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2018年12月

2018年12月27日 (木)

来年こそは積極財政による経済改革を!

『ポケベル電波は「防災無線」で生き続ける 「文字通信の強み、最大限に発揮」』(12/3 ITmedia)
「ポケベルを使った無線呼び出しサービスが、来年9月に終了する。全国で唯一、サービスを提供している東京テレメッセージが12月3日、終了を決めたと発表した。同社は、利用者が1500人を下回っていることに加え、「防災無線サービスに経営資源を集中するため」と説明している。(略)」

筆者は、学生時代から銀行員時代を含めて、ポケベル(ポケットベル)を使ったことも、実際に目にしたこともないが、ポケベルが登場から50年も経過していたこと、サービスが継続していたこと、未だに1,500人も利用者がいたことに驚かされた。

ポケベル終了のニュースを聞いた現在の職場の同僚は、「懐かしいねぇ。若いころ、よくあんな不便なものを使っていたよなぁ…」、「あと10~20年経ったら、スマホを懐かしむ時代が来るのかな??」と感慨深げだった。

しかし、彼の様子を見た筆者の頭に浮かんだのは、このまま40~50年も不況が続けば、逆に「昔はスマホとか、インターネットを自由に見れる便利なものがあったらしいね」と過去を羨むだけの時代が来るかもしれないという、どんよりとした不安だった。

たしかに平成時代の大半は不況まみれの陰鬱な時代だったが、経済や科学技術が高度成長を遂げた昭和の遺産のおかげもあり、電気や情報通信、化学、機械、農業、医療、などといった分野の飛躍的な技術発展の恩恵に浴することができた。
(それゆえに、昔より便利な生活を送れるからと不況容認論を唱えるバカも後を絶たないが…)

だが、我々がかろうじて享受できた昭和の残滓も、そろそろ底を尽きかけている。

平成中期以降の度重なる経済失政は“失われた20年”という世界でも稀有な長期不況をもたらし、内需が徹底的に破壊された結果、我が国の強みである供給力(=国富)は骨粗鬆症にも似た崩壊の瀬戸際にある。

すなわち、製造拠点やコア技術の海外流出、少子化による歪な生産年齢構成と技術継承の断絶、科学技術予算の縮減による知財や技術力の低下、無就業人口の増加による生産スキルの低下といった内部破壊により、もはや回復不能ともいえる大きな傷を負ってしまった。

日本人は、あと何年間、“昔はあんな不便なものでよく我慢していたよね”と過去を笑える贅沢を味わえるだろうか? 筆者は非常に悲観している。

このまま不況が永続化すると、我が国は先進国から後進国(=後退国)へ転落を余儀なくされ、技術発展の針は逆回転し始めるだろう。

我々の生活を豊かで便利なものにしてくれた電気製品や情報通信機器、物流サービス、娯楽サービスなどは、過去に存在した“空想上の贅沢”と化し、「過去は羨むべきもの、未来は絶望するしかないもの」という悲惨な時代が現実化しかねない。

技術発展の針を逆回転させぬためにも、緊縮思想という忌まわしい“麻薬”とは完全に手を切らねばならない。

平成不況のという麻薬中毒を悪化させた真因は、「緊縮・改悪・規制緩和の三バカ政策による大規模な需要不足のせい」というのは誰の眼にも明らかであり、薬中患者を更生させるには、緊縮主義や新自由主義という『麻薬』の誘惑を断ち切り、積極的な財政金融政策という『厳しい更生プログラム』を課すしか効き目はあるまい。

だが、麻薬患者を更生させるのは容易ではない。
いっぱしの識者を気取る連中の中にも、麻薬に魅入られ、不況というトランス状態に溺れて治療を頑なに拒む心の弱いメンヘラさんがうようよいるものだ。

『再考すべき増税対策』(12/11 日経新聞「大機小機」)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO38764620Q8A211C1EN2000/

上記コラムの担当執筆者である魔笛氏は、
「そもそも財政の役割とは、政府が国民から税金を集め、公共のために使うこと」
「せっかく国民から集めた税金の使い道は、その場だけの増税緩和策といった狭い了見からではなく、全ての支出の優先順位を熟慮して決めるべきだ」
「消費税は一時的な駆け込み需要と買い控えを起こしても、中長期的には影響しない」
といった具合に、増税断行論と悪影響緩和策不要論を唱えている。

彼が言いたいのは「財政再建のため、国民を甘やかさず完全なる消費増税をやり遂げろ」の一言だろう。
まさに、緊縮思想という質に悪い麻薬に骨の髄まで侵された重度の薬中患者だ。

そもそも、財政の役割をまったく勘違いしている。
財政政策とは、税の集金と再配分だけを指すのではない。

財政の役割は、国民生活の向上を図り、国家を強靭化するために必要な、
・社会インフラの維持更新
・医療、介護、福祉、教育サービスの高度化
・基盤となる食糧やエネルギーの開発や確保
・産業力強化のための基幹産業の育成やそれを支える技術企業群の保護
・科学技術力養成のための研究人材育成
等々の政策を行うために必要な財源を絶えず供給し続けることに尽きる。

それらに必要な財源(=貨幣)は、何も税金ばかりではなく、国債発行でも紙幣増刷でもよい。
何より優先すべきは、政策をスピーディーかつ永続的に実行し、国民生活の満足度を上げ続けることだから、財源問題など二の次、三の次でよく、消費や投資への懲罰でしかない「税」など最小限で構わない。

よって、支出の優先順位云々などセコい了見から財政を騙るのは経済の基本を知らぬド素人に過ぎぬ。
支出項目に優先もくそもない。過度なインフレにならぬうちは、聖域なきバラマキで家計や企業といった民間経済主体の成長期待を刺激し続ければよい。

火も点かぬうちから火消しのことばかり気にするバカのせいで、国民を凍えさせてはならなぬ。

また、魔笛氏は、消費税が中長期的には消費に悪影響を及ぼさないと断言しているが、まともな神経の持ち主なら、これを鵜呑みにする者はおるまい。

彼は、平成期の家計所得(サラリーマンの平均給与)や消費支出の推移のデータをとくと眺めた方がよい。
長期不況下で消費に重いペナルティを課す悪税が、消費にブレーキを掛けなかったか否か、じっくり確認すべきだろう。

緊縮麻薬は正常な経済観を麻痺させ、中毒患者は、成長より後退を、幸福より苦労を、収益より負担を、健全より退廃を尊ぶようになる。
こうなっては人間もお終いだ。

来年も引き続き、緊縮志向のバカバカしさを説き、積極的な財政金融政策による『経済改革』を強く訴えていきたい。

今年のエントリーは本稿が最後になります。
今年も一年間、拙ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございました。
読者の皆様も、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

2018年12月24日 (月)

維新好きのエセ評論家

“維新”とか“改革”といった類のいかがわしい言葉が大好きなバカ論者は、いつも的外れな主張ばかりのくせに、自らの失敗を省みようとする気はさらさらなく、他人を叱咤して悦に入っている。

この手の害虫の本を買ったり、講演に読んだり、コラムを書かせたりして甘やかしていると、ますます調子に乗って毒をまき散らすから、決してエサを与えぬよう、国民の皆さんにはよくよくご注意願いたい。

『大前研一"ついに失われた30年になった"~なぜ平成という時代は失敗したのか』(11/30 PRESIDENT ONLINE 大前研一/ビジネス・ブレークスル-大学学長)
https://president.jp/articles/-/26871
「(略)私に言わせれば、この国は現代史というものにまったく学んでいない。現代史というのは過去30年の世界の動向であり、過去30年の日本の動向である。
その現代史においてもっともシビアなメッセージは何かと言えば、財政赤字は政治家の怠慢によって生み出されるということだ。そして「経済を膨らませて借金を返せばいい」などと歴史的に見てもほとんど実現不能な政策を掲げる政治家が選ばれるのは、国民が怠慢だからである。(略)」

そもそも、「財政赤字=悪」という発想がお粗末極まりなく、国債を今すぐ返さねばならない借金だと思い込む大前氏の素人くささには失笑を禁じ得ない。

企業も家計も消費や投資を抑え込んでいる以上、政府部門が積極的に“カネの使い手”となり赤字を背負い込まねば、いったい誰が国内需要を支えられると言うのか?

