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2019年3月16日 (土)

貨幣負債論はリフレ派と同じ運命を辿る

『現代金融理論MMTは「完全なナンセンス」』(ブルームバーグ3/13)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-03-13/POA9WH6K50XT01
「「現代金融理論(MMT)」否定陣営にダブルライン・キャピタル共同創業者のジェフリー・ガンドラック氏が加わった。
 同氏は12日のウェブキャストで、MMTは「大規模な社会主義的プログラム」を正当化するために利用されている「完全なナンセンス」だと論じた。
 MMTを信奉するエコノミストらは、米国は自国通貨で借り入れているので、返済のためには通貨を発行すればよく、破綻することはあり得ないと主張する。ガンドラック氏は「この議論の問題点は、それが完全に誤っているということだ」と述べ、MMTは長期債の「重大なボイコット」につながる可能性があると付け加えた。
 さらに「この議論はばかげている」とし、「小学1年生には正しく聞こえるかもしれないが、景気が悪化したらどうなるのか」と問い掛けた。
 米国が来年リセッション(景気後退)に陥れば、MMTは単なる理論以上のものになる可能性があるとして、米国がMMTの実験に向かっているかもしれないとも述べた(略)」

MMTに関する議論がアメリカで盛り上がっているようだ。

同理論は通貨増発による景気刺激策を訴えるものゆえ、予想どおり、周回遅れの緊縮主義者や構造改革派といった“既得権益者”から激しく攻撃されている。

「完全にナンセンス」なのは、いくらでも造り出せる貨幣の支出を惜しみ、国内の社会保障プログラムの充実やインフラ整備、技術開発力の高度化、教育の充実といった重要課題を放置したり、自国通貨建て国債の返済を危ぶんだりする“経済ド素人”の方だろう。

MMTを含む積極財政派による“米国は自国通貨で借り入れているので、返済のためには通貨を発行すればよく、破綻することはあり得ない”との主張は、経済を理解するうえで極々初歩的な「常識論」にすぎないが、貨幣を負債やペナルティの類いと思い込み、むやみに増やしたり分配したりできないと考えるブードゥー経済論者には、そういった常識すら理解するのが難しいのか…

ガンドラック氏は、「(国債償還のために貨幣なんか発行したりして)景気が悪化したらどうなるのか」とマヌケなことを言っているが、貨幣発行を財源とする積極果敢な財政支出の目的は景気を加熱させるためであり、よしんば景気悪化期に実行するとして、「大増税+大緊縮or聖域なきバラマキ」のどちらが景気回復に資するか、小学生でも解るはずだ。

こうした議論は、やがて日本のマスコミによっても報じられ、国内にも伝播するだろう。
MMTは、アメリカ以上に頑迷な緊縮脳まみれの日本人にとって刺激の強すぎる理論であり、相当な反発を喰らうであろうことは容易に予想がつく。
というより、端から聞く耳を持たれぬまま、ガン無視される可能性が強い。

筆者のMMTに対する立場は、これまで何度も説明しているとおり、
①通貨発行権に基づく政府支出の無限性と、それによる社会的課題のスピーディーな解決を訴える部分は大いに賛同する。(→従前からの筆者の主張とも一致するため)
②ただし、貨幣負債論や租税貨幣論のような緊縮主義者をアシストするだけの空想上のゴミくず論は真っ向から否定する
というものだ。

これを踏まえて、MMTに関わる議論が我が国に上陸した際に、国内のMMT論者が恥をかかぬよう、いくつかアドバイスしておきたい。

まず、彼らに言っておきたいのは、「持論を国民に解ってもらいたいのなら、なぜ、貨幣が負債なのか、自分たちの言う“負債”とはどういう意味なのか、箇条書きで具体的に明示すべき」ということだ。

国民の貨幣に対する興味や理解の深さは様々だ。
①貨幣は負債ではない(否定派)
②貨幣を負債呼ばわりするのは違和感がある(懐疑派)
③貨幣は負債だ(肯定派)

国民の多くは上記①②に属すると思われるが、これまでの貨幣負債論者の説明は、あまりにも穴だらけで雑すぎた。
「何で貨幣を負債と思うの?」という疑問や質問に対して、「そもそも貨幣は負債なんだよ。そんなことも解らないの? ┐(´д`)┌ヤレヤレ」という不遜な態度から説明をスタートさせるのは身勝手すぎる。

“貨幣が負債であるか否か”という初歩的な次元や段階で、周囲から疑念の声が上がっているにもかかわらず、そこをすっ飛ばして、いきなり「貨幣は負債なんです」から説明を始めるのは、真摯な態度とは言えず、正直いって傲岸不遜かつ不誠実としか思えない。

だいたい、不況続きでカネのない国民に、“負債だ、債務だ”とがなり立てたところで、「へぇ~お金って負債なんだ。ってことは、国の借金なのか… こんなものを無駄遣いさせられないな」と、かえって消費意欲をシュリンクさせ、国民にカネを使わせるのが大嫌いな緊縮主義者(反国民主義者)を歓ばせるだけだ。

貨幣負債論者は、「負債」というネガティブワードの使用を控え、もうちょっとマシな修飾語を探してはどうか?

