上げによる消費活性化に期待しているとも言われる。
ここ数年続いている春闘でのベースアップや最低賃金引き上げ実績に加えて、440兆円にもなる企業の利益剰余金を設備投資や人件費に回させ、消費刺激効果を狙いたいのが本音だ。

だが、現実はそれほど甘くない。

企業側は十分に賃上げしているつもりかもしれないが、当の労働者側にしてみればまったく不十分で、現実の所得水準は、ライフプランから逆算した年収期待値から大きく劣後している。

経営層の連中は、“春闘で5年連続ベア実施、最賃が前年比3%アップ”なんて手柄顔で自慢するが、平均年収は20年以上もダダ下がりで元々のベースが大きく低下している、つまり、スタートラインがずいぶんと後ろに下げられていることを自覚してもらいたい。
スタートラインが、本来あるべき基準点から数十mも後方に下げられているのだから、そこからたったの数%だけハンディを貰ったところで過去の膨大な遅れや逸失利益を取り戻せるわけがない。

日銀の生活意識に関するアンケート調査(第75回)を見ても、1年後の支出D.I.(「増やす」-「減らす」)は▲32.6に沈み、少なくとも平成8年の調査以降ずっとマイナス値のままで、家計の支出意欲減退は端から見る以上に根深く深刻なのだ。

帝国データバンクが最低賃金UPに関する企業調査を行ったところ、

①最低賃金の改定を受けて自社の給与体系を「見直した(検討している)」企業は44.0%。「見直していない(検討していない)」は40.0%。2016年9月時点と比較して「見直した」企業の割合は9.0ポイント増

②採用時で最も低い時給は約 975円で最低賃金の全体平均874円より101円高い

③今回の最低賃金の引き上げ額について「妥当」が43.8%で最も多い。ただし、消費回復への効果については「ない」とする企業が54.6%で半数を超え、「ある」と考える企業は9.0%にとどまる

という結果だった。

全体の44%の企業が給与引き上げに着手、あるいは、検討し、最低賃金水準も平均以上に引き上げたものの、54%以上の企業が、現状程度の賃上げでは消費回復効果は「ない」と答えているのだ。

当の企業が、自社の賃上げは消費喚起に寄与しないと諦め切っているのだから、政府与党がいくら企業に賃上げを促しても、増税による消費抑圧のプレッシャーを跳ね返せるとは到底思えない。

増税は間違いなく個人消費減退を招き、企業業績悪化につながり、失われた30年へのレールが敷かれることになるだろう。

増税を前提とする軽減税率の取り扱いや家計への還元策といった“実りのない条件闘争”など何の意味もない。
個人消費を本気で喚起したいのなら、増税凍結→減税→廃止というステップは無論のこと、社会保障費負担の半減、定額給付金の支給、児童手当の引き上げ、医療費負担の半減、住宅ローン減税の拡充、介護経費減税、ガソリン税撤廃、自動車税引き下げ…といったありとあらゆる負担軽減策(=実質所得UP)を議論する必要がある。

それでも足りなければ、一人当たり月3~4万円程度の住宅経費給付金をベーシック・インカムとして給付すべきだ。
言うまでもないが、財源は国債や貨幣の発行で賄えばよい。

長期化し常態化した不況からの脱却を本気で目指すつもりなら、家計の懐を痛めるような財源確保策は絶対にしてはならない。

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