また、国債発行残高は一国の経済規模を示すものであり、経済の発展や拡大に伴い増大するのが当然で、永遠にロールオーバーしておけばよく、国債のゼロ化は経済をクラッシュさせるだけのとんでもない暴論だ。

大前氏は財政赤字を政治家や国民の怠慢だとご不満のようだが、経済評論家やプロのコンサルタントを気取っておきながら、『経済を縮小させてでも借金を返すべきだ』などと歴史的に見ても絶対に実現不能なバカ論を唱える自信の無能さを恥ずかしいと思わないのか??

彼は、安倍政権や黒田日銀総裁がデフレ脱却や物価目標2%を達成できないのに対して、「達成時期を明示しないコミットメントなんて、「成り行き任せ」と言っているのと同じだ。普通の企業で事業部長がそんなことを言ったらクビである」と偉そうに批判する。
だが、『経済をクラッシュさせても財政再建を断行すべき』という事の最初から達成不可能なコミットメントを吹聴するド素人こそ、プロの経済評論家として失格だろう。

カネを使わずに、「改革」とか「維新」といった腹の足しにもならぬ空疎な言葉だけで経済を動かせると信じ込む彼の無能ぶりを、筆者は心底から軽蔑する。

彼の寝言はまだまだ続く。
「アメリカでも日本でも、かつてのギリシャや今のイタリアなどでも、国民に甘いことを言う政治家の台頭ばかりが目立つ。国民も政治家の甘ったるい言葉に慣れてしまっているので、真実に近いことを言って厳しい政策を打ち出す政治家よりも、真実から遠いことを言う政治家が選ばれる。」

アメリカやギリシャ、イタリアあたりはともかく、少なくともこの20年間、この日本で国民に甘いことを言った政治家がいたならぜひ紹介してもらいたいし、どのくらい甘い政策を打ったのか説明してもらいたい。

また、彼は、「この20年で欧米の給料は平均で2倍になっているのに、唯一、日本の給料だけはほぼフラットだ。G7の主要7カ国で比較しても、日本だけが2000年の賃金水準を下回っている。給料がまったく上がらないのだから、景気を実感できるわけがない。暴動が起きてもおかしくないくらいだが、日本人は騒がない。理由はデフレだ。」と他人事のように文句を言っているが、日本人の所得がフラット化し、欧米諸国に立ち遅れた最大の原因は、大前氏をはじめとする緊縮バカが財政支出の足を引っ張り、不況を常態化させたからに他ならない。

彼のような老害は、「“理由はデフレだ”なんて、いったいどの口が言っているのか? そのデフレを長期化させたのは、カネを出し渋ったお前たちのせいだろ」と厳しく叱責しておかねばなるまい。

大前氏は、「銀行関係者から聞いた話だが、年金の受取口座を別につくって、年金をもらい始めてから一度もその口座に手を付けていない人が結構多いそうだ。年金の3割を貯金に回している人もいるくらいだからカットする余地もあるのだが、日本ではそうした議論はタブー視される。しかし、「贅肉」にメスを入れないことには、日本の財政はまともにはならない。(略)先細りしていく将来世代にツケを回して今日の繁栄を享受するのは、現役世代の犯罪である」と高齢者の貯蓄にまで文句をつけ、将来世代に格好をつけるためになけなしの年金すらカットせよと騒いでいる。

高齢者が若者を搾取しているかのような壮大な勘違いを盾に、高齢者の年金までカットするのは、それこそ後世に年金制度への疑心を植え付け、制度維持に甚大な禍根を残す愚行になるだろう。

高齢者は世間が想像するほどカネに余裕があるわけではない。

高齢者世帯の平均収入は297万円に過ぎず、「貯蓄ゼロ」、「貯蓄50万円未満」の割合は合計20.7%に上ったというデータもある。
また、東京都内でさえ世帯収入で最も多いのは100~200万円の層で全体の25.1%を占めるといった具合に、「高齢者=金持ち」というのは現実にそぐわぬ幻想でしかない。

若年期や中年期を経済的に比較的恵まれた時期を過ごしたいまの高齢者でさえこの程度の収入しかないのだから、将来世代の高齢者の収入はもっと悲惨なものになっているだろう。

高齢者は年金を貰い過ぎだとばかりに安易な年金カットを行えば、いまの中年世代や若者世代も「いずれ自分たちの年金もカットされるに違いない」と疑心暗鬼となり、ますます財布の紐を固めて消費にブレーキが掛かるに違いないし、意図的な年金未納も増え制度自体が瓦解の危機に晒されることになる。

つまり、大前氏の馬鹿げた緊縮論や年金カット論は、日本経済を復活不能な大不況に叩き落す愚行でしかない。

彼は、「私が「平成維新」を旗印に掲げて日本の改革を世に訴えたのは平成がスタートしてまもなくのことだった。(略) 道州制、ゼロベースの憲法改正、移民政策、容積率の緩和など、私の政策提言のすべてはこの本から始まっている。(略) あれから30年が経過した。2005年はとうに過ぎ去り、平成が終わろうとしているのに、私が平成維新から唱え続けてきた政策提言はほとんど何も実現していない。ということは、平成の30年間、私は空論を振り回していただけということになる。大前研一ぐらい平成をむなしく過ごした日本人はいないのではなかろうか」と、さも被害者であるかのように嘆いて見せるが、ここは嗤うポイントなのか?

大前氏のようなエセ評論家は、不況の原因を作り、それを悪化させておきながら、自分たちは素知らぬ顔でバカ論を振りまき、多額の報酬を得ていい気になっていただけではないか。

本当に平成時代をむなしく過ごさざるを得なかったのは、彼みたいな緊縮バカに騙されてお布施を巻き上げられた無辜で無能な民であろう。

2018年12月20日 (木)

唾棄すべき変節屋

人の心は移ろいやすいとは言うものの、いい歳こいた大人が持説や思想をコロコロ変えるのはみっともないものだ。

妄想や邪教から解き放たれて心根を入れ替えるのならまだしも、保身のため、あるいは、若輩ゆえの忍耐不足から変心や変節を繰り返す輩の醜態を見るにつけ本当に情けなくなる。

・金融緩和政策の効き目が危うくなると財政政策にすり寄り始めるリフレ派の連中
・保守利権で甘い汁を吸ったくせに、いまやアクロバティック左翼擁護とネトウヨ批判だけが十八番の著述屋

巷の経済論壇にはさまざまな変節屋がいるが、下記に紹介する城氏も、そんないかがわしい連中の一人だろう。

彼は、元富士通社員として成果主義導入による従業員評価制度の矛盾を暴いて世にデビューしたものの、その後、終身雇用・年功序列を痛烈に批判する一方で、雇用の流動化や企業の内部留保蓄積、ワタミのようなブラック企業を擁護するなど、あちら側の世界に転向し、「7割は課長にさえなれません」、「たった1%の賃下げが99%を幸せにする」と若者に対する絶望強要本を著し、いっぱしの評論家気取りだ。

『移民受け入れ&消費税引き上げ推進の安倍政権は本当に保守政権なのか』(11/28 城氏のブログより)
http://jyoshige.com/archives/9279003.html

