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2019年1月 2日 (水)

「カネが無い」はバカの始まり

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年が、皆様にとって実り多き一年となるようご祈念申し上げます。

さて、昨年12月21日に閣議決定された平成31年度政府予算案が過去最高の101兆円に上ったことに対して、マスコミや緊縮主義者のバカどもが「バラマキ予算だ」、「財政再建が遠のく」と噛みついている。

筆者に言わせれば、バラマキどころか、不況脱却の意思を微塵も感じない「超緊縮型予算」だ。

周回遅れの緊縮脳たちは、消費増税に備えた2兆円規模の経済対策という“異例の景気対策”のせいで、当初予算が初めて100兆円を超えてしまったと嘆いているが、本来なら、国債費(23兆円)抜きで120兆円(国債費込なら145兆円くらい)規模の歳出であっておかしくない。

緊縮脳にバカどもは、口先では不況を憂いているくせに、カネの供給無しでどうやって不況を脱出するつもりなのか、具体論を以って答えるべきだ。

将来の見通しが立たず、企業も家計もカネの支出を渋り続ける状態で、国内の実体経済に所得や売上に直結するカネをバラ撒けるのは政府しかなかろう。

“我慢”と“改革”という安っぽい行為は不況を悪化させるだけだし、海外頼み(輸出増+観光客増)も所詮は小遣い稼ぎの域を出ないことは、20年も続いた平成不況で十分学んだはずだが?

『財政にもトリアージ(優先順位付け)の発想を』(12/18 藤巻健史(経済評論家・参議院議員)のFacebookより)
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=339616723499028&id=100023521096911
「本日は各省庁を呼んで党として来年度予算の概算要求を聞いた。あいかわらず各省庁とも予算獲得競争の体。民間のように支出を収入内に収めるとの意識がほとんどない。お金が余剰の時には正当化される予算でも財政がこれだけ悪化している時にこんなことに予算つけていいの?と思う案件が山ほど出てくる。これではまちがいなく将来赤字のツケを払わされる。それも甚大なツケを。(略)
災害時、トリアージを認めてもらうにはお医者様の数が足りないことを理解してもらう必要がある。それと同様、財政トリアージでも国にはお金が無いことを理解してもらう必要がある。(略)」

緊縮主義者という輩は、本当にざんねんで愚かないきものだと改めて感じる。

まず、“国にお金が無い”という発想そのものが、経済評論家とも思えぬ『最低のジャンク』であり、金本位制の時代ならいざ知らず、いまどきこんな周回遅れの妄想を口にするなら、政治家失格だ。
これほどレベルの低い阿呆を税金で喰わせるのは、カネを溝に捨てるのと同じくらいもったいない。

先進国随一の供給力を誇る我が国にはカネ(を実体経済に供給する余地)なら幾らでもある。
10年物の国債金利は0.05%前後と“超々々低金利”を彷徨い続けているし、国内産業の設備稼働指数も低位なままだ。

これらは、国債発行量の不足や能力を持て余す生産設備からの“不満のサイン”にほかならず、政府はもっと大胆に国債を発行し、余剰気味の生産設備に稼働のきっかけを与えねばならない。

大規模な国債発行→積極的財政支出により民間の事業量が増えれば、企業業績は上向き、長期にわたる成長期待も高まるし、景気過熱がもたらす資金の取り合いから金利が上向けば、資金運用に悩む地方銀行や信金・信組の収益改善にも役立つ。

国債発行で足りなければ、政府が別に貨幣を発行(製造)すれば済むだけの話であり、国にお金が無いなどと口にするのは、国家と家計の財布とを混同する素人未満の“うすのろ”でしかなかろう。

無いのはお金ではなく、“やる気”と“能力”の問題だ。

災害時のトリアージなんて、ふつうは後進国の話であり、日本でこうした議論をせざるを得ないのはまことに恥ずべきことだし、そもそも、医者が足りない事態を招いたのは、間違った緊縮思想の下で大学などの研究機関への科学研究予算をケチり、地方交付税を削減して地域医療機関の予算を削りまくったせいではないか。

財政トリアージなどまったく無用かつ不要であり、国民生活を向上させるためには、優先順位どころか、“聖域なきバラマキ”こそ必要なのだ。

社会保障、科学技術、防衛、防災、国土開発、農業、文教、産業育成、医療高度化等々、あらゆる分野にふんだんにバラまかれた予算をめぐり、民間事業者がしのぎを削り合い潤沢な収益を上げる経済環境こそ「常態」とすべきなのだ。

いくらでも造り出せるカネ(貨幣)を出し惜しみ、トリアージ云々を騙るのは、企業や家計の投資意欲や消費心理を冷え込ませるだけの愚策でしかない。

藤巻氏は、緊縮を賛美し、民間の競争とか自助努力をやたらと強調するが、政府がカネを出し渋る超緊縮経済下で、積極的にカネを使おうとする者などおらず、いくら競争や自助努力を強要しても、すべて死屍累々のゴミの山と化すだろう。

競争や自助努力が報われるには、それらにカネ(貨幣)という対価が十分に支払われなければならず、カネ無きところに付加価値は生まれない。
緊縮バカは、“カネ抜きの努力・根性・工夫だけ”で経済が好転することは絶対にないことを肝に銘ずべきだろう。

経済は結果がすべてであり、無限に製造可能で誰の負債にもならぬカネ(貨幣)を神聖視し、ケチっているうちは不況が終わることはない。

以上、藤巻氏のような緊縮バカの大嘘を批判し、緊縮思想に平伏す国民が一人でも減るよう、今年も努力してまいりますので、ご愛読のほど、どうぞ宜しくお願いいたします。

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コメント

あけましておめでとうございます。久しぶりのコメントです。

藤巻氏とは違う方ですが、少し前に財政再建の為には(増税による)景気悪化などささいな問題とのニュアンスの意見を読んだことを思い出しました。財政再建の掛け声の影響の強さを改めて感じました。

財界も年頭から早速構造改革の推進等自分たちに都合のいい注文を政治に付けている様ですし、平成とは、企業利益は一部の人間だけが独占という状況を強める一方で、消費税率は上がり続けることに加えコスト削減の推進により、一般国民には太平洋戦争時下にあった「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンを上回る「欲しがりません、勝ったとしても」とでも表現できる酷い締め付けが続いた時代だったと感じます。

今年は参議院選挙がありますが、少しはこういった流れの変わる結果になって欲しいものです。

>ツバメ戦士さん

明けましておめでとうございます。

平成という時代は誤った緊縮政策とともに沈んでしまいましたが、この失態を次の時代に活かして、再び力強く前進することを期待しています。

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