「誰かの資産は誰かの負債」という経済原則を援用した負債肯定論も的を外している。
そもそも、前段の大原則は、双方が債権債務の関係にある場合のみ通用するものであり、他者から借りたものではない貨幣にまで適用するのは不適切だ。

既に所有する貨幣の価値や通用力を保障し、その資産性を担保するのは貨幣負債論のようなバカげた空想ではなく、国定貨幣や法廷貨幣の制度を定めた法律であり、ひいては、法の力を担保する(国家を運営する国民の生産力や技術力等に裏打ちされた)国家の存在そのものである。

また、「貨幣が負債でないとすると、●●を説明できない」的な言い訳もよろしくない。
そんなか弱い状況証拠を見せられても国民は納得できないし、メソポタミアとかヤップ島のツケ払い帳を引き合いに出されても、頷く者は一人もいないだろう。

貨幣負債論支持者は、否定派や懐疑派に対して、きちんと、「●●だから貨幣は負債なのだ」と解りやすく説明すべきだし、何度も言っているように、『貨幣が負債だとしたら、誰が誰に対して、何を以って、いつまでに返済・清算すべきか』という簡単な質問に対して、逃げ回ることなく誠実に答えねばなるまい。

彼らの「お金は借りることで発生し、返済することで消滅する」との主張も、お金は「造ること(政府紙幣)」でも発生することを意図的に見落としており、片手落ちとしか言えない。

「国債増発=お金を借りる=政府債務の膨張」という経路で経済成長の糧を得ようとするのは一つのやり方であり、筆者も賛同する。

ただし、企業や家計といった民間経済主体が、投資や消費のために「借りる=債務膨張」に積極的になれるのは、一旦借りた債務を(収益という果実を財布に入れたうえで)将来的に返済できるだけの裏付け(増収・増益)が見込めるという強い確信が必要になる。

マクロレベルで売上や収益を上昇させるためには、民間経済主体の実質金利低下期待や債務膨張意欲を煽り続けねばならず、バブル発生と崩壊のリスクと常に隣り合わせにならざるをえない。

経済発展の過程において債権・債務が膨張するのは当然の現象だが、こと長期不況からの脱却、つまり、ゼロではなく大幅なマイナス地点からアクセルを吹かすケースのやり方として、債務の膨張に頼るメソッドは、リフレ派による金融緩和万能論と同じく失敗を招くだけに終わるだろう。

人々は“債務や負債”に怯えと嫌悪しか感じず、負債縮小の為なら成長や幸福への期待を放棄することすら厭わぬ覚悟を決めてしまっている。
自分たちの生活向上よりも、国の借金とやらを減らすことを優先しても構わないと諦めてしまうバカな国民のなんと多いことか…

かような状況下で、「貨幣は負債だから、政府負債が増え続けるのは当たり前」なんてドヤっても、何も始まらない。

経済成長に伴い政府負債(国債)が増え続けるのは事実であり、在るべき姿なのだが、貨幣負債論を前提に、これを緊縮脳に染まり切った国民に納得させるのは不可能だ。

国民は「負債」という言葉自体に怯えにも似たネガティブな感情を抱いており、政府負債を増やせと叫んだところで、「どうせ、後で重税を課すつもりだろ‼」、「私たちの税金が~」と猛反発を喰らい、「お金は負債なんだろ? なら、国債をどうやって返すんだよ‼ 借金を借金で返すのか??」と馬鹿にされるだけだろう。

負債や債務を恐怖する勉強不測の国民を安心させるためには、貨幣を負債呼ばわりしてはならない。

多くの国民は、政府が抱える負債は最終的に自分たちが被らねばならないと、妙な正義感に囚われており、「政府の負債拡大→民間経済の活性化→経済発展→所得UP」という簡単なロードマップすら描けないでいる。

彼らを安心させるには、何者にとっても負債や債務ではなく、国内にあるあらゆるモノやサービスとの交換価値が保証される絶対的な資産性を有する存在、つまり、『貨幣』を大胆に供給する姿勢を政府が明示することが重要だ。

自分たちが税金を搾り取られるのではないかと国民を疑心暗鬼させるのではなく、国民が(高インフレの発生防止という最大の責務を除いて)自分たちの責任外の財源を得て、社会的課題の解決に邁進できる体制や基盤づくりこそ望ましい。

その手法を具体化するのが通貨発行権の執行であり、これを既存の国債増発を併せて、もっと積極的に活用すべきだろう。

現行の不況下で負債拡大論を先行させるのは、あまりにも筋が悪い。
政府紙幣の増発により国債増発をアシストし、資産・所得拡大論を先行させ、人々が現状の所得に満足し、将来にわたる増収期待に強い確信を得ることができれば、負債は黙っていても増え続けるものだ。

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