彼の得意技は“弱者批判と強者への阿り”で、新自由主義や緊縮財政論に頼り、不備だらけの経済観念を補強しようと必死なのだが、所詮は借り物の知識であり、矛盾や勘違いだらけで粗が目立ちすぎる。

上記エントリーから、彼の妄言をいくつか引っ張り出し、矛盾点などを指摘しておく。

「SNSなんかを見てると安倍政権の支持層の中に「移民を受け入れたり消費税増税するなんて、本当に保守なのか?」みたいな疑問を抱いている連中が散見されるんですが、はっきりいってアホですね。今さら何言ってんの。アベちゃんが憲法以外のことを真面目に考えてるわけないでしょ。」(城氏のエントリーより、「以下同じ」)

⇒安倍ちゃんは、先の総裁選後に「今度こそ憲法改正に踏み切る」と意気込んでいたのに、消費増税や入管法改正問題で非難を浴びた途端、またもや憲法改正の発議と国民投票法改正案を来年以降に先送りしてしまった。
安倍ちゃんが政権を取ってから6年近くになり、しかも、衆参両院で与党が改憲勢力を維持しているにもかかわらず、いつも直前になると尻尾を巻いて、憲法改正を先送りし続けてきたし、今後も逃げ回るだろう。
要するに、「安倍ちゃん=憲法改正が最優先事項」だと、いまだに勘違いしているのは、おめでたいインチキ右翼かバカ左翼、もしくは、新聞すらまともに読んでいないド素人でしかない。


「日本は古代から渡来人受け入れに積極的だったし保守革命の明治維新は使い物にならない幕府とか武士階級を投げ捨てて西洋文物を全面的に受け入れるイベントでした」

⇒まず、渡来人は4世紀から7世紀にかけて中国大陸及び朝鮮半島から移住し、仏教の普及や水稲、寺社建築技術の伝来に力を発揮したのは事実だが、それも今から1300年以上も前に終わった話で、移住した渡来人の数などほんのわずかで、中世以降は別段積極的に受け入れもしてこなかった。
また、明治政府は幕府や武士を捨てるどころかサポートや保護に精力を注ぎ、旧大名で華族や政治家、資本家に転身したものも多い。
また武士階級の者も「しかし士族はインテリであって、その中には時勢をみるに敏なるものも少なくなかった。(略) 少し補足すると、大阪株式取引所・大阪商工会議所を創設した五代友厚は薩摩藩、三菱の大番頭となった荘田平五郎は臼杵藩、三井中興の祖と言われた中上川彦次郎は中津藩、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎は土佐藩、第一国立銀行や東京証券取引所などの設立・経営に関わった渋沢栄一は幕臣、安田財閥の祖・安田善次郎は富山藩、藤田財閥の祖・藤田伝三郎は長州藩の出身である。他には日産コンツェルンの創始者鮎川義介(長州藩)、三越百貨店創立者の日比翁助(久留米藩)、第二代住友総理事の伊庭貞剛(伯太藩)、三井物産の設立に関わった益田孝(幕臣)など、武士出身者で経済界の重鎮になった人物が目白押しなのである」といった具合に、明治の産業発展の大黒柱となった人材も多い。
【参照先】http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-362.html
城氏みたいに、「明治維新=西洋文物を全面的に受け入れるイベント」なんて戯言を吐いていると、いまどき小学生にすら笑いものにされかねない。


「増税も歳出カットもしない放漫財政は保守の天敵でしょ。「国債をいくらでも刷ればOK」っていう負け組は頼むから保守を名乗らないでね(苦笑)
では安倍政権とはいったい何者なのか。一言で言えばポピュリズムでしょう。国民の多数派が喜ぶことだけをやってくれているありがたい政権です」

⇒増税と歳出カットしかしない緊縮バカは保守どころか国民の敵だ。
 「国債発行=財政破綻」という有り得ない妄想や蜃気楼にうなされている周回遅れの経済オンチは評論家を名乗るべきではなかろう(失笑)
 安倍政権や自民党をポピュリスト呼ばわりする阿呆には、ポピュリズムの意味をもう一度調べ直してこいと言っておく。
 税や社保料は上がる一方、年金支給は遠のき、TPPで国内産業や農業を破壊、水道など公営事業をたたき売り、米中韓鮮露には譲歩だけ、おまけにサラリーマンの平均給与はだだ下がりといった体たらくの何処に国民を悦ばせるポピュリズム要素があるというのか?


「本当に受け入れに反対するんだったら留学生がレジやってるコンビニや外食チェーンの不買運動やって、一食1500円くらいする純日本人が国産食材使ってやってる定食屋だけみんなで行列作って利用すればいいのに誰もそんなことしてないでしょ」

⇒くだらぬ緊縮政策と野放図な市場開放政策を押し付けて国民の平均収入を下げるだけ下げ、国民から消費の選択肢を奪っておきながら、“外人を雇って安く買える店に行くな”と言い放つのはバカか詭弁師の類だろう。
それなら、移民受け入れを声高に叫ぶ逆張り変節野郎には、移民バイトが店頭に立つコンビニと新大久保のインチキ在日料理店以外は一切利用するなと言っておく。


「消費税については逆に20%近くまでさっさと上げて、そこから先をどうするかを国民全体で議論すべきでしょう。ほっておくと30%を超えるけど、たとえば一気に15%くらいにあげれば高齢者の中からも「え!?そんなに負担しなきゃならないの?だったら無駄を見直して給付を減らそうよ」という声が出てくるはず」

⇒消費税率が一気に15%にも上がったとして、“年金給付を減らそうよ”なんて言う老人がいるわけなかろう。ただでさえ負担が増えるのに、消費や税負担の原資を返上するバカが何処にいるというのか?
 彼は消費税率を20%に上げろなんて勇ましいことを言うが、消費や投資に2割ものペナルティを課す愚策を断行した日には、間違いなく国内の消費はクラッシュする。
 ただでさえ青息吐息の種版業界やメディアは大打撃を受け、城氏の三流コラムにギャラを払うようなインチキメディアは激減し、彼のエセ本も書店で文鎮化を余儀なくされるだろう。

逆張りしかできぬ卑しい変節屋が糊口を凌ぐためには、マクロ経済の活況が最低条件になるが、自己評価だけは異様に高く、実力を過信しがちな小人に限って、自分が乗船する客船を必死に壊そうとするものだ。

自分の生活を保障してくれる経済環境を喜々として破壊しようとするのは、大局観ゼロの蛆虫やゴミ虫でしかあるまい。

2018年12月17日 (月)

せっかくの供給力をムダにするのか?

『大卒の初任給、過去最高20万6700円 5年連続増加』(11/28 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASLCX52K9LCXULFA01W.html
「2018年の大卒の初任給は前年より0・3%増の20万6700円で、過去最高を更新した。厚生労働省が28日、調査結果を公表した。景気の緩やかな回復基調を受けて、5年連続の増加となった。(略)」

大卒初任給の水準は、この四半世紀でほとんど増えていない。
いまから25年前に当たる1993年の平均額が19.3万円だから、そこからたったの1.3万円しか増えておらず、その増加率たるや年率換算で僅か0.28%というお粗末さだ。

ちなみに、1993年以前の状況を見ると、統計のある1976年→1993年までの17年間は、金額ベースで+98,700円、年間平均増加率6.1%という凄ましさであり、今とは雲泥の差だ。
【参照先】https://www.nenshuu.net/sonota/contents/new_graduate.php

仮に1990年代以降も高度成長が続き、初任給も年率6%の伸びを見せていたのなら、いまごろ大卒初任給はなんと85万円にもなっており、伸び率が半分の3%だったとしても40万円くらいに達していたはずだ。

それから見ると、四半世紀もの横ばい状態を放置し、たった20万円少々で「過去最高‼」なんてはしゃぐのは恥ずかしい限りだ。

経済というものは、生産・貯蔵・流通といった製品やサービスの供給力向上に伴い、年々成長し続けるのが当然で、停滞や減少はあってはならない「異常事態」である。

高度な教育を受けた大卒者の初任給が四半世紀も微動だにしないことに疑問を抱かない方がどうかしている。

日本人はいつから成長や幸福を追求する気を失くしてしまったのか?
資本主義経済下において、幸福への真摯な欲求なくして前進も成長もあり得ないが、幸福への権利すら放棄しようとする国民は、今世紀をどう生き抜くつもりなのか?

経済活動に欠かせないのは、人々の生活を支える供給力の維持向上であり、供給力無くして経済発展はあり得ない。

「供給」は「需要」に引っ張られる形で“貨幣”という対価を与えられ、そこで初めて付加価値が生じることになる。

世界中に管理通貨制度が普及し、(インフレ率を適正範囲内に収めるという条件下ではあるが)事実上、貨幣を無尽蔵に製造・投入可能な経済体制下において、「貨幣=需要の創造」はいくらでもコントロールできるが、それに見合う供給力を育てるのは一朝一夕にはいかない。

裏を返すと、経済は供給力の限界値(=量的・質的限界値)までならいくらでも成長が可能だから、政府は供給力の余剰分を満たす需要を創り出せばよい。

だが、我が国は世界有数の高度な供給力を備えていながら、緊縮財政を賛美するあまり需要創造を忌避し、せっかくの供給力を徒に持て余した挙句、「いつまで経っても景気が良くならない」、「もう日本は成長できないかも」と愚痴をこぼし、自信を失っている。

まことに馬鹿げたことだ。

日本人は、便利なモノを作り、質の良いサービスを提供する能力が人一倍優れているのだから、それを十二分に活かせるだけの需要を付けてやればよいだけではないか。
供給力は余っているのだから、それらをカネに換えるだけの「需要=貨幣」をもっとふんだんに家計や企業の懐にねじ込んでやればよいだけの話だろう。

巷では、日本企業の人手不足による供給力停滞が叫ばれているが、足りないはずの人手を補うための対価、つまり、労働者の賃金水準は驚くほど伸びていない。

大卒者の初任給しかり、サラリーマンの平均給与しかり、パートやバイトの時給水準しかり、人手不足の掛け声の大きさの割に、労働者が受け取る報酬の伸びは毛虫が這う程度の伸びでしかなく、所詮は低賃金労働にひたすら耐える奴隷が足りないというだけの“エア人手不足”でしかない。

また、昨今の人手不足感は供給を量的側面から捉えた訴え、つまり、

・元請からの劣悪な受注条件により恒常的な赤字体質
 ↓
・収益力が脆弱なため給与水準も低迷
 ↓
・労働条件が悪く求人不発
 ↓
・元請からの発注量をこなせない

という馬鹿げた負のループを繰り返している。(特に中小零細企業…)

これでは、いつまで経っても業績は改善されないし、人手不足も解消しない。
「赤字垂れ流し→ベトナム人を雇って人件費削減→ベトナム人を他国に取られてネパール人に求人→ネパール人を他国に取られて人手不足…」の繰り返しに終わり、やがて資金繰りに行き詰まるだけだ。

赤字仕事を大量にこなすだけの無駄な受注体質を改善せぬ限り、事態は解決しない。
受注量を捌くことに四苦八苦するのではなく、受注ごとの付加価値を上げる、要は、個々の受注の収益性を高めるべく受注の質的改善を図らねば、人手不足なんて永遠に解決しない。

一つ一つの受注単価が上がり、赤字仕事の大量生産から解放されれば、中小零細企業の収益力も増し、労働者への分配原資も生まれ人手不足感も緩和される。

本来なら、第一に、下請けいじめや雇用抑制によって史上最高水準にまで利益を溜め込んだ大企業サイドに自助努力を求めるべきだ。

そのうえで、政府が長期にわたる経済成長目標を立て、それを実現するための積極的な財政金融政策を打って市場に安心感と成長期待を与えてやれば、大企業サイドも長期目線で収益見通しを立てることができ、発注や生産拠点の国内回帰が現実のものになるだろう。

2018年12月14日 (金)

仮想“痛”貨

『ビットコイン、はじけたバブル 最高値の2割以下に』(12/10 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASLDB548DLDBULFA02Y.html?iref=pc_ss_date
「仮想通貨相場の下落が続いている。代表的な仮想通貨ビットコインは一時1ビットコインあたり40万円を割り込み、昨年8月以来1年4カ月ぶりの低水準となった。昨年12月の最高値200万円超の5分の1以下だ。通貨として利用されるのではなく投機対象となっているが、相次ぐ不正流出や規制強化などで逆風にさらされ、投機としてのうまみも失われつつある。(略)」

つい数か月ほど前に、積極財政を毛嫌いするエセ論者が、「金融市場の資金が、過熱する仮想通貨市場へと大量に流出して、急激な資金不足が発生し、国債が大暴落する‼」とノストラダムスもびっくりのアホ予言をかましていたが、結果は御覧のとおりだ。

仮想通貨市場の惨憺たる大惨敗ぶりをどのように総括するつもりか、金融市場の資金はいつになったら枯渇するのか、かの大バカ者に尋ねてみたい。

昨今の仮想通貨やキャッシュレス化ブームにつられて、仮想通貨や電子マネーの普及により、この世から貨幣やお金が消失するかのように勘違いしている者も多い。

彼らは、「現存する貨幣が仮想通貨や電子マネーにどんどん換金され、金融市場からお金が消えてなくなるから、近いうちに国債を買うカネがなくなり大暴落するに違いない」と騒ぎ立て、財政政策を有害無益呼ばわりする。

だが、“使われた貨幣が消えることはない。モノやサービスの対価として貨幣を受け取った別の誰かの口座や財布の中へと移動するだけ”という経済の基本すら知らぬ輩は、仮想通貨とか電子マネーに魅了されるだけの幼稚な田舎者であり、そういったモノやサービスを提供する側が、何を欲して事業展開しているのかをまったく想像できていない。

要は、安物や流行りものに飛びつくそこいらのオバちゃんと何ら変わりないボンクラだ。

Edyを提供する楽天が、この世から貨幣を消し去るために日夜努力していると思ったら大間違いだ。
楽天が莫大な事業費や広告費を使ってEdyを販売する最大の動機は、Edyの使用を通じて加盟店から手数料、つまり『貨幣』を得ることに尽きる。

楽天だけでなく、この世のあらゆる企業が事業活動を通じて求めているのは、最終的に“貨幣”以外の何物でもない。

電子マネーの普及により、紙幣や硬貨の発行量が減るのは避けられまいが、それは貨幣の消失を意味するものではない。
金融機関の口座内に電子記号で表現される貨幣の量が増えるだけのことで、貨幣そのものは何ら脅かされるわけではなく、今後も永続的に存在し続ける。

キャッシュレス化を国債暴落と結び付けたがるオバちゃん脳のド素人は、「電子化=貨幣の消失」と勘違いしているが、無論そんな馬鹿げたことは起きない。

電子マネーによる決済量が増えても、お金を使ったAさんの口座から、お金を受け取ったB社の口座へと貨幣が移動するだけの話に過ぎない。

つまり、貨幣そのものは、紙幣や硬貨に形状を変えることなく様々な口座間を忙しく動き回るものの、あいかわらず金融市場内に留まり続けるから、国債購入の原資が不足することなどない。これは、インチキ賭博商品の仮想通貨とて同じことだ。

こうした基本原理を解せぬバカ者は、積極的な財政政策を嫌うあまり、その財源たる国債発行の源を断ち切ろうと足りない知能を絞り、仮想通貨や電子マネーの普及により金融市場からお金が消えるという珍説に辿り着いたようだが、冒頭に挙げたニュースのとおり、大活躍が期待された仮想通貨も、いまや墜落寸前の惨状で見る影もない。

世の中の凡人たちは、「電子マネー革命で希望に満ちた未来」とか、「仮想通貨革命で働き方が変わる」と意味不明なバカ騒ぎに興じているが、そんな妄想は永遠に実現しない。

多くの家計は所得減少による資金難に喘ぎ、そもそも消費に使える元手を持っていないから、決済方法が電子化された程度で消費が上向くはずがないし、仮想通貨の大暴落のせいで大損こいて、億り人どころか、あの世へ“送られ人”になりかねない悲惨な個人投資家が掃いて捨てるほどいる。

希望に満ちた未来を約束するのは、決済の利便性や賭博の多様化などではない。
積極的な財政金融政策と適切な分配政策により、国民一人一人の口座や財布の中が、消費や投資に使える貨幣で溢れかえるようになれば、黙っていても希望の方から近づいてくるだろう。

2018年12月11日 (火)

GDP惨敗に関する売国奴の言い訳

『GDP年率2・5%減、設備投資の落ち込み響く』(12/10 読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20181210-OYT1T50008.html?from=ycont_top_txt
「内閣府は10日、7~9期の国内総生産(GDP)の改定値を発表した。物価変動の影響を除いた実質GDP(季節調整値)は前期(4~6月期)と比べて0・6%減、このペースが1年間続くと仮定した年率換算では2・5%減だった。企業の設備投資の落ち込みが大きく、11月14日に発表された速報値の0・3%減(年率1・2%減)から下方修正された。(略)」

“アベノミクスで好景気”という大嘘が、またもやバレてしまった。

今年第3四半期のGDP(実質)は、速報値で前期比▲0.3%、年率換算で▲1.2%だったが、蓋を開けてみるとマイナス幅が倍増するというお粗末さだ。

さすがに、経済失速の原因をお約束の「お天気のせい」にはしづらかったようで、“前期に高い水準だった卸売業・小売業や情報通信機械関連の設備投資の反動減”による設備投資の大幅減(年率換算▲10.6%)に起因するものと報じられている。

安倍政権は、トランプ大統領が中国との貿易摩擦を激化させたせいで設備投資にブレーキが掛かったと言い訳するだろうが、そもそも、主戦場たる国内市場を破壊し、海外需要頼みの体質に弱体化させた己の不明を反省すべきだ。

たしかに設備投資の落ち込みも大きいが、「公的固定資本形成(同▲7.7%)」も2017年第3四半期からずっとマイナスが続いており、「民間最終消費」も同▲0.7%と相変わらず冴えない。
プラス化したのは「民間住宅(同+2.7%)」だけだが、これも来秋の消費増税を当て込んだ駆け込み投資によるものであり、そのうち墜落するだろう。

これだけの大幅なマイナス転落は、消費税率8%への引き上げに伴い消費が落ち込んだ2014年第2四半期(年率▲7.3%)以来だそうだが、まだ増税前なのに、もはやGDPがマイナス値というドブに嵌まっているようでは先が思いやられる。
“増税に耐え得る強靭な経済構造”云々と阿呆なことを抜かして増税をゴリ押しした安倍首相や麻生財務相の不見識ぶりを鼻で笑うしかない。

安倍政権や自民党の連中は、常に三段構えで経済壊国政策を推し進めている。

まず、高齢者や社会的弱者の生活に直結する社会保障予算を人質に取り、増税は不可避だと国民を脅しつける。
「社会保障費は膨張を続け財政を圧迫している。我が国は恒常的な税収不足。もはや消費増税しかない」という増税宿命論だ。

次に、税収不足を嘆きつつ、なぜか“日本経済は持続的成長を続けている”と言い張り。子供でも解かる大矛盾を恥じらいもなく披露する。

そして最後に、日本経済が大不況下にある事実が露呈し、大嘘がバレても堂々と居直り、「改革が足りないせい」、「市場開放が足りないせい」、「公共事業や地方の無駄遣いのせい」だと頓珍漢かつ幼稚な詭弁を弄して逃げ回ろうとする。

彼らは、お得意の「脅迫・自慢・責任転嫁」の三点セットを“先発→中継ぎ→抑え”のごとく駆使し、財政再建や改革ごっこを断行してきた。
だが、我が国の経済は1997年の橋本行革、あるいは、2001年の小泉のバカによる構造改悪以降、成長がぱったり止まり、国民の平均所得はダダ下がりという惨状で、財政再建&改革ごっこが大失敗に終わったことは、誰の目にも明らかだ。

だが、売国奴という生き物は、自省や学習という言葉を知らず、薄汚いプライドを守るためなら、失敗や負債を平気な顔で他者に擦り付けようとする厚顔無恥な連中だから、おそらく、今回のGDP大敗の報を受けても、「生産性向上に向けた構造改革が急務」とか、「国民が安心して消費を増やせるよう財政再建への道筋を明確にすべき」などと見苦しい言い訳に終始するに違いない。

国民は、彼らの見え見えな詭弁や矛盾の数々を放置せず、厳しく糾弾せねばならない。
売国奴は嘘しか言わぬから、彼らが吐く言葉を丸呑みせず、端から疑ってかかるべきだろう。

GDPだけでなく、11月の消費者態度指数も42.9と二か月連続前月比マイナス(▲0.1)で、ここ10年というもの基準点となる50.0に達したことは一度もない。

失敗続きのアベノミクスを擁護する輩は、GDPの推移に一喜一憂するなと強弁するが、そもそも、四半期ごとのGDP成長率のグラフが、いつまで経っても0%の基準点を境にジグザグに上下する動きしかできないことを、どう言い訳するつもりか?

経済成長が本物ならば、GDPグラフは地震波(S波)みたいな動きではなく、坂道を力強く駆け上る右肩上がりの軌道を描くはずだ。

このまま“増税&緊縮&改革のワースト政策”を続けても、絶対に良い結果は出ない。
売国奴たちのやっていることは、冷や水に氷をブチ込み温めようとするがごとき愚行の極みである。

経済活動とは『生産されたモノやサービスと貨幣との間断なき交換』であり、経済成長には交換の量とスピード、それに交換行為に関わる経済主体の数の永続的増加が欠かせない。
何より重要なのは、交換行為を動機づけ、その動きを加速させる唯一の燃料(=貨幣)の投入を惜しまぬことだ。

売国奴たちには、貨幣の価値や存在意義をよく噛みしめ、経済成長のために何が必要なのか、基本から勉強し直せと言っておきたい。

2018年12月10日 (月)

増税は不幸の押しつけ合いしか生まない

消費税率10%への引き上げまで1年を切る中で、“日本は他国より国民負担率が低いのだから、国民は文句を言わずおとなしく増税に応じるべきだ”という積極増税派の妄言がやたらと目につく。

『全国民に批判されても、僕が「消費税を上げるべきだ」と叫ぶ理由』(11/27 現代ビジネス 井手英策:慶応大学経済学部教授)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58620

井手氏の主張はコラムのお題目以上でも以下でもない。
要は、「安心安全社会を創るには社会保障制度の充実が不可欠。必要な財源を捻出するために増税で痛みを分かち合おう。共生社会を理想とする日本人なら反対しないよね?」と言いたいわけだ。

彼の主張をいくつか要約して列挙してみよう。

・税が高い社会が悪い社会というわけではない。税は「ともに生きる意志」を表す。税の痛みが強い社会とは、そこで生きる人たちが「ともに生きる意志」を持てない分断社会だ。

・増税忌避の結果生じた財政赤字や政府債務は分断された社会の象徴だ。

・日本では自己責任論が横行し、生活保護の利用率が他国より著しく低くなるなど社会福祉制度に頼りづらい空気が蔓延している。

・消費税を7%強上げれば、子育て、教育、医療、介護、障害者福祉といったベーシックなサービスを無償ですべての人に提供する「貯蓄ゼロでも不安ゼロ社会」を創ることができ、税は「痛み」から「暮らしの会費」に変わる。

・財政支出のための国債を発行すると銀行への利払い費が発生する。銀行は私たちに金利を払ってくれないのに、毎年3〜4兆円が銀行への利払い費で消える。税は貧しい人たちも払っており、そのお金で銀行が豊かになるのはおかしい。

・高齢化社会を迎えて将来不安による貯蓄が積み上がり、「蓄え」が「過剰」になり、その分「消費」が「過少」になりがちだ。そこで、増税により個人の蓄えを社会の蓄えに変え、人間の暮らしのために使った方が景気は刺激されるはず。

彼の文章は、論理も無茶苦茶、切り口もデタラメであり、読んでいて頭痛と目眩が止まらない。
この程度の経済認識で学者を気取れるのだから本当に恐れ入る。

念のために指摘しておくが、井手氏の言う「私たちの税金が国債利払い費に使われ、銀行の懐を潤すだけ」という戯言はまったくの見当違いで、銀行に支払われた国債利払い費の大半は、巡り巡って国民や企業が一方的に銀行に押し付けた巨額の預金(=銀行にとっての借金)の利払い費用に消えてしまう。
昨今の地方銀行の苦境を見れば、それくらいの理屈はすぐに理解できるはずだ。

彼が言いたいことをさらに要約すると、

①社会保障や福祉制度の立ち遅れが、日本国民の生活満足度を引き下げ、消費切り詰めの真因だ。

②これ以上の財政赤字は容認できぬ以上、増税により国民が痛みを分かち合うしかない。

③増税負担によるデメリットよりも、社会保障の充実により安心安全社会が生まれるメリットの方がはるかに大きい。

④増税に納得できない国民は、ともに生きる意志を持てず分断社会という厄災を招くだけの二流国民(=非国民)だ。

といったところか。

井手氏のような積極増税派は、国民を増税の前に平伏させるために、えてして社会保障制度を人質に取ろうとする。
社会保障に連なる“弱者保護、共生社会、相互扶助社会”といったキーワードさえ掲げていれば、マスコミやレフトスタンド(左派)に居座る連中を黙らせやすいからだ。

そうした連中は、事の最初こそ、消費税は逆進性が強く弱者の生活を直撃すると騒ぎ立てるが、たいして長続きしない。
彼らにとっては、増税で苦しむ庶民の生活よりも、国の財政再建の方が遥かに重要かつ優先度合いが高いため、そもそも増税に反対する気も薄く、「増税せざるを得ないのは公共事業や公務員給与など無駄遣いが多いせいだ」とか、「社会保障財源を確保するには増税が不可避。いまこそ助け合いの精神を‼」と、ちょっとばかり議論の方向性を変えてやれば、待ってましたとばかりに増税容認へと舵を切り始めるから、彼らをコントロールすることなど屁でもなかろう。

井手氏は、「病気・介護・失業・子育て」というセーフティーネットさえきちんと整備されるなら、国民はどんな重税であろうと喜んで耐えるべきだと訴え、病気をしても、失業しても、長生きしても、子どもをたくさん作っても心配不要になる「貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会」をつくろう、「税は痛みではなく、“暮らしの会費”」だと強弁する

積極増税派はセーフティーネット万能論を唱えがちだが、増税がもたらす収入&貯蓄減という“日常生活の破壊と悲劇”を放置しても、医療・介護・失業対策という“非日常的リスク”さえフォローしておけば国民が安心できるはずというのは、大いなる勘違いでしかない。

市井の人々は、日常生活の中にある労働を通じ、家計を支え人生設計を担保する収入を得ており、日常生活と非日常生活(病気・被介護・失業等)とを比較すると、前者における生活時間の方が圧倒的に長いのだ。

よって、人生の母艦となるべき日常生活を破壊された状態で、非日常生活のリスクだけが減っても意味がない。

井手氏は消費税率を現行より7%ポイント上げろ、つまり、15%にせよと叫んでいるが、あらゆる消費に+15%ものペナルティが課されるのだから、消費はシュリンクし、内需のクラッシュは免れまい。
そうなると、企業業績は急降下、国内労働市場には失業者が溢れ返るに違いないが、彼は「たとえ失業者だらけになっても、増税を原資に生活保護や失業対策は万全。これには国民も皆にっこり」なんて言い張るつもりなのか??

増税という社会的コストを払い社会保障を充実させるべきと言うが、これまで消費税率が3%→8%に上がっても社会保障費は毎年のように財源不足状態で、一向に充実する気配はなく、医療費の自己負担率は増える一方、年金支給開始年齢は後退を繰り返すという体たらくで何の説得力もない。

いくら増税しても、もしもの時の備えは万全とは程遠く、しかも人生において、もしもの時なんてほんのひと時に過ぎないから、人々は、それ以外の日常生活における満足感や充実感がない限り安心することができず、消費に対して消極的な態度を取り続けるしかない。

そもそも、安心や安全を得るための財源を“税金だけ”に求めたがる発想が、非合理的かつ安直で時代遅れも甚だしい。

税を重くして“痛みの分かち合いごっこ”に興じるのは夢見がちなバカのやることで、財源が足りなければ国債や紙幣の増刷で対応すればよいだけのことだ。

課税に拘り国民をいたぶって内需に冷や水を浴びせないと、社会保障の安全安心は手に入らないと二者択一を迫る言い草には合理性の欠片もない。

増税がセーフティーネットを充実させ安心安全社会をもたらす、なんてのは質の悪い冗談にもならぬ究極のバカ論だ。

重税は国民の収入を名実ともに減らし、国民は、安心どころか我慢と不満を募らせ、将来を悲観して消費にブレーキをかけ、経済を低迷と衰退のどん底に叩き込むだろう。

一方、国債や紙幣増刷により積極的な財政政策に転じるならば、一時的に多少のインフレが生じ、ある程度の物価上昇に対する国民の不満は免れぬかもしれないが、財出が将来の成長期待を生み投資や消費が活発化して好景気が到来する。

経済成長により国民の収入は長期的に上昇へと転じて消費は過熱し、実体経済は活気や活力を取り戻し、ディマンド・プル型のインフレに伴う痛みの分かち合いもスムーズに行われるだろう。

寒空の下でひもじい思いをして我慢の押し付け合いをするよりも、暖かな陽気の下で多少のお金を持ち寄って美味しい食事や酒を楽しむ方が、国民にとって遥かに楽しい時間を過ごせるはずだ。

大切なのは、井手氏みたいに、きれいごとを盾に不幸の押し付け合いを強要することではなく、誰の懐も傷めずに幸福の分かち合いをする手立てを選択することなのだ。

2018年12月 6日 (木)

奴隷中毒

安倍政権や自民党による移民の輸入拡大を目的とした入管法改正は、あっという間に衆議院を通過し、12月10日の会期内成立の可能性が高まっている。

在留外国人数は、1991年には122万人だったのに、2000年辺りから加速的に増え始め、2017年には256万人と、25年余りで2.1倍にも増えてしまった。
しかも、約半分の127万人を中・韓・鮮といった反日国家の人種が占めている。

ただでさえ、移民増加は治安悪化や犯罪増加が懸念されるにも関わらず、日ごろから日本を敵視する卑しい国々の連中を野放図に受け入れてきた綻びが出始めている。

『不法労働か 中国人11人逮捕 46人が行方不明に』(12/2 FNN PRIME)
https://www.fnn.jp/posts/00406828CX
「在留期間を過ぎて滞在していたなどとして、北海道の木古内町に住む中国人の男女11人が、入管難民法違反の疑いで逮捕された。 (略) 11人は、木古内町のアパートなどで暮らし、このうち10人は、隣町の知内町で太陽光発電の工事現場の作業員として働いていた。関係者によると、この現場では、このほかに46人の行方がわからなくなっていて、警察は、不法就労を手引きした組織があるとみて、調べを進めている。」

大甘の日本人は、中小零細企業の経営者から「人手不足は深刻」とか「外国人抜きで、ものづくりは考えられない」と泣きつかれると、途端に、“企業も経営が大変なんだから、ちょっとくらい移民を認めてあげないとね”と同情しがちだ。

だが、当の経営者らは、労働条件を引き上げる気持ちなんてさらさらなく、最悪の条件でも黙って働く奴隷を求め続けている。

その結果がこれだ。
『週72時間で月給7万円も…失踪した実習生の労働実態』(11/20 西日本新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00010004-nishinpc-soci
「(略) 母国の送り出し機関への支払額は230万円。入国前は10万円と説明された実際の月額給与は8万円。このベトナム人男性(溶接)は入国後、2年3カ月で失踪した。
 週100時間働かされたインドネシア人男性(畜産農業)、週72時間労働で月給7万円だったフィリピン人男性(建設)-。聴取票を書き写した野党議員が報道陣に公開した文書からは、長時間労働や低賃金で酷使される技能実習生の労働実態が浮かぶ。(略)」

政府に移民輸入をおねだりする連中は、「いくら求人を出しても人が集まらない」、「3K職場で働いてくれる日本人がいない」と被害者ヅラするが、何のことはない、まともな人間がとても手を出せぬような劣悪な労働条件を移民に押し付け、奴隷のごとく扱き使っている実態が炙り出された格好だ。

たとえ3K(きつい、汚い、危険)でもそれに見合う収入さえ保障されれば、いくらでも人は集まるものだ。
“高給と公休”の取り過ぎだとしょっちゅう槍玉に挙がる(挙げられた)京都の清掃職員とか、横浜市営バスの運転手を見ればよく解かるが、きつい仕事や汚い仕事であっても、高給が得られ休みも取りやすい職場なら、従業員の確保に苦労することもない。

求人に反応がないのは、「給料が安すぎる、休暇が取れない、(ノルマが)きつすぎる」の『新3K』ゆえのことで、これを改善する努力なしに働き手が集まると考える方がどうかしている。

エア人手不足を大げさに騒ぎ立てる経営者には、「お前なら、自社の求人に悦んで応募するの?」と問うてみたいが、恐らく300%“NO‼”だろう。

『「実習生に明日は逃げられるかも」 SNSで都会の情報』(10/22 朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASLBP7F9PLBPULZU00Q.html?ref=yahoo
「(略) 「造船の島」として知られる広島県尾道市の因島(いんのしま)。「彼らぬきで、ものづくりはもう考えられない」 島の南部で、船の床板などをつくる村上造船所の村上善彦社長(59)は話す。工場では、日本人従業員と一緒にタイ人の技能実習生7人が白い火花を散らし、溶接作業に汗を流す。(略)
実習生の給与は1年目が最低賃金と同額。2年目から上乗せする。月給は残業代を合わせ15万円ほど。宿舎として2棟の一軒家を用意し、家賃は光熱費込みで、ひとり1万6千円。中韓との価格競争を考えれば、日本人より人件費が安い実習生は欠かせない。(略)」

上記記事のように、外国移民抜きで製造現場の維持が考えられないなどと気軽に口にする経営者も目立つ。

悪いが、筆者は彼らに同情する気にはなれない。

移民がいないと事業が成り立たないとしたら、もはや事業が破綻して証左であり、傷の浅いうちに事業を畳むことを勧めたい。
日本人に給料が払えずタイ人を雇ってでも事業を続けたいのなら、日本ではなくタイで事業を行うべきだろう。

冷たい事を言うようだが、日本人の要求に見合う給料を払えぬ企業は、何も無理して日本で商売をする必要はない。

移民という名の奴隷に頼り、「低賃金・長時間・無休労働」という麻薬に侵された中毒経営者を野放しにすると、他の経営者にまで病気が伝染し、日本人労働者に低賃金の永続化という被害をもたらすから、いますぐ日本から叩き出すべきだ。

彼らは、タイ人やベトナム人をいつまでも安く扱き使えると勘違いしているが、東南アジアから奴隷を輸入できるのも、あとわずかの間に過ぎない。

ベトナム人の平均月収は3~5万円ほど、タイ人は10~11万円ほどと言われるが、両国の平均月収の伸び率はベトナムで年率7~8%、タイで4~5%と日本とは段違いに高い。
このペースだと、ベトナムで15年後、タイで10年後くらいに日本人の水準に追いつく見通しだ。

その時、奴隷中毒の経営者はどうするつもりなのか?
今度は、パプアニューギニア人やコスタリカ人でも連れてくるつもりか?

いい加減に国内人材を発掘できるだけの労働条件の見直しに舵を切らないと、限りある奴隷を求めて南半球や地球の裏側で空しい争奪戦を繰り広げざるを得なくなるだろう。

あらゆる業界で大手企業の寡占化が進み、中小零細企業の売上や収益状況が非常に厳しいことは筆者も十二分に理解している。

多くの企業の決算に目を通すが、昨今の公共事業費削減の流れもあり、中でも地方の企業では、増収増益を達成したのはごく一部で、減収減益を余儀なくされるところが目立つ。
原材料費や外注費のコストアップも相まって、求人どころか、既存社員を繋ぎ止めるだけの人件費をひねり出すことすら四苦八苦している企業も多い。

よって、国内労働市場の求人条件改善には、企業の99%を占める中小零細企業の業績を劇的に改善させるしかなく、そのためには、元請となる大手中堅企業の発注条件改善とマクロ経済全体の好転が不可欠だ。

特に重要なのはマクロ経済の好転であり、マクロが活性化すれば、仕事の受け手側に主導権が移りやすくなるから、元請の発注条件も自然と緩みはじめ、中小零細企業の収益率や資金回収条件も向上しやすくなり、人手確保の原資も手に入る。

マクロ経済の成長なしに中小零細企業の業績回復も人手不足解消もないのだから、中小規模の経営者こそ、積極財政に賛成し、消費増税やグローバル化に反意を示すべきだ。
彼らの業界団体である日本商工会議所は消費増税に諸手を挙げて賛成しているが、もってのほかの愚行であり、会頭や首脳部の低能ぶりをきちんと批判し糾しておくべきだろ。

人手不足という喫緊の課題の真因は何か、それを解消するにはどんな経済政策が必要なのか、常識的に考えればすぐに解かることだ。

2018年12月 3日 (月)

成長を放棄する国に安心はやって来ない

“日本はもう成長できないから、成長を前提とした社会体制を見直すべき”
“我が国は財政破綻寸前。日本人の税負担は軽すぎるから国民はもっと負担を‼”

新聞や経済記事を読んでいると、こんな妄言や暴言をよく目にするが、これに真正面から異見を唱える声は意外なほど少ない。

政・官・財・学・報・金といった実際に政治を動かしたり、それに大きな影響を及ぼしたりする層の連中のみならず、「いつになったら景気が良くなるのか」と嘆く庶民層まで、経済思想において圧倒的多数を占めるのは、いまや“消極財政派”や“積極増税派”ばかりだ。

「日本には財源がない」
  ↓
「国債増発は次世代へのツケ回し」
  ↓
「身を切る改革&聖域なき歳出カットこそ絶対善」
  ↓
「消費税率を上げて国民はもっと負担を」
  
平成不況に突入してからというもの、こうした“衰退へのループ”がずっと繰り返され、法人税DOWN&消費税UPのツケ回しを喰らった国民は大きな不満を抱え、その腹いせに公共事業費や文教費、防衛費、地方交付税などがカットされ、それが国民所得の更なる縮減を招くという悲劇が延々と続けられてきた。

こうした不幸の連鎖にピリオドを打ち、平成の次の時代を再び成長と活力に満ちた時代にするためには、何よりも、経済の基本構造に対する国民の認識や意識の改善が欠かせない。

政・官・財・学・報・金といった階層の人間は、一見、深淵かつ広範な見識を有し、的確な判断力を備えているように見えるが、行動範囲や人脈が特定の業界に偏っているせいか、意外と世間知らずなのが多く、一般常識すらわきまえていない連中も珍しくない。

常識力に問題を抱えた層が動かす政治や経済政策に対して、実際に生産や消費活動を通じて社会や経済を動かす一般庶民は、自分たちの常識にもっと自信を持ち、浮世離れしがちな識者の頓珍漢な政策にドンドン厳しい注文をつけねばならない。

だが、現実には、消費税率10%への引き上げに「賛成」するバカが44%(「反対」は50%、11/17~18朝日新聞世論調査)と半数近くもおり、「日本人はどれだけ苦労を背負い込むのが好きなのか…」と呆れかえる。

口先では、“社会保障をもっと充実させてほしい”とか、“生活が苦しいから景気を良くしてほしい”と愚痴をこぼすくせに、マスコミを前にすると急に良い子ぶって、「景気が悪いのは私の努力不足のせいです。もっと税金を納めさせてください」と土下座する庶民の卑しい奴隷根性には反吐を吐き掛けたくなる。

多くの国民が、そうした矛盾まみれの態度を取らざるを得ないのは、生活が苦しいのはみんな同じだから自分だけ弱音を吐くわけにはいかない、愚痴をこぼすのは周囲の目が憚られるといった日本人特有の横並び根性や貧乏自慢好きの同調圧力によるものだろう。

加えて、ネットや経済紙に踊る識者たちが、こんな駄文を自信満々に語っているのを見せつけられると、自然と洗脳されてしまうのかもしれない。(ちょっと古い記事の紹介で恐縮だが…)

『アベノミクスでは国民が豊かさを実感できない理由』(H29.9.6 DIAMOND ONLINE 井手英策・慶大教授)
https://diamond.jp/articles/print/141031
「(略)貯蓄ができなくなって将来不安を覚えるから消費は増えないし、結婚や出産まで諦めてしまう。つまり、かつてのような生き方が難しくなっているのです。無論、成長して貯金が増えるならいいのですが、私は無理だと思っています。
 そういう意味で今の時代に、政党が成長戦略を競い合うというのは非常にズレています。成長や貯金が難しくなった時代には、成長政策と暮らしの保障を切り離し、政治や政府は後者、つまり人々の不安を取り除く役割、努力を強めるべきです。
 具体的には、一人ひとりが銀行などに預貯金をして安心を得ていたのを、預貯金をする代わりに税金で払って社会全体の蓄えにする。政府はそのお金を使って、介護、医療などの社会保障や教育、子育てのサービスを提供する。そうすれば、自分の子どもが大学に行きたいといった時に不安にならずにすむし、一方、介護などで困っている人たちにも良質なサービスが提供できるはずです。(略)」

井手氏の主張を要約するとこういうことだ。
①日本はかつてのような成長はできない
②政治家は成長ではなく、国民の不安を取り除き持続可能な社会を目指すべき
③これ以上の国債発行など無理だから、消費増税による税負担を国民は甘受すべき
④消費増税で20兆円ぐらいの税収アップが見込め、それを社会保障や教育分野に集中投資すれば雇用も増えて将来不安が解消される

かなり控えめに言っても、彼の主張は荒唐無稽なバカ論としか呼べない。

20年以上もの間、低収入に喘ぐ国民に向かって「もう成長はムリだから、楽しようなんて思うな(# ゚Д゚)」、「お前らがもっと税金を払えば安心安全社会ができるかもよ」と言い放つ己の無責任さを恥ずかしいと思わないのか??

今日明日のお金すら足りないと嘆く庶民に、もっと税金を負担しろと脅し、庶民の財布からカネを巻き上げておいて、庶民が“安心”するはずがなかろう。

井手氏みたいな積極増税派のポンコツ論者は、どれだけ増税しても、増税分は社会保障費などに還元されるからマクロ経済に悪影響を及ぼさないと主張しがちだ。

しかし、彼自身も「消費税率が2019年10月に8%から10%に引き上げられる予定です。この2%のうち1%は貧困対策、1%は財政再建に使われることになっています」と述べているとおり、増税分の半分は国債償還費で消滅し、マクロ経済の押し上げに何ら寄与しない。

よしんば、増税分がすべて政策経費で支出されたとしても、国債増発なき税負担増では、右のポケットから払った金を左のポケットに入れるだけに過ぎず、経済効果はほとんどない。
むしろ、積極的な経済政策から見放され、収入増加に確信が持てない庶民にとっては、徴収された税が自分の懐に帰ってくる確率が極めてゼロに近いのではないかという疑心暗鬼に駆られ、支出削減による家計防衛行動に出る者が頻出するだろう。

絶望や諦めの向こうに安心や希望は存在しない。

成長放棄や税負担UPを強制された庶民は、劣化し続ける社会保障制度に絶望し、未来永劫不満を抱き続けるしかない。

井手氏は、「大事なのは、負担をした分は受益もあったという成功体験を社会で共有することです」と述べ、国民が政府による税金の使い方にもっと関心を持てばそれが叶うと自信あり気に騙るが、そんな社会は絶対に現れまい。

いま必要なのは、名目・実質の両面から収入減少に直面する国民の苦境を救う大胆な経済政策である。

聖域なき歳出増加(=バラマキ)により良質な雇用増と名目所得UPを図り、消費税の廃止をはじめとする諸税減税や社会保障(年金・介護保険)負担軽減、医療費負担率軽減、ベーシックインカムによる一人当たり月3~4万円の生活支援金支給、災害被災者に対する世帯当たり数千万円の復興支援金支給、難病患者への無制限医療費支給などによる実質所得UPを並行して実行し、国民の消費意欲を劇的に刺激する政策こそが求められる。

当然、そういった前例のない政策を断行するには、政官界に大きな胆力が必要であり、それを政策の最大の受益者となる国民が強力に支えてもらいたい。

積極的な財政支出を訴えると、ハイパーインフレだの、財政破綻だのとレベルの低い批判が沸き起こるが、先行して高水準の成長を遂げたアメリカや中国といった他国の様子を見ても、インフレ率は2%台に収まっており、年間数十兆円程度支出を増やしたところで、生産力で両国に引けを取らぬ我が国がハイパーインフレになるなど到底あり得ない。

筆者は、たとえ国家予算を倍増させてもインフレ率は一桁台に収まると考えている。
「財政支出増加=制御不能なインフレ出来‼」と怯えたがるアホも多いが、需要増加の確度が高まれば、商機を狙う企業はチャンスとばかりに設備や流通機能の増強を図り、生産能力を引き上げるから、心配するような高インフレなど起こりようがない。

多少のインフレは免れないが、それが需要増加によるディマンドプル型のインフレならば、経済成長の原資として次の成長の糧に変わるし、同じく負担が増えるのなら、不況下で嫌々税負担が重くなるより、好況下で収入UPする中でインフレに対処する方が、少なくとも数百倍はマシだろう。

国民は、いかがわしい識者による積極増税論に惑わされてはならない。

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